反転魔法
卒業式や風邪をひくなど、いろいろと多忙な日々が続いたため、遅くなりました。
皆さまも体調にはお気を付けください。
では、どうぞ。
「ここが、国王陛下が眠っておられる場所だよ」
俺の決意とも取れる言葉を受けてくれたワルキューレのみなさんは、俺を王様の元まで案内してくれた。
普通、こんな身元不詳の人間を王様の下へ連れて行っていいモノなのかと思ったが、ルイエスが言うには、そもそも俺が王様に害を与えようとするなら、回りくどい方法じゃなくてもできてしまうだろうということだった。それくらいの戦闘力が俺にはあるらしい。某戦闘民族もビックリだね!
そういうわけで、俺は王様と会うことが許可されたのだった。素直に喜べねぇ。
一人勝手に落ち込んでいると、一つの部屋に辿り着く。どうやら、ここで王様が寝ているらしい。
重厚な木製の扉で、見るからに偉い人がいそうな雰囲気が漂っている。
中に入ると、俺の想像とは違い、とても落ち着いた雰囲気の場所だった。……まあ、天蓋付きのベッドが部屋の中央にあるけどね! 流石王族……。
そんなこんなで、クラウディアさんとルイエスが俺に付き添う形で、そのまま寝ている王様の元まで連れて行ってくれた。
「っ!?」
そして、ベッドで静かに瞳を閉じてる人物を見て、俺は驚愕した。
何故なら――――。
「ランゼさん!?」
喫茶店アッコリエンテで、俺の悩みを聞いてくれた、ランゼさんだったのだ。
だが、喫茶店にいたときと違い、質素な服装が、とても豪華な服装に変わっている。
「ど、どういうこと?」
訳が分からず、混乱していると、ルイエスは不思議そうに訊いてきた。
「? 師匠は陛下をご存じなのですか?」
「え? あ、ああ……喫茶店アッコリエンテってところで、俺の悩みを聞いてくれたんだけど……」
そう言うと、ルイエスは納得したように頷いた。
「なるほど、ノアードさんの喫茶店ですか。陛下は国民の様子を調べるのに、顔が知られるのは都合が悪いと考えていたので、知っている人がいたことに驚いたのですが……そういう理由なら、納得です」
ノアードさんって何者なんだろうか?
ランゼさんが王様だってことにも驚きだけど、それと普通につながりを持ってるノアードさんって……。
ダメだ。一度にいろいろなことが起こりすぎだろ。
それに、喫茶店で会ったときはあんなに元気だったのに、今は見る影もない。
息はしているようだけど、何というか……本当に深い眠りに就いているといった様子だった。
そんなことを思っていると、この部屋に新たな集団が入室してきた。
「君かい? 陛下の目を覚ますことができるかもしれないといった人物は……」
その集団は、みんな一様に白色のローブに身を包んでおり、何というか……いかにも魔法使いです、と言った風貌だった。
その中でも、先頭にいた人物が話しかけてきたのだった。
「ええ。まあ、できるかどうかは分かりませんが……」
「それでもかまわない。陛下が目を覚ます可能性が1パーセントでもあるのなら、僕たちはそれに縋り付きたいんだ。だから……頼むよ」
そう言うと、先頭の人は頭を下げてきた。それに続く形で、後ろのローブの集団も頭を下げる。
……ランゼさん、スゲー慕われてるんだな。
俺自身も、悩みを聞いてくれた恩がある。恩がなくても、俺にできるなら助けるつもりだけどね。
「分かりました。できる限りのことを、してみます」
「……ありがとう」
先頭の人はそう言うと、フードをとった。
すると、フードの下から、サラサラな水色の髪に澄んだ水のような瞳を持った、すごいイケメンが出てきた。しかも、柔和な笑みを添えて。このスマイルは無料なのだろうか。
「申し遅れたね。僕は、このウィンブルグ王国の魔法師団をまとめてる、フロリオ・バルゼだ」
「あ、えっと……誠一です」
「そうか。それじゃあ誠一君。陛下のこと、頼んだよ」
先頭の人――――フロリオさんは、そう言うと、他のローブ姿の人たちと一緒に部屋の隅に移動した。
……あれ? 何だろう。今の人、すごく誰かに似てたような……。
「師匠。今のは私の兄で、先ほどまで回復魔法をかけ続けていた魔法師団の団長です」
「へぇ……」
ルイエスのお兄さんだったのか。確かに、髪の色や瞳なんかも同じだし、二人とも美形だしな。納得である。
一人で勝手に納得していると、不意にルイエスが微かではあるが、不安そうな表情を浮かべた。
「師匠……本当に陛下の目を覚ますことができるのですか?」
「……それは俺も分からない。俺も初めてやるからな」
大見え切っといて何だが、そこは俺には分からない。
でも、やらないで後悔するよりはマシだと思う。そう考えでもしないとやってられない。
「……師匠。アナタの好意を無碍にするような形になってしまうのですが、無理をしないでください」
「……」
「『呪い』というモノは、一度受けてしまえば、もう二度と解呪することができないモノなのです。それは、過去の偉人たちが気の遠くなるような年月をかけ、研究した結果なんです。だから――――」
「大丈夫だ」
俺は、ルイエスの言葉を遮って、そう言い切った。
「大丈夫。絶対、やり遂げてみせるから」
「…………分かりました」
そう言うと、ルイエスは身を引いた。
その様子を見て、俺は再びランゼさんと対面する。
……やっべぇ、どうしよう。
断言した途端不安になってきたぞ。
……もう後には引けないんだけどな。
思わず苦笑いしてしまった俺は、ランゼさんに両手をかざす。
そして、大きく深呼吸をした。
「すー……はぁ……」
「「「…………」」」
背後からたくさんの視線を感じる。
取りあえず、『魔法創造』を発動させるには、明確なイメージと、魔法名を唱える必要がある。
ただし、一度魔法名を唱え、発動させてしまえば、あとは俺のスキル『無詠唱』で発動できるようになるのだ。
というわけで、最初は明確なイメージが重要になって来る。
……あれ? 呪いを解くイメージって……どんなの?
炎をイメージするとかなら分かるけど……解呪をイメージってどうすりゃいいの?
そんな考えが頭をよぎった瞬間、俺は全身から冷や汗を流し始めた。
ヤバいヤバいヤバいって! お、おおおお落ち着け俺!
こう……フワーッ! って感じか? ……あ、ダメだこれ。自分の貧相な想像力が恨めしいぞ!
と、とにかく、まずはランゼさんがよくなるイメージをするんだ。
……それが分からないんですけどね!
取りあえず、『良くなれ!』って頭の中で連呼するか? ……アカン。その先のビジョンが見えねぇぜ……。
もういいや! 他にイメージできるモノもねぇし! こうなりゃ自棄だね!
んじゃ、早速…………良くなれ良くなれ良くなれ良くなれ良くなれ良くなれ良くなれ良くなれ良くなれ良くなれ良くなれ…………。
俺は、壊れたレコードの如く、ずっとそう頭の中で連呼し続けた。
だが、頭の中で連呼していたというのが不味かったのだろうか。
ただ連呼しただけだが、もう十分にイメージできただろう……そう思ったので、いざ魔法名を考え、口にしようとしたときだった。
「良くなれ!」
「「「……………………」」」
盛大にやらかした。
ああああああっ! やっちゃったああああああああっ!
思わず口に出ちゃったよ!? ヤベェ、背後から感じる視線が痛ぇ……!
俺と、王城に勤めるみなさんとの間に、寒い風が吹き抜けたような気がした。
もうね。何なんだろうね。あれだけ堂々と言っておいて、このザマですよ。泣いていい?
両手をかざしたまま、最初のとき以上に冷や汗を流し続け固まる俺。
しかし、次の瞬間、今度は違う意味でみんなが固まるのだった。
「へ?」
「「「!!!???」」」
突然、俺の両手が輝きだし、その輝きがランゼさんに向かって飛んでいったのだ。
誰もが予想できなかった事態なので、みんな思考、行動共に停止している。
すると、さらなる衝撃が俺たちを襲ったのだった。
「……ん……あ……?」
何と、さっきまで深い眠りに就いていたはずのランゼさんが、目を覚ましたのだ。
ゆっくりと体を起こすランゼさんは、周囲を見渡し、一言。
「……あん? 何で誠一がいるんだ? それに、お前らまで――――」
『うわああああああああああああっ!』
ランゼさんの言葉を遮り、一斉にランゼさんへ駆け寄るみなさん。
そんなみなさんの様子に、ランゼさんは目を白黒させていた。
「おいおいおいおい……何がどうなってやがる!?」
驚き、困惑するランゼさんに、ルイエスやフロリオさんが冷静に状況説明をした。
その説明を受けたランゼさんは、苦い表情を浮かべる。
「……そうか。俺は、呪いで死にかけてたのか……」
「陛下。どうしますか? 先ほども説明しましたが、暗殺者を送ったのはカイゼル帝国だと思われますが……」
「どうもしねぇよ。面倒くせぇ……それに、今回の件自体が特殊なんだ。まさか、一人だけを送り込んでくるとは思わなかったからな……さすがに相手が一人だと、【海】も【山】も手出しが難しいだろ。次を気をつければそれでいい。ここで余計な兵力を割いて、国民をむやみに不安にさせる必要もねぇだろ?」
「それは、そうですが……」
何だが、よく分からない会話を始めた。海? 山? キャンプにでも行くのかな。
くだらないことを考えていると、不意にランゼさんが俺の方に向き直る。
「――――誠一」
「え? あ、はい!」
まさか王様だと思っていなかった俺は、緊張したまま返事をした。
そんな俺の様子に、ランゼさんは苦笑いする。
「そんなに緊張すんなよ。お前さんは俺の命の恩人なんだからよ」
「はぁ……」
「んで? 誠一。お前さん、どうやって呪いを解いたんだ? いや、そもそも、なんで助けようなんて思ったんだ? 俺という名の後ろ盾でも欲しかったのか?」
さっきとは打って変わって、ランゼさんは真剣な表情でそう訊いてきた。
でもなぁ……なぜって訊かれても……。
「……強いて言うなら、自己満足ですかね」
「自己満足?」
「はい。今日、俺がこの場所に来たのは、王都カップの賞品を実行するためだったんです。そんなときに、今回の事件に巻き込まれて、ランゼさんを助けることになりました」
「……」
「ランゼさんが倒れた……いや、このときはランゼさんが王様だって知らなかったんですけど、とにかく王様が倒れたって聞いた時のルイエスたちの表情が、見るに堪えなかったんです。だって、さっきまで笑ってたのに、それが一瞬で崩れるんですよ? 俺はまだ、この国の光の部分しか見ていないのかもしれないけど、それでも笑顔で溢れてるこの街で、悲しそうな表情を浮かべているのが、俺には耐えられなかった」
「……」
「それに、ぶっちゃけて言うと、ランゼさんの呪いが解けるかどうかは賭けだったんですよね。何せ、初めての試みでしたし!」
「俺で実験したのか!? 一応国王だぞ!?」
いや、ホント……スミマセン。
「もうなりふり構ってられませんでしたからね。おかしな話ですが、俺もどうやって呪いを解くことができたのかは分かってません」
「おいおいおい……聞いた話だと、お前さんは新しい魔法を使用したって言うじゃねぇか」
「ええ。なんか、できました」
そう言うと、ランゼさんは疲れたような表情を浮かべた。
「……なんかでできるモノなのか? フロリオ」
「無理ですね。新しい魔法を創り出すことが、どれだけ難しいのか……同じ魔法を使うからこそ、僕たちにはよく分かります。それが、今までどうすることもできなかった『呪い』を解く魔法だというのなら、特に……」
「……だ、そうだぞ?」
「おお、なんか知らないうちにすごいことやってたんですね、俺」
「…………もういいよ。んで? 魔法をどうやって創ったかはこの際置いておくとしよう。でも、さすがにどんな効果の魔法なのかくらいは分かるだろ?」
ランゼさんにそう言われるも、さっき使用した魔法がどんな効果だったのか、俺は知らない。
……うん。知らないって言えば、もっといろいろと訊かれるだろうけど、事実知らないんだから、仕方がないよな!
というわけで、素直にそう伝えようとしたときだった。
脳内に、無機質な声が流れる。
『スキル【魔法創造】が発動しました。反転魔法【良くなれ】が創造されました』
ガッテム!
俺は、思わずそうツッコんだ。心の中で。
いやいやいや! 魔法名どうした!? それに、解呪魔法とかじゃなくて、反転魔法って何よ!?
まあ、まだ反転魔法は良しとしよう。ちゃんと魔法って付いてるしね。……でも【良くなれ】が魔法名ってどういうこと!?
ツッコむ俺をよそに、俺にだけ見える形で、魔法の効果が表示された。
『反転魔法:良くなれ』……対象にかけられた『呪い』を、『呪い』に反転させる魔法。
…………うん。先生、よく分かりません。
表示された内容がよく分からず、首を捻っていると、ランゼさんが怪訝な表情を浮かべた。
「どうした? 何か言いにくい効果でもあるのか?」
「え? いや、そういうわけじゃないんですけど……」
一人で悩んでいても仕方がないので、素直にランゼさんたちに教えると――――。
「「「……………………」」」
全員絶句した。
あ、あれ? なんか俺、またやっちゃった?
不安に思う俺をよそに、ルイエスはすごい勢いでランゼさんを観察するような視線で見た。その際、目が一瞬光ったので、『鑑定』のスキルを発動させたんだろう。
「へ、陛下……『悠久の眠り』という『呪い』から、『永遠の健康』という『呪い』へと変化しております……」
そのルイエスのセリフに、みなさんは唖然とする。
よく分からないので、失礼かもしれないが、俺もランゼさんに鑑定のスキルを発動させてみた。
≪ランゼルフ・フォード・ウィンブルグ≫
種族:人間
性別:男
職業:国王
年齢:48
レベル:134
魔力:1000
攻撃力:2500
防御力:3000
俊敏力:5870
魔攻撃:1110
魔防御:3300
運:3000
魅力:測定不能
≪状態≫
【永遠の健康】
わお。王様つえー。
……じゃねぇよ! え? ナニコレ? 王様ってみんなレベル100超えてるもんなの? まあなんにせよ、俺が言えたことじゃねぇけど! それでも言わせてくれ。魅力が羨ましい……!
それより、状態の【永遠の健康】って何だ?
そう思った瞬間、【永遠の健康】の効果が表示される。
【永遠の健康】……呪い。対象の寿命を10年伸ばし、生涯病気に罹ることがなくなる。その上、怪我をしにくくなる。
なんかトンデモねぇ効果が出てきたぞ!?
……これは、【悠久の眠り】とかって言う永遠に目が覚めなくなる呪いから、このトンデモ効果な呪いに変化したっていうことだろうか?
もし俺の推測が当たっているんだとすれば……うわぁ。みなさんが絶句した意味が分かる気がする……。
俺を含めた全員が唖然とするが、結果的に俺は無事、呪いを解くことに成功したのだった。