Phase 006:「課題?」
課題解決にコミュニケーションは必須。
ですが、コミュニケーションこそが難しいのです。
いつもの円卓会議。
しかし、聖典巫女はわからなくなっていた。
「今、軍備を増強しないでどうするのです!」
熱い英雄騎士の言葉に、彼女はうなずく。
「ええ。確かに同盟軍を討つために軍備の増強は必要です」
「なにを仰いますか! 軍備の前に資金確保のため生産力を上げなければ」
その領土管理官の力説に、彼女は同意する。
「確かに、資金がないと話になりません」
「しかし、そのためには設備の充実をしなければなりません」
落ちついた施設管理官の説明を彼女は後押しする。
「その通りです。設備は重要です」
彼女は各担当官と、個別ミーティングも行っていた。
聖典様から、「会話を大事に、情報を共有せよ」と言われたからだ。
しかし、やればやるほど、どの者が言うことも正しく聞こえる。
誰の意見も大事なのだ。
反面、意見はぶつかっている。
ぶつかる意見の片方を取れば、片方の反感を買う。
そうなった時、潤滑なコミュニケーションがとれなくなってしまうかもしれない。
だから、簡単に意見が決められない。
どう対応すればいいのだろうか。
八方ふさがりだ。
(聖典様、お助けください……)
聖典巫女は祈った。
(どうすれば、みなから反感を買わず、うまくコミュニケーションがとれるのでしょうか……)
◆
「●課題:ヒロインがないがしろにされている」
……と、彼女の声とともにVWB――バーチャルホワイトボード――に書き出される。
俺は大きくため息をついてから、ゆっくりとツッコミを口にした。
「なーんかぁ、まーったく関係ない議題に変わっていますが?」
「課題管理は、プロジェクトの進捗に大きく影響するのよ」
「そんな、まじめな顔で言われても、どのプロジェクトの課題なんだか。……というか、機嫌を損ねた原因って、それなんですか?」
「これが、最重要課題よ」
「あらあら。桂香ちゃんったら必死ですね」
カヨ姉のいつもの微笑に、九笛先輩は無表情のまま顔を寄せた。
「必死にもなります。なにしろ、ヒロインはわたしのはずなのに、あまつさえ雑魚モンスター呼ばわりで、仲間はずれにされるなんて」
「“ピロロロロローン♪”」
唐突に、カヨ姉が電子音をまねした。
「……なによ?」
「“スライムが、仲間になりたそうにこちらを見ている”」
「……スライムから離れなさい」
「“スライムはかなしげに帰っていった……”」
「さ、さすがに泣くわよ……」
また、九笛先輩は下を向いて両肩をプルプルと震わせてはじめる。
その様子に、コロナがクスクスと笑う。
「ヒロインと言われましてもねぇ。わたくし、美少女スライムがヒロインの話なんて聞いたことありませんわ」
「あらあら。確か、大昔には美少女スライムが出てくるマンガなんかも、あったようですよ」
「だから、コロナもカヨ姉も、スライムから離れて!」
「――それよ!」
いきなり九笛先輩が俺を指さす。
……って、あれ? 俺? 俺なの?
あまりに突然で、ついキョロキョロ。
九笛先輩の言う「それ」がわからない。
「ど、どれ? ……スライム?」
「スライムから離れなさい」
「す、すいません!」
俺が頭をさげている内に、彼女はカンリを指さした。
「カンリ」
「は、はいです!」
九笛先輩に呼ばれて、カンリはあわてて姿勢を正して返事をした。
しかし、用件を言わず、九笛先輩の指は次の人に移ってしまう。
「カヨ姉、コロナ……。そして――」
2人を呼びながら指をさし、最後に自分を指さした。
「――わたしは?」
目線が俺に向いていたので、反射的に答える。
「え? 九笛先輩……ですよね?」
「なぜ!?」
「なぜ? 質問の意図が……」
俺は直角になるぐらい、大きく首をひねる。
彼女が九笛先輩であることは間違いないわけで、それを「なぜ」と言われても。
九笛先輩が九笛先輩じゃないとすれば、思い当るのは……。
「スラ――」
「違う!」
ぜってー、俺の心を読んでいるだろう、この人……。
この人に関してだけは、コミュニケーションの定義を変える必要があるかもしれない。
「では、カンリに尋ねます」
ビシッと風を切るような勢いで、九笛先輩の指が改めてカンリに向けられた。
「あなた、どうしてロウくんに呼び捨てにされてるの?」
「あ、あう……」
また、カンリの手が泳ぎだす。
それはクロールか? 平泳ぎなのか? おぼれているのか?
「そそそ、そ……それは、ロウくんと、おと……お友達になった……から、です。お、お互いに、仲良くなりたいです……から、気軽に呼んでいいです……から、って……」
「あなた、幼馴染の男友達にも、名前で呼ばせたことなんてないじゃない」
「あうあう……。そ、それは……」
まだ泳ぎ続けているカンリに、俺は内心で抗議する。
あれは「呼んでいいよ」ではなく、「呼んでください」だったよな。
しかも、自分は恥ずかしいからと、呼び捨てではなく未だに「ロウくん」だし。
……まあ、それはエア・スイミングが、面白いから許すとしよう。
ともかく、九笛先輩の主旨が判明した。
その内容が、VWBに追記される。
●呼び名:カンリ
関係:友達
さーて。めんどくさいことになったぞ。
ここは、しばらく静観モード。
「次、大守生徒会長」
――ビシッ!
また、九笛先輩の指が空を切った。
「あなた先輩なのに、なんで会ったばかりのロウくんに、呼び捨てにされ、あまつさえ喜んでいるんですか?」
「よ、喜んでなんていませんわ! 人聞き悪いこと言わないでください……」
コロナが、「まずいですわ」という顔を九笛先輩からそらす。
たぶんあの角度なら、横のチョココロネで九笛先輩からコロナの顔は見えないだろう。
すばらしいシールド能力だ。
「わ、わたくしは、『俺は妹萌えだ!』とカミングアウトしてきた彼が、性犯罪などの誤った道に進まないために、犠牲として妹分になってあげることにしましたの。
先日、あなたがいない間に、それはもういろいろ、いろいろ……本当にいろいろありまして、『妹分になってくれ』と泣いて頼まれましたのよ。
ま、まあ……これも生徒会長の役目みたいなものですわ」
「先輩で、生徒会長で、高慢ちきなあなたが、あの短時間で妹分になってしまう『いろいろ』って、いったいどんな劇的なことなのか、ぜひ詳しく知りたいわ」
「い、いろいろは、いろいろですわ!」
いろいろも何も……なんかイベントらしきことあったけ?
ってか、泣いて頼んだってけ?
俺って、妹萌えだったの?
性犯罪の道に進んじゃうような人間だったの?
なんで俺のキャラクター設定、そんな色物になっているの?
俺はコロナに、強い視線だけでツッコミをいれる。
それにハタと気がついたコロナは、さらに俺からも顔をそらす。
くそっ。チョココロネシールドで顔が見えなくなったぞ。
●呼び名:コロナ
関係:妹萌え欲求のはけ口
キーワード:性犯罪、犠牲、泣く、貧乳
九笛先輩、さっそくVWBに追記。
「ちょっと九笛さん! その箇条書き、悪意を感じますわ! というか、最後のは関係ないのではなくて!」
だが、九笛先輩は無視。
もちろん、最初から悪意たっぷりだから、省みるわけがない。
「最後はあなたよ、カクさん改め、カヨねーちゃんとやら」
「あらあら。呼び方に敵愾心を感じますね」
慣れているのか、鋭い九笛先輩の指と視線を向けられても、カヨ姉は飄々としている。
「あなた、いつからロウくんの姉になったの?」
「あらあら。ロウくんの姉になったわけではないんですよ。ただ……。そう。昨日、桂香ちゃんがいない時に、いろいろ、本当にいろいろあったせいで、レベルアップしてアビリティ【姉属性】を覚えたのです」
……何言ってんだ、この人……。
「このアビリティのおかげで、私はスキル【姉の魅力】がパッシブに発動し、不可抗力ながらロウくんを状態異常【メロメロ】にしてしまったわけです」
「……あなた、バカなの?」
九笛先輩のツッコミは容赦ないな。
でも、言われても仕方ないぞ、カヨ姉。
どこまでゲーム好きなんだか。
だいたい、【メロメロ】になったのは俺なのか?
「ともかく、ロウくんは私にメロメロ中なのです」
「ちょっとおまちなさい、華代。聞き捨てならないですわ」
コロナは、すくっと立ちあがった。
肩にかかったチョココロネを後ろに流し、胸をはるように両手を腰にあてる。
そして、見くだした視線で、カヨ姉を挑発する。
「ロウがメロメロになったのは、わ・た・く・し・に、対してですわ。言うなれば、私のスキル【妹の魅力】が発動したわけです。妹萌えのロウが、姉萌えするわけがありませんわ」
おひ。お前も何を言っている?
「というわけで、姉のでる幕ではありませんわ」
「あらあら。貧乳が胸をはっても、まったく高さがでませんよ、古炉奈」
「――なっ!?」
「ロウくんは、何しろ巨乳好きですから……ね」
そういうとカヨ姉は、胸元のボタンを瞬き一つで、2つほど外してしまう。
さらに三つ編みをほどき、クセの残った髪の毛をそのままポニーテールに変更。
委員長モード解除!
この間、約4秒。
変身解除は、変身時の半分ぐらいの時間ですむらしい。
「こうすると、ロウくんの視線は、ずーっと私の胸元にあるんだぞ」
おい、ちょっと待て! それは違うぞ!
……と言いたいところだが、完全には否定しきれない自分がいる。
ずーっとではないにしろ、すーっと吸いこまれることは否定しきれない。
それに、そんな言い訳をしている雰囲気ではなくなってしまった。
コロナの表情が青ざめたように豹変して、戸惑いで固まっている。
二人は、名前で呼び合う親しい仲だ。
それなのに、もしかしてコロナは、今までカヨ姉の変身解除を見たことがないのか?
「華代……」
「ああ。このかっこ、古炉奈には見せたことなかったな。私、ここではいつもこんな感じなんだ」
「中等部の生徒会から、二年程度のつきあいですけど……。そんなあなた、知りませんでしたわ。それがあなたの本性ですの?」
「そうだよ。ずっとキャラかぶっていたけど、いい子ちゃんは疲れるからね。特にコロナにバレると、うるさそうだからなぁ」
そう言いながら、カヨ姉が冷笑を見せる。
……なんか、らしくない。
「とんだ、二重人格者ですわね」
「がっかりした? そりゃあ、そうか。私なんて、古炉奈に比べたらつまらないヤツだし」
「…………」
「というわけだ。……ああ。これでもう、生徒会書記に誘うのはあきらめてくれるだろう?」
「……そうですわね。委員長やっているだけでも問題を感じますが、そちらはうまくごまかしていらっしゃるようですから、黙認させていただきますわ」
「あんがと。そうしてもらえると助かる。どうせ来年度はやるつもりないからね」
「……そう……」
そのまま沈みこむコロナ。
ボケとツッコミのPM部。
この部に来て、初めての重い沈黙が訪れる。
彼女たちとのつきあいは、まだ2、3日の俺。
だから、2人の事情は、推測できる程度しかわからない。
わからないけど、言葉や表情に見える2人の感情が、ちょっと気にくわない。
そろって、悔しそうで、寂しそうな顔をしている。
今までの俺は、人に深く関わらないポリシー。
だから、似たようなことがあっても、放置してきた。
でも、それを少し改善したくして、部活動に参加した。
しかし、俺の立場で口を出せば、結果は火を見るより明らか。
……ったく!
俺は、なんで理屈をこねているんだ。
静観タイムは、おしまい。
また、うるさい嫌われツッコミ役かぁ。
でも、嫌われがいないと、まとまらないコミュニケーションもあるよな。
「コロナは、このカヨ姉は嫌いなのか?」
「え?」
俺は、立ちあがってコロナを見据えた。
俺の真意をはかるように、コロナが俺を仰視する。
しかし、すぐにきれいな琥珀の双眸が、すーっと閉じられる。
「も、もちろん、そうですわ。このような下品なカッコ……」
「でも、カヨ姉もさ、嫌われることをわかって見せたと思うんだ」
俺は横目でカヨ姉をうかがう。
だが、彼女は視線を落としたままだ。
やっぱり自分で話すつもりはないらしい。
まあ、乗りかかった船だ。
最後まで責任を持とう。
「そうでしょうね。嫌われたいのでしょう。わたくしに対するロウへの対抗心で……」
「対抗心かもしれない。けど、たぶん俺は関係ないんだよ」
「関係ない? 何を――」
俺は言葉を続けようとするコロナを手ぶりでさえぎった。
そして、成りゆきを見守っていた九笛先輩に話しかける。
「先輩、すいませんが、ヒロイン問題の前に、別の課題を解決していきたいんですけど」
「……どうぞ」
「ありがとうございます。じゃあ、まずは……」
俺は九笛先輩にペンを貸してもらい、VWBに書き込んでいく。
●課題:カヨ姉の気持ちが明確ではない
キーワード:自信、対抗心、遊び
まずは、これから解決しよう。
モテ期の幻想を破る作業の開始だ。
「そのキーワード、なにがいいたいんだい、ロウくん?」
おお。
カヨ姉の声に、この3日間で聞いたことがない色が混ざっている。
不快さと非難。
そうだよね。
でもね、それ、本当は俺の方なんですよ……。
「カヨ姉さ。俺に気があるような態度を見せていたけど、別に俺のこと、好きではないでしょう?」
「…………」
やはり、カヨ姉の顔色が変わった。
ああ。やっぱり図星を指摘した瞬間って、嫌なもんだな。
特に、自分が好かれていないと再認識するのは、何度味わってもなれやしない。
「昨日、コロナが俺に興味を持った。だから、つい対抗心で俺に興味を持ってみた」
「べ、別に……」
「そしてやってたら楽しくなって、遊び心でつい俺の純真な心をもて遊んじゃった」
九笛先輩が挙手する。
「ロウくん。『純真な心』にツッコミいる?」
「いりませんから」
脱線は勘弁だ。
「こっからは、嫌われるの覚悟でツッコミを言わせてもらいます」
俺は椅子に腰をおろした。
上から話したいことじゃない。
「カヨ姉は、コロナ……大守古炉奈生徒会長が好きなんですよね。というより、憧れている。いや。うらやましいと思っている」
「なっ――」
また初めての表情。
怒りと動揺。
ああ。辛いな……。
「自分のキャラの平凡性を気にしていたのは、コロナと並んだ時の自分を卑下していたから。
特徴的なきれいな容姿で、生徒会長までこなす優秀性とカリスマ……そんなコロナみたいなキャラになりたかった現れ……じゃないの、カヨ姉?」
うわぁ……。
すごい睨まれている。
恨まれることは、慣れているんだけど。
嫌われることは、慣れているんだけど。
でも、なんだろう……。
今までで、一番辛い。
「中等部で一緒に生徒会をやっていたみたいですね。でも、さっきの口ぶりだと、高等部でカヨ姉は生徒会を避けた。というより、コロナを避けた」
「…………」
「自分もいろいろとがんばっている。
でも、コロナには勝てない。
ああ。どんなにがんばっても、自分は平凡なんだ……。
それをコロナの側にいると、どうしても強く感じちゃう。
側にいるのが辛い。
なら、離れた方がいい」
「な、なによ……」
拳を握りしめたまま、カヨ姉が声を絞りだす。
「ちょっと話したぐらいで、ずいぶんとわかったような口を聞くのね……」
「『なんだよ』『聞くんだな』でしょ、カヨ姉の口調は。キャラが定まってませんよ」
「う、うるさい!」
やっぱりキレたか。
まあ、だよね……。
「あんたなんて、私の胸見て、ニヤニヤとしてただけでしょう! すっかり騙されてたくせに、何を今さら! 負け惜しみみたいに、『わかっていました』みたいなこと言うな!」
立ちあがって息をあらげて叫ぶカヨ姉。
このパターン、実は何度か味わっている。
どうも俺は、人づきあいが面倒になり、相手の図星を指してしまうクセがある。
ほとんどの場合、図星を指された人はキレる。
そんな人を俺は、辟易としていつも見ていた。
でも、今日は何だろう。
「カヨ姉は……きれいですよね」
「なっ! バカにしてるの!?」
思わずもれた俺の言葉に、カヨ姉は怒り半分、驚き半分。
でも、まあ、もれちゃったからぜーんぶ言うか。
「確かに俺は、大きめのオッパイ大好きです!」
「と……突然のカミングアウト!?」
「でもね、それ以上に、カヨ姉の人間性みたいなの、俺は大好きみたいです!」
「……え!?」
「委員長モードの時も、お色気モードの時も、今のカヨ姉も、ぶっちゃけこの中で一番、すてきだなと思っていますよ! この中で、一番すごいなと認めているところもあります」
「…………」
「本気の気持ちを伝えるコツは、絶対にそらさない直目」は、俺の好きな祖父の言葉。
その言葉に従い、俺はカヨ姉の顔を真っ正面にとらえていた。
まるでそれに応えるように、カヨ姉も俺の目の奥を覗きこむように見つめてくる。
ええ。負ける気はありませんよ。
絶対、こっちから目をそらしません。
「…………」
「…………」
「……な、なんなのよ……」
よし。撃沈!
カヨ姉が顔をそらして下を向いたまま、椅子に腰を力なく落とした。
勝った。
勝った勢いに乗って、もう一勝負するか。
なんかコロナがカヨ姉に声をかけようとしているけど、今はその時じゃないしね。
俺はまた、VWBにペンをのせて音声入力。
●課題:コロナの理想に対する根本的な問題が解決されていない
「ちょ、ちょっと、なんでわたくしまで……」
こちらも立ちあがって抗議してくる。
が、平等にいかないとね。
「理想と違う兄がいるせいで、兄という存在に甘えてみたくなったのはわかります」
「わ、わくしは――」
「でも、自分に好意がありそうな、ちょうどよさそうなのがいたから試してみた……って、それでいいんですか?」
「い、いえ……わたくしは……そんなこと……」
「生徒会長は、すごくかわいい!
ぶっちゃけ、今まで見た女の子で、かわいさナンバーワンです!
ええ、もう妹萌えでもいいかなと、ちらっとは思ったぐらいに!
いや、もういいよ、妹萌えでも!
だから兄妹ごっこに、つきあっちゃおう!
……と思ったんだけど、やっぱりよくなかったよね……」
「…………」
「甘えたいなら、素直に甘えてみたらどうですか?」
「……できませんわ。今さらそんなこと……」
いつもの勢いが彼女にはない。
凜とした空気も消えてしまっている。
それを側目するカヨ姉は、気がついているだろうか。
輝かしい金髪チョココロネというキャラにも、ちゃんと影があるのだと言うことを。
「それから、カンリ」
「は、はいです!」
今まで雰囲気に呑まれて固まっていたカンリは、まるで黒○危機一髪で当たって飛びだす人形のように、ぴょーんと立ちあがった。
「君も、優しくされたぐらいでほだされるな。好きになるなら、相手を見極めること」
「あ、あたしは、ちゃんと――」
「俺は、君のおかげで目覚めてしまったんだぞ!」
「……あう?」
「俺は、カンリをいじめたい。非常にいじめてみたくなった。
君が困って赤面しているところをたくさーん見てみたい!
そんな属性が芽生えてしまったんだ!
優しいどころか、いじめっ子だ! 俺は精神的Sだ!」
「あっ、なっ、えっ……」
そう。その困り顔……そそる!
もう完全に俺は、目覚めてしまった!
でも、本当にいじめられていた経験のある子に、本気でそんなことをする外道ではない。
だから、最後は優しくしておこう。
「カンリ。弱いことは罪じゃない。けど、弱いことが嫌なら、強くなろうとしないことは罪だ……そうだ。大好きな女性が教えてくれた言葉だけどね」
「……だ、大好きな女性って?」
「母親!」
「……ロウくんって、マザコン?」
「まあね」
ニヤッと大きく頬をあげて笑ってみせる。
マザコン、いいじゃないか。
「ロウくん。いったい、いくつカミングアウトする気よ」
九笛先輩の苦笑い。
彼女は腕を組んで、こちらをしばらく凝視しはじめる。
俺は黙って、その視線に応じた。
「……で?」
と、九笛先輩は、すぐに我慢できなくなったように、こちらを促してきた。
「わたしには?」
「……?」
「3人にあれだけ言ったのに、私にはないのかしら?」
「……ぶっちゃけ、先輩はつかみどころがなさ過ぎてよくわかりません」
「そ、そんな……」
九笛先輩が、ガックリと肩を落とす。
「また、わたしだけ仲間はずれ……」
「はぁ? 仲間はずれのわけないでしょう。なに言ってるんですか」
今度は俺が大きなため息をついた。
なんでこんな気にしているんだろう、この人は。
まさか本気で思っているとは、まったく思わなかったよ。
「九笛先輩、誰かに嫌われているの?」
「いいえ。でも、好かれてはいないわね」
「……あなた、バカなの?」
俺は、さっきの九笛先輩の口調をまねた。
一年年上の成績首位者だろうと、バカはバカだ。
「だって、ここにいるみんな、かなり九笛先輩のこと好きですよ」
「え……?」
「え? じゃないでしょ。一緒にいて気がつかないはずないのに、なに見てるんです?」
「…………」
「たとえ、ヒロインにならなくても、みんなにちゃんと好かれているでしょう?」
「…………」
……あれ?
予想外に、九笛先輩まで撃沈させてしまった。
なんか知らんけど、4人ともうつむいたまま顔を見せない。
これ、重力が10倍ぐらいになっていないか……と思うほど、重い空気に包まれる。
完全に全員、敵に回してしまったな。
いたたまらない……。
「……なんなのよ、君は」
カヨ姉が顔を下を向けたままこぼした。
「まだ会ってから数日の私たちに、好き勝手、言ってくれちゃって」
「……すいません」
「だいたい、なんでそんな風に、年下のくせに、わかったようなこと言えるわけ? 実はエルフで、人生経験は私たちの何倍も積んでるとか、チートでレベル99でキャップしているとでも?」
「ど、どこまでもゲーム脳ですね。……でも、まあ、うーん……。じゃあ、俺も少し、恥ずかしながら自分語りでも」
エルフじゃないけど、育った環境は結構、特殊だと思う。
語りたい話ではないけど……。
「実は俺、動物園の檻の中で育ったんですよ」
「はい?」
俺の唐突な言葉に、さすがにみんなそろって顔をあげたようだ。
だけど俺は全員の顔を見ずに、立ちあがって、そっぽを見ながら言葉を続ける。
「その檻の中には、いろんな動物がいました。
力を誇示して弱者から奪うライオン。
奪われた獲物を虎視眈々と狙うハイエナ。
相手を化かして身を守るキツネやタヌキ。
争いの隙をついて奪っていくトンビ。
もてはやされるパンダの赤ちゃん。
そして、それらを操る調教師がそろっている。
そんな中で育ちました。
それはもう生まれた時から、ずーっと、そんな感じで」
ちょっといろいろと思いだしそうになる。
が、頭をかるくふって追いはらう。
「そんな中で、うまくやっていこうとすると、各動物の習性とか、本当は何を狙っているのかとか、そういうことわからないと、すぐに獲物にされちゃうんですよ」
それが大人の……いや、金の世界。
あれから調べたけど、ここにいる4人の女性は、ランクがあるにしろ、みんなそれなりに裕福だ。
社長の一人娘だったり、富豪の娘、財閥の娘……。
だからきっと、彼女たちもそんな世界に近い住人のはずだ。
だけど、たぶん彼女たちはパンダの赤ちゃん。
獲物に狙われないように、大事に大事に育てられた。
一方で俺はというと、彼女たちがこれから見るかもしれない物をオンパレードでネタバレされちゃっている。
なんか16才としては、すれきれちゃっている感じ。
欲望はある。
でも、すれきれた俺は、なんかいろいろと冷めちゃっている。
だから、趣味も女の子にも熱くなったことがない。
せっかく檻から出してもらっても、結局はあまり変わっていない。
彼女を作れるかもしれないチャンスも、こうやって棒にふってしまっている。
口は災いの元だけど、やっばり口が動いちゃう。
まさに、若さゆえの過ち。
だから、小姑みたいにうるさいと言われるんだよな、俺。
「つまり、ロウ。あなたは、そのような野性動物のサバイバルみたいなところで育ったから、自分には見る目があるとかいいたいのかしら?」
「いいえ、生徒会長。野性ではなく、しょせんは檻の中。調教師の掌の上なんですよ。まあ、調教師も油断すれば、獲物にされてしまいますけどね」
「……意味がわかりませんわ」
「真直さんも言っていたでしょ。俺がツッコミするために、いろいろ言葉や気持ちを拾うって。その拾うための観察力には自信がある……という嫌な自慢です」
俺はさりげなく、心だけでなく、体も距離を取り、ドアの前に立っていた。
そのドアをしんみりと見つめる。
すっかり傷だらけになってしまっている。
しかも、飾りだけの閂までつけられて。
みんなに乱暴に扱われ、過酷な仕打ちにあったドア。
俺はそんなドアに、なんか親近感を覚えていた。
しかし、これでお別れかな。
これからもガンバレよと、心で声をかけながら取っ手をまわした。
「課題整理は、こんなところですかね。体験入部、けっこう楽しかったです」
「体験って――」
誰かの言葉を遮るように、俺はかるくお辞儀する。
「お世話になりました。スケさんにも、よろしく言っておいてください」
「まさか、やめるつもり!?」
九笛先輩が手を伸ばそうとするが、俺はまた手ぶりでそれを断った。
「先輩に好き勝手なこと言ったのに、残って気まずくなるのも嫌ですし。プロジェクトチームは、やはりチームワークが重要でしょう。俺、実は苦手なんですよ、チームワーク」
だからこそ、部活をやろうと思ったんだ。
チームワークまでは言わなくても、みんなで何か熱くなるのに憧れたから。
でも、幻想だった。
そりゃそうだ。
「それに、やめるもなにも、最初からいないんですよ」
ちょっと俺は自嘲する。
「モテ期3日でハーレム状態。そんなラノベの主人公みたいなキャラクター、ロウこと【山田太郎】なんて、もともといないし、いるわけがない。全部、幻想ってやつですから」
俺はドアをなるべく優しく閉めて、部室を後にした。
「お世話になりました……」
短い間ですが、ご愛読ありがとうございました。
さよなら、ロウくん。
また会う日まで!
~終~
……というわけではなく、まだ続きます。
しかし、おかしい。
長さがまた元の長さに戻っているじゃないか……。
なんてこったい。
しかも、PM部から出て行っちゃったよ……。
どーするんだよ、これ。
課題、山積み(笑)。