陰謀
書籍の二巻が、無事発売しました。
webと書籍ともども、よろしくお願いします。
あまりの急展開に、ワルキューレのみなさんやクラウディアさんたちは、呆然としている。
おかしな話だが、ルイエスさんに木剣を突き付けている俺自身も、訳が分からず、呆然としている。
そして――――。
「「「「えええええええええええええっ!?」」」」
「えええええええええええええええええええっ!?」
「いやいやいや! 何でルイエス様を倒した張本人の君が、同じように驚いてるんだい!?」
「……さすが、ロバで優勝した誠一さんですね。ルイエス様以上の化物が存在するとは……」
クラウディアさんは、ワルキューレのみなさんと一緒に驚く俺にツッコミ、ローナさんは大変失礼なことを口にしている。
いや、だって! 俺もなんで急にあんな動きができたのか分からねぇんだもん!
あ、そういえば、久しぶりに頭に声が流れてきたけど、そのせいか!?
俺はすぐ周囲にバレないよう、フードを深くかぶってステータスを確認した。
すると、スキルの欄に、見慣れない二つの名前があった。
『世界眼』……世界そのものに干渉するスキル。細かい索敵が可能となり、範囲は500メートルまで及ぶ。ただし、普段は通常の索敵状態であり、任意により、詳細な索敵が可能。スキル『心眼』の効果が上がり、今まで以上のスピードに対応できるようになった。見えなくていいものまで、見えるようになる。常時発動。
『反射防衛』……自身が反応できない攻撃に対し、体が自動で防衛行動を起こすスキル。ただし、死角からの攻撃には、反応しない。常時発動。
もうヤメテぇぇぇぇえええええっ!
何なの!? 最近ちょっと落ち着いてきたかなぁ? なんて思ってたら……何のこたぁねぇ、嵐の前の静けさだったよッ!
全然体が俺のこと尊重してくれないんですけど!? いつの間にか、俺の体からすら人権を取り上げられちまったぜ、コンチクショー!
ワルキューレのみなさんに、訝しく思われないように、俺は表面には出さず、ただひたすら内心で大暴れする。
それにしても、こんなに強力なスキル……本当に俺に扱えるのか?
さっきのスキル『反射防衛』による俺の体の動きだって、俺は訳が分からないまま体が動かされたんだぞ?
他のスキルでさえ、未だに俺がスキルを使うんじゃなくて、スキルに俺が使われてる状態だってのに!
本当に、人間の固有スキル『進化』が自重してくれねぇ! いや、『自重知らず』の称号持ってるけども!
……父さん、母さん。俺が死んだとき、ちゃんと人間のまま天国に行けるかな?
無言で空を見上げ、涙を流していると、今まで自分の手を見つめていたルイエスさんが、静かに俺に近づいてきた。
「え、えっと……?」
目の前で、無言のまま俯くルイエスさんに、俺はなんて言葉をかければいいんだろう?
……何なんだろうね。この国最強の騎士を倒しちゃったし……俺の明日はどっち?
ワルキューレのみなさんも、ルイエスさんの様子を見て、無言になる。お願い、何かしゃべって! ほら、さっきまで騒いでたじゃないか! ローナさん、今こそトーク力アピールしようぜ! 無言は一番キツイよ!?
俺は、そっとルイエスさんの様子をうかがった。
すると、ルイエスさんは、ゆっくりと顔を上げ、俺を見つめる。……あれ? 何だろう。スゲー目が輝いてらっしゃる気がするんだけど……。
そんなことを思っていると、ルイエスさんは、ついに口を開いた。
「……師匠とお呼びしても?」
「これ以上俺のライフポイント削るんじゃねぇぇぇぇえええええ!」
やっとしゃべったのに、何て爆弾発言してんの!?
ほら、周りを見てみろよ! 全員ポカンとした表情じゃねぇか!
そりゃそうだろうよ? だって、最強の騎士が、どこぞの怪しいローブ野郎を師匠って言うんだぜ? 驚くなって方が無理だろ……!
だが、ルイエスさんは、腰に提げていた、神秘的な白銀の剣を抜くと、地面に突き刺し、首を垂れた。
「これからよろしくお願いします、師匠」
「ウソでしょ!?」
気が付けば、いつの間にか忠誠を示すような形で、師匠と呼ばれていた。ナンテコッタイ。
呆然とする俺をよそに、ワルキューレのみなさんは、ルイエスさんに近づき、祝福の言葉をかけていた。
「良かったですね、ルイエス様! やっと、【黒の聖騎士】様以外で、ルイエス様と同等以上の存在が見つかりましたね!」
「同等どころか、圧倒してしまうんだもの! これで、ルイエス様は、今以上に強く、美しくなれるわ!」
「ルイエス様は、常に教える立場にいるしねー? 本当に、強くしてくれる方が見つかってよかったよ!」
もはや、俺が口をはさむ余地もない。ナンデ?
目を点にして唖然としていると、クラウディアさんが近づいてきた。
「いや、強かったんだね、誠一君。おっと、ルイエス様の師匠になるんだし、誠一様と呼んだ方がいいかい?」
「勘弁してください」
切実にそうお願いすると、クラウディアさんは爽やかに笑った。イケメンや。
「フフッ。まあ、でも……本当に君がルイエス様以上に強くてよかったよ」
クラウディアさんは、さっきまでの雰囲気とは違い、今度はどこか、悲しそうな表情を浮かべた。
「ルイエス様はね? 生まれながらにして、剣術の天才だったんだよ」
「え?」
「実はね、ルイエス様は……スキルと魔法が、一切使えないんだ」
「…………は?」
クラウディアさんの口から出た、とんでもないカミングアウトに、俺は間抜けな声を出す。
……って、イヤイヤイヤ。それはおかしいだろ。
だって、あの人、メチャクチャ斬撃飛ばしてきたよ? あの超人的な攻撃が、スキルじゃないわけが――――。
そこまで考えて、俺は気付いた。
……俺の固有スキル『業盗り』も『アレンジ』も発動していないことに。
一瞬、俺がすでに持っているスキルなのかとも思ったが、戦いの最中、俺の持つスキル『千里眼』で、スキルが発動されたことを示すエフェクトは見られなかった。
黒龍神と戦ったときに、『透過』のスキルを見抜けなかったことを考えると、常時発動しているスキルには意味がないのかもしれないが、それだとすると、さらに俺の固有スキルが発動しなかったことがおかしい。
だって、常時発動するタイプのスキルで、斬撃を飛ばすようなスキルを持っていないんだから――――。
「だけど、ルイエス様は、そんなハンデをものともしないような、とんでもない才能を秘めていた。それは、剣術。ルイエス様は、ありとあらゆる剣術を、一度見ただけで、スキルとしてではなく、自身の技術として再現できるんだ。剣術ほどではないけど、武術の方も、すごい才能があってね。その道のプロでさえ、超越してしまっているんだよ」
「……」
ルイエスさんは、俺の予想以上にヤバかったようです。
「そんなルイエス様だから、同年代どころか、他の年代でさえ、並び立つような強者がいなかった。だから、ルイエス様は……いつも、一人だったんだよ」
「……」
「幸い、今のこの国には、【黒の聖騎士】様がいらっしゃる。顔は見たことないんだけどね? そして、強さは……ルイエス様と同等。でも、同等なんだよ」
「……」
「【黒の聖騎士】様も似たようなものだけど、ルイエス様は、訓練のときなんかに、ふとした瞬間に寂しそうな表情を浮かべるんだよ。……だから、ありがとう。ルイエス様を倒してくれる、強者でいてくれて」
クラウディアさんはそう言うと、ローナさんの下へ歩いて行った。
俺の場合は、この世界に来て、なんだかんだでとんでもない力を身に着けたけど、ルイエスさんの場合は、生まれたときからそんな力を身に宿していたのか。
……一人って、辛いもんな。その上、馬鹿げた力まで付いてくる。
俺なんかには分からない、寂しい思いをしたんだろうな……。
そんなことを思いながらルイエスさんを眺めていると、俺の視線に気付き、近づいてくる。
そして、無表情を崩して小さく笑った。
「師匠、これからよろしくお願いします」
「あ、はい……」
小さい笑顔でも、その大きな破壊力に俺が見惚れていると、ルイエスさんはまた表情を戻した。
……って、あれ? 今、生返事しちゃったけど……。
何をしろっていうの!? ルイエスさんがワルキューレのみなさんにしていたように、訓練をつければいいの!?
いくらステータスが化物とはいえ、戦いはド素人の俺。教えられることなんてあるかーい。
「えっと、ルイエスさん。特に俺、教えられることないと思うんですけど……」
「いいえ、大丈夫です。見て盗みますから」
あらヤダ。ビックリするほど超人発言ですね!
内心でそんなことを思っていると、再び脳内に無機質声が流れた。
『スキル【進化】の効果が発動しました。これにより、体が状況に適応されます。体の適応により、スキル【指導】を習得しました』
半ば、諦めにも似た境地で、唐突に習得したスキルを確認する。
『指導』……他者に、スキルや魔法、その他の技能や知識を詳しく、分かりやすく教えるスキル。
わーい、これで教えられるね!
俺は、あまりのスキル『進化』の暴れっぷりに、人知れず血涙を流した。
つか、もう俺……帰っていいんじゃね? だって、もうすることやったよ?
そう、もう俺は帰っても問題ないはずなのだ。一応、この場所に来る前に、サリアたちには『果てなき愛の首飾り』の効果である、『念話』で状況は伝えてある。……サリアはともかく、アルはメッチャ驚いてたけどな。
それでも、やることもないわけだし、帰ってもいいはずだった。
ルイエスさんに、そのことを聞こうと、声をかけようとしたその瞬間だった。
『きゃああああああああああああああああああっ!』
突然、王城内に、女性の悲鳴がこだました。
唐突な悲鳴に、ワルキューレのみなさんや、ルイエスさんも困惑していると、一人のメイドが、必死の形相でルイエスさんに向かって走ってきた。おお、リアルメイドだ。すげー。
「る、ルイエス様っ! 王様が……王様が……!」
「落ち着いてください。陛下が、どうかしたのですか?」
視線を鋭くし、ルイエスさんにそう訊かれたメイドは、一度深呼吸をすると、大きな声で告げた。
「王様が、何者かに襲われ……倒れました……ッ!」
その言葉を聞いた瞬間、ルイエスさんも、ワルキューレのみなさんも、さっきまでの雰囲気がウソのように、緊張を顔ににじませながら、城の中へと入って行った。
……あれ? 俺は放置?
いや、ヤバい状況だってのは分かるんだけどさ。
でも、今の俺は、下手に動けない。
何故なら、部外者の俺が、むやみに城内をうろついてたら、それこそその襲撃者の仲間だとかと勘違いされてしまう。
今の俺に、できることは少ない。
だから、これだけは言っておこう。
「メディック! メディーック!」
あれ? 何か違う。これじゃねぇな。
「えーせーへー!」
……。
取りあえず、ふざけるのはやめようと思った。イヤ、急展開過ぎて、頭がおかしくなってたんだって。
冷静になった俺は、さっき手に入れたばかりの『世界眼』のスキルを発動させ、その襲撃者とやらを見つけられないか、捜すことにしたのだった。
◆◇◆
場所を移し、時は少し遡る。
――――カイゼル帝国の首都、ヴァルツァード。
その中心に君臨するかのように存在する、巨大な城……ツェザール城。
そのツェザール城の、王の部屋に、現カイゼル帝王である、シェルド・ウォル・カイゼルと、ローブ姿の老人、ヘリオ・ローバン。そして、カイゼル帝国最強の騎士、ザキア・ギルフォードがいた。
シェルドとヘリオの二人は、涼しい顔をしているが、逆にザキアの顔は、苦渋に満ちていた。
「……陛下、一体どういうことでしょうか?」
静かにそう口にするザキアに対し、シェルドはとぼけた様子で返した。
「何がだ?」
「……勇者たちのことです!」
ついに耐え切れず、ザキアが声を荒げると、シェルドは鼻で笑った。
「ああ、あの奴隷どもか。アイツらなら、今ごろバーバドル魔法学園で、魔物と戦っているのではないか? まあ、あの奴隷どもがいた世界は、ずいぶん安全な場所だったようだし……すでに何人か死んでいるかもしれんなぁ」
「なんてことを……! 彼らには、まだ早すぎます! 陛下のおっしゃる通り、彼らの世界は安全だったのです! そんな世界で生きてきた彼らが、何の覚悟もせず、戦えるとは到底思えません!」
「ザキア。貴様、そうやって適当なことを言っておるが、結局は勇者たちを危険な目に合わせたくないだけであろう?」
ザキアがシェルドに訴えていると、今まで黙っていたヘリオが口を開いた。
「……それの何が悪い」
「悪いに決まってるではないか! あやつらは、所詮我々カイゼル帝国が繁栄するための、捨て駒に過ぎんのじゃよ。その捨て駒が、何の役にも立たなければ、捨て駒の意味さえないじゃろう?」
「ヘリオ、貴様……」
「だから、困るのじゃよ。お前のような、勇者に甘くするような存在は。魔族を我々の手を汚さず殺すための勇者じゃぞ? その勇者が弱ければ、それこそただの役立たず……すぐにでも消すハメになるじゃろうな」
「……なら、もし勇者たちが力をつけ、反旗を翻したらどうするつもりだ?」
ザキアは、必死に怒りを抑えると、静かにそういう。
だが、そんなザキアの様子を、嘲笑いながらヘリオは言った。
「フン、その心配は無用じゃ。勇者どもをバーバドル魔法学園に入学させるにあたり、『隷属の腕輪』を装着させたからな。『隷属の腕輪』を装着した者が、装着させた者へ危害を加えようとすれば、激しい激痛を味わわせることもできるし、殺すこともできる。つまり、抵抗しようがないんじゃよ」
「なっ!?」
「もちろん、勇者どもには『鑑定』のスキルがある。普通に渡せば、素直に装着することはなかったじゃろうな。だからこそ、ワシは奴らを欺いた。ザキア……お前は、ワシの二つ名を知っておるじゃろう?」
「まさか……!?」
ザキアは、ヘリオの言いたいことを理解した。
目を見開くザキアに、ヘリオはニヤリと笑みを浮かべる。
「ワシの二つ名は――――≪幻魔≫。この世で唯一の、『幻属性』を操る大魔法使いじゃぞ? 初級レベルのスキルを欺くなど、容易いわ」
勇者たちは、ヘリオの魔法により、装着された腕輪が、自身の生死を左右する危険なモノだということを知らない。
それは、このヘリオという、帝国一の魔法使いによる魔法により、知る術を奪われていたのだった。
ローブ姿は伊達じゃなかった。
「貴様……」
ザキアが、低く、そして鋭く言葉を漏らした瞬間だった。
「っ!?」
突然、王の部屋の窓を貫通し、一本の矢が、シェルドに向かって飛来した。
あまりに唐突すぎて、シェルドはもちろん、ヘリオでさえ、反応できない。
だが、帝国最強のザキアは、その超人的な反射速度を以て、自身の君主に向かう、矢をすさまじい速度で斬り落とした。
視線を窓の外に向けると、一筋の白煙が上っている。
「なっ、何事だ!?」
いきなり弓矢による狙撃を受けたシェルドは、大きく取り乱す。
同じように驚いていたヘリオは、すぐに冷静になると、シェルドに言った。
「陛下。恐らく、陛下を狙う暗殺者の仕業かと……」
「あ、暗殺者だと!? な、何をしている! 早く我を護らんかっ!」
ザキアの背後で喚き散らすシェルド。
その様子にザキアは気付かれないように冷たい視線を送りながら、風属性の魔法により、声を拡大し、すぐに部下たちを集結させるための命令を出した。
『緊急事態だ。陛下が何者かにより狙撃された。幸い、俺が狙撃による被害は阻止したが、また狙われるかもしれん。急いで陛下の部屋に集結し、身辺の警護を十分に行え』
そう言い終えると、再びシェルドは取り乱したままザキアに当たる。
「おい、ザキア! 何をグズグズしている! さっさと我を狙った賊を捕まえて来んか!」
「……恐れながら、陛下。今、この場を私が離れれば――――」
「黙れ黙れ黙れぇっ! 我を狙ったことを後悔させてやる……! 今すぐ賊を捕まえ、連れて来い! いいか、絶対に殺すでないぞ! 分かったらとっとと行け!」
「…………御意。ヘリオ、陛下は任せた」
「フン。つべこべ言わず行け」
「……」
シェルドに命令されたザキアは、およそ人の出せる速度とは思えない速さで、窓から外に飛び出した。
シェルドの部屋は、地球で言う5階建てのマンションに相当する位置にあり、普通の人間ならば、まず無事では済まない。
だが、ザキアは難なく地面に着地すると、再びすさまじい速度で矢の飛来した方角へと駆けだした。
その際、人通りの多いところを避けるべく、屋根の上を飛んで移動さえしている。
そんな人間離れした動きで狙撃した人間を探しに向かった直後、ヘリオとシェルドは重苦しい雰囲気で話し合っていた。
「まさか、陛下が狙われるとは……」
「ここの警備はどうなっているのだっ! ザキアの部下共は仕事をしているのか!? そもそも一体誰が……はっ!? まさか、魔族のヤツらが仕掛けてきたのか!? ええい、忌々しい種族め……!」
何の証拠もないまま、一方的に魔族を犯人と決め付けるシェルド。
そんなシェルドに対し、ヘリオはある情報を伝えた。
「陛下。まだ魔族の仕業かどうか、分かりませんぞ?」
「何? どういうことだ?」
「最近、ウィンブルグ王国にて、ある噂が流れているのです」
「噂だと?」
「はい。何でも、ウィンブルグ王国の国王は、魔族と共存する道を選んだらしく、近々魔族と同盟を結ぶのではないか? という噂なのですが……。もしかすると、そのウィンブルグ王国が、陛下を邪魔に思うあまり、名のある暗殺者に陛下の暗殺を依頼したのではないかと」
ヘリオの言葉を受け、ついにシェルドは激昂した。
「また、あの弱小国家が我の邪魔をするか……! 魔族に与すだと!? 家畜同前のヤツらとか!? 他の多くの国々が我がカイゼル帝国に同調する中、なぜあの愚国は反対の道に行こうとする!? 昔からそうではないか! 我がカイゼル帝国に決して屈しない! おかげで最近では、新興国家のヴァルシャ帝国の小娘や、東の国のような愚国が増え、蔓延るのだ……!」
「……ヤツらは愚かですからな。陛下の崇高な考えを理解できないうえに、自身の種族である『人間』の偉大さを理解していないのでしょう。獣と人間の交わって生まれた、獣人のような亜人どもでさえ、汚らわしい存在だというのに……」
「『人間』でありながら、その種の偉大さを一つも理解しない、家畜以下の有象無象どもめ……! 今すぐにでも、潰してやりたいほどだ!」
「……残念ですが、それは難しいでしょう。ウィンブルグ王国は、我々カイゼル帝国から距離があるうえに、あの【山】と【海】が棲んでおります。さらに、ヤツらの抱える【剣聖の戦乙女】や、その団長である【剣騎士】。それに対をなす【黒の聖騎士】が相手では、我々もそれなりの覚悟をせねばなりません」
激しく怒り散らすシェルドだったが、ヘリオの言葉を受け、先ほどまでの雰囲気とは打って変わり、厭らしい笑みを浮かべる。
「たしかに、弱小国家とはいえ、我々の戦力はそちらに割いている暇はない。あそこは領土も小さければ、発展もしていない。まあ、多少人材はいいようであるがな? だが、所詮その程度だ。我が、魔族領を手中に収め次第、即刻――――潰す」
「それまで、ヤツらは大人しくしているでしょうか?」
「フン。まあ、愚国なりの無駄な抵抗は見せるだろうな。だが、ヤツらが魔族と手を結ぶより先に、我が魔族を滅ぼせば、それでいい。魔族を滅ぼした後、ウィンブルグ王国だけでなく、ヴァルシャ帝国の小娘も可愛がってやろうではないか」
「……東の国はいかがいたしましょう?」
「あそこは放っておけ。たしかに我らに従わんのは気に入らんが、大した資源もない。そのくせ、あそこは未だに内乱が激しい地獄だ。昔から戦闘民族だという話は聞いているが、あそこの蛮族どもは戦を楽しんでいる節がある。そんな戦闘狂どもは相手にするだけ無駄だ。どうせ、自国から出て世界を掌握しようなどという気はないであろう。まあ、自国から出てきたら出てきたで、滅ぼすだけだがな。あそこは、傾国の美女がいるとも言うし、総合的にはその程度の価値だ」
それにな? と、厭らしい笑みを深めながら、シェルドは続ける。
「もう既に、ウィンブルグ王国には、手を打ってある。もちろん、多くの兵力を割くことなく……な」
「陛下、それはどういうことでしょうか?」
「なに、簡単なことよ。たった今、我が体験したことを、向こうにも体験してもらうだけだ」
「! それはつまり――――」
驚くヘリオを見て、シェルドは愉快そうに笑う。
そして、最後に獰猛な笑みを残した。
「――――≪黄昏の暗殺者≫を向かわせた」
◆◇◆
「……」
ザキアは、己の感覚を最大限に研ぎ澄まし、主君を狙撃した主を探しながら疾駆していた。
探すといっても、ザキアはすでに、一つの場所めがけて駆け抜けている。
それは、狙撃された直後に見えた、白煙の上る場所だ。
街中を駆けながら、ザキアは二つのことを考えていた。
その一つは、ザキア自身についてである。
今のザキアは、自分がどうでありたいのか、分からなくなっていた。
彼は、自身が政治や頭の使う仕事に向いていないことを理解していた。それは、先代帝王アルフ・ディア・カイゼルの時代から、彼はアルフの剣として戦場を駆け巡り、いつしか≪王剣≫とまで呼ばれる存在になっていることから考えても、ある程度は分かることである。
だからこそ、ザキアは今の自分の意思が、分からなかった。
アルフが帝王であった時代は、ただひたすらアルフを信じ、剣を振るい続けた。
もちろん、アルフが間違っていないとザキア自身が思っていたというのもある。
だが、今の帝王……シェルドの政治的指針は、ザキアにはどうしても理解できなかった。
国を豊かにするだけの資源は領地内にあるのに、外国を侵略する。
民のためと謳い、魔族領への侵攻と魔王討伐を掲げながら、重税を強いる。
アルフの政治とは、まるで反対の方針だった。
アルフは、決して自ら領地を広げようとしない。他国とも、共存していくことを信条とする、平和主義者だった。
しかし、自国を脅かす外敵に対しては、苛烈なまでに相手を打ちのめした。
それにより、他国から非難を受けても、アルフは自国を護りたかったのだ。
屋根を次々と飛び移りながら、ザキアは思う。
果たして、シェルドにその気持ちがあるのだろうか?
確かに、カイゼル帝国にいて、その騎士団の……ましてや団長を務める俺は、帝王の忠実な家臣であり、剣である。それは、アルフ様から変わっても、変わらない。
だが、それ以上に国民を守るべき騎士であるべきではないのだろうか?
そんな考えが、ザキアの頭の中を支配する。
結局のところ、ザキアは自分の意思で、選択することができずにいた。
ダメだ、間違っている、と思っていても、自分は剣である、と言い訳をし、選択するのを避けていた。
深い思考の闇にとらわれそうになるが、頭を振って振り払う。
先延ばしでしかないが、ザキアには、それをすることしかできず、無意識のうちに唇をかみしめた。
さっきまでの考えを忘れるように、もう一つの考えていたこと……狙撃手の正体について、今度は思考する。
ザキアは、自身に気取られることなく主君を狙撃して見せた腕から、凄腕のアサシンだという推測をしていた。
そして、暗殺者の中で、狙撃で相手を殺す凄腕は、裏の世界では数人しかいない。
ザキア自身が、裏の世界につながりがなくとも、どれも名前を聞くほどの腕利きたちなのだ。
今回の狙撃も、普通の弓で放てば、決して届くことのない位置から放たれている。
それでも確実に相手を殺す勢いのある矢を放てる暗殺者は、もう一人しかいなかった。
しかも、その狙撃手のいるであろう位置から上る煙で、ほとんど確信している。
その暗殺者の異名は――――≪死煙≫。
まるで煙のように存在を掴めないだけでなく、仕事をする際は、必ずその街のどこかで煙が上がることから、その名が付いていた。
もちろん、その煙にも何かしらの意味があると、ザキアは推測している。
本来なら、すでに煙は消えててもいい筈なのだが、未だに煙が上っているのを確認しつつ、ザキアは訝しく思った。
「……罠か?」
警戒を強めながら急いで煙の下へ向かう。
そう、≪死煙≫の異名通り、煙のように、存在すら追えるようなものではないが、細い白煙は未だに上り続けているのだ。
これは、罠なのか。それとも単純に≪死煙≫のミスなのか……。
ザキアは、一瞬のうちに≪死煙≫のミスという考えは捨てた。
人間は、誰しもミスをするというが、暗殺者の世界において、少しのミスは、自身の死だけでなく、依頼主の死にもつながるため、まずミスはしない。それも、煙の消し忘れと言った、ごく平凡なミスならば特に。
ならば、一体何のために?
いろいろ頭の中で推理しては否定し続けているザキアは、とうとう白煙の下まで辿り着いた。
そこは、周囲の建物の中でも、一際高い建物の屋上だった。恐らく、どこか大きな商会の建物だろうと、ザキアは推測をつける。
一気に建物の屋上まで飛んで移動すると、その屋上の中心には、一人の男がタバコをふかして立っていた。
「……あ? ……ったく、やぁっと来たか」
そう呟く男の格好と雰囲気は、どこか小汚く、そして矛盾していた。
ボロボロに擦り切れた黒色のローブ。その下に着ている服も、何の変哲もない麻でできた服だった。
右手には、不思議な雰囲気を纏う、ワインレッドの籠手が装着されている。
オールバックの深い緑色の髪に、ギラリと光る獰猛な黄金の目。無精髭も伸びていた。
身なりは汚いのに、身に纏う雰囲気は圧倒的で、その視線は全てを射抜くかのように鋭い。
距離を保ちながら、ザキアは静かに男へ問いかける。
「……お前が、≪死煙≫か?」
その質問に、男はタバコを咥えたまま、ニィと、口角を釣り上げた。
「おめぇ、面白れぇ訊き方すんなぁ? まさか『陛下を撃ったのは貴様か!』とかじゃなく、いきなり俺の異名から聞いてくるとは思わなかったぜ?」
「黙れ。質問に答えろ」
ザキアが有無を言わせぬ口調で告げるが、男の態度、雰囲気は変わることはなかった。
「おぉ、おっかねぇなぁ。あ~ハイハイ、そう睨むな。そうですよ。このわたくしめが、≪死煙≫様ですよ……っと。これで満足かぁ?」
人の神経を逆なでするような軽い口調。
だが、ザキアは動じることなく質問を続けた。
「なぜ、煙を消さなかった? 煙さえなければ、俺に見つかることはなかっただろう」
「おいおい、俺にタバコをヤメロってか!? ひっでぇこと言うなぁ、アンタ」
「真面目に答えろ」
ザキアが眼光を鋭くし、睨みつけてそういうと、突然、男は顔つきを鋭くした。
「簡単な話だ――――≪王剣≫、お前さんが邪魔なんだよ」
「……なんだと?」
話が見えないザキアを無視し、男は続ける。
「お前さんは、この帝国最強の騎士だ。それは、俺も認める。だがよ……先代帝王の下にいないおめぇは、あのクソ野郎を殺す上で、邪魔なことこの上ないんだよ」
「っ!」
男の体から、すさまじい殺気が噴出する。
その殺気の圧力に、歴戦の猛者であるザキアでさえ、思わず息をのんだ。
そんなザキアの様子を無視したまま、男は続ける
「知ってるか? この帝国の現状を。知らねぇだろ? そりゃそうだよな、アンタはあのクソ野郎の傍から離れられねぇもんな。なら、教えてやろうか? どれだけの国民が飢え、治安が悪化し、差別が進んでんのか」
「……」
「ああ、そうだ。ひとつ教えといてやる。俺は、別に誰かに雇われてあのクソ野郎を殺そうと思ったわけじゃねぇぞ。俺が、あのクソ野郎を殺したい理由――――そりゃあ、ダチの仇だ」
「……なに? どういうことだ?」
ザキアは、あまりにありふれた理由に、思わず首を傾げる。
そんなザキアの様子を見て、男は自嘲気味に笑った。
「今、何も面白くねぇ理由だって思っただろ? まあ、それこそそこらじゅうにありふれてる理由だからなぁ」
「……」
「ただな? この国じゃあ――――ありふれてるなんて言葉じゃ済まないくらい、多くあるんだよ」
「っ!」
男の言葉は、ザキアの胸を深く抉った。
そして、男はどこか遠くを眺めるように、目を細めた。
「いいヤツだった……俺みたいな裏稼業なんかじゃなくてよ、花屋をやってる優しいヤツだった。いつも笑顔で、花に水をやってる……そんな姿しか、俺の記憶に残らないくらい、アイツは笑ってた」
「……」
「だがよ……それをあのクソ野郎がぶち壊した」
「……っ」
「クソみてぇに重税課すくせに、くだらねぇ戦争をおっぱじめる……。おかげで多くのヤツらが生活できなくなったし、男を徴兵された家庭の女は、その日を生き抜くのも大変になった」
「……」
「そんで、俺のダチは――――魔族。ただ、それだけで殺された」
「!?」
男の冷たい声に、ザキアはゾッとした。
そんなザキアを一瞥すると、再び続ける。
「別に何か悪いことをしたわけでもねぇ。いきなり俺とダチが花屋で楽しく話してると、この帝国の兵士どもがやってきて、何の前触れもなくダチを刺した」
「……」
「当時の俺は、裏稼業に足を突っ込んだばっか……アホみてぇに弱くって、何もできなかった。ただ、目の前でダチが殺されるのを見てるしかなかった」
「……」
「ダチは、最後まで笑ってやがった。俺に、逃げろって、息も絶え絶えの状況で、笑いながらそう言いやがった……!」
男は、溜まっていた感情を吐き出すように、口調を強める。
「何で、魔族ってだけで殺されなきゃいけねぇんだ!? 俺のダチが何をした!? 花に水をやって、笑ってるアイツの何がダメだってんだよッ!!」
「……」
「しまいにゃあ、ダチを殺したヤツら……何て言ったと思う? 『魔族が花屋だと? ただでさえ、家畜以下の存在が、何の役にも立たない花屋をやる……役立たずのゴミに、さらに磨きがかかったな!』……そう言い、笑いやがった」
「……」
「魔族の何が悪いんだ? 戦えることが、そんなに偉いのか? 国民を守るための力も、武器を扱う才能でも、結局は『命を奪う力』なんだよ。そんな力より、どんなに地味で、カッコ悪くても、『命を育てる力』の方が、何百倍もすごいに決まってんじゃねぇか!」
「……」
「……俺は、ダチを笑ったヤツらも、ダチを殺したこの国も――――許せねぇ。だから、ぶっ壊す。この国を、思想を、何もかも。そのために、俺は力をつけた。ただ――――」
男はそこで言葉を区切ると、鋭くザキアを睨みつける。
「お前さんは……強すぎる。まず大勢の兵士と来られちゃあ、俺も困るんでな。まずサシで、アンタを先に、片づける。勘違いするなよ? 俺の目的はクソ野郎であって、お前さんはただ、俺の目的を達成するうえで邪魔だっただけだ。お前さんに狙撃を防がれちまったから、今度はおめぇから片づけようってだけだ。それとも、なんか? 見逃してくれるか?」
そういう男の目は、どこまでも真っ直ぐで、揺るぎなかった。
今まで黙って話を聞いていたザキアは、ゆっくりと口を開く。
「……たとえ、どのような事情があろうとも……俺は、帝国にあだなすやつを、見過ごせん」
「……そうかい。そいつぁ……残念だ。お前さんは……ただの、操り人形だよ」
男の言葉に、ザキアは一気に感情が爆発した。
そして、腰に提げてある、剣を抜き放つ。
男に向けられた剣は、鍔に五色の豪華な宝石が埋め込まれているが、決して見かけ倒しでない威圧感を放っている。
「……俺は、操り人形なんかじゃない」
「ひゅ~っ! 怖ぇなぁ。んで? そいつが噂の【魔宝剣フィフティア】か?」
「……そうだ。そして、お前は狙撃手。騎士である俺に、接近戦で勝てる道理はない」
ザキアの鋭い言葉を受けてなお、男は態度を崩さない。
「たしかに、接近戦じゃあ俺たち狙撃手は本職に劣るだろうなぁ。だがよ……その狙撃手がお前をここまでおびき寄せたんだぜ? 何の用意もしてないと思うか?」
「? 何を――――っ!?」
ザキアの背筋に、悪寒が走った。
その瞬間、ザキアはほぼ本能に従う形で、しゃがみ込む。
すると、先ほどまでザキアの頭があった位置を、何かがすさまじいスピードで横切った。
「おいおい、マジかよ。あれ避けるか? 普通」
驚きと呆れを含んだ声音で、男はそういう。
だが、ザキアはそれどころではなかった。
男は、何の動作もしていない。
なのに、自身に気付かれることなく狙撃してきたのだ。
その理由が分からず、ザキアの額に一筋の汗が流れる。
「ハッ。分からねぇって顔してるな? ≪王剣≫」
「……」
「残念だが、アンタにタネを教えて、倒せるなんて思ってないんでな。このまま続けさせてもらうぜ?」
「!」
男の言葉が終わった瞬間、ザキアは本能に従い首を捻ると、頬に鋭い痛みが走った。
「マジ化物だな、≪王剣≫。今ので仕留めたと思ったんだがよ……。だが、これで終いだ」
男がそう言いながら、右手の指を鳴らした瞬間だった。
「なっ!?」
ザキアは絶句した。
何故なら、ザキアを取り囲む形で、数百、数千もの矢が突如現れ、矢じりがザキアに狙いを定めていたからだ。
「冥土の土産だ。墓場まで持ってくといいぜ?」
その言葉を合図に、一斉におびただしい量の矢が、ザキアに向かって射出された。
「~~~~~~っ!!」
普通なら、ここですべての矢の餌食となり、生きていることさえ不可能だった。
だが、ザキアは違った。
魔宝剣フィフティアを一瞬のうちに上段に構えると、すさまじい勢いで振り下ろしたのだ。
「『覇天衝』ッ!」
その剣圧は、大気を震わせ、ザキアを中心に暴風を巻き起こした。
暴風は、ザキアに向かっていた矢を、いとも容易く巻き上げ、粉砕する。
その様子を見ていた男は、冷や汗を流した。
「……化物だとは思ってたが、ここまでだとは思わなかったぜ……」
「……」
男の目の前には、すでに構えを解き、無傷のまま立つザキアの姿。
驚く男を鋭く見据えると、ザキアは口を開いた。
「……その程度か?」
その一言だけで、男は己の不利を悟る。
男は、たとえ逃げる形になろうとも、死ぬわけにはいかなかった。そのためには――――。
「……しゃあねぇか」
「む?」
「今回は、俺の負けだ。どうやら、お前さんは思っていた以上にヤバかったようだ」
「……なら、大人しくしろ。お前を連行する」
そんなザキアのセリフに、男はクックックッと笑った。
「冗談だろ? 確かに今回は負けたがよ……別に逃げないとは言ってねぇぜ?」
「! まさか……」
男の言葉の意味に気付いたザキアだが、そのときにはすでに、男の体を覆う形で、タバコの煙がその場に広がっていた。
「あばよ、≪王剣≫。次会うときは、操り人形じゃなく、≪王剣≫でもねぇ、お前さん自身と対峙できること、祈ってるぜ」
「待て――!」
ザキアが急いで男の下に駆け寄るが、そのときにはすでに、男は全身に煙を纏い、煙を巻く形で消え去っていた。
あと一歩で追いつかなかったザキアだったが、それ以上に、男の言葉が、胸を、頭を支配していた。
「……操り人形……」
小さくその言葉を呟くと、ザキアは唇を噛みしめ、きつく拳を握ったのだった。
今回は、無駄にシリアスでした。
でも結局、シリアスなんて人間じゃない人間の誠一君の前では、コメディになるんですけどね(笑)