幸せへの一歩
悪霊の王を倒したことでレベルが上がったと告げられたため、すぐにステータスを確認してみたのだが、変化があったのはスキルだけだった。
「えっと?」
俺が新たに手に入れたのは、固有スキルの【同調】というものだった。
……これまた意味の分からないスキルが手に入ったな。
分からないモノは分からないので、素直にどんな効果か確認すると……。
【同調】……周囲と同調する。
分かるかッ!
何その説明!? それだけで分かると思うか!? 分からねぇよ!
もっと詳しい説明はないわけ!?
何とかしてスキルの効果を調べようとしたが、結局これ以外の表記は現れず、効果が分からずじまいとなってしまった。
どこか納得できない様子でいると、宝箱と父さんたちが近づいてきた。
「……相変わらず容赦ない……思わず相手に同情してしまった……」
「その節は大変申し訳ありませんでした」
宝箱には似たようなノリで倒してしまっているため、謝るしかない。ごめんなさい。
「誠一。ずいぶんと立派になったな。父さんは嬉しいぞ」
「そうね将来が楽しみね」
父さんたちは、柔和な笑みを浮かべ、俺の頭を撫でてくる。
気恥しいが、嬉しさの方が強いので、黙って撫でられ続けていた。
そんなことをしていると、不意に辺り一面に声が響き渡った。
『……誠一様……誠一様……』
「え?」
「この声は……」
「なんだなんだ?」
突然の声に、みんな驚いた様子だったが、俺は聞いたことある声だったため、冷静に答えた。
「あ、冥界さん」
「冥界!? この声、冥界の声だっていいたいの!?」
「え? うん」
「何でアンタは冷静なのよ……」
アンナが疲れた様子でそう呟いた。
あ、普通はパニックだよな。……いや、俺だって普通だからね!
「もう大丈夫なの?」
『……はい……貴方のおかげで、無事に新たな門番を生み出す事が出来ました……感謝いたします……』
「どういたしまして」
「……冥界に話しかけられる状況が異常なんだけど、それに適応してる誠一君こそが異常だね……」
ルシウスさんの呆れを含んだ笑いに、俺は何も言い返せなかった。その通りでございます。
「それじゃあ、俺の役目は終わったってことで、元の人間界に帰してくれるんだよね?」
『……ええ……約束通り、人間界に帰しましょう……』
「よっしゃああああああああっ!」
よかった! これで死んだなんてことにならずに済むぜ!
そう喜んでいたのだが、ふとあることに気付いた。
「あ……そう言えば、この世界の時間軸と、人間界の時間軸ってどうなってるんだ……?」
もし無事に帰れたとしても、人間界では百年も経ってましたとか浦島太郎状態になるのはごめんだ。サリアたちとも別れることになるわけだからな。
それに、この冥界は空の色もずっと同じなので、正直どれくらい時間が経ったのかも分からなかった。
だが、俺の心配は杞憂に終わった。
『……安心してください……冥界の時間軸と人間界の時間軸は同じです……貴方が冥界で過ごした時間ですが、一日程度だと思います……』
「そっか。それなら安心だな」
浦島太郎にならなくてよかったぜ。
戻った瞬間に知り合いが一人もいないとか、お爺さんになっちゃうとか嫌だからね。……この体なら適応できる気もするけど。
「それじゃあ、早速元の人間界に帰してくれ。あ、父さんたちも一緒だよな?」
俺がそう言って、父さんたちの方を振り返ると、全員困ったような笑顔を浮かべていた。
「……どうしたの?」
「……誠一、すまない。父さんたちは行けないんだ」
「…………え?」
俺は父さんの言葉の意味が分からなかった。
「な、何言ってるんだよ。一緒に帰ろうぜ? ほら、ゼアノスたちも……」
ゼアノスは、ゆっくりと首を横に振った。
「残念だが、無理だ」
「何でだよッ!」
「それは僕たちが死んでるからさ」
ルシウスさんが、ハッキリとそう言った。
「え?」
「だから、ここでお別れなんだ、誠一」
「な、なんでだよ。悪霊の王も倒したし、このまま俺と一緒に元の世界に帰ろう? それに、死んだって……みんなこうして生きてるじゃないか!」
「誠一君、言ったよね? 僕たちは君のように生きてるワケじゃないって」
「どうして!?」
優しく諭そうとするルシウスさんに、俺は詰め寄る。
「一度死んだ人間は、生き返らない。もちろん蘇生魔法もあるけど、それは死んですぐにしか効果は発揮しないんだ。これは世界のルールなんだよ。誰にも変えられない、絶対なんだ」
「そ、それなら、冥界さん! 父さんたちも人間界に戻してよ! 悪霊の王を倒すのを手伝ったんだからさ!」
『…………誠一様……それはできません……できないのです……冥界そのものである私だからこそ、ルールを破ることは出来ないのです……』
「……」
冥界さんの申し訳なさそうな声に、俺は黙る。
力いっぱいに拳を握り、顔を伏せていると、母さんが俺を抱きしめた。
「誠一。大丈夫よ。貴方なら、大丈夫。なんてったって、私と誠さんの自慢の息子なんだから。誠一には新しい世界で大切な人が出来たんじゃないの? その人を泣かせてはダメよ。――――さあ、早く行きなさい。アナタの大切な人が待ってるわ。私たちは一緒に行けないけど、これからも前を向いて、楽しく生きてね」
泣き笑いながら、母さんはそう言った。
それを聞いて、俺は――――。
「んなこと知るかッ!」
『!?』
「世界のルール? 楽しく生きて? ――――バカにするなよ」
「誠一。父さんたちは真面目な話を――――」
「真面目な話なんて知るかッ! ふざけろッ!」
「ふざけろ!?」
父さんたちの言葉は、さすがにカチーンときたわ。
いろいろな物語では、確かに死んだ人と出会ってもそのまま生き返ることはなく、それでも主人公が前を向いてハッピーエンドになるんだろう。
でも……大切な人が死んだままで、ハッピーもクソもねぇんだよ!
「俺に楽しく生きて欲しいなら、生きてくれよ! 好きな人……大切な人が死んだままで、楽しく生きられるわけないだろ!?」
「誠一。これは物語じゃないんだ」
「ああ、物語じゃねぇよ!」
そう、物語は時に残酷だ。
大切な人の死を糧に、主人公は幸せな道を進むわけだからな。
「物語じゃないからこそ、俺は俺の幸せの為に、全員に生き返ってもらうからな!」
バカげたセリフだと思う。人生を舐めているとも思う。
それでも、俺は自分の気持ちを否定したくない。わがままだとしても、俺はその意思を貫きたい。
世界がどうとか、知ったこっちゃねぇ。
周りの言葉も何もかも、俺には関係ない。
ただ、俺が思う幸せのために我儘を言ってるんだからな。
俺の言葉と雰囲気に、全員圧倒される中、何とか持ち直した父さんが口を開いた。
「口ではどうとでもいえるが、現実はそう甘くはないんだ。諦めなさい」
もう一度諭すように、俺にそう語りかける。
父さんだけじゃない、それこそ冥界までもが俺に諦めるように説得してきた。
だが、俺の体だけは、俺の声に――――応えた。
『スキル【同調】が発動しました。これにより、周囲と同調します』
不意に流れる脳内アナウンスに、俺は一瞬呆ける。
へ? 同調? あの手に入れたもののよく分からなかったスキルがどうして……。
訳が分からず呆然としていると、突然、父さんたちの体が輝きだした。
「なっ!?」
「これは……」
みんな、自分の体に起こっている現象に驚くなか、またも俺の脳内にアナウンスが流れた。
『同調を完了しました。今回の同調内容は、誠一様の【生者】の性質を同調の本体とし、周囲と同調したため、周囲の【死者】は【生者】へと性質を同調させました』
俺は何も言う事が出来なかった。
それは俺だけではないようで、父さんたちも絶句している。
すると、ルシウスさんが、苦笑い気味に言った。
「参ったねぇ……まさか、ルールを破っちゃうなんて……」
「ま、まさか……」
父さんがそう訊くと、ルシウスさんは穏やかな笑みを浮かべて答えた。
「僕たちは、誠一君のおかげで生き返ったみたいだね」
『!?』
信じられないとばかりに目を見開く父さんたち。
だが、冥界がルシウスさんの言葉を裏付けるように言葉を発した。
『……本当に信じられないことですが……皆さん、誠一様と同じく、【生者】となっているため、人間界に帰る事が出来ます……本当に……意味が分からないですが……』
冥界からもそう言われた父さんたちは、しばらく言葉を発することもできなかったが、やがて俺を力強く抱きしめた。
「誠一ッ! お、俺は……またお前の傍で、成長を見守る事が出来るのか!? そうか、そうなんだな!?」
「誠一……誠一……!」
父さんと母さんに、身を委ねたまま、もみくちゃにされるも、俺はずっと笑顔を浮かべ、二人を抱き返した。
「そうだよ。俺が大人になってからも、元気で生きてくれよな」
「ああ……ああ……!」
「もちろんよ……! 孫を見て、孫が成長するまで死ねないんだから……! だから、早く結婚しなさい!」
「それは流石に気が早すぎるだろ!?」
俺、まだ高校生だからね!? ……いや、今は先生をやってるけどさ!
ゼアノスたちも、それぞれが生きて人間界に帰れるという喜びを噛みしめ、互いに喜び合っていた。
他の誰が何と言おうが、俺は意味のある死なんざ望んでない。ましてや、大切な人が死んだままとか許せない。
こうして大切な人が笑って生きてくれることこそ、俺の幸せなんだ。