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そのスイトピーが枯れるまで

作者: Mr.あいう

この作品は空想化学祭2011参加作品です。


※2012年、五月二十日改稿。

 陽炎が揺らめくほど蒸し暑い日だった事を覚えている。

 私は突き刺さるような生命力に溢れた芝生を足の裏に感じながら自分の終わりを待っていた。

 それは唐突だろうか、それとも徐々に私を塗りつぶす類の物だろうか。

 或いは、意識のみが宙ぶらりんに浮かぶ金縛りのような状態かもしれない。

 空を見上げた。

 出来ることならこの空の下を何の意味も無く走り回るような存在になりたかった。

 けれど、私はかつて意味を持って作られた。

 その意味を失った今でも、その事実は消えることは無い。

 目を閉じて、外部からの情報を少しでも遮断する。

 空の青、下草の緑、これ以上失う物を増やしたくは無かった。

 最も、私は分からない。

 果たして、私が生きていたのか。

 これが死と呼べるのかさえ。

 ……ふと、玄関の方から足音が聞こえてきた。


 陽光が窓から差込み私の体表を撫でている事に気づいて、それから自分が覚醒していることに気づく。

 椅子から体を起こし、休息中に体に異常が発生していないかを確認する。昨日と変わらず左中指と薬指の可動性に難有りだった。

 庭に続いている窓を開け放つと春の柔らかな風に促されて庭の花の香が香ってくる。

 置きっぱなしのサンダルを履いて、色とりどりの庭に出る。この花壇の主は四季の中でも春が一番好きだったので、自然と春の花が多くなった。シバザクラの見事な絨毯の隣には、白いマーガレットが清楚に佇んでいる。赤と黄色のチューリップはつい昨日咲いたばかりだった。

「……う~ん、ちょっと元気が無いかな?」

 思わず口を尖らせて愚痴をこぼしてしまった理由はその隣の花壇。

 スイトピーと書かれた白い木の板を立てたその一画ではスイトピーが一面に広がっているものの、未だつぼみは口をすぼめており、その緑にはどこか生気が欠けていた。

「水はけ? それとも日が当たらなかった……いやいや日照時間は十分だったし……」

 さらにぶつぶつ呟きながら園芸用具が一式そろった倉庫の方へと歩みを進める。広い家に一人で住んでいると、独り言でも呟いていないと沈黙が重たい。

 歩きながら頭の中で倉庫に残った肥料の残量を確かめてみた。ため息が出た。

「あー、そういえば昨日全部使っちゃったんだ」

 足を止めた。考えるまでも無く、答えは明白だった。

「買ってこなきゃな~、仕方ないな~、やむを得ないな~」

「口にする内容とは裏腹に嬉しそうなのは気のせいだろうか。それともどこか壊れてるのか?」

 明らかに突っ込みを必要としない場面で的確な突込みを入れてきた不届き者がいた。

 奇跡的なほどに間の悪いこいつは隣に犬(名前はマルクス)と住んでいるリード。

「黙れ、一生犬と戯れてろ」

「言われなくともそのつもりだ。というか用事はそれだ。うちのマルクスの調子が昨日からよくないからお前の所の庭からハーブを黙って拝借しようと思ったのだが、お前の余りに奇妙な行動に口を出さざるを得なかった。というわけで、ハーブをもらっていくぞ」

「事後承諾とかどんだけずうずうしい泥棒だ!」

 私はハーブを片手にわが庭を去ろうとする憎き泥棒に園芸用スコップを投げつけた。

 薄ら笑いで完全に見切って、正確に半身ずらしてかわされた。ちくしょう。


 朝っぱらから嫌な奴に出会ってしまったが、町には何回来てもわくわくする。

 目当ての店は少し薄汚れた雑貨屋、空の商品棚が幾つも置いてあるところが特徴である。

 カランコロン、と扉に取り付けてあるベルが軽快な音を立てた。

「いらっしゃい。おや花やしきのところの。久しぶりだね、肥料コーナーはこっちだよ」

 手に持った新聞から顔を上げてマート。真っ先にやった事が手に持った新聞で店の隅の茶色い一画を指したことだったというのは、私がこの店でそれしか買って無い事を如実に示していて、何か嫌な気分だ。

「ねえマート。あなたいつも同じ新聞読んでるけど、それ何が面白いの?」

 新聞、雑誌、そんなものはとうの昔に無くなって、この店に並べてある雑誌もマイク君が手に持っている新聞も何時のものだか知れない。過去の最新を報道する古新聞をひらひらさせながらマイク君が答えた。

「好きで読んでるわけじゃないさ。こりゃポーズだ。客を凝視するよりか新聞に目を落としてる店員の方が印象がいいんだとさ」

「それ、根拠は?」

「店長の命令」

「なら仕方ないか」

 そんな会話を交わしながら、迷うことなく肥料を手に取る。

 一番小さいサイズの肥料を買うのは、もちろんここに来る頻度を増やすためだ。

 そのままレジへ一直線……のはずだったけどその前にガランゴロンと喧しい音を立てながら扉が開かれて、着古したコートを着た男がそのままずかずかと私の前に割り込んできた。

「煙草1ダースだ」

「はいはい、いつものね」

 定期的に来るにもかかわらず、店員に対して悪い印象しか残さない奴の気が知れない。

 お喋りとか、雑談とか、ちょっとした会話を楽しめないなんて了見の狭い奴である。

 レジを指でとんとん叩きながらマートの作業を急かしているそいつ。が、そいつの目がある一点に止まると、神経質そうに最速を要求する指が止まり、いきなりわなわなと体を震わせ始めた。

「おい! 一体どう言う事なんだ店員! その煙草の棚はいつも一杯にして置けといっただろうが!」

 芝居がかった叫び声を上げる男、マートは低姿勢な声色でクレーマーに答える。

「すみません。在庫の方がもうこれだけしかないもので。すみません」

「そんな、そんな事があってたまるかよ! 一体どうなってんだこの店は! 客の求めるものを並べてないで何が店だよ! ふざけんな。こんな事って……」

 あまりに理不尽な言葉の連続に、私はよほど何か言ってやろうかと思い近づいていく。だがマートがただひたすらに頭を下げながら私に向かってこっちへ来るなと合図しているのに気づいた。

 やがて落ち着いたのだろう。男はマートが差し出した煙草を引ったくり、金をレジに叩き付けてガランゴロンと喧しい音を残して去っていった。

「ねえ、あれってやっぱり……」

「そ、彼に残された最終命令は『毎日煙草を1ダース枕元に置いておけ』だったらしいよ」

 マートはまだ騒音の余韻を響かせているベルを見つめながら、ポツリと呟いた。

「昔はね、まだ彼もいい客だった……」

「そうでしょうね」

 私は自然と、情けないほどに感情をさらけ出していた彼に共感していた。死へのカウントダウンを眺める時間の中で、時は残酷なほどゆっくりと動いていく。

「そうだ、ちょうどいい。教会のオルグ爺さんが、遠くに漂流者ドリフターの群を見たそうだ。お前、左手が調子悪いって言ってたよな。今回の狩りに参加すれば、新しい腕が見つかるかもしれんぜ」

「そうね。ちょうど庭仕事ようにもう少し馬力のいい腕も欲しかったし、二本まとめて新調するチャンスかもしれないわね。ありがとう」

 両肩を廻して見せるとマートが苦笑した。

「良いって。無理はするなよ。お得意さんがこれ以上減ったら大変だ」

 軽い調子で口にしたらしいその言葉に、私は軽口で返すことが出来ずに、ただ手を振っただけだった。


 宗教というものが私には分からない。

 好き好んで自分達で作った物に服従し、束縛されようとする精神構造は、私の思考能力の限界を超えていた。けれど、教会に来るたびに少し思う。

「宗教の名の元にこんな立派なものが出来るなら、好きにやらせておけばいいのかな」

「ふふ、この教会はここら一体で一番古い建物じゃろうが、しかしどの建造物より頑強じゃよ」

 気がつくと背後にオルグ爺さんが立っていた。私の聴力でさえ認識できないほど静かに移動する技術は、必死に祈りを捧げる人間達の後ろで掃除をするのに必須な技術だそうだ。

「そしてどの建物より高いから、どこよりも遠くが見渡せるわけね」

「それで、何のようじゃ? まさか神に祈りに来たわけでもあるまい?」

「そうね。漂流者の群が近づいてきてるらしいから。私も狩りに参加させてもらおうと思って」

「ふむ、それは構わんが……狩りにでなけりゃならんような不具合かい?」

 そういうとオルグ爺さんは司祭服の下のポーチからドライバーのような先端のとがった物と柄の先に小さなレンズがついた物をを取り出した。促されるままに左手を差し出すと、慣れた手つきでいじくりまわし始める。

「ねえ、そんな技術どこで習ったの?」

「なに、元々は工業用に作成された人型アンドロイドが、工場閉鎖と共に売りに出されて今に至ると言うだけの話じゃよ」

「ふーん」

 カチャカチャと金属音が教会の高い天井に反響する。自分の腕から鳴る金属音などあまり聞きたいものではないので、私はオルグ爺さんに話を振った。

「ねぇ、人間はどうして宗教なんてものを作り出したのかしらね」

「そりゃ、死んだときのためじゃよ。死ぬというんは底の見えない深い穴の中に落ちるようなもんじゃ。落ちたやつらはそこに何があるか教えてくれん。だから人は想像力を働かせて穴の底を見えるようにしたんじゃな」

「…………それってただの妄想じゃないの?」

「そのとおり、だが少なくとも思い込めば、なんの不安も無くその穴に飛び込めるじゃろう?」

「私には出来ないなー、盲目的に根拠も無いものを信じ込むなんて」

「そりゃ、我々は人間よりちと理性的に過ぎるからの。わしも駄目じゃった。拾ってくれた神父は最期までわしに神の存在を説いたが、結局信仰心は生まれなんだ。最期までわしは神の為ではなく神父の為にこの教会の世話をしてきた」

「それが、オルグ爺さんの最終命令ってわけね」

 頷くと、オルグ爺さんは深々とため息をついた。

「『閃光の日』。わしらの創造主たる人類が消滅してしもうたあの日から、わしらは人類の残り香にすがって生きてきた。皆、命令を完遂するために存在しておるのに、命令を完遂すれば最期、我らの中枢ハブは我らから思考する機能を奪い、新たな命令を受けるために永劫自らの主人たる人類を探す漂流者となる。存在理由すら失い、ただ減っていくばかりの我々は、一体何の為に存在しておるんじゃろうか……」

 表情さえ失い、長い年月を経てきたアンドロイドは自問する。

 減っていくばかりの存在。眩い閃光と共に全人類が消滅してからただ終わりへの歩みを続ける我々アンドロイドは、生きているといえるのだろうか。

 それでも、私は…………。

「痛い、手を握りすぎよ」

「おう、すまなんだ」

 フルフルと頭を振って、オルグ爺さんは私の手を離した。

「確かにこれは寿命じゃな、だいぶ間接部が磨り減ってきとる。ま、あの速度だと漂流者達がこの町に来るのは明日の午後じゃろう。なにか武器になる物を持ってきなさい。わが教会が貸し出せる数は限られておるからな」

「教会が武器を貸すなんて、なんだか可笑しくない?」

「神は我々に武器と、闘争本能を与えて造られた。ならばそれを振りかざすのもまた神の意思。神父の受け売りじゃよ」

「ひどい生臭ねその神父」

 ちがいない、そう笑ったオルグ爺さんの顔にはようやく表情が戻っていた。


「今日はついてないな。二度も見たい顔じゃないってのに」

「それはこっちの台詞よ」

 肥料を持って帰宅すると、ちょうど散歩帰りらしいリードとかち合った。かち合ってしまった。

「あ、そうそう。そういえば明日漂流者が町に来るらしいけど、あなたもどう?」

「いらん。俺は十世代300年保障付きの最高級品だ。小娘のようなジャンクとは一線を画す」

「だれがジャンクで小娘か! というか、年齢だけなら私の方が年上でしょうが!」

「アンドロイドの常識に当てはめれば、先に生まれるより後に生まれた奴の方がより性能も良いのだ。悠長な進化を進める人間と同じ物差しで計ってもらっては困る」

「全く、こんな飼い主を持ってお前も不幸ねー。そういえば、調子が悪いって言ってたけど」

 ハッハッハと、せわしなく呼吸を繰り返すマルクスは運動後の爽快な疲れ以外の異常は見受けられなかった。あと撫でようとしたらリードはマルクスの首の散歩綱を引っ張って阻止しやがった。

「問題ない。お前の所のハーブを食わせたら治った。もはやお気に入りの散歩コースを小走りで駆け抜けれるほどだ」

 そういって家の裏にある小さな山を見上げる。そういえば山の峰を巡って降りてくるコースがお気に入りと言っていたような気がする。あのきつい傾斜を小走りで駆け抜けたなら全快と言ったところか。

「ま、私のおかげってわけね」

「さしずめお前は犬専用のドラッグストアと言ったところか」

 捨て台詞を残してリードが家に入っていく。

 くそう、やっぱりあいつは気に食わない。


 結局、武器になる物と言われて持っていったのは、庭の土を掘り返すときなどに使うシャベル。

 教会に集まったのは十数人のアンドロイド達、その中には先日店にタバコを買いにきていた男の姿もあった。その人ごみを前にオルグ爺さんが教壇に上がる。

「さて、狩りに出る前にあらかじめ言っておくが待機モードとなったアンドロイド、通称漂流者は普段はただ群を成して歩いているだけだが、自らに害を加えるものと判断すれば防衛機能が働き抵抗する。余計な情けなどかけず一撃で頭を粉砕しなければ抵抗され、目当てのパーツを傷つける事になりかねん。それと、これはわしの勝手だが。各人、目当てのパーツを獲得する以外の目的で漂流者を攻撃しないように。以上。それぞれ持ち場へ移動してくれ」

 皆なれた様子でゾロゾロと移動していく。彼らの中には私のようにパーツが故障して代替品を探している者達もいるが、その大部分が自らの性能向上が目的だ。

「まるでハイエナね。自分の性能を上げるために他のアンドロイドを壊してその部品を奪うなんて」

「そう、じゃな。しかし、彼らも必死なんじゃよ」

「何に必死なの?」

「守る事にじゃよ。わしらには余りにも選択肢が少ない」

「おい! 爺さん、さっさと行くぞ!」

 どこか突き放したようなような声が背後で響く、聞いた事があると思って振り向くと、タバコを買っていたアンドロイドが手に持った斧の柄を指でとんとんと叩きながら扉の前に立っていた。

「それじゃ、行こうか。初めての狩りじゃ。わしが手ほどきしてやろう」

 そういうと、オルグ爺さんは教会を出る。

 私とオルグ爺さん、そしてタバコのアンドロイドの三人で教会を出てしばらく行き、やがて一軒の小屋の前で立ち止まった。

「わしらに割り振られた狩場はココじゃ。教会持ちの小屋の一つでな。もっぱら狩りに使っとる」

 扉を開くと、まずしたのは木屑の香り。続いて小屋の中を見ると、壁には木製の弓矢や手投げ式の斧、床は針金で出来た投網に先に分銅のついた鎖といった武器というより、歴史的資料に近い旧時代的な道具で埋め尽くされていた。

「あのさぁ。前から思ってたんだけど、もう少し高性能な武器ってないの? こういう、中世的な骨董品じゃなくて」

「おいおい、誰だよここに無学なメイドロボットなんざ連れて来たのは」

 呼吸するように悪態をついたのは、案の定タバコのアンドロイドだった。

「そーゆーあなたは礼儀をプログラミングされていないようね」

「自己紹介はすんだようじゃな、この無愛想なのはアーガッシュ。退役軍人宅の防犯用……」

「やめろジーさん、小娘と馴れ合うきなんざねぇよ」

 言いたいことは言ったとばかりにアーガッシュは武器の山を検分しだした。

「すまんな、昔はああじゃなかったんだが……」

「知ってる」

 自分の事のように申し訳なさそうにするオルグ爺さんを私は半ば無理やり遮った。

 アーガッシュの言いたい事も、厭世的な態度の理由も痛いほどわかる。けれど……

「知ってるけど、気に食わない」

 私の険の混じった口調に、オルグ爺さんは肩をすくめただけだった。

「そういえば、さっきの質問じゃがお前さんがいう高性能な武器を手に取ったら分かるじゃろう」

「?」

「あの手の便利な武器はアンドロイドには扱えん。機械の初期プログラムがそれを拒否するんじゃよ」

「安全装置……ってわけ?」

「その通り、いくらアーガッシュのような警備用アンドロイドでさえ、最新鋭の装備を持った『人間』を傷つけるような装備は許されておらん。人間の似姿として造ったが故に、ある面ではアンドロイドは恐怖の対象でしかなかった。とくにアーガッシュのようなアンドロイドはな」

 私は思わずアーガッシュの後姿に眼をやった。

 武器を持たず、彼は何を思って武器の前に立ってきたのだろう。

 …………けれど、その問いはおそらく剣の前に立ちふさがる盾にするのと同程度には無意味だ。

「……さて、もうじきあの丘の向こうから群がやってくる。お前さんは量産型のプロトタイプじゃから代替品も簡単に見つかるじゃろう」

「それ、貶してるの?」

 さりげない毒の気配に私がジト目で睨み付けると、オルグ爺さんは手馴れた様子で笑った。

「うらやましいんじゃよ。工業用に造られたアンドロイドは市販型と規格が違うんで滅多に見つからん」

 オルグ爺さんがそれきり窓の向こうの丘を睨みつけたまま動かなくなり、アーガッシュも小屋の中の武器を物色し終えていた。仕方なく私は隣に腰掛けてその丘を眺めながら、あそこの土は中々水はけのよさそうな土だなどというような事を考えていた。

 しばらくして、オルグ爺さんが喉の奥から搾り出すような声で言った。

「足音がしてきおった。もうじき砂煙が丘の向こうから立ち上る」

 その言葉どおり、丘の向こうに砂煙が見えたかと思うと、その影からぼんやりと見えてきたのは人型の影。それはどんどんと増殖し、遠目から見たら地の底からまるで魑魅魍魎が湧き上がってくるようかのような印象を受ける。

 慌しく武器の手入れなどをする経験者達の邪魔にならないように隅に縮こまりながら窓の外を眺めていると、アンドロイドが徐々に近づいてきて不気味さも薄れ、次第に種類まではっきり分かるようになってきた。

「さあ、ここからが本番じゃ。自分と同じ規格のアンドロイドで、お目当てのパーツを持った奴をこの中から探し出せるかが勝負の分かれ目じゃからな」

 その言葉に頷き、目を細めながら同じ規格のアンドロイドを探していく。

 膨大な数のアンドロイドが一様に無表情を並べて、通りを一定のスピードで過ぎていくのを眺める。

 まるで私達の方が異常のようだ。そんな錯覚を覚えるほどの威圧感を持った光景だった。


 最初に獲物を見つけたのはアーガッシュ。通りの向こう側にいるアンドロイドに標準を合わせるやいなや、すばやい動きで手に持った鎖付きの分銅を窓から放り投げた。

 鎖は以外と長く、通りの端までいってもまだ小屋の中に四分の一ほど残っている。

 手首を利用して投げられた分銅は、目当てのアンドロイドに向かって弧を描くように飛んでいき、アンドロイドの首に絡まった。規則的な行進を続けていたアンドロイドはまるで夢遊病からさめたかのようにもがきだした。

「よし、捕らえた」

 その声に合わせて弓を引き絞っていたオルグ爺さんが迷いなく矢を放つ。

 が、矢は通りの他のアンドロイドの肩に当たり、危険を感じたそのアンドロイドは全速力で走り去っていった。その隙に首にかかった鎖は半分ほど外れてしまっていた。

「このままじゃ逃げられるな。おい、お前も突っ立ってないで手伝え」

「私?」

 返事をする時間も与えられずに無理やり鎖を持たされた私、オルグ爺さんも弓矢を置き慣れた手つきで鎖を引っ張っていく。二人の力で充分だったらしく。私は鎖を前から後ろに運んでいるだけの置物と化していた。

 通りの向こう側からアンドロイドが引きずられてくる。途中何度も他のアンドロイドの足元を通り過ぎたが、そのたびアンドロイドは無表情を崩さず飛び越していく。

 窓のすぐそこまでアンドロイドを引っ張ってくると、まずオルグ爺さんが手に持った鎖で二重三重に首を縛っていく。首に手をかけてもがいていたアンドロイドはその手にさえ鎖をかけられていよいよ身動きがとれない。そこへアーガッシュが自前の斧を振りかぶって霊性に脳天に一撃を加えた。

 だが、表面に少し入っただけで斧の刃が止まってしまう。

「防弾使用、こいつ軍用か!」

「それじゃあ物理攻撃は届かんな。代われ」

 オルグ爺さんが持っていた鎖を離し、代わりにアーガッシュがその鎖を引き絞る。オルグ爺さんは手際良く司祭服の下のポーチから小さな箱のようなものを取り出すと、それをもがいているアンドロイドの首に押し付けた。激しいショート音と共にアンドロイドがビチビチとにニ、三度跳ね、崩れ落ちる。

「流石に高圧電流を首から流し込めばひとたまりも無いじゃろう」

 ぐったりと動かなくなったアンドロイドを小屋に引きずり込むと、早速アーガッシュがその手足を検分し始める。

「手足に武器が内臓されているのか。それが中枢からの神経接続で駆動……なるほど、こいつは面白いな……」

 いとおしげに手足を投げる彼の瞳の奥に、狂気の光が見え隠れしていたのを私は見逃してしまっていた。


「ふ、む。そろそろ引き上げ時じゃな」

 地面に耳を付けながらオルグ爺さんは呟いた。

 30分ほど群を観察しても結局私のサイズに合うアンドロイドは見つからず、過ぎ行く漂流者達が立てる砂埃にまみれただけだった。

「そういえば、なんで漂流者って群を成して移動するの? 捕まったアンドロイドを助けるわけでもないし」

「……待機モードに入ったアンドロイドに化せられる根源的命令はただ単純に『主人の元へ帰還する』じゃが、人間が全て滅んでしまった今は主人など存在しない事もまた自明。結果命令と言う目的を失ったアンドロイド達がとる行動と言うのが、漂流。つまり果たされないと知りつつその命令に従わなければならないという自己矛盾に陥るわけじゃ。そこで単体で行動しても複数で行動しても変わらないとわしも思う。じゃが、だからこそ彼らは一つの所に寄り集まって行くのではないか? 心が感じる原初の感情。孤独を感じてな」

「…………」

 漂流者になっても、もし心と言うものが残っているとしたら。

 それは果たして幸せなのだろうか。それともこれ以上なく不幸なのかもしれない。

 そんな事を考えていると、ふと目の端に気になるものが映った。意識して見ると、窓の向こうにもう一人の私。

「?」

 そんなわけはない。完全に同一型の市販アンドロイドがすぐ目の前を通り過ぎて行っただけのことだ。

 反射的に窓から身を乗り出して手に持っていたシャベルを頭に叩き付ける。だが、変な体勢で行った攻撃だったためシャベルは軽い音を立てて弾かれ、ニ、三歩よろけてこちらを向いたそのアンドロイドは、私を敵と認識するや襲いかかってきた。

「しまっ……!!」

 乗り出した頭を捕まれて、窓の外に引きずり出され、地面に思い切り叩き付けられる。

 私と同じモデルのはずなんだけど、一体私のどこにこんな力があると言うのか。

「大丈夫か!」

 私の失態に気づいたオルグ爺さんが扉から飛び出し、アンドロイドの首に背後から鎖を回す。

 工業用と市販型、力では明らかにオルグ爺さんに分があった。

 首を固定されたアンドロイドは必死に逃れようとしているが、食い込んだ鎖に指がなかなか引っ掛からない。

「今じゃ! やれ!」

 力を緩めることなくオルグ爺さんが叫ぶ。

 その声に押され立ち上がった私は私は力一杯シャベルを振りかぶり……。

 ほんの一瞬、アンドロイドの無表情の端に、感情のようなものが見えた気がした。

 ……そのシャベルを無意識のうちに降ろしてしまった。

「出来ない」

「何!?」

 その一瞬、私の予想外の発言にオルグ爺さんの拘束が弱まった。

 その隙を逃さずアンドロイドは今がとばかりに必死でもがき、拘束を解いたかと思うと一目散に走って行ってしまった。その後ろ姿はまさにアンドロイドを壊すことに逃げた私を見ているようで、目をそらさずにはいられなかった。


「結局、あのアンドロイドも私と同じなのかもしれないって思うと……」

「それで? 俺に一体何を期待しているんだ?」

 結局、その後三人とも同じ規格のアンドロイドを見つける事が出来ず、その日の狩りは終わった。

 オルグ爺さんは最後まで私を慰めてくれていたが、新しい戦利品を早く自分の体としたいアンドロイド達に急かされて行ってしまった。初めての狩りが失敗に終わり傷心で帰ってきた私がちょうど出くわしたのがリードだったから、ついリードに一部始終を話してしまったのだった。

「別に、ただあんただったら何にも考えずに振り下ろしちゃうだろうな。と思っただけ」

「そうだな、確かに俺なら一も二もなくアンドロイドを壊してその部品を奪うだろう……」

 と、そこでリードは一度言葉を切った。

「だが、迷ったお前も別に間違っちゃいないと思う。そのアンドロイドにお前が何を見たかは知らんが、その想像力は確かに才能だ」

 私は、そんな事を言えば切り返すように『小娘が、植物のみならずとうとう無機物にまで感情移入し始めたか』などと暴言を吐いてくるだろうと予想していたので、不意打ち気味に感動してしまった。

「リード……」

「まあ、お前が大甘だってことに変わりはないがな」

「やっぱり、あんたはリードだったわ」

 解きほぐれそうになった心を引き締めながら、私はリードに背を向けた。 

 私達アンドロイドは、漂流者になってしまった彼らが一体何を考えているのか知る術はない。

 それは、彼らがオルグ爺さんの言うところの深い穴の底の住人だからなのだろう。

 私には漂流者達が、死という概念が彷徨っているかのように見えるのだ。


 それから、幾らか経ったある日。

 私は花壇の手入れをしたり、お隣さんのリードと軽口を叩きあったり、しばしば町に肥料を買いに行ってマートと少しお喋りをしたりしていた。

 しかしスイトピーのつぼみは膨らむものの一向に開かず。

 リードのことは一向に好きになれず。

 マートの店のタバコは日に日に減っていく。

 そんな、ある日の出来事。

 未だつぼみを開かないスイトピーの苗に如雨露を傾けていると、リードが垣根越しに話し掛けてきた。

「おい小娘、ハーブを寄越せ」

「だから小娘は止めてって……ていうか昨日も来てなかったっけ?」

「お前の記憶媒体は異常でも来たしたか、ここ三日毎日来ている」

 リードの軽口は相変わらずだったが、しかしその表情は重たかった。

「マルクス君、具合悪いの」

「体重も落ち、食欲も無くなり、体毛がごっそり抜けている事以外は至って健康体だ。別にお前が心配するような事じゃない」

「…………そう。ハーブね。好きに持って行っていいわ」

「悪いな、小娘」

 そう言って、疲れた様子でハーブの植えてある方へと足を向けるリードのその後姿を眺めながら私は言いようのない不安を感じていた。

(あのリードが、悪いなですって?)

 けれど、現時点ではどうする事も出来るはずがなく。

 目下、私に出来る事といったら如雨露を傾けることくらいだった。


「今日も肥料か。たまには雑誌でも買って売り上げに貢献したらどうだ」

「アンドロイドに自由は無いのよマート、私の命は花壇より軽いの」

「へいへい、全く。お前のおかげで全肥料の値段が空で言えるぜ」

「全商品のデータをインプットできるからこそのアンドロイドじゃなくて?」

 いつも通り精神安定の為の軽口を叩き合いながら肥料をレジに置く。

 レジを前にすると、最近いやでも目に入る一画がある。

「……とうとう、最後の一つになっちゃったわね。タバコ」

「言うなよ。俺だって商売人の端くれだ。在庫のせいで常連がいなくなるのはうんざりなんだよ」

 そうつぶやくと、手に持った古新聞に目を落とした。

「ねえ、いつもどこ読んでるのよ」

 そう言って半ば強引にのぞきこむと、その記事の片隅に小さく『どこよりも安い!』と大げさな謳い文句を掲げた広告がこじんまりと載っていた。私の表情で分かったらしく、ばつが悪そうにその古新聞を折りたたむマート。

「……その広告、もしかして」

「うちの店の広告だよ。俺は汎用人型アンドロイドとしてこの世界に送り出され、店長が俺を買い取って基本的な雑貨店店員のプログラムを組み込んだ。そこに俺の意思は無いはずだろう? でもな、この広告を見るたびに思うんだ。俺は多分誰に命令されなくとも同じ事をやってただろうってな。人間に造られらたからって自分の事を操り人形みたいにいうアンドロイドも中にはいるぜ? でもやっぱり俺はそういう風に造られたってことに感謝したいんだよ。そこに俺の意思が無いなんて言わせねえ。きっと俺はここの店員になりたいからこうやって造られたんだって……」

 恥ずかしそうに話していたマートが急にレジからとび出した。

 私がその行動の意味を考えるまもなく、気がつくとマートに首根っこを掴まれてガラス戸に放り投げられていた。空を飛ぶような感覚、マートが両手を合わせながら何かを口にして……。

 ガランゴロン、と入り口のベルが鳴ったその直後、炎上。

 マートの体が炎に包まれ、バチバチと内側から爆ぜていく。

 背中に衝撃を受ける、とともに私は通りに強か全身を強打した。ガラスを突き破って外の道に出たらしい。連続する炎の吹き出る苛烈な音が聞こえる。そして、私は叫び声を聴いた。

「ふざけるな! 俺が今までどんなおもおも思いで日々を過ごしてきたと思っているんだ! 何日も、何日も自分の寿命が削れているのを知覚して! なあぁあぁ! 俺は一体どうやって死ねばいいんだ!」

 燃え盛る店の中で、アーガッシュが暴れていた。叫び声を上げるたびに手のひらから炎を噴出するその手には見覚えがあった。前に一緒に狩りに言った時、彼が軍用アンドロイドから奪い取ったものだ。

 なおも叫びながらその火炎を噴き出すその両手を振り回す彼、だがその後ろで立ち上がる人影があった。全身を炎に包まれながら、最後の力を振り絞ってマートがアーガッシュに近づいていく。

 そして、彼は炎に包まれた両手で、まだ火の回っていない商品棚を掴むと、勢いを付けてアーガッシュに放り投げる。ぐるぐるとおぼつかない足取りで自らさえ焼こうとしていたアーガッシュがそれをかわしきれるはずも無く、商品だなもろとも勢い良く路上に飛び出してきた。

「マート!」

 彼は、最後の力を振り絞って、燃え盛る店の中から客を逃がそうとしたのだ。

 もはや人型の炎と化したマートは、入り口の前でゆっくりと腰をおりながら、前のめりに倒れこんだ。

「うぅうぅぅうう! もう何も無くなった、タバコを買えなくなった俺は消えてしまうのか? こんなにあっさりと? どうして、どうして人間は俺に感情など与えたんだ! くそっ、くそっ、くそぉぉぉぉ!!」

 アーガッシュは叫び、悶え、自らを何度も火炎放射器で焼き尽くそうとしたが、もはや燃料が切れてしまった両の手のひらからは黒ずんだ煙しか出なかった。そして、最後に自分の首に手をかけ、締めようとしたとたん、彼の全身から力と、目に見えない何かが抜けていくのを感じた。

 そして、彼はキビキビと立ち上がり、確か過ぎる足取りで何処かへと歩いて行ってしまった。

 気がつけば、火の勢いは随分と小さくなっていた。

 私は黒く塗りつぶされたマートの店を眺めながら思い出す。

 最後に、彼はこう言っていたのだ。

 『いつもご利用いただきありがとうございます』と、はきはきとした笑顔で。

 それがアンドロイドとしての本能か、それともマートの心からの行動かは分からないが、私は後者の方を信じたい。

 オルグ爺さんが騒ぎを聞き付けてやってきた。

「これは……一体どういう事なんだ」

「マートの店に、突然アーガッシュがやって来て、両手の火炎放射器で店を焼き尽くしたのよ」

 その説明でオルグ爺さんは黙り込んだ。

 長い沈黙の末、ようやくオルグ爺さんが呟く。

「……わしらアンドロイドは生物として考えれば余りに儚い。彼らを救うことは出来なかったのか」

 私達には、増える事が出来ないと言う生物としては致命的な欠陥が存在する。

 ただ損なわれていくだけの存在、人間の道具として造られた私達は人間が消滅した今、その存在価値さえ喪失した。けれど、だからなんだというのだ。私は大切な事をあいつから学んだ。

「そうだ、あいつを救わなきゃ……」

 私は、立ち上がる。そして、あいつの元へと走り出した。

 彼から学んだ事を、彼にも教えてやるために。


 ……ふと、玄関の方から足音が聞こえてきた。

「何している、石像の形態模写だとしたらレベルが高いな」

 案の定である。こいつの間の悪さと言うのはもはや奇跡的とも言えるだろう。

 リードは、私が軽口に乗ってこないのを見て微かに眉をひそめて、それから私の足元にある枯れたラベンダーに目を止めた。

「これ……枯れてるじゃねえか。何で片付けないんだ?」

「もう片付ける意味など無いから……てお前! 何やってる!」

 リードは何と、あろう事かスイトピーを片っ端から引っこ抜いていっていた。

 『そのスイトピーを世話しておいて』これが私が受けた最終命令だった。

 一年草のスイトピーは花を咲かせたら枯れてしまう。私は日々育っていくラベンダーを見ながら恐怖していたのだ。スイトピーの花言葉『旅立ち』。その言葉を私ほど皮肉に取った奴もいないだろう。

「いて、なんで殴る」

「私は、このスイトピーを世話し続けなきゃ行けないんだよ! だから……」

「だったらなおさら引っこ抜けよ。今年もここに種をまくんじゃねえのか?」

「別のスイトピーになど何の意味も無い! そのスイトピーじゃなきゃ……」

 激昂している私に対して、リードは意味が分からないといった風に言った。

「だったらこいつから種取りゃいいじゃねえか。そしたら万事解決だろ?」

「へ?」

「だから、このスイトピーが残した種を、また今年も植える。それの繰り返しが『世話する』って事なんじゃねえのか? ほら、スコップかせ。素手じゃ手間がかかってしょうがない」

 そして、結局リードが全ての枯れたスイトピーを掘り返しても、私はまだ私のままだった。

 だから、私はリードに教えて上げなくちゃならないんだ。


「またお前の顔を見る事になるとは思わなかったよ。どうしてここが分かったんだ?」

 お気に入りの散歩コースの途中、家の裏の山の頂上でマルクスの墓を堀りながらリードが尋ねた。

「お前の家に言ったら、お前とマルクスがいなかった、けど散歩綱だけはそのままだった。だから、お前はマルクスの死体をここに埋めるつもりだと思ったんだ。いい場所だな。ここは」

「人の家に勝手にあがりこんで名探偵気取りかよ。それより、何しに来た」

 疲れたように笑うリードと、私は向かい合う。

「きまってるでしょ、お前を助けに来てやったのよ」

「とうとうおかしくなったか小娘。生憎俺が助けを必要としているように見えるか?」

「見えるわ、はいスコップ。素手で山の土を掘り起こすなんて無謀よ」

 リードは私の手の中のスコップを凝視して、それからさもおかしそうに笑った。

「なるほど、俺が間違ってたよ。それで? 用が済んだなら帰ってくれ」

「いいえ、あなたにもう一つ教えに来たの。あなたが受けた最終命令って一体どんなもの?」

「……ま、いまさら隠しても何の意味も無いか。俺の受けた最終命令は単純さ。『マルクスの面倒を見ろ』流石に死体を放置しておくのは忍びないからな。墓くらい掘ってやろうと思ってな」

「なら、その墓参りには誰が来るのよ。行っとくけど、私はゴメンよ」

 掘った穴にマルクスを丁寧な手つきで埋葬しながら、リードは眉をひそめた。

「…………なるほどな、そう来たか。だが残念ながら俺はお前みたいに生きていたいわけじゃないんでね」

「なんですって?」

 墓を埋め戻す手を緩めずに、リードは静かに言葉を紡ぐ。

「アンドロイドは人間の道具として生まれた。だから俺は人間が閃光と共に消え去ってから自分の存在を終わらせることばかり考えていた。だってそうだろう? 俺は意味を持って造られたんだ。その意味を失った今、これ以上存在する意味は無い」

 これで話しは終わりだ、と言わんばかりに肩をすくめて、リードはわずかに盛り上がった土をぽんぽんと叩く。私はそんなリードに近づいて行き、

「後はなにか墓標のようなものを差して終わりだ」

 その横面に強烈な右フックをかましてやった。

 いくら私の方が旧型とはいえ、全く予測していない攻撃にリードは地面に尻餅をついた。

 それほど、私は許せなかったんだ。

「私が受けた最終命令は『そのスイトピーを世話しておいて』だったんだよ! 命の終わりが死じゃない事を、あなたが教えてくれたんだ!」

「それでも! 土の中の犬は何も応えちゃくれないんだ。それなら俺は、一体なんの為に生きればいい?」

 こちらを向いたリードの顔は、ニヒルに笑おうとして、情けなく泣こうとして、そのどちらにも失敗したような表情を浮かべていた。

「何も遺せないアンドロイドは果たして何の為に存在すればいい?」

 リードは手に持った木片をマルクスの埋葬場所に突き立てたのと、私の叫びが彼に届くのとは、全く同時だった。

 彼はゆっくりと立ち上がると、膝についた土を手で軽く払った。


 そして大げさにため息をつき、肩をすくめながら私に聞こえるように呟いた。

 ささやくような、震えるような声で。

「まったく、道具と道具で共依存なんざ、一体なんの冗談なんだか」

 そんな彼の微かな抵抗に、私は悪趣味にも言葉を返してやった。

「悪あがきにしては悪くないでしょ?」

 刹那、真顔になったリード。

 その顔に、諦めたような表情が浮かんで。

 ニヤニヤとその顔を眺めてやったら、リードも苦笑しながら空を仰いだ。


 私達は終わっていく。

 増えることなく、ただ減っていくのみ。

 それでも、終わるまでは続けよう。

 スイトピーにはもう一つ花言葉がある。

 『優しい思い出』というものだ。

 この世界にスイトピーの花を咲かせながら。

 そのスイトピーが枯れるまで、私は歩き続けよう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 状況描写の技術が卓越していると感じた。とても自分ではこんな緻密に描写できない。 言葉の使いまわしも上手いと感じる。 [一言] 短編では仕方ないが、もう少し先の話まで読みたかったです。 これ…
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