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異世界編 8

 朝、宿で食事を取り終えた私たちは、早速武器屋に向かうことにする。

 ちなみにフェンリルは、宿でお留守番だ。
 流石に“ヌイグルミ”を抱えたまま、武器なんて見に行けば変だからだ。


「クオくん、どんな武器がいいの?」
 武器屋の中には様々な武器が並べられており、わくわくしてしまう。
 現代日本で見ることの出来る、こういった武器らしきものなんて包丁やナイフくらいだし、イミテーションだって見ることは稀だ。
 興奮しない方がおかしい。
 私はきっと使うこともなく異世界生活を終えると思うので、今のうちに目に焼き付けておこう。


「……ええと、これがいい感じ、でしょうか?」
 そう言って彼が手に取ったのは、刃渡り50センチほどの鉄で出来た片手剣だ。
 大人が持てば片手剣だが、クオくんが持つと明らかに両手剣である。

 彼が鞘から抜き、その場で少し振ってみるが、見るからに剣に振り回されていて、危なかっしい。


「……後で軽くする魔法をかけてあげるよ」
「えっと、お願いします……」
 風属性は変化を司る属性だ。
 だから、姿を変えたり、物の性質を変える魔法がある。それで重量を軽くすれば、だいぶ扱いやすくなるだろう。

 ただ、軽くする=威力が落ちる、の等式が当たり前に成り立つため、その内元の重さでも振れるようにならなければいけないが。
 あと、永続的に効果が続くわけではないので、物の性質を変えた上で、武器屋に売り込みがっぽがっぽ、とかは出来ない。やってもいいが完全に詐欺だろう。
 異世界だとしても、あまり人様に後ろめたいことはしたくない。


「ええと、買えるかな? ……あ、銀貨5枚だって。意外と安い」
 高めの服≒この鉄剣というのは、相場としてどうなんだろう、と思う。
 武器ってもっと高いイメージがついていたのだけれど。

 この剣の品質が悪く特別に安いのかとも考えたが、回りの片手剣を見ても同じような値段だ。
 でも、ここは魔物が出る世界だし、その分武器も多く出回っているはず。これくらいで当然なのだろうか?

 どこか釈然としないものを感じながら、会計を済ました。


「はい、クオくん」
「ありがとうございます!」
 嬉しそうな表情で、剣を受け取るクオくん。
 腰につけるためのベルトも一緒に購入したので、早速、腰の左側に取り付けていた。

 ……ああ、子供剣士って感じが実に可愛らしい。


「次はギルドだね」
「はい!」
 二人横並びでギルドに向かう。その途中、人気がなくなったタイミングで殻を外に出しておいた。今日は五個しかないので持ちやすい。
 ギルドに入ると、今日もカウンターには、いつもの青いお姉さんがいた。

 が、今日はどこか様子がおかしく見える。
 彼女はこちらに気付くと、私たちを手招きした。


「……どうしたんですか?」
「ええと、チハルさんはメルカの森から来られたんですよね?」
「……そう、ですけど?」
 唐突な言葉に、首を傾げる。


「メルカの森の木が明らかに火事とは違う、不自然な形で焦げていたんです。ここ一週間以内のことだと思うのですが、何かご存知ないですか?」
 思わず、顔が引き攣った。
 それ私が犯人です、とも言えず。


「し、知りません」
「僕も判らないです」
「……そうですか。何かわかりましたら、私までお願いしますね?」
 とりあえず誤魔化しておいた。
 お姉さんは気を取り直すように一度咳払いをし、表情を引き締める。


「さて、今日はどういったご用件ですか?」
「とりあえず、これ持ってきました。あと、クオくんのカードを再発行してほしくて」
「はい、承りました」
 持ちっぱなしだった殻を、どん、とカウンターの上に置くと、彼女はそれを確認してから以前の水晶をカウンター下から取り出す。


「では、こちらに手を」
「あ、はい」
 クオくんが言われるままに水晶に手を乗せる。以前のやり取りの後、水晶からはカードが吐き出された。


「はい、これで終わりです」
「えっと、ありがとうございました!」
 カードを手に、彼が礼儀正しくお礼する。私も一緒に頭を下げた。


「ねえ、クオくん、見せて見せてー」
 後ろから、クオくんのカード……略してクオカードを覗き込む。
 彼がオープン、と言うと、白紙だったそれに情報が表示された。


『クオ=リーナス ランクD
 職業 なし
 出身 イーディの村』


「あ、職業が“なし”になってる……。クオくん、このままでいい?」
「えっと……変えられるんですか?」
「大丈夫ですよね?」
 カードから顔を上げ、お姉さんに問いかける。


「ええ、大丈夫です。ギルドランクは職業を別のものに変えるとリセットされますので、もし依頼を受けるつもりがあるのなら、早めに変えたほうがいいでしょう」
「え、そうなんですか!?」
 初耳だった。
 じゃあ、水の魔法使い→水風の二色魔法使いに変更したら、ランクは戻ってしまうのだろうか。


「ええ。たとえば市民が戦士に転職したとして、市民のときの実績が役に立つかと言えば、立たないですよね? ですから、ランクがリセットされるようになっているんです。ただ、例えば魔法が使えることが発覚して、剣士が魔法剣士になった場合などは、元の実績が役に立つと判断されるので、特例としてリセットされません」
「へー」
 ならば、もし魔法使いの属性を変更しても、ランクは元のまま、と考えてよいだろう。
 少し安心した。


「じゃあ、クオくん、剣士にしてもらう?」
「えっと、お願いします!」
「はい、承りました」
 剣士には魔法と違い適正が必要ないからか、私の時のように実技を求められることもなく、手続きは進む。
 ついでに昨日受けた依頼を、二人パーティで受けることに変更できないか、と聞くと可能らしいので、そうしてもらった。


「じゃあ行こうか?」
「はい!」
 私たちは、のんびりと歩いて街道に向かった。






 数メートル距離をあけ、私達と相対するのは、茂みから単身で飛び出してきた、狼みたいな黒い毛色の魔物。名はウルフ。

 その魔物は低い唸り声を上げ、毛を逆立てて私達を威嚇してくる。
 首の裏がちりちりするような、妙な感覚。エスカルーナの時には無かったそれを感じて、私はごくりと唾を飲んだ。
 もしかして、これって殺意とか殺気とか、そういう類のものなのだろうか。


 私の二歩ほど前で、クオくんは緊張感に満ちた表情を浮かべ、剣を構えながらウルフに対峙する。
 一瞬の、まるで時間が止まったような錯覚の後。

 1人と1匹が、動いた。


「……はぁっ!」
 剣が上から下に振り下ろされる。が、それはウルフの毛を掠っただけ。左に避けたウルフは、クオくん目掛け飛び掛った。

 が、弾き飛ばされたのはクオくんではなく、ウルフ。
 街を出てすぐにかけておいた、自動防御魔法の効果だ。


「えいっ! えいっ!」
 掛け声と共に、横に振り、袈裟懸けに振るが、全くその剣筋は致命傷になりえない上、隙だらけだ。
 剣を持ったのが今日なのだから、仕方がないだろう。

 何度かウルフがクオくんに突っ込んでは弾かれたのを見て、この辺りが潮時だなと思い、口を開いた。


「『水よ、その清廉なる身で敵を切り裂け』」
 高圧の水が、ウルフの首を撥ねる。首のあった場所から勢いよく赤い血が噴き出すと、魔物はそのままばったりと倒れた。


「……うーん……」
 エスカルーナと違い、ウルフは元居た世界の狼に、とても似た魔物だ。そのため、かなり嫌な気分になり眉を顰めたが、まだ感触が残らないだけまし、と自分に言い聞かせる。
 それにクオくんは、全然平然としている。育った環境が違うとは言え、その姿勢は見習わなくては。
 出しっぱなしだった水を操作して、ウルフの尻尾を切り取る。それを拾い、カバンの中にぽいと放り入れた。


「クオくん、お疲れ様?」
「チハルさんっ……全然、駄目でしたっ……」
 ぜえぜえと肩を上下させ、彼は地面にへたりこむ。
 素振りすらやったことがないのに、いきなり魔物と戦うのは無謀すぎる。

 が、私は剣など教えることが出来ず、教えてもらえるような人にも心当たりがないのだから仕方がない。唯一あるとすればアルバートさんだが、隊長である彼にそんな暇はないだろう。

 そのため、クオくんと要相談の上、いきなり実戦に突っ込んでみたのだが、まだまだ先は長そうだ。


「まあ、これからだよ。今日は剣に慣れることから始めよう?」
「はいっ……ご迷惑をおかけしますが、宜しくお願いします……!」
「じゃあ、もう一回魔法をかけて……『風よ、その自由な身で我らを守護せよ』」
 ひゅん、と風が舞い、私達を暖かく包み込む。
 まだ魔法の効果は切れていないが、一応だ。


「じゃあ、次を探そうっか?」
「はい!」
 クオくんと、次の獲物を探す。
 ウルフ退治のノルマクリアまで、あと11体。






 その後夜までに、何度も休憩を挟みながら、ウルフ24体、ゴブリン30体を討伐できた。
 が、これでやっと銀貨14枚分だ。

 やっぱり殻回収の方が楽だし効率がいいよなあ、と口に出さず心中でぼやく。

 時間をかけた甲斐あって、クオくんも段々と剣に慣れてきたのが唯一の救いか。


「もうそろそろ暗いし、帰ろっか」
「そうですね」
 すっかり暗くなった空を、ふと見上げる。そういえばこの世界の月って、青いんだった、と改めて思った。

 青い月なんて、幻想的だけど。一体どうして青いのだろう、と考えると、途端に奇妙なものに思えてしまう。
 そもそも私達の世界の月が黄色っぽく見えるのは、太陽から放出される光のうち、黄色の光を最も反射するかららしい。
 もしかしたら光線の種類が違ったりするのかとも思ったが、太陽は見た限り私達の世界のものと殆ど同じに見える。朝方や夕方は赤くなるし、日中は白い。

 なら、あの月はどうして青いんだ?
 考えているだけではわからないので、隣を歩くクオくんに聞いてみた。


「ねえ、クオくん? 何で月って青いんだろうね?」
「え? ……どうしてかはわかりませんけど……でも、こんなおとぎ話がありますよ?」
 彼はそう言って、こんな話をしてくれた。



『この世界には、朝と昼と夕と夜の、四人の女神様がいました。
 朝と昼と夕の女神はとても豪奢で美しく、太陽の神は大層その三人を愛しておられました。
 そのため、朝と夕には赤い右目で、昼には白い左目で、太陽の神が毎日皆を見守っているのです。

 しかし夜の女神はとても素朴でお優しい方でしたので、華美を好む太陽の神に、愛されることはありませんでした。
 ある日、夜の女神は涙し、嘆きました。

「私一人が嫌われるだけならば構わない。でも、私のせいでみんなのための導が無いなんて……! 私はなんと言ってみんなに謝ればいいの?」
 その慈しみの心に惹かれた月の神が、彼女にこう告げました。

「ならば私が導となろう。そのかわり、私をお前の隣に居させてくれないか? お前の心の色は、とても美しくて、心地良いのだ」
 と。
 夜の女神は、それを受け入れ、彼らは共に過ごすようになりました。
 そしてその日から、月の神の青い右目が、毎夜皆を見守っているのです。

 ……月の神の左目ですか?
 彼の金色の左目は、愛しい彼女だけに向けられているので、残念ながら私たちが見ることは出来ません。
 もしも夜に金の月が浮かんだならば、もしかしたらその時は、月の神と夜の女神が喧嘩なんてしているのかもしれませんね。』



「へー……面白いね」
「そうですね。僕もこの話は好きです」
 おとぎ話というか、神話みたいな話だと思う。
 結局青い理由はわからないが、面白い話が聞けたので、それで良しとしよう。

 それによくよく考えてみたら、あちらの物理法則がこちらの世界にも当てはまるなんて道理はどこにもないのだ。考えるだけ無駄というやつだ。

 しかし、金色の月が喧嘩の色なのだとしたら、私の世界の神と女神は毎日喧嘩していることになるな、と少し笑ってしまった。
 仲良くなるのは新月の時くらいかな。

 そう考えて、ふと、今浮かんでいる月が満月だということに気付く。
 そして、昨日も満月だったなと思い出した。

 クオくんの話では、“神様は私たちを毎日見守っている”とのことなので、この世界では月の満ち欠けがないのかもしれない。

 月って満ち欠けするよね? とは流石に聞けないので、またその内確かめてみよう。


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