魅月町・表裏の月(6/14)PDFで表示縦書き表示RDF



木崎 怜子 (きざき れいこ)通称レイ、 レイ姐
15歳・中学3年
小学生の家庭教師のバイトをしている。元ヴォーカル担当で、ハスキーな声に定評があった。
魅月町・表裏の月
作:徳山 ノガタ



第5章・上(気)弦


「うぅ……頭イタイ……」

 朝、智華はフラフラと家を出た。ん?また朝の場面から始めるのか。まぁいい。

「レイ姐、ジュースだって言ってたけど……あれ絶対アルコール入ってたよ……たぶん」

 昨日の放課後、怜子の家に行った智華は、自分がどうやって帰宅したのかさえ覚えていなかった。気がついたら朝、自分のベッドに寝ていた。

「え〜と、レイ姐の家で最初に学校の宿題やって、そんで……息抜きにジュース出してくれて……そこからの記憶がない」

 ブツブツと言いながら歩いている。そして、突然ふと思い出したように立ち止まった。

「あたし、まさのアパート行っていいのかな……?」

 それは、初めは小さな囁きにすぎなかった。しかし、一旦意識して考えだすと急に不安になってくる。

「あたしが行かなくても、まさにはユキノちゃんが……」

 それに、昨日練習に顔を出さなかった後ろめたさもある。

(どうしよう……)

 立ち止ったまま考えていると、すぐ後ろでキキキッと金属音がした。ビクッとする智華の横を、自転車に乗った学生がギリギリで通り抜ける。

(歩道の真ん中に突っ立ってたらジャマよね)

 仕方なく、智華は歩き始めた。その間にも、智華は頭の中で何度も言葉を繰り返していた。

(どうしよう、どうしよう、どうしよう……)

 いつまでたっても、考えは定まらない。

 そして気が付いた。

「やば……考えてる間に来ちゃった……」

 いつもの習慣で、足は自然に正法のアパートに向かっていたのだ。

「や、やっぱり引き返そうかな」

 踵を返そうとした時、智華の目が階段を上ろうとしている人物を捉えた。

「ユキノちゃん……」

 気づいた雪乃があげかけた足を下ろし、振り返って会釈する。

「……おはようございます」

「お、おはよっ」

 それ以上雪乃はなにも言わない。すぐに体の向きを戻してカン、カン、と錆びついた階段を上がって行く。

  智華の来訪を歓迎していないことは容易に感じられる。

(あぁ……)

 一歩一歩上がって行く雪乃の足音が、心の奥底にまで響く。ほんの小さな足音なのに、智華にはそれが何倍にも増幅して聞こえた。まるで審判の鐘の音のように。

「待って!」

 叫ぶや否や、智華は走り出した。階段を上りきったところで雪乃に追いつき、狭い廊下で強引に追い越す。

 後ろで雪乃が驚いたような顔をしているが、気にしている暇はない。正法の部屋の前に立ち、大きく息を吸う。

 逸る動悸を抑えて息を止める。――不安を拭う方法は、これしか思いつかなかった。

「起きろー! まさー!」

 ドアに言葉を叩きつける。ジーンと空気が振動するような気がした。

 コツ、コツ……雪乃がマイペースで歩いてくる。そして、ドアをノックしようとした時だった。

「とも、か……?」

 ドアが開き、赤い目をした正法が出てくる。

「まさ、あの、昨日……」

「来てくれたんだ」

「え?」

 正法は眠そうに目をこすりつつ、きまり悪そうに空いた手で頭を掻く。

「いや、もしかしたら来てくれないかもって思ってさ。昨日レイに練習来ないって聞いたとき、とうとう見捨てられたかもって……」

「……」

「……おはようございます。正法先輩」

「っおわ!? ユ、ユキノちゃんいたの!?」

「さっきから……」

 空気を読まない子だ。いや、むしろ空気を読んだ上での割り込みだろう。

「時間、急いだ方がいいんじゃないですか?」

「っそうだった! 待ってて、二人とも!」

 正法は急いで奥に引っ込んでいく。

 ドアが閉まると、静寂が戻った。

(二人とも、ね。ま、許してやるか)

 智華は、勇気を出して雪乃に声をかける。

「ねぇ、ユキノちゃん」

「はい?」

「昨日の練習、どうだった?」

「……みなさん、スゴク上手くて。ついて行くのが精一杯でした」

「へえ」

「……」

「……」

 会話が続かない。智華はなにか別の話題を見つけようとする。

「あ、ねぇ」

「でも……」

 一瞬、二人の口が止まる。

「どうぞ。続けて」

「でも、智華先輩がいないと、その……物足りないって言ってました。正法先輩が」

「まさが……?」

「おまたせ〜」

 正法が出てきて、会話は中断された。

「ちょっと時間ヤバイから走るか」

「誰のせいで時間ヤバイんだ?」

「うっせーよ」

 そして、三人はアパートを出て走り出した。

「まさ」

「ん?」

 道路に出たところで、声をかける。

「嬉しいこと言ってくれるじゃん」

「は? なにが?」

 正法が智華の顔を見る。

「なーんでしょっ」

 智華は前を向いたまま、ペースを上げて二人を引き離す。

「あ、待てコラ!」

「智華先輩、速い……」

  ――乙女心と秋の空、あるいは政治家の言い分、あるいは子どもの興味対象、もしくは若者のブーム……まぁとにかく、コロコロと変わるものである。



「レイ姐〜!」

「おっ、とも。その顔は成功したな」

「成功?」

「男ってのはね、一度離れないと気付かないものなのよ。鈍感だから」

 相変わらず窓の外を見ながら、怜子は語る。その隣に智華がやってくる。

「レイ姐。……気付かないって、なにに?」

「は?」

「ねー、なにに気付かないの?」

 怜子の腕を掴んで揺さぶる。本当にわからない、という目だ。

「わからないの?」

「わかんない」

「……あんたも鈍感ね」

「だから、なにが〜?」

 ともあれ一見落着、に見えたが、智華の上機嫌は長く続かなかった。












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