化物は気付いた
『進化の実』の予想外の話に、驚いていた俺だったが、ふと神無月先輩に視線を向けた瞬間、神無月先輩の瞳が死んでいることに気付いた。
「ふふふ……こうして、私が知らない誠一君の秘密を聞くと……嫉妬でどうにかなりそうだ」
神無月先輩を完全に放置して話を進めてしまった……!
そうだよ、『進化の実』のことを神無月先輩が知るわけないじゃないか! もっと違うタイミングでベアトリスさんに訊けばよかった!
何とかして、神無月先輩に話を振ろうと考えていると、ふとあることに気付いた。
「そう言えば、翔太たちはどうしたんですか?」
俺がそう言いながら周囲を見渡してみると、翔太たちどころか、他の勇者たちの姿を食堂で見つけることができなかった。
すると、神無月先輩は、死んだ表情から一転して、少し険しい表情で俺に言った。
「誠一君。それを説明するには、今の私たちの状況から説明する必要があるのだ」
「え?」
「ハッキリと言おう。私たち勇者組は……この学園で、敵視されている」
「なっ!?」
突然告げられた、衝撃の事実に俺は驚きの声を上げた。
さらに、ベアトリスさんもその言葉に肯定する。
「……たいへん言いづらいのですが……神無月さんの言葉は事実です」
「そんな……どうしてそんな状況に!? って、それなら神無月先輩はどうしてここに!? 神無月先輩はここにいて大丈夫なんですか!?」
「ふっ……私の勘が、食堂に行かないと後悔すると囁いたのだ。それに、微かにだが……誠一君の匂いを感じたからな」
「おーけー、まったく分からん!」
どうやら、俺の理解できる領域を超えているらしい。
「私に関しては、何とかうまい具合に立ち回ったおかげで、完全ではないにしろ、他の者たちに比べて敵意は少ないからな。先生方も目を光らせているから、急に襲われるなんて事態にはならないさ。それに、仮に襲われたとしても、返り討ちにできる程度の実力はあるつもりだ。これでも、勇者たちのなかでは上位の実力者だからな。だから、安心してほしい」
「そ、そうですか……」
取りあえず、誰かに襲われる心配がないと分かり、思わず安堵すると、神無月先輩は濁った瞳で俺を見つめた。
「本当に、安心してくれていい。君以外に、私の貞操はあげないからな」
「違う意味で安心できねぇ!」
「心配せずとも、私の純潔は守り通している。遠慮せず、消えない傷を残して、私を汚してほしい」
「話が生々しすぎる……!」
俺、こんな神無月先輩知らないよ! てか知りたくなかった!
ソッチ方面の耐性が低い俺は、思わず両手で顔を覆った。
そもそも、どうして俺なんかにこんなこと言ってくるの!? 地球にいたころ、神無月先輩って誰か好きな人がいるって聞いた気がするんだけど!?
脳みそがショート寸前でいると、アルが少し不機嫌そうに先輩に訊ねる。
「んで? お前は誠一をどうしたいんだ?」
「監禁したい」
「願望駄々漏れじゃねぇかッ!」
即答した上に、内容が酷すぎる! もうどうすりゃいいの!?
すると、神無月先輩はショックを受けた表情で口を開く。
「そ、そんな……私は、こんなにも誠一君を想っているというのに……私には、誠一君しかいないんだ。誠一君が望むことなら、何でもしてあげられる……いや、何でもする」
「なるほど。ならまともになってください」
「私はまともだが?」
「手遅れだった……!」
ねえねえ、俺の知ってる『まとも』からほど遠いんだけどさぁ、大丈夫? 俺の知らぬ間に、『まとも』の定義が変わってない? 変わってるよね?
「それはいいとして……」
「よくないから!」
「私が今日、こうして誠一君に会いに来たのには、ちゃんとした理由もあるんだよ」
「理由?」
俺が首を傾げると、神無月先輩は俺のローブを指さした。
「誠一君は、名前こそ隠してはいないようだけれど、今の格好のおかげで、顔は分からない」
「そう……ですね。一応、隠すつもりでフードも被っているので……あ、神無月先輩には見せますよ。もし、俺がフードを脱いでいる状態のときにあったら、分からないかもしれないですから」
「その心配はいらない。どんな君でも、すぐに分かるからな」
「おっと、違う心配が生まれたぞ!?」
確かに、臭いとか勘とかで俺の存在を察知しちゃうような人だからね! 全然不思議じゃねぇや!
「私が会いに来た理由は、誠一君には私たちに関わらないでほしいことを伝えに来たのだ」
「なっ!? どうして!?」
「君を巻き込みたくないからな」
神無月先輩はそう言うと、サリアたちに視線を移した。
「誠一君は今、地球にいたころ……それも、ご両親がご存命だった頃と同じくらい、幸せそうに見えるよ」
「それは……」
確かに、虐められてはいたけど、親が生きてた頃は、そんなこと気にならないくらい、俺にとっては幸せだったからな……。
「そんな君の幸せを、私は壊したくない。私にとって、誠一君が幸せであることが何よりも嬉しいことだからな」
「……」
「だから、君には私たち勇者に……いや、カイゼル帝国の関係者には近づいてほしくないんだ。そのために、君は今のまま、素顔を隠していてほしい。名前だけなら、この世界には東の国という似たような名前を持つ者たちの国があるともいうし、君が私たちと同じ地球からやってきたとは思わないだろう。私たち勇者組から見てもそうだ。翔太たちも、気付かないのではないか? 会話をすれば、気付かれるかもしれないが、見た目だけは、フードを被っているとはいえ、大きく変わったと思う」
真剣な表情で、神無月先輩はそう言うと、次に寂し気な表情を浮かべた。
「先にも言ったが、この学園における私たち勇者組の立ち位置は、非常に危ういのだ。主な原因は、勇者としての優秀なスペックと、潜在能力のせいで、周囲を見下す苛烈な差別が始まったことなわけだが……フッ、どれも自業自得だな」
「……」
「まあでも、君の素顔が見たいというのは……ある。かなり……いや、大いに…………勇者どもが…………!」
神無月先輩? 貴女も勇者ですよね? それに生徒会長でしたよね!? 私情が駄々漏れだぜ!
「コホン。まあ、私としては、こうして再び出会えたわけだから、片時も離れず、一生涯を共にしたかったわけだが……君の幸せのためだ。我慢しよう」
すみません、ちょっと安心してる俺がいます。
「あれ? でも……それなら今こうして話している姿を見られるのはまずいんじゃないですか?」
「その心配はない。一応、周囲に人が少ない席を選んだわけだし、何より、ベアトリス先生がいるからな。接点こそないが、最悪先生に質問しに来たとでも言っておけば、追及はできないだろう。それに、この場には私と誠一君以外にもいるからな。誠一君だけに話しかけにきたとは考えにくいわけだから、それだけでも十分だ」
一応考えてくれていたみたいだな……。
でも、神無月先輩が関わるなって言っても、俺はそう簡単に頷くことはできない。
「……俺のためとはいえ、そんなこと納得できませんよ」
「今回ばかりは、君の願いとはいえ、受け入れることはできない。もし、仮に君から私たちに接触を図ったとしても、私たちは他人の振りをするだろう。もうこの話は翔太たちにも通してある。わざわざ君を虐めていたヤツらに接触する意味もないし、酷な言い方をするが、意味のある接触相手など、君の数少ない友人くらいだろう?」
「うっ」
まったく言い返せない。俺、友達少ないからね! 決していないわけじゃないよ! そう信じてる! つか、確実に俺がこの学園にいるかどうかも分からない状態で、翔太たちにも話を通してあるってどういうこと!?
それはともかく、確かに俺が勇者組と接触するなら、神無月先輩たち以外、有り得ない。今となっては何の問題もないのだろうが、やはりこの世界に来る前まで長年いじめられ続けてきた身としては、虐めてきたヤツらと会うのはいろいろと辛い。
もちろん、実際出会えば、恐怖心など感じることもなく、返り討ちにできるんだろうけど。
そんなわけで、神無月先輩たちに他人の振りをされてしまえば、結局そこで終わりなのだ。……いや、他人の振りをするなら、俺がもう一度友人関係に持っていけば、何の問題もないんじゃね?
せっかくの神無月先輩の好意だとは分かっていても、それでも俺が神無月先輩たちを見捨てるのはありえなかった。
「とにかく、君は安心して過ごしてほしい。私も、勇者としての役割を終え、もう一度君の前に戻って来るから」
「……」
ここで何を言っても、神無月先輩は考えを変えないだろう。伊達に幼馴染をやってないからな。神無月先輩は一度決めたら絶対に実行する。
だからこそ、こういう場合は返事をするんじゃなく、適当に話の流れを変えて、話を有耶無耶にするのが正しいのだ。
「あ、そう言えば、神無月先輩がこうしてこの食堂にやってきても大丈夫って言いましたけど、そうすると翔太たちの昼飯はどうなるんですか?」
かなり無理やりな話題転換だが、何かを決意した時の神無月先輩はそのことに集中してるから、こういう不自然な話の流れにも気付かなくなるのだ。
「他の勇者たちの食事か? それなら心配いらない。彼らの食事は、学園側が用意して、教室まで運んでくれるからな」
どこのセレブですか。ただの学生の待遇じゃねぇよな? ……あ、勇者じゃん。
「いくらなんでも大げさすぎる気もするんですが……先輩がそう言うってことは、本当にそれだけ危ない状況なんでしょうね」
神無月先輩は、【神無月グループ】の令嬢だったこともあり、人を見る目や、周囲の空気を察する能力が長けている。
だからと言って、過信するのは危ないかもしれないが、神無月先輩の言葉は忘れずに心に留めておくのがいいだろう。
そんなことを考えていると、神無月先輩が不意に濁った瞳を向けてきた。
「さて、誠一君。しばらくの間、再び接触できないわけだから、先ほど君が作った、昔の君のフィギュアを私に寄越せ」
「お願いですらない!?」
「後、等身大のモノも用意してくれ」
「追加注文まで来たよッ!」
頭を抱えて、思わずそうツッコむと、神無月先輩は笑いながら席を立った。
「さて、そろそろ私は行こう。昼休みも終わることだしな」
「あの……」
「さっきも言ったが、私と君は、この昼休みが終わった瞬間、ただの他人だよ」
「……」
「…………とにかく、君が無事で……いや、幸せそうで、本当によかった」
神無月先輩は、そう寂しげに笑った。
「それじゃあ、また会おう。今度は、『勇者』の神無月華蓮ではなく、『幼馴染』の神無月華蓮としてな」
それだけ言うと、神無月先輩は踵を返した。
俺はその背中を見つめる。
そのとき、ふと神無月先輩の手首に、無骨な腕輪が着いていることに気付いた。
あんな腕輪……着けてたか?
過去の神無月先輩の姿を思い返してみても、あんな腕輪を着けていた記憶がなかった。
さらに言えば、神無月先輩の腕輪は、オリガちゃんに装着されていた【隷属の首輪】を想起させるのだ。
得体の知れない不安に駆られた俺は、急いで神無月先輩の腕輪に『鑑定』のスキルを使用した。
すると――――。
【隷属の腕輪】
俺のなかの、何かが切れた。