兄妹
女の子にカツ丼を食べさせた後、俺はルイエスに頼まれた本来の目的を完遂することにした。
【隷属の首輪】は、他者が無理に外そうとしたりすれば、装着者を尋常じゃない痛みで苦しめ、最悪殺してしまうような極悪な効果を持っている。
だからこそ、世界各国で使用の禁止が多く広まっているのだが、どうやらカイゼル帝国はそう言った制約を設けていないらしい。
それはともかく、目の前の女の子の首輪を外すことが先決であった。
俺は、少しでも女の子を安心させようと、目線の高さまでしゃがみ、なるべく優しい口調になるよう努めて語り掛けた。
「今から、君の首についている首輪を外そうと思う」
「っ!? ……そんなこと、できるわけない」
「うん、君の反応は正しいと思う。だって、【隷属の首輪】は装着させた人間以外が外すことは不可能って言われてるからね」
「なら――――」
「大丈夫! お兄さんに任せなさい!」
諦めきった様子の女の子に、少しでも希望を与えられるよう、自信満々にそう答えた。
大きな力は身を滅ぼすって言うくらいだから、俺自身、俺の化物じみたステータスが怖いのだ。
でも、俺の力で人を助けられるのなら、俺はいくらでも自重をやめよう。
俺に人を救える力があることを、そのときだけは誇りにさえ思う。
俺は女の子に装着された、首輪に手をかざした。
おそらく、この首輪に対しては、俺のオリジナル魔法【良くなれ】は効果がないだろう。
【良くなれ】の効果は、『呪い』を『呪い』に変える魔法だからな。
それに、【隷属の首輪】を外せるのは、装着させた本人だけなのだ。外すための魔法などというモノも存在しない。
なので、必然的に俺が新たに魔法を創造しなければいけないのだ。
……もう【良くなれ】と同じ失敗はしないからな!? フリじゃねぇぞ!?
とはいえ、【隷属の首輪】からの解放をどうイメージすればいいんだろうか?
そこまで考えて、俺は停止した。
…………あっるぇ? 【良くなれ】のとき以上にイメージできねぇぞ?
ま、まだだ! 諦めるのは早いぞ! そ、そうだ、奴隷、隷属、解放という単語ごとに、イメージするモノを思い浮かべていけばいいんだ!
えっと……ど、奴隷? 隷属? ……イメージできねぇええええええええ!
いや、まったくないわけじゃなくて、一つだけあるのよ?
でもさ? 俺の知識にある奴隷解放って――――。
「リン○ーン大統領なのよ……!」
『…………』
しまったああああああああああああっ!
またやらかした! ほら、見てよ皆の顔! 『えっ……リン○ーンだいとうりょう? ナニソレ?』って顔してんじゃん!
俺は今すぐ逃げ出したくなった。
だが、その直後、俺のかざした手が輝くと、その輝きは女の子の首輪に飛んでいき、輝きが首輪に触れた瞬間、首輪は弾け飛んだ。
「うおっ!? 危ねぇ!」
俺は、すごい勢いで飛び散った破片を避ける。
ちなみに、ルイエスとスキルを扱えるようにする訓練を積んだ俺は、ある程度自分の意志で体を動かせるようになり、完全ではないにしろ、こうしてスキルに振り回されることも少なくなってきていた。
女の子には、幸い被害はなく、どうやら破片が当たりそうになったのは俺だけらしかった。……なぜだ。
それはともかく、女の子は、首輪が外れたことに少しの間気付かず、やがてそっと自身の首に触れ、首輪がないことを確認していた。
「っ!?」
「ほら、できた!」
……結局盛大にやらかしたとはいえ、解放できたんだから万事解決だよな!
そう言う意味で、無駄に胸を張ってそう言うと、脳内に声が聞こえてきた。
『スキル【魔法創造】が発動しました。解放魔法【リ○カーン大統領】が創造されました』
スミマセン、やっぱり解決してませんでした。
あれだけ気をつけようと思ったのに、やっぱりおかしな名前の魔法が創造されちまったじゃねぇか!
第一、魔法名って言うか、人名だよね!? いや、俺がそう叫んだからなんだけども!
胸を張った状態のまま、脳内で悶えていると、新たに想像された魔法の説明が表示される。
『解放魔法:リ○カーン大統領』……ありとあらゆる拘束やしがらみから解放する魔法。
そんでもって例に違わずトンデモねぇ効果だしな!
これ、隷属だけじゃなくて、他にもいろいろな束縛系統の魔法とかにも効果を発揮しそうな勢いだよね!?
ヤベェ……さすが自由の国の大統領だぜ。……誰が上手いこと言えと? 俺ですね。
一人悲しいノリツッコミをしていると、後ろからルイエスが声をかけてきた。
「師匠。これは……成功、ということでいいのですか?」
「ああ、多分な」
首輪は外れたし、もう一度俺のスキル『世界眼』で確認したところ、【状態:隷属】の項目も綺麗になくなっていたからな。
「……そんな……本当に……」
「ん? どうした?」
不意に、女の子の様子がおかしいことに気付いた俺は、そう声をかけたのだが、次の瞬間、女の子は泣き出してしまった。
「う……うぅ……ぐすっ……」
「は!? ちょっ……なぜに泣く!?」
「やーいやーい! 誠一さんが女の子を泣かせてるぅ!」
「ローナさん、アナタは黙っててくれ!」
妙な煽りを入れてくるローナさんにそうツッコみつつも、どうすればいいか分からない俺は、ただひたすらオロオロとすることしかできなかった。
すると、今まで黙って成り行きを見ていたサリアが近づき、女の子を抱きしめる。
「よしよし、大丈夫だよ~。嬉しくって、泣いちゃったんだよね~?」
「……ぐすっ……うん」
「そうだな……何があったのか知らねぇけど、こんな女の子が【隷属の首輪】なんていう外道が使うような道具の被害にあってたんだ。それから解放されて、嬉しくないわけがねぇよな」
気づけばアルも、女の子に近づいて、頭を撫でている。
「モグモグ、なんだかよく分からないですが、よかったですね、モグモグ」
「お前はいつのまにカツ丼を!?」
ルルネは、いつもの調子だった。
しばらくの間、サリアとアルの二人に慰められた女の子は、やがて泣き止むと口を開いた。
「……ん、ありがとう」
「気にしないで!」
目元をぬぐい、素直にお礼を言う女の子の姿を見て、サリアは優しい笑顔を浮かべる。
「……私の名前、オリガ・カルメリア」
「オリガちゃんって言うんだ? 私はサリア! よろしくね!」
何ということでしょう。
サリアは、いとも簡単に女の子と打ち解けてしまった!
「……ん、サリアお姉ちゃん」
「お姉ちゃん? 私が? えへへ、なんだかくすぐったいなぁ」
しかもお姉ちゃん呼びだと!?
サリアの持つ、天然の母性に、俺はただただ戦慄するしかない。
すると、女の子――――オリガちゃんは、アルの方に視線を向けた。
「……お姉ちゃんの名前は?」
「あ? オレか? オレはアルトリアだ」
「……アルトリアお姉ちゃん?」
「――――」
お姉ちゃんと呼ばれたアルは、呆然としたかと思うと、今度は目に見えて狼狽え始めた。
「ど、どどどうしよう、誠一。なんか、このオリガって子にお姉ちゃん呼びされると……胸の内側から、こう……あったかい何かを感じるんだが!?」
「それ、嬉しいって気持ちじゃね?」
何でそんなに回りくどい表現をするんだ。
冷静なツッコミを俺がしていると、なぜかルルネが無駄に胸を張った状態で名乗り出た。
「オリガとやら。私は主の騎士にして下僕のルルネだ!」
「…………食いしん坊?」
「なぜだ!? なぜあの二人はお姉ちゃんと呼ばれるのに、私は呼ばれないのだ!?」
「日ごろの行いのせいだと思う。てか、お姉ちゃんって呼ばれたかったのかよ……」
そんなやり取りをしていると、オリガちゃんはサリアのもとから離れ、ルイエスのところまで移動していた。
「……お姉ちゃん」
「ん? 何ですか?」
「……名前」
「ああ、そう言えば自己紹介がまだでしたね。私はルイエスです。よろしくお願いします、オリガ」
「……うん、ルイエスお姉ちゃん」
「っ!?」
オリガの言葉に、ルイエスはこれでもかというほど目を見開き、相当な衝撃を受けているようだった。
「……お姉ちゃん、ですか……兄しかいない私にとって、この響きは……いいですね」
「ははは。確かに、ルイエスには僕しか兄妹はいなかったもんねぇ」
ルイエスも、妹だからこそ、姉と呼ばれたい願望があったらしく、予想以上の反応を示していた。
その様子に苦笑いを浮かべていると、俺のローブをオリガちゃんが引っ張っていた。
「……名前」
「俺? 俺は誠一。よろしくね、オリガちゃん」
「……ん、誠一お兄ちゃん」
そう言うと、オリガちゃんは小さく笑った。
……何だろう、この感覚。
翔太の妹である、美羽からは誠一お兄ちゃんと呼ばれていたが、オリガちゃんに呼ばれると、何とも言えない衝動が体を駆け巡るな。
俺も、アルのことを大げさだって言えねぇな……。
そんな風に思っていると、ローナさんが興奮気味に訊く。
「お、オリガちゃん! 私はローナって言います!」
「……」
すると、オリガちゃんは俺の後ろに隠れ、呟く。
「……あの人嫌い」
「なんでぇぇぇぇぇえええええええ!?」
「……いじわるだから」
ローナさんに対する、オリガちゃんの第一印象は、どうやら最悪なようでした。
◆◇◆
それぞれが自己紹介を済ませた後、再びオリガちゃんに対する尋問が始まった。
ただ、ローナさんが尋問をしようとすると、何もしゃべらないので、仕方なくルイエスが担当することになった。それに、俺たちも直接オリガちゃんたちの尋問に参加することにもなった。……ローナさんって優秀な尋問官らしいけど、嘘じゃないかって疑っちゃうよね。
「それで……オリガ。貴女は、どうして陛下を襲ったのですか?」
「……私、本当は襲いたくなかった。でも、体が言うことをきかなくて……」
「やはり……」
オリガちゃんの回答に、ルイエスは眉をしかめる。
予想はできていたが、オリガちゃんは好きでランゼさんを襲ったわけではないのだ。
それもこれも、すべて【隷属の首輪】による命令である。
命令は、基本的に背くことができない。なぜなら、体が勝手に命令通りに動き出すからだ。
それでも、命令に背こうとすれば、激痛がオリガちゃんの体を襲う。
俺も、そのことを考え、思わず顔を顰めていると、オリガちゃんが俺の方に悲しげな目線を送ってきた。
「……誠一お兄ちゃん、ゴメン。【目撃者は抹殺】の命令を受けたからって、誠一お兄ちゃんを襲ったのは本当だから……」
「俺の方こそ、ゴメンな」
「え?」
オリガちゃんは、まさか俺から謝られるとは思っていなかったようで、目を丸くしていた。
「俺が、軽くオリガちゃんを小突いたとはいえ、すごい衝撃だっただろ? 痛くなかったか?」
「……ん、大丈夫。痛いのには、慣れてるから……」
そう言うオリガちゃんの表情は、どこまでも切なくて、悲しげだった。
その表情に俺たちが息を呑んでいると、オリガちゃんは小さな声で語り出す。
「……私は、見ての通り猫の獣人。でも……忌子だった」
「……」
「……猫の獣人にとって、黒は不幸や災厄の象徴。だから、お母さんからいっぱい叩かれた。『要らない子だ』って、何度も言われた」
「……」
「……でも、私は見て欲しかった。撫でて欲しかった。笑顔を向けて欲しかった。可愛がって欲しかった……! ……もう、それは叶わない。私は、カイゼル帝国に奴隷として売られたから」
「……」
オリガちゃんの口から語られる、衝撃的な言葉の数々に、俺はただ黙って聞くことしかできない。
生んでくれた親に、要らない子扱いされるのは、どうしようもなく辛いことだ。
俺の家族は、それこそ仲が良かった。
それが当たり前だと思っていたけど、そうじゃない。
どんな俺でも、変わりなく愛してくれた両親は、本当にすごくて、何よりも俺は恵まれていたんだ。
「……それから私は、すぐに買われた。買われた先は、王族直属の暗殺部隊。そこで、私は――――人を殺す術を身に着けた」
「…………」
こんな幼い子供が、人を殺す術だなんて……。
「……私は小っちゃいから、男の人を喜ばせるようなことはさせられなかった。でも、その代わり、たくさん人を殺させられた。それだけが、私の存在価値だったから。だから、私はもう……汚れてる。命令で王様を害したとはいえ、私の手は……汚いままだから」
そういうと、オリガちゃんは俯いてしまった。
……この子は、人を殺すことでしか自分の価値を見いだせていない。
それは、幼いころから親に暴力を振るわれ、まともな愛情を感じたことがないからだ。
そう思った俺は、何の考えもなく自然と体が動いていた。
折れてしまいそうなほど、華奢なオリガちゃんを正面から抱きしめる。
「大丈夫。オリガちゃんは汚くないよ。だって、本当に汚れてる人間は……泣くことができないからね」
オリガちゃんは、泣いていたのだ。
さっきとは違う、悲しい涙。
嬉しい涙は、いくらでも流せばいい。
でも……悲しい涙なんて、誰も見たくねぇよな。
ゆっくり頭と背中を撫でながら、俺は語り掛ける。
「ほら、撫でて欲しいなら、俺がいくらでも撫でてあげるから。笑ってほしいなら、オリガちゃんを含めて、いつまでも笑っててあげるから。それに……見て」
「?」
俺はフードを脱ぐと、自分の髪の色を見せる。
「……あ……」
「な? 俺も、オリガちゃんと同じで、髪の毛、黒色なんだぜ? おまけに、瞳まで黒いんだ。こうしてみると、本当に兄妹に見えるかもな? 顔似てないけど……」
「きょう……だい……?」
「そうそう。それに、オリガちゃんは、これからどうするの?」
「……何も、することなんてない。もう、私に居場所はないから……」
「なら、俺たちと一緒にいればいいじゃん」
「え?」
俺の提案に、オリガちゃんは驚きの表情で俺を見上げる。
しかし、すぐに顔を伏せ、首を横に振る。
「……ダメ。もし、私が誠一お兄ちゃんと一緒にいれば、誠一お兄ちゃんもカイゼル帝国に狙われちゃうから。裏切り者は、どんな理由であれ、許されない」
「そうか。なら、俺が全力で守ってあげるよ」
「!」
再び顔を上げ、俺の顔を見つめるオリガちゃん。
……正直な話、相当気分が悪い。
しかも、カイゼル帝国って言えば、俺の友だち……翔太たちを勇者召喚した国なのだ。
その国が、【隷属の首輪】を平気で使っているこの状況に、俺は焦りを感じる。
翔太たちは無事なんだろうか? 確か、学園に通い始めたことを耳にしたけど……。
それも含めて、もし俺の友だちに何かすれば、俺は――――絶対に許さない。
たとえ、本当に化物と呼ばれようが、俺は一切の遠慮を捨てて、暴れまわる自信がある。
……だけど今は、目の前のオリガちゃんをカイゼル帝国から守ってやることが、俺にできることだからな。
「……ホントに、いいの……?」
「おう」
「……また、さっきみたいに撫でてくれる……?」
「いくらでも撫でてやるぜ。髪の毛がぐしゃぐしゃになっても、気にせずにな!」
「……私に、笑顔を向けてくれる?」
「そんなの当たり前だろ? ていうか、俺は基本的に騒がしいからな。覚悟しろよ? 笑うのは俺だけじゃなくて、オリガちゃんにも笑ってもらうからな?」
「……うん……うん!」
オリガちゃんは、俺の言葉に、再び泣き出してしまった。
でも、これは悲しい涙じゃなくて、嬉しい涙だ。だから、たくさん泣けばいい。
オリガちゃんの体を、もう一度抱き寄せ、背中を小さく、優しく叩きながら俺はルイエスの方に視線を向ける。
「……というわけなんだが……ルイエス。このオリガちゃん、俺に預けてはくれないだろうか?」
勝手に話を進めたはいいが、オリガちゃんはランゼさんを襲った張本人であり、カイゼル帝国の情報を知る重要な存在でもあるわけだ。
だから、簡単に俺に預けてくれるわけが――――。
「いいですよ。師匠ですから」
「コワイよ!? 最近ルイエスが師匠の一言で片づけようとしてるのが!」
簡単に許された。アレ? オカシイ。
「そもそも、私は師匠に預かっていただきたかったのです」
「そうなのか?」
「私自身も、陛下も、オリガについては保護するつもりでいたのです。こんなに幼い子どもを、罰するだなんてできませんよ。そこで、私がオリガを保護するという意見が出ていたのですが、私は陛下を護る騎士なので、オリガの面倒をそこまで見ることができません。兄に任せてもよかったのですが、兄も何かと忙しい身ですので……」
「うーん、確かに忙しいかなぁ」
「だから、できることなら師匠に任せたいと思っていたのですよ。師匠なら、まずカイゼル帝国からの刺客という点では、まず絶対的な安全があるでしょうから」
「絶対的な安全って……君は俺をどういう目で見ているんだい?」
「? 師匠ですが?」
「訊いた俺がバカでした!」
『師匠』って単語が、どんどん万能化していってやがる。
「はぁ……まあいいや。とにかく、これからよろしくな、オリガちゃん」
「……ん、よろしく、誠一お兄ちゃん」
「わーい! オリガちゃん、私たちと一緒だねぇ!」
すると、サリアがオリガちゃんに飛びつき、抱きしめた。
「……? サリアお姉ちゃんも?」
「サリアだけじゃねぇぞ。オレも一緒にいてやるからな」
「フン、私はもともと主様の騎士だからな。一緒に行動を共にすることになるな」
「……アルトリアお姉ちゃんと食いしん坊……」
「おいっ! いい加減食いしん坊と呼ぶのはヤメろ!」
「いや、本当のことじゃねぇか」
「主様まで!?」
俺までが食いしん坊だと思っていることを知ったルルネは、目に見えて落ち込んでしまった。
「……そうか。私は、ただの食いしん坊だったのか。そうか、そうか……」
「そんなに落ち込まなくても……なんだかんだ言って、俺はルルネの美味しそうに食べてる姿が好きなんだけどなぁ」
「ほ、本当ですか? 主様……」
「うんうん、だから元気をだしてくれよ」
「……はい! 私、これからより一層精進して、食事をしていきたいと思います!」
「精進する方向がオカシイ」
何だよ。どこまで行ってもルルネは変わる様子がねぇよ。いや、それはいいことなんだけどさ。
さっきまでの雰囲気がウソのように、俺たちの間には和やかな雰囲気が流れていた。
ただ――――1名を除いて。
「わ、私も混ぜてくださいよぅ!」
「……や。この人嫌い」
「どうしてええええええええええ!?」
ローナさんは、本当にオリガちゃんから嫌われてしまったようだ。
……と思ったのだが、項垂れるローナさんの姿に、小さな笑みを浮かべているから、本当に嫌いってわけじゃないと思うんだけどな。
「……食べ物の恨みは、コワイよ」
「……」
訂正。やっぱり本当に嫌われてるのかもしれない。ローナさんに、合掌。
◆◇◆
「そう言えば、結局ルイエスは俺に何を頼みたかったんだ?」
オリガちゃんの件が一通り片付いたころ、俺はルイエスにそう尋ねた。
「そうでした。頼みたいことというのは、師匠に私がいない間、陛下の護衛をしてもらいたいのです」
「へ? 俺がランゼさんの護衛? というか、お前どこかに行くのか?」
「はい。実は、私と同期で【黒の聖騎士】と呼ばれる者がいるのですが、その者は私とは違い、主にウィンブルグ王国内を巡回しながら、様々な問題を解決しているのです。そして、つい最近、その【黒の聖騎士】から連絡があり、どうも国境付近で魔物の動きが活発化しているとの報告が入ったのです」
「なるほど……それで、ルイエスも助っ人として、呼ばれたってわけなのか?」
「そう言うことです。【黒の聖騎士】は守護の天才と呼ばれているのですが、あの者の体も一つですから。どうしても一つの場所に集中すれば、他の場所に行くことができなくなってしまうので、そこに私が【剣聖の戦乙女】を率いて向かうわけなのです」
「そう言うことか……でも、そんな大事なことなら、俺なんかじゃなくて、もっと他にお城に勤める優秀な兵隊さんに頼めばいいんじゃないか?」
「いえ、どうしても、師匠と比べてしまうと心もとないので……。それに、護衛と言いましたが、陛下に付きっきりでいてもらいたいというわけではないのです」
「そうなのか?」
意外なルイエスの言葉に、俺はちょっと驚く。
てっきり、四六時中一緒にいろって言われるのかと思った。
「私がお願いしたいのは、私がいない間、師匠にはこのテルベールから移動してほしくない、ということなのです。師匠がこの街にいるというだけで、私の安心さも格段に上がりますから」
「ずいぶんと俺を買ってくれているようだけど、俺はただの冒険者なんだけどなぁ……」
「師匠。ただの冒険者に、私……【剣騎士】を倒すことはできませんよ」
「ハイ、スミマセン」
やべぇ。俺の感覚と、周囲の感覚に大きなズレが生じているぞ。
「まあいいや。そういうことなら、任せてくれ。と言っても、本当にテルベールから移動しないってだけの話なんだが……」
「それで結構です。ありがとうございます、師匠」
「気にすんな。それで? いつごろ帰って来るんだ?」
「そんなに時間はかけないつもりですが、移動するだけでも最低でも1週間はかかると思います」
「なるほど……1ヵ月とかそれくらいの長さで考えてたほうがよさそうだな」
「重ね重ね、すみません、師匠」
「俺のことはいいから。ルイエスも、気を付けてな」
「はいっ!」
ルイエスは、小さくだが、目に見える形で微笑み、俺の言葉に答えた。
それからほどなくして、ルイエスはワルキューレのみなさんを伴い、出発した。
でも、何事もなく終われるほど、世の中は上手く回ってねぇなぁ、と、しみじみと感じずにはいられなかった。
それは、ルイエスたちが出発して、1週間後のことだった。
修正として、一応魔法名の一部を伏せさせていただきました。