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おてんば伯爵令嬢のやんごとなき結婚 作者:ピヨ/七海ちよ
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11.「花……?」



 シルヴェリオに相談する、と決めれば覚悟するしかない。ミーナに励まされ、退出していく侍女二人を見送ったファニアはいつもの長椅子に腰掛ける。その膝の上でこぶしを握っていた。

 それでもやはり落ち着かなくて、彼女はすぐに立ち上がり、部屋の中をうろつき始める。ぐるぐると室内を回り、最終的に大きな窓を開け、バルコニーに出た。

 両開きの窓を開ければ、王宮の外壁に合わせた白いバルコニーがある。今夜は星があまりよく見えない。バルコニーから見渡す先は真っ暗な闇に包まれている。

 点々と見られる光は松明だろうか。こんな時間でも、騎士団は王宮を護り、城下では警邏隊が街を見回っているという。ほとんど真っ暗な夜の中でも人の存在を感じられた。

 空を見上げれば、細い三日月が見える。光は淡くくすんでいて、雲がかかっているのかもしれない。明日は雨になるのだろうか、と取り留めのないことを考えていれば、少々気が紛れた。

 しばらく空を見上げ、ようやく変に入っていた肩の力を抜く。ちょうどそのとき、部屋の扉の外から、シルヴェリオの来訪を告げるノックの音が届いた。

 慌てて室内に戻ろうと外へ背を向け、室内に一歩踏み込んだところ、小さな物音が聞こえた。何か乾いたものが地面に落ちるような、ささやかな音。

 どこから聞こえたのだろう、とあたりをきょろきょろと見回す。右、左、上、と首を振ってふと視線を落とすと、立ち去ろうとしていたバルコニーについ先程までなかったはずのものが置かれていた。

「花……?」

 窓際にある燭台の光を受け、橙に染まっているそれは一抱えほどある花束だった。火の色に染まっているので、おそらくは淡い色で纏められているのだろう。

 どうしてこんなものがここにあるのか。つい先程まではこの場になかったはず。ファニアは盛大に疑問符を飛ばす。
 まさかこんな目立つものを見過ごすはずがないだろう。今ちょうど歩いたと思われるところに落ちていたのに。

「ファニア?」

 拾い上げたところで、室内から声を掛けられる。シルヴェリオはいつものように髪をおろし、肩にはガウンを羽織っていた。彼はファニアの腕の中の花束に目を向ける。

「どうしたんだい、それ」
「それが……私にもよく……」

 何なのか、それはファニアも知りたい。もしかして上の階から降ってきたのだろうか、と見上げてみたが、暗い夜の中では月明かりくらいしか確認できるものはなかった。

「先程まで確かになかったのですが、物音がして振り返るとこれが……」

 説明しながら、自分でも変なことを言っていると思う。誰もいないバルコニーに突然花束が置かれているなど、あるはずがない。
 理解ができないことにファニアは困惑し、自分の認識や記憶を疑ってしまいたくなる。

「……ああ、そうか」

 しかし、そんなファニアとは違い、シルヴェリオは彼女のその要領を得ない回答で合点がいったように頷く。

「きっと結婚祝いだね」

 結婚祝い――? 戸惑いが顔に出ていたのだろう。シルヴェリオは簡潔に補足してくれた。

「私と、ファニアの」
「あの、これが結婚祝いだとして、それがどうしてこんなところに……? それも、私の勘違いでなければ一瞬目を離した隙に置かれていたのです。こんな夜中の、こんな高い位置にあるバルコニーに」
「そういう人なんだよ」

 まるで納得のいかない説明だった。王宮の上層階にどうやって花束を置いて、ファニアに見つかることなく姿を消すのか。当然、バルコニーから一歩踏み出せば、真っ逆さまに地面へ激突する。どう考えても命を落とすだろう。

 だからと言って、花束が置かれてすぐ、バルコニーを振り返ったファニアの隣を通り抜け、室内に潜むことも不可能だ。

「風が冷たいから、こちらへおいで」

 シルヴェリオに促され、彼女は慌てて室内に戻る。すると彼がそっと手を伸ばし、ファニアの腕の中の花束を手に取った。
 突然出現した花束に動揺するあまりうっかりしていたが、こうして彼が間近にいると、途端に先程までの落ち着かない気持ちを思い出した。心臓が慌ただしく活動し始める。

「ファニアは、魔女を知っているかい?」
「魔女……? 御伽噺でよく出てくるあの、魔女ですか?」

 あるときは欲望のままに振る舞い、あるときは悪戯に人を狂わせ、またあるときは人に希望をもたらす救い手となる。ヴィルジネ王国で語られる魔女は、御伽噺の中であらゆる側面を見せた。

「そう、それだよ。御伽噺の中の住人だ。けれどね、本当にいるんだよ。人とは違う営みの中で、人とは違う時間を生きている。子どもみたいに気まぐれで、我儘な、理屈の通らない魔女が」

 シルヴェリオはどこか楽しそうに語った。相変わらずの微笑みを浮かべ、意地の悪い言い方をすれば、面白がるような調子で。

「……お会いされたことがあるのですか?」

 そう尋ねたのは、彼の言葉に実感が伴っているように感じたからだ。シルヴェリオは目を伏せ、花束を見つめる。過去を思い返しているようだった。

「うん。一度だけね。それ以来、時々こうして気配だけを残していくんだ。きっとこれも、魔女からの祝福だろう」

『魔女』などという御伽噺の中の存在を語られて、けれどファニアはからかわれているとは思わなかった。シルヴェリオの言葉にはどこにも浮ついた調子はなく、真実味を帯びている。何よりファニアの知る彼は、そうした冗談を言う人ではなかった。

 だから、きっと本当に会ったことがあるのだろう、と思った。彼が言うならば、魔女は確かに存在するのだろう、と。
 ただ、花に目を向けるシルヴェリオの横顔が、妙に引っかかる。彼の言葉を疑ってはいないのに、素直に納得できない。

 何だか、そう……彼の先程の言葉には、自嘲のような響きがあった気がした。

「そろそろ休もうか」

 部屋の外の兵士に花を預けたシルヴェリオが、ファニアを寝台に導く。花を預けてからの彼は、いつもの様子に見えた。微笑みにも、自嘲だと感じたときの面影はない。

「おやすみ、ファニア」

 寝台に身体を横たえ、いつものようにシルヴェリオの声が聞こえる。それに応えようとすると共に、真っ暗になった室内で気配を感じたファニアは、はっと気づいて咄嗟に手を出した。

「あっ、あの!」

 額にキスをしようとしていたシルヴェリオの身体に手をつき、咄嗟にそれを押しとどめた。顔が熱い。心臓が暴れるように動き、動悸が収まらない。

 そうだ、今日は今のように謎の心身の不調に悩まされていたのだ、と再度思い出す。シルヴェリオのことを考えると、顔に熱が集まり、触れると火照っていると分かるほどだった。

「調子が……悪いので。すみません……」

 なんとかそ言い訳にもならないような言葉だけを搾りだして、ファニアは寝台に潜り込む。熱があるのだろうか、けれどこれまで引いたことのある風邪ともどうにも様子が違う。

 そのことを相談したかったのに、こんな状態では今日は相談できそうになかった。移ることはないと思いながら、万が一シルヴェリオに移さないために、できるだけ彼に背を向けて丸まる。

「そう、おやすみ」

 ファニアのつたない説明でも納得してくれたのか、シルヴェリオはいつもの調子で、優しく眠りの挨拶をしてくれた。

「おやすみなさいませ、殿下」

 そのことに安堵して、ファニアは絞り出すように言葉を返す。
 背中から寝息が聞こえても、その晩彼女はなかなか寝付けなかった。


 ◇◆◇


 その日、ファニアは夢を見た。柔らかな白い光の降り注ぐ花畑で、両手を広げて寝転んでいた。
 身に付けているのは簡素なドレスで、普段着なくてはいけないドレスよりも余程動きやすく、ファニアはすぐにそれを気に入った。

 むくりと起き上がれば、視界の先に大きな木が生えていることに気付く。青々とした葉を揺らす木陰に、誰かが立っているような気がして立ち上がれば、腕を引かれて振り返る。

『おめでとう』

 真っ黒なローブをまとった人物が、ファニアの腕を掴んでいた。顔のほとんどはローブで隠されていて、わずかに覗く赤い唇とほっそりとした白い輪郭から何となく女性だろうと思った。

『――嬉しいね。楽しいね。よかったね』

 そんな風に言われるいわれが分からなくて、ファニアは薔薇色の髪を揺らして首を傾げる。そこでようやく、自身が髪をおろしていることに気付いた。

『おめでとう』

 声は、女性のようにも、声変わり前の少年のようにも聞こえる不思議なものだった。
 声と共に花が降ってくる。薄紅、白、黄、薄青、紫。彩とりどりの花が、祝福するようにファニアへ降り注いだ。

 何がおめでとうなのだろう、と思う。この人は何を祝うためにきた、誰なのだろう、と。頭がぼんやりとして、不思議に思うのに考えられない。

 気になる。気になるのに、分からない。そうしてだんだん何が気になるのかも分からなくなって――

「え?」

 ぱちり、瞬きをする。視界に映るのは、見慣れた天蓋。窓の外からはたっぷりの光が降り注ぎ、今が朝なのだと告げている。
 そこでようやく、ファニアは夢から覚めたことを自覚する。隣を見れば、シルヴェリオがいない。彼は起床してすでに寝室から出たあとのようだった。

「夢……?」

 夢でしかありえない。それなのに、ファニアはそんな風に呟いてしまう。夢というにはあまりにも心に引っ掛かりが残っていた。


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