Phase 002:「スコープ?」
ゴールを決めずに走りだすのは、危険なことです。
どこまで行くのか、どこを走るのか、スタート前にコースを決めましょう。
「失礼いたします、聖典巫女様」
ガシャ、ガシャと足音を鳴らしながら、白銀の軽量そうな鎧に身を包んだ騎士は、部屋の奥に向かって声をかけた。
300人ほどが縦に並んでも余裕がありそうな、長細い部屋。
その突きあたりに祭壇があり、そこに1人の女性が立っていた。
鎧の男は、ゆっくりとその彼女に歩みよる。
「聖典様から、ご返答はございましたか?」
「いいえ。お呼びしているのですが、召喚に応じていただけません」
彼女はレースの長いベールに包まれた長髪をかるく横にゆする。
そして、静かに手元へ目を落とす。
小さなテーブルの上にある、黄金と白銀の蔦模様で縁取られた、赤い表紙の本。
彼女が掌を重ねるその本こそが、導き手たる聖典。
もし、聖典の意志が召喚に応じてくれれば、光を放ちながら勝手に開いてくれるはずだった。
しかし、すでに半日ほど呼びかけているというのに、聖典は応えてくれない。
「巫女様が、これだけ呼びかけてもお答えいただけないとは……。やはり、火急の事態でもなければ、決まった時間にしか応じていただけないのでしょうか」
「まれに応じていただけることもあるのですが、本日は星の位置が悪いのかもしれません。魔力も弱くなっているようです」
聖典巫女は、そう言いながら、聖典に当てていた掌を眼前にかかげて見つめた。
だが、すぐにまた、その掌を聖典にもどす。
「わたくしは、もう少しお呼びしてみます」
「無理はなさらないでください。たとえ、聖典様のご神託前に同盟軍が攻めてきても、我が剣で打ちはらってご覧にいれましょう」
そう言いながら、彼は腰のワンハンドソードを軽く叩いて見せた。
本来、武器を持ちこめない神殿で唯一、武器を携帯することを許された英雄の血を引く騎士長。
その彼が持つ伝説の剣が、まるで彼の言葉に相づちを打つように、不思議な光を一瞬だけかえした。
「これより、また同盟軍の様子を調べに参ります」
「頼りにしています。他の者にも、もう少し待つようにと伝えてください。聖典様にも、応じられぬご都合があるのかもしれませんし……」
「かしこまりました」
◆
「ところで、千枝宮先輩」
俺は大きなソファに腰をおろしながら、デロンギ製のエスプレッソマシーンを操作する千枝宮先輩の背中に声をかけた。
彼女はスチームドミルクを作る準備のため、大きめのエスプレッソマシーンからプシューっとすごい音とともに熱風を吹きださせている。
「そんなカタクルシイ呼び方しなくていいニャン。カクさんでかまわないニャン」
「いや。千枝宮先輩に対して、なんかカクさんは似あわなすぎますし、失礼な気がします。だいたい、そのあだ名は、誰がつけたんですか?」
「オフコース! ミーさ!」
横で金髪碧眼変人が、ティーカップ片手に壁へ寄りかかり、親指で自分をさしている。
その態度を俺は、横目でつい睨んでしまう。
「ミーの『スケさん』という、ファンタジックなニックネームに合わせたんだよ。アイ ライク 水戸黄門! ワンダフル時代劇ねー」
「ワンダフルじゃないですよ。たとえ、本人が気にしなくても、こんなかわいらしい女性に、『カクさん』なんて……。本当に酷いことをしますね、【金髪エセ外人変スケ】さんは……」
「アウチッ! なんて悪意のあるロングネーム。ミーのことは、もっとイージーに――」
「じゃあ、【金髪変スケ】さん」
「まだ、ロング!」
「なら、【金髪変】さん」
「まだロング……と言うか、残して欲しい部分が、ロストォ!?」
「じゃ、【金】さんで」
「ノー! それ、別の時代劇!」
申し訳ないが、たとえ先輩でも、この人に敬意を払うことはできない。
遭ったばかりの先輩だが、第一印象はかなり悪い。
というわけで、まだなにか言っているが、あとは無視する。
「はい。ロウくん。ご注文のエスプレッソだニャン」
「ありがとうございます」
タイミング良く千枝宮先輩が手渡してくれたのは、小さくかわいらしいマグカップと受け皿。
マグカップからは、先ほどからから室内に香っている、心落ち着くコーヒーの湯気が強く立ちのぼっている。
さらに、おそろいの模様のミルクポッドに、温められたミルクも渡された。
しかし、この食器……。
真っ白な地に、ロイヤルブルーで唐草模様を思わす絵柄が描いてある。
このハンドペイントによる、ブルーフールテッドはまちがいない。
そう思い、受け皿をひっくり返してみると、王冠のマークの周りに思った通りのブランド名があった。
やはり、高級食器のロイヤルコペンハーゲンだ。
そして先ほどから、横に座る真直さんが、「ふーぅ、ふーぅ」と必死で冷ましている、ハーブティーの入ったガラスのマグカップは、多分……マイセンだ。
さらに目の前にある食器棚には、他にも高そうな食器が並んでいる。
というか、このアンティークな食器棚自体も高級感がある。
それだけではない。
座っている、このソファも本革だし、目の前のテーブルもオーク材にガラス天板。
そして、先ほどのデロンギのエスプレッソマシーンとて、何万円もする商品だ。
なんで高校の部室に、こんな高級品がそろっているのか……。
そう言えば、この高校は学力もそれなりに高いが、それと同時に大富豪や資産家の子供が多いと聞く。
もしかしたら、九笛先輩や千枝宮先輩、そして変態山の金さんさえも、もの凄い金持ちなのかもしれない。
「どうしたニャン?」
そんなことをボーっと考えていると、千枝宮先輩の顔がいきなり眼前に現れる。
「うおっ! いや、その……」
狼狽えた。
顔が近かったから……だけではない。
この先輩、久笛先輩を凌ぐ巨乳だ。
それなのに、かなりシャツをはだけさせている。
だから、胸元の大渓谷が、非常に高い攻撃力を放っているのだ。
そこにはピンクのブラの端も顔を見せており、俺にとっては未知の凶器としか思えない。
もちろん、紳士である俺は、必死に戦っていた。
頭の中で、理性の天使が、欲望の悪魔を羽交い絞めにしている。
おかげで、ぎりぎりで視線をそらし、耐えられている状態だ。
だが、あいつだったら、どうしただろうか。
ふと、俺はある友人のことを思いだす。
中学時代からの数少ない友人の一人は、「メガネ巨乳好き」なのだ。
あいつがここにいたら、きっと悪魔が天使を撲殺していたことだろう。
いやいや。
それ以前に、あいつの天使なら、この巨乳を見たとたんに堕天しているかもしれない。
ならば、視線をそらすどころか、あいつならもう結婚を申しこんでいるはずだ。
うん。先輩に危害が及ぶ。
絶対にあいつとは、遭わせないようにしたいところだ。
「まだ、おかわりもあるニャン」
「あ、はい。ありがとうございます」
そんなこちらの心配をよそに、また先輩の顔が近づいてくる。
くそっ。やはり、攻撃力が高い。
それほど、おっ○い魔人ではない俺でも、気になってしまうではないか。
ここは、意識をそらすためにも話題転換。
先ほどから、ずっと気になっていたことを聞いてみることにする。
「……ところで、千枝宮先輩」
「カクさんニャン。もしくは、カヨちゃん」
「じゃあ、カヨ先輩」
「先輩はいらないのニャン」
「……なら、カヨさん」
「うぅ~……。まあ、いいニャン。なにかニャン?」
「気になっていたんですが、なんで口調が『ニャン』なんですか?」
「もち、キャラ作りニャン」
「……はい?」
「みんなに覚えてもらいやすくするために、特徴的な口調にしてみたニャン」
「……じゃあ、さきほど慌ててつけいた、その尻尾やネコ耳のアクセサリーも?」
「もち、キャラ作りニャン!」
「…………」
ちょっと、頭痛がしてきた。
ああ。やはり、この先輩も変なのか。
でも、もしかしたらという気持ちもある。
一人ぐらいは、救いがある先輩であって欲しい。
だから、あえて質問する。
「先輩。キャラ作りって、必要ですか?」
「…………」
あっ……ヤバイ。
俺の質問に、気を悪くしたのだろうか。
彼女の丸い輪郭の顔から笑顔が消え、影が落ちて無言になった。
そして無造作に、ネコ耳とネコ尻尾を取って、後ろにポイ捨てした。
地雷を踏んだか?
謝るべきだろうか。しかし、謝るのも変かもしれない。
俺が悩んでいる内に、彼女は俺の正面のソファに深々と腰かけた。
そして視線を下に向けたまま、小さな顎に拳を当て、ゆっくりと開口する。
「ロウくん……」
「はい……」
「私ってさ、けっこう普通で、つまらない女なんだ」
「……『ニャン』をやめた途端、ずいぶんとローテンションですね」
今までのハイテンションで、甘ったるい声は、どこに行ってしまったのだろうか。
ちょっと低めの抑揚のない言葉が続く。
「キャラの立ち位置って大切だと思うんだ。平凡って、埋もれるじゃないか」
「は、はい? 立ち位置?」
「なんていうかさ、よくある特徴? そんなのが私にはないの。たとえば、ほら、自分を『うち』とか『あたい』とか言わないし、普段から白衣を着ているとか、髪がピンクだとか、電撃を放って空を飛べるとか、実は忍者とか、前世は魔道士だとか、そういうよくある特徴らしい特徴が、私にはないじゃない」
「淡々と語っていらっしゃるところ、大変申し訳ありませんが、後半のは『よくある特徴』とは思えないんですが?」
「だとしてもだ。私の特徴なんて、この丸メガネぐらいじゃないか。いや。こんなの特徴とさえ言えない。キャラクター的に弱くて、平凡に埋もれちゃう」
「何に比べて弱いと?」
「うちの部員たちだ。たとえば、桂香ちゃんは『つかみどころがない』という特徴があるじゃない?」
「つかみどころがないなら、特徴もつかめない気がしますが……」
「スケさんは、変態だし」
「イェス、イェス、イェス! アイム、カミング!」
なんでこの金髪は、異様に鼻息を荒くしているのか……。
まあ、無視。
「私たちの先輩なんて、幽霊部員って凄い特徴があるわけでしょう」
「それ、ただのサボりでしょ?」
「その上、新入部員のロウちゃんまで、すでにツッコミキャラでキャラが立ってるじゃない」
「その立ち位置、望んでませんから!」
「さすがの私も慌てて、内気キャラにでもなろうかと思ったら、カンリちゃんが取っちゃうしさ」
「す、すいません……」
「真直さん、そこは謝らなくていいとこ」
「あ。すいません……」
「オー。グレート! ついつい謝ってしまうという、内気キャラのテンプレスキルね!」
スケさんの言葉に、真直さんがまた「すいま――」まで言って赤面する。
うん。確かにテンプレ反応だ。
一瞬で耳まで真っ赤にできるとは、大した才能である。
「ああ、すごいわ! ここまで、とっさに反応できるなんて。もう内気純情キャラをガッチリ掴んでいる。真直柑梨、恐ろしい子……」
「ずいぶんと古典少女漫画ネタでボケますね、カヨさん……」
片手で口を覆って打ちふるえるカヨさんに、俺は少し冷めてツッコミをいれた。
まあ、それはともかく。
カヨさんの不安は、する必要がないものだろう。
実際、みんな一言で表せないような性格のはずだ。
特徴らしい特徴を持っている方が、希有な存在だと思う。
しかも、部活のようなある一つの目的で集合する場合には、どこか似たりよったりの性格が多くなるものだ。
キャピキャピ、清楚、無邪気、クール、無感情、ボーイッシュ……そんなのが一集団に、きれいにそろっている現実なんてない。
もちろん、さらにその多種多様な性格の女の子達の多くが、こぞって主人公を好きになるという、型どおり展開なども現実にありえない。
性格が違えば、好みも普通は変わるものだ。
現実にはない。つまり、こういうのはラノベやアニメの中だけなのだ。
もしかしたらカヨさんは、ラノベやアニメの見すぎなのかもしれない。
「まあ、そんなわけで、あと残りは口調に特徴がある系キャラかな……とね」
「それで『にゃん』にたどりついたと……。しかし、カヨさん。そんなことを気にしなくても、カヨさんにはカヨさんのいいところや、特徴があると思いますよ」
「そんな、テンプレ的台詞でしか慰めることができないなんて……。ロウくん、ラノベやアニメの見すぎじゃないの?」
「うぐっ……」
逆に言われるこの屈辱!
ええい、腹立たしい!
……けど、言い返せないな、確かに。
「じゃあ、私の特徴ってなに?」
「えっ!?」
今度はテンプレ質問返しか。
しくじった。作戦失敗だ。
当然、予想すべき流れだったのに、何も考えていなかった。
「あっ……え……っと……」
それどころか、考え始めた瞬間、無意識に俺の視線が動いてしまった。
油断していたな、理性の天使!
ちゃんと羽交い締めにしておけ!
「……ああ。胸か」
やっぱり気づかれた!
カヨさんは、どこか大仰に、手をクロスして胸元を隠す仕草を見せる。
「そう言えば、さっきからチラチラと私の胸、気にしてたね」
「い、いやいやいや、そんなことは!」
「ロウくんのエッチ……」
「ち、ちが……」
「視線が熱かったなあ……」
「ちょっ!」
「まあ、真っ正面から『かわいい』って口説いてくれるロウくんだから、悪い気はしなかったけど」
「く、口説いていたわけでは……」
「でも、さすがに恥ずかしかったんだ。あんなに、い~っぱい見るんだもんな」
「そんなに見てません! ちゃんと我慢してました!」
「ほほう。我慢してたんだ?」
「うわあああぁぁぁっっ!」
俺は滑った口ごと、顔を両手で覆った。
いかん! このままでは、巨乳好きのように思われてしまう。
俺は、かなりまともで普通の人間なんだ。
特に学校では、目立つことは表にださず、波風立てずに暮らしてきたのだ。
まさにカヨさんの嫌いな、ザ・平凡。
高校生活開始早々、「巨乳好き」のようなレッテルを貼られるわけにはいかない。
「……ロウさん……」
横に座っていた真直さんが、今まで聞いたことないような低い声で呼んできた。
表情は見えないが、決して笑っている雰囲気ではない。
その見えない口元から、絞りだすような声がもれてくる。
「きょ、巨乳好きだったんですね……」
「ち、違うんだ。俺は別に……」
否定しようとするが、なぜか彼女がまとう空気が言い訳を許してくれない。
あれ? もうレッテルを貼られちゃっていますか?
違うんだよ。
俺は、そこにあまりこだわりなくてね。
大きさよりも形が……とか語ったら、またセクハラじみちゃうよね。
ああ。どうしたらいいんだ。
「ノンノン! ロウくんが巨乳好きとかいう話ではないよ、カンリちゃん」
そこに、横から予想外の助け船がでてくれた。
スケさんだ。
まさか、この人が助け船をだしてくれるとは思わなかった。
真直さんも意外だったのか、瞳を少し丸くして顔をあげた。
それを見たスケさんは、飲み干したティーカップを優雅にテーブルへ戻すと、ニコッと彼女に笑いかける。
なんだ。いいところもあるじゃないか。
俺は今までの蔑視への謝罪と感謝をしながら、その助け船にすぐさま乗った。
「そ、そうだよ。スケさんの言うとおり、そういう話をしてるんじゃないんだ」
「イェース。そういうレベルの話じゃない。男はみんな、ワールドワイドに巨乳好きなのさ!」
「そうそう。男はみーんな、きょ――って、ちげーわ!」
「オオ! ついにでた、伝家の宝刀【ノリツッコミ】! ファンタジック!」
乗った船は、黒船だった。
「そんな極端な話、誰が言ってますか!」
「ミーはガールズバストなんて、どーでもいいけど、オール ノーマル ボーイズ ライクス ホルスタイン・バストだろう?」
「あんた、絶対、英語できないだろう?」
「ノンノン。そんなことないさ! アイキャン スピーク イングリッシュ ベリーウェル!」
「ウェルじゃねー! ともかく、それじゃ女性差別ですよ。だいたい、巨乳好きばかりではなく、貧乳好きの人も世の中にはいるんですから。すべての男が巨乳好きとか、そんな偏った趣向をしているわけでは……」
「つまり、巨乳と貧乳、ハーフアンドハーフならオーケーね!」
「え? あ、それなら……ん? あれ?」
――ガシッ!
なんか混乱している俺の左肩に、いきなり激痛が走った。
見れば、小さな女性の手が、わなわなとふるえながら、俺の肩に指を食いこませている。
「なっ……なに? 真直さん? ちょっと肩が痛――」
「ふ・つ・う・は・ダ・メ・な・ん・で・す・か!?」
彼女にしては、かなり強い感じで、噛みしめるように言葉を刻んでいた。
瞳にはお得意のウルウル涙がたまっているが、目尻があがって睨んでいる。
「巨乳とか貧乳とか、そういうマニアックさがないとダメなんですか!? それ以外は認められないんですか!?」
「え? いや、そんなことでは……」
「普通サイズだと、特徴なくて、平凡すぎて、ふりむいてもらえないんですか!?」
確かに、真直さんは標準サイズという感じだろう。
マニア受けはしないかもしれないが、なんでこんなに必死なんだ?
もしかして、過去に何かあったのか?
好きな相手がマニアで、ふられたとか?
でも、この迫力に押されて、俺は質問どころか言葉がだせない。
ぶっちゃけ、鬼気迫りすぎて怖い。
「まあ、落ちついて、カンリちゃん」
いつのまにか近づいていたカヨさんが、俺の肩に食いこんだ彼女の手をそっと引き離し、両手で優しく包みこむ。
今度の助け船も、まさかのところから渡航してきたが助かった。
カヨさんは、年上らしいおおらかな優しい笑顔を見せて、彼女に向けて言い聞かせるように言の葉を柔らかく紡ぎだす。
「巨乳の私が言うのもなんだけど、巨乳とか貧乳とか……そんな特徴なんて必要ないの。平凡が一番なんだぞ」
「おひ、こら。なに、『いいこと言ってる』みたいなドヤ顔してるんだ」
助けてもらっておいてあれだが、敬語も忘れて、俺はすぐさまツッコミを入れた。
しかも、かなり俺の声の温度が下がっている。
「ついさっきまで、『特徴なく平凡に埋もれたくない』と宣っていたのは、誰でしたっけ?」
「え? 私だけど。単に私が嫌なの。だから、他の人は平凡な方がいいんだ」
「ひでぇな!」
今度の助け船は、相手を沈める海賊船だ。
「ってか、平凡が嫌なら、もうめんどくさいから、巨乳色気キャラでいいじゃないですか」
「めんどくさいって……。なんか、私の扱いが雑になってない?」
「だって、普段からそんなに胸をはだけさせているんだから、すでにそういうキャラで立っているんじゃないですか?」
「なに言ってるの。私は別に露出狂じゃないし、そもそも普段からこんなカッコしていたら風紀に捕まっちゃうじゃない。部活は今まで男の目がなかったから、気楽にしていただけ。ああ。スケさんのことは、男の目に勘定していないから」
「ミーは、興味ナッシングだからね!」
「うん。だから、ここに来ると開放していたんだけど。私、普段はね……」
そう言いながら、胸元のボタンをさっと締めると、今度はポニーテールをすっとほどいた。
そして、なぜか回転しながら、肩甲骨まで伸びた髪をパッと二つにわけて、驚くほど手際よく髪を編み始める。
あっという間に、髪は二つの三つ編みされた。
その間、実に八秒足らず。魔法少女の変身速度も真っ青の神業だ。
「普段は、こんな感じなんですよ」
背筋をピンと伸ばし、手を軽く前で重ねて軽く首を傾げて立つ姿は、今までのイメージとはまったく違う。
さっきまでふわっとしたポニーテールが打って変わって、きっちり左右に分けられ、ギュッと絞られた三つ編みになっている。容姿の違いは、たったそれだけのはずなのに、丸い大きな眼鏡は、まじめさと純情さを表すアイテムとなった。
「な、なにその、テンプレ委員長キャラルックは!」
「あらあら。どうして私が、委員長やっているって知ってるのです?」
「本当に委員長なのかよ!」
「そうですよ。平凡でも、成績優秀、品行方正なんです」
「それ、平凡ですか? なんか口調までもかわって、ほとんど二重人格じゃないですか」
「あらあら。そんな大袈裟な。普段は委員長らしくふるまっているだけですわ」
「二重人格の巨乳メガネ委員長……」
「平凡な設定ですよね……」
「どこがですか! もう立派にキャラ立ちしてますよ、カクさん」
「あらあら。カクさんは私に似合わなくて失礼だと仰っていたのに……」
「なんか、カクさんでいい気がしてきました。しょせん、スケさんの同類ですね、うん」
「あらあら。私の評価が大暴落かしら?」
その彼女の言葉を聞いた途端、横でスケさんが指をパチンッと鳴らす。
そして、したり顔で開口する。
「オー イェーイ! これが本当の格落ちだね!」
「…………」
「…………」
「…………」
「アッハハ! イッツ、アメリカンジョーク!」
「ただの親父ギャグだよ!」
――ラララー ララ ララララララ ラー
突然、カクさんが隠れていたパソコンの当たりから、澄んだソプラノでコーラスが聞こえてくる。
その声は、スピーカー越しながら、どこか神聖ささえ感じさせるほど気高く美しい。
コンサートで世界的なソプラノの歌声を聞いたことがあるが、それに勝らずとも劣らない透明感だ。
なのに――
「なに、この格式高いチャルメラは!?」
――曲目は、屋台ラーメンでよく聞く、あれだった。
「あらあら。また、ゲームの呼び出しですわ」
「呼び出し音かよ!」
九笛先輩もだけど、なぜ普通の呼び出し音にしないのか。
携帯電話でもなんでも、面倒なので初期設定されているものをそのまま使う派の俺には、とても考えつかない趣向だ。
「もう。朝から何度もしつこいんだから」
パソコンに向かいながら、髪型をポニーテールに戻し、胸元のボタンを二つぐらいあけて、カクさんは変身解除していた。
そして前屈みになり、立ったままパソコンのキーボードを叩きはじめる。
もちろん、谷間がこちらを誘うが、隣の真直さんが気がつく前に目線をすばやくそらした。
「今日は面倒だから放置していたんだけど。……ええっと、なになに? ……ああ、もう。こんな事でもめて」
大きなため息をつく。
「忙しいんだから、くだらないことで呼ばないで欲しいなぁ」
「忙しいんだったら、部活時間にゲームやらなければいいじゃないですか」
至極まっとうに突っこむ俺。
というか、俺も本当によく突っこむな。
今日はたぶん、ツッコミ回数新記録だぞ。
「違うんだ、ロウくん。このゲームも部活動の一部なの」
「え? そうなんですか? もしかして、PM部って『プログラミング部』とか?」
「ん? 違うけど」
「違うのか……」
「あ! そうだ。ちょうどいいから、ロウくんもカンリちゃんもこっちにきて」
俺と真直さんは、思わず目を合わせて首を捻る。
もちろん、二人ともわけがわからない。
が、とりあえず一生懸命に手招きしているカクさんの元に行く。
「二人とも、この画面を見て」
三つのモニターにそれぞれ別の画面が表示されている。
その内の一つに、何かの会話らしいログ画面が最大化されて表示されていた。
ただ、あまりにも文字数が多くて、ざっと見ただけでは何が書いてあるかわからない。
「これ。MMORPGとかいうやつですか?」
「オンラインゲームだけどね、ちょっとMMOとは違うかな。たぶん、MOなんだと思う。知る限り、一つのワールドに8人ぐらいしかいないらしいしね」
カクさんが俺たちに別の画面を見るように指さす。
それはゲームのメインコンソールらしい。
本を開いたようなフレームの中に、目まぐるしく動く多くのステータス、マップ情報、そして左上にタイトルらしき物が書かれていた。
「【聖典物語】……聞いたことないタイトルですね」
この手の人気市場の知識は、それなりに持っている。しかし、ゲームマニアというわけでもないから、マイナーなゲームなどはまったくわからない。
「まあ、私の周りでもやっている人どころか、知っている人さえいなかったからね。超マイナーみたい」
「なるほど。……で。これがなにか? 俺はあまり、こういうモンスターを倒して、レベル上げをしてというのは、やらない人なんですが」
「ああ。このゲームはね、モンスターと直接、戦うとかそういうのじゃないの。内容的には、シミュレーション系、シム系、アドベンチャー系とか、そういう感じでね。簡単に言うと、この剣と魔法の世界にいる住人達の相談にのるゲームなんだ」
「相談にのる?」
「うん。自分は【聖典】と呼ばれる本の妖精? そんなのになるんだ。会話ログは見にくいから、こっちを見て」
そう言うと、彼女はもうひとつの画面に書類らしき物を大きく表示させた。
その書類のタイトルには、剣と魔法のファンタジーに、とても関係なさそうな文字が書かれていた。
「議事録?」
「そう。私が育てている国がおこなった会議の最新議事録だ。さっきの会話ログのまとめだね。今回は、この内容を読んで助言してほしいという依頼だ」
「助言? ……それ、選択式ですか?」
「いや。ちゃんと文章で会話するんだ。助言だけでなく、反対する者の説得や、課題の解決の指示もしなくてはならない。凄いだろう?」
「凄すぎますよ! もしかして、NPCじゃなくて、中の人がいるんですか?」
「うーん。噂だと人工知能プログラムという話なんだけど、そんな技術があるとは思えないし、たぶん中の人がいるんじゃないかな」
「でも、それじゃあ、運営が大変すぎますよ。とんでもない話だ……」
「あ、あのぉ……」
背後から、真直さんが「ついていけません」と表情で訴えてきた。
まあ、ゲームをやったことのない人には、確かにピンと来ないのかもしれない。
簡単に言えば、ゲームの中にはコンピューターが動かしているキャラクター(NPC)というのが存在する。
彼らは通常、クエストをくれたり、擬似的にその世界で暮らしたりしている。
が、もちろんコンピューターのプログラムに過ぎない。
だから、人工知能プログラムの開発がそれなりに進んだ現代でも、そこまで柔軟な対応ができるわけもないし、単純な会話ならまだしも、複雑な会話をこなすことは難しいはずだ。
この議事録には、予算の使い道について書いてある。
もちろん、これが数字的に軍備に何パーセント、復興支援にいくら出すというだけなら、非常に簡単な話である。
しかし、そうではない。
単純に具体的な数字を示すのではなく、どのように決めていくのか、予算について担当者をどうやって説得していくのか、そんな話をNPCと会話していくというのだ。
いくらなんでも、人工知能プログラムが判断できるとは思えない。会話を処理するだけでも大仕事だ。
では、本当はプログラムではなく、中の人――つまり運営会社で雇われた人が、対応していたとしよう。
しかし、この手のオンラインゲームは、何万、何百万人規模で遊ばれているはずだ。
それだけのプレーヤーの対応をするために、中の人を何人雇う必要があるのか考えたら、とてもではないが利益が取れるとは思えない。
しかも、それではただのチャット遊びになってしまう。
俺とカクさんは、真直さんにそのようなことを噛みくだきながら説明した。
「確かに、それって凄いことですね」
「だよなぁ……」
真直さんの言葉に深くうなずく。
もし、これが本当に人工知能プログラムだとすれば、凄い金儲けの臭いがする。
なにしろ、とんでもない技術だ。
違うにしても、その運営方法の秘密が気になる。
いったい、運営会社はどこなんだろう。
「まあ、今回はゲームのシステムの話じゃなくて、二人にはこの議事録にある課題について考えて欲しいんだ。はい、これ。どう思う?」
カクさんから、わざわざ印刷された議事録を受け取り、俺と真直さんはそれに目を通しはじめる。
議事録は、開催日やアジェンダ、決定事項、議事詳細など、よくある議事録のフォーマットと大きな違いはなかった。
唯一、普通じゃないのは用語だ。
よくわからない役職や、ファンタジーっぽい名称がでてきている。
ただ、内容的には簡単だ。
要するに国の運営のどこにどれだけの金をかけるのかという議題らしい。
しかし、もちろんわかるわけがない。
そうなのだ。
最初にわかったことは「わからない」という事だ。
横目で真直さんをうかがうと、漫画的表現で言えば目を回してオーバーヒート中である。
眉間に皺を寄せ、また泣きそうな顔をしている。
どうしてよいのかわからないのだろう。
まあ、何か事情でもなければ、普通の高校生がビジネスフォームの議事録を見ることなんて、そうそうないはずだ。
そんな堅苦しい文書を見ただけで、圧倒されてもしかたないだろう。
だから俺は、無茶を言ってきたカクさんの様子をうかがってみた。
と、彼女もこちらを見ていた。
察するに、ずっとこちらの反応をずっとうかがっていたのだろう。
そして、俺の視線に気がつくと、すごく意味ありげな微笑を見せる。
……なんとなくわかりましたよ。
答えは、それでいいんですね。
ああ、くそっ。
この人、ただの変人じゃないな。
俺は深呼吸するように、大きなため息と共に、おちゃらけ気味に開口する。
「ふう……。カクさんや」
「なんですかな、ご老公」
「オー イェス! なるほど。ロウという呼び名は、ご老公から来ていたのか!」
「ちげーだろう! あんたが付けた呼び名だろうが!」
一応、突っこむがあとは無視。
すぐに、カクさんにふりむく。
「これだけではわかりません。わからなすぎます。情報が少ない」
「ふむ。なら、なんて返事する?」
「少なくとも、どのぐらい金がいるのか……。いや、違うな。何がやりたいのか……。というより……」
「……ゴール……」
横でボソッともれた真直さんの言葉に、俺はパチッと指をならす。
彼女も馬鹿じゃない。むしろ、勘がいいのかも。
「それだ。ゴール、というより範囲だな。たとえば、軍備にしても、すぐに敵を殲滅できるわけではない。とりあえず、どこまで拡張したいのか明確にしないといけない。復興支援だって、ステップを踏む必要があるはずだ」
「うん。なかなかいい回答だね。まずは、彼らの中でスコープを定義してもらおう」
「スコープ?」
「そう。彼らは自分たちが、どんな成果物を得たいのか、きちんと理解していないんだ。それを明確にするため、スコープ記述書を作成してもらうことにしよう。何を得たいのか、何を切り捨てるのか、そしてどのように成果物を活用していくのか」
「……それ、なんとなくしかわかりませんが、NPCができることなんですかね?」
「そんなこと知らないけど、今のところそういう指示でも説明していくと、ちゃんとゲームとして進んでいくよ。理解させる必要があるけどね」
それは凄いことだ。
コンピューターに理解させる、つまり新しいことを学習させて、新しい結果を出させることができるという話だ。
このゲームに関しては、ぜひあとで調べてみようと思う。
しかし、今はそれよりも気になることがある。
「カクさん……。いや、やっぱりカヨさんと呼ぼうかな」
「おや。格上げ?」
「まあ、部活動で先輩として、こういうことを教えてくれるなら」
「もちろん、部活動の先輩として教えられることは教えるぞ」
「じゃあ、さっそく質問です。このPM部は、やはり――」
――バタン!
けたたましくドアが開いた。
何事かと思い、全員の視線がそちらに向いた。
「大丈夫?……まにあった?」
現れたのは、九笛先輩だ。
出かけた時と同じように、脇に書類を持って立っている。
そして左右をキョロキョロと見わたしはじめる。
「良かった。まにあったみたいね」
「なにがですか?」
「顔見せ……」
「はい?」
「今回、出番がなかったから……」
「はい?」
「だって、わたし、ヒロインだし」
「自分で言うのか……」
「大丈夫。自信あるから。ちゃんと、キャラが立ってるでしょう?」
「あんたら、キャラ立て気にしすぎだ!」
ロウくんは、PM部がなんの部かなんとなくわかったようです。
カヨさんは、こんな性格だったんですねぇ。
ヒッキーぎみのロリ貧乳無邪気キャラみたいなので用意したつもりだったんですが……。
ってか、主人公の友達の「あいつ」って誰だよ!?
著者が知らないキャラ出すなよ!www
ねーよ、そんな設定!
伏線は消化しないといけないんだぞ!
ゴールやコースを決めずに書くと本当に怖い……。