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おてんば伯爵令嬢のやんごとなき結婚 作者:ピヨ/七海ちよ
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06.「あなたを見ていただけだよ」



 紗の天蓋越しに朝の温かな日差しを感じ、ファニアは薄っすらと目を開ける。頭がぼんやりして、一瞬自身が寝ていたことも分からなかった。

「おはよう」

 声を掛けられて、ようやくそこに自分以外の人間がいることに気付いた。シーツと同じくらい白く、けれどキラキラと輝く銀糸の髪に、秋の青空のように澄んだ色の瞳。
 んー……とぼんやり考える。これは何だ? と考えて徐々に頭が状況を整理し始め、

「――っ!」

 そして、閃いた。先程までぼんやりしていたのが嘘のように、状況を理解したファニアは勢いよく飛び起きる。

「で、でっでっで、殿下!?」
「驚いた。あんまり勢いよく起きるから」

 シルヴェリオからふわふわと柔らかな笑い声がこぼれる。
 大袈裟に驚いてしまった自身が恥ずかしくて、ファニアはもう、枕と敷布の間に顔を突っ込んでしまいたかった。間抜けになると容易に想像できたので、何とかそれを自重する。

 そんな彼女を寝転んだまま眺めるシルヴェリオには、寝ぼけている様子がない。もしかしたら、随分先に起きてファニアの寝顔を眺めていたのかもしれない。

 そうだったらどうしよう、と戦々恐々とする。彼女も女性の端くれであるならば、間抜けな寝顔を見られた、と思えば気が気ではなかった。

 もっとも、普段からシルヴェリオはファニアが目覚めるよりも早く寝室から出ていく。つまり彼女の寝顔などいくらでも見ているだろうが、今のファニアにそこまで思い至るほどの心の余裕はなかった。

「な、なにをし、していらっしゃるので……?」
「あなたを見ていただけだよ。寝坊してしまったから、せっかくだし今朝はゆっくりしようと思ってね 」

 その発言で、寝顔を眺められていたことが、彼女の中で確定する。無性に恥ずかしい。変な顔をしていなかっただろうか。心配で落ち着かない。

「昨夜はありがとう。ファニアのおかげでよく眠れたよ」

 そう言って、シルヴェリオは身体を起こす。頭を撫でるように、彼の指がそっと向かい合った彼女の薔薇色の髪を梳いた。
 その言葉を受け、羞恥心を振り払った彼女は慌てて彼に詰め寄る。

「そうだ、体調! お身体の具合はいかがですか?」
「うん、よくなったよ。咳も治まったしね」

 よかった、とファニアは思わずといったように呟く。聞いているだけで胸が痛むほど咳き込んでいたので、朝になっても治まってなかったらどうしよう、と思っていたのだ。朝日の中向き合うシルヴェリオは、心なしか顔色もいいような気がする。

 安心すると、じわじわと不思議な心地が膨れ上がってきた。目が覚める頃にはいつもいなくなっているはずの彼が、今も隣にいる。こんなことは初めてで、どうにも落ち着かない。

「あ、あの! 大したことはできませんが、その! 昨夜のようなことなら、私でもできますので、だから、えっと……もしまた体調が優れないときは、いつでもご用命ください!」

 そわそわとする気持ちを押しとどめ、ファニアは挙手でもしそうな勢いでそう言った。
 しかし、言ってからはっと我に返る。体調がよくなったのは、ファニアが背中を撫でていたからではないだろう。背を撫でるのは、医療行為ではないのだから。

 それなのにまるで、自分が撫でたからよくなった、とでも言いたげな発言をしてしまった。これでは少々自惚れが過ぎる。
 シルヴェリオは一度目を丸くし、それからファニアの懸念を否定するように、ゆっくりと微笑んだ。

「それは……いいね。どんな薬よりも、よく効きそうだ」

 そう言って、シルヴェリオは笑う。元々よく笑う人だった。柔和に微笑んで、いつだって人を安心させるような表情をしている。
 けれど、今の顔。『破顔』するという表現がぴったりで、微笑みよりもずっと楽しそうに感じた。

「さて。せっかくだし、共に朝食を摂ろうか」

 シルヴェリオの言葉に、ファニアは慌てて俯き、はい、と返事をした。彼は、寝台に何の未練もないようにあっさりとそこから抜け出したが、ファニアは固まったまま動けない。
 先ほどのシルヴェリオの表情が、脳裏に焼き付いて離れなかった。

 ずっと微笑んでくれていた、優しい彼の顔。その顔をすぐに思い浮かべられるのに、どうしてだかファニアはまるで初めて笑ってくれたような心地だった。

 頬から耳まで、熱くなる。シルヴェリオが着替えのための部屋へ移動し、侍女であるオルガとミーナが迎えにくるまで、ファニアは顔を上げることができなかった。


 ◇◆◇


 初めてのシルヴェリオとの朝食の時間は、ファニアにとってこれ以上なく緊張するものとなった。
 真っ白になった頭では、叩き込んでいたはずの礼儀作法もよく分からなくなりそうで、慎重に、慎重に手を付けた。

 その緊張が伝わってしまったのだろう。もっと気を楽にして、とシルヴェリオを苦笑させてしまった。気を使わせたことが申し訳なく、緊張を悟られることが恥ずかしくて、ファニアの食事はますますぎこちなくなってしまう。

 緊張の朝食が終わると、シルヴェリオは政務に戻る。元気になったとは言っていたが、昨夜の様子を思えば体調が心配だ。

「今日は予定を調整して、少しゆっくりするよ」

 そんなファニアの心情を察したのだろう。シルヴェリオは先回りして、そう口にした。そのことに彼女がほっと安堵すると、彼は、あ、と今閃いたというように声を上げる。

「あなたの今日の予定はどうだろう? 午後から少し空けられるかい?」

 問われて、ファニアはそばに控えていたオルガを振り返る。彼女の用事と言えば、王子妃としての『勉強』となるのだが、その予定を管理しているのはオルガだった。
 ファニアに目を向けられた彼女は、シルヴェリオの前ということもあり、頭を下げたまま口を開く。

「昼食後、ダンスの先生がいらっしゃいますが、それが終わればファニア様にご予定はございません」

 それを聞いてファニアは少々気分が下がる。他の礼儀作法などは何とか頭に叩き込み、授業時間を減らせているが、ダンスだけは中々上達の兆しが見られなかった。
 身体を動かすこと自体は好きなのに、相手と調子を合わせて踊る、ということがどうしても苦手だった。

「そう。それじゃあ、ファニア。ダンスの授業が終われば、少し私に付き合ってもらえるかな?」

 シルヴェリオにそう言われれば、当然ながらファニアに断る理由などない。

「それはもちろん構いませんが……どういったご用向きでしょう?」
「それはまた昼食後に、ね」

 シルヴェリオが悪戯に微笑む。何か含みを感じさせる表情に、彼女はどぎまぎしてしまう。とりあえず、今その用向きを説明してくれる気がないのは伝わった。

 ファニアは一体何があるというのだろう、と好奇心と些かの不安を膨らませながら、再度了承の旨を伝えた。



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