突然の依頼
魔物を全滅させ、完全に勝利のムードが漂っている時だった。
――――俺の脳内に、不吉なアナウンスが流れた。
『レベルアップしました』
「あ」
たったその一言だけで、俺の顔は真っ青になる。
ちょ、ちょっと待とうか。早まるんじゃねぇぞ。ほら、俺が魔法を放って虫の息にしたとはいえ、直接トドメをさしたわけじゃないしな? レベルが上がるのはおかしいとおもうんだ。それに、ドロップアイテムや、ステータスの玉だって――。
「おい、魔物どもを見て見ろ! なんか光りはじめたぞ!?」
一人の冒険者が、屍となった魔物たちを指さし、叫んだ。
それにつられ、俺もその方向に視線を向けると、魔物たちは眩い光を放っていた。
そして、光が収まったあとには、大量のドロップアイテムが散乱していた。
それだけならまだよかった。いや、ダメだけども……まだ許そう。
しかし、ドロップアイテムのなかから、無数の光の玉が浮かび上がり、俺にめがけてすごいスピードで飛んでくるのが見えたあたりで、俺はいろいろ諦めた。あっ、どうしようもねぇわ。
白目をむく俺に、光の玉は容赦なく飛び込み、俺の体内へと吸収されていく。
すべての光が俺の体内に吸収され終えると、大量の魔物の情報が頭のなかに流れ込んできた。……もしかしなくても、この魔物の情報って俺が魔法で全滅させた奴らのだよね? 固有スキルの瞬間記憶と完全記憶のおかげで、膨大な量の情報が脳内に入り込んだというのに、まったく脳に負担がないけども。
そんな俺に、追撃は続く。
『レベルがアップしました。レベルがアップしました。レベルがアップしました』
もうヤメテ! これ以上俺を人間から遠ざけないで!
心のなかで絶叫する俺をよそに、脳内アナウンスに異変が起きた。
『レベルが……』
……ん? 何で言葉が続かないの?
内心首を捻っていると……。
『レベルが……お上がりになりました』
お上がりになりました!?
いきなりどうしたの!? 何が起こった!?
混乱する俺だったが、どうやらレベルアップはここまでだったようで、次いでスキルなどを習得したアナウンスが流れる。
『大量のスキルを獲得されたため、それぞれの系統別にスキルを統合させていただき、新たなスキルを創造しました』
嬉しいはずのサービスが、今は全然嬉しくない……!
『≪爪スキル≫を習得しました。≪拳スキル≫を習得しました。≪脚スキル≫を習得しました。≪刀剣スキル≫を習得しました。≪完全耐性≫を習得しました。≪移動スキル≫を習得しました。統合スキルを複数習得したため、さらにスキルを統合させていただきました。≪攻防スキル≫を習得しました』
おい、ちょっと待て。
何? この明らかにチートな雰囲気しか漂わせていないスキルは。
俺は、内心びくびくしながら、手に入れた≪攻防スキル≫の確認をした。
『攻防スキル』……戦闘において、このスキル所有者の思い描く通りにすべての行動がスキル化される。ただし、即死させる、受けるダメージを無効化する、などといった効果は発動しない。常時発動。
とんでもねぇチートだったよッ…………!
つまり、これから先、俺が戦闘するとき、こんな動きができたらなぁとか、斬撃を一つだけ飛ばしたあと、その斬撃が10個に分裂しないかなぁとか思えば、すべてその通りにできちゃうってことだろ?
即死? どんな攻撃も通さない? 俺の基本的な攻撃力が即死級で、防御力が絶対防御並なんですけど?
…………。
もういいよぉぉぉぉおおおお……チートこれ以上要らねぇよぉぉぉおおおお……。
やっとルイエスとの訓練で、手持ちのスキルをある程度使えるようになったって言うのに、俺はこのスキルを使いこなすために、どれだけ特訓しなきゃダメなんだろうね。もう笑うしかねぇだろ。
ヤケクソ気味の俺だったが、それよりもステータスがどうなったのか気になったため、俺は急いでステータスを確認した。
≪柊誠一≫
種族:人間(人間)
性別:男(男)
職業:謎(魔法剣士)
年齢:17(17)
レベル:20(20)
魔力:畏れ多くて表示できません(200【固定】)
攻撃力:畏れ多くて表示できません(200【固定】)
防御力:畏れ多くて表示できません(200【固定】)
俊敏力:畏れ多くて表示できません(200【固定】)
魔攻撃:畏れ多くて表示できません(200【固定】)
魔防御:畏れ多くて表示できません(200【固定】)
運:畏れ多くて表示できません(200【固定】)
魅力:察してください(200【固定】)
≪装備≫
上質なシャツ。上質なズボン。上質な肌着。上質なパンツ。黒覇者のロングコート。賢猿の鎖。水霊玉の短剣。夜の腕輪。黒王石のチョーカー。果てなき愛の首飾り。憎悪渦巻く細剣。慈愛溢れる細剣。
≪固有スキル≫
瞬間記憶。完全記憶。瞬間習得。瞬間回復。完全解体。進化。業盗り。アレンジ。世界眼。我慢。喜怒哀楽。
≪スキル≫
【攻撃系】攻防スキル。
【耐性系】完全耐性。
【特殊系】上級鑑定。超調合。道具製作:超一流。実力偽装。同化。千里眼。吸収。圧縮。全言語理解。透過。威圧。反射防衛。指導。無間地獄。
【魔法系】無詠唱。多数展開。合成魔法。
≪魔法≫
【属性魔法】生活魔法。水属性魔法:極。闇属性魔法:極。土属性魔法:極。空間魔法:極。火属性魔法:極。無属性魔法:極。風属性魔法:極。雷属性魔法:極。氷属性魔法:極。光属性魔法:極。
【固有魔法】煉獄。反転魔法。解放魔法。誠一魔法。
【特殊魔法】魔法創造。刻印魔法:極。陣形魔法:極。
≪奥義≫
疾風。一閃。雲霧。剣華繚乱。剣身一体。
≪武術≫
ゼフォード流守護剣術:開祖。
≪称号≫
臭い奏者。ゴリラの嫁を持つ男。総ての頂点。自重知らず。雄の王。滅龍士。神斬り。魔導の極致。瞬殺者。全魔物の悪夢。世界を屈服させた男。
≪所持金≫
5833億6147万560G
とうとうステータスにさえ畏れられたあああああああああああああ!
一体何なの!? この世界は俺に何を求めてるの!? そのくせ、なぜ未だに魅力の値が適当なんだ……!
つか、こんなステータスで未だに種族が『人間』ってオカシイでしょ!?
もういいよ! 覚悟はできてるんだからさぁ!? いっそのこと『化物』にしてよぉ!
そんな風に思っていると、なぜか以前確認したように、種族の人間の部分だけピックアップされ、説明文が表示された。
『人間』……これぞ、未完成にして完成された個体。すべての行動で神にでも魔王にでも変化する。そして、完成しないからこそ、無限の進化を遂げることができるのだ。
『化物』より酷ぇよおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
怖すぎるだろ!? 人間って何なの!? 哲学的過ぎてついて行けないよ!?
荒ぶる内心を必死に沈めながら、見慣れない固有スキルを確認する。お、オーケー……俺はいたって冷静だぜ……?
……てか、『世界眼』って固有スキルなんだね。
それにしても、『我慢』と『喜怒哀楽』って……なんか人間っぽいスキルだなぁ。
まあ、チートっぽいスキル名でもないし、この固有スキルは大丈夫だろう。
『我慢』……≪人間≫の種族で一定レベルまで達したことにより、解放されたスキル。あらゆる物理的ダメージや精神的ダメージを耐えた秒数×攻撃力が上昇する。耐えきって上昇した攻撃力は、その場で攻撃しなくとも、次の戦闘に持ち越せる。常時発動。
『喜怒哀楽』……≪人間≫の種族で一定レベルまで達したことにより、解放されたスキル。いろいろなものに触れ、心が動き続けることで、全ステータスが上昇し続ける。常時発動。
今回一番ヤベェスキルじゃねぇかあああああああああああああああああああああああああああ!
もう俺のなかで『人間っぽい』って言葉が信用できねぇよ!?
え、嘘でしょ!? だって『我慢』なんて、秒単位で俺の攻撃力にかけられていくんだぞ!?
『喜怒哀楽』にいたっては……って、今まさにこの感情の動きで全ステータスが上昇し続けてるってことだよねぇ!?
現時点でこんなにチートなスキルたちを手に入れて、本来なら喜ぶ場面なんだろうけどさ? 違うじゃん? いや、もちろん誰かを護るためには何よりも強くなきゃいけないんだろうけど、これは過剰すぎじゃん? 度を越えてるじゃん? オカシイじゃん!?
敵から守ろうと攻撃すれば、その敵だけじゃなくて世界すら消し飛ばしそうな勢いだよね! 勢いって大事だし好きだけど、これはやりすぎだと思うんだ!
他にも、なぜか『反射防衛』や『無間地獄』のスキルが攻撃系じゃなくて特殊系に分類されてたり、もはやすべての状態異常を無効化する『完全耐性』なんかを習得したことはもう些細なことだろう。うん……本当に些細なことだよ……。
崩れ落ちそうになりながらも何とか踏みとどまり、最後に称号の欄に目を向けた。
『瞬殺者』……大量の魔物を一瞬にして全滅させた者に与えられる称号。戦闘において、俊敏力と攻撃力に最大の補正あり。
『全魔物の悪夢』……すべての魔物にとって、悪夢である者に与えられる称号。魔物との戦闘時、ステータスに最大の補正あり。また、対峙する魔物のステータス半減。
『世界を屈服させた男』……この世界を畏れさせた者に与えられる称号。
ついに、俺はその場に膝から崩れ落ちた。
「誠一!? 大丈夫!?」
すると、そんな俺の様子を見て、サリアが慌てて駆け寄ってきてくれた。
「ハハ……ハハハハハ……ダイジョウブ、ダイジョウブ。ちょっと自分が人間か怪しくなってへこんでるだけだから……」
「? 誠一は人間でしょ?」
首を捻りながらそう言うサリアに心が救われた俺は、思わず無言でサリアを抱きしめてしまった。
よかった……ちゃんと人間って言ってもらえたよ……。
サリアのおかげで心が軽くなった俺は、徐々に手に入れた称号に対するツッコミがあふれ出てきた。
なに? 『瞬殺者』って! 物騒すぎるんじゃない!? 『全魔物の悪夢』とか、明らかに普通じゃねぇよ!
そして『世界を屈服させた男』! 何のステータス補正もないくせに、ムダに仰々しいのはなぜ?
まあ結局、俺は人間を辞めた人間ということですね。今回のレベルアップでそれがよく分かりましたとも。
……ちょっと待てよ? もし、今回の魔物の侵攻が誰かの手によるものだとしたら……俺のレベルが上がったのも、そいつのせいってことだよな? だって、魔物を倒さなきゃレベルも上がらないわけだし。
こんな状況を作り出したヤツがいるんだとすれば……よし、全力でぶん殴ってやろう。だって、そいつのせいで精神的ダメージを蓄積されてるんだからな! 今もすでに、『我慢』と『喜怒哀楽』のスキルが発動しちゃってるしね!
そんないるかどうかも分からない相手に黒い笑みを浮かべていると、一人の兵隊さんが全員の前に出て、声を張り上げた。
「みんな、聴いてくれぇ! たった今、陛下から完全に魔物の脅威が去ったことを告げられた! そこで、みんなには一度王城に出向いてもらい、報酬を渡したい! あと、この魔物を全滅させた……誠一君!」
「は、はい!?」
いきなり名前を呼ばれた俺は、驚いて間抜けな声を出してしまった。
つか、やっぱり魔物を全滅させたのが俺だってバレてる……。いや、あんなド派手な魔法をぶっ放せば分かるか……。
まあ、ルイエス倒したり、フロリオさんと魔法の訓練をするとき、だいぶやらかしちゃってるから今さらではあるんだけども。
「非常に言いにくいのだが……今回倒した魔物のドロップアイテムを、冒険者やこの国の兵士たちの報酬にしたいのだ。もちろん、タダでとは言わず、ドロップアイテムの中でも強力なものを優先的に君に渡すようにするだけじゃなく、なるべく君の要望に沿う形の報酬も用意しようと思っているのだが……どうだろう?」
「あ、別にいいですよ」
「そうだよね……そう簡単に譲って――くれるの!?」
「はい。まあ、今のところお腹いっぱいなので……」
これ以上チートを手に入れても、持て余すからね!
「よ、よく分からないが……ありがとう!」
兵隊さんは、俺の言葉に嬉しそうに笑うと、今話したことを他の兵隊さんや冒険者へと伝えた。
それにしても……本当に被害もなく、無事に終われてよかった。……予想以上に変態共が強かったおかげってのもあるけれど。
「誠一!」
「主様!」
「……見つけた」
兵隊さんの言葉に、歓声を上げる冒険者たちを遠くから眺めていると、アルたちが俺たちのもとに帰ってきた。
俺もアルたちに声をかけようとすると、それより先にアルが俺の首に手を回し、訊いてきた。
「おい、あの魔法は何だ!? てか、お前やっぱり強ぇじゃねぇかよ! お前のステータス表記とかウソだろ!?」
「い、いやー……そこはほら、男の子の秘密ってことで……」
「そんな乙女の秘密みたいに言われても誤魔化されねぇからな!?」
「ば、バカな!?」
「逆に何でそれで誤魔化せると思ったんだよ!?」
いや、アルに俺の秘密を言うのは特に構わない。それは、サリアも同じで、この二人なら俺のステータスを見ても、怖がることなく普通に接してくれるって信じてるしな。なので、そういう意味での恐怖は全くない。
ただ、説明するとなるといろいろ長くなるので、落ち着いたときにでも俺が勇者召喚からはぐれた一人ということも含めて話そうと思っていた。
次々と繰り出される質問の嵐を、何とかはぐらかし続けていると、ルルネが苦し気な表情で俺に言う。
「主様……」
「おい、どうした? もしかして、どっか魔物にやられたのか!?」
一度戦ってる場面を見た時はそんな様子はなかったけど、やっぱりキツかったのだろうか?
心配になった俺は、ルルネに駆け寄ると、怪我がないかしっかりと確認する。
すると、ルルネは頬を染め、恥ずかしそうに言った。
「あ、あの……怪我をしたというわけではないので……その……あまり近くで見られると恥ずかしいのですが……」
「おわっ!? す、スマン!」
普段のルルネからは想像できない苦し気な様子だったため、焦ってしまった。
再び落ち着くと、俺は再度ルルネに尋ねる。
「それで? どうしたんだ?」
「それが――――」
ぐぅ~。
突然、そんな音が俺たちの間で響き渡った。
その音に、ルルネは恥ずかしそうに顔を俯け、逆に俺たちはルルネに視線を集中させた。
少し間を置いて、ルルネは顔を真っ赤に染めながら、上目遣いで俺に言う。
「…………お腹が、すきました…………」
ルルネの言葉に、俺たちは一気に脱力した。な、何だ……お腹が空いただけか……って、いつも通りじゃね?
しかし、こうしていつも通りがあるという幸せに、俺は思わず笑みがこぼれる。
「あ、主様! 笑わないでください! いつも食事のことばかりではしたないと自覚しておりますが、恥ずかしいものは恥ずかしいのです!」
「自覚してたの!?」
逆にその方に驚きなんだけど!? ただひたすらに食い意地張り続けてるだけかと思ってたのに……。
ルルネは、俺に笑われたことがショックだったようで、少し拗ねてしまった。
そんな様子に、思わず苦笑いする。
「悪かったよ。今日の食事じゃなくて、また別の日に、美味しいモノ食べに行こう」
「……本当ですか? 二人っきりで?」
「? なぜ二人っきりなのかは分からないけど、ルルネがそれを望むなら、それでいいよ」
「なっ!? そ、それじゃあオレも! オレも二人っきりで食事に行きたいっ!」
「ええっ!?」
「私も私も~!」
なぜか、ルルネだけでなく、アルとサリアまでそう言いだした。
しかし、ルルネは俺と二人っきりで食事に行ければそれでいいらしく、アルもサリアもそれぞれ後日に二人っきりで食事に行くことになった。
……これ、もしかしなくてもデートだよね?
恋愛初心者の俺に、超美少女と二人っきりでお食事デートとか、なかなかハードル高いと思うんだ。
いや、今までも露店で食べ歩きしたり、買い物に行ったりはしたけど、デートという意識で行動はしたことがなかったため、こうして突きつけられると戸惑いと恥ずかしさが込み上げてきた。
誰得でもないが俺が赤面していると、不意に俺のローブが引っ張られた。
「……誠一お兄ちゃん」
「ん? どうした? オリガちゃん。あ、もちろんオリガちゃんとも食事に行くよ? えっと……オリガちゃんも二人っきりがいいの?」
「……ん」
「そ、そうか……」
ま、まあ、オリガちゃんとなら、妹と食事に行くくらいの気持ちなので、アルたちのような緊張はない。ただ、しっかり楽しんでもらいたいなとは思うけどね。
「……それと、まだ話、ある」
「え?」
てっきり、食事の話だけかと思っていた俺は、首を捻る。
「……約束。頭、ナデナデ……して?」
「っ!」
上目遣い気味にそう言うオリガちゃんの表情は、とんでもない破壊力を有していた。
今のオリガちゃんを、あのギルドのロリコン……ウォルターさんに見せたら大変なことになるなぁ……。
そんなことを思いながらも、約束したため、俺はちゃんとオリガちゃんの頭を撫でてあげた。
「よく頑張りました。でも、無理はしちゃだめだよ? オリガちゃんが傷ついたら、俺は悲しいからさ」
「……ん。ありがとう」
オリガちゃんは、俺に頭を撫でられると、少し頬を染め、はにかんだ。
こうして、それぞれの冒険者が王城に報酬をもらうために移動を開始し始めた。
俺たちは雑談をしながらゆっくり王城に向かっていると、バーナさんが俺のもとにやって来た。
しかし、その表情は、あの穏やかな表情ではなく、とても真剣なものだった。
その様子に気圧されながら、何とか声を出す。
「あ、あの……ど、どうかしましたか?」
「……」
バーナさんは何も答えず、無言で俺に近づいてくる。え、ちょっと。スゲー怖いんですけど?
そして、俺の目の前まで来ると――――。
ガシッ!
突然、俺の両肩を力強くつかんだ。
あまりにも唐突な行動に、驚いて体を強張らせていると、バーナさんは目を輝かせ、俺に言い放った。
「誠一君! ワシの学園に――――講師として来てくれんか!?」
「……………………へ?」
その依頼に、俺は間抜けな声を出すことしかできなかった。