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修羅場

短くなってしまいました。すみません。

 腰まで伸びた綺麗な黒髪と、切れ長の黒色の瞳。

 【果てなき悲愛の森】でダメにした、地球の俺の通っていた高校の女子用の制服。

 すらりと長い脚は、黒色のタイツに包まれている。

 地球では、意図的に避けていたとはいえ、集会などのたびに目にしていたころの姿と何も変わっていない。

 俺の目の前に現れたのは、俺のよく知る神無月先輩だった。


「…………誠一君…………なのか…………?」


 呆然と呟く、神無月先輩。

 ――――って言うか、俺も呆然としているんですが。

 もちろん、この学園に勇者がいるってことは、いずれ会うことだってあると、理解していたつもりだったし、何より俺も、神無月先輩たちの安否を確認したかった。

 だが、こうしていきなり現れたことによって、完全に思考が停止してしまった。


「え、あ、その、えっと……え~……あー……」


 その結果、口から出てくるのは意味不明な言葉だけ。いや、言葉にすらなってねぇな!

 まさかこのタイミングで会うだなんて思っても見なかったわけで! ヤベェ、どうしよう! なんて声掛ければいいんだ!?

 ここは無難に、『お久しぶりです!』か? それとも『元気でしたか?』だろうか?

 ちょっと攻めて、『へい、彼女! お茶しな~い?』とかどうよ!? ……おーけー、落ち着け俺。

 神無月先輩と向き合う形のまま、心の中であれこれ考えていると、再び神無月先輩が口を開いた。


「――――ふむ、その言葉のつまり方、そして不意に起こる出来事に対する慌て方。また、その際普段より二回ほど呼吸数が多くなり、0.2秒ほど早口になるところ……間違いない、君は誠一君だな」

「何その判断基準!?」


 何でそんな詳しすぎることが分かるわけ!? 自分自身でさえ、まったく分からないことなんですが!?

 あれ!? 俺の知っている神無月先輩ってこんな人だったっけ!?

 いつも凛としてて、誰からも好かれるような、とてもすごい人で……決して、どこぞの変態たちのような存在じゃないはずなんですが!?

 思わず呆気にとられていると、神無月先輩は、目を潤ませながら、不意に俺に抱き付いた。


「なぁ!?」


 俺の後ろで、アルが驚きの声を上げたのが聞こえたが、それよりも俺自身が神無月先輩の行動に固まってしまった。


「よかった……本当によかった……! 君が無事であると信じていても、どうしても心の不安が無くなることはなかった……! だから、こうして君が無事にいてくれて……私はっ……!」

「……」


 ……神無月先輩は、こんな俺をずっと心配しててくれたのか……。

 本当は、思いっきり痩せたし、背の高さも声の感じも変わったから、気付いてもらえないんじゃないかって、不安だった。顔もフードで覆ったままだしな。

 俺に抱き付く神無月先輩は、震えていた。

 やっぱり俺は、幸せだな。虐められていたとはいえ、こうして俺のことを心配してくれる人がいたんだから。

 ただ、それを拒絶していた俺は、どうしようもないバカ野郎なんだろう。

 戸惑いながらも、神無月先輩の肩に触れようとした瞬間だった。


「――――女の匂いがする」

「………………………………へ?」


 とても低い、神無月先輩の声が聞こえた。

 何故か、俺の体から流れる冷や汗が止まらない。どうした? 俺の体よ。何をそんなに怯えているんだ?

 大量の冷や汗と、寒くもないのに、震え始める体に首を捻っていると、神無月先輩は何故か無表情で顔を上げた。


「女の匂いがする」

「なぜ繰り返す!?」


 理由は分からないが、俺の本能が、盛大に警鐘を鳴らしていた。

 すると、神無月先輩は、サリアたちの存在に今になって気付いたようだった。


「む? 彼女らは……?」

「あ、えっと――――」


 話題を変えられると思った俺は、すぐにサリアたちを紹介しようとした。


「彼女は――――」

「――――なぜだろうな。誠一君から、君の匂いがするのだが? 不思議なこともあるな」

「神無月先輩の鼻の方が不思議なんですけど!?」


 どうなってんの!? 先輩の鼻! 鼻まで優秀なのだろうか?

 神無月先輩は、サリアたちに向き直ると、自己紹介をした。


「私は神無月華蓮だ。誠一君とは『昔から・・・』、『一緒に・・・』過ごしてきた、『幼馴染・・・』だ。それで? 君たちは?」


 なぜ、そんなに特定の単語を強調して言うんだろうか。それに、心なしか、勝ち誇ったようにも見えるのはなぜ?


「えっと、私サリアです! 誠一の『お嫁さん』です!」

「――――ぐふっ」


 神無月先輩は、静かに吐血した。


「わ、私の耳も悪くなったものだな。よりによって、『誠一のお嫁さん』だなんて――――」

「えっと……こうして口にするとなると恥ずかしいですが、サリアの言っていることは間違いじゃないですよ」

「――――カハッ」


 再び、神無月先輩は吐血した。

 すると、神無月先輩は、再び無表情になり、有無を言わせぬ口調で訊いてきた。


「誠一君。つまり、君は……彼女と恋仲以上の関係にあるといいたいのか?」

「そうですよ」

「接吻はしたのか?」

「接吻て……」


 やたらと古い言い回しをする神無月先輩だが、そんなことよりも質問の内容に気恥しさを感じ、思わず視線を逸らしてしまった。

 サリアも改めて他人から言われると恥ずかしいらしく、可愛らしく頬を染めていた。


「――――したんだな」

「え? あ、はい。しました……」


 無表情のまま訊いてくる神無月先輩に、軽く恐怖していると、突然神無月先輩の瞳に涙が溜まっていった。


「わ、私が奪うはずだった唇は、もう奪われてしまったのだな……」

「か、神無月先輩……?」


 本当によく分からないが、神無月先輩はどこか絶望したような表情を浮かべていた。


「接吻を済ませてしまったということは、君の貞操はもう……」

「なぜそんなに生々しい話を振って来るんですか!? してませんよ、そんなこと!」

「――――本当か?」


 俺の言葉を受け、神無月先輩は生気を取り戻した顔で俺の方に顔を向けた。


「ウソは言ってないだろうな? 本当の本当に君と彼女との間には何もなかったのだな?」

「だから何もありません!」


 どうして俺はこんな恥ずかしいことを大声で訴えているのだろうか?

 すると、神無月先輩は安堵した表情を浮かべた。


「そうか……なら、よかった……」

「いや、なぜ神無月先輩がそこまで気にするのか俺には分からないんですけど……」

「フフフ。誠一君は気にしなくても大丈夫だ。ただ、私と君の『初めて』を交換できると知って、嬉しくなっただけだからな。唇のほうは、交換できなかったが……まあ、私の『初めて』をあげることに、変わりはないからな」

「アウトォォォォォオオオオオオオオオオオオ!」


 やっぱりおかしい! この人、本当に俺の知ってる神無月先輩か!? やたらと会話が生々しすぎて嫌になるんだけど!?

 というより、さっきの言葉を言ったとき、神無月先輩の目に輝きがなかったのは何で!?

 得体の知れない恐怖に身をすくませていると、今度は俺の後ろにいるアルたちに視線を向けた。


「それで? 彼女たちも誠一君の知り合いかな?」

「えっと……オレはアルトリア・グレム。それで? ……お前は一体誠一の何なんだ?」


 アルは、どこか警戒しながら自己紹介をする。

 アルの質問に、再び勝ち誇った様子で言い放った。


「先ほども言ったが、私は誠一君の『幼馴染・・・』だ! 君たちとは、過ごしてきた年月が違うんだよ」

「そうか……」


 アルは、顔を俯かせると、やがて何か決意した様子で、顔を赤くしながら言い放った。


「オレはッ……! せ、誠一の…………か、『彼女』だっ!」

「――――がはっ」


 神無月先輩は、盛大に吐血した。大丈夫かな? 神無月先輩って、そんな重たい持病あったっけ?

 どこか現実逃避気味に、どうでもいいことを考えていると、追い打ちをかけるように、ルルネ達も自己紹介を始めた。


「フン。私はルルネ。主様の『下僕』にして『騎士』だ」

「…………オリガ・カルメリア。誠一お兄ちゃん……の……妹。だから…………『家族』」

「私はベアトリス・ローグナーです。私はただ、誠一さんの受け持ったクラスの副担任なのですが……。と言うより、何故誠一さんが勇者の彼女と知り合いなのですか?」


 ベアトリスさん、巻き込んでごめんなさい。そして常識人がここにいて、俺はとても嬉しいです。

 普通、俺と神無月先輩がなぜ知り合いなのか聞くところなのに、どうして誰もそのことを気にしないのか不思議でならなかったのだ。

 やっぱり俺がおかしいんじゃないよね!? 主に神無月先輩がおかしいんだよね!?

 俺の知ってる凛々しい神無月先輩……カムバアアアアアアアアアアアアアアック!

 そう思いながら、神無月先輩に目を向けると……。


「……」


 神無月先輩は、真っ白に燃え尽きていた。

 か、神無月せんぱあああああああああああああい!

 こうして、予想外の神無月先輩との再会は、非常にうるさく、感動もクソもない、グダグダなモノとなった。

 そして、未だに俺たちは昼食を食べることができておらず、食堂の入り口を占拠して、勝手に騒いでいるということに気付いた時には、周りから非常に不思議なものを見る目を向けられていることにも気付かされるのだった。

神無月先輩の口調を、少し修正しました。

基本的に、ハッキリと言い切る口調ですが、そこまで親しくない相手などには、敬語や少し柔らかめの言葉を使うこともあります。

アルなどに対して、誠一と同じ口調で話しているのは、ライバル意識を燃やしているため、他人と割り切るレベルではなくなったからです。

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