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第8話:『私』の名前は?
「えっと…カナリア・リフィアスです」
 
 カナリアと名乗った少女、件のカナちゃんがよろしくお願いしますと頭を下げる。
 
「えっ…と………こちらこそお願いします」
 
 なにか変に感じる挨拶、と言うか名乗り。

 とは言う俺もつられて同じ様に名乗る。
 
「えっとねジージはジージって言って私を助けてくれたの」
 
 そしてそんな微妙な空気などお構い無しのフィーは俺たち二人の間でニコニコと能天気に笑う。
 
「ジージ…ちゃん?ですか?」
 
 そんな感じのフィーの言葉にちょっと困ったと言った感じでカナリア。
 
「本名じゃ―」
 
「あっああ、違う違うジージってのはコイツが勝手に呼んでるだけ」
 
 言いたい事を察し軽く笑いながら事実を伝える。
 
「では貴女のお名前は?」
 
「…………えっ……と…」
 
 それは何気ない問い。

 本人にしてもただ何気ない会話の流れでの言葉でしかないであろう。

 ただ、当の聞かれた側としてもらえれば言い淀むのも仕方ない問いかけ。
 
(な…なんて……どうしよう)
 
 自分でも表情が強張っているのが良く判る。

 すぐに返ってこない答えに「ん?」と首を傾けつつ素直に言葉を待ってくれているカナリアがそんな自分の様子に気付いてないっぽいところが多少の救いか。

 とは言えこのまま名乗らないのはあまりに不自然過ぎるような気がする。

 ジーニアスの名はダメ。

 明らかに男名で、今の自分は子供とは言え正真正銘女の子の姿。

 認めたくなくても変わらない事実に内心思わず涙。

 フィーリカの名もダメ。

 出会いの時にしっかり否定したし、目の前に本人も居る。

 となると偽名だが…
 
「…んっ?どうしたの?えっと…ジージちゃん」
 
 言いあぐねている俺に対して心配そうなカナリア。

 しかしながらそう簡単に名前なんておもいつきはしない。

 と言うか名づけ自体やった事なんてない。
 
「どこか痛いの?大丈夫?先生呼んで来ようか?」
 
 ついにはそんな言葉までかけられる始末。

 俺ももう必死で頭を廻らす。

 それはもうもう何でも良いとばかりに。

 条件は二つ。

 女名である事と。

 ジージという呼び名になりうる事。

 その二つに該当しそうなのは………
 
「……ジルコニア」
 
「ん?今なんて」
 
「ジルコニア…です。私の名前…」
 
 ようやく思い至ったその名前を口に出す。

 それは昔いろいろと周りの世話をしてくれていた侍女の妹の名…だった筈。

 話しの中に、それもただの雑談の中で出てきただけな為結構曖昧だが。

 ちなみに一人称は流石に『私』とした。

『俺』という一人称がどれだけ今の自分に不自然かなんて指摘されずとも十分に判っている事だから。
 
「ジルコニア………ジルちゃんですね」
 
 パチンと両手を合わせて満面な笑みのカナリア。

 名前が判ったのがそんなに嬉しいのか。
 
「じゃぁ改めてよろしくです。ジルちゃん」
 
「えっと…こちらこそ」
 
 差し出された右手をギュッと握り返す。
 
「あーっ二人だけでなんてずるいずるいー」
 
 そんな俺たちの手にギュッとしがみついて来るはフィー。
 
「わっあわわっ」
 
 フィーの突然な乱入に驚き、勢いのままに尻餅までつくカナリア。
 
「あははそうだな、フィーもだよな」
 
 そんなフィーのテンションにいい加減慣れ始めていた俺は動じる事無く苦笑交じりにフィーの頭をポンポンと軽く撫で叩いてやり。
 
「大丈夫か?…カナちゃん?」
 
 カナリアへとほどけた右手を今度はこちらから差し出す。
 
「………はいっありがとうございます」
 
 一瞬の呆けはあったものの、こちらの意図に気付くと同時に満面の笑みでそれに答えてくれた。
 
「あっそうだ朝ご飯。ちょっと待ってて」
 
 そこで思い出したかのように、と言うか実際思い出したのであろうドアの外へと何かを取りにトテテと走っていく。

 まぁソコに何がというのはまぁ先の言葉通りの物だろう。

 しかし…
 
「リフィアス…か」
 
 口に出たのは始めに教えられたカナリアの名、その家名の部分。

 その家名には聞き覚えがあった。

 と言うかある程度のレベル以上の魔術士やそれなりの権力者であれば知らない方が少数とさえ言えるほどに有名な名だ。
 
「となると…多分だが予測はつくな」
 
 断定は出来ないが、それでも先程までとは手掛かりのレベルが雲泥の差だ。

 たった一つのそれだけではあっても、流石にリフィアスの名は大きい。

 リフィアス家。

 おそらく魔法に関わる者のほとんどが一度は耳にしているのではないか。

 かつて世界の魔法の根底とまで言われた研究教育機関。

 サニア魔法学院。

 その発展を支え、担い続けてきた一族らの代表にして中心となっていた家系。
 
「学院が潰れてから10年と少し。流石に建て直しもそれなりに進んでいたと言う事か」
 
 そう当時栄華を誇っていた学院は既に昔のものと言ってもいい。

 当時…と言うよりか戦争が本格化されだしてきた頃からか。

 その研究機関としての一面により敵国家より常に狙われ、戦時最大にして最長に亘る激戦区として在り続けた。

 そしてそれも10年前の大攻勢よって決着がつけられていた筈。

 とは言えソレはもはやそれだけの年数を経た過去。

 その上戦争自体も二年とはいえまた過去。

 いささか早過ぎる気はしないでもないが、それでもある程度復興の形は整えられ始めていたと言う事か。
 
「まぁリフィアス家が生き残っていたのならあり得ない事でもないか」
 
 それだけの影響力は確かに考えられるから。
 
「ん〜ジージどうしたの?」
 
 声に目を向ければ少しつまらなそうにフィーの顔。

 苦笑混じりになんでもないと頭を撫でてやる。
 
「でだ、ココは…」
 
「お待たせしましたー」
 
 フィーへの言葉は言い切る前にカナリアの言葉に覆い被せられる。

 まぁ急ぎとまではいかない事ではあるし良いかと。
 
「朝ご飯…えっと一人分しかないけど大丈夫です?」
 
 手にしているのは少し大きめの盆。

 視線の先は…フィーか。

 なんとなく言いたい事は判った。
 
「えっ…と…どうなんだ?」
 
 とは言え幻想種の食事事情など俺だって判らない。

 となるともう本人に聞くしかない訳で。
 
「ん〜そりゃぁもちろん私だって食べたいよ。でも無理だから。ジージ全部食べて」
 
 人差し指を口に、凄く物欲しそうに言われても…

 ハイそうですかと手をつけられる筈も無く。
 
「いや、食べたいなら食べたいで一緒に食べれば…」
 
「そうですよ、無理はダメです。らしくないですよ。それに足りないなら先生にお願いして追加で作ってもらえれば良いだけですし」
 
「んーだから無理なの。食べられないし、食べる必要も無いの。食べる為の身体もないし食べて維持しなきゃ身体も無いんだから」
 
「え?なにそれ」
 
 フィーの言葉に少し困惑気味なカナリア。

 事情を知らないが故に仕方の無い事か。

 反対に事情を知っている俺としては天を仰ぎ見るしかない。
 
「そっか…そうなるんだな」
 
 言われれば確かにと納得できる事ではある。
 
「え?え?ジルちゃん分かったの?」
 
 困惑気味なカナリアにどう説明したらいいか。
 
「ジージご飯食べるんでしょ。私ちょっとお散歩行って来るから〜」
 
 場の空気感じたのか、単なる天然か、当の本人はそんな俺たちを置いて壁の向こうに。
 
「ええっ!フィーちゃんっ!?ジルちゃんどういうことなんですか?」
 
 ただでさえ分からない事だらけの中更に壁抜けまで見せられて混乱に拍車のかかるカナリア。
 
「ったくアイツは…ほら、カナリアも落ち着いて落ち着いて。な、ホラ深呼吸深呼吸」
 
 そんなカナリアをなだめ落ち着かせながら先程のアレは天然だったんだな〜と遅ればせながら確信に至ったりするのだった。


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