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バーバドル魔法学園

「さて、誠一君。ここが【バーバドル魔法学園】じゃ!」

「おぉ!」


 とうとう学園に到着した俺は、目の前の建物に感動した。

 テルベールで王城を見ているから、大きく驚くことはなかったが、それでも目の前の学園と呼ばれる建物は、どうみても宮殿にしか見えなかった。……え? 学園ですよね? どこかのお城と間違えてません?

 同じような疑問をサリアたちも抱いているらしく、みんな驚きながらも首を傾げていた。

 すると、バーナさんは悪戯が成功したような表情を浮かべる。


「驚いたじゃろう? この学園は、ウィンブルグ王国領内から少し離れた、どの国にも属さない土地……『バーバドル』に建てられているんじゃよ。もう分かると思うが、学園の名前も、この特殊な土地からとられておる」

「はあ~……」

「予想以上の校舎で驚いたと思うが、世界各国から子どもたちが集まるので、必然と大きくなったのじゃよ。お金は、様々な国が寄付してくれとるから、『みんなの学校』とも呼ばれるのぅ。……ただ、残念なことに、最近では寄付金を多くすることで学園での優遇を要求して来たり、学園内においては関係ない身分にこだわる者や、政治的なものを持ち込む者たちまで出てきてしまい、道中でも少し話したが、今となっては中立の学園というのも危うい状況なのじゃよ」


 疲れた表情でそう言うバーナさん。

 中立を貫くっていうのは、とても大変なことで、やっぱり世界は上手いこと回らないもんだなぁと思った。すごく他人事っぽいが、俺にできることなんてないしね。

 バーナさんから学園の説明を受けていると、俺の脳内レーダーに一つの存在を感知した。

 実は、盗賊の襲撃を受けてから、意識的にスキル『世界眼』の効果、『索敵』を発動させ続けていた。

 『世界眼』は、『心眼』の効果だけ常時発動なのに対し、『索敵』のみ意識的に発動させなければならないのだが、俺は全然使っていなかった。と言うより、『索敵』に意識を割くほど余裕がなかったという方が正しい。

 だが、ルイエスとの修行のおかげで、『索敵』のほうにも意識を割く余裕が出た俺は、盗賊の件をきっかけに、常に発動し続けるように心がけるようにしたのだった。……今さらかよとか言わないの! 俺って『進化の実』食ってなきゃただの一般人以下なの! 地道に成長してる俺を見守ってください。

 それはともかく、そんな『索敵』の効果で引っかかった反応のほうに視線を向けると、レディーススーツに身を包み、メガネをかけた、いかにもデキる女性! といった風貌の人が向かってきていた。

 誰だろう? と首を捻っていると、さっきまで隣で得意げに学園の説明をしていたはずのバーナさんが、顔を真っ青にした。


「べ、ベアトリス君……!」

「さて、学園長。何か弁明はおありですか?」

「ち、違うんじゃ! これも学園のため――――」

有罪ギルティ

「弁明する時間は!?」


 必死に何かを言おうとするバーナさんに対し、女性は冷ややかな視線を向けるだけだった。


「私は呆れて言葉もありません。死んでください」

「もっと老人を労わってくれんかのぅ!?」

「仕方ないですね。学園長室に膨大な書類を置いてありますよ」

「ベアトリス君。労わるの意味……知っとる?」


 どこか漫才めいたやり取りに、俺たちは呆気にとられていると、女性は俺たちのほうにも視線を向けた。

 ただし、バーナさんに向ける視線とは違い、俺たちに向けられた視線には温かみがある。


「話を進めてしまい、申しわけありません。それで……どちら様でしょうか?」

「それはワシから説明しよう!」

「死んでください」

「なぜじゃ!? ベアトリス君!」


 驚愕の表情を浮かべたバーナさんは、一つ咳ばらいをすると気を取り直して俺たちを紹介した。


「ウォッホン! えー、彼らはワシが学園の講師として招いた、冒険者たちじゃよ。みな、将来有望な若者たちで、誠一君に至ってはワシ以上に魔法を使いこなすはずじゃ。サリア君とルルネ君、そしてオリガ君は生徒と助手として……じゃがのぅ」

「なんと……」


 バーナさんがやたらと俺たちのことを持ち上げて説明するので、女性は目を見開いて俺たちを見た。

 確かに、魔法の種類は俺の方が多いとは思うけど、巧く扱えるか、という点については、未だに自分の力の制御もできていない俺からすれば、バーナさんの方が上だと思っている。

 すると、女性は俺たちに向き直り、綺麗なお辞儀をして自己紹介をした。


「私は2年Fクラスを担当している、ベアトリス・ローグナーです」

「あっ、えっと、誠一です。一応、バーナさんに依頼される形で、学園の講師を務めることになりました。よろしくお願いします」

「アルトリア・グレムです。誠一と同じく、講師の依頼を受けてきました」

「サリアです! えっと、学園の生徒として来ました! よろしくお願いします!」

「フン。ルルネだ。サリア様と同じく、生徒として学園にいてやろう。そんなことより、学食とやらはどこだ?」

「……オリガ・カルメリア。……誠一お兄ちゃんの……助手、です」

「なるほど……誠一さんとアルトリアさんが講師として。サリアさんとルルネさんが、生徒として……オリガさんは、誠一さんの助手、ということですね」

「そう言うことじゃな。サリア君たちも、非常に優秀な若者じゃ。教えがいがあるはずじゃぞ? あ、そうそう。言い忘れておったが、誠一君はベアトリス君のクラスで担任をしてもらいたいんじゃ。そして、ベアトリス君はその誠一君のサポートとして、副担任をしてもらいたい」

「私は副担任になるのも構いませんが……大丈夫なのですか? 実力を疑うというわけではありませんが、強さは人にモノを教える上で関係ないですし……」

「大丈夫じゃと思うぞ」


 不安げな様子の女性――ベアトリスさんに対し、バーナさんは朗らかに笑うだけだった。


「まあいいでしょう。どうせ、何かあれば学園長の責任ですし」

「ベアトリス君。そういうことは心の中にとどめておいてくれんかのぅ?」

「善処します。それで……誠一さんとアルトリアさん、そして助手であるオリガさんについては、何も言うことはありません。ですが、サリアさんとルルネさんを無条件で編入させるというわけにもいかないので、簡単な編入試験を行いたいと思うのですが」

「そうじゃのぅ……二人くらい増えても問題ないと思うのじゃが、最近の学園の風潮から考えると、確かに、何もせずに編入させれば、周りから非難を浴びるかもしれんしのぅ」

「では、この後すぐに手続きをいたします。その前に、サリアさんとルルネさんには簡単な質問をしてもよろしいでしょうか?」

「大丈夫です!」

「まあ、答えてやらんこともないな」


 元気よく答えるサリアと、傲岸不遜なルルネ。サリアはいいとして、ルルネは何様なんだろうか? ロバなのに。


「では、まずはサリアさんから。サリアさんは魔法は使えますか?」

「はい! 火属性だけだけど、使えます!」

「それでは、魔法以外に戦闘方法はありますか?」

「ん~……あ! これ!」


 少し考える仕草をしたサリアだったが、すぐに元気よく拳を突き出した。……何このデジャブ。

 拳を見せられたベアトリスさんは、数舜の間固まると、バーナさんに言い放った。


「学園長。ふざけているんですか?」

「なぜワシなのじゃ!? ワシ関係ないよね!?」


 思い出した。これ、アルが俺たちの冒険者になるための試験監督をしてくれていたとき、討伐依頼に向かう途中でアルが、サリアに攻撃手段を訊いた時とほとんど一緒じゃねぇか。

 まあ、本当にサリアみたいな美少女が拳突き出して、これで戦うなんて言われたら、たいていは信じられないと思う。


「はぁ。まあ、私が分からないだけで、サリアさんは近接戦闘が得意なのでしょう。……分かりました、ありがとうございます。それで、ルルネさんにも同じ質問をしたいのですが……」

「私か? 私は魔法など使わん。蹴りで十分だ」

「学園長?」

「じゃからワシ知らないよ!?」


 再び冷ややかな視線を向けられたバーナさんは、どこか哀れだった。フロリオさん、今の光景を見たら、どう思うかな? 『魔聖』なんて呼ばれてるらしいけど。

 この学園についてから、バーナさんのイメージがことごとく破壊されていくのだった。


◆◇◆


「まさか、ここまでだなんて……」


 俺たちは、サリアとルルネの編入試験が行われる、『闘技場』と呼ばれる学園施設に連れられた。

 そのまま、簡単な模擬戦闘を特殊な魔法によって生み出されたゴーレムを使って行ったのだが、サリアもルルネも数秒でクリアしてしまったのだ。

 ルルネに至っては、ただの蹴り一発で数十体のゴーレムが消し飛んでいた。ロバって怖い。

 編入試験の結果に、ベアトリスさんは驚いた様子だったが、バーナさんが連れてきたということもあって、早い段階で納得していた。当たりはきついけど、実力面ではベアトリスさんもバーナさんのこと信頼してるのね。


「編入試験、お疲れ様でした。結果は言うまでもなく、合格です。配属されるクラスについてですが……」


 ベアトリスさんがそこまで言いかけると、サリアは手を挙げた。


「はい! 私、誠一のクラスがいいです!」

「私が主様から離れることなどありえん。よって、私も主様もクラスに行くのは必然だな」

「Fクラスですか? Fクラスは、この学園では一番ランクの低いクラスですが……」


 サリアたちの言葉に、ベアトリスさんは困惑の表情を浮かべたが、バーナさんが助言した。


「まあまあ。Fクラスは確かに周囲から落ちこぼれの扱いを受けておるが、優秀な子どもたちばかりじゃろう? それこそ、ベアトリス君が一番分かっていると思うがのぅ」

「それは……」


 俺は、バーナさんの言葉に首を傾げていた。

 推測するに、Fクラスとはこの学園の落ちこぼれたちが集まるクラスだと思うのだが、今のバーナさんの言葉を信じるのなら、そのFクラスに優秀な生徒たちがいることになる。

 訳が分からない。

 落ちこぼれなのに、優秀?

 出来の悪い頭を必死に回転させるが、分かるわけがなかった。


「……いいでしょう。サリアさんとルルネさんは、Fクラスに配属することにします」

「はい!」

「フン、当然だな」


 少しの間、考える仕草をしたベアトリスさんだったが、結局サリアたちをFクラスに入れることにしたらしい。


「それじゃあ、だいたいのことは決まったし、ワシも学園長室に戻るかのぅ……仕事がたくさんあるようじゃし」

「自業自得です。本来の仕事を投げ出して、どこに向かわれていたのですか?」

「えーっと……ウィンブルグ王国まで少し……」

「バカなのですか? 中立を謳う学園の長が、一つの国に肩入れしていると思われても言い訳できませんよ?」

「…………返す言葉もないです」

「分かればいいのです。あ、それと、のちほど追加で書類を学園長室に持っていきますので」

「嫌じゃあああああああああ! もう書類は見たくないんじゃあああああああああ!」


 ベアトリスさんの死刑宣告に、バーナさんは駄々こね始めた。……これ、『超越者』で『魔聖』なんて呼ばれてるすごい人なんだぜ? 信じられねぇよな……。

 魔物の大群を一掃する強さを持ちながら、書類に忙殺されそうになっているバーナさんは、誰から見ても哀れだった。合掌。

 背中に哀愁を漂わせながら、バーナさんはトボトボと歩いて行く。


「……ベアトリス君……後は、任せた……」

「はい。安心して死んで来てください」

「ワシ、嫌われてる?」

「そんな……尊敬してますよ。実力だけ」

「ワシ、泣いちゃうよ? 老人が、みっともなく泣きわめいちゃうよ?」

「見苦しいので、学園長室でどうぞ」


 その一言に、バーナさんは目の端に涙をためて、走り去っていった。……今度会ったら、優しくしよう。


「さて、ここからは私が簡単な説明をさせてもらいます。まずは、サリアさんとルルネさんの制服からですね。ついて来てください」


 ベアトリスさんはそう言うと、俺たちを連れて歩き出した。

 闘技場に移動するまでの間にも思ったが、この学園アホみたいに広い。いや、地球で俺が通っていた学園も、一応デカかったのだが、それすら小さく思えるほど、この学園は広い。迷子とかでないのか?


「あ、一つ注意事項が……このように、学園は広いので、迷子にならぬよう注意してください。毎年迷子が出ては、生徒が減っているので」

「生徒が減ってる!?」


 それ迷子になってから見つかってないってこと!? 怖いよ!

 つか、やっぱり迷子でるのね……ただ、普通の迷子とは違って、迷子になったら最後っぽいけど!

 とんでもない情報に戦々恐々としていると、ベアトリスさんはとある部屋の前で立ち止まる。


「ここが、職員室です。アルトリアさんと誠一さんは、これからはここに出勤していただきます。サリアさんたちも、授業や先生の指示などでこの場所には頻繁に訪れることになると思うので、場所はしっかりと覚えておいてください」

「はーい!」

「それでは、少々お待ちください」


 そう言うと、ベアトリスさんは職員室に入って行った。

 しばらくすると、手に何かを抱えて、ベアトリスさんが戻ってきた。


「サリアさん、ルルネさん。こちらが、学園の制服となります。明日からは、こちらの服に着替え、登校してください。誠一さんとアルトリアさんは、特に制服などはございませんので、普段の格好のままでも構いません」

「うわぁ! 誠一、見て見て! 可愛いよ!」


 ベアトリスさんの説明を聴いていると、さっそく制服を広げたサリアが、満面の笑みで見せてきた。

 白を基調とし、アクセントにピンクが使われた、可愛らしい印象を持つ制服だった。

 これ、女の子が着たら可愛いんだろうけど、男も同じ色合いのモノを着ているんだろうか? ……現物を見てないから何とも言えないけど、男が同じ色合いのものを着ても、微妙でしかない気がする。


「喜んでもらえたようで、何よりです。それでは、みなさんが生活する寮へと案内しましょう」


 そう、すっかり忘れていたが、俺たちはこの学園で講師をする間、寮生活をすることになっていた。

 校舎の外に出て、広い校内を歩きながら説明を受ける。


「寮は、男性寮と女性寮の二種類があり、生徒や先生など関係なく寮で生活しています。分かるとは思いますが、緊急事態でもない限り、異性が寮に入ることは認められておりません」

「なっ!?」


 ベアトリスさんの言葉に、ルルネはすごい衝撃を受けていた。


「どういうことだ! 私は主様の騎士……片時も主様から離れるわけには……!」

「ちなみにですが、女性寮の食事は大変美味しいですよ」

「仕方ない、妥協しよう」

「お前は本当にブレないね」


 いや、このまま男性寮に来られても困るけど、食事で簡単に考えを変えるだなんて。ルルネのなかの騎士ってどんな存在なのか知りたくなってきたよ。

 思わず引きつった笑みを浮かべていると、女性寮の前に到着した。


「さて、ここが女性寮です。すでに情報は伝えてありますので、中にいらっしゃる寮母さんに、名前を告げていただけたら、部屋の鍵を貰えると思います。寮の詳しい説明なども、寮母さんのほうからお聞きください」

「分かりました」

「それじゃあ、誠一! また明日ねー!」

「……ばいばい」


 ここで、サリアたちと別れると、ベアトリスさんは俺を男性寮まで案内するため、再び歩き始めた。

 急に二人だけの状況になったわけだが……気まずい。

 バーナさんに対する扱いが極端にひどいが、俺たちに対してはいたって普通なので、こちらが素だと思うんだけど……。

 前を歩くベアトリスさんの姿を眺める。

 濃紺の髪を……なんていうんだ? 後れ毛? 女性の髪形は全然わからないんだけど、とにかく後ろで一つにまとめていて、見るからに女教師! とか、キャリアウーマンみたいな、キリッとした印象を受ける。

 同じ濃紺の瞳を持つ目も切れ長で、メガネと相まって、本当にデキる女性といった雰囲気が醸し出されている。少し厳しそうだけど、すごい美人だし、男子生徒とかの憧れじゃないのかな? 逆に、鬱陶しがられていたりするんだろうか?

 それに、この世界に来て、初めてメガネを見たな……というより、メガネあったんだ。

 意外なところに気付き、驚いていると、俺の視線に気付いたベアトリスさんが首を傾げた。


「? どうかしましたか?」

「え? あ、いえ。すみません。ただ、メガネが珍しかったので……」

「ああ……確かに、あまり見かけることはないかもしれませんね。ただ、異世界から来たという勇者のなかには、メガネをかけている方々も見受けられましたよ?」

「そ、そうですか」


 そんな他愛のない話をしていると、俺はふと気になったことを訊いてみた。


「そう言えば……なぜ、俺がFクラスの担任になることに反対しなかったのですか?」


 そう、俺はそのことが何気に気になっていたのだ。

 言うなら、ベアトリスさんは降格されたようなものだし、自分の教えていた生徒がどこの誰ともわからないようなヤツに奪われるのだ。普通、反対するだろう。

 俺の質問に、ベアトリスさんは一瞬驚いた表情を浮かべたが、そのあとに寂しそうに笑った。


「私では……彼らの才能を開花させてあげることができませんから」

「……」

「Fクラスは、確かに周囲から落ちこぼれの集団と言われていますが、それは違います。みんな、大きな才能を秘めた、かけがえのない子どもたちです。ですが……私には、その才能を開花させてあげることができなかった。まだ、一年しか担任していないとはいえ、これからも同じ教育を続けていれば、結局そのままなのです」

「……」

「ですが、貴方は違います。あの学園長に認められ、サリアさんたちの編入試験のときに、少しだけ学園長からお話を伺いましたが、適性のなかった魔法属性を開花させたこともあると。そんな貴方だからこそ、私の生徒たちにとっては、必要な存在なのです。私は、彼らの才能が開花できるのなら、いくらでも今の地位を譲りましょう」


 俺はベアトリスさんの言葉に感動していた。

 俺にとって、先生という存在は、信用できないモノだった。

 地球でイジメが始まってすぐのころは、俺も先生にちゃんと伝えた。

 でも、先生はイジメを止めてくれることはなかった。むしろ、推奨するようなことさえ、言われたこともある。

 何度も何度も伝えても、結局は聴く耳を持ってもらえず、最終的には虐められる俺が悪いとされ、虐めはなくなるどころか、過激になった。

 だから、俺は先生を信用することをやめた。

 他人が聴けば、そんなことくらいでって思うのかもしれないけど、俺にとってはそれだけ辛い出来事だったのだ。

 だが、ベアトリスさんは違う。

 俺のように、虐められている生徒に対して手を差し伸べているとかではないが、それでも、周囲から落ちこぼれのレッテルを貼られた生徒たちを、信じて教えてきたのだろう。

 これが、生徒と先生という関係で聞いたのなら、信じられなかったのかもしれないが、同じ先生という立場でベアトリスさんの気持ちを聴けたからこそ、信じることができた。

 真っ直ぐに、自分の生徒たちのことを考えているベアトリスさんを見て、俺もできる限りのことをしようと心に決めた。


「ベアトリスさん……貴女の気持ち、分かりました。どこまでできるか分かりませんが、全力でぶつかっていきたいと思います」

「……はい。ありがとうございます」

「――――ただし」

「え?」


 不意打ちに近い俺の言葉に、ベアトリスさんは呆気にとられていた。


「ベアトリスさん。貴女の力が、必要不可欠です」

「……」

「生徒たちのことを真剣に考えてきた貴女がいなければ、俺はどうすることもできないでしょう」

「そんなこと……」

「いいえ、あります。ですから……担任とか副担任とか関係なく、一緒に教えていきましょう」

「!」


 俺の言葉に、ベアトリスさんは目を見開く。

 そんな様子を見て、俺は少し照れながら頬をかいた。


「えっと……新人のくせに、生意気なこと言ってすみません……」

「……いいえ、とても……嬉しかったです」


 そう言うベアトリスさんの目尻には、少しだけ涙が浮かんでいた。

 そして、涙を指先で拭うと――――。


「分かりました。これから一緒に頑張りましょう、誠一さん」

「はい!」


 先ほどとは違う、力のこもった微笑みを浮かべるのだった。

 どうでもいいけど、バーナさんが涙目のときは可哀想だなぁって思った程度だったのに、ベアトリスさんみたいな女性が涙目になると、何とかしてあげなきゃって思うのはなぜだろうね?

 不思議なこともあるもんだ。

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