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不穏

「さて、自己紹介も終わったところですが、前回の薬草学のテストを返却したいと思います。名前を呼びますので、一人ずつ取りに来てください」


 全員の自己紹介を終えた後、ベアトリスさんはそう口にした。

 当たり前だが、俺がこのクラスの担任になる前は普通にベアトリスさんが担任として授業をしていたので、テストを返却するというのもおかしくはない。


「アグノス君」

「応! ま、俺にかかればテストなんて――――」

「零点」

「ウソオオオオオオオオオオオオオオオン!? って、点数暴露するのは酷いぜ、ベアトリスの姐さん!」


 ベアトリスさんにテストを渡され、悲痛な声を上げるアグノス。

 確かに点数を暴露されたのは可哀想だけど、零点のテストに何の自信を抱いていたのだろう?

 眉間を軽く揉みながら、ベアトリスさんは言った。


「この回答でなぜ百点をとれると思っていたのですか……」

「いや、だってよぉ……」

「中級回復薬の作り方は?」

「気合!」

「バカですか?」


 マジかよ。

 俺は、アグノスのテストをチラッと見てみると、全解答が『気合』の二文字だけで終わっていた。

 いや、本当に何でこの解答で百点取れると思ったの!? 脳筋思考にもほどがある!


「俺は間違ってねぇ! 気合いだ、気合が足りねぇんだ! この世の中、すべては気合で何とかなるんだよぉぉぉぉおおおお!」

「なるほど。では、アグノス君。女性になってください」

「ナマ言ってすんませんでした」


 折れるの早いよ! もっと自分の言葉に責任を持って! 気合が足りてないよ!?

 トボトボと哀愁を漂わせながら、アグノスは席に戻った。……切ないな。


「はぁ……次、ブルード君」

「フン」


 次に呼ばれたブルードは、優雅に歩きながら、テストを受け取った。


「とてもいい点数ですね。この調子で頑張りましょう」

「当然の結果だな。言われるまでもない」

「何でそいつの点数がよくて、俺の点数が悪ぃんだよぉ! 納得いかねぇ!」

「貴様はバカか。貴様の答えが答えでないから、点数が悪いのだろう」

「違う! 気合が足りねぇだけだろ!?」

「では、アグノス君。全裸でどこかの国の王城に突撃してください」

「ごめんなさい」


 アグノスはブルードに噛みついたはいいものの、結局はベアトリスさんの一言で撃沈した。

 それよりも……黙っておこう。ギルド本部に、堂々と全裸で王城に突撃しそうな変態がいることを。

 続いて呼ばれたベアードは、無言のままテストを受け取ると、そのまま席に戻った。

 またも覗き見たのだが、ベアードのテストは90点という高得点だった。……謎が深まるばかりだ。

 だが、次に呼ばれたレオンのテストに、俺は目を見開いた。


「こ、これ……」

「はぁ……またですか。大丈夫です。毎回のことですから」

「毎回!?」


 ベアトリスさんの言葉に、大きく驚くともう一度レオンのテストを見た。

 だって、これはいくら何でも……。


「レオン君。いい加減、ちゃんと解答してください」

「ごめんなさいごめんなさい! ででででも、僕如きが生意気にも答えを書くだなんて! ああ、それに、僕の字なんかを見て、気分を悪くされると思うと……! だから謝らなきゃいけないと思って! でもそのせいで先生の目を汚してしまうことを許してください! はっ!? 口答えしてすみませんすみません! もう黙ります!」


 何と、レオンのテストには、『僕如きが意見を述べるだなんて畏れ多いです! それに、僕の字を見せるだなんて……ごめんなさい。ああ! でも、これも文字だから……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――――』と長々と【ごめんなさい】の文字がびっしりと書かれていたのだ。

 怖ぇよ! とんでもない狂気を感じるんだけど!?

 もうネガティブとかそんな域を軽く飛び越えてるよね!? こうして無事に学園に登校してくれていることが奇跡に思えるよ!

 よく今までこの性格で生きてこれたな……自殺とか普通に考えてそうで怖いんだけど……。

 自殺とか冗談じゃないからな。

 地球じゃ、そんな機会も滅多になかったわけだけど、それでも自殺はしたくなかった。

 特に、虐められての自殺なんて、もってのほかだ。

 なぜ、虐めてくるヤツらのために死ななきゃいかんのだ。バカバカしい。

 どんなに辛かろうが、死ぬことなんて考えない。

 俺より辛い人間なんて、たくさんいるんだから……と。

 そう考えて、俺は今まで生きてきたのだ。

 まあ俺のことなんざどうでもいい。

 レオンが自殺とか考えていないかとても気になるが、それと同時に怖いとも思うのだった。……強く生きてくれ。

 そのあと、ヘレンとレイチェルが続いてテストを受け取るが、二人とも点数は90点台で、特に問題なさそうだった。ヘレンは話しかけにくい雰囲気があるモノの、レイチェルと合わせてこのクラスではとてもいい子そうである。……いやいやいや! 俺毒され過ぎてね!? 二人が特別優等生ってわけじゃなくて、周りがおかしいだけだよね!? あっぶねー! 俺の常識が徐々に変態共基準になりつつあるぞ……! あっ、それに気づいた途端、ギルド本部で変態共が高笑いしてる幻影が見えてきた!

 必死に目の前に浮かんだ幻影を追い払うと、続いてイレーネの番になった。

 彼女は、優雅で綺麗な歩き姿のまま、ベアトリスさんの下へ向かう。


「はい、イレーネさん。文句なしの百点です」

「ええ、ありがとうございます。ですが、私が完璧なのは当然ですから」


 誇ることなく、淡々と事実を述べていると言った様子で、悠然と微笑んだ。

 俺も見てみたが、本当にイレーネの点数は百点であり、ベアトリスさんも満足そうだった。

 地球でもなかなかお目にかかれない百点だが、こうしてイレーネの様子を見ると、普段から百点しかとっていないのだろう。……いや、なんでこんなクラスにいるの?

 落ちこぼれと呼ばれる要素のなさそうな彼女に、俺は首を傾げずにはいられなかった。いや、イレーネだけじゃなく、ブルードやベアードもそうだな……。


「それでは、最後に……フローラさん」

「はい!」

「普通です」

「それはそれでなんか傷つきますね!?」


 少し前までルルネに踏まれていたフローラは、ベアトリスさんの言葉にツッコんだ。なるほど、彼女にとって、変人は褒め言葉なのか。……手遅れですね。

 全員分のテストを渡し終えたベアトリスさんは、俺に声をかけた。


「さて、誠一さん。本日の日程ですが……今日は全時間割を利用して、みなさんの実力を見てみてはどうでしょうか?」

「みんなというと……このFクラスのメンバーですよね?」

「はい。先ほどテスト返却した薬草学などを含む座学は、ちょうど区切りのいいところまで進めてあります。ですが、実技の授業は、今回から誠一さんに教えていただくことになりますので、そのためにも彼らの特徴を見極める時間に今日という日を使うのはどうかと思ったのです」

「なるほど……ベアトリスさんが座学が大丈夫だというのでしたら、それで構いません」


 座学の進捗状況は俺には分からないからな。

 俺の言葉を受け、ベアトリスさんは頷くと、再度皆に向きなおる。


「それではみなさん。今の会話を聴いていたとは思いますが、今日は新担任である誠一さんとの親睦も兼ねて、丸一日闘技場での実技授業に充てたいと思います」

「よっしゃああああああああ! 勉強しないで済むぜ!」


 ベアトリスさんの言葉に、アグノスは喜びの声を上げた。まあ勉強が嫌だっていうのは分からなくもないけどね。それでも世界中に勉強をしたくてもできない人がいるって考えると、大っぴらにそう宣言できないけどさ。

 って言うか、親睦を兼ねてって言うけど、その会場が闘技場な件について。物騒すぎる。


「では、一限目が始まるまでに、闘技場に移動してください。他のクラスが使用しているかもしれないので、決して迷惑をかけないように」

『はい』


 全員返事をすると、サリアたちを含めたFクラスの人間は闘技場へと向かっていった。

 アルも、サリアたちに続いて出ていく。


「あ、ベアトリスさん。ちょっといいですか?」

「はい、何でしょう?」

「やっぱり、日程表をいただけたら嬉しいのですが……」

「そうですね……私もうっかりしていましたが、毎日来ていただくことが分かっても、誠一さんがどの時間に授業をするか分からないですしね。すみません……」

「いえ、大丈夫です! 気にしないでください」

「ありがとうございます。では、私たちは職員室に移動してから向かいましょう」

「はい! ……オリガちゃんはどうする? 先に闘技場に行く?」

「……や。一緒」

「そ、そうか」

「……それに……」

「?」

「……迷う」


 ですよねー。

 この学園広すぎるんだよ。絶対使ってない教室とかあるよね!? 俺すでに男性寮に帰れる自信がないんだけど?

 【完全記憶】のスキルがあるはずなのに、機能してる気配がない。息、してる?

 そんなくだらないことを考えながらも、俺たちはベアトリスさんのあとについて行くのだった。


◆◇◆


 誠一たちの前に教室を出たFクラスのメンバーは、闘技場に行く道中の廊下を歩いていた。


「それにしてもよぉ……あの誠一って野郎は何者だ? 俺のガンに怖がりもしねぇ」

「フン。単純に貴様が怖くないだけだろう」

「んだとゴラァ゛!?」

「吠えるな。見苦しい」

「煽ってるよな? 完全に煽ってるよな!?」

「あ、あの……喧嘩はよくないと……す、すみませんすみません。生意気にも意見なんて口にしてしまい、すみません!」


 ブルードの言葉に、過剰に反応するアグノスを、レオン以外は特に気にした様子もなく歩いている。

 そして、レオンの言葉を受けた二人は、同時に呆れた表情を浮かべた。


「またかよ……」

「はぁ……お前の性格はどうにかならんのか? 卑屈すぎる……。誰も意見を口にしただけで怒るわけがなかろう」

「すみませんすみません! 気を遣わせてしまって、すみません!」

「……はぁ……」


 そう簡単に性格が変えられれば苦労しないな……と、ブルードは思い、またもため息をついた。


「ただ、先ほどの話ではないが、俺も新しい担任の素性がよく分からん。顔もフードで見えない上に、実力に至っては未知数だ」

「だけどよぉ、それは今から分かることだろ? ベアトリスの姐さんが今日の授業を全部実技にするって言ったことだしよ」

「そうだな。……ベアード、お前は新たな担任をどう見る?」


 不意にブルードがベアードに話を振ると、ベアードはいつものようにスケッチブックを取り出し、見せた。


『いい人だと思うぞ』

「いい人……ね……。お前も相変わらずだな」


 いつも通りの反応に、ブルードは苦笑いを浮かべた。

 そんなやり取りをしている傍らで、フローラが興奮気味にサリアたちに声をかけている。


「ねねね! サリアさんとルルネさんって、知り合い!? どんな関係か、ボク知りたいなぁ」

「そうだよー。ルルネちゃんだけじゃなくて、アルとオリガちゃん……そして、誠一も!」

「え?」


 サリアの言葉に、フローラは呆気にとられた表情を浮かべた。

 それはフローラだけでなく、たまたま言葉が聞こえていた全員の表情が似たような状況だった。……ベアードのみ、表情が読めないが。


「あー……えっと……先生とどういった関係……?」


 いち早く正気に返ったフローラは、恐る恐ると言った様子で訊く。

 すると、サリアは笑顔で言い放った。


「お嫁さん!」

「えええええええええええええええええ!?」

「ちなみに私は主様の下僕だな」

「下僕ぅぅぅぅぅうううううううううう!?」

「アルも誠一の恋人だよー」

「はああああああああああああああああ!?」


 フローラは驚きの連続だった。

 サリアが笑顔でお嫁さんと言い切ったことにもだが、そのあとにルルネが真顔で先ほどの発言をし、アルはサリアの言葉に頬を赤くして、顔をそむけたのだ。

 つまり、誰も否定していない。

 すべての言葉が本当だと分かったフローラは、ふと気付くと、再びおずおずと尋ねた。


「じゃ、じゃあ……あの小さい……オリガちゃんだっけ? あの子と先生の関係は……?」

「オリガちゃん? オリガちゃんは誠一の妹だよ!」

「あ、妹……そ、そうだよねー! 流石にあの子に手を出したら犯罪だもんねー!」


 もしこの場に誠一がいれば、そのセリフをギルド本部のロリコンに言ってほしいと思うだろう。

 少し遅れて正気に返ったブルードは、小さく呟く。


「……ますます謎が深まるばかりだな……」

「…………キだ」

「は?」


 突然、ブルードの隣を歩いていたアグノスが、顔を俯かせながら何かを呟いた。

 思わず聞き返すような声を出すと、ガバッと顔を上げ、目をキラキラさせながら叫ぶ。


「あ、兄貴だ! あの人は兄貴と呼ぶにふさわしい! まさに男のなかの男だぜ!」

「……………………そうか」


 アグノスの様子に、新担任も苦労しそうだな……と、内心で思うのだった。


「ほえぇ。新しい先生はすごい人なんですねぇ」

「まあ、女性を侍らせるだけの実力がある、ということでしょうから。それも、私クラスの美貌を誇る三人ともなると、とんでもないですね」


 この世界では、より優秀な子孫を残すため、権力者や実力者が女性や男性を侍らせるのもおかしくはなかった。

 だからこそ、一夫多妻制や一妻多夫制といった重婚も認められている。

 つまり、この瞬間Fクラスの中で、サリアたちと恋仲にある誠一という存在は、よほどの権力者か、実力者かのどちらかということになった。

 レイチェルとイレーネがそのような会話をしていると、普段誰とも会話をしないはずのヘレンが、サリアのもとに向かった。

 その様子に、他のメンバーは再び驚く。

 サリアは近づいてきたヘレンに、首を傾げると。


「どうしたの?」

「……アナタ、新しい担任の恋人なのよね?」

「うん、そうだよー!」

「……なら、アイツは強いの?」


 何の脈絡もない質問に、キョトンとした表情を浮かべたサリアだったが、再び笑顔で言い切った。


「すっごく強いよー!」

「……そう」


 それだけ聞くと、ヘレンは最初と同じように皆と少し離れた位置を一人で歩き始めた。

 結局、ヘレンの意図が分からなかったサリアだったが、闘技場に着くまでの間、クラスのメンバーと親交を深めながら向かうのだった。

 一同が闘技場に到着すると、数十人ほどいたため、他クラスも闘技場を使用していることが分かった。


「チッ……他の連中がいやがったか……残念だぜ。ま、闘技場は基本的に自由に使えるしな。我慢すっかぁ」


 アグノスがやや残念そうに口を開くと、先客の他クラスの生徒がFクラスの存在に気付いた。

 そして、Fクラスがやって来たことで、すぐに他クラスはざわつく。


「? 皆どうしたのかな?」


 突然のざわめきに、サリアが首を傾げると、イレーネが髪をかき上げながら教えた。


「それはもちろん、私の美貌に騒めいているのですよ」

「へぇ! そうなんだ!」

「いやいやいや! 本気にしちゃだめだよ!?」


 思わず訂正するフローラだが、その直後に自嘲気味の笑みを浮かべた。


「まあ……ボクらが落ちこぼれだから、皆見てくるんだよ」

「落ちこぼれ? 何で? そんな人いないよ? 皆それぞれ違うのに、優劣なんてないと思うけどなぁ」


 本当にそう思っているらしく、サリアはますます首を傾げた。

 そんな会話をしている時だった。


「おいおい、なぜ落ちこぼれがこんな場所にいる? この俺に落ちこぼれと同じ空気を吸えと?」


 厭らしい笑みを浮かべた金髪の男が、数人の取り巻きを連れてやって来た。

 Fクラスのメンバーにとって、普段周囲からバカにされているため、このように絡んでくる輩も当然いる。

 そのため、さして驚く要素はないのだが、今回は違った。


「あ、兄上!? 兄上はカイゼル帝国のレイール学園に通っていたはず……! なぜこの学園に!?」


 ブルードが、普段見せない取り乱した様子でそう声を上げた。

 その様子に、ますます金髪の男は笑みを深めた。

 ――――テオボルト・テラ・カイゼル。

 カイゼル帝国の第一王子であり、ブルードにとっては異母兄弟だった。


「ブルードか。貴様にはお似合いのクラスだな」

「っ……!」


 ブルードが悔し気に唇を噛むと、今まで黙ってみていたアグノスが噛みついた。


「おうおうおうおう! 好き勝手言いやがって……覚悟はできてんだろうなぁ!? あ゛あ゛!?」

「やめろ、アグノス!」

「こんだけバカにされて、黙ってられっか! 止めんじゃねぇ!」

「ふっ。落ちこぼれな上に野蛮とはな……とことん救いようのないクズ集団らしい」

「んだと? もう一度言ってみろ、テメェ……!」


 今にも殴りかかりそうな雰囲気のアグノスを、ブルードは必死に抑えつける。

 ベアードも、このままではダメだと思い、急いでアグノスを抑える側に加勢した。

 そんな様子を、テオボルトは嘲笑う。


「醜いな。このような野蛮な場所に来るなど、俺も嫌だったのだがなぁ……まあ父上とヘリオに言われ、俺も勇者どもと一緒にこの学園にやって来たってわけだ。今となっては感謝してるさ。俺の有能さを世界中に知らしめるには絶好の場所だからなぁ!」

「まったくです、テオボルト様!」

「テオボルト様の才能は素晴らしいですからね!」


 取り巻きは、一斉にテオボルトを褒めたたえる。

 その言葉に満足したようにうなずくと、ふと視線がサリアのほうへ向いた。


「ほぅ? ずいぶんと上玉じゃないか」

「え?」


 テオボルトは、厭らしい笑みを深めながら、サリアを舐めまわすように眺める。

 その視線に気付いたルルネは、サリアを護るようにテオボルトの間に割って入った。


「近づくな、下郎が」

「はっ! これはまたえらい美人だな……実にいい。名前は何という?」

「私? 私はサリア!」

「そうか……喜べ、貴様ら。今からこの俺の女にしてやろう。どうだ、嬉しいだろう?」


 まるで断られるなどあり得ないといった様子で、テオボルトは自信満々にそう告げた。

 だが、サリアは――――。


「ごめんなさい! 私、誠一が好きだから!」


 満面の笑みで、そう言い切った。

 断られると思っていなかったテオボルトは、一瞬何を言われたのか理解できず、呆けた表情を浮かべた。


「……おかしいな。俺の耳も悪くなったか? まさかこの俺の誘いを断るだなんて――――」

「無理! 私は誠一が好きなの!」


 無邪気な追撃だった。

 テオボルトは、思わず笑みを引きつらせる。


「俺の誘いだぞ? 眉目秀麗、文武両道、そしてカイゼル帝国次期帝王のこの俺だぞ!? そんな俺に、敵うわけが――――」

「え? 誠一は貴方なんかより全然カッコイイよ! それにとっても強いし!」

「サリア様……許してあげましょう。アレは、主様を知りませんから……。無知というのは怖いものですね……哀れだ」


 テオボルトのプライドは完膚なきまでに叩き潰された。

 今の言葉を嫉妬や擁護のために口にしたのなら、テオボルトのプライドは何ら傷つくことはなかった。

 だが、サリアの無邪気な笑みと、憐れみと侮蔑が入り混じったルルネの視線に、テオボルトのプライドは粉々にされたのだ。

 その一連の流れを見ていたアグノスは、爆笑する。


「ぎゃはははははははははははは! あ、アイツ……! あんなに自信満々に言い放って、フラれてやがるぜ!? 『今からこの俺の女にしてやろう』……だぜ!? それなのに、相手にすらされてねぇとか……あはははははははは! は、腹が痛ぇ……!」

「ぷっ……あ、アグノス。あ、兄上を……ふふ……笑うんじゃ……ない……くふっ」

『気にすることはない。そんな日もある』


 ブルードも笑いをこらえるのに必死であり、ベアードに至っては慰めの言葉である。

 砕け散ったテオボルトのプライドを、これ以上どうするつもりだろうか。

 怒りと羞恥で、赤を通り越して赤紫色に顔を染めるテオボルト。

 そして、今まで黙ってみていたアルトリアが、とうとう口を開いた。


「昨日ベアトリスさんから、基本的に教師は生徒同士のいざこざに介入しないって聞いたんだけどよぉ……サリアたちにちょっかいをかけられちゃあ、オレも黙ってられねぇよな?」

「…………誰だ貴様……!」


 テオボルトのドスのきいた声を聞いてなお、アルトリアの態度は変わらなかった。


「オレか? オレは冒険科を教える新しい教師だよ。ま、そのうちお前らのクラスにも授業しに行くとは思うが、よろしくな」

「……冒険者風情が……調子に乗るなよ……!」

「あ?」


 一度鋭い視線をアルトリアに向けると、テオボルトはFクラスの全員を見渡しながら吐き捨てる。


「この絶対的エリートの俺をここまでバカにして、ただで済むと思うなよ……落ちこぼれども! 魔法の使えない・・・・・・・貴様らは、一生落ちこぼれのままなんだよ!」

「……」

「図星か? 図星だよなぁ!? 貴様ら自身、永遠に落ちこぼれのレッテルを貼られ続けることを自覚してるのだから、傑作だよなぁ!?」

「…………」


 ここぞとばかりに言いたい放題のテオボルトだったが、不意に声をかけられたことで口を閉じた。


「カイゼル帝国の次期帝王様はずいぶんとお暇らしいな」

「ロベルト・イロアス・ウィンブルグ……!」


 突然、Fクラスとテオボルトたちの間に割って入ったのは、金髪碧眼の男――――ロベルトだった。


「貴様には関係のない話だ。口出しをするな!」

「何を言っている? お前は授業を受けないつもりか? それはそれで俺は別に構わんがな。お前の成績など、俺には何ら関係ないからな」

「バカか。Sクラスの教師は我がカイゼル帝国の貴族……この程度もみ消してくれる」

「バカはお前だ、テオボルト。ただの学生の身で権力をかざすなど、恥を知れ」

「ハッ! 使える権力すらない弱小国家が。嫉妬か? 醜いなぁ」

「……はぁ。お前の相手はいちいち面倒だ。相手のためとはいえ、声をかけるのも嫌になる……」

「なに?」

「もういい。俺は授業に向かうが……テオボルト。そういう態度も大概にしておけよ」

「なんだと……!」


 ロベルトの言葉に、食って掛かろうとしたテオボルトだったが、すぐに踵を返してしまったため、それは叶わなかった。

 ロベルトの背中を忌々し気に睨みつけると、そのままFクラスへと視線を向けた。


「まぁいい……サリアと言ったな? この借りは必ず返すぞ。……行くぞ」

「あ、テオボルト様!」


 テオボルトは、言いたいことだけ言うと、そのまま取り巻きを連れて、去っていった。

 すると、取り巻きの一人が、鋭い視線をレオンに向ける。


「っ!」

「……フン」


 レオンはその視線に身をすくませ、酷く怯えた様子を見せるが、その様子を見て、取り巻きの一人は鼻で笑ってテオボルトのあとを追いかけた。

 テオボルトたちが去っていくと、不意にブルードはFクラスのメンバーに向けて、頭を下げた。


「身内が迷惑をかけた。本当にすまない」


 ブルードの行動に、全員目を見開く。


「サリアとルルネには、不快な思いをさせた。許してほしい」

「私は全然大丈夫だよ? 気にしないで!」

「私も最初から気にしてなどいない」

「…………ありがとう。兄上から何かされれば、必ず力になろう」


 サリアたちの言葉を受け、顔を上げると、不機嫌そうにアグノスも口を開く。


「ケッ。テメェが気にすることじゃねぇよ。全部あのクソ野郎が悪ぃんだから」

『そうだな。俺たちは大丈夫だ』

「あ、あの! ぼ、僕も大丈夫です!」


 アグノスだけでなく、ベアードたちも許す。

 すると、レイチェルとフローラは苦笑いしながら会話に加わる。


「いやぁ、結構バカにされたけど、事実だしねぇ。それに、ブルードが悪いわけじゃないから、本当に気にする必要はないよ」

「そうですよ~。確かに嫌な人でしたけど、特に何もされませんでしたから~」


 二人の言葉に微かにほほ笑んだブルードだったが、イレーネとヘレンの二人にももう一度頭を下げた。


「お前たちにも見苦しいモノを見せたな。すまない」

「私は気にしていませんよ? 一つの欠点を突かれたところで、私の方が優秀なのですから! 私ってすごい!」

「私も気にしてないわ。アンタも大変ね」

「…………本当にありがとう」


 全員、ブルードを責めることはなかった。

 だが、テオボルトの言葉は深く心に残っている。

 最初の移動がウソのように、今となってはどこかぎこちなく、暗い雰囲気になっていた。

 そんな暗い雰囲気で待つなか、誠一たちが闘技場にやって来たのだった。


◆◇◆


 俺――――柊誠一が闘技場に着くと、なぜかそこはお通夜状態だった。

 この短い間に何があった!? いや、何人かは自己紹介のときと変わってないけど!

 Fクラスの雰囲気に首を傾げていると、ベアトリスさんも気付いたようで、訝し気な表情を浮かべた。


「何かあったのでしょうか?」

「分かりませんけど……取りあえず、皆のもとに行きましょう」


 Fクラスのメンバーに近づくと、まず最初にサリアが気付き、俺に向かって満面の笑みを浮かべた。


「あ、誠一!」


 サリアとルルネはいつも通りなので、少し安心する。

 すると、他のみんなも俺たちに気付いたようで、それぞれ視線を向けてきた。

 だが、一つだけ謎の視線を感じる。

 その視線のもとに、顔を向けると、なぜかキラキラした目で見てくるアグノスの姿があった。


「あー……アグノス君? どうしてそんな視線を向けてくるのかな?」

「兄貴! 『アグノス君』なんて他人行儀な呼び方じゃなく、呼び捨てにしてくだせぇ!」

「何があったの!?」


 何で俺はアグノスに兄貴呼びされてるワケ!?

 周囲に見渡すと、フローラが苦笑い気味に教えてくれた。


「あはははは……あー、ボクたち、先生とサリアさんたちの関係を聞いちゃってさぁ……それでかな?」

「え?」


 フローラにそう言われた俺は、一つ嫌な予感がした。

 俺は、恐る恐るルルネに訊く。


「あの……ルルネさん? 貴女はなんて答えたのでしょうか……?」

「私ですか? 私は主様の下僕だと――――」

「だと思ったよ!」


 何でルルネは誤解を招きそうな言い回ししかできないの!? 俺の世間からの視線を考慮してほしいものだね! 騎士なら俺の身じゃなくて、名誉を守って!

 思わず頭を抱えると、ポンと誰かに肩を叩かれた。

 その方向に視線を向けると、可愛らしい熊の顔が。


『気にすることはない。そんな日もある』


 その慰めが一番つらいよ!

 全力で泣きたくなった。


「あの……ベアトリスさん」

「はい? どうかしましたか?」


 そんなやり取りをしていると、アルがベアトリスさんに声をかけていた。


「冒険科の成績ってオレが自由につけていいんですよね?」

「ええ。まだ詳しい説明は放課後にと思っていたのですが、簡単に言いますと、テストの結果と、平常点……つまり、出席率や授業態度などで決める点数で成績が決定します」

「なるほど……分かりました」


 アルは納得した表情で一つ頷くと、真顔で言い放った。


「テオボルト……アイツの平常点は零だな」

「本当に何があったの!?」


 誰かは分からないが、今この瞬間、アルの手により、テオボルト君の平常点は消え去ったようだ。

 先生、コワイ。

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