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デートインザストーリー

デートインザトラベルプラン

作者: フィーカス

「デートインザドリーム」~「デートインザヘヴン」の続きの話。

 ここから、加藤有子編となります。

「さようなら、健二君。大好きだよ」

 快晴の空の下、冷たい風が吹き抜ける学校の屋上。一限開始前、普段なら誰もいないその場所に、その女生徒はいた。

 彼女は倒れている男子生徒に別れの言葉を告げると、持っていた女生徒の生徒手帳をそっと男子生徒の胸ポケットに差し込んだ。

 高い金網と、有刺鉄線に囲まれた学校の屋上だったが、金網の一部は老朽化で破れてかけており、そこは立ち入り禁止となっていた。

 彼女は男子生徒を抱えて引きずると、その立ち入り禁止区域に向かう。そして、破れた金網まで行くと、彼女はその男子生徒を――



 教室内といえど、一月後半の室内はさすがにまだ寒い。教室によっては、暖房器具が備えられているくらいだ。

 雪こそ降らないが、外では木枯らしが寒そうな音を鳴らしている。時折、枯葉が一枚、また一枚と風にもまれている姿が見える。

 加藤有子(かとうゆうこ)はその冷たい高校の教室の窓際で、一人外を眺めていた。教壇では数学教師が難しそうな方程式を黒板に記述している。周りの生徒は、その記載事項を必死に書き取っているが、有子はそんな様子が見られない。

「はい、では今日はここまでにします」

 四限終了のチャイムと同時に、数学教師が授業の終わりを告げる挨拶をする。そして、日直が起立を促し、生徒全員が席を立つ音を聞き、有子もあわてて席を立った。


「有子ちゃん、まだ気にしているのかな」

「そりゃそうよ。彼氏と親友を一度に亡くしたんだから」

「六組の田上君……」

 昼休み、有子は沈んだ顔のまま自分の弁当を机に出すと、それを開けることをせず、再び窓からの風景を眺め始めた。

 普段は他の友人らと席を並べ、一緒に弁当を食べるのだが、ここ一週間、有子はこんな調子だった。

 一週間前の、今日と同じ月曜日。親友の佐藤有子(さとうゆうこ)が、動物園前の駅の女子トイレで死んでいるのが発見されたことが、朝礼で告げられた。刃物で胸を深々と刺されており、恐らく殺人事件だろうと警察は捜査を進めている。

 しかし、目撃者の少なさと、証拠品の少なさから、操作は難航しているようである。

 同じ日、今度は恋人であった田上健二(たのうえけんじ)が、学校の校庭で血まみれで倒れているのが発見された。頭を強く打っており、恐らく屋上から落下したものだと思われる。胸ポケットから佐藤有子の学生証が発見されており、佐藤有子を殺害したのは健二ではないかとの話もある。

 だが、加藤有子にとって、犯人が誰なのかは今は興味が無かった。恋人と親友を一度に失った悲しみから、なかなか立ち直れずにいたのだ。

 そんな彼女の姿をみて、同じクラスの友人たちもいろいろと心配し、声をかけたり遊びに誘ったり試みている。が、なかなかそれに応じようとはしない。部活も、体調不良を理由に休み続けている。

「もう一週間経つし、そろそろ立ち直ってもらわないと」

「そこで、例の旅行を提案してみようと思うんだけど……」

「ああ、あれ? どうかな、行ってくれるかな」

 窓を見続ける有子を見て、友人二人が遠くで相談を始めた。そして、すたすたと有子の机に近寄った。

「ねえ、ユウ」

 その声を聞き、有子は窓から目を離した。

「あ、千香、成美」

「今度さ、うちら旅行に行くんだけど、一緒に行かない?」

 そう言うと、自然色の手入れされた茶色の長髪をなびかせ、友人の一人、栗畑千香(くりはたちか)が、パンフレットを有子の机の上に置いた。その隣には、ツインテールとめがねが良く似合う三堂成美(みどうなるみ)が、紙袋を手に持って立っている。

「旅行?」

 有子は机の上に置かれたパンフレットに目をやった。冬の旅行らしく主にスキーや温泉のプランが一覧されている。

「そうそう。最近ユウ、元気ないからさ、気分転換にって思って」

「ね、どうかな。たくさんいたほうが楽しいし」

 千香と成美の誘いに、有子は一瞬考える。しかし、やはりあまり乗り気ではないようだ。

「ごめん、やっぱり私……」

「たしかに、落ち込んでるのは分かるけどさあ」

 有子が断りを入れようとしたのをさえぎり、千香が口を挟む。

「やっぱりさ、ずっと落ち込んでもしょうがないじゃん。だからさ、ちょっとはこういうイベントに参加して、みんなで楽しもうよ」

「そうだよ、有子ちゃん、一緒に行こう?」

 二人の言葉を受け、再び有子は、この旅行に行くべきかどうか考えた。俯く有子の顔色を、千香と成美がうかがう。

 周囲では既に昼食を終えた何人かの生徒が、教室の外へ出て行く姿が見られた。まだ昼食を取っている生徒も、既に半分ほどは食べている。

 自分のために企画してくれた旅行。今までのように、簡単に断るわけにはいかないだろう。

 少しの沈黙の後、有子は意を決したように声を上げた。

「そうね。せっかくの誘い出し、一緒に行くわ」

 その言葉を受け、深刻な表情だった千香の顔が笑顔に変わる。

「よかった、じゃ、弁当を食べながら、詳しい話をしようか」

 そういうと、千香と成美は、有子の机に、近くの机を二つくっつけ、自分の弁当を広げた。


 三人はそれぞれの弁当を口にしながら、パンフレットの中身に目を通す。

「今考えているのは」

 千香は持っていた箸で、そのパンフレットのプランの中から、一つのプランを指した。

「これ。二泊三日のスキープラン」

 高校から程近いスキー場で、スキーにたっぷり入り浸れる、といったようなうたい文句のプランだった。出発地も高校近くの駅からの設定があり、まさに高校生にとってはぴったりのプランだった。

 ただ、ニュースで言うには、今年の冬は例年に比べて雪の量が少ないらしい。ここらへんは比較的雪が多く降る地域なのだが、たしかに今年は何回雪が降ったかと思う程度にしか降ってない。

 そのためなのか、旅行プランには、小雪でスキー場が開いていない場合のプランも別途用意されている。温泉旅行と、近くの観光地めぐりのようだ。

「とりあえず、私と成美の部の先輩と後輩にも、何人か声をかけてるんだ。多分、小塚(こづか)先輩と新名(にいな)君は来ると思う」

「私のところは、まだ分からないけど」

 陸上部の先輩も誘ってみたら? と千香は有子に提案したが、有子は「先輩たちは受験で忙しいから」と断った。

「それにしてもスキーかぁ。うまくできるかなぁ」

「何言ってるのよ。陸上部なんだから、大丈夫大丈夫!」

「そうかなぁ」

 運動神経があるかどうかはともかく、やはり初めてやることに対しては不安が残るものだ。

「まあ、インストラクターさんとかもいるから、一緒に練習すればいいよ。あとは……」

 千香が言うと、成美が持っていた紙袋からメモ用紙のようなものを取り出した。

「スキーウェアとか板とかは向こうで準備されているから、泊まり用の着替えとかかな」

 随分前から計画されていたのか、そのメモ用紙には持っていくものや簡単なタイムテーブル、費用などが書き込まれていた。

「よし、じゃあ、これコピーして渡すから、よく読んでいてね」

「うん」

 メモ用紙に少しだけ書き足すと、成美はそれを再び紙袋に戻した。

「あ、そういえば出発する日はいつなの?」

 パンフレットには、出発日の設定がいくつかある。もちろん平日のほうが安いのだが、学生でそういう日はなかなか取れないだろう。

「えっとね、二月の二週目の金曜日。ちょうど開校記念日で休みになるから、三連休になるからね」

 成美がパンフレットの出発日のうち、二月の部分を指差した。当然平日出発扱いだが、やはり休みが絡むとあって普通の平日よりはすこし高めに設定してある。

「そっか。じゃあ、それまでに準備しておくね」

 ある程度話がまとまると、千香は置いてあったパンフレットをしまい、弁当へ箸を進めた。昼休みはある程度時間があるが、あんまりのんびりもしていられない。

 ふと千香が有子の顔を見ると、先ほどまでの暗さが消えたように見えた。


「でも良かった、少しは元気を出してくれて」

「え?」

 千香が妙に明るいトーンで話しかけたので、有子は思わず箸から卵焼きを落としてしまった。

「だってユウ、ここずっと、話しかけてもあんまりいい返事しなかったじゃない」

「私、そんなに暗かったかな」

「だって。成美、どう思う?」

 突然、千香は箸でつかんだ卵焼きを口に入れようとした成美に話を振る。

「え、うん、そうだね。有子ちゃん、少し元気が出たみたい」

「そっか。たしかに、ちょっと引きずりすぎてたのかな、私」

「元気のない有子ちゃんは、有子ちゃんらしくないよ」

 どちらかというと、いろんな人と積極的にかかわっていた有子だが、ここ数日は誰とも遊ぶことなく、学校が終わるとすぐに帰宅していた。その姿を見ていると、成美も声をかけづらかったようだ。

「そっか、そうだよね」

 そういって有子が弁当に箸をつけようとすると、千香が思いっきり有子と成美の背中を叩いた。

「よっし、じゃあ、今度のスキー旅行、思いっきり楽しむぞ!」

 千香の声が教室中に響く中、有子と成美は叩かれた衝撃で少し咳き込んだ。どうも、この旅行を一番楽しみにしているのは千香のようだ。

 二人の笑い声が聞こえる中、有子は他のことを考えていた。


「スキー、か。健二君と行きたかったな」



 ホームルームが終わり、有子は久々に陸上部に顔を出すことにした。

 とりあえず、今まで休んでいたことのお詫びを部長と顧問の先生に入れる。そして、更衣室で体操着に着替えると、他の部員と混じって準備体操を始めた。

「あれ、有子、もう体調は大丈夫?」

「うん、今まで休んでごめんね」

 久々に顔を合わせた部員から非難の声は上がらず、心配する声ばかりだったので、有子は少しほっとした。体調を崩して休んでいる部員もおり、体調管理には注意するよう、毎日顧問の先生から言われているようだ。

 体操を終えると、体を温めるために軽くランニング。しばらく走っていなかったせいか、なかなかペースがつかめない。一月の冷たい風が、容赦なく体を襲う。そのたびに、寒さで身震いをしてしまう。

 ランニングが終わると、それぞれの競技ごとに分かれる。有子は主に短距離を走るため、トラックに集合した。

 気晴らしにと思ったのだが、走っている間も、一週間前の出来事と旅行のことが頭から離れない。休む以前よりも、タイムもかなり落ちていた。

「加藤先輩、あんまり調子よくないみたいね」

「うん、ちょっと無理してるのかな」

 一年生の後輩も、有子の走り方に違和感があることに気が付いていた。それを顧問に告げると、顧問は有子を呼び止める。

「加藤、しばらく休んでたからかもしれないけれど、タイムが随分落ちたな。無理することは無いが、集中するところは集中しろよ」

「あ、はい」

 アドバイスをもらいながら、何回か百メートルを走る。少しずつ慣れてきたせいか、タイムも徐々に休む前に近くなってきた。以前は走っているときにはただただゴールに視線が走っていたのだが、今はどこか別のところを見ているような気がしてることに、自分でも気が付いていた。

 なかなかスピードが上がらない中、何とか自分の感覚を戻す。さすがに一日で戻すのは難しいが、もう少し走りこめば、まだましになるはず。

 外から顧問の先生は、そんな有子の姿を見て、少しあせっているように見えた。しばらく走りこんでいた有子を見て、再び呼び止める。

「加藤、大会まではまだ時間はあるから、あんまりあせらなくてもいいぞ。タイムはよくなってきているから、後は少しずつ戻していけばいい。時間も時間だし、適当なところで整理体操やっておけよ」

 冬の日が落ちる早さは本当に早い。走っていて気が付かなかったが、あたりは既にかなり暗くなっている。部活動も、冬場は暗くなるのが早いため、早めに切り上げるところが多い。時に遅くまでやっているところもあるが、ほとんどの部活の顧問はあまり遅くまで活動するのを勧めてはいない。

 有子もさすがに周りが見えなくなるまでやるのはどうかと思い、二回ほど走りこんだ後、整理体操の輪に入った。体操をしている間も、有子は別のことを考えていた。



 高校から駅に向かう道。人通りが多く、明るく大きな道のため、女子高生一人での帰宅でも、慣れていればそれほど怖いものではない。

 しかし、有子はあの日からずっと、いつも考え事をしながらこの道を通っていた。すると、どうしても周りの雑踏、話し声が、何故か自分の悪口を言っているように聞こえ、自分に多くの視線が集まっているような気がした。

 最初のころは、思わず叫び声を上げ、それに驚いた通行人が何事かと駆け寄ることもあったが、今は慣れたせいか、そのようなことは無い。それでも、よくわからない不安が、駅まで続くこの道を歩く間、有子に付きまとっていた。

 その不安も、大きな駅に付けば少しは落ち着く。ICカードを改札に通し、電車を待つ。電車が来れば、いつも座るところに席を取り、わずかな時間電車にゆられる。

 わずか十五分電車内で過ごせば、有子の家の最寄り駅である、動物園前の駅に到着する。ここは住宅も少なく、動物園が賑わう休日以外の人通りはほとんど無い。

 改札を抜けると、駅の外にあるトイレに向かうのが、いつのまにか日課になっていた。ここは、親友だった佐藤有子が殺された場所であり、現在でも立ち入り禁止となっている。

 そして、この場所に立つと、佐藤有子とのやり取りを思い出す。

「ユッコ……」

 佐藤有子も同じ電車に乗り、同じ駅で降り、途中まで同じ帰り道を毎日歩いていた。そして、恋人だった健二の話を、帰り道で話していた。

 しばらくトイレの前で立ち止まった後、自分の家に向かう道に向かって歩き出す。しばらくすると、いつも見ている動物園が見える。

 この動物園の前を通るたびに、今度は健二とのデートを思い出す。何回も行った動物園で、初めて二人きりで行った場所。いろんな動物を見て、餌をあげて、食事をして。そういえば、手を繋いだり、キスしたりはしなかったかな。

 最近は毎日これの繰り返しだった。今日はそれに加えて、スキー旅行のこと。一体どんな旅行になるのか、いろんな不安を消してくれるのだろうか。

 暗い夜道、先ほどの高校からの道とは違い、頼りない電灯がぽつぽつとあるだけの、不安を絵に書いたような道を、有子は一人歩いている。

 ただ、動物園の前だからだろうか、住宅街の前には交番もあるし、住宅街に入ってしまえば、時々散歩している近所の人にすれ違う。防犯対策だとのことで、パトロールも定期的に行われているらしく、人通りが少ないにもかかわらず、案外犯罪に巻き込まれることは多くない。

 それを知っているからか、そういった点での不安は有子には無かった。その、時々散歩する人に軽く会釈をしながら、黙々と家に向かって足を進める。

 しばらくは有子の歩く足音しか聞こえなかったが、ふと、その足音よりも早い足音が、後からやってきた。ここらをランニングしている人もいるため、多分そういう人だろうと思いながら、ペースを崩さずに歩く。

 しかし、それでも近づいてくる足音は、暗い夜道では不安要素にしかならない。大丈夫だと言い聞かせても、やはり恐怖は拭い去らない。

 こつこつと徐々に大きくなる足音。その正体を明かしたいという気持ちと、知りたくないという恐怖が有子を襲う。

 そして、ほぼ有子の真後ろまでその足音が近づくと、先ほどまでの早いペースから、有子の歩くペースと同じペースで足音が聞こえるようになった。

 不審に思った有子が振り返ろうとした瞬間、足音の持ち主が声を発した。


「彼女はそれでも、抵抗しなかった」


 突然の言葉に、有子は足を止めた。と同時に、声の持ち主はすたすたと有子を追い抜かしていってしまった。

 一瞬固まって動けなかったが、すぐさま追い抜いた人物の正体を確認する。

 有子が通っている同じ高校の、男子の制服。身長は有子と同じ位で、男子としては少し低いくらいだろうか。顔ははっきり見えなかったので、何年生なのかも分からない。

 一体何だったのだろうか。とにかくわかっているのが、同じ高校に通う男子というだけ。そして、あの言葉の意味は一体。

「おや?」

 再び聞こえた後ろからの声に、今度こそ有子は悲鳴を上げそうになった。が、後を振り返ると、近所のおじさんだった。

「ああ、有子ちゃんか。今日は部活が遅かったのかい?」

「あ、え、ええ、ちょっとここのところ体調が悪くて、久々に部活で遅くまで残ってたんです」

「そうかい、頑張ってるんだね」

「ええ、あ、私、宿題とかあるので、失礼します!」

 そういうと、おじさんに軽く会釈をして、有子は走って家に向かっていってしまった。



 夕食を終えると、有子はすぐさま宿題に手をつけた。先週の月曜日はあまりのショックのために宿題をやらずにいたら、火曜日に先生に思いっきり怒られてしまった。そのためにも、宿題だけは何とか早めに済ませるようにしていた。

 考え事をしているのに宿題なんてやっている場合だろうかと、最初はあまり乗り気ではなかったのだが、逆にほかの事に集中していたほうが、そういう不安なことを考えずに済んでいた。

 高校の宿題と言っても、そんなに量は多くなかったため、すばやく仕上げてしまう。いつもは宿題をやった後は、リビングで寝るまで適当にテレビを見ているのだが、久しぶりに部活動で汗を流したせいか、とてつもない眠気に襲われた。リビングに降りて母親におやすみを告げると、自分の部屋に戻って布団にもぐりこんだ。

 すぐに眠れるだろうと思っていたが、どうしても先ほどの男子生徒のことが忘れられない。

 彼女はそれでも、抵抗しなかった――一体、何の話をしているのだろうか。思い当たることが無いまま、有子は徐々に夢の中に入っていった。



 夢の世界。普段は気にも留めていなかった。楽しい夢、悲しい夢、怖い夢、嬉しい夢。たくさんの夢を見ているはずなのに、数日後には忘れている。

 しかし、ここ数日の夢は、いつも同じ夢。健二とのデート、佐藤有子との日常、そして、最後にはその楽しかった日が崩れたあの日のこと。

 そこから目が覚めるたびに、あの日の出来事が夢だったのではないかと思ってしまう。しかし、学校に行けば、田上健二も佐藤有子もいない。そうして現実に戻されて、現実でも夢を見ようとしてしまう。

 今日もいつもの夢だと思っていたが、そこにいたのは健二でも佐藤有子でもなく、別の男だった。どこかで見たような、見たことの無いような私服姿で、その男はこちらを見ている。

 ただ、顔だけははっきりしない。確かに見えているのに、全然顔が分からない。ただ、男の話した言葉が、断片的に耳に伝わる。

「彼女はあなたに……。……覚悟が……」

 言葉の意味は分からないし、断片的な言葉しか拾えない。本当にそう言っているのかも分からない。が、最後の言葉だけははっきり覚えている。

「……彼女はそれでも、抵抗しなかった」


 眠っている間に見た夢の記憶さえ消えてしまうのではないかと思うほどの目覚ましの音が、有子の部屋に鳴り響く。随分早く寝たというのに、起きた時間はいつもどおりだった。部活での疲労が影響したのだろか。しかし、休む前でも、もっと遅くに寝ていたはず。

 寝ぼけながら目覚ましを止めると、有子はゆっくりと布団をたたみながら起きる。と同時に、室内の冷たい空気が有子に襲い掛かる。寒さに一瞬身震いしたが、落ち着いて布団をたたむと、すばやく制服に着替えた。

「おはよう」

 朝早くから起きていた母親にそう告げると、洗面所に向かい、顔を洗う。まだ少し寝ぼけた頭のまま、歯磨きを済ませると、ぼさぼさになった髪を整える。途中で櫛が髪に引っかかるのがうっとうしい。こういうときに、髪が長いと不便である。

 身支度を済ませ、リビングに向かうと、母親が朝食の準備をしていた。父親は、既に朝食を取っている。

「いただきます」

 トーストにバターを塗り、一口かじる。と、そういえば旅行のことを両親に話していなかったことを思い出した。

「あ、父さん、母さん、友達が今度泊りがけでスキー旅行に行こうって言ってるんだけど、いいかな」

 ちょうど話しているときに、母親も席に着いた。

「旅行? 一体誰と?」

「えっと、千香と成美。あと、千香たちの部活の先輩と後輩。まだ何人で行くか決まって無いけど」

「学生だけで行くの? 大丈夫かしら。ねえ、あなた、どう?」

 さすがに学生だけ、ということに不安があるのだろう。母親は父親の意見も聞くことにした。父親はテレビを見ていたが、母親に話を振られて有子のほうに顔を向ける。

「そうだなぁ、いいんじゃないか? たまには友達同士で羽を伸ばすのも」

「本当? じゃあ、行ってもいいのね?」

「ああ。ただ、けがや事故だけは注意しなさい。それと」

 父親はそこまで言うと、残った牛乳を飲み干した。

「旅行に行くと言っても、小遣いは出さないぞ。自分の貯金で何とかしなさい」

「えぇ、そんなぁ」

 旅行代金に親の援助を当てにしていた有子は、がっくりといった感じで肩を落とした。それを見て、父親が続ける。

「ああ、そういえばもうすぐ誕生日だったな。前祝ってことで、ほれ」

 そういうと、父親は財布を取り出し、万札を三枚ほど有子に手渡した。

「え、いいの?」

「あくまで誕生日の前祝だからな。誕生日には何もやらんぞ?」

「あ、ありがとう、父さん」

 有子はお金を受け取ると、大事に自分の財布にしまう。残ったトーストを口にして牛乳を飲み干すと、テーブルを立った。

「行ってきます」

 玄関まで行くと、いつもどおり母親が迎えだしてくれる。

「気をつけてね」

「うん」

 靴を履き、玄関のドアを開けると、薄暗い空が徐々に明るくなっていく光景が見れた。ちょうど朝日が昇り始めた頃だろう。

 いつもの通学路を歩くと、近所の人が何人か歩いていた。有子は挨拶をしながら駅へ向かっていく。その朝の通学路の風景は、いつもの通学路と同じだった。



 朝の高校の最寄り駅は、多くの通学生、通勤者でひときわ混雑する。駅の人ごみを抜け、高校の通学路へ向かって少し歩くと、ようやく人が少なくなってくる。が、すぐにまた、通学生で賑やかになっていく。

「おはよう、ユウ」

「あ、千香、おはよう」

「旅行の準備はどう?」

「うん、まだ昨日聞いたばかりだから何も。とりあえず、旅行費用はなんとかなりそう」

「ええ、いいなぁ」

 有子は今朝もらったお小遣いのことを千香に話すと、「それは貰い過ぎなんじゃない?」と突っ込まれた。

「千香は、どうなの?」

「昨日ウェア探したら、ちょっと穴開いてるみたいだからさ、買い換えようかなって」

「え、ウェアって、借りるんじゃないの?」

「まあ、私はよく行っているから」

 なるほど、だからスキー旅行なのか、と有子は内心納得した。


 しばらく話をしていると、気が付けば高校は目の前だった。

 と、目の前に私服の男性が二人立っている。見たところ、高校の教師ではないようだ。

 有子と千香は気にせずに通り抜けようとしたが、その前にその二人が近くにやってきた。

「加藤有子さん、ですか?」

「え、ええ」

 不意に声をかけられ、戸惑う有子と千香。すると男性の一人が、胸元から何かを取り出し、二人の目の前に差し出した。

「私、こういうものですが」

 見ると、それは警察手帳だった。鹿屋警悟(かのやけいご)と書かれている。

「加藤さん、ちょっと話を聞きたいのですが、そこの喫茶店でどうですか? あ、担任の先生には許可を取っていますので」

 警察が一体何の用なのだろうか。思い当たることといえば、先週起こった、佐藤有子の殺人事件と、健二が死んだことだ。

「え、ちょっと、一体有子がどうしたの?」

「ああ、事件のことで聞きたいことがありまして。では、行きましょうか」

 有子は少し戸惑っていたが、しばらくして「わかりました」と、刑事の二人と共に近くの喫茶店に向かった。

「……一体、何なのよ」

 残された千香は、ホームルーム開始の予鈴がなったのも気が付かず、呆然としていた。

 早くメインの話を書きたいのに、その途中の話を作ったり、矛盾が生じないようにするために調整したりするのは結構面倒なのです。

 本当は次はもうスキー旅行始めたいのですが、よく考えると「学校で事件が起こったのに、生徒に話を聞かないのはおかしい」というので、急遽こんな終わり方に。


 多分、次回は警察と有子とのやり取りの話になるかと。……有子、無事に旅行にいけるのかしら(汁

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― 新着の感想 ―
[一言] お久しぶりです!また読ませていただきました!今度は有子視点なんですね…凄い続きが気になるのでまた楽しみにしてます!
2012/06/23 17:39 退会済み
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