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ぴん☆ぼっく ~ PM部の議事録  作者: 芳賀 概夢
第1章:立ち上げ編
3/20

Phase 003:「ステークホルダー?」

一緒に仕事をやる仲間のことは、きちんと知っておかなければなりません。

お互いの立場や仕事の分担、それらは予め明確にしておく必要があります。

 真っ白な綿のような顎髭の老人は、部屋に入るなり目の前の主に頭を垂れた。


「聖典巫女様。先日の記述書をまとめて持って参りました」

「ご苦労様です、書記官」


 側面に精巧な神々の戯れるレリーフで飾られた執務机は、四、五人が横に並べるほどの大きさがあった。

 それを挟み、聖典巫女は優しく微笑んだ。


「それで、提出数はどのぐらいですか」

「まだ、半分ほどでございます。どの方々も、やはりまだ上手くまとめることができないようです」

「そうですね。聖典様のご指示はいつも難しい内容で、なかなか慣れません」

「はい。誠に」


 巫女は書記官から書類を受けとると、ざっと目を通しはじめる。

 そして、それらを内容から2つの束に次々へと分けていった。

 すべて分け終わると、片方の束を書記官にさしだした。


「こちらの束は、各自に返却し、もう一度よく考えるように申しつけてください。残りの記述書に関しては、わたくしでは判断できないので、聖典様のご指示を仰ぎたいと思います」

「畏まりました。しかし、さすが巫女様。このような難解な書類をすばやく選別できるとは」

「聖典様にいくつかコツを教わりました。たとえば、明確な数字を重視しろと。確かに聖典様の仰るとおり、具体的な数字がないものには計画性を感じられません。」

「なるほど」

「聖典様のお言葉とご指示は難しいのですが、英知の詰まった内容です。理解できると非常に納得のいくことばかりです」

「しかし、その聖典様のお言葉を理解できる者は少ないでしょう。巫女様のような才あるお方が居なければ……」

「そのように気負わせないでください、書記官。今回もまた難しい話を申しつけられ、悩んでいる最中なのですから」

「おお。聖典様はなんと仰ったのですか?」

「曰く『ステークホルダーを明確にせよ』と」

「ス、ステーク?」

「ふふ。これは重要ですが難題ですよ、書記官」



   ◆



――コンッコンッ。


 入部二日目。

 ドアのノック音を部室内で聞く俺がいた。

 本当は律儀に部活へ顔をだす必要などないのだが、俺はあのネットワークゲーム【聖典物語】にちょっと興味を持ってしまった。

 実は昨夜、あのゲームについて自宅で調べたのだが、おかげで余計に興味がわいた。

 なにしろ、ネットワーク上に、大した情報が転がっていなかったのだ。

 ネットワークゲームのくせに、攻略サイトどころか、メーカーサイトさえ見つからない。

 そんな馬鹿なと必死に調べるが、どんな感じのゲームなのかという噂しかでてこない。

 その噂によると、情報を流出するとゲームプレイ権をはく奪されるらしい。

 しかも、プレーヤーは招待制度らしく、どうやって運営しているのか不可思議さは増すばかりである。

 というわけで、あのゲームの情報を知るためにも、今日もここに顔をだしたのだが……。


――コンッコンッコンッ。


 また、ノック。今度は少し強め。

 えーっと。これは俺が返事をしてもいいものだろうか。

 今、九笛先輩もスケさんもいない。

 奥にカヨさんはいるが、どうやら出るつもりはないらしい。

 彼女は部室に来ると、すぐにくつろぎモードに変身して、そのまま引きこもりのようにパソコン前から動かなくなった。

 席を立ったのは、二回。トイレに行く時と、コーヒーを入れる時だけ。

 ただ、横着とかそういう感じではない。

 なにしろ、コーヒーを入れる時、俺にもエスプレッソを入れてくれた。

 しかも、わざわざスチームドミルクまでまた作ってくれた。

 なんだか変な人だが、けっこう気づかいをしてくれる。

 基本、いい人なのかもしれない。


――コンッ! コンッ! コンッ!


 あ。怒っている。叩き方でわかる。

 中にいるのが、ばれているんだな、これ。

 ソファでくつろいで、優雅にエスプレッソを楽しんでいる場合じゃないぞ。

 仕方なく俺は、カヨさんに視線でうかがいを立てる。

 ちょうど視線があい、かるく頷かれたので、俺はあわてて「はーい」と返事をした。


――バンッ!


 間髪入れず、けたたましくドアが開けられた。

 ……あのドア、いつか壊れるぞ。


「ちょっと、PM部。いらっしゃるのに、どうしてすぐに返事をしませんの!」

「あ。すいません」


 とっさに謝ってしまう俺も、たぶん「いい人」なのかもしれない。

 いや。単に、争いごとをさけて、無難に人間関係をすませようとする俺のスキルがパッシブに働いただけかな。

 ともかく、俺は立ちあがりながら、すぐにかるく頭をさげた。

 それから挨拶しようと、相手を見た。


 ――が、その相手の姿が目に入った途端、思わず固まった。


 来訪者は男女の2名だった。


 とにかくインパクトがデカかったのが、怒声をあげた女性だった。

 金髪である。碧眼ではないが、目は少し茶色っぽい気がする。

 容貌から、日本人と英国系のハーフだろうか。

 まあ、金髪はスケさんがいるからキャラとしては二番煎じだ。

 だから、百歩譲って、そこはスルーしよう。


 だが、そのヘアースタイルが驚異だ。

 君は、現実に見たことがあるか?

 俺は今、あの伝説を目の当たりにしたのだ!

 非常識つながりで、スケさん風にあえて言わせてもらおう。


 ザ・レジェンド オブ ヘアースタイル・【縦ロール】!


 かるくカールがかかっているとか、小さなロールがいくつもあるとか、そんな現実にありそうなものではない。

 まるで、左右に巨大なチョココロネがぶら下がっているかのようなのだ。

 その最大直径は、彼女の頭部の直径とほぼ等しい。

 しかも、密度も半端ない。

 あの髪をストレートにしたら、どこまで伸びるのだろう。

 彼女は、身長が低めだ。

 160センチもないだろうから、髪をストレートにすれば絶対、床についてしまうはずだ。

 銀河鉄道のメー○ルも、びっくりな長さだ。

 それだけの質量が、重力に逆らって、どうしてそんな雄々しく、頭の横で形を保っていられるのだろうか。

 これはきっと、この高校の七不思議の一つに違いない。

 むしろ、俺がそう認定した。


 さらにその横にいる男子も、別のベクトルですごかった。

 なんだろうか、この「あるある」感のある容姿は。

 必ず乙女ゲームに一人はいるよね、こういうキャラ。

 秀才メガネ美男子という個性を突き詰めたら、テンプレに集約されて、逆に個性が失われた感じだろうか。

 少しきついイメージのある細い黒縁のメガネに、鋭さのある切れ長の明眸。

 細面の輪郭に、それを飾る風に流れるような、さらさらの髪。

 その髪を片手で、すっと後ろに流した後、指先でメガネをクイッと上げる。

 容姿だけではない。その動作さえも、どこかで見たことがある。

 うん間違いない。デジャブじゃない。

 たぶん、乙女ゲームかなにかのCMだろうな……。


 とにかく、その2人の容姿インパクトに、俺は固まってしまったわけだ。


「ちょっと。1年生のあなた。何をぼーっと突っ立っているんですの」


 おお。すばらしい。

 金髪チョココロネ様は、これまた口調もお嬢様風で期待を裏切らない……じゃなかった。


「あ。すいません。その……あまりにも先輩が、お美しかったもので」

「なっ!? ……な、な、なんですの、いきなり!」


 よし。会話のイニシアチブはいただいた。

 こういうことをスラッと言えるところは、自分の才能だと思っている。

 大いに活用させていただく。


「生意気なことを申し上げて失礼しました。えーっと、何かご用ですか?」

「く、九笛さんはいらっしゃらないの?」

「あいにく留守にしています」

「ならば、千枝宮さんは?」

「あらあら。私なら、ここですわ」


 パソコンモニターの向こうから、すっとカヨさんが立ちあがる。

 いつの間にか、モード委員長だ。

 やはり、彼女の変身速度は半端ない。


「今日はいかがなさいましたか、生徒会長」

「え? 生徒会長?」


 俺は思わず、金髪チョココロネを凝視してしまう。

 この容姿で生徒会長。

 なんていうキャラの立ちっぷりだ。

 完璧じゃないか。


「な、なんですの? またそんなに見つめて……」

「あ、や、その……」


 思わず赤面してしまう。

 ただし、彼女の赤面につられたわけではない。

 自分が「キャラ立ち」を考えていたことに赤面したのだ。

 そんなことを気にしている自分が恥ずかしい。

 くそっ。これは先輩達の悪影響だ。


 あれ? それはともかく、生徒会長だと?

 なんで俺は、生徒会長の顔を知らないんだ?

 確か、入学式の時に、在学生代表で新入生に挨拶をした……はず……じゃない!

 そうだ。思いだした。

 確か、入学式の時、生徒会長が体調不良で休みとかで、代わりに副会長が……。


「あっ! 副会長さんか!」

「そ、そうだが?」


 思わず眼鏡男子を指さしてしまうと、アルトな声で肯定された。

 そうか。どうりでどこかで見たことあるはずだ。

 入学式の時、宝塚かと思うような妙にアルトなメガネ男子が、確かに挨拶していたわ。


「あらあら。なにか、ロウくんったら変よ」

「す、すいません」


 カヨさんの言うとおり、端から見たら俺は挙動不審かもしれない。


「とりあえず、お座りになったら?」


 カヨさんは、二人の来客にソファを勧めた。

 そして自分は、食器棚に近づいてなにやら用意し始める。

 食器棚から出されたのは、青い柄のマグカップと受け皿。

 受け皿には、青いタマネギのプルーオニオンスタイル柄があるから、マイセンだろう。

 彼女はテキパキと、魔法瓶から2つのお高いマグカップにお湯を注ぎ温めはじめる。


 生徒会長たちの方も、それがいつものことと言わんばかり、無言でソファに腰かける。

 そして、一呼吸を置いてから口を開く。


「今日は、新入部員が入ったと聞いたので、確認しに来たのですわ」

「あらあら。それはわざわざご足労いただきましてすいません」

「別にあなたたちのためではなくてよ。気に入らない部員たちばかりですが、部としては一応、生徒会活動に尽力いただいてますから」


 ふっと、生徒会長がこちらを一瞥する。

 なかなか鋭い視線に、ドキッとしてしまう。


「で、彼が新入部員なのですの?」

「ええ。山田太郎くん。通称、ロウくん。あと、まだ来ていないけど、真直柑梨さん。この二人が新入部員ですよ」


 っていうか、俺の「山田太郎」という仮名が、いつの間にか本名のように扱われている。

 カヨさんだって、俺の本名ではないと知っているはずなのに。


「そう。山田太郎という名前で申請があった時は、人数あわせかと疑ったけど、こんな部に入る……いえ。入っても残る新入部員がいるのね」

「はあ。まあ……」


 俺は曖昧に答える。

 自分でも半分ぐらい、なんでここに入ったのかよくわかっていないぐらいだ。


「そう言えば、まだ自己紹介をしていませんでしたわね」


 わざわざ生徒会長、それに合わせて副会長も、席から立った。

 そして、生徒会長の少し小さな手が、握手を求めてくる。


「わたくしは、二年で生徒会長の【大守おおもり 古炉奈ころな】。よろしくお願いしますわ、山田くん。それともロウくんのがいいのかしら?」


 学校で握手を求められたことなどない俺は、とまどいを感じながらも、その手を握りかえす。

 本当に小さくて柔らかい。

 ちょっと力を入れたら、つぶれてしまうかもしれない。

 これぞ、女の子の手だ。


「はい。なんかもうロウでいいです。よろしくお願い致します。【大盛りコロネ】先輩」

「だ、誰がコロネですの!」


 握る手に思いっきり力を入れられる。

 本当に痛くて辛い。

 もうちょっと力を入れられたら、俺の手がつぶれてしまうかもしれない!

 これ、本当に女の子の手!?


「い、痛いです! す、すいません! つい……」

「つい?」

「あ、いえ……」


 髪型が悪い。


「なにか言いまして!?」

「い、いや――」


――バンッ!


 俺の言葉をさえぎるように、またドアがけたたましく……って、マジにドア、壊れるから!


「オーイエス! 生徒会長のことは、親しみをこめて【コロネ】ちゃんとコールプリーズ!」

「「いきなり会話に割りこむな!」」


 入り口に現れたスケさんへ、俺と生徒会長の同時ツッコミが炸裂した。

 その瞬間、手を離してはくれたが、俺の手は瀕死状態。

 ヤバイ。この生徒会長に逆らいたくない。


「ふん。現れましたわね、中間太助。なるほど、あなたなのですね。ロウくんにわたくしをコロネと呼ばせたのは」

「ええ。そうです。中間太助先輩に、そう呼べと教わりました」


 俺は即座に、その推測を後押しした。

 長いものには巻かれる主義だ。

 ただし、逃げられる範囲で。


「やはりね……」

「オーノー! ロウくん、バッドボーイ!」


 そう言いながら、俺に向かって両腕を突きだしながらスケさんが近づいてくる。

 なんか、ゾンビかキョンシーみたいで怖い。


「ロウく~ん。ミーを裏切るのかい? ミーとユーはフレンド。いや、もうラバーだろう?」

「…………」


 生まれてこの方、これほど悪寒を感じる言葉を聞いたことはなかった。

 怒りを飛びこえ、俺の心が急激に冷える。


「ふざけないでください、この腐れ」

「腐れ……」

「寄るないでくれますか、汚らわしい」

「けが……」

「そこで、這いつくばっていてくれますか。視界の邪魔です」

「…………」

「…………」

「……いい……」

「はい?」

「はあぁ…はあぁ……モア プリーズ」

「ちょっ! なんで息をあらげて!?」

「あはぁ~ん。ミー、そっちもOKね!」

「どっちだよ!」

「そういうのも行けるよ! ゴー ウィズ ミー!」

「行かねーよ!」

「責めて! 貶して! 罵って! モア エクスタシー!」


――バコンッ!


 叩きつぶれるような鈍い打撃音と共に、スケさんがその場で前かがみに撃沈する。

 横には、眉間に皺を寄せたままフルスイングを決めた状態の生徒会長様。


「まったく、どこまで変態なのかしら……」

「あのぉ……生徒会長……それ……」


 俺は怖々と、彼女が手に持つ、スケさんをフルスイングした物を指さした。

 どう見ても、いわゆるひとつの……。


「それ、金属バットですよね?」

「そうね」

「今、それ、どこから出しました?」

「そういうことをレディに聞くなんて、野暮というものですわ」

「えっ? そ、そうなんですか?」

「もちろんですわ」

「と、ところで……」

「なんですの?」

「それでフルスイングは……ヤ、ヤバくないですか?」

「問題ないわ。峰打ちですもの」

「どっちが峰なの!?」

「金属バットも峰打ちなら死なないって言っていたわ」

「誰が!?」

「マンガのキャラよ」

「マンガ、信じちゃダメ!」

「だってほら。まだ息がありますわ」

「え?……うわっ!」


 いつのまにか俺の足下に、這いよってきたらしいスケさんがいた。

 恐怖で俺が怯んで身をひくよりも早く、生徒会長がそれを踏みつける。


――ぐりぐりぐり


「うおううぅっ、おうぅぅっ」


 まるでウシガエルのような声をだしながら、死にかけのゴキブリのように四肢を動かすスケさん。

 だが、その顔が恍惚としている。

 正直、ゴキブリの方がましに感じる。


「あふんっ……いい、いい踏みだ。さすが我が妹……」

「――!! ふざけないで! あなたみたいなのと、血が繋がっているなんて認めませんわ!」


――ガシッ! ガシッ! ガシッ!


「おううぅっ、おうぅぅっ、おううぅっ、おう~ぅっ」


 激しく何度も踏みつける生徒会長と、もだえるスケさんを横目に、俺の頭脳がサイクロン。


 えっ? えっ? え~っ?

 妹? 血? 痴じゃなくて?

 二人とも二年だよね?

 名字、違うし。

 同じ金髪、違う目の色……。


 得た情報が、一瞬で頭の中を駆けめぐった。

 そして、すぐさまひとつの推論を導きだす。

 そうだ。そうに違いない……。

 俺は思わず、反射的に推論を口から送りだそうとしてしまう。


「もしか――」

「あらあら。そんなプレイ、部室でしないでくださいな」


 その愚かな行為を止めてくれたのは、カヨさんの穏やかな声だった。


「華代。気持ち悪いこと言わないでくださいな!」

「あらあら。違いましたの? ともかく、お茶が入りましたからどうぞ」

「……わかりましたわ」


 踏むのをやめた生徒会長は、ずっと沈黙して座っていた副会長の横に戻って座る。


「…………」


 俺は踏まれて悶絶中のスケさんを一瞥する。

 なんか四肢がピクピクしている。

 ……ああ、やっぱり気持ち悪い。

 と、確認してから、今度はカヨさんに顔を向けた。


 特に先ほどから変わらぬ微笑のカヨさん。

 だが、その眼の色が語っている。

 俺をたしなめている。


 俺は自分で言うのもなんだが、頭の回転が良い方だと思っている。

 だからこそなのか、自分を愚かだと感じる時がある。

 大人の世界で多少揉まれたにしても、やはり自分はまだまだ子供なのだ。

 別に空気を読めないわけじゃない。

 むしろ、同年代と比べれば得意だと自負している。

 だから、言うべきではない言葉を呑みこむことはできる。

 でも、若さや勢いに負けて、呑みこめず吐いてしまう時がたまにある。

 今がまさにそう。若さゆえの過ちが恥ずかしい。


 恥を胸に、感謝と了承を双眸にこめて、俺はカヨさんにわずかに頷いてみせる。

 対してカヨさんは、多くを語らない。

 少しだけ口角を動かしただけで、何事もなかったようにお茶を用意し始めた。


 なんか悔しい。

 大人だな、カヨさん。

 すごく変な人であることはまちがいないけど、俺は先輩として一目置くと決めた。


「あら。今日はアッサムのミルクティーではありませんの?」

「あらあら。やはり生徒会長は、ミルクティーのがよかったかしら。実は、ずいぶんと早くダージリンの春摘み(ファーストフラッシュ)が手に入ったの。せっかくだから、生徒会長と副会長にも味わっていただこうかと思って」


 客人にお茶を渡した後、カヨさんは俺にもお茶をくれた。

 それを受けとってから、ちょっと離れた会議用テーブルに着く。

 さっそく、紅茶の香りを楽しんでみる。

 とはいえ、実はコーヒー派。

 紅茶は普段あまり飲まないので、よくわからない。

 ただ、香りは少し弱い感じかな。

 それでも若々しい、春らしい香りがする気がする。

 今の俺には、ピッタリかもしれない。


「……悪くないわね」


 生徒会長が一口、楽しんで感想をもらした。

 そして、そのまま俺を横目で見る。


「お茶だけでなく、新人くんも」


 ……俺?

 うん。俺のことだよな。

 なんか褒められた?

 褒められることした覚えはないんだが。


 そんな風にとまどう俺に、生徒会長が微笑をむけてくる。


「ロウくん。あなたに質問があるのだけどいいかしら」

「……はい。なんでしょう」

「まず、中間太助をどういう人間だと思います?」

「……人間だと思いません」

「では、質問を変えて、彼をどう思いますか?」

「……思いたくありません」

「ああ。なんてすばらしい解答なのでしょう。やはり見こんだ通りですわ」


 なんか見こまれていたらしい。

 それはいいけど、半分意識がなく這いつくばったままで、俺の言葉でいちいち鼻息を荒くするのはやめろ、スケさん……。

 俺はあんたを悦ばせてるつもりは、かけらもないぞ!


「もう一つ質問です。わたくしをどう思いますか?」

「それはもちろん、チョココ――げふっげふっ」


 滑りそうになった口を咽らせて強制終了。

 ヤバイ。危険危険。

 本当に申し訳ないけど、俺にとっては生徒会長は金髪チョココロネ。

 でも、ごまかさないと……。


「チョコ?」

「あ、い、いえ、その……。近づくと、チョコレートのような甘い香りがするようで、美しい曲線美と、全体的に愛らしい造形を持つ、コロ……コロナ先輩は、その……食べてしまいたい感じというか、おいしそうというか……」


 ……って、あれ?


 うおおぉぉい!


 俺、何を言っちゃってるんだあぁ?


 とっさに何か言ってごまかそうと思っただけなんだ。

 でも、なんか頭からチョココロネが離れなくて、本人じゃなくチョココロネについて語ってしまったぞ。

 意味がわからんよね、これじゃ!

 落ちついていれば、気障な言葉でごまかせたけど、そもそも本当は女の子になれていない。

 パニックになると、ボロが出るんだよ。


 ――ああっ!


 なんか肩を小刻みにふるわせながら、会長が顔を伏せちゃってるじゃないか!

 ヤバイ。怒ってる? 怒ってるよね?

 だよね?

 そりゃあ、「食べてしまいたい」とか、なんかもうセクハラじみてるよね?


 ああ。隣の副会長の胸に、そのまま顔を埋めてしまったぞ。

 あれ? メガネ美形副会長ったら、会長を優しく抱くように腕をまわした!

 それって、つまり……二人はできている?


 も、もしかして俺……。

 彼氏の前で、彼女にセクハラ発言した最低男になりはてた!?


「ご、ごめんなさい! なんか――」

「君、やりますね」


 俺の謝罪を遮って、会長を抱いたままの副会長が、立てた親指を俺に突きだす。

 もちろん、俺は固まる。

 ただでさえ、ちょっとパニックなのに、意味不明でかなりパニック。つまり大パニック。


「な、なにがでございましょうか?」

「うちの会長は高嶺の花で、一般男子からは敬遠されています。たとえ挑んでくる勇者たちでも、つい小技に走り、あの手この手の変化球です。ですから逆に、そういう直球勝負の効果は抜群なのです」


 敬遠? 変化球? 直球? 野球ですか?

 効果は抜群?

 そんなポ○モンの技の威力みたいな話をされても、いったいなんのことよ?


 ダメだ。

 女の子に嫌な思いをさせてしまったせいか、完全にパニックだ。

 いつもみたいに、俺様の明晰な頭脳が働かない。

 ああ。これまた若さゆえの過ちか……。

 もう一度、ちゃんと謝ろう。


「ええっと……。生徒会長、私は――」

「ダメですわ!」


 突然、顔を上げて俺を指さしてダメだしする生徒会長。

 その顔が、なんかあからさまに真っ赤だ。

 もともとが日本人場馴れした白い肌をしているだけに、その紅潮がやたらに目立つ。

 そこまで激怒?

 これはひたすら謝るしかない。


「す、すいません。生徒会長!」

「だから、それがダメだと言っているのですわ!」

「……え? それ? どれ?」

「あなた、さっきわたくしをなんて呼びまして?」

「さっき? ……あっ!」


 そうだ!

 つい「コロネ」と口走ってしまうのをごまかすために「コロナ先輩」と呼んでしまった。

 それか! なるほど!


「ごめんなさい!」


 俺はぴっと気をつけをしてから、床につきそうな勢いで腰を折った。


「会ったばかりの先輩のファーストネームをいきなり、なれなれしく呼んでしまって……。その言い訳になってしまいますが、生徒会長って先輩だけど、すごくかわいらしい感じで、まるで妹的なというか。それで、つい親しみをこめた感じ――」

「許可しますわ!」

「……へ?」


 俺は、本気で混乱中だ。

 なんで俺の苦しまぎれの言い訳を許可されているんだ?

 九笛先輩も手強いと思ったが、この生徒会長も別の意味で手強いぞ。

 まったく理解不能だ。


「わ、わかませんの?」


 その心を見透かされたように、また生徒会長に責めるように見つめられる。

 しかも、沸騰でもしているのではないかと言うほどの赤面が眼前まで迫ってくる。


「す、すいません……よくわかりません」

「つ・ま・り、あなたに、わたくしをファーストネームで呼ぶことを許可すると言っているのですわ!」

「……なんで?」

「な・に・か、問題ありまして!?」

「いえ。滅相もございません!」

「では、呼んでみなさいな」

「え? 呼ぶって?」

「ファーストネームで、わたくしを呼んでみなさいと言っているのです。そんなこともわからないのですか?」

「す、すいません。えーっと……コロナ先輩」

「ダメです!」


 またダメだしされた。

 これだけダメだしされたのは、俺の人生でも数少ない経験だ。

 だが、このダメだし、一体何が悪いのかわからん。


「あなたは、妹を呼ぶのに『先輩』をつけるのですか!?」

「いや、そんなわけ……」

「ならば、つけずに呼びなさい!」

「えっ? え~? 生徒会長は妹では……」

「さっき妹のようだと仰ったではありませんか! いいから言いなさい!」

「は、はい。……コロナさん」

「『さん』はいりません!」

「ええっ!? じゃあ、コロナちゃん」

「呼び捨てで!」

「ああ、もう……コロナ!」


――ダンッ!


 突然、生徒会長が勢いよく立ちあがった。

 だか、また顔を下に向けたままである。

 肩がまた、微妙にふるえている。


 続いて副会長も立ちあがる。

 そして、生徒会長の肩に手を置き、支えるように一緒に歩きだす。

 なんだか、こう見ると2人は恋人というより、子供と保護者みたいにも見える。

 そう言えば、副会長は三年生だったな。

 普通は生徒会長も三年生のはずだと思うのだが、それほど金髪チョココロネ生徒会長は優秀だと言うことなのだろうか。


 などと、余計なことを考えている内に、二人はドアのところたどりつく。


「きょ、今日はこれで帰りますわ……」

「あらあら。もうお帰りですか、古炉奈?」


 なんかものすごーくニヤニヤした感じのカヨさん。

 彼女のこんなに楽しそうな表情は始めて見た。


「……また来ます」


 そう言って、少し上目づかいでこちらを見る、妙にかわいい金髪チョココロネ。


「またね、ロウ!」

「は、はい!」


 その紅潮した表情は、絶対に怒りではなかった。

 やっと、俺は生徒会長の感情を理解する。


 ……でも、なんでだ?


……あれ?

ヒロインって誰だっけ?


……あれ?

ステークホルダーの説明、どこ?


予め立場や説明が明確になっていませんね……。

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