異世界編 3
「んっ……ふわ、あ、あー……」
異世界での初めての朝。
昨日は疲れていたために食事を取ってすぐに寝てしまったので、今日は服を買うところからはじめなくては。ギルドでの登録はその後になる。
「それにしても、ギルドかあ……」
依頼って魔物退治とかもあるかな。あったら楽に稼げそうなんだけど。生き物を殺すことに抵抗がないわけではないが、魔法は殺す感触が残らないし、必要であれば出来るだろう。
……あ、そもそもこの世界に魔法ってあるんだろうか。下巻のある世界だから勝手に剣と魔法のファンタジーな世界だと思い込んでいたけど、私の持つ上巻が地球にあったくらいだからな。
でもアルバートさんは、マジックアイテムとか言ってたっけ。なら、魔法はあるのかな。
しかし、魔法=失われた古代の技術だなんて認識されている可能性だってある。そんな中で、ぽんぽんと魔法を使うわけにはいかないだろう。
「ちゃんと確認しなきゃ」
ギルドでやんわりと聞いてみよう。それで、いくつか依頼を受けてお金を稼いで、生活を安定させよう。下巻の情報はそれからだ。
一刻も早く元の世界に戻りたいが、手掛かりすらない今、ただ我武者羅になるのは下策だ。……アルバートさんに早くお金も返したいし。魔法の練習も、いくらか生活が安定してからだな。
色々と考えていたら、くう、とお腹が鳴る。
「……よし、まずは顔洗って朝ごはんだー」
どこにいても朝の栄養摂取は大事なのです。
空腹を満たした私は、宿を出て街を歩く。ちなみに宿の料金は一泊朝晩食事つきで銀貨4枚だったので、とりあえず二泊することを伝えてある。よって今の手持ちは金貨1枚に銀貨2枚だ。
「さて、服はどこに売ってるかな?」
店や露天が並ぶ活気付いた市場の人ごみの中で、衣料品が売ってそうな場所を探し歩く。その辺りを歩く人たちの髪は、黒や茶の他にも赤や青など様々な色をしており、ここはやはり異世界なのだな、と少しニヤニヤした。
また、お祭りのような賑わいや、どこからか香ってくる美味しそうな臭いに、私の「面白そうセンサー」が大いに刺激され、さっきからわくわくしっぱなしだ。満腹になるまで朝食も食べたというのに、食欲もなんだか湧いてきた。
だが、とりあえず服だけは買ってしまわないと、どうにもこの恰好は目立つので、市場を回るのは後にする。苦渋の決断だった。好奇心<今にも壊れそうな壁<理性である。いつ不等号が逆転するか。
市場の売り物は食べ物やアクセサリーなどが多く、服や雑貨などは見当たらない。もう少し先の方に衣料品店はあるのか、それともこの通りにはないのか。
そう思いながらしばらく歩いてみる。剣や鎧、薬草や怪しい液体など様々なものが売っているが、やはり衣料品を売っているらしき店は見当たらない。そうこうしている内に、とうとう市場の端まで来てしまった。
そこでふと、懐かしい香りを感じる。これは……ソース?
「こんなとこでソース? ……なんだろう?」
そう思って辺りを見回せば、その匂いの発生源は、何か食べ物を売っている屋台だと気付いた。そこでは、バンダナで髪をまとめた恰幅のいいおばちゃんが、細長いお好み焼きのようなものを売っている。ただし、そのお好み焼きらしき食べ物には、見慣れた黒っぽいソースではなく白いソースがかかっていたが。
「ほうら、美味しいパニシュだよ! 一つ銅貨25枚!」
「……パニシュ?」
あの細いお好み焼きらしき食べ物はパニシュというらしい。うん、ちょっと食べてみたい。
よし、衣料品店について聞くついでに買ってみよう。
……あくまで買うのはついでだよ? うん。
「すみません、それ一つ……あ、いや、二つください」
二つにしたのは、少しでもお釣りを減らすためだ。二つ以上は手に持てそうに無い。かといって、釣りはいらねえぜ、なんて格好いいことは今の私には到底言えそうにないし。
「あいよ!」
彼女は満面の笑みを浮かべる。
銀貨を一枚渡せば、おばちゃんがパニシュを二つ包んでくれた。私は受け取ったパニシュを左手に持ち、銅貨50枚のお釣りは何とかポケットに突っ込んだ。わかっていたが、ポケットの中がすごくじゃらじゃらである。銅貨で膨らんだポケットを摩りながら、彼女に問いかける。
「あの、すみません。服ってどこに売ってますか?」
「ん? 服だって? ははは! 確かにアンタ変てこな恰好しているもんねえ!」
余計なお世話だ。
「この街に何軒か防具屋はあるけど……ここから一番近いのは、この先の十字路を左に曲がってすぐの所かねえ」
なるほど、服は防具屋にあるのか。衣料品店を想像していたから、鎧が置いている店はスルーしていた。でも確かに、ゲームでも「布の服」とか売ってるもんね。
「わかりました、ありがとうございます」
「いいってことさ、毎度あり! また来なよ!」
彼女は私に手を振って見送ってくれる。私はぺこ、と頭を下げて教えてもらった道を進む。
ずけずけと言ってくる部分もあったが、彼女はとても輝いていた。笑顔の眩しい、生き生きとした素敵なおばさんだった。この世界の人は、みんなあんな風に生気に満ちているのだろうか。
ぱく、と手に持ったパニシュを一口。
「あ、美味しい」
パニシュは、やっぱりお好み焼きみたいな味だった。白い色のソースは、普通にソースの味がした。何となく元の世界を思い出せる味で嬉しい。宿で食べたご飯は美味しかったけど、懐かしい味はしなかったから。
「……またあの店に買いに行こうっと」
私はそう呟いてから、黙々と手に持ったパニシュを平らげた。もう一個食べる余裕は無いので、帰ってから食べようっと。
防具屋に入った私は、ソースの匂いを撒き散らしながら、服を見ていく。先程から店員さんや他の客の視線が痛い気はするが、こればかりはどうしようもない。だが、早々に服を選ぶことは出来る。
とりあえず動きやすそうな薄い青のチュニックとその下に着る白のカットソー、それから桃色のワンピースを選ぶ。どちらも街中を歩く女の子たちの服装を参考にした。
それと、下着だ。ショーツはそれらしきものがあったが、ブラはなかったので、薄手のカットシャツを何着か買った。ブラが無いのはちょっと心もとない。今つけてるのを大事に使おう。
他には、カバンも売っていたので、物を入れるための肩掛けカバンも選ぶ。私が選んだのは、丈夫そうな革のカバンだ。ティルッタという魔物の革らしい。
それらに、合わせて金貨1枚と銅貨50枚を支払い、銀貨2枚をおつりとして受け取った。本当は銀貨8枚と銅貨60枚がお代だったのだが、店員さんにオマケしてもらった。
他にも、上靴のままで歩き回るのもどうかと思ったので靴も買おうかと思ったが、サンダルかブーツしか売っていなかった。試しにどちらも履いてみたが、上靴である今の靴のほうが明らかに歩きやすいため、今回は見送ることにする。
「ありがとうございましたー」
店でチュニックに着替えた私は、店員の声を背に外に出る。手に持っていたパニシュと、脱いだ制服、それに購入したワンピースは丁寧に畳んでカバンに押し込んであった。
そういえば次元魔法の中に、亜空間を作る魔法があったはずだ。あとでその魔法をかけて、入り口をこのバッグに繋げておこう。それで四次元バッグの誕生だ。
「さて、次はギルドだね」
既に、防具屋の店員にギルドの位置は聞いている。私は教えてもらった場所を目指し、ふらふらと蛇のような歩みで向かった。……つまり、いつの間にか不等号は、好奇心>木っ端微塵に壊された壁>理性になっていたということだ。ま、服も買ったし、少しくらいはいいよね?
ギルドの前に到着したのは、太陽が頭の真上を少し過ぎた頃だった。携帯をカバンの中でこっそりと見れば、2時を回っている。宿を出た時は、9時少し前だったはずなので、結構な時間楽しんでしまったようだ。
ギルドに入った私は、ざっと中を見回す。昼を過ぎているからか、あまり人は多くない。四つのカウンターがあり、それぞれ左からいかつい茶髪のオッサン、ひょろりとした緑髪の眼鏡の人、その次は誰もいなくて、一番右はとても美人な青い髪のお姉さんが受付をしている。私はもちろん、一番右のカウンターを選んだ。
「すみません」
「はい、なんでしょうか?」
「あの、ギルドカードの登録したいんです」
私の言葉に、お姉さんは一瞬絶句し、すぐに取り繕って笑顔を向けてくる。やはりこの年でギルドに登録する人は、かなり稀なのだろう。
私はほんの少し戸惑った様子の彼女に、自分の“設定”を伝える。
「えっと……私、ずっと森の奥でおばあちゃんと二人暮らししていたんです。でも、先日おばあちゃんが死んじゃったので……。だから、街というものに初めて来たんです」
「なるほど、そうでしたか。辛いことをお話させてしまって申し訳有りません」
「いえ、大丈夫です」
彼女の申し訳なさそうな表情に、笑顔で返す。彼女はその笑顔に気を取り直した様子で、顔を引き締めた。
「その様子ですと、門番の方にギルドやギルドカードについて聞いていると思いますが、もう一度説明させていただきます」
「はい、よろしくおねがいします」
私がそう頭を下げると、彼女は小さく微笑んでから説明し始める。
「ギルドには様々な依頼が寄せられます。草刈から魔物退治まで、その依頼は千差万別です。それに伴い、報酬額も大きく変わります。依頼はランクDからSまでにそれぞれ分けられ、自分の持つランクまでしか依頼は受けられません。また、職業によって受けられる依頼は当然変わってきます」
そりゃそうだろう。屈強な歴戦の戦士に草刈を頼んだり、一般市民に魔物退治を頼んだりするわけがない。
「それと、パーティーを結成――つまりは何人か一緒に依頼を受けることにした場合は、メンバーのランク平均値の依頼までが受けられます。この場合も、メンバーの職業によって依頼が受けられるかどうか決まります」
パーティか。今の私には関係のない話だな。
「登録者のギルドランクは、依頼をある程度達成することで徐々に上がっていきます」
「ある程度、ですか? 何回って決まっているわけじゃなくて?」
「はい。依頼によって得られるポイントが違いますし、パーティーを作っていたかどうかでもポイントが変わってきます。ですので、何回達成すれば、という決まった数字は無いんです」
確かに草刈と魔物退治では危険度が違うし、その扱いも変わってくる。個人かパーティーかでも、当然違うだろう。でも、貰えるポイントが違うだけならば、地道にいけば草刈だけでギルドランクSとかなる人もいるのかもしれない。いたら面白いな。
「また、ギルドは朝の9時から夜の9時まで開いています」
そう言って彼女は壁にかけられている時計を視線で示す。その視線を辿って壁時計を見れば、地球で良く見慣れたアナログ時計だった。短針は2の辺りを指し示している。どういうわけか、時間の流れは地球と同じようである。
「次はギルドカードについて説明いたします……」
ギルドカードについては、アルバートさんが教えてくれた以上に目新しい情報はなかった。強いて言うなら、カードの再発行には金貨1枚がかかりますのでくれぐれも失くさないように、くらいか。アルバートさん、流石です。その完璧な仕事に痺れます憧れます。
「では、ギルドに登録しますので、お名前を教えてください」
「チハルです。えっと、チハル=サガミです」
「チハル=サガミさん、ですね。職業はなんでしょうか?」
「職業……」
職業を言え、と言われても首を捻ってしまう。あっちの世界なら学生と即答するが、この世界でそれはないだろうし……魔法使いでいいのだろうか? でも、この世界に魔法があるかわからない。
私が困り果てていると、彼女がはっと気付いたように、補足してくれる。森の奥で過ごしていたという世間知らず設定は、思った以上に効力を発揮していた。
「そうですね……もし剣に自信があれば剣士、もし魔法が使えるのならば魔法使い、もし細工が得意なら細工師、大工になりたいのであれば大工……特に思いつかなければ無しで大丈夫です。職業の変更はいつでも出来ますので」
どうやら魔法は一般的らしい。私は彼女の台詞に安心して、彼女に伝えた。
「あ、そうですか。じゃあ魔法使いでお願いします」
「魔法使いですね。属性は何でしょうか?」
属性なんて聞かれるのか。もしかしたらこの世界では、いくつもの属性をぽんぽんと使えるわけではないのかもしれない。そうではないのもしれないが、今のところ過小評価される分には困らないし、属性一つだけを言っておこう。
「えっと、水です」
水にしたのは回復魔法が使えるからだ。そんなことあるかどうかはわからないが、実力が出せない場面で治療の手段があるのは心強い。水属性魔法は攻撃力が低めだが、皆無なわけではない。何とかなるだろう。
……というか巨大な水塊を呼んで敵にぶつければ終わりそうだが。
「簡単な魔法でいいので、この場で使ってみて頂けますか?」
「あ、はい……『水よ、その清廉なる身を癒しに変え、傷を癒せ』」
水属性の一種、回復魔法のヒールを唱える。きらきらと水色の光が舞い、私とお姉さんにそれぞれ吸い込まれていった。彼女はそれを確認すると、小さく頷く。
「はい、結構です。……では、この水晶に手を当ててください」
「はい」
示された水晶に手を当てれば、その水晶の中にぼんやりとした鈍い光が現れる。その光は私が置いた手の方へと近付き、そして吸い込まれるように消えていく。少し驚いたが、お姉さんが何も言わないので、たぶん害はないのだろう。
それから少しして、私の手の辺りから水晶にその光が戻っていく。
「はい、これで登録は終わりです。手を離しても大丈夫ですよ」
「あ、はい」
良く判らないが、これで大丈夫らしい。
そして、水晶の中のぼんやりとした鈍い光は、やがてゆらゆらとした少し明るめの光に変化する。それは水晶の中から外に出て、やがて長方形の形を取った。
「……おー」
長方形のそれは、私に近付き、そして手に納まるほどの大きさの一枚のカードへと変化する。
私はそれを手に取ってみた。しかし白紙だった。思わず首を傾げてしまう。
「オープン、と言ってみてください」
「え? お、オープン!」
お姉さんに続いて言ってみれば、ぼう、とカードに文字が浮き上がる。私は思わず、おお、と感嘆の声を上げた。
「クローズと言うか、本人の手を離れて少しすると、文字は自動的に消えます」
「……なるほど」
他の人が勝手に見れないようになっているのか。凄いな。
さて、じゃあ早速カードを見てみよう。まずは表。
『チハル=サガミ ランクD
魔法使い 水属性
出身 シルヴァニアの街』
シルヴァニアというのは、この街の名前だ。
出身は別にこの街ではないんだけど……恐らく、初めての登録がここ、という意味で捉えていいはずだ。
よし、次は裏だ。
『備考 なし』
こっちは特に特記することもないな。
そういえば、犯罪歴うんぬんって言ってたけど、それは備考欄に書かれるのだろうか。
とても気になるが、私は書かれたくないし、書かれた人にもあまり会いたくない。
私がカードに目を向けていると、お姉さんが口を開く。
「これでギルドへの登録は終わりです。何か質問はありますか?」
「な……あ、いや、そうだ。依頼って一度にいくつまで受けられますか?」
「無制限です。ただし、依頼を引き受けすぎて、それらを達成できなくなれば、それなりのペナルティがありますのでお気をつけ下さい。他には?」
「えっと……うん、ないです。あの、早速依頼を受けたいんですけど、魔物退治系のものはありますか?」
「Dランクの討伐依頼ですね、少しお待ちください」
そう言って、カウンター下をごそごそと探るお姉さん。
「まずはこれを」
そう言って差し出したのは、手に納まるサイズの一冊の本だ。結構厚めのそれは、まるで元の世界にあった旅行用のポケットガイドブックみたいだ。中をぱらぱらとめくれば、様々な魔物の絵が描いてあった。
「その本は、魔物退治を受ける方に、金貨1枚でお配りしているものです。それぞれの魔物の特徴、討伐証拠部位や換金可能部位などは、全てこの本にまとめてあります。必ずしも購入する必要はありませんが、どうなさりますか?」
あ、無料じゃないんですね。
まあそう都合のいい話はありませんよね。
「えっと、あの、金貨1枚も手持ちに無いんですけど……」
「それでしたら、依頼を終えた後にでもお支払いいただければ、結構です。記録しておきますので」
「あ、そうですか。じゃあ、いただきます」
「はい、ありがとうございます」
金貨1枚くらいなら、すぐに稼げそうだし、一冊購入することにした。持っていた本は、そのままカバンにしまう。
「では、次はこれをどうぞ」
差し出された紙を右手で受け取り、それに目を通す。そこには幾つかの依頼が書いてあった。しかし、Dランクであるからか、その数は少ない。
「じゃあ、これとこれ、あと……これを引き受けます」
私はその中の、「期限:無制限」となっている依頼を三つ引き受けた。これなら時間経過で依頼を失敗することもないし、ちょうどいい。
「はい、登録が終わりました。では、頑張ってくださいね」
依頼書に書かれている地名について聞いてから、私はその紙を折ってカバンにしまった。
「はい!」
私はぺこと頭を下げ、ギルドをあとにする。
よし、初依頼だ。頑張るぞー!
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。