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おてんば伯爵令嬢のやんごとなき結婚 作者:ピヨ/七海ちよ
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12.「最近、困りごとでもできた?」



 様子がおかしいなんて、ファニアが一番よく分かっていた。
 シルヴェリオの顔を見ると、突然血行がよくなりすぎて、顔が熱くなる。落ち着かなくて、居心地が悪くて、ついつい俯いてしまう。

 自身の変化がよく分からない。様子がおかしくなるのに、それでも会いたくないとは思わなかった。戸惑いながらもなんとかそれをひた隠しにして、シルヴェリオと向き合うようにしている。

「最近、困りごとでもできた?」

 彼はそんなファニアに対し、言葉を変えては尋ねてくれた。けれど何もないから、彼女はただ首を横に振ることしかできない。何もないのに、どうしてこんなにもおかしくなっているのだろう、と思う。

「いいえ、何もありません」
「それならいいけれど、何かあるならすぐに言ってほしい。あなたの願いは、できるだけ叶えたいと思っているから」

 シルヴェリオは、結婚当初から繰り返しそう口にした。いつだって優しくしてくれる。ファニアが彼の妃だからだろう。
 夜、寝台の中で、夫婦がすべきことを果たせているのかも分からないが、それでもファニアは彼の妃だった。

 その内、聞いてみたいと思っていた。どうして、自身を妻に選んだのか。理由を知りたかった。けれど、月日が経つにつれ、シルヴェリオと共に過ごせば過ごすほど、ファニアの口は鈍重になって尋ねることができない。返答を想像してみようとするたび、無意識に慌ててその考えを振り払っていた。

 そんなある晩、シルヴェリオから問われた。国民へ向けての妃のお披露目の日が、間近に迫ったときのことだった。

「ファニアは剣が好きだったね?」

 確認するような響き。問いかけに素直に頷いたが、それよりも彼女はシルヴェリオの様子が気にかかって仕方がなかった。どうにも、普段以上に顔色が悪い気がするのだ。

「はい。恥ずかしながら、実家ではよく鍛練を行っておりました」

 剣を趣味としていたことはすでに知られているので、ファニアは素直にそれを認めた。寝室の長椅子に並んで腰かけたシルヴェリオは、一つ頷いて言葉を続ける。

「もう少しすれば、あなたがここでも剣の鍛錬をできるよう、取り計らえると思う。だから、待っていてもらえるかな」

 ファニアはいたく驚いた。ヴィルジネ王国において、女性が剣を持つことはけして褒められたことではない。だからこそ、結婚が決まったとき、二度と剣を持つことは叶わないだろう、と覚悟したのだ。

 まさか、シルヴェリオがそんなことを考えてくれていたなんて、思ってもみなかったのだ。

「あの、でも……そんなことをしたら、何か言われませんか? 王子の妃がそんな、はしたないと言われること」

 口さがない人が、きっとファニアを悪く言うだろう。いくら王子の妃とはいえ、否、王子の妃だからこそ、悪い噂は簡単に広がる。

 彼女の評判は、すなわちシルヴェリオの評判ともなる。自分のせいで彼が悪く言われたら、と思うとファニアは不安でならなかった。

 第一王子でありながら、現王妃の子どもではなく、立太子もされていないシルヴェリオの立場は、簡単ではない。それはファニアも理解している。だからこそ、誰かの悪意が彼に向かないか、と考えてしまう。

「あなたはそんなこと、気にしなくていいんだよ。あなたの望むことをして、あなたの望むように振る舞えばいい。それで何か言う人がいても、ファニアが気にすることではないよ」

 シルヴェリオの言葉は、ファニアの懸念を払拭するものではなかった。彼はただ、いいよ、と言ったのだ。それでもいいよ、何を言われてもいいよ、そう言っただけ。
 ファニアは向かい合っているはずの彼に、たまらず非難を込めた目を向ける。そんな許しは、彼女の求めるものではなかった。

「……私は剣が好きです。身体を動かすことを、楽しく感じます。けれど、」

 彼の言葉は、遠回しに彼を悪く言う人の存在を示唆するものだった。それなのに、彼はファニアの評判が自身の評判に繋がると理解しながら、いいよ、と言った。

「それは、あなたを貶める材料にさせてまで、行いたいことではありません」

 ファニアは彼の妃だ。彼は、ファニアの夫だ。大切にしなければならなくて、大切にしたいと思っている人だ。誰よりも信頼し合い、思いやるべき相手だと思っている。二人は、夫婦なのだから。
 そうでなくとも、十三歳のあのとき。自身の性を憎むように生きていたファニアに、一つの許しを与えてくれた。シルヴェリオは確かに彼女の恩人だった。

「そんなことは、許しません。あなたを貶めた相手も、貶めさせた私自身も」

 きっとファニアは我慢できない。彼を貶められるなど、あってはならないことなのだ。ファニアが、許さない。それを何でもないことのように許容する彼自身も。

「だから私は、剣を持ちません。私は、あなたの妃となったのですから」

 これまで、心の中でとどめていた剣を断つという決意を、初めて口に出す。猛烈に不安で、心細い気持ちになる。覚悟して嫁いだと言っても、未練はあった。

 それでも、ファニアはできるだけはっきりと言い切った。それは決意であり、シルヴェリオに対する誓いでもあった。

「ファニア……」

 名を呼ばれ、彼女はようやく感情的になりすぎたことに気付く。元々直情的な性質ではあった。だからこそ、言葉や振る舞いには気を付けていたのに。

「私は、あなたの慰めになればと思ったんだ」

 ファニアが失礼な振る舞いをした、と謝罪を口にする前に、シルヴェリオはそう言葉を続けた。

「最近様子がおかしかったから、好きなことをしてあなたの慰めになれば、と」

 その言葉と共に浮かんだシルヴェリオの表情は、ファニアが初めて見るものだった。
 困ったように眉を下げ、それでもシルヴェリオは笑っていた。仕方がないなあ、とでも言いそうな顔だった。その癖否定や負の感情は感じられず、妙に明るい印象を受ける。

「まさか私の方が、慰められるなんて」

 それから、シルヴェリオは柔らかく笑った。微笑みよりもずっと素直な笑顔で、思いもよらない出来事に、心が湧きたつような表情に見える。

「あなたが妃となってくれて、私は幸せ者だ」

 そう、シルヴェリオは語った。まるで夢のようだ、と紡がれた言葉はファニアに向けられている。
 それは私の方だと、彼の妃となれて幸せだと、ファニアは心底からそう思った。


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