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カツ丼

 ――――暗い部屋の中、一人の男が水晶に話しかけていた。


「んひっんひっんひっ……計画は進んでいるか?」


 奇妙な笑い声を出しながら訊く男に対し、水晶から声が流れてくる。


『こちらは計画通りじゃぞ。それよりも、そっちはどうなのじゃ?』


 水晶から流れてくる声は、老人の声であった。

 老人の問いに対し、男は顔を赤くして怒鳴る。


「どうもこうもないわっ! あの小娘が余計なことをしたせいで、大きく計画を修正する必要が出たのだからなっ!」

『……ああ、ウィンブルグ王国と同盟を結ぶという話じゃったのぅ……』

「そうだっ! これでは、私の悲願が……」

『勘違いするでないぞ。お前だけの悲願ではない。我々・・の悲願じゃからな』

「んふー……すまん」


 老人の声に対し、男は素直に謝罪する。

 すると、まるで気にした様子のない老人は、話を切り替えた。


『よい。それで、計画の方はどうなのじゃ? ワシの方は、いつでも用意ができておるぞ』

「んひっんひっんひっ! こちらもだ。計画に大きなズレがあったとはいえ、目標は変わらない……たとえ、目標達成の過程として、悲惨なことが起きようともな!」

『そうじゃな。もしものためということで、あらゆる地域の魔物を集めておいて正解じゃったのぅ……』

「確かに……そう言えば、そちらは例の薬は完成しているのか?」


 男の問いに、老人は喉で笑うと、自信満々に答えた。


『ククク……できておるぞ。最高の出来じゃ』

「ついにか……! レベルを強制的に引き上げる【成長薬】は!」

『ああ。効果は保障しよう。それで、どうする? 今回の計画……魔物どもに使ってみるか?』


 老人の言葉に、男は少し考えるそぶりを見せると、やがて邪悪な笑みを浮かべた。


「……いや、まだだ。今回の計画では、まだ使わない。使うとすれば……小娘を消す時だな」

『そうか……じゃが、仮にも魔王の娘じゃろう? 良いのか?』

「私はお前と同じ、魔王なんぞとるに足らぬ、至高の存在に仕えている身だぞ。ザコなど消えて当然……まあ、利用価値があれば、利用してやってもよいがなぁ」


 そう言うと、男は厭らしく笑った。


『まあ、お前には何も言わんよ。……それでは、さっそく計画の方を進めるとするか』

「ああ、そうしよう――――」


 ――――すべては、魔神・・様のために――――


◆◇◆


「そう……そのまま……その調子だよ……」

「ぐぐぐぐぐ……」


 キャラスティ絵画大会の翌日、俺は最近習慣になりつつある訓練のため、王城に来ていた。

 ……今思えば、身元不詳のローブ男が、王城内を自由に移動できるってヤベェよな……いや、それ以前に、こんなに簡単に王城に来ていいモノなのか……?

 不意に頭をよぎる微かな疑問に、首を捻っていると、フロリオさんから指摘が入る。


「こら、誠一君。雑念が入ってきてるよ。魔法が崩れてきてる」

「あ、すみません」


 今、俺はフロリオさんに教えてもらう形で、魔法の制御を訓練している。

 訓練内容は、比較的魔法として安全なものが多い、水属性の初級魔法……『ウォーターボール』をバスケットボールサイズにとどめ続けるといったモノだ。

 最初の内は、制御がまるでできず、テルベール全体を水浸しにするようなとんでもないサイズのウォーターボールだったのも、今では集中さえしていれば、バスケットボールサイズにとどめ続けられることに成功している。……マジで、最初のころは焦った。だって、王都全体に被害が出る初級魔法なんだぞ? 初級の意味が分からなくなったよね。幸い、咄嗟に発動させた『マジック・ホール』の効果で、無効化にしたから被害はなかったんだけど……。

 ……いや、こういうときこそ進化の出番だと思うんですよ。

 でもさ……まったく反応がないのよ。もうビックリするほど静かなの。これが噂のハイブリッドですか。……違うな。

 あれだけチートスキルを習得したことを脳内アナウンスしてたくせに、今は無反応。新手のイジメですか?

 まあ、何となくそのことについての予想はできているんだけどね。

 憶測の域を出ないんだけど、『進化』のスキルは、強力な方向に進化するだけで、弱体化させるような方向には進化してくれないんだと思う。

 ただ、今俺が訓練しているように、反復練習を続けていれば、そのうち『手加減』というスキルが手に入ることをフロリオさんは教えてくれたので、悲観せず、地道に訓練を続けているわけだ。


「はい、そこまで。もう魔法を解いていいよ」

「はあああああ! 疲れたああああ!」


 フロリオさんに許しを得た俺は、魔法を瞬時に解くと、その場に寝転んだ。

 この魔法を解くという技術も、訓練を始めてから自分で身に着けたものだったりする。

 肉体的な疲労はないものの、集中し続けていたため精神的な疲労が大きい。

 いつもなら、このまま解散となるのだが、今日は普段の訓練と違うことが一つあった。それは――――。


「誠一っ! 見て見て~!」


 炎の玉を、お手玉のように操るサリアの姿が。

 その向こう側では、アルが5メートル級の氷の鳥を生み出し、操っている。

 そんなアルとサリアの近くで、ルルネは興味深そうに二人を眺めている姿があった。

 そう、今回の訓練には、サリアたちも来ていたのだ。


「おお、スゲー器用なことするなぁ……」

「こんなこともできるよー!」


 俺の感心した声に、サリアはますます笑顔を深めると、両手両足に炎を纏わせた。


「じゃじゃーん! カッコイイでしょ!」

「俺はサリアたちのハイスペックぶりに驚きだよ……」


 サリアとアルは、今まで魔法を使ったことがなかったらしいのだが、以前俺の手に入れたスキル……『指導』を発動させたところ、二人とも魔法が使えるようになったのだ。それも、今日だけで。

 ……この『指導』のスキル、相当ヤバいのよ。

 初めて発動させて分かったのだが、このスキルさえ使えば、その人の潜在能力を一瞬で引き出すことができてしまうのだ。

 ただし、潜在能力と言うように、元々の伸びしろがなければ、引き出すことはできない。

 だから、サリアは火属性の潜在能力が、アルは氷属性の潜在能力があったが、他の属性は一切使えなかったりする。

 それに、潜在能力を引き出そうとせず、単純に相手にモノを教えようとしたときは、頭の中にどう説明すれば分かりやすいのか、浮かんでくるのだ。


「うーん……本当に誠一君のスキルはすごいねぇ。僕も、今まで氷属性しか扱えず、【氷麗の魔人】なんて呼ばれてたんだけど……まさか、土属性にも親和性があったとはねぇ」


 サリアと俺のやり取りを見ていたフロリオさんが、笑いながら土の塊を浮かばせ、様々な形に変形させていた。

 実は、フロリオさんやルイエスから教えてもらっているだけじゃなく、俺も二人にできる限りのことを教えているのだ。

 そのために、王城内にある図書室で、いろんな本を読み漁っては知識を増やしたし、今となっては魔法もスキルもある程度なら説明できるレベルにまでなっていたりする。

 それで、サリアたちと同じように、『指導』のスキルをフロリオさんに発動させてみると、土属性の魔法の才能が開花したのだった。


「これでまた、僕も精進するべき道が見えてきたよ。それに、誠一君を見ていると、氷属性の方も、まだまだ工夫や改善できる余地があることを痛感させられるしね」

「ははは……」


 フロリオさんの言葉に、思わず苦笑いを浮かべる。

 図書室の本で新たに得た知識や、フロリオさんたちから聞いた話では、魔法の威力は、魔力やステータスの魔攻撃によってきまってくる。

 そして、俺がアクロウルフやサンドマンから魔法を奪ったとき、脳内にインプットされた各魔法ごとの消費魔力や、王都の図書館で調べて、知りえた他の魔法の消費魔力は、実はその魔法を発動させるための必要最低限度の魔力であって、上限は存在しないのだ。

 もし、最低限度以上の魔力を込めれば、魔攻撃にプラスされる形で、威力が倍増する。

 だからこそ、俺が放つ魔法は、過剰な魔力投与によって生み出されるため、アホみたいな規模や威力の魔法が発現するのだ。

 なので、俺の今やっている訓練は、魔法の制御というよりは、魔力の制御という方が正しいかもしれないな。

 ただ、俺の魔攻撃の高さは異常なので、最低限の魔力消費に抑えても、普通に放てば大惨事を引き起こすだろう。

 でも、最低限の魔力消費で発動した魔法は、自由自在に威力の変更が可能なのだ。逆に、過剰に魔力をつぎ込んでしまうと、もう威力の制御はできないのだが……。

 ふと脳内で、最近分かった知識を整理していると、氷属性の魔法訓練をしていたアルと、ルルネの二人がやって来た。


「ふぅ……魔法って難しいな」

「アル、お疲れさん」

「おう」


 短く返事をしたアルは、手のひらサイズの氷を生み出し、それを首筋などに当て、体の熱を冷まし始めた。


「魔法で動く鳥を作って、それと模擬戦してみたんだけどよ……オレが作った魔法ながら、とんでもなく厄介な相手だったぜ」

「……難しいとか言いながら、サラッととんでもないことをしてるアルに俺は驚きだぜ……」

「そ、そんな褒めるなよ……」

「クソッ! 皮肉が通じねぇ……!」


 才能が羨ましいぜ、コンチクショー!

 俺なんて、進化の実の効果がなければ、ただの一般人……いや、それ以下のド底辺の人間だからなぁ。なぜだ? 言っててなんだか悲しくなってきたぞ!?

 そんな風に一人で落ち込んでいると、今まで黙っていたルルネが、口を開いた。


「……氷の鳥……美味しそうだった……」

「お前は本当に変わらないね!」


 てか、氷の鳥って言うけども、アルが生み出した魔法だし、何よりあのサイズの氷を食えば、腹を壊す……あれ? ルルネが腹を壊す姿が想像できない!?

 食べ物が絡んできた瞬間、ルルネの無双っぷりは尋常じゃねぇからなぁ。

 王都カップのときに蹴散らした黒色の狼の詳細を後になって知ったのだが、A級の魔物だったらしい。

 ついでに、魔物のランクや、冒険者のランクとの関係性についても聞いたところ、魔物のランクと冒険者のランクは同じではないらしく、例えばC級の魔物を倒すには、C級の冒険者なら5人必要で、B級なら一人で倒せるといったように、魔物のランクと同じランクの冒険者がその魔物を狩るときは、最低でも5人は必要になって来るらしい。

 そして、C級の魔物をB級の冒険者なら一人で狩れるように、ランクが一つ違うだけでも実力が桁違いになって来るそうだ。

 ただし、B級やA級あたりから戦闘力が跳ね上がるらしく、B級の魔物を狩るのに、B級の冒険者を5人連れていても、全滅する場合もあるとか。

 そう考えると、ルルネの蹴散らした魔物は、アルが5人いても倒せるか分からないような化け物だったことになる。

 そして、ルルネが倒した魔物と同じAランクに位置するも、より危険と言われるバハムートを簡単に捕獲してしまうルイエスは、よりヤバいってことだな。さすが王国最強の騎士。実力は、S級冒険者の中でもトップに食い込めるレベルだとか。

 そんなのと戦って、無事だった俺も十分化物ですよ。なんか文句あるか!

 荒んだ気持ちのまま、どこかどんよりとした気分でいると、城の中から俺たちに向かってくる人が見えた。

 その人は、俺が頭に思い浮かべていたルイエスだった。


「こんにちは、師匠。今日の訓練はお終いですか?」

「ああ、ついさっきね」

「そうですか。……おや? そちらの方々は?」


 ルイエスは、サリアたちに気付くと、無表情さに驚きを滲ませてそう訊いてきた。

 フロリオさんには、今日の訓練に一緒に参加することを告げた時、紹介したのだが、ルイエスにはまだ紹介していなかったな。

 そう思い、サリアたちを紹介しようと振り向くと、サリアたちは驚いたような表情を浮かべていた。


「わぁ……綺麗な人だねぇ~!」

「あ、ああ……彼女が【剣聖の戦乙女ワルキューレ】の団長にして、【剣騎士ナイト・オブ・ソード】と名高いルイエスさんか……」

「主様、そちらの女性、なんだかフロリオさんに似ていますね」


 どうやら、ルイエスの美貌に驚いていたらしい。

 いや、たしかに整いすぎてると言っていいくらい綺麗だが、サリアもアルもルルネも、まったく劣っていないため、ある意味で美少女耐性のついた俺は、二人ほど驚きはしなかった。……いきなり模擬戦を持ちかけられたのには、心底驚きましたけどね!

 それに、見た目がいいに越したことはないんだろうけど、やっぱり心が綺麗な人が一番だと思う。そもそも、今でこそ痩せたが、デブでブサイクだった俺が、他人をどうこう言える立場じゃないのだ。

 本当に、サリアたちは俺なんかにはもったいないよな……。

 改めて自分の幸せを噛みしめていると、3人は自己紹介をした。


「私はサリアですっ! 誠一のお嫁さんだよ~!」

「お、オレはアルトリア・グレムです。えっと……その……誠一の彼女……です」

「私はルルネだ。主様を護る騎士にして下僕だ」

「なんて自己紹介してんの!?」


 まさか自己紹介で爆弾投下されるとは思ってもなかったよ!

 サリアが嫁であることや、アルが彼女であることは間違いじゃないのかもしれないけど、それでもルルネの下僕発言はマズいって!

 ほら、フロリオさんもルイエスもポカンとしてるじゃん!

 顔を青くし、どう言い訳したものかと考えていると、二人は何やら納得の表情を浮かべた。


「さすが誠一君……僕の斜め上を行くね……」

「師匠……私は貴方のような師を持てたことを誇りに思います……」

「君たちの俺に対する印象も大概だな!」


 一度、俺の印象を知り合い全員から訊いてみたくなったよ。俺はいったい何なんだ。

 二人の反応に疲れた表情を浮かべていると、ルイエスがふと何かを思い出した表情を浮かべ、俺に言った。


「あ、そうでした。師匠、実は折り入ってお願いがあるのですが……」

「え?」


 間抜けな表情でそう訊き返すと、ルイエスは声を潜めた。


「……陛下を襲った暗殺者についてのことです。彼女の首には、【隷属の首輪】と呼ばれる魔道具が装着されており、下手に外すことができないのです。そこで、師匠のお力をお借りしたいのですが……」

「隷属の首輪……」


 ルイエスの言葉に、俺は眉をしかめる。

 いろいろと読み漁ったので、【隷属の首輪】についても知識を得ている。

 まず、【隷属の首輪】は、その名の通り、装着者を隷属させる道具なのだ。

 しかも、呪具ではなく、魔道具の部類に入る。

 呪具は、誰にも制御できるものではないが、魔道具である【隷属の首輪】は、装着させた人間が、装着者に好きな命令を与えることができる。しかも、命令の数に限界はなく、装着者は、装着させた人間に危害を加えることもできないのだ。

 また、装着者は自分で【隷属の首輪】を外すことができないし、他の人間が無理やり外そうとすれば、装着者に大きなダメージを与えることになるのだ。

 ちなみに、この【隷属の首輪】の劣化版も存在し、それは【隷属の腕輪】と呼ばれ、命令数に限りはあるモノの、それ以外の効果はすべて【隷属の首輪】と同じなのだ。


「今のところ、隷属の首輪の効果を封じ込める結界を張り、ローナが尋問をしているのですが……」

「結界にも限界があるのか……」

「はい。隷属の首輪は非常に強力な魔道具なので、結界も相当なものを用意しなければいけないのです」

「事情は分かった。俺も、できれば何とかしてみるよ」


 この1ヵ月で、人の役に立てるのなら、化物のような力を使うことにも遠慮しないようになっていた。

 それは、フロリオさんやルイエスと訓練をして、ある程度力を使いこなせるようになったからだ。

 俺のアホみたいな力で、あの幼い女の子を救えるのなら、俺はいくらでも手を貸そう。


「ありがとうございます、師匠。それと、もう一つ伝えておきたいことが」

「伝えておきたいこと?」

「はい。ですが、先に少女の件を済ませてしまいたいので、尋問室に向かいましょう」


 そんなわけで、俺はルイエスについて、ローナさんが尋問しているという場所まで移動しようとすると、サリアたちがそれに反応した。


「あれ? 誠一。どこに行くの?」

「え? あ、いや、ちょっと用事が……」

「……ルイエスさんと二人っきりで、何の用事だ?」

「別に二人っきりってわけじゃないんだけど……」

「主様……私は連れて行ってもらえないのですか? もう、私に飽きてしまわれたのですか!?」

「ルルネ、お前はその誤解を招くセリフ回しをやめろ!」


 三人に、行方を訊かれた俺は、どう答えればいいのか分からない。

 素直に尋問する場所に行くと言えば、なぜ俺がそんな場所に行く必要性があるのか分からなくなるし、それにランゼさんが襲われたってことも知られてしまう。

 何か納得させられるような理由がないかと悩んでいると、ルイエスとフロリオさんは声を潜めて話し合い、まとまったのか、ルイエスが代表で口を開いた。


「師匠。貴方の関係者ならば、秘密にする必要もないでしょう」

「え? でも……いいのか? そんなに簡単に教えてしまって」

「はい。ただ、3人には、今から見聞きした内容をすべて、内密にするということを誓ってほしいのですが……」


 ルイエスがそこで言葉を区切ると、サリアたちは一度顔を見合わせ、すぐに答えた。


「うん、分かった! 秘密にするよ!」

「お、オレも大丈夫です……」

「私は最初から興味もないのでな。約束しよう」

「……ありがとうございます。では、移動しながら説明しましょう。こちらへどうぞ」


 こうして、ルイエスに連れられ、ローナさんが尋問しているという部屋まで案内されることになったのだった。


◆◇◆


「そんな……国王様が狙われただなんて……」


 尋問室に向かう途中、1ヵ月前に起きた出来事を簡単にルイエスから説明されると、アルは深刻な表情を浮かべた。


「でも、誠一のおかげで助かったんでしょ? さすが誠一だね! カッコイイよ!」

「お、おう? ありがとう」


 だが、逆にサリアはまるで心配していない様子でそう言い、ルルネは最初から興味なさそうだった。……このロバは、本当に食べ物のこと以外には興味を示さないんだな。

 一貫して変わらない様子に呆れるような、尊敬するような……微妙な気持ちでいると、ルイエスは足を止めた。


「ここが、尋問室です。ですが、私たちの場所は、尋問している様子を見るための部屋だと思ってください」


 簡潔にそう告げられたが、実際尋問室とやらは、よく刑事モノのドラマで事情聴取をしているのを他の刑事が見るための部屋と似ており、尋問をするための部屋に続く扉が一つあるだけだった。

 そして、刑事モノのドラマで見る、事情聴取の部屋とは違う点が一つだけ存在する。

 それは、ドラマのように、マジックミラーやガラスの向こうから事情聴取の内容を見るのではなく、王都カップで使用された魔導式カメラによる映像が、部屋に投影され、それを見るといった形だった。


「ちょうど尋問を再開したようですね」


 ルイエスがそう言ったので、映像の方に視線を向けると、ローナさんと、俺が捕まえた黒猫の獣人だと思われる女の子が、向かい合う形で椅子に座っていた。

 ローナさんは、以前会ったときと同じ鎧姿だが、女の子は忍び装束のような格好から、簡素な服装に変わっていた。


『……お嬢ちゃん、いい加減吐いちまった方が楽ですぜ?』

『……』


 ローナさん、その質問の仕方はどうなんでしょうか。

 わざわざ声を低くして、いかにもな雰囲気を醸し出すローナさんに、俺は内心そうツッコんだ。


『だんまりですかい……でもな? お嬢ちゃん。ネタは上がってるんだよ!』


 バンッ! と、強く机を叩きつけたかと思えば、その体勢のまま、一言。


『……カツ丼、食うか?』


 それ言いたかっただけだろ!?

 思わず口に出してそう叫びたかったが、必死に理性で抑え込んだ。ていうか、なんでローナさん地球の刑事モノみたいなやり取りを知ってるんだろうか……いや、知らないでやってるんだろうなぁ。

 生暖かい目で二人のやり取りを眺めていると、ローナさんは一つだけ、カツ丼を持ってくる。

 そして、そのカツ丼を自分の前に置き――――。


『いっただっきま~す!』

『!?』

「アンタが食うんかいっ!」


 結局我慢ならず、そうツッコんでしまった。てか酷ぇ!

 女の子は、ローナさんが目の前で美味しそうにカツ丼を食べている姿を、唾液を飲み、見つめていた。

 しかし、ローナさんはそんな女の子の様子もお構いなしに、わざわざ見せつけるようにしながら、美味しそうにカツ丼を食べ始めた。


『ん~、美味しい! いやぁ、残念ですなぁ~! 素直に教えてくれれば、こんなに美味しい食べ物も食べられたのになぁ~!』

『……』

『ほら、見てくださいよ! 見てるだけでもお腹が空いてきますし、何より匂いが……むふー!』

『……』

『うほぉ!? このトロトロ卵と、サクサクのカツの組み合わせがたまりませんなぁ!』

「アンタは鬼かっ!」


 俺は我慢ならず、尋問する部屋に続く扉を開け、そう言った。さすがに我慢できねぇよ! いくらなんでも可哀想だ!

 俺が扉を開け放ち、尋問中の部屋に乱入したことでローナさんは驚きの表情を浮かべたが、ルイエスは俺を咎めることをせず、静かに入室すると、ローナさんに告げた。


「ローナ」

「はい? 何ですか? ルイエス様。というより、なんで誠一さんが……」

「アナタの今日の夕食は抜きです」

「何でですか!?」


 どうやら、ルイエスもローナさんの行いが酷いことに見えたらしく、冷徹にもそう言い放つ。


「あのですね……尋問するにしても、もう少しやり方というモノがあるはずです。なぜ、このような方法を?」

「えっと……お腹空いてるところに、美味しそうなもの食べてる姿を見せて、その料理を食べたければ情報を教えな! って言えば、簡単に教えてくれると思ったんで……」

「相手はまだ幼い少女ですよ? 少しは思慮というモノを――――」


 ルイエスがローナさんを説教している姿を眺めていると、ルルネが恐れおののきながら言った。


「な、なんて恐ろしい拷問なんだ……」

「お前は大げさすぎるだろ」


 どれだけ食べ物に対して執着しているんだ、このロバは!

 フロリオさんは、そんな光景に苦笑いを浮かべているモノの、サリアとアルの二人は、完全に呆気にとられた様子で、ポカーンとしていた。


「はぁ……フロリオさん、カツ丼をもう一つ用意してもらえませんか?」

「ん? それは構わないけど……」


 俺がそう言うと、フロリオさんは部下の人を呼び、カツ丼を持ってくるように告げた。

 そして、しばらくするとカツ丼が用意されたので、それを持って女の子のもとに行く。


「あのお姉さんがイジワルしてごめんね? ほら、同じモノを用意してもらったから、好きなだけ食べな」

「……」

「あれ!? なんで私が悪者になってるんですか!?」

「ローナ、まだ話の途中ですよ」

「もう許してください! 私が悪かったからあああああああっ!」


 ローナさんの悲痛な叫びを無視し、女の子に優しくそう告げると、女の子は半眼気味の目を涙目状態にさせ、俺を見上げてきた。

 そんな様子に苦笑いしつつ、頭を撫でる。


「大丈夫、食べてもいいから。好きなだけ食べな」

「!」


 俺の言葉を受けた女の子は、少し躊躇った様子だったが、やがて少しずつだがカツ丼を食べ始めた。

 他の食べ物でもよかったのだが、目の前でああも美味しそうにカツ丼を食べられたら、そりゃあカツ丼が食べたくなるよなぁ。人が食べてるものほど何故か美味しそうに見えるよね。

 どうでもいいことを思っていると、女の子は幸せそうにカツ丼を食べるのだった。

横道にそれているような気がしますが、きちんと話は進んでいます(笑)


6月4日:魔法の説明を修正。ランクの説明を修正。隷属の首輪の説明を修正しました。

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