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プロローグ
 私は、楽しそうなことや、面白そうなものが大好きだ。
 新しい何かや変わり種と呼ばれるようなものに、とても興味がある。
 新商品や変わった味のお菓子や飲み物が(美味しいかどうかは別として)大好きだし、他にもマイナーな漫画や深夜番組、隠れた名作ゲームを良く好む。

 それは私の性質で、性分だ。
 ……だけど今は、そんな自分に心から「自重」という言葉を送ってやりたい。






 お弁当を食べ終わった昼休み。友達と机を囲みながら雑談していた私は、ふと思い出して、あ、と声を上げた。


「どしたの、ちい?」
 向かいに座っていた友人の奈津なつが、首を傾げて私に問う。
 「ちい」とは私――相模千春さがみ ちはるのあだ名だ。
 ただしこう呼ぶのは奈津だけだが。

 彼女は少し茶色がかった髪を肩甲骨辺りまで伸ばし、黒縁の眼鏡をかけている、私の親友兼悪友だ。
 小学校からの仲である彼女とは、なんと小学1年から高校1年の今まで、ずっとクラスが同じという快挙を成し遂げている。

 私は彼女に苦笑を向けながら答える。


「ん、古文のために借りた本、返さなきゃと思って」
「ああ、三谷先生のだよね? 難しくはなかったけど、面倒だったよね」
 そう言ったのは私の右側に座っていた亜紀あき
 ベリーショートの黒髪が良く似合う彼女とは、中学からの仲。
 見た目のボーイッシュさに反して、編み物や料理、手芸が得意というギャップ萌え(?)の塊のような人間だ。

 あと、今日は家の用事とかで休んでいる冬香ふゆかを含めた四人で、私達は良くつるんでいた。
 偶然にも四季が揃ったからなのか、私達はかなり結束が強い。
 そのため私達は、大抵四人でグループを作り学校生活を過ごしていた。


「二人は本返したの?」
「そもそも私は借りてない。課題は、ほら、……ネットでちょちょいと、ね?」
 そう答えたのは奈津。
 それっていいんだろうか、と思わなくもないが、苦手な国語を得意分野であるパソコンで補った……ということなら、いいのかもしれない。


「私は終わってから、すぐに返したから」
 亜紀の言葉に、そっか、と肩を竦める。

「じゃあ一人寂しく返しに行ってきますかねーっと」
「おー、行ってらっしゃい」
「次は現社だから、遅れても大丈夫だよ?」
 そう私を送り出す二人に、私は口を尖らせる。やはりどちらも着いてきてくれる気はないらしい。
 別に着いてきてほしいわけではないが、「一緒に行こうか?」くらいは聞いてほしいものである。
 全く、友達がいのない奴らだ……なんて思ってみたり。


「さてと」
 鞄から本を取り出し、机の上の携帯を回収してから、教室を後にする。
 図書室は昼休みの間と放課後の五時までしか開いていない。少しの時間とは言え、放課後まで学校に拘束されるなんてごめんなので、昼休みの間に返してしまわなくては。

 本を左手で持ちながら、図書室までの廊下を早歩きで進んだ。






 場所は変わって図書室。

 課題のために借りていた本を返してから、私は滅多に来ることのない図書室を昼休みの終わりまで探検することにした。この機会を逃せば、次は半年後とかになりそうだ。

 以前は課題のための図書を探すことに集中していたので、どこに何の分野があるか殆ど把握していない。だからこの探索は、何となくわくわくした。
 といっても、所詮高校の図書室だ。市立の図書館のように広くはないから、その冒険もすぐ終わってしまうのだが。

 と、図書室の一画にラノベコーナーを見つけた私は、これ幸いとその本棚に近付いた。
 高校の図書室にラノベがあるのは、何となく不思議な気もしたが、学生が読みたいのは難しい資料よりこういう本だろう、と思い直す。本のリクエスト制度で、誰かがリクエストしたのだろう。

「……おっ、こんなマイナーなラノベが学校の図書室にあるとは」
 目に付いた一冊の古びた文庫本を本棚から抜き出して、剣を持った青年の描かれた表紙を見つめる。

 それは、10年ほど前の何とか賞の大賞作品だった。
 以前、古本屋でたまたま見つけて購入したそれは、バーチャルリアリティを利用したゲームが死を伴うゲーム――デスゲームになってしまった、という今では有りがちな設定の小説だ。
 だけど、その当時では、きっと珍しく斬新な設定だったのだと思う。だからこその大賞なのだろうから。


「……でも後味がちょっと悪いんだよなあ」
 デスゲームに後味のいいものがあるかどうかは知らないが。

 私はそんなことを思い返してから、その本を戻そうと視線を本棚に向ける。
 瞬間、私はそこに釘付けになった。


「あれ?」


 一冊抜けた隙間から、奥に押し込まれた、一冊の真っ白な本を見つけたのだ。
 私は首を傾げながら、ラノベを一列ごっそりと抜き取り、その本を取り出す。


「なんだろ、この本。真っ白だ……」
 表紙も裏表紙も真っ白なその本は、異様だった。背表紙をよくよく見れば、掠れているがタイトルが書いてある。
 指で一文字ずつなぞり、私はそれを読み上げた。


「なになに……魔法ノ、書?」
 私はそのタイトルに思わず停止した。
 魔法とか……やばい、超面白そうだ。かなり読みたい。何が書いてあるんだろう。すごく気になる。エターナルフォースブリザードとか書いてたらどうしよう。
 それとも、魔女についての考察とかだったりして。

 にやにやする顔とワクワクする心を抑えて、再びその本を見る。そこではたと気付いた。


「……でもこれ、図書管理のシール貼ってないなあ」
 図書室の本には必ず貼ってある、管理番号の書いたシールがどこにもなかった。
 貼り忘れなのか、それとも誰かの忘れ物か。
 ……でもそれなら、あんな奥には無いだろう、普通。

「どうしよう、図書委員の人に聞いてみようかな……」
 そう思った瞬間、無情にも予鈴が鳴ってしまう。放課後にもう一度来て図書委員に聞いてみようかな。でも、もしかしたら誰かの私物で、借りられないかもしれないし。


 私はどうしようか考えて、よし、と決める。


 こっそり持っていって、次の授業をさぼって読もう。どうせ次は現社だ。それで、放課後に返しに来よう。それならいいよね。誰にも迷惑かけないし。いや、本当は良くないけど、でも今すぐ読みたい。
 興味>>越えられない壁>>道徳である。

 私はきょろきょろと辺りを見回して、誰もいないことを確認してから、制服のブレザーの中に隠す。そしてお腹の辺りを押さえながら、私はそそくさと図書室を去った。






 特別教室棟の階段。そもそもあまり使われない家庭科室や理科室の奥にある、さらに滅多に使われることのない階段である。私はそこに陣取って腰掛け、『魔法ノ書』というとっても胡散臭いタイトルの本を開いた。


 そこには、ぽつんとこんな一文が書いてあった。


『この本を読んだ者には、魔法の力が与えられる。
 その覚悟があるのなら、このまま読み進めるがいい。』


「へー。……魔法の力、ねえ? ……もしかしてこれ、小説か何かなのかなあ? で、これが序文、みたいな」
 私は子供のようにわくわくしながら、次のページを開く。
 そこには「この本」についての説明があった。


『この書を所持したものは、魔法を使用することが出来る。
 所有権が誰にもおかれていない状態で、書を用いて魔法を使用したもの所有者となり、その者が死ぬか権利を譲渡するまで所有者は変わらない。また、所有権を捨てることは出来ない。
 所有権が誰かにある場合は、その者以外はこの書で魔法を使うことが出来ず、他の者が見ても白紙に見える。
 所有者が死ぬと、魔法ノ書は異世界に転移する。』


「……ふむふむ、なるほど? なんか、漫画とかゲームでありがちだよね」
 私は小さく頷きながら、またページをめくる。

 次は、「基本属性」についてらしい。
 基本属性とは、火・水・地・風の四つで、世界を構成する最も基本的な要素のことらしい。

 “火は闘争を司り、治癒を司る水と反目する”など、それぞれの特徴も軽くまとめてあり、やっぱりゲームによくありそうな設定だなと思いながら、次々と捲って軽く眺める。
 行間が大きく取られているせいか、空白が多く、あまり情報量は多くない。

 ところどころ沢山の情報が書いてあると思えば、魔法の効果や制限の説明だったりして、読んでもあまり意味のない項目ばかりだ。


 私は、更にぱらぱらと読み進める。
 その後には派生属性、特殊属性などについての説明などがあった。


 最後まで軽く眺め終わったが、あまりこの本の概要がつかめない。
 小説ではないようだし、もしかしたら何かのゲームの攻略本とか、設定資料集なのかもしれない。それだったら、あの白いだけの表紙も頷ける。恐らく、作中の重要な書物を象っているのだろう。
 図書館にあったのは、先生に没収されないよう、誰かが隠していたのに違いない。
 なら、早く戻しておかなくては、持ち主がかわいそうだ。


「……んー、サボってまで見る内容じゃなかったかな?」
 確かに面白かったけど、どこかで見たようなものばかりだった。


「でも、こんな魔法が使えたら楽しそうだよなあ……例えば、これとか」
 ぺらぺらと本を捲る。
 そして、私が一番使ってみたいと思った、世界を越えるための魔法が書かれたページを探し出した。
 「繋がりの鏡」という名前のそれは、特殊属性の内の一つ、次元属性魔法の一種で、異世界に行くことが出来るという。


「んーっと、呪文は……『我求む、更なる魔法を。我願う、更なる力を。我望む、異なる世界を。繋がりの鏡よ、我が言霊をもってそれを成せ』!」
 私は呪文を唱えるが、やはり発動するわけがない。
 真面目に唱えたことが恥ずかしくて、私は照れ笑い交じりに誤魔化すように口を開く。


「……なんちゃって。こんな簡単な呪文なんかで、魔法使えたら苦労し……な、……え?」
 室内だというのに手元の本がぺらぺらと風に煽られ、私はハッと顔を上げる。
 すぐ目の前に、私の身長と同じくらいの大きさの鏡があった。


「……え? …………えぇええ!?」
 授業中でしんと静まる廊下に、私の驚きの声が響く。思ったより大きい声が出たことにびっくりして肩を揺らし、両手で口を押さえた。
 流石に一般教室棟までは聞こえないと思うが、万が一のこともある。静かにしなくては。


 私は自分を落ち着かせるように胸に手を当て、一度、深呼吸した。


「……うん、おち、落ち着いた……」
 だが、それにしても。


「……ま、魔法、出来ちゃった……?」
 私は戦々恐々と手に持った『魔法ノ書』に視線を落とす。
 どうやら、この魔法の書は、本物……らしい。この現象がCGとかドッキリでない限り。


「……ど、どうしよう、い、異世界だよ? 行っちゃう?」
 小さく声に出して自分に問いかける。思った以上に動揺した声に、逆に思考が冷えた。

 異世界、異世界だ。異世界ってことは異なる世界だから、地球以外のどこかに繋がっている。


 ……うん、すっごく楽しそうだ!


「よ-し、行っちゃおうっと! またこの鏡出せば戻ってこれるだろうし!」
 楽天的にも程がある言葉を呟いて、私はその鏡面に触れる。
 鏡面はまるで水のようにたゆたい、私を誘った。
 私は呼吸を整え、意を決して、一歩を踏み出す。


 私は眩い光に包まれ、そして、異世界に。






 この時の私は、浮かれていた。
 初めての魔法に。初めての異世界に。
 そんな「楽しそうなものたち」に、私が惹かれないはずがないから。

 ……ほんと、そんな自分に心から「自重」という言葉を送ってやりたい。
 まあ、自重してたら魔法に出会えなかったかもしれないから、「もうちょっと慎重になれ」くらいでもいいけど。

 とりあえず、言いたいことは。
 「繋がりの鏡」について記されたページを、もっとよく読め、ということだ。


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