友情
結局、俺たちはあのあと教室に帰った。
それは、アグノスたちが言い出したことで、Sクラスの人間に魔法が使えるようになったことはまだ伏せておきたいかららしい。というのも、まだ使えるようになったばかりで、上手く使えるわけじゃないからという理由もある。
そして、俺もさっきまでは見返してやろうなんて気持ちにもなったが、時間が経つにつれてどうでもよくなっていき、教室に着くころには、もはやSクラスにはほとんど興味が無くなっていた。
もちろん、ベアトリスさんがバカにされたのは許せない。
でもそれは、俺が何かをするんじゃなくて、アグノスたちがどうにかすることなのだ。
まだ出会って日の浅い俺ではなく、長い間一緒に過ごしてきたアグノスたちこそが、頑張るべきなのだ。
俺はただ、アグノスたちが魔法を使えるようになったことで、他の人たちから対等に見られてくれればいいなと思うのだった。
メインで頑張るのはアグノスたちだが、俺は俺でみんなを全力で支えようと思っている。
ただ、まさかあの場面で勇者たちを一気に見ることになるとは思わなかった。
幸いと言うべきか、気付いたのはすでに会っていた神無月先輩だけで、翔太たちは俺のことには気づかなかったようだ。そりゃそうだよな。太ってないし、フード被ってるし。これで分かるとか、マジ神無月先輩ヤベェ。
そんなことを思っていると、ベアトリスさんが教室に戻ってきた。
ちなみに、ベアトリスさんには俺が保健室に行って、教室にいることを伝えてある。しかし、俺が保健室についた時にはまだレオンは目を覚ましていなかった。
「ただいま戻りました」
「あ、ベアトリスさん」
「ベアトリスの姐さん! レオンは大丈夫っスか?」
アグノスがそう尋ねると、ベアトリスさんは悲しげな表情で首を振った。
「目は覚めたのですが、今は一人になりたいと……」
「そうですか……」
一応、俺が帰った後に目を覚ましたようだ。
本当に、レオンはどうしたのだろうか? 俺たちにできることがあればいいんだが……。
「……まあ、一人になりたいというのなら、今はそっとしておきましょう。それで、これからのことなんですが……ベアトリスさん、どうでしたか?」
「はい、大丈夫です。生徒たちのレベルアップを兼ねて、野外で活動することもあるので」
「そうですか! それはよかった!」
実は、ベアトリスさんに教室にいることを伝えたついでに、俺は闘技場以外で訓練ができる場所がないか訊いていたのだ。
すると、学園の外に出て、魔物を相手に戦ってみるのはどうかという話になり、ベアトリスさんに外に出る許可をとってもらっていたのだ。
「なら、早速これから外に行きましょう」
「あ、兄貴、ちょっと待ってください! 外行く前に、レオンの様子見てもいいっスか?」
「え? それは……大丈夫なんでしょうか?」
先ほど、ベアトリスさんがレオンが一人になりたいと言われたって言ってたけど……。
詳しい様子を知らないので、俺はベアトリスさんに訊く。
「確かに一人になりたいと言ってましたが、あれから少し時間も経ちましたし、少しだけなら大丈夫だと思いますよ。何より、みなさんが行ってあげる方が私たちよりも効果があるでしょう」
「だ、そうだ。なら、外行く前に保健室に寄っていくか」
「あざっす!」
こうして、俺たちは外に行く前に保健室に寄ることになったのだった。
◆◇◆
僕――――レオン・ハーディーは怯えていました。
そんな僕には、Fクラスのみんなに隠している秘密があるのです。
それは、僕が魔法を使えるということ。
本来、Fクラスにいる人間は、世間でいう落ちこぼれたちが集まるクラスで、ここで言う落ちこぼれとは、魔法が使えないことをさしていました。
魔法とは、剣や槍を使えない人間でも、圧倒的な力で多くの人たちを倒す事が出来る、強大な力です。
もちろん、魔法が全てではなく、剣や槍を持てば一騎当千という強い人たちもいますが、そんな人たちは本当に一握りだけ。
だからこそ、様々な国でも普通の人が敵を簡単に倒す事が出来る魔法を使える人間を、重宝するのです。
これは、世界が未だに多く争っているからこその価値観なのかもしれません。
そんな中で、ハーディー家の次男として生まれた僕は、昔から五属性の魔法を操る事が出来ました。
僕が、世界でもとても珍しい五属性を操ることができると知った両親はとても喜び、僕も両親が喜んでくれるのが嬉しくて、たくさん魔法の勉強をしました。
ですが、幼かった僕には、その行為がある意味で危険だということに気付けませんでした。
それは、僕の双子の兄の存在です。
兄も、二属性操る事が出来ましたが、それでも僕という存在がいたからこそ、兄は常に比べられていたのです。
兄は、いずれハーディー家の次期当主として、勉強や武術などに打ち込んでいました。
しかし、僕という存在があったからこそ、ハーディー家のなかで、次期当主を僕にという声が出てきたのです。
それから、僕の地獄の日々が始まりました。
魔法を封じる特殊なアイテムを着けられ、訓練という名目の虐めが続く日々。
剣や槍が苦手な僕は、ただ打ちのめされるだけ。
魔法の練習と称して、縛り上げられ、魔法の実験台にされる。
骨は折れ、内臓は潰れ、血を吐く毎日。
僕が死にかけると、兄に従う従者や、仲のいい他の貴族の子息たちが、僕の傷を癒し、また再びいたぶられ続けました。
どれだけ謝罪の言葉を口にしても、兄は耳を傾けてくれません。
それどころか、愉悦の笑みを浮かべ、僕が壊れるさまを楽しんでいました。
魔法が使えたから、あの地獄を見た。
魔法に対する希望を失い、ただ、自分のこの魔法が人より使えるという体を恨み続けました。
そしてとうとう――――僕は、魔法が使えなくなりました。
本来魔法とは、想像力です。
魔法は、その想像を形に変え、現実へと現すもので、それを補助するため、詠唱やアイテムなどが存在しています。
ですが、昔の僕は、魔法名を唱えるだけで、魔法を使う事が出来ました。
そんな魔法を、僕は使うことを恐れたのです。
魔法を使うと、またあの地獄の日々が蘇る……そう思うと、魔法を想像する事が出来なくなりました。
魔法が怖い。
その気持ちを刻み込まれた僕には、二度と魔法が使うことができないでしょう。
「僕がいたから、兄さんは……僕なんかが生きてるから、僕自身が……」
暗い思考の海に沈み、このまま消えてしまいたい――――そう思ったときでした。
「おうおうおうおう! 元気か!? レオン!」
「貴様はバカか? ここは保健室だぞ。静かにしろ」
『大丈夫か?』
「大丈夫ですか~?」
「取りあえず、目を覚ましたようで何よりです」
「急に倒れるから、みんなびっくりしちゃったよ!」
「……まあ、取りあえず大丈夫そうね」
いきなり保健室の扉が開くと、アグノス君たち……Fクラスの全員が僕のところに来たのです。
「ど、どうして……」
「どうしてってそりゃあ……心配だから見に来たんだよ」
こんな僕の為に、わざわざお見舞いに来てくれたというのです。
「そ、そんな……僕なんか気にしないで」
「バカ野郎! 『なんか』とか言ってんじゃねぇよ! お前は一人しかいねぇんだぜ?」
「……」
「……何があったかは聞かねぇよ。んで? 今から俺たちは誠一先生たちと学園の外に出て、訓練をしに行くんだけどよ……レオンも来るか?」
「が、学園の外?」
さっきまでは闘技場で訓練していたのに、どうしてだろうと首を捻っていると、ブルード君が教えてくれました。
「レオンも見たと思うが、俺たちは全員魔法が使えるようになった。そんなときに、Sクラスの連中がやって来てな……手の内を隠しておきたい俺たちは、誠一先生たちに見てもらいながら、外で訓練をしようということになったのだ」
「あのいけ好かねぇ野郎ども、ベアトリスの姐さんをバカにしたんだぜ!? だから、今回の校内対抗戦で俺たちの力を見せつけてやろうって思ってよ」
どうやら、僕が気絶していた間に、何かあったみたいだった。
「知ってると思うが、校内対抗戦は男女別の五人の選抜チームで行われ、一人ずつ戦い、三勝した方が勝つ。だが、俺たちのクラスはサリアたちが入ったおかげで女子はメンバーが足りてはいるものの、男子は一人少ない。もちろん四人でも参加できるが、それは大きなリスクとなる。三人勝てばいいとは言うが……相手は腐ってもSクラスだ。馬鹿には出来ん」
「だから、レオンにも参加してもらいてぇんだ。頼む! 俺たちに力を貸してくれ!」
「そ、そんな! ぼ、僕なんかに頭を下げないで!」
アグノス君だけでなく、ブルード君やベアード君まで、僕に頭を下げてきました。
「俺たちは、アイツらを見返してやりたい。俺たちの担任は、スゲーんだぜって、知らしめてやりたいんだ。だから……頼む!」
「……」
必死に頼み込んでくるアグノス君だが、僕は――――。
「ぼ、僕は……僕には無理です……! 僕は、戦えません……!」
僕は、その頼みを拒んだ。
そんな僕の言葉を聞いて、アグノス君は――――。
「――――そっか。まあ、しゃあねぇ! 俺たちで全部勝てばいいだけだしよ! 気にすんな!」
アグノス君は、ニカッとこんな僕に笑顔を向けた。
僕は、クラスの為に戦うことを拒否したというのに――――。
「どうして……どうして僕なんかに……」
「だーかーらー! いちいち卑屈になってんじゃねぇよ!」
「むぐっ!?」
突然、僕の両頬がアグノス君の両手で挟まれ、無理やりアグノス君の目と合わせさせられた。
「前を見ろ! んで笑え! 俺たちが負けると思ってんのか!?」
「そ、そんな……」
「じゃあ、そんな死にそうな顔してんじゃねぇ! いいか? 俺らだけ見てろ!」
「!」
「他の連中なんざ気にするな! そんなこと気にするくらいなら、俺様のカッコいいところをしっかりと目に焼き付けろ!」
アグノス君は、僕にそう言った。
すると、ブルード君が、呆れた様子で口を開く。
「フン。まあ、アグノスを見てれば笑えるだろう。アホだからな」
「んだとゴルゥア!?」
『レオンは、安心して俺たちの戦う姿を見てくれればいい』
ベアード君も、僕にそう伝えた。
こんな僕を、心配してくれる人がいる。
魔法が使えなくなってから、両親も僕を気にかけなくなった。
だから、僕のことなんて気にしなければいい。
でも、アグノス君たちは、僕のことを認めてくれた。
だからこそ、見ててくれと言ってくれた。
それでも、今の僕には魔法が使う事が出来ない。
そんな僕でも、ちゃんと見てくれる人がいる……。
そのことを実感した僕は、涙せずにはいられなかった。
「よかったですねぇ~」
「男って、妙に暑苦しいわよね」
「いいなぁ。ボクもあんな友情欲しいなぁ」
「これが美しい男の友情というヤツなのでしょう。女の私たちには難しいのではないでしょうか? しかし、そんな友情よりもビューティフルな私……!」
ただ、後ろで僕たち男の会話を聴いていた女子の感想を聞いて、僕は思わず笑うのだった。