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  妖怪禅師 作者:雨宮雨彦
妖怪出現
「なんじゃと? 君は駅の自動改札機に嫌われてしまった、と言うのかい?」

 ゼロ禅師が目を丸くしたのも無理はないかもしれません。ススムが話した内容はそれほど奇妙だったからです。

 ススムは毎日、学校へ行くのに電車を利用していました。定期券を持っていて、一日に何回か自動改札機を通ることになります。

「そのたびに毎回、僕は意地悪をされてしまうんです。今日だって、買ったばかりの新しい定期券なのに、『これは期限切れだ』とブザーを鳴らし、ゲートをバタンと閉じられてしまいました」

「ほう」

「まわりのお客さんからじろじろ見られて、僕はどれだけ恥ずかしかったか」

「駅員はなんと言ってるんだね?」

「駅員も首をかしげるばかりなんです。定期券を新しく作り直してくれたんですが、自動改札機に入れると、またブザーが鳴りました」

「自動改札機の故障ではないのかい?」

「僕と駅員が首をひねっている間にも、他のお客さんはみんなすいすい通り抜けていくんです。自動改札機にはまったく異常がないんです」

「それで?」

「このあと何をやっても、やはりだめでした。自動改札機は、どうしても僕を通してくれません。これはもう、機械が僕を嫌っているとしか思えないではありませんか」

 この奇妙な事件をさっそくゼロ禅師が調査し始めたのは、いうまでもありません。数日後ススムの家を訪ね、ある知恵を授けたのです。

 翌朝ススムは、胸をどきどきさせながら駅へと向かうことになりました。ポケットの中の定期券には、ある細工がしてありました。

 スーパーマーケットへ行き、ススムはワサビを買ってきました。定期券にワサビをたっぷりと塗りつけてから自動改札機の中へ入れるように、というのがゼロ禅師の指示だったのです。

 もちろんススムはその通りに実行しました。

 するとどうでしょう。いったんは定期券をのみ込んだのですが、ブザーを鳴らす間もなく、自動改札機の様子が大きく変わったではありませんか。

 ランプをしきりに点滅させ、ゲートをバタバタと激しく開閉するさまは、まるでのどをかきむしっている姿に見えなくもありません。

 次の瞬間、自動改札機が突然立ち上がるのを目の当たりにして、目を丸くするどころか、ススムは恐ろしさを感じることになりました。

 自動改札機がフラフラと歩き始めるだけでなく、音を立てて鉄のボディーを床へ脱ぎ捨ててゆくのを、ススムは呆然と見つめたのです。

 その下から姿を現したのは、なんと巨大なキツネだったではありませんか。

 しかし、なんという大きさのキツネでしょう。

 でもススムをぞっとさせたのは、それだけではありませんでした。怒りに満ちたその目がランランと輝き、彼をにらみつけているのです。

 ススムは逃げ出さなくてはなりませんでした。

 だけど足がすくんでしまい、駆け出すどころか、ススムは一歩下がることすらできなかったのです。

 背後から声が聞こえてきたのは、その瞬間でした。それを耳にして、ススムがどれほどほっとしたことか。

「もうあきらめい。おまえの悪事もそこまでじゃ」

 もちろんゼロ禅師の声です。

 どうやらキツネは、ゼロ禅師がいささか苦手だったに違いありません。

 いかにも気に入らない表情で舌打ちをしたかと思うと身をひるがえらせ、妖怪ギツネはあっという間に姿を消してしまったのでした。

 ススムは、やっと口をきくことができるようになりました。

「ねえ禅師」

「なんじゃなススム君?」

「あのキツネを何とかできないの? 今日はこれですんだけれど、いずれまた僕に嫌がらせを仕かけてくるんでしょう?」

「くるだろうな」

「ねえ、何とかしてよ」

「そう言われても困るな」

「だってさあ…」

「ならばススム君、やつを君の家族の一員として迎えてやってはどうじゃね」

「どうして?」

「ふふふ、それがやつの本心だからさ。そもそもこの悪さはすべて、はじめから君の関心を引くためなのじゃよ。家の中へ受け入れてやれば、もう二度と悪さはせんじゃろう」

「家の中へ入れるって?」

「興味があるのかな? ならまず、君のご両親に相談しよう。そのほうが話が早い」

 そのままススムは、ゼロ禅師を家へ案内することになりました。両親の前に通され、ゼロ禅師はすぐに口を開いたのです。

「おたくのススム君は、妖怪ギツネに目をつけられております」

「なんですって?」

 手短に、ゼロ禅師はこれまでのいきさつを説明しました。両親が目を丸くしたのは、いうまでもありません。

「しかし、なぜうちの息子なのですか?」

「それは、このおうちの住所と関係がありましょうな」

「『キツネ火ヶ丘』ですか?」

「そうです」

 お父さんに向かって、お母さんが文句を言い始めました。

「だから私は、ここに家を建てるのはイヤだったのよ。何か悪いことが起こるんじゃないかという気がしていたわ」

 ゼロ禅師は説明を続けました。

「いやいや奥さん、少しお待ちなさい。この家が『キツネ火ヶ丘』の中心に立っているのは事実です。名前の通り、ここはかつて妖怪ギツネのすみかだったのでしょう。

 古巣ですから、やつはここへ帰りたがっているのです。だからススム君に悪さをするのです。ならばこの家の中に住まわせてやればよいではありませんか」

「妖怪ギツネをですか? 私たちはどうなるのです?」

「ははは、心配はごもっともですが、ご家族には何も起こりません。

 それはそうとご主人、そこにあるのはなかなか立派な柱ではありませんか。私もいろいろなお宅にお邪魔するが、これほどのものはそうそうお目にかかれません」

 立ち上がり、手を伸ばして、ゼロ禅師は家の柱に触れたのです。お父さんの顔がほころびました。

「新築する際に奮発して、特によい材料を選んで立てた柱ですよ。なにしろ私と同じで、一家の大黒柱ですからな。それをケチってはいけません」

「ええ、この柱ならやつも気に入ることでしょう。どうでしょう? やつをこの柱の中に住まわせてやってもらえますまいか?」

 この話に一番強く反対したのは、お母さんでした。家の中に妖怪を置くなど、やはり不安なのでしょう。

 しかしゼロ禅師には考えがありました。

「ところで奥さん、キツネを住まわせている家は大きな金運に見舞われる、という話をご存知ですかな?」

「なんですって?」

「住まわせてもらうお礼として、キツネがあなた方にくれるものですよ。家賃のようなものと思えばよろしい」

「本当に大金が得られるのですか?」

「実を言うと、このわしがあやかりたいぐらいでしてな。うちの寺もなかなか貧乏でして、いつも苦しい生活をしております」

「そんなお寺のことなんかより、お金の話は本当なんですか?」

 もう同意は得られたも同じでしょう。おなかの中で、ゼロ禅師はニヤリと笑うことができました。

 だからゼロ禅師は言葉を続けようとしたのですが、ここで邪魔が入ったのです。

 最初に目に付いたのは、ゼロ禅師の服が突然大きくふくらみ始めたことでした。まるで中に風船でも入っているかのように、どんどん大きくなってくるのです。

 これにはみんなびっくりしてしまいました。

「これこれ、まだじゃ。気の早いやつじゃな」

 ゼロ禅師も驚いた顔で、ふくらむ部分をトントンとたたこうとしました。だけどふくれ上がるペースはおとろえようとしません。

 バリン。

 音を立てて、とうとうゼロ禅師の服は破れてしまいました。その中から、いったい何が姿を現したと思います?

 もちろん妖怪ギツネでした。ゼロ禅師の言いつけを守って体を小さくし、服の下に隠れて会話に耳をすませていたのでしょう。

 だけどついに我慢できなくなり、出てきてしまったのです。

 悪気があったわけではないのでしょう。ただあの柱の中に住むことを認めてもらえそうな雰囲気だったからです。

 キツネは空中に飛び出し、ジャンプしてヒラリと向きを変え、あっという間に柱の中へと消えてしまったではありませんか。

 本当に一瞬の出来事でした。

 全員が驚き、息もできない様子でしたが、最初に口を開いたのはゼロ禅師でした。

「キツネもこの柱を気に入ってくれたようで、何よりですな」

 だけどもちろん、お母さんの関心は別のところにありました。

「それよりも金運はどうなりました?」

「それは楽しみにお待ちなさい。キツネも悪いようにはしないでしょう」

 ゼロ禅師はウソつきではなかったようです。

 翌日、思いがけずお父さんは道でサイフを拾い、もちろん警察に届けたのですが、なんと中には50万円も入っていたのです。

 落とし主はとても喜び、1割のお礼をくれたのでした。

 この日から、お母さんは日課が一つ増えることになりました。妖怪ギツネの大好きな油揚げを店で買い、家の柱の前に置くことです。

 小皿に乗せてお供えするのですが、ほんの5秒でも目を離そうものなら、もう皿は空になっているのです。

 この家での生活がキツネも気に入ったようでした。その後は二度と悪さなどしなかったのは、いうまでもありません。


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