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ぴん☆ぼっく ~ PM部の議事録  作者: 芳賀 概夢
第1章:立ち上げ編
4/20

Phase 004:「OBS?」

作業担当はきちんと明確に決めましょう。

ただし、その作業範囲を超えることが、必ずしもタブーになるとは限りません。

あとで調整されることもあるのです。

 聖典巫女は、ひとりで誰もいない会議室にはいった。

 そこは神殿の中でも小さめの会議室だった。

 部屋の中心には、10席確保できる円テーブル。

 席が埋まれば、部屋もそれでいっぱいと言うところだろう。

 そこに、ひとり優雅なしぐさで腰かける。


「情報師団長……いらっしゃいますね」

「はい。御前に」


 聖典巫女の正面の席には誰もいない。

 しかし、聖典巫女の呼びかけに答えた声は、そこから聞こえていた。


「失礼ながら、念のために、このままご報告させて頂きます」

「構いません」

「では、まずは資料をご覧ください」


 見えない姿がそう語ると、ふわっと聖典巫女の目の前に紙の束が現れる。

 そして、ゆっくりとテーブルの上に着地する。

 聖典巫女は、その束を見てからかるくため息をもらし、ページをめくり始める。


「……ずいぶんと量がありますね」

「それはもう、利害関係のある者をすべて洗いました故」

「大変でしたでしょう。ご苦労様です」

「いえ。……ではまず、ご心配なされていた、経理監査官の問題についてです」

「はい。彼が犯した禁忌(タブー)、詳細に教えてください。聖典様に提出する資料に必要なのですから」



   ◆



 生徒会長と副会長の2人が出て行った後、すぐに変身を解いて、食器を片づけ始めるカヨさん。

 俺はそれを手伝いながら、しばらく考えていた結論を言ってみる。


「カヨさん」

「なんだい?」

「生徒会長って……もしかして、ツンデレキャラですか?」

「あたりー。【妹属性ツンデレ金髪縦ロールお嬢様ロリ貧乳】の生徒会長だ。すごいキャラだろう?」

「ステータス、メガ盛りマシマシですね……」

「うん。輝きまくりのスターキャラだよ。私なんて、それに比べたら平凡そのものだ」

「そんなことは……」

「しかし、そんな【攻略者皆無】の彼女をいとも簡単に口説いちゃうなんて、ロウくんやるな」

「べ、別に口説いたつもりはないんですって! ってか、普通の女性なら、笑い飛ばしておわるみたいなことしか言ってないです」


 そうなんだ。

 社交辞令的に、ちょっと相手をほめたりすることは、今までもあったことだ。

 あんな風に取られるとは、予想外過ぎだ。

 ただ、よく考えてみれば、俺が社交辞令を使った相手は、今まで大学生以上だった。

 同年代に使ったことは、あまりなかったのは確かだ。

 同年代で女友達なんて作らなかったからなぁ……。


「……まあ、それはともかく。仲良くなっておくのは、よいかもしれない。なにしろ、PM部に取って大事なステークホルダーの一人だからね」

「ステークホルダー?」

「うん。簡単に言えば、【利害関係者】っていう意味だ。うちの業務は、他の校内活動に関わるから、必然的に毎回、生徒会と絡むことになる。だから、生徒会長はまずまちがいなく、毎回重要なステークホルダーの1人となるわけ。業務を進める以上、生徒会との連絡は密にしないといけないわけだ」

「なるほど」

「でぇ~もぉ~、だからと言ってぇ~、口説き落とすことはないんだけどっ!」

「――イテッ!」


 カヨさんに耳をかるく引っぱられた。

 驚いて、マイセンのマグカップを危うく落としそうになってしまう。


「な、何するんですか。危ないですよ、カヨさん!」

「あぁ~あ。古炉奈は呼びすてで、私は『さん』づけかぁ。ひいきだなぁ」

「いやいや。ひいきとかじゃないでしょう。あれは流れでというか、ほら、その……」

「その、なんだよ?」


 だから、寄るな! 寄せるな!

 胸の谷間という武器で脅迫するな!

 はっきり言おう。

 俺は気がついた。

 その攻撃に、俺は弱い!


「ほ、ほら……。俺にとって、カヨさんはいろいろと教えてくれる年上の……つまり、妹というより、姉さん的な存在だから、そんな人を呼び捨てには――」

「――それだ!」

「えっ!? どれっ!?」

「その属性いただき!」

「……はい?」

「姉属性だよ!」


 ガシッと正面から俺の両肩に手をのせ、しっかりロックするカヨさん。

 顔と顔の距離が近いが、これでは離れることもできない。


「私、これから姉キャラでいくから、今度から私のことは『カヨ姉』と呼んで!」

「なにゆえ!?」

「別にいいじゃないか! 減るもんじゃあるまい!」

「減りませんが……。なんで俺に、姉さんと呼んでほしいんですか?」

「だってさ、私は一人っ子だし。呼ばれてみたいという憧れもあったんだ。それに、私はロウくんをちょっと気に入っているし、ちょうどいいじゃないか」

「だからと言って――」

「なによ、ロウくん。会ったばかりの古炉奈のお願いは聞けて、同じ部活でずーっと一緒だった先輩である私のお願いは聞けないの?」

「その『ずーっと一緒だった先輩』に会ったのって、昨日ですよね……」

「ひーき♪ ひーき♪ ロウくんの貧乳ひーき♪」

「勝手な性癖、歌わんでください!」

「ひーき♪ ひーき♪ ロウくんのロリひーき♪」

「性癖追加するな! ……ああ、もう! わかりましたよ。呼びますから」

「よしきた。はい、どうぞ!」


 何かしらないけど、彼女の目が超キラキラしている。

 期待している。超期待している。

 どーも、この人のテンションの上がり下がりの激しさはついていきにくい。


「カ……カヨ姉……」

「うっ……」


 突然、カヨさ……カヨ姉は、片手で鼻から下を覆って顔を伏せる。

 俺に呼ばれて気持ち悪くなった?

 吐き気でもしたか?


 だが、覗きこむと、目がかまぼこのようになっている。


「ロウくん……これ、思ったより効く。鼻血でそう」

「おひっ……」


 なんでこの程度で、顔を紅潮させているんだ。

 こっちまで恥ずかしくなるじゃないか……。


「も、もう一回、呼んで」

「カヨ姉」

「――ぐはっ! ……吐血しそう……」

「なんでだよ!」

「たまんねーな、おい……」

「なんかエロオヤジみたいになってきたぞ……カヨ姉」

「――うほっ! 不意打ちとは卑怯だぞ!」


 よくわからないが、非常に興奮気味で喜んでいらっしゃる。

 まあ、俺としてはもうすでに「カヨ姉」と呼ぶことに抵抗感がなくなった。

 生徒会長を呼び捨てにすることを考えれば、こちらの方が気楽だ。

 これで喜ぶなら、呼んでやることにしよう。

 反応も面白くなってきたし、これは今なら武器になりそうだ。


「ところで、カヨ姉」

「あふっん……。な、なにかな?」


 微妙に身もだえして、なんか色っぽい。


「ちょっとお願いがあるんだけど、カヨ姉」

「あん……。お、お願い? なに? 今なら胸ぐらい触らせてもいい気分だぞ」


 なんと魅力的な誘惑をするんだ。

 今一瞬、俺の中の天使が堕天するところだったぜ。


「カヨ姉に、教えて欲しいことがあるんだ」

「うくっ……。お、教えて欲しいこと? なに? 私の胸のサイズ? 触って確かめる?」

「……え? いいの?」


 カヨ姉のうつろな瞳、寄せられた谷間に、俺の頭がクラッときた。

 とたん、目的を忘れた天使が、さわやかな顔で悪魔と握手をしようとする。


 まさに、その時だった。

 地獄の底から響くような、重く暗い声が上ってきたのである!


「ずぅ・るぅ・いぃ・でぇ・すぅ~~~……」


 たとえるなら、亡者が現世の人間を恨む悲痛な声。

 天使も悪魔も裸足で逃げだす。


「――うわああぁぁぁ!」

「――ぎゃあああぁぁ!」


 俺とカヨ姉は、最大音量で悲鳴をあげた。

 思わず、身を引こうとするが、なにかが上着の端をつかんでいる。


――手だ。


 誰かの……いや、きっと亡者が俺の服をつかんでいるんだ!

 ヤバイ! 逃げられない!

 堕天しかけたせいで黄泉路に引きこまれるのか!?


「た、たすけ――」

「あたしだけ、苗字はずるいですぅ~……」

「……へ?」


 亡者の言い分に驚き、その正体を確かめる。


「……真直さん? い、いつの間にいたの!?」


 そこにいたのは黄泉に引きずりこむ亡者ではなく、この部に引きづりこんだ真直さんだった。

 短い髪をふるわせ、唇を尖らせながら、くりっとした瞳でジト目を作っている。

 そしてその眼球には、いつも通りうるうるとした水滴。


「す、すいません。ずーっと、ここにいましたぁ……」

「ずーっとって、いつから!?」

「スケ先輩と一緒に入ってきていましたから……」

「……まじで?」

「ドア閉めたの……あたしですぅ……」


 そういえば、確かにいつの間にかドアが閉まっていた。

 俺は思わずカヨ姉と顔を見あわせる。

 意図が伝わったらしく、カヨ姉は首を激しく横にふった。

 だよな……。気がつかなかった。


 俺とカヨ姉が、腑に落ちない顔を彼女へ向けた。

 すると、彼女はモジモジとしながらも口を開く。


「す、すいません……。知らない人がいたから、隠れちゃって……」

「隠れたにしても、いくらなんでも……」

「あ、あたし、いろいろあって、目立たないようにするの得意で……」

「いや、それにしても……」

「気配、完全に消せるんですぅ」

「忍者もびっくりだな!」

「す、すいません。……でも、そんなことより、ず、ずるいです!」


 これほどすごい特技を「そんなこと」呼ばわりなのか。

 と思ったが、とりあえず話が進まないので流す。


「で、なにがずるいの?」

「だ、だからぁ……カヨさん、スケさん、それに生徒会長まで名前なのに……あ、あたしだけ、苗字で……仲間外れっぽいなっ……て……」


 びくびくとしながら、上目づかいでしっかり主張する彼女。

 どうやらここは、引きたくないらしい。

 その様子が、小動物的でかわいいなと思いながらも、どこか嗜虐的な欲望がわいてくる。

 そんな邪な感情を追いやりながら(ガンバレ、天使)、俺はなるべく優しくほほえんだ。


「別に仲間はずれにしてないよ」

「じゃ、じゃあ、あたしも……」

「いや、でもさ――」

「あっ! やっぱり、巨乳か貧乳か、はたまた変態しかダメなんですかぁ!? 普通は平凡だから、マニアなロウさんの好みじゃないんですかぁ!?」

「おい、こら。誰がマニアだ。ってか、せめて変態は抜け」

「す、すいません! で、でもぉ……。さっき会ったばかりの生徒会長まで名前で呼ばれているのに、同じ部活でずーっと一緒だったあたしは『真直さん』のまま……」

「その『ずーっと一緒だったあたし』に会ったのって、昨日だろうが……」


 デジャブ。


「あうあう。すいません。で、でも、あたしも……部活仲間だし、そのぉ……な、名前で呼ばれたい……かなぁ……って」

「しかしさ、普通はあったばかりの野郎に、ファーストネームでなんて呼ばれたくないでしょう?」

「そ、それは……普通は……。でも、ロウさんなら……いいかなぁ……なんて」


 すごい。刹那で真っ赤。

 生徒会長ほど真っ白な肌ではなく、ごく一般的な日本人の肌色。

 それでも、はっきりとわかるぐらい真っ赤か。

 卵を落とせば、目玉焼きぐらい作れるのではないかというぐらい、カッカとしている(そのシーンを想像すると笑ってしまいそうだが……)。


 しかし、まあ、なんという日だろうか。

 今日だけで俺は、三人の女の子を赤面化させている。

 赤面化とか言うと、なんかの能力スキルのようだな。

 ラノベ風にルビをふると【強制赤面化能力《erythrophobia》】とか?

 いや、ちょっと意味が違うか。では、何がいいだろうか?


 ――じゃなくて!


 これは、まさか、あれか?

 あの伝説のモテ期か?

 でも、それはないだろうな。


 俺の容姿は、「いい感じのかっこよさ」だと思っている。

 まあ、主観的なうぬぼれではなく、客観的にも言われたことがあるからだ。

 双眸は切れ長……ではないが、まあそれなりに、クリッとしている。鼻もスケさんのような高さはないが潰れてはいない。唇もタラコとかではなく、それなりに男らしさがあると思う。体作りはしているので、太ってもいないし、痩せてもいない。髪も黒々として、ふさふさとある。身なりも、しっかりとしている方だ。


 ……ようするに、普通よりちょっとマシ的なポジション。


 ただ、それだけに「誰もが一目惚れするような、アイドル的なかっこよさ」というのは持ちあわせていないことも重々承知している。

 だから、赤面化した女性陣には申し訳ないけど、今の状況には非常に懐疑的なのだ。


「真直さん」


 上目づかいの彼女に、俺は思ったままに口を動かす。


「真直さんって、もしかして俺のこと好きなの?」

「――っっっっ!」


 声にならない声をだして、顔色を変える。

 顔の熱は、赤を通りこして青くなる。

 彼女はあわてて、その熱を両手で覆いかぶせて火消作業。

 かと思うと、瞬時にソファの裏側に移動して身を隠した。


 そして、少しだけすすり泣く声が聞こえる。


「す、すいません。ごめんさない、真直さん」


 そこで、やっと自分の馬鹿さ加減を悟った。

 これはまずった。

 彼女のようなタイプに、こんな直球はデッドボールだったか。

 女の子に泣かれるのは苦手だ。

 とにかく頭をさげる。

 が、彼女がソファの裏からでてくる気配はない。


「ロウくん、君ね……」


 うなだれて頭を掻く俺に、カヨ姉の大きなため息。


「すいません。デリカシーがなさ過ぎましたよね」

「全くだよ。なんでそういうこと、すぐ気がつくんだ」

「そうですね。でも、つい、すぐ気がついてし……え? 気がつく?」

「そうだ。気がついちゃダメだろう?」

「え? 気がついちゃダメなの?」

「当たり前だ」

「なにゆえ!?」


 呆気にとられている俺の肩に、カヨ姉が手をポンッとのせる。

 そして、天井を見あげると、噛みしめるように語りはじめる。


「いいかい、ロウくん」

「……はい」

「昔のエライ人が言ったんだ」

「……はい」

「ラノベの主人公は、朴念仁」

「……はい?」


 なんか、故事成語を語るみたいに意味不明なことを言いだしたぞ、この人。


「ロウくん。ラノベの主人公、特にハーレム物の主人公はね、女の子の想いに簡単に気がついちゃダメなんだ。たとえ気がついても、気がつかないフリをしなければならない。ハーレム状態を長続きさせるためにもね」


「……はい?」


「たとえば、今みたいに赤面して話しかけてきても『照れ屋さんなんだな』と解釈したり、大した理由もなくお弁当を作ってきてくれても『ああ、いい子なんだな』と思ったり、ツンデレで攻められても『女の子はよくわからないな』と韜晦とうかいしたり、あからさまな好意を向けられても『まさか俺なんかを好きなわけないよな』と自己否定したり、読者が『これで気がつかないような鈍いやついるわけねーwww』とか思うようなことでも、気がついてはいけないんだ」


「……はい?」


「それを君は、いとも簡単に古炉奈のツンデレ好意を見破ったかと思えば、今度はカンリちゃんの純真な好意を正面から看破した! さらに姉キャラ扱いして、私をもメロメロにさせた! 君はことごとく禁忌タブーを犯してしまったのだよ!」


「……はい?」


「これがどういうことか、わかってるかい、ロウくん。まだ、4話。物語内の日にちにして、2日しか経っていないんだよ! 早すぎる、あまりにも展開が早すぎるだろう! そういうのに気がつくのは、少なくとも話の中盤だ! これから先の話が保たないだろう! 君はそういうことを考えているのか!?」


「……はい?」


「こうなれば、話は次のステップに移行するだろう。好意に気がつけば、今度はお色気シーンが山盛りになる。それは自然な流れだ。本来は好意に気がつく前に行われるべき、着替えシーンにぶちあたるイベントや、みんなで温泉旅行(混浴)に行くイベント等も待っているだろう。君はそこで、多くの誘惑を受けるはずだ。……だけど覚えておいて欲しい。ハーレム物ラノベの主人公に許されるのは、キスとタッチまでだ!」


「……はい?」


「いいかい。本番はダメだぞ。どんなにエロい言葉で誘われようと、裸体でラッキースケベを味わおうと、性欲真っ盛りの高校生が、普通は我慢できるわけがないような状態でも、『性的になにか問題があるんじゃないか?』と疑われるぐらい頑なに我慢しなくてはいけないんだ」


「……はい?」


「なぜだかわかるかい?」


「……わかりません」


「簡単な話だ。本番という禁忌タブーを犯せば、ただのハーレム物ラノベですまなくなり、成人指定を受けてしまうかもしれないからだ!」


「ちがーう! わからないのは、そこじゃねーよ!!」


 俺はぶち切れるようにツッコミを入れた。

 意味不明すぎて呆気にとられている内に、なにを暴走しているのやら。

 ラノベ? 主人公? 4話目?

 意味がわからんし、知りたくもない。

 タブーを犯しているのは、どっちだという話だ。


 俺はカヨ姉をジロッと睨んだ。

 すると、舌を出して「てへ☆」みたいな顔でウィンクして返す。


 くそ。むかつき半分、かわいさ半分。


 それよりも今は、真直さんだ。

 俺は彼女が背もたれに隠れているソファに静かに座った。

 背後で、ピクンッと反応するのを感じる。

 ふぅと小さく深呼吸。

 こちらが緊張すれば、あちらも緊張してしまうだろう。

 だから、社交場でお世辞を言う時のように、心をゆったりとさせる。

 そして、なるべく柔らかく呼びかける。


「……カンリちゃん」


 背後でまた、ピクンッと気配がする。

 だが、逃げる気配はない。


「ごめん。俺さ、わかんないんだよ」

「……なにがですかぁ……」


 細くて、今にもとぎれそうな声に、少しすするような音が混ざる。

 プリザーブドフラワーでも扱っている気分だ。

 ちょっとでも力を入れたら、乾燥した花が散ってしまう。


「うーんとね。中学生のころ、俺はけっこう、クラスの女子には、距離を置かれる系の男子でさ」

「……そんなに、女ったらしなのに……ですか」


 あ、あれ?

 このプリザーブドフラワー、なんか刺があるな。


「いや。俺、女の子とつきあったことないよ」

「じゃあ……すべて遊び、ですか……」

「いやいやいや。なんか誤解がありますよ、うん」


 これは、さっきカヨ姉がハーレムがどうのとか言ったせいか。

 俺が横目でうかがうと、カヨ姉は意図を感じたのかすぐに目をそらす。

 名誉毀損で訴えますよ、カヨ姉。


「まあ、なんかけっこう家庭の事情ってやつで、目上の女性と話す機会は多くて、大人の会話術みたいな、世辞とか妙にうまくなったりもしてね。でも、あまり学校では親しい友人とか作らなかったんだよね」

「……なんでですか?」

「……面倒だった」

「ぷっ!」


 よし!

 笑った。


「だけど、どうしてもクラス行事とかで共同作業とかあるでしょう。そういうのやると、けっこう小うるさいらしいんだよね、俺。女子達に裏で『小姑』と呼ばれていたらしい」

「……くっくっくっ……」

「だからね。会ったばかりで好意を向けられることが信じられなくてね。つい聞いちゃった」

「…………」

「あ。もしかして、カンリちゃんって小姑マニア?」

「どんなマニアですかぁ、それ!」


 ツッコミと一緒に彼女がふりむく。

 と、ソファの背もたれに顎をのせて、彼女を見ていた俺と目があう。

 くるっと180度回転して戻る彼女の表情は、あまりに早すぎて見えなかった。

 笑っていたのか、泣いていたのか、照れていたのか。

 でも、そのかわいらしいプリザーブドフラワーは、生き生きとしている。


「や、優しいなぁ……と思って……」


 彼女の短く切りそろえられた髪を見ていると、絞りだすような声が聞こえた。

 一生懸命、口に出したのだろう。

 しかし、その内容は納得できない。


「優しい? 俺が?」

「は、はい。……す、すいません」

「いや、謝られてもこまるけど」


 俺はソファに正しく座り直し、腕を組んで考えをめぐらす。

 俺が優しさを見せた?

 この2日間で?


「俺、自分で言っていても哀しくなるけど、この2日間、たぶんツッコミしかしてないよね? しかも、かなりきつめで、優しさの欠片もない感じが多いと思うんだけど」

「で、でも、それって、ロウさんが拾ってくれているってことだと思うんです」

「拾う?」

「たくさんツッコミを入れるってことは、言葉や気持ちをたくさん拾って、聞いて考えてくれてるってことですよね。くだらないことでも」


 横でカヨ姉が「そうそう」と相づちをいれる。

 でも、それは優しさと違う。

 日常会話ならまだしも、あれだけボケをかまされたら黙っていられるわけがない。


「いや。それ、ほぼ条件反射みたいな――」

「あ、あたし、中学の頃、ちょっとクラスで無視されていたりしたんです」


 いきなり重そうな告白に、思わずふりかえる。

 相変わらず彼女はソファの背もたれの後ろで、床に体育座りをしながら話している。

 その背中が、少し寒そうにふるえた。


「だから、かまってもらえるのが嬉しいんです。実は、九笛先輩とは中学も同じで、あたしがいじ……無視されていたのとか知っていたので、高校ではそうならないようにと、クラブも誘ってくれたりして。少し強引だったんですけど」


 最後に少し笑い声がまざる。

 だから、俺も少し笑う。


「確かに強引だったよな」

「はい。でもぉ……あの時にもう、ロウさん優しいなと思っていたんです」

「……ん?」

「だ、だって、ロウさんのことは、あたしが強引に引っぱってきたのに、あたしにぜーんぜん、怒ったり、文句を言ったり……しませんでしたよねぇ」

「……そうだっけ?」


 あの時は、まじに怒濤の勢いで話が進んでいたので、内容をよく覚えていない。

 むしろ、流されていただけのような気もする。


「それにその後も、何気なく気を使ってくれたり……その、この部に残ってくれたのもぉ……そのぉ……あたしのため……かなぁ……なんて……す、すいません!」


 なんか、頭を抱えて、膝の間に埋めるようにして丸まった。


 うむ。ボールのようだ。

 なんか転がして遊びたくなるな。

 そうしたら、困った顔がかわいいかもしれない。

 ……などと、いじめたくなっている俺が、優しいとは思えないのだが。

 まあ、それを言ってしまうと、また俺のマニアレッテルが増えてしまいそうだし、ここは黙って納得しておこう。


「……とりあえず、カンリちゃん」

「あ、あたし、『ちゃん』付けですかぁ……」

「じゃあ、カンリ」


 さっと、ボールが変形して、人間になった。

 呼び捨てにしたら瞬間的に立ちあがる生態は、生徒会長と同じ反応。

 だから、彼女もここから立ち去ろうとするのか思った。

 でも、彼女は背中を向けたまま固まった。

 その弱々しいながらがんばっている背中がいじらしい。

 また、少しいじめたくなる気持ちもでてくるが、今はよき仲間として言葉を続ける。


「その代わり、俺のことも『ロウ』で呼び捨てにしてくれよ。じゃないと気がひける」

「は、はい――っ!?」


――バタンッ!


 うわああぁぁ……ド、ドア!

 もう、そんなに乱暴に開けないであげて!

 絶対壊れる、もう絶対、HPないよ!

 やめてあげてください、九笛先輩!


「はあ、はあ……大丈夫? 間に合った?」


 息を乱して、周りを確認する長髪美人の九笛先輩。

 そんな少し乱れた感じも素敵ですが、ドアの怨みも背負い、あえて言わせていただきます。


「いえ。アウトです」

「――!!」


 とたん、その場で膝から崩れる九笛先輩。

 その様子はショックを隠せないどころか、あからさまにショックを表現している。

 なにしろ、わざわわざポケットからかハンカチをだして、その端を噛んでいるのだ。

 でも、なぜか顔が無表情。

 本当につかめない人である。


「大丈夫ですか?」

「心配してくれるの?」

「ええ。書類を」


 本人は芝居するぐらいの余裕があるのだから大丈夫だろう。

 けど、先輩が崩れた時に落とした書類が散ってしまっている。

 そっちがなくならないか心配だ。

 俺は倒れ伏してショックを表現し続けている九笛先輩を無視して、書類を拾い集める。

 ……というか、いつまでショック状態の芝居をしているんだ。

 もう今日は疲れたから、一切ツッコミしないぞ。


「ん? これは?」


 その中の一枚に、ふと目を取られる。

 フローチャートか? いや、組織図か?

 四角の枠内に名前が書いてあり、それが線で結ばれてツリー状に並んでいる。

 さらにそれらは、枠でグルーピング化されていて、たとえば「デザイン班」や「作成A班(土台)」などと書かれている。


「これ、例の模型部のジオラマ制作のやつですか?」


 俺が書類を見せながら尋ねた。

 応じるように、九笛先輩が何事もなかったように立ちあがる。


「放置プレイとは、なかなか高等テクニックね」


 俺はツッコミを抑え、書類をさしだす。

 するとやはり何事もなかったように、書類を受けとってから彼女は首肯した。


「これはOBSよ」

「OBS?」


 まさか「Oppai Boin Saiko!」の略じゃないよな。

 いやいや。最後は「Suteki!」や「Sawaritai!」でもいいよな。


 ……って、何考えてるんだ、俺。


 なんか、いつもの俺じゃないぞ。

 俺の脳よ、いつもどおりに働け。

 何、舞いあがっているんだ。

 天使、ちゃんと欲望を抑えろ。


「……違うわよ、ロウくん」

「な、なんの話ですかあああぁぁ、九笛先輩!?」

「Organization Breakdown Structureの略ね」

「え、えーっと……直訳すると、組織を細分化した構成図みたいな?」

「そうね。全体をワークパッケージという細かい作業ごとにグルーピングして、その担当責任者や作業者を配置した構成図よ」

「ああ。ステークホルダーでしたっけ? あれの構成図ですか?」

「違うわ。ステークホルダーは、全体の利害関係者だけど、OBSはワークパッケージに組みこまれている人たちだけ。OBSに出てくるのはステークホルダーではあるけど、全ステークホルダーではないのよ」

「なるほど」

「これを理解するには、WBSも知らないとね」

「WBS?」

「……違うわよ、ロウくん」

「まだ何も想像していませんよ!」

「あ。そう言えば、そもそもWBSどころか、この部のことも説明していなかったわね」

「ずいぶんと今さらですね……」

「そうね。今日はもう時間がないから、明日にでもいろいろと説明するわ」


 どうやら活動3日目にして、やっと全貌を知ることができるらしい。

 よっぽどこちらの方が、じらしプレイじゃないか。

 俺は、じらすのはいいが、じらされるのは嫌いだ。


「あら。ロウくんは、じらしたい人だったのね」

「人の心を読むな!」


 なんか怖いぞ、九笛先輩……。


「ああ、そうだ。ステークホルダーで思いだしたぞ!」


 カヨ姉が、柏手を打つように、景気よくパンッと手を鳴らしす。

 そして、全員に向かって手をヒラヒラとさせて、パソコンのあるカヨ姉の席に招き始める。


「そう言えば、聖典巫女からステークホルダーの資料が送られてきたんだよね」

「聖典巫女? ああ。あのゲームのですか」

「うん。ゲーム世界側の基本的な窓口キャラなんだ。イラストだと、すごいきれいな女性だぞ。見てみる?」

「二次元女性には興味ないので……」

「つまらんぞ、ロウくん。……じゃあ、届いていたファイルを開いてみるかな……っと」


 そう言いながら、画面の前に現れたバーチャルタッチパネルを操作しはじめる。

 モニターディスプレイの正面に、それと重なるように空間に表示された半透明のタッチパネル。それが去年に発売された、バーチャルタッチパネルモニターだ。

 画面を直接触らないのでモニターが汚れないし、さらに追加情報も表示できるのが便利なインターフェイスだ。

 各メーカーがこの技術開発と市場確保に躍起になっており、投資家たちの間でもホットな話題の一つとなっている。

 つまり、まだそこまで一般的ではなく、高級品なのだ。

 やはり、この部室の金回りのよさは異常だと思う。


「うわ……なにこのページ数……」


 カヨ姉がたじろいだ。

 俺と九笛先輩、カンリが後ろから覗く中、表示されたのは「ステークホルダー情報について」というタイトルページ。

 その右下には、なんと1/721ページという表示があった。


「とりあえず、全体概要図とかいうのを見てみるか」


 ページをめくると、そこには手書きの人間相関図が描かれていた。

 しかも、かなり壮大だ。

 表示画面を最大化してみると、なんとモニター3台分でも表示しきれていない。

 だからと言って全体表示にすると、文字が小さすぎて読めなくなる。


 少し唸りながら、カヨ姉がまたバーチャルタッチパネルを操作する。

 そして、画面に表示された「120インチ(非透過)」のボタンをタッチ。

 すると、バーチャルモニターが拡がって、天井に着くほどのモニターサイズとなった。

 それを見て、俺は動揺する。


「ちょっ、ちょっと、これなんですか?」


 楕円の中に役職が書かれて、それぞれが関係が併記された線でつなげられている人間相関図。

 それがなんと、120インチいっぱいに拡がっている。

 そこに膨大な量の登場人物名が並んでいたのだ。


 しかし、だからと言って、その情報が有効とは限らない。

 その中の一つを俺は、指さした。


「この経理監査官という人、部下の妻と不倫関係とか書いてありますよ……」


 すると今度は、カンリ、そしてカヨ姉が順番に指さす。


「こ、こっちは、領地管理官がベジタリアンとか……書いてあります……」

「それより、この副騎士団長、関係線が自分に戻って、ナルシストと書いてあるぞ」


 最後に九笛先輩が、あるキャラの名前をタッチする。

 すると、画面が切り替わり、そのキャラの詳細が表示された。

 彼女は無表情のまま、その表示された情報に目を通しはじめる。


「英雄騎士長。その生い立ち、トラウマ、夢、趣味、口癖、自らの呼称、持っている聖剣の名前、得意な魔法、ハーレムたる彼を取り巻く女性関係、宝物、好きな色、嫌いな色、好きな食べ物、嫌いな食べ物……1キャラでA4両面ぎっしりね」


 俺たち4人は、誰ともなく顔を見合わせた。

 そして、一呼吸置くと、みんなの視線が俺に集まる。


「どうぞ」

「どうぞ」

「どうぞ」


 3人に促される。

 はいはい。わかりましたよ。

 俺も言いたくてたまんなくなっていましたよ。


「――お前ら、NPCのくせにキャラ立ちすぎ!」


 3人の女性は、そろって黙ったまま深くうなずいた。

 下手すると、俺たちより設定が細かいぞ、おい。


「この資料は、このままじゃ役に立たないわね。……まあ、この件も含めて、続きは明日にしましょう。今日はもう遅いし、夕方から花冷えしそうよ。もう帰りましょう」


 九笛先輩の提案に従い、その日はみんなそれで帰ることとなった。


 ああ。しかし疲れた。

 まだ、部活2日目なのに。

 まったく、人づきあいは疲れるもんだ。

 でも、こんな美人やかわいい女の子たちに囲まれている状態は、悪くないかな……。

 まあ、そういう意味では、カヨ姉の言うハーレムか。

 男が1人だけってのは、ラッキーだったかもしれないな……。



   ◆



「……オゥ。ミー、すっかりスリーピング! ……ホワーイ? なんか部室が真っ暗ダークネスねー。あれ、エブリバディ、どこ行ったのかな? ……んん? ドアがクローズでロックでシャットダウンね! ここのドア、インからキャンノット オープンよ! イッツ ピーンチ! もしかして、ミーはディスルームでグッドモーニング? オー ノー! しかも、なんかクールよ! いや、むしろコールドね! コールドでデスですよ! ……誰かヘルプ! マジ、ヘルプミー!!」


スケさん、いつの間にか寝ちゃつていたんですね、床で……。

私も気がつきませんでしたよ(笑)。


スケさん、しばらく作業担当を外されそうです……。

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