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正義のヒーロー?

「馬車に乗ってるヤツらぁ! 今すぐ降りて、手持ちのモノ置いてけぇ!」


 俺たちの方向に向かってくる味方であろう存在に意識を向けていると、外にいる盗賊から声がかかった。

 窓の外を覗いてみると、目視できる位置に厭らしい笑みを浮かべ、絵に描いた様にナイフや剣を舐めている連中が立っていた。……危ないから、ヤメたほうが――――。


「っ!? ああああぁぁぁっ! ひ、ひたひった……!」


 言わんこっちゃねぇ。

 盗賊の一人が、誤ってナイフで舌を斬ってしまい、悶絶していた。……バカなのかな。

 それにしても、ナイフを舐める意味って……あのナイフが美味しいとか?


「……あのナイフ、美味いのか?」


 ルルネも俺と同じことを考えていたらしいが、ルルネの場合、ナイフに目が釘付けで、涎が垂れそうだ。危ないからやめなさい。

 それはともかく、見た目はいかにも盗賊ですといった感じだが、俺たちを囲むだけの馬を所有していたり、よく見れば武器もそこそこいいモノを使っているようにも見えることから、有名な盗賊なのだろうと推測する。


「どうしますか?」


 すると、御者さんは、こういう状況であるにもかかわらず、冷静さを取り戻し、俺たちに訊いてきた。

 バーナさんのことを知ってるかどうかは分からないが、それでも冷静さを取り戻した御者さんは、やはり場数を踏んでるんだなぁと実感した。

 そんなことを思っていると、バーナさんはくつろいだ様子で言う。


「大丈夫じゃよ。今来た若者が、解決してくれるじゃろう」

「え?」


 頭のレーダーから意識を離していたが、もう一度レーダーに集中すると、いつの間にか味方を示す緑の点は盗賊たちの赤い点と接触していた。


「! り、リーダー! て、敵襲です!」

「なぁにぃ!?」


 窓の外を見て見ると、赤いバンダナを頭に巻いたリーダーと呼ばれた男に、部下が必死に状況を伝えている場面が見えた。


「何人だ!」

「そ、それが……ひ、一人――ぐぎゃっ!」

「なっ!」


 突然、一人の男がリーダーと部下の間に現れ、部下を思いっきり殴り飛ばすシーンを目撃した。

 俺はその状況を認識できているが、盗賊のリーダーを含め、サリアたちも認識できていない。

 あまりにも突然すぎて、唖然としていると、状況を理解したリーダーがすぐさま臨戦態勢に入り、距離をとった。


「誰だテメェ!」

「フフフフフ……」


 男の格好は、なぜか銀色の全身タイツで、首には赤いマフラーを巻き、両手には黒色の手袋が嵌められていた。

 ゆらりと、殴り飛ばした体勢から自然体へと戻った男は、ニヤリと笑みを浮かべながら高らかに言い放った。


「この俺を知らないか? ならば教えてやろう! 俺は正義のヒーロー、【必倒ひっとう】のガルガンド! 覚えておけ!」


 そう言うと、男――ガルガンドさんは、シャキーン! と効果音が付きそうなポーズをとった。……何者だよ。

 驚きと呆れを含んだ視線で見ていると、なぜかアルが驚きの声を上げた。


「い、今【必倒のガルガンド】って言ったか!?」

「え? あ、うん。そう聞こえたけど……知り合い?」

「なぜそこで可哀想なものを見る目でオレを見るんだ!?」


 だって……アルにこんな変態の知り合いがいたのかって思うと……あ、俺も筋肉バカとかSM嬢とかの知り合いいたわ。

 くだらないことを考えていると、アルは逆に俺が知らないことのほうに驚きの声を上げた。


「ちょっと待て。まさか、お前……あのガルガンドを知らねぇのか!?」

「いやぁ……誰だかさっぱり。あ、でも変態だってことは分かった」


 全身タイツだし。意味の分からないポーズをとってるし。

 すると、バーナさんは愉快そうに笑った。


「ホッホッホ。まあ、あの若者はまだその程度の知名度だということじゃな」

「い、いえ、誠一が特殊すぎるだけのような……」

「いやぁ、照れるね」

「褒めてねぇよ!?」


 俺が照れると、アルはすかさずツッコミを入れてきた。

 その様子にさらに笑みを深めたバーナさんは、丁寧に教えてくれる。


「誠一君。彼……ガルガンドは、世界でも数少ない現役のS級冒険者じゃよ」

「へっ!?」


 S級!? アレが!?


「まあ、疑いたくなる気持ちも分かるが、気付いておるか? もう盗賊はあのリーダー以外は倒されてしまっておることに」

「え?」


 言われて初めて俺はいつの間にか周囲の盗賊たちが倒されていることに気付いた。い、いつの間に?

 すると、ちょうど盗賊のリーダーもそのことに気付いたらしく、驚愕の声を上げた。


「ばっバカな!? あの人数をどうやって!?」

「フハハハハハ! 正義の前に、数など関係ない! 正義は勝つ! これこそが、絶対不変の真理なのだ!」


 ドドドーン!

 なぜか、ガルガンドさんが胸を張った瞬間、そんな効果音が聞こえてきた。……幻聴が聞こえる俺は、末期かもしれない。


「信じてもらえたかのぅ?」

「ああ……」


 ここまで言われたら、信じるしかないだろう。

 そう――――。


「S級冒険者は、やっぱり変態だったんだな……」

「そっち!? 実力じゃなくてそっちを信じたのか!?」


 俺の呟きに、再びアルがツッコんだ。

 だって、ギルド本部で登録した時、ガッスルかエリスさんが、S級冒険者全員がギルド本部出身だって言ってたからさ……そのときから、S級冒険者は変態なんじゃないかって疑ってたんだよね。実際、元S級冒険者だって言うガッスルやエリスさんもギルド本部にいるわけだし。登録はどこでしたか知らないけど、ギルド本部で間違いないだろう。

 内心そんなことを考えていると、ガルガンドさんたちのほうは、今にも戦闘が開始されそうな雰囲気だった。


「テメェ……俺様たち【飢狼の牙】に手を出して、タダで済むと思ってんのか!?」

「フハハハハ! バカめ! 貴様らは俺の正義の拳の前に屈するのだ! それなのに、いったい何を恐れる必要があるというのだ?」

「クッ!」


 どこまでも傲岸不遜な態度を崩さないガルガンドさん。格好がまともなら、もっとカッコよかっただろうにね。


「まあいい……話し合いなどもとより不要。今すぐ俺の【ダーティー・ナックル】の餌食にしてくれるわっ!」


 正義なのに汚い拳とはこれいかに。

 すると、ガルガンドさんは一気に盗賊のリーダーに迫った。

 盗賊のリーダーは、すぐに腰に差していた剣を抜くと、ガルガンドさんの攻撃に備えた。

 だが、ガルガンドさんは盗賊のリーダーに何もせず、そのまま横を通り過ぎる。


「え?」


 思わず呆けた声を出す盗賊のリーダーだったが、すぐに気を引き締め、背後に回ったガルガンドさんに隙を見せないように構えた。

 その様子を見ていると、バーナさんが言う。


「ふむ……大規模な盗賊団じゃと思ったら、【飢狼の牙】じゃったか。それなら、リーダーの動きにも納得じゃのぅ」

「えっと、有名な盗賊団なんでしょうか?」

「そうじゃな。最近一気に有名になり、急成長している盗賊団じゃな。ギルドのほうでも生死問わず賞金があったと思うぞ」


 なるほど……それだけ有名な盗賊団なら、馬を多く持っていたりしてても不思議ではない。

 馬車の中で、そのような会話をしていると、外では未だ警戒を続ける盗賊のリーダーに、ガルガンドさんが不敵な笑みを浮かべながら話しかけているところだった。


「フフフフフ……もう貴様は終わったぞ」

「……なに?」


 ガルガンドさんの言葉の意味が分からず、盗賊のリーダーは眉をしかめた。いや、盗賊のリーダーだけじゃねぇな。俺もワケ分からねぇや。

 馬車のなかでは、バーナさんだけは分かっているのか、それ以外の全員が頭に疑問符を浮かべていた。


「教えてやろう。あそこを見て見ろ」

「?」


 盗賊のリーダーは、警戒心を強めながらも、ガルガンドさんの指さす方向に視線を向けた。

 俺たちもそれにつられて視線を向けるが、そこには何もない。

 結局何を伝えたいのか分からないまま、視線を戻したときだった。

 俺は、見てしまった。

 ガルガンドさんが、盗賊のリーダーに肉薄し、アッパーを繰り出している姿を――――。


「【ダーティー・ナックル】!」

「ががぺっ!?」


 汚ぇぇぇぇぇえええええええ!

 まさか不意打ちで倒すだなんて思っても見ませんでしたよ!?

 まあ戦闘に卑怯もクソもないんだろうが、正義を謳うアンタがやったらダメじゃね!?

 それに、汚い拳って……そう言う意味!? なんか血塗られた拳だからとか、そういうカッコイイ理由じゃないのね!

 酷すぎる攻撃に、盛大なツッコミを心の中でしていると、哀れにも盗賊のリーダーはその一撃で完全にノックアウトされ、それを見下ろしながらガルガンドさんは呆れ顔で言った。


「まだまだだな。本当の【ダーティー・ナックル】は、手袋の下の丸々20年間洗っていない素手で行うからこそ、意味があるというのに……」

「本当に汚ぇな!?」


 20年間も洗ってないって汚すぎるよね!? いや、ちゃんと手を洗えって言いたいけど!

 本当に正義の味方なの!? こんなの日曜日の朝7時頃に登場したら、全力でテレビ局に訴えますよ!?

 だが、サリアたちはガルガンドさんが不意打ちをする姿を見ていなかったらしく、突然倒れたように見えた盗賊のリーダーに驚いていた。


「すごい!」

「さ、さすが現役のS級冒険者だぜ……」


 違うよ! 褒めちゃダメだよ! でもそれを伝えたところで信じてもらえそうにないあたりが非常に歯がゆい……!

 しかし、バーナさんはガルガンドさんの戦い方を知っているようで、サリアたちの反応に笑みを噛み殺しながら補足してくれた。


「ククク……まあ、あの若者は、ちと特殊なS級冒険者でのぅ。魔物の討伐を専門とせず、対人戦……つまり、賞金首や盗賊団などを専門的に扱っておるんじゃ。そして、その戦闘スタイルと確実に依頼を遂行することから、【必倒】の異名を贈られたわけじゃな」

「まあ、俺が魔物ではなく、盗賊どもに正義の拳を振り下ろしているのにも、理由があるんですがね」


 いつの間にか、外の盗賊どもを縛り上げていたガルガンドさんが、俺たちの乗る馬車に近づいており、窓から覗き込む形で話に入ってきた。


「バーナバス様、お久しぶりですね」

「うむ、元気なようでなによりじゃ。それにしても、お主が盗賊や賞金首ばかりを相手にしている理由とは聞いたことがなかったのぅ……どういった理由なんじゃ?」

「簡単なことです。合法的に人を殴りたかった」

「アンタ正義の味方なんて辞めちまえ!」


 思わずツッコミを入れた俺は悪くないと思う。

 だって、合法的に人を殴れるから魔物じゃなくて盗賊を相手にしてるって酷いよね!? S級冒険者は本当にこんなヤツらしかいないの?

 すると、ガルガンドさんは俺の方に視線を向け、ニヤリと笑い、言い放った。


「『汚い』、『卑怯』は褒め言葉。勝ちさえすれば、それが正義。そこに法という名の後ろ盾があってこそ、俺は堂々と人を殴ることができる。そんなオイシイ立場、簡単に辞めるわけがないだろう?」


 この会話こそが、初めて出会った現役のS級冒険者と俺の会話だったのだった。

 ……もう少しマシな会話がしたかったよ。

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