ルルネとデート~広場~
大食い大会を後にした俺たちは、改めて露店の集まる広場へと足を向けていた。
「いやぁ、それにしてもあのパフェ、美味しかったですね!」
「そ、そうだな」
優勝者だけが食べられる、≪グレートパフェ≫を、ルルネは俺にも分けてくれたのだ。……いわゆる、『はい、あーん』という形で。
そのことに俺が戸惑っていると、ルルネは不思議そうな表情を浮かべてたので、多分ルルネはよく分かってなかったんだと思う。
しかも、そのあとに俺が口つけたスプーンで普通にパフェを食べ始めるのだから、本当に困った。俺だけ? 間接キスを気にするのって……。てか、俺が初心すぎるんだろうか?
まあそんなことよりも……。
「ルルネ、大食い大会であれだけ食べたのに、まだ食べられるのか?」
「え? どうして食べられなくなるんですか?」
「いっぱい食べたからだよ!?」
この娘は何を言っているんだ。
「ルルネの胃袋が、宇宙か異次元にでもつながってるんじゃないかって本気で思えてきたよ……」
「やだなぁ、主様。私の胃袋はどこにもつながってませんよ。ただ、底がないだけです」
「もっとヤバかった……!」
せめてブラックホールとかの方がまだ可愛げがあったように思えるよ! ……いや、同じか。
冷静になって考えれば、どちらにせよ、ヤバいことに変わりなかった。
そんなやり取りをしながら歩いていると、目的地である広場に辿り着く。
「到着!」
「わあっ! 見てください、主様! あそこに大きな肉の塊を焼いてる店がありますよ! ああっ、あっちにはジュースのお店がっ!」
早速ルルネは、広場の露店を見て、目を輝かせていた。本当に食べるのが好きなんだなぁ。
「お金の心配はしなくていいから、食べたいものがあったら遠慮なくいってくれ。一緒に食べよう」
「本当ですか!? それならこの広場の店ごとすべて買いましょう!」
「限度をわきまえようか!」
ルルネの場合、冗談とかじゃなく、本気で言ってる気がする。……それを実現できる金を持ってる俺も大概だけどねっ! お金って怖いっ!
「特に決まってないなら、端から全部食べていこうぜ」
「それはいいですねっ! そうしましょうっ!」
テンションの高いルルネを連れて、一番端のお店に向かった。
「いらっしゃいっ! うちのハンバーガーは美味しいよっ!」
「おっちゃん! そのハンバーガーを二つくれ!」
「はいよっ! 『ウマシカバーガー』二つだなっ!」
「ここでもウマシカ!?」
ウマシカどんだけ汎用性が高いんだよッ! 本当に頭が良ければ素晴らしい馬だな!
そんなことを考えつつ、二つのハンバーガーを買った俺たちは、歩きながら食べ始める。
「初のウマシカを食べるわけだが……美味しいのか?」
「美味しかったですよ? ハンバーガー」
「もう食べたの!?」
ルルネって、大食いなだけじゃなく、早食いでもあったのかよ……。
買ったウマシカバーガーに齧り付くと、中から肉汁が溢れ出し、シャキシャキのレタスにソースと一緒に絡み合い、とても美味しかった。ウマシカすげー。
「主様っ! 次はあれを食べましょう!」
「よし、あれだな」
次に向かったのは、焼きそば屋さんだった。
「異世界の勇者からもたらされた焼きそばが食べられるのは、ここだけだよ~!」
そんな集客のための言葉を言っていることから、どうやら焼きそばはこの世界に存在しない食べ物だったらしい。
また二つ買って、歩きながら食べる。
味はやはり日本の焼きそばほどしっかりしていないが、それでも美味しいと言えるレベルのモノだったので、俺は満足だった。ルルネは……言う必要ないだろう。
そのあとも、俺たちはひたすら広場の屋台の品々を食べ続けた。
たこ焼き、ケバブ、焼き鳥、ポップコーン……どれも地球の食べ物と遜色ないレベルで、その味をじっくり堪能した。
……あれ? ルルネは分かるけど、俺もかなり食べてね?
…………胃袋まで化物にしなくていいと思うなぁ。
そして、とうとう最後の屋台に辿り着いた。
クレープ屋という看板が見えたので、クレープが食べられるのだろう。
ただ、そこは行列ができており、俺たちは最後尾だったので、結構な時間待つことになった。
俺たちの番になり、クレープを注文しようとするが、なんと最後の一つしか残っていなかったらしく、仕方なく俺たちはその一つを買い、どこか近くのベンチで休憩をとることにした。
「残念だったなぁ、一つしか残っていないだなんて」
「あの……主様? 本当によろしかったのでしょうか?」
「え? 何が?」
「その……私がこのクレープをいただいても……」
「気にするなよ。俺も結構食べたし、何よりルルネが美味しそうに食べてるのを見るほうが嬉しいからさ」
「……はい」
俺がそう言うと、ルルネは少し頬を赤く染め、小さくクレープに噛り付いた。
それにしても、本当に俺の胃袋どうなってんの?
メッチャ食べたはずなのに、お腹いっぱいにならなければ、お腹が空くこともない。いよいよ生理的現象にまで俺の化物加減があらわれ始めたかなっ! そのうちトイレにすら行かなくて済みそうな勢いだぜ!
改めて自身の変化に目から涙が止まらなかった。
「あ……主様っ!」
「ん?」
急に呼ばれ、ルルネのほうに視線を向けると、ルルネが顔を真っ赤にしながらクレープを俺に向けていた。
「ひ、一口……どうですか……?」
お前は誰だ。
私、こんな娘、知りません。
俺が思わず手を握ってしまったときも似たような反応してたけど、ルルネの気持ちがよく分からん。
食堂では普通に間接キスをしたくせに、今は恥ずかしそうだし。
まあ、食堂では単純にルルネがそのことに気付かなかったという可能性もあるんだが。
「い、いや! 俺のことは気にするなよ!」
「ダメ……ですか? 一緒に、この味を分かち合いたいと思ったのですが……」
「……」
そうかもしれないが、また間接キスになるわけで、ここは男として断るべきだろう!
「……いただきます」
無理です。
悲しそうな顔で、そんなこと言われて断れると思う? 俺がそんな勇気ある野郎に見えるか!?
恐る恐る、俺はルルネの差し出したクレープに噛り付いた。
定番のチョコバナナ味であり、薄い生地と生クリーム、チョコ、バナナの組み合わせが絶妙で、とても美味しかった。
俺が食べ終わると、ルルネは再びクレープに口を付けようとして、何かに気付くと顔を真っ赤にしながら急いでクレープを食べ終えた。……見てるこっちまで恥ずかしいっ!
思わず赤面し、顔を両手で隠していると、ルルネが不意につぶやいた。
「私、こんな幸せになれるだなんて……思ってもいませんでした」
「え?」
ルルネのほうに顔を向けると、今まで見たことのない愁いを帯びた表情を浮かべていた。
「私は、主様のおかげでこうして人間の姿でいることができます。ですが、本来なら、こうして人間の食べ物の素晴らしさを実感することもできず、ロバとして一生を過ごすはずでした」
「……」
「私の母が言うには、好きな馬とも結ばれることもできず、ただ人間たちに労働を強いられるだけの生を全うすることしかできないと言われました。ですが、母は仕える騎士を自分で決め、ロバの英雄と呼ばれるようになった【ルルネリオン】からあやかり、私に【ルルネ】と名付けました。私が、生涯そのような運命に出会えるようにと」
「……」
「それが、主様と出会って、毎日が新鮮で楽しくて……私は、主様からいろいろな『初めて』をいただきました」
そこまで言うと、ルルネは俺のほうを向き、優しくて、それ以上に大切な何かが含まれたような笑みを浮かべた。
「私の運命は……主様、貴方です。貴方と出会うことができて……私は、とても幸せです。ありがとうございます。私と、出会ってくれて」
『出会ってくれて』という不思議な感謝だが、ルルネにとってとても大事なことなのだろう。
だが――――。
「ルルネ。今、幸せって言ったか?」
「は、はい」
「そりゃあ、間違いだな」
「え?」
俺の言葉に、目を見開くルルネ。
そんなルルネに、俺は少し照れくさくも感じながら、ハッキリと告げた。
「だって、俺がこれから先、もっと幸せにしてやるからな」
「――――」
「俺だけじゃない、サリアやアルだって。周りの温かい人たちが、ルルネのことを今が幸せだなんて言えないくらい、幸せにしてやるさ」
ルルネは俺と出会えたことが運命だといったが、それは俺にとってもそうである。
たまたま、俺が魔物や動物などの言葉を理解できるスキルを持ち、また、他に馬が売っていなかったこともあったから、ルルネと出会うことができたんだ。
俺のステータスの運が高いからなのかは分からないけど、それでもこうして俺たちが出会ったことは、数多くいる人間たちの中のたった一つという、奇跡なのだ。
一期一会という言葉は、まさにその通りだと思うし、出会いは本当に大切にするべきものだと俺は思う。
「だから、これからもよろしくな!」
「っ! はいっ!」
俺の言葉に勢いよく返事したルルネの顔は、満面の笑みだった。
すると次の瞬間、突然俺の首にかけていた【果てなき愛の首飾り】が淡い光を放ち始めた。
「え?」
「これは……!」
光が収まると、俺の手に、俺の首にかかっている首飾りと同じものがもう一つ握られていた。
……ちょっと待て。
【果てなき愛の首飾り】は、たしか相思相愛の人間の数だけ分裂するっていう効果だったはずなんだけど……何で増えたの?
もちろんルルネのことが好きかと訊かれれば、間違いなく好きと即答できる自信がある。
でも、その好きは違う好きなのよ。そう、『Like』なの!
いや、『好きにLikeもLoveもあるか!』と言われればどうしようもないんだけどさ……。
そもそも、これは俺だけの話じゃなくて、ルルネの気持ちも関係しているわけで。
何というか、嫌われてはいない……と思う。思いたい。思わせてくださいっ!
しかし、こればかりは俺には何もわからない。女性慣れしてるワケじゃねぇからなっ! 女心は原初の謎だぜ!
まあ増えちまったものはしょうがない。
というわけで、俺はルルネに首飾りを渡した。
「あの……主様、これは? サリア様たちも身に着けている首飾りのようですが……」
「あーっと……何といえばいいのやら……」
この首飾りの説明をするのってすごく恥ずかしいんだが。ヘタしなくてもただのたらし野郎にしかならないわけだからな!
ただ、説明しない! というわけにはいかないので、俺は素直に教えることにした。……恥ずかしかったけど。
俺の説明を聞き終えたルルネは――――。
「わわわ私と主様が……両想い!? そ、そんなことありえません! 私では主様に釣り合いませんし、そもそも私はロバですから!」
顔を真っ赤にし、全力で否定した。
ルルネが俺に釣り合わないとか真逆だろうとは思うけど、ロバであることはもはや俺にとって何ら問題ない。サリアはゴリラだもんねっ! 今さらだぜっ!
ただ、ルルネが違うというのなら、【果てなき愛の首飾り】の効果がだいぶ緩いんじゃないかな? と考えている。相思相愛って書いてあったけど、お互いに好意を抱いてる程度でいいのかもしれない。……あれ? あまり変わってない気が……。
とにかく、増えた首飾りはルルネに渡すしかないので、俺はルルネに渡した。
「まあ、ルルネが俺のことを好きってのはありえないかもしれないが、貰ってくれ。便利な機能とかもあるし、ルルネにとって損はないからさ」
「そ、そんな……私は、主様のこと……」
ルルネは何かを言いかけると、すぐに何かに気付いた様子で黙ってしまった。どうしたんだろう?
仕方がないので、俺はそのままルルネの首に手を回し、首飾りをかけた。
「あ……」
「偶然手に入ったモノではあるけど、俺からのプレゼントってことで」
ルルネは首飾りを呆然と眺めていると、やがて大事そうに首飾りを手に包み込んだ。
その後、妙に気恥しい雰囲気のまま、俺はノアードさんの『喫茶店アッコリエンテ』にルルネを連れて行き、美味しいケーキと紅茶をご馳走した。
ケーキを食べ始めると、気恥しい雰囲気も薄れ、いつも通りに戻ったのだが、そのケーキの美味しさにルルネが何度も注文をして、いつも落ち着いた雰囲気であるノアードさんが驚いているという珍しい光景を見ることができたのだった。