ロバの忠誠
今回もかなり短めです。
俺は、目の前にいるロバを見て、非常に困惑していた。
……いや、どう見たってただのロバだろ?
なぜ、オッサンがここまで否定的なのかが、イマイチ俺にはよく分からなかった。
首を捻る俺をよそに、オッサンは檻の中に入る。
怖いなら近づかなきゃいいのに、ビクビクしながらロバに近づいて行った。
そして、俺は目撃してしまった。
「いいか? コイツを俺がまったくお勧めできないぶへらっ!」
「お、おっさあああああん!」
――――オッサンの顔面に、ロバの足がめり込む瞬間を……!
「ど、どうだ……? き、凶暴……だ……ろ……?」
「うん、驚くほどに」
マジで驚いた。チートスキルの心眼のおかげで、ハッキリと顔にめり込む姿を確認できたしな。
オッサンが身を挺して説明してくれたおかげで、このロバが凶暴だということは痛いほどよく分かった。痛いのは俺じゃなく、オッサンだけど。
真顔でうなずく俺を見て、オッサンはサムズアップを向け、そのまま力尽きた。
何かしらのツッコミ待ちなのかは知らないが、オッサンはスルーさせてもらう。面倒くさいしね。
そんなことを思っていると、頭に無機質な声が響く。
『全言語理解のスキルを発動――――成功。ロバの言語が理解できるようになりました』
いや、もういいよ。ホント、ロバの言葉とか知りたくもないんで。
俺の想いも虚しく、俺は普通にロバの言葉を理解できるようになってしまった。
『フン。私に触れていいのは、私が認めた者だけだ』
うわぁ……物凄い潔癖。
そんでもって、声は凛とした女性のものだった。
ロバの言葉に、俺が思わず引いていると、ロバは俺の存在に気づく。
『む? 誰だ、貴様!』
「え!? せ、誠一です!」
おい、俺! 何真面目に答えてんの!? 相手ロバだよ!? ロバの言葉が分からないオッサンからすれば、俺って突然自己紹介始めた痛い奴だよ!?
突然話しかけられたこともあり、咄嗟にそう返事をした俺は、恐る恐るオッサンを見る。
「へへっ。お花畑が見えるぜ……」
あ、大丈夫っぽい。頭は手遅れかもしれないけど。
改めてロバの方に視線を戻すと、ロバは先ほどとは打って変わって、普通に話しかけてきた。
『誠一か。よし、誠一。ちょっと檻の中に来い』
「ええっ!?」
『いいから早くしろ! さもないと、この檻を蹴破って貴様を蹴り飛ばすぞ!』
「このロバ物騒だな!?」
もっとこう……フレンドリーな馬を求めてたのに。
これはもう、馬を買わずにそのまま過ごすしかないかもしれないな。
そんなことを思いながらも、このまま檻に入らなければ、本当に檻を蹴破ってでも出てきそうな雰囲気だったので、大人しく檻の中に入る。
「ほら、ちゃんと檻の中に入った――――」
『成敗っ!』
「何故に!?」
檻の中に入った瞬間、ロバは凄まじいスピードで俺を蹴り飛ばしにやって来た。
体を捻り、その攻撃をかわすと、ロバは憎々しげにつぶやく。
『……人間の分際でやるではないか』
「ロバの分際で何言ってやがる……」
『だが、頭の方は弱いようだな! こうも簡単に私のテリトリーに侵入してくるとは!』
「お前が入るように言ったから、こうして入ってきたんだよ!?」
このロバ何なの。凄く理不尽。
半眼気味にロバを見つめていると、ロバは再び俺を蹴り飛ばしにやってくる。
『ええい、問答無用! 貴様も私の蹴りで沈むがいい!』
鋭い蹴りが、俺の顔面めがけて飛んでくるのを、俺は心眼で確認していた。つか、問答も何も、さっきから一方的だよね?
しかしこれ……避けたら絶対に何度も蹴りを当てに来るだろうなぁ……。
サリアのときもそうだったけど、何でこうも脳筋が多いかな? このロバは魔物じゃなさそうだけど。言葉が通じるのに、話し合いができねぇ。
このロバも、俺の力を分からせて、黙らせるしかないんだろうか?
まあ、サリアのときは、俺が一方的な攻撃を受けてたわけだけど。
あれこれ考えているうちに、ロバの蹴りは眼前にまで迫っていたので、俺はとりあえず、その足を掴み、そのまま持ち上げた。おお、流石化物ステータス! ロバが軽い。
『なっ!? は、放せっ!』
「ええ? 何で?」
『貴様を蹴れないだろう!』
「よし、絶対に放さん」
ロバの後ろ足を引っ掴んだ状態で、そのまま持ち上げると、ロバは宙吊り状態となった。
そんな状態でも、俺に一撃でも攻撃を加えようと、暴れまわる。
しばらくの間、宙づり状態のロバは暴れていたが、やがて俺に攻撃が一切当たらないことが分かったのか、途端に大人しくなった。
すると、ロバは弱弱しい声で呟く。
『こ、降参だ……だから、降ろしてください……』
「オッケー」
俺は優しくロバを地面におろすと、ロバは立ち上がり、俺に近づいてくる。
ロバの行動に首を傾げていると、突然、俺の目の前で頭を垂れてきた。
……何事?
『アナタ様のお力、存分に体感させていただきました。これまでの非礼、どうかお許しください』
「……はい?」
アナタ様? え、何言ってんの?
突如、先ほどとは全く違う態度のロバに、俺は混乱する。うん、混乱耐性が意味をなしていないっ!
状況理解をできていない俺に、ロバは続けた。
『私は、生まれたときから、母にこう教わっておりました……「自分の認めた存在以外に、触れられてはいけない。そして、自分が認めた存在が現れたのなら、その者に仕えなさい」、と……』
「お母さん!」
ちょっと、ロバのお母さん!? ロバに教えるような内容じゃないでしょ!? ……あれ? ロバのお母さんもロバだよな? 頭がこんがらがってきた。
脳の処理速度を軽く超える展開に、俺はすでに訳が分からない。ロバってなんだっけ?
『私より強いということも大切ですが、それ以上に、私がロバであっても対等に扱ってくれたことが嬉しかったのです』
うん、対等に扱ったっていうか、ロバの言葉が分かるからこそ、こうして意思の疎通ができるというか……。
まあ、どうしてもこうしてコミュニケーションがとれると、普通の動物として接することはできなくなるよな。
いろんな意味で、人間と一緒だ。
動物にだって、意思や感情がある。
この全言語理解のスキルは、それを実感させられるよ。宝箱、お前が残したモノは、とても大きくて大切なモノだぞ。
殺した俺がするのもおかしいが、宝箱に内心で敬礼を送る。
そんなことを考えていると、ロバは結論に入った。
『つきましては、アナタ様には、私の主となっていただきたいのです。不束者ですが、どうかよろしくお願いいたします』
「いろいろ飛躍しすぎじゃね!?」
まさかの決定事項!?
いや、見た目はただのロバだし、別にそれでもいいんだけど!
そもそも、ちゃんとした馬でなくてもいいわけだし、この際だから、このロバにしてしまおうか?
とりあえず、このロバの主やらなんやらは置いといて、俺はこのロバを買うことに決めた。
「分かった。そもそも、俺は馬にこだわってるわけじゃねぇしな。お前でいいよ」
『主様。私には【ルルネ】という名前がございますので、今後はそうお呼びください』
「サリアもそうだったけど、何で君たち動物は美少女っぽい名前なの!?」
流行なの? 動物の間では、美少女っぽい名前を付けるのが流行なのか!?
……いや、この考え方は人間だけで、動物の世界にも名前を付ける習慣があるんだろう。
つまり、犬を飼っていて、その犬に飼い主がポチって名前を付けても、本名はワトソンかもしれない。……嫌だな、それ。
軽くそんなことにげんなりとしつつも、オッサンにルルネを買うことを告げた。
「オッサン、俺、このロバ買おうと思います」
「ふへへ。お魚さんだぁ!」
どうしよう、全くもって正気じゃねぇ……!
もはや廃人状態のオッサンにドン引きしていると、ルルネは静かにオッサンに近づく。
『主を手間取らせるな、この豚がっ!』
「ぬごっ!?」
オッサンは、ルルネに再び蹴り飛ばされると、そのまま壁に衝突した。
そして――――。
「ハッ!? こ、ここは!?」
「あ、やっと正気になった」
正気に戻ったオッサンに、ロバを買うことを告げると、オッサンは目を見開いて驚いた。
「お、おい。本当にいいのか? コイツは、まったく言うことを聞かないぞ?」
「大丈夫ですよ。ほら」
『主様の手、気持ちいいです』
ルルネの首を撫でてやると、ルルネは気持ちよさそうにして、俺に体を摺り寄せてきた。
その様子を見て、さらにオッサンは驚く。
「コイツはたまげた……マジであのお転婆なコイツを手懐けやがってる……!」
「ははは……それで、いくらでしょうか?」
値段を聞いてみると、驚いたことに、まったく売れる気配がなかったこともあり、格安の銀貨10枚だった。
あまりの値段の低さに驚いていると、オッサンはさらに続ける。
「中々売れなかったこともあるけどよ。初めてコイツが認めたお前に、馬具一式タダでサービスしてやるよ」
「本当ですか!?」
金に困ってはいないが、それでもタダでもらえるなら、それはとてもありがたい。
喜ぶ俺に、オッサンは店の奥に引っ込むと、馬具を持ってきた。
「よし、それじゃあ俺が馬具をぶへるばっ!?」
「お、おっさあああああん!」
オッサンは、ルルネに馬具を着せようとしたのだが、再びルルネに蹴り飛ばされてしまった。
『私に触れていいのは、主様だけだ』
この子の忠誠心が怖い。
ちょっと足を掴んで、無力化しただけなのにね。
そんな出来事があったために、俺はオッサンから馬具の扱いをレクチャーしてもらいながら、ルルネに装着していった。
そして、すべてを終えると、オッサンに銀貨10枚を払う。
「まいどっ! もし、他にも欲しい魔物がいれば、いつでも来いよな! 馬具の整備も、頼んでくれればしてやるよ! まあ、金は取るがな」
「分かりました。えっと……」
「おっと、そういえば名乗ってなかったな。俺の名前はバルザス。バルザス・アルアだ。よろしくな!」
「俺は誠一といいます。では、何かありましたら、そのときはお願いしますね」
「おう!」
いい笑顔で見送ってくれるオッサン――――バルザスと別れ、俺はルルネを引き連れて街中を歩きはじめるのだった。
活動報告にて、カバーイラストを公開しております。
まだ確認されてない方は、ぜひ、そちらもご覧ください。