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異世界編 2
 魔法ノ書の下巻を探すにあたり、私はこの本をしっかり読むことにした。
 最初ぱらぱらと捲った時より、明らかに増えている情報を得るためだ。

 先程消火した水で辺りはびしょびしょになっていたため、少し移動してから濡れていない場所に座り込み、本を開く。

 ちゃんと本を読んでみれば、どうやら思ったとおり、文量が増えたのは所有権を得たお陰でこの本から取り出せる情報量が増えたせいらしい。
 これ以上この本の情報量を増やすには、私自身のレベルを上げればいいようだ。
 魔法を成功させるか、魔物などを倒すことでレベルは上昇していくらしい。

 それと、この本は望む形に変化させることが出来る。
 なので私は、これを輪にして手首に着けることにした。
 ブレスレットなった魔法ノ書は、光沢のある白色をしている。


「ふむふむ……とりあえずこの本と魔法については、わかった……かな。しっかり覚えてるわけじゃないけど。うろ覚えでもいいじゃない。……それよりも、そろそろ日も暮れるし、泊まるとこ探さなきゃ」
 いざとなれば、次元属性魔法で結界を張って、土属性魔法で地下洞窟とか作るけど、出来るなら野宿は避けたい。
 それにお腹も減ったから、野生動物なんかさばけないし、野草の種類もわからない私としては、人の居るところに行きたいものだ。

 ……魔法をあれだけ使えるのに、死因が餓死って嫌すぎるもんなあ。


「とりあえず、地図を作る魔法あったよね。それやってみよう」
 魔法ノ書を元の形に戻してから、無属性魔法についての項目を探して読む。目当てはその内の一つ、導きのしるべという魔法だ。


「えっと……『無から有を、無から世界を、無から全てを創造したように、我に導きを与えたまえ』!」
 ひらひらと、上から一枚のA3ほどの大きさの紙が降ってくる。私はそれを手にして、あー、と落胆の声をあげた。


「……地図は地図でも、世界地図かあ……」
 それは四つの大陸が書かれた、地図だった。中心に大きな大陸があり、その周囲を囲むように三つの小さな大陸がある。小さな、と言っても中心の大陸の3分の1くらいの大きさはあるだろうか。
 ……私、どの大陸にいるのかな?


「……あ、そうだよ。そもそも地図だけあっても、ここがどこだかわからないから意味無いじゃん。方角もわからないし」
 私は一つ溜息を吐いて、魔法の方向性を変えることにする。
 出てきた地図は小さく折りたたんで制服のポケットにしまった。


「じゃあ、これだな……『風よ、その自由な身を翼に変え、我を運べ』!」
 ふわり、と足が地を離れる。これはウイングロードという魔法で、30分の間、自由に空を飛ぶことが出来るようになる魔法だ。
 呪文には翼とあるが、別に生えなかった。ちょっと残念。


 本をブレスレットに変化させてから、私は空を飛んで森を抜け、鳥が飛ぶような高い位置から辺りを見回してみる。
 すると、この森の一方は地平線の彼方まで続いていたが、もう一方ならばすぐに外に抜けることが出来そうだ。ただし上から見た感想であって、歩けば結構かかるだろう。
 また、森から抜けたすぐ近くに、壁に囲まれた大きい街があった。
 私はそこを目指して飛ぼうかと一瞬思ったが、高度が高すぎてかなり寒いので高度を落とすことにする。私は木の上すれすれの高さで、その街目掛け、飛んでいった。






「……さて」
 見つけた街から少し離れた場所に降り立った私は、どうしようかと考える。
 たぶんこの制服は、この世界では異質に映るだろう。かと言って、着替えはないが。そして金もないが。


 ……よし。


「私の一族の民族衣装と主張しよう」
 そう言っておけば、それ以上何かを言われることもあるまい。

 私は、街に向かって歩く。3分ほどそうすれば、街の入り口が見えてきた。
 門には鎧を着た30代くらいの男がいた。その、剣を持った黒髪の男は、恐らく兵士か門番なのだろう。
 門の前には、何台かの荷馬車と、商人のような恰好の男と、それを囲むように数人の護衛たちが並んでいる。商人たちは、門番と何かやり取りをした後、からからと馬車と共に中に入っていった。


 ……うーん、もしかしなくても旅券とか必要になるかな?


 わからないが、とりあえず行ってみようと思う。
 もし旅券的なものが必要そうなら、“盗賊に襲われて武器や、このブレスレット以外の持ち物を全て盗られてしまい、私は命からがら逃げ出した”ということにしよう。

 私はうんと一つ頷き覚悟を決め、門の方へと向かった。

 ちょうど私の前に街に入ろうとした冒険者らしき二人組みがいたため、私は彼らの後ろに続く。
 しかし彼らは、門番らしき男に止められることも話しかけられることもなく、普通に通過していた。
 どうやら荷馬車などの大型荷物でなければ、旅券は必要ないらしい。

 私はホッとして彼らの後に続いたのだが。


「待て」


 止められました。ばっちり止められました。
 私は動揺をなるべく表に出さないようにしながら、厳つい男の声に答える。


「はい、なんでしょうか?」
「ギルドカードを出せ」
「ギ、ギルドカード?」
 な、何だろう、それ。私はよくわからない固有名詞に首を傾げた。


「……ギルドカードを知らないのか?」
 疑惑にまみれたその声に、私はドギマギしながらはい、と頷く。
 男は懐から小さな水晶を取り出し私にかざすが、その水晶に変化はない。

 そこでようやく納得したのだろう。彼は再び口を開いた。


「……一体、今までどんな生活をしてきたんだ。王都や町、小さな村にだって必ずギルドがあるはずだというのに」
 ギルドとは恐らく、ゲームや漫画にあるような寄せられた依頼を冒険者に紹介する、といった施設だろう。ギルドカードが具体的に何かはわからないが、恐らくギルドで貰える旅券みたいなものだと思う。

 そして彼の言葉では、ギルドは小さな村にもある有名な施設のようだ。ギルドカードについて知らない、と言ってしまった以上、先程考えた盗賊うんぬんの言い訳は変更するべきだろう。
 私は頭をフル回転させながら、新しい言い訳を考えながら口を開いた。


「……あ、えっと……今までずっと、そこの森の奥で暮らしてきたんです。おばあちゃんと一緒に。でも先日、おばあちゃんが死んじゃって、だから……」


 ……この言い訳はアリですか?


「メルカの森で……そうか。悪いことを聞いたな」


 どうやらアリだったようです。

 私は一人でほっとしながら、男が続けた話に耳を傾ける。


「ギルドとは、様々な仕事を紹介している施設のことで、ギルドカードは各街や村のギルドで発行される身分証明書、のようなものだ。誰でも2歳になれば貰うようになっている」
 どうやらギルドは職業安定所のほかに、市役所みたいな役割も担っているらしい。

 登録が2歳なのは、それまでに死ぬ赤子がある程度いるから、だろうか。
 街の様子を見るに、それほど文明が発展しているようにも見えないし、その可能性は高い。
 魔法はあるのかもしれないが、全員が全員使えるわけでもないだろう。


「そのカードには、犯罪歴なども記載されるため、通行証としても使用される。先程の水晶は、人にかざすことでギルドに登録されている情報を少しだけ引き出すことの出来るマジックアイテムだ。反応しなければ登録されていない、ということになる」
 なるほど。それなら犯罪者がどこの誰かわからない、なんてことはないし、死体の身元もすぐに判明するだろう。かなりいいシステムだと思う。
 プライバシーの問題はあるが、この世界にはそんな言葉すらありそうもない。


「……あれ、でもさっき、私の前にいた人たちは何も出してませんでしたよね?」
「ん? ああ、あいつらか。あいつらは俺の知り合いでな」
「あ、そういうことでしたか」
 知り合いなら確かに顔パスでもおかしくない。


「落ち着いてからでいいから、ギルドに行ってみるといい。カードを発行してもらえるだろう」
「あ、今からでも発行してもらえるんですか? 私、16ですけど」
 私は疑問に思い、聞いてみる。
 身分証明書というか、性質的に戸籍に近そうなので、今から作ることが出来るのか疑問に思ったからだ。


「じゅっ……!? い、いや……こほん。お前のように、赤子の頃から人里に関わらず過ごしてきたものも、数は少ないがいる。他にも……捨て子が犯罪組織に拾われ、暗殺者として育て上げられることもある」
 何で最初どもったんだろう。東洋人は童顔に見られるって言われるけど、だからか。
 それにしても、ちゃんと登録出来そうで良かった。下巻を探すにあたって、街に入れないのは凄く困る。


「あの、色々説明してくださってありがとうございました」
「いや、これも私の義務みたいなものだ。それと、今まで人里から離れた生活をしていたのなら、お金についてもわからないだろう。とりあえず……ほら」
 そう言って彼が差し出したのは、銅、銀、金の丸い硬貨三枚だった。
 銅貨は五円玉くらいの大きさ、銀貨はそれより一回り、金貨はもう一回りほど大きい。


「……えっと?」
「街ではこれを使って買い物するんだ。左から順に銅貨が1クラン、銀貨が100クラン、金貨が1000クランだ。だが、大抵は銅貨や銀貨などと呼ばれるな。この他に金貨1000枚分の価値を持つ白金貨もあるが……まあ滅多にお目にかかれるものじゃない」
 硬貨の種類は、4種類。ただし良く使われるのは3種類だけ、と。
 白金貨は、とんでもない価値の硬貨のようだが、お札ではなく金貨1000枚ともなればかなりかさばるし、必要な硬貨なのだろう。


 私はなるほど、と相槌を打って続きを促した。


「物価はそうだな……銅貨1枚で掌サイズの果物が一つ買えるくらいだ。あとは、俺の一日の食事代が、銀貨1枚と少しくらいか。酒を含めれば2枚は行くな」
 なら、1クラン=10円くらいだろうか。つまり白金貨は1000万円……途方も無いな。
 眩暈のする金額に、心中で小さく溜息を吐いた。


「……しかしもう遅い。これから何か依頼を受けるのは難しいだろう。これをやる。今日は宿に泊まり、明日ギルドに行ってみるといい」
 そう言って彼が差し出したのは、2枚の金貨だった。


「……え、い、いいんですか!?」
「無期限無利息で貸すだけだ。しばらく稼いで、もし余裕が出来たら、返してくれ」
「は、はい! ありがとうございます!」
 つまりそれは、八割は返ってこないことがわかっていて、それでも困っているだろう私に良くしてくれようとしたということだろう。

 その融通の利かない言い方がとてもカッコいいです。これが巷で良く聞くクーデレですね。感動しました。やっぱりクーデレではないかもしれません。でも惚れました。年の差なんか関係ないです。


「あの、お名前を教えてください。絶対にお金、返しに来ますから!」
「私の名か? 私はアルバートだ」
「アルバートさん! 本当にありがとうございました! このご恩は決して忘れません!」
 私は深くお辞儀をして、門から街へと入る。
 アルバートさんは一瞬心配そうにちらりと私を見たが、すぐに自分の役目である門の警備に意識を戻したようだった。
 ああ、そんなところもかっこいいです、アルバートさん。

 私は初めて遭遇したクーデレ(?)に心臓をどきどきさせながら、この街の宿を探す。


「……あ」
 そんな私が、肝心の自分が名乗っていないことに気付いたのは、貰った金貨で宿の部屋を借りた後だった。


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