アルトリアとデート~演劇~
今回は、三話連続投稿します。
まず、一話目。
ルルネとデートをした翌日。
俺はアルと一緒にデートする予定になっており、宿屋の前で待ち合わせをしていた。
…………あれ? 言葉にすると俺がただのクズ野郎にしかならないっ!? いや、実際にそうだけども!
何で俺みたいなヤツをアルもサリアも好きになるんだろうか? アルなんて、俺なんかより、もっとイケメンで、いいヤツと付き合ったほうがいいだろうに。サリアは……ゴリラだけど。
延々と解消しない疑問に、頭を悩ませ続けていると、背後からアルに声をかけられた。
「お、お待たせ……」
「いや、全然待って――――」
そこまで言いかけて、俺は言葉を失った。
なぜなら、いつも腹部が見える半袖のシャツに、短パン姿のアルが、ロングスカートに白のパーカー姿で立っていたからだ。
いつもと違う格好のアルは、美人でカッコイイ印象と違い、とても可愛らしく、さらに魅力的に見える。
思わずその姿に見惚れていると、アルは頬を赤く染め、焦るように言葉をぶつけてきた。
「な、何だよ……オレがこんなかっこうしてたらおかしいかっ!?」
「そんな! おかしいだなんて思うわけねぇだろ? すごく似合ってるよ。さっきのは、ただ……その……アルがあまりにも可愛らしくて……」
「~~~~っ!!」
俺の言葉に、アルはさらに顔を赤く染め、俯いてしまった。
ナニコレ!? 恥ずかしっ! スゲー恥ずかしいんだけど!?
たしかに、アルがとても可愛く見えるのは事実だし、それをきちんと言葉にして伝えたかったというのはもちろんあるけど……。
でもまさかここまで恥ずかしいとは思わなかったよ!? 世の男性諸君は、こんな難易度の高いことを平然とやってのけてたんだね!? 同じ人間と思えないぜっ! 俺も人間辞めつつあるけどねっ!
「と、とにかく! い、行こうか」
「そ、そうだな!」
ぎこちない雰囲気となってしまったが、俺たちはさっそくデートを始めさせた。
だが、宿屋から数歩も歩かないうちに、再びアルが俺に声をかける。
「せ、誠一!」
「ん?」
「手……つないで……いいか?」
「……」
アルのほうに振り向けば、ゆでダコ状態のアルが、手を震わせながら俺のほうに向けていた。
どうしよう。
アルがどうしようもなく可愛く見えて、俺の脳内は惚気だらけなんだけど。
半ば呆然としたまま、俺はアルの手を握った。
「っ! は、ははっ」
すると、アルはぱあっと顔を輝かせた。……こんなに喜んでもらえるなら、いくらでも俺の手を握ってほしい。というか、俺の腕を切り取って、あげてしまおうか? 今の俺なら腕を切り落としても生やせる気がするっ! ……モザイク必至になるからやめよう。
そんなやり取りを終え、再び歩きはじめる。
今回のデートは、ルルネと二人きりで食事に行くと言ったとき、アルも二人きりで食事に行きたいと言ったため、行うことになったのだが、食事以外にもいろいろな場所に行こうと俺たちは思っていた。
ただ、俺は未だにこの王都を、馴染みのある場所を行ったり来たりしているだけの毎日なので、この機会にアルに街全体を案内してもらおうと思っている。
「そういや、誠一たちが冒険者になるための試験で、試験監督になったオレが、本当に軽くだけど、街案内をしたよな。おかしな話だけど、ずいぶん昔のことのように思えるぜ」
「たしかに……」
俺とサリアがまだこの街に来たばかりのころ、アルが試験監督として俺たちの依頼に同行していたとき、孤児院のあるベルフィーユ教の教会など、ほんの一部とはいえ、街を案内してもらっていた。
「覚えてるか? アドリアーナさんの家を訪ねたとき、オレがちょっと口にした『上層区』って単語」
「あー……なんかそんな単語が出てたような気もする……」
「そん時は詳しく話さなかったが、実はこの街は区分けされてるんだ。『商業区』、『歓楽区』、『上層区』、『住宅区』ってあって、『商業区』はいろいろな店が多く立ち並ぶ場所で、『歓楽区』は様々な娯楽施設が立ち並び、『上層区』はいわゆる貴族の方々が多く住んでて、『商業区』にも『歓楽区』にも近い一等地になる。『住宅区』は、説明しなくても分かるだろ。とにかく、これらの『区』の中心にあるのが、広場と王城なんだぜ」
「……」
どうしよう。まったく知らなかった。
あれ!? そんなに長く過ごしたわけじゃないけど、こんなに知らないことがあるってどういうこと!? しかも、区分けなんて早い段階で知ることのできそうな情報じゃね!? 俺ポンコツすぎるだろ!
「ちなみに、ギルドもオレたちの泊まってる宿も『商業区』だから、基本的に誠一の活動範囲は『商業区』から広場、王城だな」
「……」
国の首都が、そんなに狭いわけないよな。よく考えれば分かるだろ。
今さら過ぎる事実に、俺は絶句するしかない。
「まあとにかく、今日オレが誠一を連れて行きたい場所は、『歓楽区』なんだよ」
「なるほど……」
遊べるスポットは、その歓楽区という場所にあるらしいし、そこに行くのはいいかもしれない。
歓楽区がどのような場所かも気になるしな。
一人思考の海に沈んでいると、アルは俺の手を引いて歩き出した。
「ほらっ! ぼさっと突っ立ってないで、とっとと行くぜ!」
「お、おい! 行くから引っ張るなって!」
アルに引きずられる形で、俺はその場を後にした。
◆◇◆
「ここが『歓楽区』だぜ!」
「おおおっ!」
アルに連れられ、やって来た歓楽区と呼ばれる場所は、俺が見てきた王都の風景とはまた違う、明るいながらも独特の雰囲気が感じ取れた。
「誠一は知らねぇと思うが、この王都には有名な劇場があるんだぜ」
「そうなのか?」
「おう。毎日公演してるから、今日は誠一とそれを見ようと思ってな」
「でもそれって、前日からチケットとか買ったりするんじゃないのか?」
俺がそう訊くと、アルはスッと二枚の紙切れを出してきた。
「今日の公演のチケット、二人分だ」
「……」
どうやら、アルは今日のデートのため、おそらく昨日俺がルルネと出かけている間に、買っておいてくれたのだろう。
……スゲェ情けねぇなぁ、俺……。
どんなにすごい力を手に入れても、こういうときまったく役に立たないよな……。言ってて悲しくなってきた。
「そ、そうか。それじゃあ、その場所まで案内してくれる?」
「おう! 任せとけ!」
アルさん。アナタ、俺なんかより、よっぽど男前ですよ……。
意気揚々と進み続けるアルと、その隣でどんよりとする俺と言った、不思議な構図のまま歓楽区を歩く。
少しして、気持ちが落ち着いてくると、周囲を見渡す余裕ができ、改めて陽気な雰囲気に俺まで楽しくなってきた。
「おお! 何だアレ!?」
道を進んでいると、道の端で、一人のピエロが、空中に浮かびながら火の玉を七つ投げていた。
さらに、その火の玉はどんどん合体していき、最終的に巨大な火の玉に変わったかと思うと、ピエロが息を吹きかけた瞬間、綺麗な色とりどりの火花を散らして静かに消えていった。
「ああ、歓楽区では、ああいう大道芸もよく見かけるぜ」
「大道芸ってレベルじゃねぇよな!?」
魔法があるからこその芸当ではあるんだろうけど、それでもあの芸を大道芸というくくりでまとめていいんだろうか? 一種の芸術さえ感じるんだけど……。
まあどちらにせよ、俺にはあんなことできな――――。
『スキル【大道芸】を習得しました』
……………………。
「ん? どうした? 誠一。なんだかスゲー切ない顔してるぞ?」
「……うん……何でもないよ……」
気を取り直して、またさらに進むと、今度は綺麗な歌声を響かせる女性が道の端で歌っていた。
その歌は、とても楽し気で、歓楽区の雰囲気とよく合っている。
「なんだか元気になる歌だな!」
アルもニコニコと笑いながら、そう言う。
そんなアルと、歌のおかげで、俺まで楽しく――――。
『スキル【歌唱】を習得しました』
一気に悲しくなった。
歌を歌っている女性の後ろでは、陽気にいろいろな楽器を手に、演奏している人たち。
ああ……彼らの音楽は、人々の心を温かくしてくれる力があるのか、荒んだ俺の心が、一瞬にして静まる――――。
『スキル【演奏】を習得しました』
なんてことはなかった。むしろ、悪化した。
あのさぁ、誰でもいいから、この体どうにかしてくれない!? いろいろな人の努力の成果をかすめ取ってるようで、罪悪感がハンパじゃないんだけど!?
たった数十メートルの間で、三つもスキルを獲得しちゃったよ! 本当にごめんなさい!
人知れず打ちひしがれた俺が、とぼとぼと歩いていると、突然きわどい服装の女性が、俺に話しかけてきた。
「そこのお兄さん、私の店に来ない? いっぱいサービスしちゃうわよ?」
「ええっ!? お、俺!?」
「そうよ。他に誰がいるの?」
これは何なの? 綺麗なお姉さんたちがいっぱいいるお店への勧誘ですか?
経験したことのない状況に、戸惑いが隠せないでいると、その女性は俺の腕をからめとってきた。
「いいじゃない。行きましょうよ?」
「え、あ、いや、その……」
む、胸が当たってますよ、お姉さん! これが大人の色香ってヤツなんでしょうか!? 俺にはまだ早い! それに、俺は未成年です!
女性慣れしていない俺は、今の状況を切り抜けるだけのコミュ力を発揮することができなかった。
どうすればと、わずかに働く頭で考えていると……。
「こ、コイツはオレの……か、かかか彼氏だっ! 手、出してんじゃねぇよ!」
アルが、女性に張り合うように俺の反対側の腕をアルの胸に抱え込んだ。
こ、こっちにも柔らかい感触が……!
アルの行動に、俺の顔は一気に沸騰した。ゆでだこ以上に真っ赤だよ。
顔を真っ赤にさせ、ただ固まることしかできない俺。すると、アルの行動に目を見開いた女性が、クスクスと笑いながら離れた。
「あら、ごめんなさいね。彼女さんがいたのなら、仕方ないわ。大丈夫よ、もう何もしないから」
それだけ言うと、女性は俺たちの前から去っていった。
…………。
「歓楽区って、大人だな」
「何言ってんだよ……」
俺の言葉に、疲れたように言うアル。
そして、すぐに上目遣い気味に睨みつけてきた。
「お、オレがいるのに、ああいうのについて行ったら……しょ、承知しねぇからな!?」
何で、この人はこんなにも可愛いのだろう。
惚気たくなくても、アルの行動一つ一つに惚気てしまう。
「大丈夫……って言っても、信じてもらえないかもしれないけど、俺はアルたちがいれば、それでいい」
……仕方ないとはいえ、ここでアル『だけ』って言い切れない、自分の状況に情けなさも感じる。
結局、俺は体のスペックだけが進化して、中身はまったく進歩していないんだな……。
『スキル【誘惑】を習得しました』
また、俺の体だけ妙な進化を遂げたのだった。
それはいいとして、結局アルは手をつなぐのではなく、腕を組んだまま目的の劇場にまで向かった。
たどり着いた劇場は、神殿のような見た目をしており、厳かで高貴な雰囲気が感じられた。
入口に向かうと、係の人がおり、そこでチケットを渡し、俺たちは中に入った。
「……」
中に入った俺は、その豪華さに開いた口が塞がらなかった。
淡いオレンジ色の光が灯った、とんでもなく高級そうなシャンデリアが天井にあり、その天井には高名な画家が描いたであろう様々な人物や草花が、生き生きとそこに描かれていた。
中央には大きな階段があり、その両端には金箔や銀箔で飾られた立派な柱が立っている。
周囲を見渡せば、身なりを整えた紳士淑女の方々が、上品な笑顔で会話をしている。
どうしよう。場違い感がハンパじゃねぇ。
「えっと……アルさん? 俺たち場違いじゃないですかねぇ……俺なんて、フード被ったままだし……」
「あん? 気にすることねぇよ。今は貴族の方々しか見えねぇけど、この劇場には普通に平民も見にくるんだよ。それに、見た目ほどガチガチな劇場ってわけでもねぇから、最低限の服装だけで大丈夫なんだよ」
「俺はその最低限すら満たせてないような気がするんですけど!? 誰がフード姿でこんな場所に来るの!? 俺だよっ!」
「脱げばいいだけの話だが、そこまでしなくてもこの国に住む貴族の方々はそんな些細な事気にしねぇよ。……どうしても、お前が気にするってんなら、脱げばいいけど……」
そう言うアルは、なぜか俺がローブを脱ぐのを嫌そうに言った。
……まあ、気にしないってんなら、俺もいちいち脱ぐの面倒なんでありがたいけどさ……。
「んじゃあ、服装はもういいか……俺も脱ぐの面倒だし……」
「そうか。んじゃあ、早速席のほうに移動しようぜ!」
ホールの大階段を上り、長い通路を歩いて行くと、俺たちの座る二階の席に辿り着いた。
今回アルがとってくれた席は、舞台を見るのが初めてな俺から見ても、いい席のように思えた。
地球の映画館のように、おかしやポップコーン、飲み物などは売っていない。
「そう言えば、今日見る劇って何なんだ?」
ふと、今日見る演目を知らないことに気付いた俺は、アルに訊く。
「ん? 今日は……『人魚姫』って言う、異世界の勇者が持ち込んだ物語だったはずだ」
少しは自重しろ、勇者ども。俺が言えたことじゃねぇけども。
それにしても、地球で慣れ親しんだ物語を異世界に来てまで目にするとは思わなかった。いや、人魚姫の劇は見たことないんだけどさ。でも、物語自体はよく知っているわけで……。
何より、地球の物語をこうして演劇にしてしまうってことは、それだけ地球の有名な物語はよくできた話だってことなんだろうな。
開演までの少しの間をアルと談笑しながら過ごしていると、とうとう劇が始まった。
ホール全体の光が消え、ステージのみ照らされた空間が出来上がる。
そこからは、俺はただひたすら感動しっぱなしだった。
地球では有り得ない、本物の水を使い、役者も本物の人魚が人魚姫の役を演じているのだ。
それに、舞台に立つ男性女性、すべてが見目麗しく、物語に引き込むようなすごい演技力をそれぞれが発揮していた。
水も魔法の力で出しているのだろうが、王子の乗った船が大嵐に遭うシーンで、本物の船を空中に浮かばせ、もみくちゃにしている場面なんかは、目を見開くほど驚いた。
どれもこれも、地球ではできない、異世界だからこその演劇だった。
もちろん、舞台の装置や、細かいところの技術力では地球のほうが上かもしれないが、そんなもの関係ないとばかりに、魔法ですべてを解決していた。もはや科学が息をしてねぇ。
劇が始まってから、感動し続ける俺を、さらに感動させたのは、なんと『人魚姫』の物語がハッピーエンドで終わったことだろう。
デ○ズニーの『リ○ル・マーメイド』もハッピーエンドだったが、それとは違い、壮大な冒険などはしないが、最終的に二人が結ばれると言ったいい話だった。
劇が終わると、役者の演技力と、魔法の力による演出、そして物語の感動性から、俺は思わず泣いてしまった。
「い、いい、話……だったなぁ……」
「ははっ。泣くほどよかったか!」
男のくせに、ボロボロと泣く俺を見ても、アルは温かい眼差しを向けてくるだけで、決してバカにしたりしなかった。
いやあ、時々こうして体の老廃物を出さないとね! ……言い訳ですね。
でも、悲しいことで泣くよりも、感動で泣くほうがいいに決まってるもんな。最近は、想像の斜め上を突き進む俺の体に、涙が止まらないんですけどっ!
そんなことはどうでもいいとして、本当に感動できる話でよかったぜ!
『スキル【演技】を習得しました』
いやああああああああああああああああああああああああああっ!!
せっかくの感動が、一瞬にして哀しみへと変貌したよっ!
本当に俺の体は、俺の精神をイジメてくるな!? もしかして、俺って俺の体からすら嫌われてる? お前だけは信じてたのに……マイボディ!
完全に俺の体から人権を奪われたと言っても過言じゃないね。
「なあ、今日見た『人魚姫』以外にも演目ってあるのか?」
「もちろん。他には、『シンデレラ』に『白雪姫』とか……」
いや、マジで自重しようぜ、勇者ども。どんだけ地球の文化を広めるつもりだ。
サブカルチャーが抜きんでてる日本出身の勇者から広まるわけだから、そのうちマンガやらアニメまで実現しそうで怖いぜ……。
「今言ったのは、今日見た『人魚姫』と同じ異世界の勇者たちから持ち込まれた物語だけど、『妻と愛人~狂気の愛憎劇~』や『間男大活躍』なんていうこの世界で作られた物語も、ちゃんと演目として存在するぜ」
もうちょっとマシな物語を作れなかったのか!? だいぶ題名酷いよね!?
逆にどんな内容なのか見てみたいくらいだよっ!
これは、地球の物語を劇にして正解だと俺は思った。何だよ、『間男大活躍』って。どんな演出に魔法が使用されるんだよ……。
異世界は、俺の体以上に俺の想像の斜め上を突き進んでいたのだった。
「まあいいや。また今度、違う演目も見に来ようぜ」
素直に今回の劇が面白いと思った俺は、そうアルに言うと、アルは一瞬目を見開いた後、嬉しそうに頷いた。
こうして、その後昼食を一緒に食べ、アルと俺のデートは宿屋に戻って終了したのだった。