サリア&オリガとデート~孤児院~
二話目です。
ひとつ前のお話を読んでいない方は、そちらからご覧ください。
「誠一! 今日はオリガちゃんと一緒に出かけよっ!」
「へ?」
翌朝、唐突に俺はサリアにそう言われ、間抜けな反応しかできなかった。
「急にどうしたんだ?」
「だって、ずっとオリガちゃんがお留守番でかわいそうなんだもん! だから、私は二人っきりじゃなくて、オリガちゃんとも一緒に行きたいなぁって!」
「……」
サリアに言われて、俺は留守番をしていたオリガちゃんの気持ちを考えていなかったことに気付かされた。
一緒にいてあげると言っておきながら、なんてザマだよ……。
もちろん、食事をするときなどは一緒にいるが、それでも時間が少ないのは確かである。
俺自身の無責任さと言葉の軽さに、自己嫌悪に陥る。
サリアは俺なんかと違い、しっかり周りのことが見えていたのだ。
だが、こうしていつまでもそのことを悔いてたら、結局何も変わらないまま。
全然自己嫌悪から脱していないが、無理やりにでも前向きに考え、俺はサリアに言った。
「そうだな……よし! それじゃ、今日は三人ででかけるか!」
「うんっ!」
後悔するのは後でもできる。今は、オリガちゃんに寂しい思いをさせないということが、何より大切なんだ。
こうして、俺たちはオリガちゃんも誘うと、そのまま三人で宿屋を出たのだった。
◆◇◆
今日は、サリアの提案で、孤児院にみんなで行くことになった。
俺は、あまり孤児院の子どもたちと接する機会がなかったので、ちょうどいいと思ったし、何よりオリガちゃんと同年代の子どもたちがいるのも大きかった。
「……サリアお姉ちゃんたちとおでかけ。楽しい」
「本当? よかったぁ!」
俺の隣を、オリガちゃんとサリアは仲良く手をつなぎながら歩いている。
サリアは服装などはいつも通りだが、オリガちゃんは可愛らしい花柄のワンピースに身を包んでおり、初めて会ったときの忍び装束のような服ではなかった。この服も、またアルに頼んで服を買ってきてもらったのだったりする。
ニコニコと満面の笑みを浮かべるサリアと、無表情ながらも目を輝かせているオリガちゃん。
そんな二人の様子を見て、微笑ましい気持ちになっていると、オリガちゃんが俺を見上げてきた。
「……誠一お兄ちゃん」
「ん? どうした?」
「……手」
短くそれだけ言うと、オリガちゃんは俺にも手を伸ばしてくる。
流石の俺も、オリガちゃんの意図が分かったので、素直に手を握ってあげた。
「……ん。みんな一緒。嬉しい」
オリガちゃんは、今日初めての小さいけれど柔らかい笑顔を浮かべた。
そんなほのぼのとしたやり取りをしながら歩いていると、ふとあることに気付く。
…………これ、はたから見たら家族に見えるんじゃね?
い、いや、確かに俺とサリアは婚約? してるようなモノではあるし、オリガちゃんも兄妹みたいなものだから、家族と言えば家族なんだけど……。
でも、オリガちゃんを真ん中にして、仲良く三人で手をつないで歩いてる姿なんて、どう見ても家族の姿だよねっ!
ただ、その一人の俺が、フードを被った変質者でなければなおそう見えただろうな!
気付いてしまったことに、一人で恥ずかしい思いをしていると、ふと考えてしまった。
……もし、俺とサリアが結婚して、子どもが生まれたら……どんな子どもになるんだ?
歩きながら、俺はその子どもの姿を想像した。
男の子だったら、サリアみたいに逞しい腕と胸板で、顔は……そうだな、サリア似がいいよな。
口からは大きな牙が覗いてて……『ウホッ!』って言いながら生まれて――――。
…………。
ゴリラの子どもが生まれてくる姿しか想像できなかった。
ま、まだだ! 男の子で想像したから、思わず逞しいゴリラになっちゃったわけで、女の子が生まれてきたら、そりゃあサリア似の美人になるはずだ!
そうそう、はち切れんばかりの胸筋と、山を思わせる上腕二頭筋。顔もサリアにそっくりで、やっぱり口からは大きな牙が覗いてて……『ウホッ!』って言いながら生まれて――――。
…………。
どう頑張ってもゴリラの子供が生まれてくる姿しか想像できなかった。
何で!? どうして!? 乏しいはずの想像力がこんなところでフルに活躍してるの!?
人間のサリアに似た子どもは生まれないのかな!? いや、元々ゴリラで……てか、魔物なんだけども!
それに、カイザーコングの遺伝子と、すでに人間を辞めた俺の遺伝子が組み合わさると、いったい何が生まれるわけ? 邪神? oh……クトゥルー!
そもそも、魔物と人間の間に子どもって生まれるんだろうか? まだ遭遇したことはないけど、ゴブリンなんかはよく物語のなかでも他種族の女性に子どもを産ませるって書いてあるし……。
生物学を勉強してるわけでもないから、俺がどれだけ頑張って考えても分かるわけないんですけどね!
「……? ……誠一お兄ちゃん、どうしたの?」
「うん?」
「……なんだか、疲れた顔してる」
「そ、そうか? 気のせい、気のせい! はは、はははは」
「……?」
オリガちゃんに心配かけさせたくないし、第一疲れた原因も俺のくだらない妄想のせいなので、本当に心配しなくても大丈夫だった。
再び和やかな雰囲気を感じつつ、俺たちは孤児院に辿り着いた。
早速、中に入って子どもたちの様子を見ようとすると――――。
「ハァ、ハァ……あ、あの未成熟な体……た、たまりませんなぁ! いや、しかし、最近はちょっと背伸びをしたいお年頃の男の子も乙ですし……だが、私は決して触れはしない! 目で見て愛でる! それが紳士という――――」
「どっせいっ!」
「あべらしゃっ!?」
「誠一!?」
俺は、目の前で不審な行為をしていた男に全力で飛び蹴りをお見舞いした。
「ハッ!? お、俺は何を……くっ! とうとう人を殺めてしまった……!」
「ハハハハハ! 紳士はこの程度ではくたばりませんよ! ゴパッ!」
何ということでしょう。
攻撃力がもはや世界から畏れられてる俺の一撃を受けてなお、目の前の変態は体をボロボロにしつつも生きていた。……吐血してるし。
ま、無意識のうちに俺のスキル『無間地獄』が発動したんだろう。そうだとしても、異常な耐久力なわけだが……。
俺は、満身創痍になりながらも朗らかな笑顔を崩さない中年男性を見た。
――――【幼子の守護者】ウォルター・ベラット。
流麗な剣技で、あの魔物の侵攻のときは次々と魔物を斬り伏せていたのに、今となってはその面影すらない。ただの変態である。
「さて……そういう君は……確か、誠一君とサリアお嬢さんだったね?」
なぜか、一瞬で怪我が治ったウォルターさんは、ダンディな、本物の紳士のような笑みで挨拶してきた。
「こうしてちゃんと挨拶をするのは初めてだね。私は、ウォルター・ベラット。知っているかもしれないが、スラン氏とはパーティを組んで、活動しているよ」
「はぁ……あ、すみません、つい攻撃してしまって……」
「おっと、謝罪は不要だよ。君は正しい。まあ、私も正しいのだがね!」
「それはチガウ」
小さい子どもを見て、息を荒げるのは正しいわけがない。
すかさずツッコむ俺に対して、再び大人の魅力あふれる笑みを浮かべたウォルターさんだったが、いつの間にか俺の後ろに回っていたオリガちゃんの姿に気付き、目を血走らせた。
「こ、これは……!?」
「あ、あの……ウォルターさん? 目が怖いのですが……」
「なぁぁぁぁぁぁあああああんという天使ィィィィィイイイイイイ! ぜひ、おそばに置いてください! いや、結婚しよう! いやいや、下僕でもいいか――――ブヘッア!?」
俺は、全力でウォルターさんの頭に拳骨を振り下ろした。
すると、ウォルターさんは地面に頭からめり込み、腰から下しか見えないという情けない姿のオブジェに変身した。
「オリガちゃん、大丈夫だった?」
「……あ、あの人……怖かった……」
オリガちゃんは、完全に怯えた様子で、涙目になりながら俺にしがみついてきた。
そんなオリガちゃんを抱きしめながら、よしよしと頭を撫でる。
「大丈夫だよー。お兄ちゃんが何度でもぶっ飛ばしてあげるからねー」
「いいや! 私は何度倒されても挫けない!」
「兵隊さん、コイツです」
「のおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!?」
たまたま近くを巡回していた国の兵隊さんにそう告げると、無言で頷き、ウォルターさんを縛り上げた。
「い、嫌だああああああああああああ! 私は……私は! もっと幼女を愛でるんだあああああああああああああ!」
「黙れ変態!」
「……はい」
ロープでぐるぐる巻きにされたウォルターさんは、哀愁を漂わせながら兵隊さんに引きずられていくのだった。というか、詳しい説明をしてなくても連れて行かれるウォルターさんって……あの露出狂といい、常習犯なんだろうな。
完全にポカーンとしているサリアに向き直る。
「さ、邪魔な変態は消えたし、とっとと行こうぜ」
「え? あ、うん!」
無事孤児院のなかに入ると、院長であるクレアさんが、子どもたちと遊んでいる姿が目に入った。
クレアさんは、俺たちの存在に気付くと、驚いたような顔を浮かべた後、すぐに笑みを浮かべた。
「あらぁ! サリアちゃんじゃない! 誠一さんは久しぶりねぇ~!」
「こんにちはー!」
「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
「あらあら、ありがとう」
本当に、俺はクレアさんと会ったのが一番最初の冒険者になるための試験だけなので、久しぶりに会ったことになる。
「あら? その誠一さんの後ろに隠れてる子は誰かしら?」
「あ、この子は、わけあって俺と兄妹? まあとにかく、家族になったオリガちゃんです」
「……こんにちは」
俺の後ろから、ちょこっとだけ顔を出してそう言うオリガちゃんは、実に庇護欲をかきたてられた。
オリガちゃんに向けていた視線を、クレアさんに戻したら、なぜかクレアさんは顔を俯かせていた。
「あの……クレアさん?」
「――しよ」
「へ?」
「サリアちゃんに並ぶ天使よぉぉぉぉおおおおおおおお!」
「!?」
クレアさんは、高らかに叫んだ。
「何なの!? 私を萌死させる気!? もうこんな可愛い子どもがまだ存在していただなんて……!」
「でしょー? オリガちゃん、可愛いよねー」
「……サリアお姉ちゃん、恥ずかしい……」
サリアは、クレアさんの奇行など完全にスルーで、オリガちゃんを抱きしめた。
「こうしちゃいられないわ……! 魔導式カメラはどこ!? この天使たちの姿を撮らないわけにいかないでしょ!?」
「あの……クレアさん?」
「誠一さんは邪魔っ!」
「酷いっ!?」
はは……どうせ、俺は邪魔ですよ……。
進化して痩せたとはいえ、ブサイクでキモイのは変わりませんよ……。
クレアさんが、サリアたちを写真に収めているのを眺めながら、俺は静かに涙を流すのだった。
◆◇◆
フィーバーしたクレアさんが正気になった後、何度も謝られ、目的である孤児院の子どもたちとようやく遊ぶことができた。……別にいいさ。どうせ、俺なんて……。
俺の心情なんざどうでもよくて、オリガちゃんは、初めて接する同年代の子どもたちを前に、ずいぶんと戸惑っていたようだが、孤児院の子どもたちはみんないい子ばかりで、すぐにオリガちゃんを友だちとして迎え入れてくれた。
俺もサリアと一緒に、子どもたちに混ざって遊んでいたが、今はオリガちゃんたちが遊んでいるのを二人で眺めていた。
「オリガちゃん、楽しそうだねー」
「そうだな……」
ニコニコと、楽しそうに笑うサリアは、クレアさんじゃないが、本当に天使なんじゃないか? と錯覚してしまう。天使じゃなくて、ゴリラだけど。
そして、改めてサリアのすごさを実感した。
まるで、これが母親やお姉さんのお手本とでも言うように、子どもたちに接するのだ。
どの子どもが相手でも、慈愛に満ちた表情で、サリア自身も楽しそうに。その姿を見てクレアさんが鼻血をまき散らしながら写真を撮ってたけど。
ステータスではサリアに勝っているかもしれないが、俺は全てにおいて、サリアに勝てる気がしなかった。
今回のオリガちゃんのことにしてもそうだ。
俺みたいに、一つのことしか目に見えないんじゃなくて、きちんと周囲を見渡すことができるサリアは、本当に俺にはもったいない。
だから、俺は自然とこの言葉が口に出ていた。
「サリア」
「ん?」
「ありがとう」
「え?」
「こんな俺を好きになってくれて、ありがとう」
「――――」
「俺も、お前が大好きだよ」
俺の言葉に、サリアは驚いた表情を浮かべた後、目に涙をためて笑った。
「どういたしましてっ!」
はたから見れば、おかしな会話かもしれないが、俺たちにとっては、とても大切な会話だった。
「あー! 誠一お兄ちゃんがサリアお姉ちゃんを泣かせたー!」
「いけないんだー!」
「なっ! こ、これは違うぞ!?」
子どもたちが、サリアが涙を浮かべていることに気付き、俺をからかってくる。
何とか誤解を解こうと追いかけると、子どもたちは笑いながら走って逃げだし、気付けば追いかけっこへと内容が変わっていた。
「完全に、会話と雰囲気が長年連れ添った老夫婦みたいね……」
俺たちの会話をたまたま聞いていたクレアさんの呟きは、俺には届かなかった。