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パパと呼ばれたい
作:萩原康太


今日は妻である麻衣の提案で、娘の明生(めい)と二人で遊園地に来ている。
それは昨夜。明生を寝かしつけた後、僕が言ったこの一言がきっかけだった。


「どうすれば明生にパパって呼んでもらえるかな?」


僕らは普通の家族とはちょっと違う。
僕は初婚。麻衣は二度目の結婚生活だ。前の夫とは価値観の違いから離婚したと聞いている。
明生は麻衣の連れ子である。

つまり、僕と明生の間に血のつながりはない。ゆえに、僕は明生に『おにいちゃん』と呼ばれている。
家族三人で生活するようになって、早いもので半年だ。明生と初めて会ったときから数えると一年以上経つ。
それでも僕が明生に『パパ』と呼ばれることはない。その時間が長いのか短いのかはわからない。だけど僕は明生に『パパ』と呼ばれたかった。

それが父親として認められた証。そう考えていたからだ。

僕の問いに麻衣は少し間をおいて、
「私と二人きりのときはパパって呼んでるわよ」
と言った。
僕はその言葉に心底驚いた。

「本当に?知らなかった」

「それはそうでしょう。直樹はその場にいないもの」

「なんで僕には言ってくれないのかな」

「恥ずかしいのよ。いまさら言えないのかもしれないね」

麻衣はクスっと笑った。

「そんな……。どうすればいい?パパって呼ばれたいのに」

僕がそう言うと、麻衣は首を傾げて思案した。

「二人で遊びに行くのはどうかしら。二人きりで遊んだことってないでしょう?」

「たしかに」

「二人で遊びに行って、頼れるところを見せたら?直樹は優しいけれど、どこか頼りないところがあるのよ。父親の威厳みたいなものが足りないのかも」

麻衣は僕を小馬鹿にして小さく笑った。

「誉められてるんだか、けなされてるんだか。そんなことないと思うけど」

僕は首を傾げて納得がいかない態度をとった。

「私は直樹のそういうところ好きだけどね。明日は日曜日だし、行ってみたら?」

この人は僕が赤面するようなことをさらっと言う。そんなこと言われたらその気になるじゃないか。
「ふむ。…行ってこようかな」

「うん。行ってきなよ。ただし、最近は子どもがねらわれる事件が多いから、明生から目を離さないでね」

「わかってるよ。じゃあ、明日遊びに行ってくるね」



そんな経緯があって、僕は明生と遊園地に来ているのだ。休日なだけあって、園内はたくさんの人であふれていた。
明生とはぐれないように気をつけなければいけない。

明生は今、メリーゴーランドに乗っている。僕はさすがに恥ずかしくて、一緒には乗れなかった。

「おにいちゃん!」

明生が乗っている白いお馬さんが僕の目の前を通り過ぎるたびに、明生は満面の笑顔で僕に手を振る。
そんな明生が僕は大好きだ。明生は名前の通り、明るく元気な子だ。初対面の人にも人見知りすることはない。すぐに打ち解けることができる。僕にもすぐになついてくれた。
来年からは小学生。きっと友達もたくさんできることだろう。明生の将来を考えると幸せな気持ちになる。

そんなことを考えていると、メリーゴーランドから明生が戻ってきた。

「楽しかったかい?」

「たのしかったよ!おにいちゃんも乗ればよかったのに」

僕はニコニコと笑う明生の手を引いて歩きだした。腕時計を見ると、もう正午を過ぎていた。

「そろそろお昼ご飯を食べようか?」

「うん!たべるー!」

僕らは園内をうろついて、食べ物屋さんの近くにあるベンチに座った。

「このお金で好きなものを買っていいよ」

僕は明生に千円札を手渡した。

「うん!」

明生は元気な返事をして、食べ物屋さんの列に並んでいった。

まだ小さな子どもだ。本来なら僕もついていってあげるべきだろう。でも、僕は明生に少しずつでいいから、お金の使い方を学んでもらおうと思った。まだ早いかもしれないが、いい経験になると考えた。

今のところ、明生に頼れる一面は見せれていない。呼び方も『おにいちゃん』のままだ。

僕はベンチに座りながら空を仰いだ。今日は雲一つない晴天だ。頬をなでる風が気持ちいい。

そういえば、自分の両親に麻衣と結婚することを報告に行った日も、こんな天気だったな。

両親は最初、僕の結婚には反対だった。バツイチ子連れの麻衣との結婚は認めてくれなかったのだ。
後日。今度は僕と麻衣、そして明生の三人でもう一度両親のもとへ足を運んだ。三人で両親をなんとか説得し、許しを得たのだった。説得には明生の存在が大きかった。人見知りしない明生は両親にもよくなついた。今では実家に明生を連れていくと、両親は明生を甘やかしすぎるので困るほどだ。
僕は、家族を結びつけるのは心の絆だと思う。血のつながりばかりが家族じゃない。
そもそも血のつながりなんて目には見えないのだし。ここからここまでつながっています、なんてわからないのだ。DNAを検査でもしなければ。それに、血がつながっていてもいがみ合う家族や我が子に愛情を注げない親だっている。そう考えれば、大切なのは心のつながりなのだと思う。


ぐるぐるぐるぐる


そんな物思いにふけっていると、急におなかの調子が悪くなった。さっきまでは平気だったのに。昨日の夕飯の食べ過ぎのツケが今ごろになって回ってきたようだ。これは便意をもよおす感じだ。

トイレに行きたい

さすがに我慢できなそうだ。冷や汗が出てきた。

明生はまだ並んでいる。長い行列なので少し席をはずしても平気だろう。明生が食べ物を買い終わるまでには戻ってこれるはずだ。
僕は並んでいる明生の隣にしゃがむと、そっと耳打ちをした。

「ちょっとおなかが痛くなっちゃったからトイレに行ってくるね」

明生はきょとんとした顔で僕を見た。

「だいじょうぶ?すぐももどってくる?」

「すぐ戻ってくるよ。ちょっと待っててね。」

そう言い残すと、僕はおなかの痛みに耐えきれずトイレを探しに向かった。

広い園内でトイレを探すのは一苦労だった。やっとの思いでトイレに駆け込んだのだけれど、それからが大変だった。僕のおなかはすこぶる機嫌が悪かった。結局、トイレから解放されるのに三十分もかかってしまった。

僕はトイレから出ると、急いで明生のところに走った。
人混みをかき分け、さっきまで座っていたベンチにたどり着くと、周りを見渡した。


明生がいない!


先ほどまで並んでいた列にはいなかった。このあたりには見当たらない。食べ物屋さんの売り子に訊いてみたけれど、行方はわからなかった。ベンチの周りの人たちにも訊いてみたがわからない。

僕は園内を無我夢中で駆けずり回った。それらしい子どもを見かけては一喜一憂の繰り返し。一向に見つからない。
子どもの足だ。そう遠くには行っていないはずなのに。

行き交う人たちに何度もぶつかりながら、明生を探した。もうはぐれてから一時間以上は経つ。
早く見つけてあげなければ。この広い園内で、明生はひとりぼっちでいる。そう考えると、気持ちは焦る一方だった。


明生から目を離さないでね


麻衣の言葉が脳裏をよぎる。
僕は自分に憤りを感じずにはいられなかった。明生を一人にした自分の迂闊さに。
どうして一人でも大丈夫だと思ったのだろう?
どうして?


結局、明生の姿を見つけられずに、迷子センターに向かった。もしかしたらそこで保護されているかもしれない。もっと早く気が付けばよかった。
僕は迷子センターに息を切らしながら駆け込んだ。
「迷子なんです!小さな女の子ここに来てませんか!」

事務所に入ると開口一番そう叫んだ。
事務所の人たちは僕を見るなり、みんな僕を凝視して驚いていた。そして、その中の一人の女性が僕の前に歩み出た。

「ひょっとして、明生ちゃんのお父さんですか?」

「そうです!明生はここにいるんですか?」

僕は肩で息をしながら言った。

「明生ちゃんは私たちが保護しましたよ。園内放送で呼びかけたんですけど、その様子だと気づかなかったみたいですね」

その言葉を聞き、ほっと胸をなでおろした。
よかった。無事だったんだ。

「こちらにいますよ。どうぞ」

事務所の奥の部屋に通され、僕は急いで扉を開けた。そこには椅子に座って泣きじゃくる明生と遊園地のスタッフジャンパーを着た女性がいた。

「明生!」

僕の声に気づき、明生が涙でくしゃくしゃになった顔を上げる。

「おにいちゃん!」

そう言い放って明生は僕のもとへ駆け寄った。僕は腰を落とし、明生をきつく抱きしめた。

「ひとりにしてごめん」

「おにいちゃん」

明生は僕の胸の中で安堵したのか、ますます泣きじゃくった。

「ほんとうにごめんね」

明生に会えた安堵感と、ひとりにさせてしまった罪悪感が入り交じった複雑な気持ちだった。

明生が泣きやんできたので、僕はまだ涙を浮かべているその目を指で拭った。
明生は呼吸を整えるとやがて口を開いた。

「心配になったの。おにいちゃんの帰りがおそいから、おなかが痛いって言ってたから、だいじょうぶかなって。だからおにいちゃんをさがしてたの」

俯いたまま明生は呟くように言った。
この子は。僕を心配してくれたのか。ひとりで心細かったはずなのに。

「そうだったのか。心配掛けてごめんね」

「うん」

「ありがとう。明生は優しいね」

僕はもう一度、明生を抱きしめた。


遊園地からの帰り道。夕陽に照らされて、空もビルも真っ赤に染まっていた。
僕と明生は手をつないで歩いていた。もうはぐれることはない。
明生の左手には茶色のクマのぬいぐるみがある。これは今日のお詫びに僕がプレゼントしたものだ
「今日は楽しかったかい?」

僕は明生に訊いた。

「たのしかったよ。迷子になっちゃったけどね」
そう言って、明生は僕に笑顔を見せた。

「ごめんね。今度からは絶対に明生をひとりにしないから」

「うん。……ねぇ」

明生は僕と目を合わせた。
「なに?」
「また遊園地いこうね……パパ」
そう言って明生ははにかんだ。

「そうだね。またいこう」
僕は、そんな明生がとても愛おしいと思った。


この日、僕は明生の『パパ』になった。


このたびは僕の小説を読んでいただきありがとうございます。
人生で初めて書いた小説なので、変なところが多いと思います。
ご意見・ご感想がありましたら、是非よろしくお願いします。













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