校内対抗戦~ベアード~
10月26日、司会の名前をマリーからリリーに変更しました。
その後、CクラスとAクラスの試合は、何の滞りもなく進んだ。
AクラスとCクラスの男子の試合の後、すぐに女子の試合も行われる。
それにしても、確かに司会のリリーさんが注目していたジオニスって選手……つまり、ランゼさんの息子さんは、本当に強かった。てか、圧倒的だった。
なんせ、試合時間が数秒だったからな。
他の生徒は似たり寄ったりの実力なのに、ジオニスだけずば抜けていた。……これが総合力だけSクラスの実力なのだろう。
相手の生徒は、魔法を打つことも、剣を振りかぶることもできず、すぐに距離を詰められ、一撃でノックアウトされてたからな。
そうこうしているうちに、女子の試合も始まり、純粋なステータスの差から、Aクラスが勝ち進む結果となった。
『いやぁ、素晴らしい戦いでしたね! やはりジオニス選手が圧倒的だったと思うのですが……解説のマイケルさん、この試合はいかがだったでしょうか?』
『何が何だか。さっぱり分かりません』
『なるほど! それほど高次元の戦いだったということでしょう!』
解説いらねー!
解説するなら仕事しよ!? 分からないじゃダメじゃない!
素人にも分かるように伝えてくれないとさ、解説の意味ないよね!? しっかりして、マイケルさん!
それはともかく、AクラスとCクラスの対戦が終わった後は、もう俺たちの出番だった。
Aクラスが退場するのを見届け、俺はアグノスたちに視線を向ける。
「さて、相手はSクラスなわけだけど……」
「何も問題ないッス!」
「そうだな。いつもの俺たちでいるだけだ」
『先生は、安心してくれ』
「大丈夫よ。負けはしないわ」
「が、頑張ります~!」
「私の美しさを見せつける時が……!」
「よっしゃああああっ! 頑張っちゃうよー!」
「主様。お腹が空きました」
「我慢して!?」
どうやら、みんな俺が心配せずとも、緊張はしていないようだった。ルルネは緊張感がなさすぎるけどさ。
「まあ、とにかく……行こうか」
『はいっ!』
元気のいい返事を受け、俺たちは闘技場内へ足を踏み入れる。
すると、歓声が――――上がることはなかった。
「Fクラスの分際で調子に乗りやがって……」
「魔法も使えない連中が、勝てるわけねぇだろ?」
「恥ずかしくないのかしら?」
「どうせ勝てるわけもねぇのにな」
罵声や嘲笑の嵐。
俺とベアトリスさん、そしてレオンとサリアは、闘技場端のベンチで試合の様子を見るため、直接それらに晒されることはなかったが、それでもこの状況に俺は何とも言えない気持ちになった。
ベアトリスさんも、悲しそうな、とてもつらそうな表情を浮かべている。
レオンも、周囲の罵声に怯えながら、つらそうな表情を浮かべていた。ただ、サリアはまったく気にした様子もなく、声援を送っていたが。
そして……アグノスたちの表情も、死んでなかった。
「魔法が使えねぇ……か……」
「まあ、当たっているが。……いや、当たっていただな」
「……ねぇ、本当にやるわけ? 自分から手札を捨てるのと一緒よ?」
「フン。そこのバカに訊け」
「当たり前だろ? 本当の俺たちの力で、勝たなきゃ意味がねぇんだよ」
「……ま、いいけどね。どのみち負ける気はないし」
「私も賛成です。だって、その方がより美しいじゃないですか……!」
「う~ん……ま、難しいことは分からないや! 取りあえず、いつも通りに戦えばいいってことだよね!」
『あの先生に教えてもらった今、果たしていつも通りに戦えるか疑問ではあるがな』
「ど、どうでしょ~? 強くなったとは思いますが、魔法はまた別ですからね~……」
何やら、アグノスたちは周囲の声を気にするどころか、よく分からない会話を始めていた。
その様子に、俺やベアトリスさんが首を捻っていると、少し遅れてSクラスが入場する。
「さて、少しは私たちの生徒の経験になってくれるといいのだがねぇ」
あの先生、嫌味言わないと生きていけないのだろうか? 大変だなぁ。
それにしても、性格が顔に出るっていうけど、あの先生見てると、確かにそこそこ顔だちは整ってると思うんだけど、厭らしい性格をしてるんだろうなぁって分かっちゃうよね。
どんなにブサイクでも、普段から笑ってれば明るい顔だちになれるはずだ。
まあ、俺の場合は暗い表情ばかり浮かべてたから、救いようがなかったんだけどね……。
俺が表情を曇らせていると、司会のアナウンスが流れてくる。
『さて、第二試合は……これまた両極端な組み合わせですね! FクラスとSクラスの試合です!』
『どういう意味でしょうか?』
『この学園では、Sクラスが成績優秀者の集まりに対し、Fクラスは、その……成績に難のある集団なのです』
『成績に難がある……頭が悪いのですか?』
『いえ、その……魔法が使えないのですよ。ですから、魔法が使えるSクラスと、魔法が使えないFクラスで、極端な組み合わせだなと』
『なるほど……エリートと落ちこぼれの差ですね』
『私のオブラートに包む努力を返してもらいたいものですね! それでは、選手の皆さんは準備をしてください』
司会のリリーさんの言葉に従い、戦う人以外はその場から離れていく。
残ったのは、俺のクラスからはベアードで、相手の選手は……言い方悪いけど、何の特徴もない金髪碧眼の男子生徒だった。ただし、先生に似たのか、厭らしい笑みを浮かべている。厭らしい笑みが流行なんだろう。最近の流行にはついて行けないね。
それにしても、相手の男子は何というか……権力者に媚び売る取り巻きっぽい見た目だなあ。すごく失礼な感想だけど。
『それでは、Sクラスのトリマキー選手対Fクラスのベアード選手の試合を始めます!』
名前が酷くない!? 取り巻きってこと!? いや、何となく権力を持つ人たちの取り巻きっぽいなとは思ったけどさ! 俺も大概失礼だな! 心の声だから許してっ!
「……典型的な貴族の取り巻き」
「言っちゃったよッ!」
思わず振り向くと、いつも通り眠そうな雰囲気のオリガちゃんがいた。
「って……あれ? オリガちゃん。今回はアルと一緒に客席で見てるんじゃなかったの?」
「……アルお姉ちゃんが、せっかくだからこっちで見て来いって。アルお姉ちゃんも呼んだけど、別にFクラス専属ってわけじゃないから、遠慮するって……」
「そんなこと気にしなくてもいいのにな……」
まあ、俺が気にしなくても他が気にするのか。主にSクラスとかSクラスとかSクラスとか。
くだらないことを考えていると、闘技場ではトリマキーとベアードが会話をしていた。
「フン。落ちこぼれ風情でよく参加する気になれたな。まあ、せいぜい俺の魔法の実験台になってくれ」
『善処しよう』
トリマキーがどれだけ突っかかっても、ベアードはまったく動じた様子がなかった。おかしいな、今となってはあのクマの被り物が頼もしく見えるぜ。
「……舐めやがって。後悔させてやるッ!」
だが、ベアードの態度は相手の神経を逆なでしたらしく、憎々し気にベアードを睨みつけていた。
そして――――。
『それでは、Sクラスのトリマキー選手対Fクラスのベアード選手……試合、開始ッ!』
リリーさんの声に反応して、トリマキーは大きく飛び退くと、早速魔法を放った。
「ふざけた態度をとったこと、後悔させてやるッ! 『ファイアーランス』ッ!」
トリマキーが使った魔法は、炎が槍の形になって、対象に飛んでいくというものだった。
威力も高く、魔法としては中級魔法に分類されている。
これは、避けなきゃ大ダメージになってしまうのだが……。
『……』
ベアードは、その炎の槍を殴り落とした。
「…………は?」
トリマキーは、目の前で起こった出来事に、思わず呆然としている。
……ベアードも無茶をするな。確かに、この校内対抗戦では、すごい回復魔法が使える人が何人もいるため、即死攻撃でもない限りはどんな攻撃も認められている。
だとしても、普通怪我を恐れてベアードのような真似はしないだろう。
ただ、ベアードは無傷っぽいが……。
ベアードは、メリケンの装着された手を、ゴキゴキと鳴らす。
『さあ、遠慮せず魔法の実験をしろ』
「っ! ふ、ふざけるなああああああああああああっ!」
たった一言だけで、血が頭に上ったトリマキーは、『ファイアーボール』や『ファイアーランス』など、中級魔法と初級魔法をいくつも打ち出した。
しかし、そんな魔法の嵐の中を、堂々と歩きながら、当たる魔法だけ殴り落としながら、ベアードはトリマキーに近づく。
「来るな来るな来るな来るな来るな来るなあああああああああああああああああああああああっ!」
そして、ベアードは一瞬トリマキーを惑わすため、その場でサイドステップを踏み、意識を左右に揺さぶると、一気に背後に回り込んで、脳天にかかと落としを決めた。
「ががぺっ!?」
トリマキーは、その場でふらふらっとよろつくと、すぐに顔から地面に倒れこんだ。
そんな様子をベアードは眺めながら、いつも通りスケッチブックを取り出した。
『満足に実験は出来たか?』
『と、トリマキー選手、ダウンッ! よって、ただ今の試合、Fクラスのベアード選手の勝利です!』
リリーさんがそう言うも、会場はシーンとしていた。
バーナさんは、ニコニコと笑顔を浮かべてはいるが、それ以外の人間は信じられないといった表情が浮かび上がっている。
それもそうだろう。なんせ、ベアードは魔法を一つも使わずに倒したんだからな。
普通、魔法を直接攻撃して無効化するとかは、魔力を腕に纏わせたりしないとできないそうだが、ベアードの場合、腕を振るう風圧だけで炎をかき消していたのだ。
そのせいで、周囲からは殴り落としているように見えていただろう。
……どちらにせよ、普通の戦い方じゃないよね!
沈黙の中を、堂々と歩き、他のFクラスが待ってる場所まで移動したベアードは、ブルードにスケッチブックを見せた。
『ブルード。お前の兄に見せつけてやれ』
「……言われるまでもないな」
ベアードの言葉を受けたブルードは、不敵な笑みを浮かべながら、優雅な足取りで会場の中心まで移動する。
その頃、俺たちベンチはというと、ベアトリスさんとレオンが驚きの表情を浮かべ、サリアは楽しそうに応援していた。
「……誠一お兄ちゃん」
「……ん?」
「……これ、本当に落ちこぼれ?」
「僕もう知らなーい!」
予想外の戦い方に、俺は考えることを放棄するのだった。
10月26日、司会の名前をマリーからリリーに変更しました。