うちのクラスに王子と騎士がいる件について
「小幡沙桐殿。どうか我が殿下のためにその席を譲ってはくれまいか」
床に片膝をつき、胸に手を当てた姿勢で言われたが、
「えーやだー」
私は速攻でことわった。
窓際の一番後ろの席。
くじ引きの末、いろんな人とわらしべ長者のごとく取り替えてもらった末、友達の隣であり、教師の視線が遠くて快適な席を手に入れたのだ。
そう簡単に手放すつもりはないし、だいたいこの人はなんなのか。
床に膝をついたまま、「なっ……!」と言ったまま静止し、呆然と私を見上げているこの男子。
同級生だ。
名前は覚えるのに苦労した。
エド・フェリット・リートフェルト……長いし「ト」が多すぎる人だ。
異国人で、金茶の髪に肌が白くて青い眼。綺麗ながらも男子らしい鋭角さのある顔立ちをしている。
ただ、西洋人みたいにやたら大柄な人種ではないようだ。肩幅は他の男子達よりもやや広いかな? 程度。
ちなみにお国の様式だとかで、灰色のブレザーのジャケットの下には肩から斜めがけの帯みたいなのをしている。
皇室のロイヤルな方々が式典とかでしている、赤と金の帯。あれみたいなやつ。
けれど色は青で、白糸で複雑な模様が刺繍されている。
そんな彼は、きっとまなじりを上げ、髪が逆立ちそうな勢いで怒った。
「なんと非礼な! このお方をどなたと――!」
「はいはいわかってるわかってる。ルーヴェステイン王国の王子様だってんでしょ。別に水戸黄門な言い回ししなくたって、先の副将軍じゃなくて王子様だってのは、ちゃんとわかってるっての」
「水戸黄門とはなんのことだか知らないが、高貴なお方だと理解しているのならなぜ!」
「水戸黄門、知識として見とけば? それと」
私はエドに可哀相な子を見るような目をむけてやった。
「あんたたち、差別され合うためにこんな異世界の学校まで来たんじゃないんでしょ? そもそも学校入学時に、平等・公平って説明されてると思うんだけどさ……。まさか分かってないとか言う? アンドリュー?」
最後の方は、エドの後ろに近寄ってきた少年に向けての言葉だ。
水を向けられて苦笑している彼は、少し離れた場所で他の男子と会話していたのだが、エドの騒ぐ声に気づいてやってきたのだろう。
こちらは透き通るような淡い金の髪に、深い色合いの紫の瞳の男子生徒だ。天使と見まごう容姿の彼が着ると、灰色のブレザーでさえ一流品に見える。似たようなものを着てるはずなのに、なんか悔しい。
さて、黒髪黒目の平凡女子な私と、なぜこんな異国人な二人がクラスメイトかというと、
「異世界間条約では、滞在先の国の法律に準ずる、となっているよね。ごめんね、うちのエドが迷惑かけたみたいで、沙桐」
「ううん、気にしないでいいよアンドリュー。異世界法的に言うなら、個人の問題は主が負うものじゃないわけだし。このイノシシ男にちょっとはお国とは違うんだって、教え込んでほしいけれどね」
「ああ、後でしっかり言い聞かせておくよ」
私達の会話を聞いたエドの方は、非常にショックを受けた顔で、今度は主を見上げていた。
「で、殿下! なぜこのような無礼な娘の言う事をきくんですか!」
「そりゃ、郷に入っては郷に従えっていうものだよ、エド。僕と彼女は身分差などなく、同じなんだ。法律上もそうなってる。僕らはそれを承知でこの異世界に来たのではないか?」
そう、彼らは異国人どころか、異世界人なんです。
始まりは今からおよそ十年ほど前。
唐突に、そして局所的に発生するようになった霧の向うには、異世界が広がっていたのだ。
最初は集団幻覚を見たのだと思われた。
けれど、どんな人が行っても同じ結果になる。
やがてあちらから持ち込んだ植物のDNAを解析し、地球上にない新種とわかり、そのうちに先方の住民と接触することによって、誰もが異世界だと確信するに至った。
アンドリューは、そんな異世界のルーヴェステイン王国からやってきている。
正式な名前はアンドリュー・ファン・なんちゃらかんちゃら・エッシャーだったか。ここまで覚えただけでも私は偉いと思う。
このクラスの人間でも、半数は頭の「アンドリュー」しか覚えていないに違いないのだから。
先生も名前で呼んじゃうし。
当のアンドリューも、名前で呼ばれる文化に慣れているのか、それで問題ないようだ。
そしてこの天使みたいな王子様の方が、異世界に馴染むのも早かった。
「その話はあとでじっくりしようか、エド。じゃあお邪魔したね、沙桐」
アンドリューはエドの首根っこをつかむと、離れた場所へ引きずっていった。
「ルーヴェスタインの人って、なんか怖いわ。大丈夫だった? 沙桐さん」
そう話しかけてきたのは、隣の席の女の子。
初めて見るストロベリーブロンドは、華やかで、ついでに花の香りもしそうだ。その髪を背中まで伸ばした彼女は、羨ましいくらい肌の色が白くて、唇は薔薇色。瞳は青のお姫様然とした、とても綺麗な子だ。
彼女の名前はヴィラマイン。アンドリューやエドと同じく、異世界から編入してきたお姫様。うちのクラスの異世界人は、彼女を含めて三人だけだ。
「全然平気よー。エドがきゃんきゃん吠えるのぐらい、どうってことないって」
どうせ日本にいる間、元が騎士だろうと大臣だろうと、同級生に剣を振り回すことなどできないのだ。
「沙桐って強いのね」
素敵、と私を賛美してくれるヴィラマイン。
しかし私は知っている。
エドがなぜこの席をほしがったか。
エドは、隣国王女である彼女と主のアンドリューをくっつけようと画策しているのだ。
***
それを知ったのは、確か始業式から間もない放課後の掃除の後。
エドがゴミ捨て場で何かを漁っていたところに行き合った時のことだった。
猛然とゴミをかきわける異国の美少年。
大変微妙な光景だった。
あー、なんか鼻かんだやつとか手に掴んでるけど、ほんとにいいのか? と尋ねたくなるかぶりつきっぷりに、ちょっと引いたりもしたものの、
「エド君、捜し物?」
この時はまだエドに対してうざいと思っていなかった私は、転入したばかりで勝手がわからないのだろうと、親切に声を掛けた。
すると振り向いたエドは、私の持っているゴミ袋を見て、目をかっぴらいた。
「ま、まさか……」
「え?」
「それは、うちの教室のゴミなのか?」
「そうだけど?」
今日は掃除当番の日だった。そして私は、じゃんけんに負けてゴミを捨てに行く役目になっていたのだ。
エドはそれを知るなり、
「そ、そのゴミを改めさせてくれ!」
といってゴミ袋を私から受取り、再びゴミ漁りを始めた。
けれどその甲斐あって、エドは目的の物を見つけたようだ。
「あったーーー!!!」
燦然と輝く王冠を見つけたかのように、つい今日見たような、折り目一杯の問題用紙が掲げられた。
確かそれは、数学の小テストだ。
その裏には、なぜか様々な人の名前が書いてある……たぶん、エドの母国語で。
だから私には読めないと思ったのだろう。
「協力、感謝する」
と告げて、エドはその場から走り去ってしまった。
しかし私は、異世界人が入学してくる学校に入る前、王子様やらとの出会いに胸ときめかせながら、文字を覚えた時期があるのだ。
平凡な自分に、そんな夢のようなことなど起るわけがないと、一年生の頃にきっぱり諦めたのだが。どこでどう知識が役に立つのかわからないものだ。
エドのくしゃくしゃ問題用紙の裏には、女の子の名前が書き連ねてあった。
数秒だったので全部は判別できなかったが、彼女達の名前の頭に、○と×が書いてあって……同じクラスのヴィラマインという異世界の王女の名前には、○が書いてあったのだ。
王子と共に入学した騎士が、異世界の王女や貴族令嬢達の名前を書き連ね、○×を書いて選別していく理由……。
その後、エドがアンドリューをヴィラマインの近くへ誘導しようとするのを見て、確信した。
……こいつは、王子様の結婚相手を選別していたのだ、ということを。
「でも知ったからってねー。何にもする気ないし」
別に頼まれたわけでもないし、アンドリュー本人からヴィラマインが好きだと言われてもいない。何よりヴィラマインが、たぶんあの二人を苦手にしている。
彼女は穏やかな人だから、エドみたいな熱血系は苦手なんだろう。当然それを側においている王子に、近づくわけがない。
ふんふんと色々頭の中で考えていると、もう一度ヴィラマインから話しかけられた。
「ねぇ沙桐さん。よかったら今日の放課後、ケーキでも食べにいきません?」
大変上品なお誘いだった。
本物王女様とのお茶会だ。
王宮のサロン的な雰囲気を味わえるかもしれない。これぞ異世界人を受け入れている学校に通う醍醐味! とばかりに、私はもちろんオーケーする。
そして連れて行かれたのは、学校近くの洋風な喫茶店。
白壁と、小さな花壇に植えられたミニ薔薇がとても可愛らしい。
店内の飴色に輝く床や柱、テーブルも、いかにもお姫様が来てもおかしくない雰囲気だ。
私を連れてきたヴィラマインは、奥の長テーブルでおしゃべりしている女生徒達に話しかけた。
「ごきげんよう皆様。今日はお友達を連れてきましたの」
どうやら、ヴィラマインは度々彼女達とお茶会をしているらしい。
慣れた様子で席の一つに座り、隣に私を座らせた。
私の方は、てっきり二人でケーキを食べるのだとばかり思っていたので驚き、次に女生徒達の顔を見て緊張した。
五人の女生徒達は、みんな異世界から留学しているお姫様達なのだ。
ヴィラマインの隣が、エドが○をつけていたなんだか国の公爵令嬢ソフィーで、銀髪。
その向いに座るのが、エドが×をつけていたどこだかの王女エンマで赤い髪の人。
彼女の隣がなんだか国の伯爵令嬢ユリアで、正統派な金髪。ちなみにエドは○をつけてた。
私の向いに座るのが、どこそこ国の皇女リーケで、栗色の髪のエド評価×の人。
みんな、お国では顔面偏差値で留学できるかどうか決めたんじゃないかって思うくらい、美人揃いだ。
それなのに、なぜエンマ姫やリーケ姫には×なのか。私なんて美人だらけの中にいて、なんか天国来たんじゃないかって気分になるくらいなのに。
ぱっと見た感じで行くと、あの男は銀髪か金髪が好みなんだろうか。
私はエド評価に納得できないと考えつつ、初対面ということになる彼女らに挨拶をする。
「初めまして、3組の小幡沙桐です」
「あら、私たちの世界の方ではないのね」
最初に反応したのはエンマ。結い上げた赤い髪が炎の滝みたいだ。そんな描写がよく似合う彼女は、色のイメージ通りにちょっと気が強そう。
まさかエドは、気が強そうな人を避けたのか。
「私がお誘いしたんです。もう、聞いて下さいな皆様。うちのクラスのルーヴェステインの騎士がいますでしょう?」
ヴィラマインは同じ『異世界人』という共通項がある人々相手だからか、いつもよりも活発に話し始めた。
そうして彼女が話したのは、つっかかるエドの要求を私がはねつけた一件だ。
聞いている間、なんだか恥ずかしくてたまらなかった。
だって私は、自分がその席を占領したいがためにエドと言い争ったのであって、端から見れば小学生の口げんかレベルのことしかしていない。
別に正義のためとか、誰かを庇う為ではないのだ。
それを目の前で、別な人の口から再生されるというのは……穴があったら入りたい気分になった。
やがて忍耐の時間が終わると、ユリア嬢がにこっと微笑んでくれた。
「それは有り難かったですわ」
「え? 有り難い?」
可憐な声で紡がれた意外な単語に聞き返すと、ユリア嬢が説明してくれる。
「あの方、どうしても故郷とこちらの世界の違いがわからないみたいで。横暴な時がありましたし、アンドリュー様も苦労されていらしたみたいですもの。どなたかに叱って頂けないかと思っておりましたの」
「叱っては……いないかと……」
良いように言われると、再び恥ずかしさが復活する。
ただわかったのは、エドは倦厭されているようだが、アンドリューの評価はそれほど下がっていないらしい事だ。
エドよ。主の評価を下げたくないのなら、もう君は何もしない方がいいんじゃないのか?
「切っ掛けが必要だったのでは? 沙桐さんのおかげでその切っ掛けをエドが得られたのだというのなら、それは彼にとっても、アンドリュー殿下にとっても喜ぶべきことですもの。偶然でも良い事をしたのよ、あなた」
さらにリーケ姫が誉めてくれる。
「良い薬でしょ、あの主バカには。だから騎士など連れて来るものではないのよ」
「そんな、エンマ様、そこまでおっしゃらなくても」
ちょっとキツイ言い方をしたのはエンマ姫で、前の席のソフィー嬢がおろおろしている。
「でもエンマ様だって、今日も騎士を撒いていらしたんでしょ?」
ソフィー嬢を援護したリーケ姫は華やかな笑い声を漏らす。
「私も置いていきたかったのよ。けれど父王が、同じ年の者を騎士に叙任するから……」
「年が違った方が確かに楽ですわね。私の方は学年が違うおかげで、少しは窮屈さを感じなくて済みますわ」
「ほんと羨ましい……」
リーケ姫を、上目遣いで見つめるエンマ姫は、なんだかとても可愛らしかった。
そしてその中に加わっている私は、華やかな雰囲気に、癒しを感じ始めていたのだ。
視線の向うにある窓。
そこから見える電柱の陰に、エドの姿を見つけるまでは。
お茶会を終えて、ヴィラマインとさよならした後。
私はつかつかと件の電柱まで近づき、知らない振りをして斜め上に顔を向けているエドに言ってやった。
「このストーカー」
「なっ!!」
あっさりとこっちを振り向くエド。
釣られすぎて、こっちの方が拍子抜けするほどだ。
そんなんで、本当に王子の騎士なんてやってられるのだろうか。
なんか脱力した私は、言うだけ言ったからいいやと思い、エドを放置して歩き出したのだが、
「おい、小幡沙桐!」
今度はエドの方が私を呼び止めた。
無視しようとしたら、腕を掴まれた。
嫌々ながら足を止めた私に、エドが詰め寄ってくる。
「お前は彼女達の友人なのか?」
「…………」
なぜエドがそんなことを聞きたがったのか、すぐにわかる。
この騎士は、○を付けたお姫様と王子様を仲良くさせたいのだ。ケンカしたばかりの私相手であっても、アンドリューと仲良くさせるきっかけにできるのならと思ったのだろう。
案の定、次にエドが言ったのは、
「……と、友達になる秘訣を教えてくれ!」
なんて台詞だった。
しかも道の真ん中で、平伏された。
通りすがる買い物へ行く主婦やサラリーマン、杖をついたおじいちゃんまで振り返ってるよ……。
「ちょっ、立って! 恥ずかしいじゃないの!」
「そうか? 教えを請うのなら普通の態度だと……」
エドはいまいち私の焦りを理解していないようだ。
「だからあんたのお国とここは風習やら慣習やら違うんだっての!」
急いでエドを立たせた私は、手っ取り早くこの状態を解消させるべく、ずばりと言った。
「あんたさ、異世界人での交流会とか企画したら?」
「は?」
「交流という名の、中身は合コン」
「ごう、こん?」
「そこでアンドリューが王女様の誰かを気に入ったら御の字、そうじゃなかったらあきらめた方がいいと思うんだけども」
「なっ、諦めるわけにはいかないのだ。なんとしても殿下には由緒正しく、しとやかな方を……」
今のでわかったぞ。ソフィー嬢に○をつけてたのは、おとなしそうな子だからか。
しかしそれも好みの問題だろう。
アンドリューが気が強い女の子がタイプだったら、どうするのだ。
そもそも、エドは異世界に留学してきた理由を、やっぱりわかっていない気がするのだ。
だから私は言った。
「なら、どうして王子の両親……王様よね? は、王子を異世界なんかに来させたのよ」
そんなことを聞かれるとは思わなかったのだろう。
エドは、鳩が豆鉄砲を食ったような表情になる。
「そ……それは広く知識を得る為に……」
「じゃあなんで、婚約者のいない人間ばかり来てるのよ。自由恋愛しろってことじゃないの?」
電柱の影にエドがいることに気づいた私は、気になって聞いてみたのだ。
みんなお姫様たちだけど、お伴も少数だけの状態で留学して、誰かと勝手に恋愛とかしていいのかと。
――――お姫様って、大抵許嫁がいるもんだと思ってたので。
すると、ヴィラマインが教えてくれた。
異世界で恋をしてきてもいいのだと。むしろ、留学先だからという利点を使って、より良い相手を見つけてくれるのを、各国の王達が期待しているようだ。
異世界だと、国家間のあれこれな関係がじゃまして、隣国の人間であっても知り合うことは少ないので。
また、その相手がこちら側の人間でも、そこそこ能力のある者であればとやかくは言われないようだ。異世界人によって、何らかの技術やらが持ち込まれることも、あちらの世界では期待しているらしい。
婚姻による技術流入を望むのは、異世界間条約で決められた以上の技術や物品の相互流入はないようにしているせいだ。
交流を始めた当時の異世界の王様達は、こちらがわの科学技術に恐れをなして、交流に制限をかけたのだという。
そのおかげで、技術指導者を招くのもなかなか難しいらしいのだ。
確かに。
こっち側としても、竜の卵とか流通しないのは、そういう理由があるからだ。孵化して建物なんかを壊されたら死亡事件になってしまう。
代わりに異世界旅行を扱う業者が、繁盛しているというが。
まぁその話は置いておいて。
とにかくお姫様達も、この国の垣根がない状況にいるうちに、他国の貴族や王族と縁ができればいいとは思っているようだ。
万が一、留学中に恋愛することがなかったとしても、異世界に留学するということだけでステータスになるそうで。
おかげで帰国後も、相手にはこまらなくなるという。
帰国子女は、異世界間であっても重宝されるんだなと思った次第。
……もちろん、アンドリューもそれは知っているんじゃないだろうか。
むしろこのバカ騎士が、理解していないということが、信じられなかった。
一体誰だろう。この直線バカに、恋愛がからむような繊細な問題を一任して、異世界に送り込んだのは。
まぁ、それはあとで主であるところのアンドリューに言っておくとして。
「だいたい、無理矢理くっつけたって後で上手くいかなくなるわよ。アンドリューの好みとか聞いた? どうしてもアンドリューのお嫁さん探しがしたいなら、そういうことも考えなさいよ」
そこを無視しては、どんなに努力をしようと報われることはあるまい。
とりあえず、これぐらい釘をさしておけば、親愛なるお姫様方にも迷惑をかけることはなくなるだろう。
良い仕事をした。
そう思った私は「じゃあね」と言って、今度こそエドを置いて立ち去ったのだった。
これでしばらく、エドも大人しくなるに違いない。
クラスの席替えのような些細な事で、彼とケンカすることもなくなる、と思ったのだが。
朝、アンドリューと共に登校してきたエドは、まっすぐに私を目指して歩いてきた。
「沙桐さん……っ!」
……おい、あんたの恐い顔のせいで隣のヴィラマインが怯えてるでしょうが。好かれたいんじゃなかったの!?
それになんで昨日の今日で、私にケンカをふっかけてきそうな目を向けているのか。
まさか嘘を言われたと思って、逆恨み?
わけがわからない私は、席に座ったまま、じっとエドを見上げるしかなかった。
昨日の口げんかを見ていた周囲の人々も、すわ再戦かと、固唾をのんでこちらに注目している。
いや、じっと見てないで誰か助けてくれないだろうか。
驚きのあまり余計なことを考えているうちに、エドが私の前で立ち止まる。
そして――――土下座した。
「師匠と呼ばせてくれ!」
「はぁっ!?」
予想外のことに、思わず私の声が裏返る。
それを笑いもせず、エドは私を見上げて切々と訴えた。
「昨日の話で、いかに自分が様々なことを見落としていたのかがわかった。それを気づかせてくれた君に、ぜひ自分の師匠となってもらい、指南を願いたいのだ!」
「しな……しなんって……」
まさか、エドに恋愛を成功させるために協力しろというのか?
「こ、ことわる!」
「そこをなんとか!」
私のきっぱりとした拒否に、食い下がるエド。
それを見ていたアンドリューが、こらえきれないように笑い出す。
「ちょっとアンドリュー。コレの主でしょ? なんとかしてよー!」
だって、反感を買って疎遠になるどころか、懐かれるだなんて面倒なことになるとは思わなかったのだ。
昨日の親切を後悔しつつ、私はアンドリューに助け船を要請したが、
「せっかくここまで懐いたんだ。どうせなら、異世界にいる間は君にエドの主を変わってもらって、厳しく指導をしてもらうっていうのもなかなか……」
アンドリューはひどいことを平然と言い出す。
それにエドも乗り出した。
「殿下が許可を下さるならぜひ!」
「絶対おことわりだから!」