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ぴん☆ぼっく ~ PM部の議事録  作者: 芳賀 概夢
第1章:立ち上げ編
6/20

Phase 006:「課題?」

課題解決にコミュニケーションは必須。

ですが、コミュニケーションこそが難しいのです。

 いつもの円卓会議。

 しかし、聖典巫女はわからなくなっていた。


「今、軍備を増強しないでどうするのです!」


 熱い英雄騎士の言葉に、彼女はうなずく。


「ええ。確かに同盟軍を討つために軍備の増強は必要です」


「なにを仰いますか! 軍備の前に資金確保のため生産力を上げなければ」


 その領土管理官の力説に、彼女は同意する。


「確かに、資金がないと話になりません」


「しかし、そのためには設備の充実をしなければなりません」


 落ちついた施設管理官の説明を彼女は後押しする。


「その通りです。設備は重要です」


 彼女は各担当官と、個別ミーティングも行っていた。

 聖典様から、「会話を大事に、情報を共有せよ」と言われたからだ。

 しかし、やればやるほど、どの者が言うことも正しく聞こえる。

 誰の意見も大事なのだ。

 反面、意見はぶつかっている。

 ぶつかる意見の片方を取れば、片方の反感を買う。

 そうなった時、潤滑なコミュニケーションがとれなくなってしまうかもしれない。

 だから、簡単に意見が決められない。

 どう対応すればいいのだろうか。

 八方ふさがりだ。


(聖典様、お助けください……)


 聖典巫女は祈った。


(どうすれば、みなから反感を買わず、うまくコミュニケーションがとれるのでしょうか……)



   ◆



「●課題:ヒロインがないがしろにされている」


 ……と、彼女の声とともにVWB――バーチャルホワイトボード――に書き出される。

 俺は大きくため息をついてから、ゆっくりとツッコミを口にした。


「なーんかぁ、まーったく関係ない議題に変わっていますが?」

「課題管理は、プロジェクトの進捗に大きく影響するのよ」

「そんな、まじめな顔で言われても、どのプロジェクトの課題なんだか。……というか、機嫌を損ねた原因って、それなんですか?」

「これが、最重要課題よ」

「あらあら。桂香ちゃんったら必死ですね」


 カヨ姉のいつもの微笑に、九笛先輩は無表情のまま顔を寄せた。


「必死にもなります。なにしろ、ヒロインはわたしのはずなのに、あまつさえ雑魚モンスター呼ばわりで、仲間はずれにされるなんて」

「“ピロロロロローン♪”」


 唐突に、カヨ姉が電子音をまねした。


「……なによ?」

「“スライムが、仲間になりたそうにこちらを見ている”」

「……スライムから離れなさい」

「“スライムはかなしげに帰っていった……”」

「さ、さすがに泣くわよ……」


 また、九笛先輩は下を向いて両肩をプルプルと震わせてはじめる。

 その様子に、コロナがクスクスと笑う。


「ヒロインと言われましてもねぇ。わたくし、美少女スライムがヒロインの話なんて聞いたことありませんわ」

「あらあら。確か、大昔には美少女スライムが出てくるマンガなんかも、あったようですよ」

「だから、コロナもカヨ姉も、スライムから離れて!」

「――それよ!」


 いきなり九笛先輩が俺を指さす。


 ……って、あれ? 俺? 俺なの?


 あまりに突然で、ついキョロキョロ。

 九笛先輩の言う「それ」がわからない。


「ど、どれ? ……スライム?」

「スライムから離れなさい」

「す、すいません!」


 俺が頭をさげている内に、彼女はカンリを指さした。


「カンリ」

「は、はいです!」


 九笛先輩に呼ばれて、カンリはあわてて姿勢を正して返事をした。

 しかし、用件を言わず、九笛先輩の指は次の人に移ってしまう。


「カヨ姉、コロナ……。そして――」


 2人を呼びながら指をさし、最後に自分を指さした。


「――わたしは?」


 目線が俺に向いていたので、反射的に答える。


「え? 九笛先輩……ですよね?」

「なぜ!?」

「なぜ? 質問の意図が……」


 俺は直角になるぐらい、大きく首をひねる。

 彼女が九笛先輩であることは間違いないわけで、それを「なぜ」と言われても。

 九笛先輩が九笛先輩じゃないとすれば、思い当るのは……。


「スラ――」

「違う!」


 ぜってー、俺の心を読んでいるだろう、この人……。

 この人に関してだけは、コミュニケーションの定義を変える必要があるかもしれない。


「では、カンリに尋ねます」


 ビシッと風を切るような勢いで、九笛先輩の指が改めてカンリに向けられた。


「あなた、どうしてロウくんに呼び捨てにされてるの?」

「あ、あう……」


 また、カンリの手が泳ぎだす。

 それはクロールか? 平泳ぎなのか? おぼれているのか?


「そそそ、そ……それは、ロウくんと、おと……お友達になった……から、です。お、お互いに、仲良くなりたいです……から、気軽に呼んでいいです……から、って……」

「あなた、幼馴染の男友達にも、名前で呼ばせたことなんてないじゃない」

「あうあう……。そ、それは……」


 まだ泳ぎ続けているカンリに、俺は内心で抗議する。

 あれは「呼んでいいよ」ではなく、「呼んでください」だったよな。

 しかも、自分は恥ずかしいからと、呼び捨てではなく未だに「ロウくん」だし。


 ……まあ、それはエア・スイミングが、面白いから許すとしよう。


 ともかく、九笛先輩の主旨が判明した。

 その内容が、VWBに追記される。



●呼び名:カンリ

 関係:友達



 さーて。めんどくさいことになったぞ。

 ここは、しばらく静観モード。


「次、大守生徒会長」


――ビシッ!


 また、九笛先輩の指が空を切った。


「あなた先輩なのに、なんで会ったばかりのロウくんに、呼び捨てにされ、あまつさえ喜んでいるんですか?」

「よ、喜んでなんていませんわ! 人聞き悪いこと言わないでください……」


 コロナが、「まずいですわ」という顔を九笛先輩からそらす。

 たぶんあの角度なら、横のチョココロネで九笛先輩からコロナの顔は見えないだろう。

 すばらしいシールド能力だ。


「わ、わたくしは、『俺は妹萌えだ!』とカミングアウトしてきた彼が、性犯罪などの誤った道に進まないために、犠牲として妹分になってあげることにしましたの。

 先日、あなたがいない間に、それはもういろいろ、いろいろ……本当にいろいろありまして、『妹分になってくれ』と泣いて頼まれましたのよ。

 ま、まあ……これも生徒会長の役目みたいなものですわ」

「先輩で、生徒会長で、高慢ちきなあなたが、あの短時間で妹分になってしまう『いろいろ』って、いったいどんな劇的なことなのか、ぜひ詳しく知りたいわ」

「い、いろいろは、いろいろですわ!」


 いろいろも何も……なんかイベントらしきことあったけ?

 ってか、泣いて頼んだってけ?

 俺って、妹萌えだったの?

 性犯罪の道に進んじゃうような人間だったの?

 なんで俺のキャラクター設定、そんな色物になっているの?


 俺はコロナに、強い視線だけでツッコミをいれる。

 それにハタと気がついたコロナは、さらに俺からも顔をそらす。

 くそっ。チョココロネシールドで顔が見えなくなったぞ。



●呼び名:コロナ

 関係:妹萌え欲求のはけ口

 キーワード:性犯罪、犠牲、泣く、貧乳



 九笛先輩、さっそくVWBに追記。

 

「ちょっと九笛さん! その箇条書き、悪意を感じますわ! というか、最後のは関係ないのではなくて!」


 だが、九笛先輩は無視。

 もちろん、最初から悪意たっぷりだから、省みるわけがない。


「最後はあなたよ、カクさん改め、カヨねーちゃんとやら」

「あらあら。呼び方に敵愾心てきがいしんを感じますね」


 慣れているのか、鋭い九笛先輩の指と視線を向けられても、カヨ姉は飄々としている。


「あなた、いつからロウくんの姉になったの?」

「あらあら。ロウくんの姉になったわけではないんですよ。ただ……。そう。昨日、桂香ちゃんがいない時に、いろいろ、本当にいろいろあったせいで、レベルアップしてアビリティ【姉属性】を覚えたのです」


 ……何言ってんだ、この人……。


「このアビリティのおかげで、私はスキル【姉の魅力(アネコン)】がパッシブに発動し、不可抗力ながらロウくんを状態異常【メロメロ】にしてしまったわけです」

「……あなた、バカなの?」


 九笛先輩のツッコミは容赦ないな。

 でも、言われても仕方ないぞ、カヨ姉。

 どこまでゲーム好きなんだか。

 だいたい、【メロメロ】になったのは俺なのか?


「ともかく、ロウくんは私にメロメロ中なのです」

「ちょっとおまちなさい、華代。聞き捨てならないですわ」


 コロナは、すくっと立ちあがった。

 肩にかかったチョココロネを後ろに流し、胸をはるように両手を腰にあてる。

 そして、見くだした視線で、カヨ姉を挑発する。


「ロウがメロメロになったのは、わ・た・く・し・に、対してですわ。言うなれば、私のスキル【妹の魅力(イモコン)】が発動したわけです。妹萌えのロウが、姉萌えするわけがありませんわ」


 おひ。お前も何を言っている?


「というわけで、姉のでる幕ではありませんわ」

「あらあら。貧乳が胸をはっても、まったく高さがでませんよ、古炉奈」

「――なっ!?」

「ロウくんは、何しろ巨乳好きですから……ね」


 そういうとカヨ姉は、胸元のボタンを瞬き一つで、2つほど外してしまう。

 さらに三つ編みをほどき、クセの残った髪の毛をそのままポニーテールに変更。

 委員長モード解除!

 この間、約4秒。

 変身解除は、変身時の半分ぐらいの時間ですむらしい。


「こうすると、ロウくんの視線は、ずーっと私の胸元にあるんだぞ」


 おい、ちょっと待て! それは違うぞ!

 ……と言いたいところだが、完全には否定しきれない自分がいる。

 ずーっとではないにしろ、すーっと吸いこまれることは否定しきれない。


 それに、そんな言い訳をしている雰囲気ではなくなってしまった。


 コロナの表情が青ざめたように豹変して、戸惑いで固まっている。

 二人は、名前で呼び合う親しい仲だ。

 それなのに、もしかしてコロナは、今までカヨ姉の変身解除を見たことがないのか?


「華代……」

「ああ。このかっこ、古炉奈には見せたことなかったな。私、ここではいつもこんな感じなんだ」

「中等部の生徒会から、二年程度のつきあいですけど……。そんなあなた、知りませんでしたわ。それがあなたの本性ですの?」

「そうだよ。ずっとキャラかぶっていたけど、いい子ちゃんは疲れるからね。特にコロナにバレると、うるさそうだからなぁ」


 そう言いながら、カヨ姉が冷笑を見せる。

 ……なんか、らしくない。


「とんだ、二重人格者ですわね」

「がっかりした? そりゃあ、そうか。私なんて、古炉奈に比べたらつまらないヤツだし」

「…………」

「というわけだ。……ああ。これでもう、生徒会書記に誘うのはあきらめてくれるだろう?」

「……そうですわね。委員長やっているだけでも問題を感じますが、そちらはうまくごまかしていらっしゃるようですから、黙認させていただきますわ」

「あんがと。そうしてもらえると助かる。どうせ来年度はやるつもりないからね」

「……そう……」


 そのまま沈みこむコロナ。

 ボケとツッコミのPM部。

 この部に来て、初めての重い沈黙が訪れる。


 彼女たちとのつきあいは、まだ2、3日の俺。

 だから、2人の事情は、推測できる程度しかわからない。

 わからないけど、言葉や表情に見える2人の感情が、ちょっと気にくわない。

 そろって、悔しそうで、寂しそうな顔をしている。


 今までの俺は、人に深く関わらないポリシー。

 だから、似たようなことがあっても、放置してきた。

 でも、それを少し改善したくして、部活動に参加した。

 しかし、俺の立場で口を出せば、結果は火を見るより明らか。


 ……ったく!

 俺は、なんで理屈をこねているんだ。

 静観タイムは、おしまい。

 また、うるさい嫌われツッコミ役かぁ。

 でも、嫌われがいないと、まとまらないコミュニケーションもあるよな。


「コロナは、このカヨ姉は嫌いなのか?」

「え?」


 俺は、立ちあがってコロナを見据えた。

 俺の真意をはかるように、コロナが俺を仰視する。

 しかし、すぐにきれいな琥珀の双眸が、すーっと閉じられる。


「も、もちろん、そうですわ。このような下品なカッコ……」

「でも、カヨ姉もさ、嫌われることをわかって見せたと思うんだ」


 俺は横目でカヨ姉をうかがう。

 だが、彼女は視線を落としたままだ。

 やっぱり自分で話すつもりはないらしい。

 まあ、乗りかかった船だ。

 最後まで責任を持とう。


「そうでしょうね。嫌われたいのでしょう。わたくしに対するロウへの対抗心で……」

「対抗心かもしれない。けど、たぶん俺は関係ないんだよ」

「関係ない? 何を――」


 俺は言葉を続けようとするコロナを手ぶりでさえぎった。

 そして、成りゆきを見守っていた九笛先輩に話しかける。


「先輩、すいませんが、ヒロイン問題の前に、別の課題を解決していきたいんですけど」

「……どうぞ」

「ありがとうございます。じゃあ、まずは……」


 俺は九笛先輩にペンを貸してもらい、VWBに書き込んでいく。



●課題:カヨ姉の気持ちが明確ではない

 キーワード:自信、対抗心、遊び



 まずは、これから解決しよう。

 モテ期の幻想を破る作業の開始だ。


「そのキーワード、なにがいいたいんだい、ロウくん?」


 おお。

 カヨ姉の声に、この3日間で聞いたことがない色が混ざっている。

 不快さと非難。

 そうだよね。

 でもね、それ、本当は俺の方なんですよ……。


「カヨ姉さ。俺に気があるような態度を見せていたけど、別に俺のこと、好きではないでしょう?」

「…………」


 やはり、カヨ姉の顔色が変わった。

 ああ。やっぱり図星を指摘した瞬間って、嫌なもんだな。

 特に、自分が好かれていない(・・・・・・・・・・)と再認識するのは、何度味わってもなれやしない。


「昨日、コロナが俺に興味を持った。だから、つい対抗心・・・で俺に興味を持ってみた」

「べ、別に……」

「そしてやってたら楽しくなって、遊び(・・)心でつい俺の純真な心をもて遊んじゃった」


 九笛先輩が挙手する。


「ロウくん。『純真な心』にツッコミいる?」

「いりませんから」


 脱線は勘弁だ。


「こっからは、嫌われるの覚悟でツッコミを言わせてもらいます」


 俺は椅子に腰をおろした。

 上から話したいことじゃない。


「カヨ姉は、コロナ……大守古炉奈生徒会長が好きなんですよね。というより、憧れている。いや。うらやましいと思っている」

「なっ――」


 また初めての表情。

 怒りと動揺。

 ああ。辛いな……。


「自分のキャラの平凡性を気にしていたのは、コロナと並んだ時の自分を卑下していたから。

 特徴的なきれいな容姿で、生徒会長までこなす優秀性とカリスマ……そんなコロナみたいなキャラになりたかった現れ……じゃないの、カヨ姉?」


 うわぁ……。

 すごい睨まれている。

 恨まれることは、慣れているんだけど。

 嫌われることは、慣れているんだけど。

 でも、なんだろう……。


 今までで、一番辛い。


「中等部で一緒に生徒会をやっていたみたいですね。でも、さっきの口ぶりだと、高等部でカヨ姉は生徒会を避けた。というより、コロナを避けた」

「…………」

「自分もいろいろとがんばっている。

 でも、コロナには勝てない。

 ああ。どんなにがんばっても、自分は平凡なんだ……。

 それをコロナの側にいると、どうしても強く感じちゃう。

 側にいるのが辛い。

 なら、離れた方がいい」

「な、なによ……」


 拳を握りしめたまま、カヨ姉が声を絞りだす。


「ちょっと話したぐらいで、ずいぶんとわかったような口を聞くのね……」

「『なんだよ』『聞くんだな』でしょ、カヨ姉の口調は。キャラが定まってませんよ」

「う、うるさい!」


 やっぱりキレたか。

 まあ、だよね……。


「あんたなんて、私の胸見て、ニヤニヤとしてただけでしょう! すっかり騙されてたくせに、何を今さら! 負け惜しみみたいに、『わかっていました』みたいなこと言うな!」


 立ちあがって息をあらげて叫ぶカヨ姉。

 このパターン、実は何度か味わっている。

 どうも俺は、人づきあいが面倒になり、相手の図星を指してしまうクセがある。

 ほとんどの場合、図星を指された人はキレる。

 そんな人を俺は、辟易としていつも見ていた。


 でも、今日は何だろう。


「カヨ姉は……きれいですよね」

「なっ! バカにしてるの!?」


 思わずもれた俺の言葉に、カヨ姉は怒り半分、驚き半分。

 でも、まあ、もれちゃったからぜーんぶ言うか。


「確かに俺は、大きめのオッパイ大好きです!」

「と……突然のカミングアウト!?」

「でもね、それ以上に、カヨ姉の人間性みたいなの、俺は大好きみたいです!」

「……え!?」

「委員長モードの時も、お色気モードの時も、今のカヨ姉も、ぶっちゃけこの中で一番、すてきだなと思っていますよ! この中で、一番すごいなと認めているところもあります」

「…………」


 「本気の気持ちを伝えるコツは、絶対にそらさない直目ただめ」は、俺の好きな祖父の言葉。

 その言葉に従い、俺はカヨ姉の顔を真っ正面にとらえていた。

 まるでそれに応えるように、カヨ姉も俺の目の奥を覗きこむように見つめてくる。


 ええ。負ける気はありませんよ。

 絶対、こっちから目をそらしません。


「…………」

「…………」

「……な、なんなのよ……」


 よし。撃沈!

 カヨ姉が顔をそらして下を向いたまま、椅子に腰を力なく落とした。

 勝った。

 勝った勢いに乗って、もう一勝負するか。

 なんかコロナがカヨ姉に声をかけようとしているけど、今はその時じゃないしね。


 俺はまた、VWBにペンをのせて音声入力。



●課題:コロナの理想に対する根本的な問題が解決されていない



「ちょ、ちょっと、なんでわたくしまで……」


 こちらも立ちあがって抗議してくる。

 が、平等にいかないとね。


「理想と違う兄がいるせいで、兄という存在に甘えてみたくなったのはわかります」

「わ、わくしは――」

「でも、自分に好意がありそうな、ちょうどよさそうなのがいたから試してみた……って、それでいいんですか?」

「い、いえ……わたくしは……そんなこと……」

「生徒会長は、すごくかわいい!

 ぶっちゃけ、今まで見た女の子で、かわいさナンバーワンです!

 ええ、もう妹萌えでもいいかなと、ちらっとは思ったぐらいに!

 いや、もういいよ、妹萌えでも!

 だから兄妹ごっこに、つきあっちゃおう!

 ……と思ったんだけど、やっぱりよくなかったよね……」

「…………」

「甘えたいなら、素直に甘えてみたらどうですか?」

「……できませんわ。今さらそんなこと……」


 いつもの勢いが彼女にはない。

 凜とした空気も消えてしまっている。

 それを側目するカヨ姉は、気がついているだろうか。

 輝かしい金髪チョココロネというキャラにも、ちゃんと影があるのだと言うことを。


「それから、カンリ」

「は、はいです!」


 今まで雰囲気に呑まれて固まっていたカンリは、まるで黒○危機一髪で当たって飛びだす人形のように、ぴょーんと立ちあがった。


「君も、優しくされたぐらいでほだされるな。好きになるなら、相手を見極めること」

「あ、あたしは、ちゃんと――」

「俺は、君のおかげで目覚めてしまったんだぞ!」

「……あう?」

「俺は、カンリをいじめたい。非常にいじめてみたくなった。

 君が困って赤面しているところをたくさーん見てみたい!

 そんな属性が芽生えてしまったんだ!

 優しいどころか、いじめっ子だ! 俺は精神的Sだ!」

「あっ、なっ、えっ……」


 そう。その困り顔……そそる!

 もう完全に俺は、目覚めてしまった!

 でも、本当にいじめられていた経験のある子に、本気でそんなことをする外道ではない。

 だから、最後は優しくしておこう。


「カンリ。弱いことは罪じゃない。けど、弱いことが嫌なら、強くなろうとしないことは罪だ……そうだ。大好きな女性が教えてくれた言葉だけどね」

「……だ、大好きな女性って?」

「母親!」

「……ロウくんって、マザコン?」

「まあね」


 ニヤッと大きく頬をあげて笑ってみせる。

 マザコン、いいじゃないか。


「ロウくん。いったい、いくつカミングアウトする気よ」


 九笛先輩の苦笑い。

 彼女は腕を組んで、こちらをしばらく凝視しはじめる。

 俺は黙って、その視線に応じた。


「……で?」


 と、九笛先輩は、すぐに我慢できなくなったように、こちらを促してきた。


「わたしには?」

「……?」

「3人にあれだけ言ったのに、私にはないのかしら?」

「……ぶっちゃけ、先輩はつかみどころがなさ過ぎてよくわかりません」

「そ、そんな……」


 九笛先輩が、ガックリと肩を落とす。


「また、わたしだけ仲間はずれ……」

「はぁ? 仲間はずれのわけないでしょう。なに言ってるんですか」


 今度は俺が大きなため息をついた。

 なんでこんな気にしているんだろう、この人は。

 まさか本気で思っているとは、まったく思わなかったよ。


「九笛先輩、誰かに嫌われているの?」

「いいえ。でも、好かれてはいないわね」

「……あなた、バカなの?」


 俺は、さっきの九笛先輩の口調をまねた。

 一年年上の成績首位者だろうと、バカはバカだ。


「だって、ここにいるみんな、かなり九笛先輩のこと好きですよ」

「え……?」

「え? じゃないでしょ。一緒にいて気がつかないはずないのに、なに見てるんです?」

「…………」

「たとえ、ヒロインにならなくても、みんなにちゃんと好かれているでしょう?」

「…………」


 ……あれ?

 予想外に、九笛先輩まで撃沈させてしまった。

 なんか知らんけど、4人ともうつむいたまま顔を見せない。

 これ、重力が10倍ぐらいになっていないか……と思うほど、重い空気に包まれる。

 完全に全員、敵に回してしまったな。

 いたたまらない……。


「……なんなのよ、君は」


 カヨ姉が顔を下を向けたままこぼした。


「まだ会ってから数日の私たちに、好き勝手、言ってくれちゃって」

「……すいません」

「だいたい、なんでそんな風に、年下のくせに、わかったようなこと言えるわけ? 実はエルフで、人生経験は私たちの何倍も積んでるとか、チートでレベル99でキャップしているとでも?」

「ど、どこまでもゲーム脳ですね。……でも、まあ、うーん……。じゃあ、俺も少し、恥ずかしながら自分語りでも」


 エルフじゃないけど、育った環境は結構、特殊だと思う。

 語りたい話ではないけど……。


「実は俺、動物園の檻の中で育ったんですよ」

「はい?」


 俺の唐突な言葉に、さすがにみんなそろって顔をあげたようだ。

 だけど俺は全員の顔を見ずに、立ちあがって、そっぽを見ながら言葉を続ける。


「その檻の中には、いろんな動物がいました。

 力を誇示して弱者から奪うライオン。

 奪われた獲物を虎視眈々と狙うハイエナ。

 相手を化かして身を守るキツネやタヌキ。

 争いの隙をついて奪っていくトンビ。

 もてはやされるパンダの赤ちゃん。

 そして、それらを操る調教師がそろっている。

 そんな中で育ちました。

 それはもう生まれた時から、ずーっと、そんな感じで」


 ちょっといろいろと思いだしそうになる。

 が、頭をかるくふって追いはらう。


「そんな中で、うまくやっていこうとすると、各動物の習性とか、本当は何を狙っているのかとか、そういうことわからないと、すぐに獲物にされちゃうんですよ」


 それが大人の……いや、金の世界。


 あれから調べたけど、ここにいる4人の女性は、ランクがあるにしろ、みんなそれなりに裕福だ。

 社長の一人娘だったり、富豪の娘、財閥の娘……。

 だからきっと、彼女たちもそんな世界に近い住人のはずだ。

 だけど、たぶん彼女たちはパンダの赤ちゃん。

 獲物に狙われないように、大事に大事に育てられた。


 一方で俺はというと、彼女たちがこれから見るかもしれない物をオンパレードでネタバレされちゃっている。

 なんか16才としては、すれきれちゃっている感じ。


 欲望はある。

 でも、すれきれた俺は、なんかいろいろと冷めちゃっている。

 だから、趣味も女の子にも熱くなったことがない。


 せっかく檻から出してもらっても、結局はあまり変わっていない。

 彼女を作れるかもしれないチャンスも、こうやって棒にふってしまっている。

 口は災いの元だけど、やっばり口が動いちゃう。

 まさに、若さゆえの過ち。

 だから、小姑みたいにうるさいと言われるんだよな、俺。


「つまり、ロウ。あなたは、そのような野性動物のサバイバルみたいなところで育ったから、自分には見る目があるとかいいたいのかしら?」

「いいえ、生徒会長・・・・。野性ではなく、しょせんは檻の中。調教師の掌の上なんですよ。まあ、調教師も油断すれば、獲物にされてしまいますけどね」

「……意味がわかりませんわ」

真直さん(・・・・)も言っていたでしょ。俺がツッコミするために、いろいろ言葉や気持ちを拾うって。その拾うための観察力には自信がある……という嫌な自慢です」


 俺はさりげなく、心だけでなく、体も距離を取り、ドアの前に立っていた。

 そのドアをしんみりと見つめる。

 すっかり傷だらけになってしまっている。

 しかも、飾りだけの閂までつけられて。

 みんなに乱暴に扱われ、過酷な仕打ちにあったドア。

 俺はそんなドアに、なんか親近感を覚えていた。

 しかし、これでお別れかな。

 これからもガンバレよと、心で声をかけながら取っ手をまわした。


「課題整理は、こんなところですかね。体験入部、けっこう楽しかったです」

「体験って――」


 誰かの言葉を遮るように、俺はかるくお辞儀する。


「お世話になりました。スケさんにも、よろしく言っておいてください」

「まさか、やめるつもり!?」


 九笛先輩が手を伸ばそうとするが、俺はまた手ぶりでそれを断った。


「先輩に好き勝手なこと言ったのに、残って気まずくなるのも嫌ですし。プロジェクトチームは、やはりチームワークが重要でしょう。俺、実は苦手なんですよ、チームワーク」


 だからこそ、部活をやろうと思ったんだ。

 チームワークまでは言わなくても、みんなで何か熱くなるのに憧れたから。

 でも、幻想だった。

 そりゃそうだ。


「それに、やめるもなにも、最初からいない(・・・・・・・)んですよ」


 ちょっと俺は自嘲する。


「モテ期3日でハーレム状態。そんなラノベの主人公みたいなキャラクター、ロウこと【山田太郎】なんて、もともといないし、いるわけがない。全部、幻想ファンタジーってやつですから」


 俺はドアをなるべく優しく閉めて、部室を後にした。


「お世話になりました……」

短い間ですが、ご愛読ありがとうございました。

さよなら、ロウくん。

また会う日まで!


~終~




……というわけではなく、まだ続きます。


しかし、おかしい。

長さがまた元の長さに戻っているじゃないか……。

なんてこったい。


しかも、PM部から出て行っちゃったよ……。

どーするんだよ、これ。

課題、山積み(笑)。

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