異変
ルイエスたちが出発して、早1週間が経過した。
しかし、だからと言って、何かが起こるわけもなく、俺は王城に向かっては魔法の訓練を続けた。ちなみに、今日はサリアたちはそれぞれ依頼を受けたりしているので、この場にはいない。オリガちゃんも、サリアたちと行動を共にしている。
そして今、俺はついにとある境地に到達したのだ。
「っ!」
「おお!」
突然、俺は集中力を持続させることなく、水属性の初級魔法『ウォーターボール』をバスケットボールサイズで留めることに成功したのだ。
「すごいよ、誠一君! まったく魔法にブレが感じられないし……これは、スキル『手加減』を手に入れられたんじゃないかな?」
俺の監督を務めてくれている、フロリオさんもそう言ってくれるし、何より俺自身も、『手加減』のスキルを手に入れたと確信していた。
これでもう、無駄な破壊をせずに済む……!
俺は嬉し涙を流し、この1ヵ月ちょっとの間、ずっと頑張り続けてきた俺を褒めた。よく頑張ったな、俺!
すると、案の定、脳内にアナウンスが流れる。
『スキル【無間地獄】を習得しました』
何が起こった。
ちょっと待て、落ち着け、大丈夫だ、早まるんじゃねぇぞ。
深呼吸を繰り返し、たった今、脳内に流れたアナウンスを思い出した。
『スキル【無間地獄】を――――』
「どっせいっ!」
「!?」
俺は、自分の正気を確かめるため、地面に頭を叩きつけた。
そんな俺の奇行に、フロリオさんはとても驚いている。
「ど、どうしたんだい? 誠一君……」
「いや、何でもないんですよ? ただ、どれだけ思い出しても、『手加減』のスキルを習得したと聞こえない俺の頭がおかしいんだと思ったので、こうして直接体に訊いてみてるだけです。ええ、ナニモ、オカシク、アリマセン」
「うん、大丈夫じゃないよね」
フロリオさんは、苦笑いを浮かべながらそう言う。
もう耐えられねぇよ! 何!? 『無間地獄』って! スキル『手加減』はどこに消えたの!?
スキル『手加減』の間に、何が起これば地獄だなんて物騒なスキルに変身するんだ……!
今まで手に入れたスキルの中で、ダントツに物騒な名前を持つスキルだぞ、これ!
……いや、ちょっと待て。冷静になるんだ。
まだ希望を捨てるのは早いんじゃないか?
ほら、結果的に手加減できるようになったわけだから、名前が物騒なだけで、内容はそこまで酷いものじゃないかもしれないじゃないか!
そうだよ、名前が物騒でも、中身までが物騒だとは限らねぇもんな!
俺はわずかな希望を見出し、早速手に入れたスキルを確認した。
『無間地獄』……対象者に無限の苦痛を与えるスキル。このスキルを発動させている間、対象者にどれだけ攻撃を加えても、絶対に死ぬことはない。その結果、死ぬほどの痛みを与えることになる。普通の手加減も可能。任意発動。
名前通りじゃねぇかああああああああああああああ!
コワイよ!? 何このスキル! 俺みたいな化物級のステータスを誇るヤツが、手に入れちゃダメなスキルだよね!?
そして最後にちょろっと書かれた手加減可能という説明! 本当にオマケ扱いじゃねぇか!
……どうしよう。全然俺の求める方向に成長してくれない。俺の明日はいずこへ?
俺の求めていたスキルと違いながらも、一応手加減ができると分かった俺は、何とか気持ちを持ち直すことができた。
すると、本来この城で見かけることのない人物を目の端に捉えた。
「あれ? ガッスル?」
「む? おお、誠一君じゃないか!」
「あら? 本当ですわね」
何と、王城内で出会ったのは、ギルドマスターであるガッスルと、受付嬢のエリスさんだった。
エリスさんは受付嬢の格好だが、ガッスルは相変わらずブーメランパンツ姿で、裸体を惜しみなく晒している。非常識にもほどがあるだろ! てか、門番さんも止めろよ!
「どうして誠一君がここにいるんだい?」
「俺は、王都カップで優勝した賞品として、ここに勤めているフロリオさんとルイエスに稽古をつけてもらっているんだ」
「……君は知らないところでいろいろなことをしているんだね」
俺の言葉に、ガッスルは苦笑いを浮かべる。
「逆に、ガッスルたちは何でここに?」
「わたくしたちは、あるお方を陛下のもとへお連れするため、こうしてここに来たのですわ」
「あるお方?」
誰のことを指しているのか分からず、首を捻っていると、ガッスルたちの後ろから、一人の老人が姿を現した。
「ホッホッホ。初めましてじゃな? お若いの」
「え、あ、どうも……」
その老人に対する俺の第一印象は、仙人だった。
長い白色の眉毛と、長い白髪。さらに長く伸ばされた白い髭。オマケに服も白色のローブを身に纏っているので、全身白ずくめである。
身長はそこまで高くないが、腰は曲がっておらず、それなのに俺の身長ほどもある巨大な杖をついている。
優しげな目元と、全体の雰囲気から、全部を包み込まれるような安心感を感じさせられる老人だった。
「ワシはバーナバス・エイブリット。気軽にバーナと呼んでくれて構わんよ」
「あ、俺は誠一です」
なんとも気さくな雰囲気で挨拶をしてくれたバーナさん。
俺も、自分の名前を告げたのだが、今まで黙っていたフロリオさんが、感極まった様子で呟いた。
「あ、あの【魔聖】、バーナバス様に会えるだなんて……!」
「え? フロリオさんは、バーナさんを知っているんですか?」
「当たり前じゃないか! バーナバス様と言えば、この世の魔道を極めたと言っても過言じゃない、世界一の魔法使いなんだよ!」
「へ、へぇ……」
珍しく興奮しているフロリオさんに、俺は気圧されながらそう返すしかできなかった。
それにしても……フロリオさんがここまで言うんだから、相当すごい人なんだろうなぁ。
「ホッホッホ。そんなに褒めても何もでんぞ? 【氷麗の魔人】殿」
「ぼ、僕のことを知っているんですか!?」
「うむ。実に優秀な魔法使いじゃということを、よくランゼのヤツから聞かされておるよ」
「っ!」
バーナさんの一言に、とうとうフロリオさんは泣き出してしまった。
……これは、有名アイドルと会話できた、熱狂的なファンと同じ心境なのだろうか。ともかく、フロリオさんの意外な一面が見れたことは、純粋に面白いので、よかったと思う。
「それに、ワシはまだ魔道を極めたと思っておらんよ。エルフであるからこそ、長い時を生きておるが、それでも未だに魔道の先は見えてこんでのぅ……」
「え? バーナさんは、エルフなんですか?」
「そうじゃよ。ほれ、耳が長いじゃろ?」
そう言いながら、バーナさんは耳を見せてくれる。
すると、バーナさんの言う通り、普通の人間とは違い、先が尖った長めの耳がそこにあった。
てか、異世界初のエルフだよ。しかも、すごい有名人っぽいし。
密かにそのことについて感動していると、王城のほうから、こっちに向かって、人が来る姿が見えた。
「おう、誠一。訓練の調子はどうだ?」
「あ、ランゼさん!」
「おう、てか、なんでガッスルたちがいるんだ?」
なんと、城のほうからやって来たのは、この国の国王であるランゼさんだった。
そして、俺とフロリオさんの他に、ガッスルたちがいることに気付いたランゼさんは、怪訝な表情を浮かべた。
そのランゼさんに、バーナさんは軽い調子で話しかけた。
「元気にしておるか? ランゼ」
「ん? ……って、バーナバス先生!?」
ランゼさんは、バーナさんに気が付くと、これでもかというほどに驚き、そして姿勢を正した。
「ご、ご無沙汰しております! 先生もお変わりないようで……」
「そんなに緊張せんでもいいじゃろ? お主はすでに一国の主。ワシのような老いぼれに、いちいち気を遣う必要はないぞ?」
「そ、そんな滅相もない!」
……バーナさんって、何者?
あれ? これ、俺も様付けしたほうがいいパターン? めっちゃ普通に会話しちゃったんだけど……。
国王であるランゼさんが、こうしてビックリするほど畏まっている様子を見れば、そう思ってしまうのも無理はないだろう。
「えっと……ランゼさん。このバーナさんとはどういう関係なんですか?」
「え? ああ、バーナバス先生は、俺が先生って言ってる通り、恩師だよ」
なるほど。それで、ランゼさんは頭が上がらないのか……。
バーナさんの正体に納得していると、ガッスルが更なる情報を教えてくれる。
「ちなみにだが、バーナバス様は、バーバドル魔法学園の学園長も務めておられるんだよ」
「バーバドル魔法学園!?」
俺はその名前に驚いた。
なぜなら、その学園こそが……翔太たちが通っているという学園なのだから。
その事実に驚いていると、ランゼさんは不思議そうな表情でバーナさんに訊いた。
「それで、先生。なぜこちらに? 特に面会の約束などはしていなかったと思うのですが……」
「うむ、実はお主に伝えておきたいことがあってのぅ……」
「伝えておきたいこと?」
「お主の息子たちのことじゃ」
「!」
バーナさんの言葉に、ランゼさんの表情が変わる。
……そう言えば、オリガちゃんがランゼさんを襲ったとき、クラウディアさんが第一王子やら第二王子がどうとかって言ってたな……。
以前聞いた言葉を思い出していると、バーナさんはさらに続けた。
「今、ワシの学園は少々特殊な状況下におかれておる。なぜか分かるか?」
「……勇者の存在、ですか?」
「そうじゃ。そのせいで、ワシの学園内がちと面倒なことになっとってのぅ……」
「面倒なこと?」
「それが――――」
バーナさんが、まさにその内容を伝えようとした瞬間だった。
訓練場に、一人の兵士が、決死の表情で駈け込んで来たのだ。
「へ、陛下! 大変です!」
「どうした? そんなに慌てて」
ランゼさんも、兵士さんの様子にそう訊く。
「魔物が……魔物の群れが、このテルベールに侵攻してきています!」
『!?』
兵士さんの口から飛び出た情報に、全員が顔色を変えた。
でも、ルイエスは国境付近が魔物の動きが活発って言ってたと思うんだが……。
「どういうことだ? 魔物が活発化していたのは国境付近だったはず……それに、その魔物の討伐にはルイエスと【黒の聖騎士】が当たっているはずだが……」
ランゼさんも俺と同じことを思ったらしく、そう訊くと、兵士さんはさらに続けた。
「それが、先ほどルイエス隊長に連絡したところ、あちらはあちらで魔物の侵攻があることを伝えられました! 【黒の聖騎士】様のほうも同じです!」
「どうなっている? こんなにも一度に魔物が活動するものなのか……?」
兵士さんの言葉に、ランゼさんは考え込む仕草をしたが、それをバーナさんは咎めた。
「これ、ランゼ。そういう原因は後にして、先にこの状況をどうにかすることこそ大事じゃとおもうぞ?」
「先生……そうですね。おい、魔物の数は把握できているか?」
「はい! 偵察部隊の話ですと、約5千程度との話です」
「5千だと!? 馬鹿げた数だな……!」
兵士さんからの情報に、ランゼさんは舌打ちすると、すぐに指示を出した。
「おい、今すぐ招集できる部隊はいくつある?」
「それが……他の部隊は皆、各地域に遠征中でして。動ける部隊は、このテルベールにある兵士たちだけです」
「そうか……よし、ならすぐお前は王城内にいる兵士を集めろ。偵察部隊は、一度テルベールまで戻るように伝えてくれ。行け!」
「は、はい!」
「フロリオ」
「はっ!」
「偵察部隊が戻り次第、偵察部隊から魔物の位置情報を聞き出し、魔導式カメラを飛ばせ。人数は、映像を維持し続けられる最低人数にとどめろ。残りは、他の兵士と共に、魔物の討伐に当たれ」
「御意」
フロリオさんは、ランゼさんから指示を受けると、すぐに移動を開始した。
とたんに慌ただしくなった王城内で、ガッスルたちも行動を開始しようとしていた。
「これは、我々ギルドの力も必要ですかな?」
「すまないが、そうなるな。協力してくれるか?」
「戦争などには協力しませぬが、こうして純粋な緊急事態に、我々が手を貸さぬ道理はないでしょう」
そう言うと、ガッスルはマッスルポーズを決め、エリスさんに指示を飛ばす。
「エリス君! 君は至急、ギルドにて魔物討伐の呼びかけを行ってくれたまえ!」
「分かりましたわ」
「感謝する。報酬に関しても、しっかりと国が負担しよう」
「ハハハ! それは、他の冒険者たちもやる気になりますな! 私も、久々に大暴れすると致しますか!」
「わたくしも、今回は前線で戦わせてもらいますわ」
「えっ!? 二人とも戦えるの!?」
いや、エリスさんは鞭振ってたけど、あれはSM用の技術であって、戦闘向きじゃねぇだろ。
まあガッスルは、こういう場面で筋肉を活用しなければ意味がねぇしな。
「失敬な! こういうときこそ、私のマッスルパワーが火を噴くのだよ! それに、私の筋肉を皆に見てもらえるチャンスじゃないか!」
「最後のが本音だよな!?」
ナンテコッタイ。ガッスルの筋肉は、見せ筋なのか……。
「わたくしも、受付嬢になる前はイケイケでしたのよ?」
「それも想像できない……」
てか、イケイケって……表現おかしくねぇか?
なんとも微妙な表情を浮かべる俺をよそに、ガッスルたちはそのままギルドへと戻ってしまった。
そして、残されたのは俺とバーナさん、そしてランゼさんだけになった。
「ホッホッホ。どれ、ワシも力を貸してやろうかのぅ」
「え!? 先生も戦っていただけるのですか!?」
「教え子のピンチじゃ。当たり前じゃろう?」
「あ、ありがとうございます!」
そう言うと、ランゼさんは頭を下げた。
「≪超越者≫である、先生に力を貸していただけるなんて……こんな状況ですが、今回は運がよかった」
「超越者?」
聞き慣れない単語に首を傾げていると、ランゼさんは教えてくれた。
「知らねぇか? 超越者ってのは、限界を超えた人たちのことを指す言葉だ。ルイエスは人類の最高到達点である、レベル500。そういう連中が、稀にレベルの限界を超えて、さらに強くなることがあるんだよ」
「あの天才児じゃな? あの娘なら、ワシと同じ超越者になるのも時間の問題じゃろう」
まさか、レベルの上限を稀とはいえ、越える人間がいるなんて……。
……あれ? なぜだろう。俺も超越者になっちゃいそうな雰囲気がすごいんだが……。
だ、大丈夫だよな! レベルだって、未だに15だしな!
……レベル15がレベル500を倒しちゃう時点でおかしいけど、気にしない。気にしないの!
「それで? 誠一。お前さんはどうする?」
「え?」
「ガッスルが言ってた通り、今回の事態は緊急とはいえ、冒険者にとっては、依頼という形で参加してもらうことになる。だから、強制というわけじゃねぇが……」
「俺も戦いますよ? だって俺、この街が好きですから」
素直に思ったことを言うと、ランゼさんは一瞬目を見開いたあと、嬉しそうに笑った。
「そうか……なら、俺に手を貸してくれ!」
「了解!」
こうして、俺はこの街に押し寄せる、魔物の群れと戦う決意をしたのだった。
◆◇◆
――――時は少し遡る。
水晶が置かれた暗闇が支配する部屋の中で、奇妙な笑い声をあげる男が愉快そうに笑っていた。
「んひっんひっんひっ! やってやったぞ! これでまた……魔神様の復活に近づく……!」
そんな男の声に、水晶から別の声が聞こえてきた。
『フン、準備をしたのはこっちじゃぞ? 一体誰がテルベールの【山】付近まで近づき、転移魔法を設置したと思っている?』
「きちんとそのことについては感謝しているさ。だが、私はそのための魔物を集めたのだ。結果的に見れば、同じだけ苦労したということであろう?」
『……フン』
男の言葉に、不機嫌そうに水晶からの声は鼻を鳴らした。
「まあいい。テルベールに棲みつく【山】は、大量の兵士どもを送れば動くが、魔物ならいくら送ろうが決して動かない。いくらテルベールを囲むように存在する【山】とはいえ、あれは同じ魔物なのだからな」
『まあ、さすがに【海】の付近に転移魔法は設置できなかったが……』
「それは仕方がないだろう。設置型の転移魔法は、きちんと陸に座標指定をしなければ効果を発揮しないからな。とはいえ、テルベールに空間魔法を使える人間は存在しないと聞く。おかげで、国境付近にまで【剣騎士】と【黒の聖騎士】を引き付けておけば、その間にテルベールを蹂躙できるというわけだ。人の死、絶望は魔神様の糧となるからな」
『じゃが、あそこには【氷麗の魔人】や【鉄人】がおるぞ?』
「フン。個人がいくら優れていようが、力には限界というモノがある。質は決して量に勝ることはできんのだ」
『まあ、何でもいい。今回の計画が成功すれば、それだけ魔神様の復活に近づけるのだから』
「失敗などするはずがないだろう? お前が調べ上げ、一番兵士たちの少ないときを狙ったのだ。確実に成功する」
『そうだな……失敗する道理はないか』
水晶の声も、男の言葉に納得した。
「んひっんひっんひっ! すべては、魔神様のために――――」
男は、男自身と水晶の声の主が所属する組織において、絶対の忠誠を誓う言葉を呟いた。
だが、まだ男たちは知らない。
――――テルベールには、魔神を越える【人間】がいることを――――。