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それぞれの場所で

「アルトリアさん、どこ行った?」


 俺は、ギルドから飛び出したアルトリアさんを追うべく、俺も外に出たが、もうすでにアルトリアさんの姿はなかった。


「……人が多すぎて近くにいても分からねぇかもな……」


 この王都テルベールは、人が驚くほど多い。だから、一度はぐれると、なかなか会えないのだ。


「そうだ! 『索敵』のスキルがあるじゃねぇか」


 俺の習得しているスキルの中にある『索敵』は、半径500メートル以内にいる生物を察知できる効果がある。

 そうと分かれば、早速使ってみるに限るだろう。

 俺は、すぐに『索敵』のスキルを発動させた。

 そして――――項垂れた。

 俺……何で気づかなかったんだろう。

 索敵のスキルは、確かに生物の存在を察知することができる。

 でも……。


「個人の特定なんてできねぇよ、バカ……!」


 俺が索敵スキルを発動させた結果、俺の半径500メートル以内の全生物に反応してしまい、あまりの多さに眩暈が起こった。


「これじゃあ、どこに行ったのか分からねぇぞ」


 まあ、人に訊けば分かるだろう。

 黒龍神の過去を見て思ったんだ。……コミュニケーション、大事だね!

 俺は、近くを通りかかった女性に話しかけた。


「すみません! 少しよろしいですか? 人を捜してて……」

「ええ、別にいいわよ。……って、あら? 誠一さんじゃない」

「え? ……あ、アドリアーナさん!?」


 何という偶然だろう。俺が話しかけた相手は、なんと狼を犬と称して飼っている、伯爵夫人のアドリアーナさんだった。世間って狭いね。


「どうしたの? 人を捜してるって……」

「ええっと……アルトリアさんを捜してるんですけど……見てないですか?」

「え? アルトリアちゃん? うーん……見てないわ」

「そうですか……」

「ごめんなさいね? 力になれなくて……」

「あ、いいえ! えっと……ありがとうございました」

「どういたしまして」


 アドリアーナさんに礼を言い、別れようとしたときだった。

 アドリアーナさんは、ふと思い出した様子を見せ、俺に言う。


「あ、そうそう。誠一さん」

「はい?」

「アルトリアちゃんの体質……知ってるかしら?」

「ええ、まあ……」

「なら、一つお願いしていいかしら?」

「え?」


 突然のお願いという言葉に、俺が間抜けな声を出すと、アドリアーナさんはほほ笑んで言う。


「アルトリアちゃんと、これからも仲良くしてあげてくれないかしら? アルトリアちゃん、ああ見えて凄く繊細で、優しい子なのよ」

「それはもう……凄く分かります」

「だから、少しでいいの。アルトリアちゃんに、寄り添ってあげてほしいのよ」

「寄り添う?」


 アドリアーナさんの言葉の意味が分からず、首を傾げる。

 すると、アドリアーナさんはクスリと上品に笑い、続けた。


「分からないなら、それでもいいわ。ただ、今誠一さんがアルトリアちゃんを捜しているように、少しでいいからアルトリアちゃんを気にかけてほしいのよ」

「……よく分からないですけど、アルトリアさんは、俺にとっても大切な人です。だから……」


 俺がそこまで言うと、アドリアーナさんは笑みを深めて、俺の続きを遮った。


「なら、大丈夫ね。さ、アルトリアちゃんを捜してあげてね? 王子さま♪」

「王子さまって……」


 思わずアドリアーナさんの言葉に苦笑いしてしまった。

 そしてすぐ、アドリアーナさんと別れ、再びアルトリアさんを捜し始める。


「もう一度、誰かに訊こうか……」


 そう思い始めた時だった。

 俺は、今の状況にとても都合のいいアイテムを持ってたことを思いだした。


「あるじゃねぇか……『指針石』!」


 アイテムボックスから取り出したのは、銀色の指針石。

 黒龍神の迷宮では、あまりにも入り組んだ場所なうえに閉鎖的空間だったため、活躍はあまりしなかった。……まあ、その遮っていた壁をぶっ壊して突き進んだのは俺なんですけど!

 だが、今は外である。

 方向さえ分かれば、屋根の上でも辿って行けるのだ!

 指針石を浮かべ、アルトリアさんのいる方角を調べる。

 すると、すぐに指針石は一つの方向に向いて、進み始めた。


「なるほど……この方向にいるんだな」


 指針石をアイテムボックスに仕舞いながら、その方角を眺める。


「……あれ? この方向って……」


 そんなことを思いながらも、早速アルトリアさんに追いつくべく、指針石の示した方角へと走り始めた。


◆◇◆


「やっぱり……」


 指針石を辿り、着いた場所は見覚えがあった。


「ここ……俺が最初の依頼を受けた場所じゃないか」


 そう、俺のたどり着いた場所は、ギルドの試験で、最初に受けた依頼……『廃墟の解体』で行った場所だった。

 スキルを使わずに俺が感じられる中で、周囲に人の気配はない。

 ただ、俺が何も考えずに壊した、廃墟の瓦礫があるだけだった。


「……」


 俺は、無言で索敵のスキルを発動させた。

 すると、周囲に人がいないだけあり、すぐにアルトリアさんの反応が見つかる。

 その場所まで、俺は何の躊躇いもなく歩いて行った。

 そして――――見つけた。


「アルトリアさん」

「……」


 アルトリアさんは、瓦礫の陰に隠れて、膝を抱えて座っていた。

 俺が声をかけると、肩をピクリと動かしたが、無言のままである。

 そんなアルトリアさんの近くに、俺も腰を下ろした。

 アルトリアさんは、俺に背を向けているため、表情が分からない。

 無言の時間がしばらくの間流れる。

 無言の時間が続くが、俺からは何も言わない。

 なんて言葉をかければいいのか分からないのもある。……だって、いきなり飛び出した理由が分からないからな。

 でもそれ以上に、今はアルトリアさんから切り出してくれるのを俺は待ちたかった。

 そんな俺の思いが通じたのか、アルトリアさんは小さな声だったが、口を開いた。


「なあ……誠一」

「……何ですか?」

「オレは……本当に要らない人間じゃ……ないのか?」

「……はい」

「オレみたいなヤツ……いても迷惑なだけだろ?」

「そんなことありません。絶対に」

「……本当に、嫌じゃないのか……?」

「……はい。みんな、アルトリアさんが大好きですよ。サリアも、ガッスルも、エリスさんも……全員、アナタが大切なんですよ。俺だって、アルトリアさんが大好きです」


 アルトリアさんの静かな問いかけに、俺は全部真剣に答えた。

 どれも嘘なんかじゃない。俺の本心である。

 アルトリアさんは、決して要らない人間なんかじゃないんだ。

 大好きって伝えるのはメチャクチャ恥ずかしい。でも、本心なんだから仕方がない。

 だって、口にしなきゃ伝わらないもんな。

 俺の言葉を聞いて、アルトリアさんは俯き、肩を震わせた。


「そう……か」

「……」

「……オレが、周りのみんなを大切に思うように……オレも……皆にとって、大切な存在だったんだな……」

「……」

「……うぅ……グッ……」


 アルトリアさんは、抱えていた膝に顔をうずめ、声を必死に押し殺しながら泣き始めた。

 こんな時、俺は一体どうすればいいんだ?

 賢治や翔太なら、こういった場面にも慣れてるんだろうけど、生憎俺は地球では非モテ街道を爆走していたんだ。女性を慰める術なんて知らない。

 ただ、目の前で泣いているアルトリアさんに、俺はどうすることもできないのか?

 力を手に入れても、心を救うことはできない。

 俺は純粋な武力とは違う、他の大切なモノに対する無力さを思い知らされた。

 そんなとき、ふとアルトリアさんを捜していたときのアドリアーナさんの言葉が頭に浮かんだ。


『アルトリアちゃんに、寄り添ってあげてほしいのよ』


 ……寄り添う?

 寄り添うって……どうやって? 物理的に? それとも心に?

 ……物理的にはおかしいだろ。

 だとすれば、心に寄り添うって……。

 どんどん混乱していくなか、俺はサリアがアルトリアさんにしてあげていたことを不意に思いだした。


『アルトリアさん! ぎゅーっ!』

「――――」


 サリアの行動を思い出した瞬間、俺はすでに体が動いていた。

 まるで、サリアに促されたかのように……。


「え……?」


 俺は、アルトリアさんを後ろから抱きしめていた。

 サリアがアルトリアさんを抱きしめたとき、純粋にアルトリアさんの心の不安を見抜いたサリアの洞察力に感嘆していたけど、そうじゃないんだ。

 アルトリアさんは、不安から解放されて嬉しいと同時に戸惑っているのだろう。

 今まで災厄の種でしかなかった自分を、みんな好きだというんだ。逆に、これからみんなとどう接すればいいのか……そんな不安が今は渦巻いていると思う。

 今さらだけど、子供が不安になったとき、どれだけ親という心の拠り所が大事なのか分かった気がする。

 親は、子供が不安に思っていても、優しくそれを包み込めるだけの力があるんだ。

 そして、サリアは孤児院のときもそうだが、天然で母性があるらしい。

 あのアルトリアさんをサリアが抱きしめた時、サリアは不安な気持ちを見抜いただけじゃなく、安心できるように包み込んでたんだな……。

 だけど今、そのサリアはいない。

 アルトリアさんの拠り所になれる人間は――――俺しかいないんだ。

 全然頼りない心の拠り所だけど、少しでいい。アルトリアさんに寄り添えれば……。


「大丈夫ですよ。不安に思うなら、俺がアルトリアさんのそばにいます。いつまでも、アナタが安心できるまで」

「なっ!? あ……あぅ……うぅ……」


 …………。

 ……あれ?

 少しでもアルトリアさんの不安が解消されればいいと思って、サリアのマネして抱きしめてみたんだけど……。

 ……なんかいつの間にか泣き止んでるようだし、顔は見えないけど、綺麗な銀髪から覗く耳が、目に見えて真っ赤になっている。

 ……いや、よくよく考えれば、俺……メチャクチャ大胆なことしてね?

 俺の頭がそう理解した瞬間、俺は顔が熱くなるのを感じた。ああ……今、俺の顔絶対に真っ赤だよ……!

 いや、落ち着け! いくらなんでも不謹慎だぞ! アルトリアさんの心が少しでも安らげばと思ってやってるんだ!

 ああ、でも……アルトリアさん、いい匂いだな。

 ……じゃねぇよ!? 何で俺が安らいじゃってんの!?

 あ、ちょっと待て! 俺、臭くないよね!? 大丈夫だよね!?

 称号の『臭い奏者』で一応完全カットはしてるんだけど……。あ、俺の方が不安になってきた。誰か俺を優しく抱きしめてっ!

 なんとも締まりのない俺だが、俺に後ろから抱きしめられた状態のアルトリアさんが、俺の腕を軽く叩いた。


「もう……大丈夫だからよ」

「え? あ、ハイ!」


 あまりの恥ずかしさに勢いよく離れる。

 するとアルトリアさんは、顔を真っ赤にして、モジモジし始めた。


「そ、その……なんだ。えっと……恥ずかしかったけどよ……」

「……」


 俺も恥ずかしかったです! ……と叫びたかった。でも自重。


「だ、抱きしめてくれて……ありがとう……な……」

「……」


 頬を赤く染め、恥ずかしそうに上目づかいでアルトリアさんはそう言った。

 ……サリアで多少なりとも美少女耐性はついていたと思うんだ。

 でも……ダメだった。破壊力がヤベェ。全然耐性ついてないじゃねぇか。

 結果として俺は、アルトリアさんの仕草に、惚けるしかなかった。

 また、何とも言えない微妙な空気が、俺とアルトリアさんの間を流れる。

 ……それよりも、アルトリアさんが今まで避け続けてきた人間と向き合うキッカケができてよかったと思う。

 それでも、アルトリアさんの抱えている呪いは解けていない。

 アルトリアさんの知り合いも、呪いを解く方法を探しているらしいが……。

 しかし……運のステータスがマイナス200万か……。改めて考えると、凄まじい数値だよな。

 あのアルトリアさんの≪災厄を背負う者≫の呪いがある限り、アルトリアさんは一生辛い思いをしないといけないんだろう。

 なんとかできないのか? 何か、今の俺にできることが……。

 ……チクショウ。まったく見当もつかねぇ……。

 アルトリアさんの運の数値が、マイナスじゃなかったらいいのに……。

 …………。

 ……マイナスじゃ……なかったら……?


「!?」


 俺は閃いた。

 この、アルトリアさんの呪いを解く方法を……!


「アルトリアさん! 手! 手をだしてください!」

「はあ?」

「お願いします!」


 俺がそう頼むと、アルトリアさんは訝しげな表情を浮かべながらも、左手を差し出した。

 俺はすぐにアイテムボックスからある装備品を取り出す。


「お、おい。一体何のつもりだ?」


 アルトリアさんが戸惑いの声をあげる。

 だが、今の俺にはそんな声がまったく耳に入ってこなかった。

 そして、俺が取り出した装備品は――――宝箱からドロップした、『不幸の指輪』だった。

 取り出した不幸の指輪を、アルトリアさんの指に嵌めようとして気づく。

 ……どの指に嵌めればいいんだ?

 そういえば、この不幸の指輪……自動で装備者に合わせて大きさを変えてくれるといった説明がなかったな……。

 もしかしたら、アルトリアさんのどの指にもピッタリ嵌る場所がないかもしれない。

 ……ええい! アルトリアさんの運が俺の運を打ち消してる今、残りのマイナス分はこの指輪に打ち消してもらうぞ!

 というわけで、ほとんど運任せで俺は、アルトリアさんの指を一つ一つ確認していった。


「せ、誠一?」


 ふと視線を上げれば、顔を真っ赤にして、目を潤ませているアルトリアさんの姿が!

 ……このままでは、あまりの可愛さに見惚れてしまいそうなので、意識を再びアルトリアさんの左手に移した。


「えっと……」

「……親指……ダメか。人差し指は……ダメだな。なら中指……クッ!」


 残るは薬指と小指か……。

 小指は、アルトリアさんの指でも明らかにぶかぶかすぎる。

 なら、薬指しかねぇな。

 そう結論付けた俺は、そのままアルトリアさんの薬指に指輪を嵌め込んだ。


「なあッ!?」


 おお! ピッタリ!

 運よくアルトリアさんの指にピッタリ嵌り、思わずフードの下で笑顔になったときだった。

 突然、アルトリアさんの指に嵌めた不幸の指輪が、神々しい輝きを放ち始めた!


「な、何だ!?」

「っ!」


 驚く俺と、呆然とするアルトリアさん。

 不幸の指輪は、俺の目の前で輝き始めたにもかかわらず、目にダメージはなく、むしろ俺とアルトリアさんを包み込むような、柔らかな光を発していた。

 やがて柔らかな光が収まると、アルトリアさんの指に嵌めた不幸の指輪は、紫色の小さな光を仄かに放ち続けていた。

 見た目は小さな光が灯っていること以外変わりない。

 だが、なんとなく俺には、目の前の指輪が同じものに見えなかった。

 思わず、鑑定のスキルを発動させる。


『幸福の指輪』……夢幻級装備品。想いあう二人に祝福を――――By宝箱。装備者の呪いを打消し、装備者の運の数値を2倍にする。


 宝箱おおおおおおおお!

 お前ってヤツは……! どこまで俺を助けてくれるんだ!

 想いあう二人に、ってところの意味はよく分からないが、とにかくお前のおかげでアルトリアさんが救えたんだ!

 俺は、アルトリアさんに呪いが解けたことを言う。


「アルトリアさん! アナタの呪いは解けたんです!」

「……は?」

「ああもう! 細かい説明は後! とりあえず今は、ステータスを確認してみてください!」


 興奮気味にそう伝えると、アルトリアさんは少し気圧されながらもステータスを確認した。


「――――」


 アルトリアさんは、自分のステータスを前に、目を見開いた。


「う、ウソ……だろ?」

「本当です」

「う、ウソだ。こ、こんなに嬉しいことが続くもんか。みんながオレを受け入れてくれたのも……全部、夢なんだ……!」


 アルトリアさんは、突然の事態に混乱して取り乱した。

 そんなアルトリアさんに、しっかり言い聞かせるため、俺はアルトリアさんの手を取り、しっかりと告げた。


「ウソでも夢でもありません! アナタは、≪災厄≫なんかじゃなくなったんだ!」

「……」

「この指輪を見てください! これが、アナタの呪いを解いたんですよ!」


 俺は、アルトリアさんの指に嵌めた不幸の指輪――――否、幸福の指輪を見せつけた。

 それでもなお、呆然とするアルトリアさんに俺は言う。


「だから……もう不安に思う必要なんてないんです。今まで不幸だった分、これから幸せになりましょう。俺が――――全力で支えますから」


 そこまで言い切ると、アルトリアさんは何度も俺の顔と指輪を見ては徐々に顔を赤くしていき――――。


「~~~~ッ!」


 ――――走り去っていった。

 …………。

 …………え?


「ちょおっ!? また!?」


 俺は再び逃げたアルトリアさんに驚くと同時に首を捻る。


「何で!? 俺の何がイケなかったの!?」


 状況を整理しよう。

 まず、アルトリアさんを慰めた。

 宝箱から手に入れた指輪の存在を思い出し、左手の薬指にはめた。

 呪いが解け、取り乱すアルトリアさんに、これから俺が全力で支えると伝えた。

 …………。


「プロポーズじゃねぇか!?」


 おいコラ俺何してくれちゃってんの!? とんでもねぇ過ちだよ!?

 つか、左手の薬指って……結婚指輪を嵌める場所じゃねぇか! 何で気づかなかった!

 ……あれ? でも……結婚指輪を左手に嵌めるのは地球での話であって、この世界では違うんじゃね?

 そう考えると、そもそもプロポーズをするにしても、指輪が結婚の証じゃないのかも……。


「でもそれじゃあ、あのアルトリアさんの反応は……だああああああっ! わけ分からん!」


 どこか無意味な現実逃避をしている気がしながらも、アルトリアさんを追いかける。

 チクショウッ! アルトリアさんの騒動が終わったら、勇者の情報を集めつつ、異世界のこと徹底的に調べてやる!

 ……まあでも……。


「アルトリアさんが元気になったのなら……今はそれで十分か」


 そう呟き、俺はアルトリアさんに追いつくべく、瓦礫の山を後にする。

 澄み渡る青空には、宝箱がサムズアップしている姿が浮かんでいる気がした。


◆◇◆


「1……2……3……あ、なんか人助けしてお金がもらえるみたいです」

「はあ? いくらだ?」

「1万G」

「高くね!?」

「次、俺ですね……あ。俺も3でした」

「んじゃ、コマ動かせ」

「はい。えっと……あ、次のサイコロを振る人から、出産祝いで5万Gもらえるそうです」

「だから高くね!? って次の人って俺じゃねぇか!」


 俺――――ベル・ジゼルは、デブのテリー・ヘムトと、ガリのボスコ・ダンの三人で、とある遊びをしていた。


「いやぁ、それにしても……人間はずいぶんと面白いものを考えますよね」

「だよなぁ。これ、なんて名前の遊びだっけ?」

「確か……『人生ゲ○ム』って名前だったと思いますよ」


 そう、俺たちの前には、たくさんの細かいマスに指示が書かれている道が描かれているボードと、そのボードの上で動かすコマ。そして、何マス進むか決めるサイコロとやらが転がっていた。


「でもこれ、人間は人間でも、異世界の勇者が持ち込んだ遊びらしいですよ?」

「ほぉ。異世界かぁ……どんなとこなんだろうか」


 ボスコの言った異世界という言葉に、俺は興味があった。

 俺たちは人間と戦っているが、俺は戦争が好きじゃない。

 そもそも、魔族の連中は、自分の身を守るために戦っているに過ぎないのだ。


「戦争がない世界だといいよな」


 思わずそう口にする。

 どこかしんみりとした雰囲気になってしまうと、テリーがわざとらしく話題を変える。


「あ、今度は『トランプ』ってやつで遊びませんか?」

「トランプ? 何だ、それ」

「えっと……ハート、ダイヤ、スペード、クローバーの4種類のカードがあって、一種類ごとに1から13までの数字が書かれたカードがあるんです」

「ほお。それで、どんなゲームができるんだ?」


 俺はふと興味を惹かれ、そう訊いてみると、今度はボスコが俺の問いに答えた。


「俺が友だちから聞いた話では……『ポーカー』とか『ババ抜き』とか……あ、後『ダウト』とか。とにかく、このトランプでたくさんの遊びができるらしいですよ」

「ぽーかー? つか、ババ抜きって……婆さんはしちゃいけないってことか? そりゃあんまりだろ」

「あ、別に実際にお婆さんがしちゃいけないわけじゃないんですけど……」

「なんかよく分からねぇな。んで? 何するんだ?」


 意味不明な単語が多く飛び出したが、とにかく遊んでみないことには楽しさが分からない。

 しっかし……人間も凄いよな。一つのものでたくさん遊べる方法を思いついちまうんだから。


「そうですね……俺がルールを覚えてるのは、『ダウト』くらいですし……」

「んじゃ、それでいいや。やろうぜ」


 簡単なルールの説明をテリーにしてもらう。

 ようするに、配られたカードを相手に見えないように持って、数字の1から順にカードを伏せて場に出していく遊びだということが分かった。

 まあ、自分の番になれば、出さなくちゃいけないカードが手持ちになくても相手にバレないように出さないといけないらしい。

 もし、相手がウソのカードを出してると思ったら、『ダウト』って声を出して、本当にウソならウソのカードを出した本人が場のカードをすべて引き取り、逆に本当なら、ダウトと言った本人がカードをすべて引き取る……。

 なんつー、エグイ遊びを思いつくんだ、人間……!

 これじゃあ怖くて『ダウト』って言えないだろ!? リスクがデカすぎる! ……ハッ!? そういう遊びなのか!? そのスリルを楽しむのか!? ……レイヤ様が好きそうだな。

 まあとにかく、実際にやってみようということで、俺たちはダウトを始めた。

 フッ……要するに、ウソさえ吐かなければいいわけだ。こんな遊び、余裕だぜ!


「7です」

「8ですね」

「んじゃ、9――――」

「「ダウト」」

「ノオオオオオオオオオン!?」


 結果――――惨敗した。

 後から知ったことだが、この遊びはどうやら、最低でも4人でするらしい。……チクショウめ!

 こんな感じで、俺たち三人はのほほんと日常を満喫していると、突然部屋の扉が強く開けられた。


「……」

「れ、レイヤ様?」


 部屋に入ってきたレイヤ様の表情は、俺たちが驚くほど真剣だった。

 そんな俺たちの呼びかけに応じず、レイヤ様はまっすぐ俺たちの方向に歩いてきた。

 座ったままトランプで遊んでいたときの体勢のまま、俺たちの前で立ち止まったレイヤ様を見上げる。

 すると、レイヤ様は今まで閉じていた口をゆっくりと開いた。


「……黒龍神様が……倒されたわ」

「「「…………は?」」」


 俺たちは揃って間抜けな声を上げる。

 黒龍神様が……倒された?

 いや、ありえないだろう。あの人は、魔王様を除けば、間違いなく魔族軍の最強戦力なのだ。倒されるはずがない。

 俺と同じ思いだったのだろう。テリーとボスコも呆然としている。

 そんな俺たちを見下ろしながら、レイヤ様はもう一度、ハッキリと口にした。


「黒龍神様が、倒されたのよ」

「「「…………」」」


 あまりにも真剣なレイヤ様の表情に、俺たちはその言葉が真実なんだと悟る。

 俺たちは、誰もが黒龍神様が倒されると思っていなかった。

 だからこそ、驚き、そして呆然としているのだ。


「私は今から、黒龍神様の力を取り戻すために、【黒龍神の迷宮】に行くわ」

「な、なら俺たちも……!」

「アンタたちは、私の留守の間、ここを守ってなさい」


 真剣な表情でそう頼まれれば、俺たちは黙るしかない。

 それに、俺たちがレイヤ様について行っても、足手まといなのは確実だろう。

 だが、そもそも俺たちが、黒龍神様に人間を始末してもらおうだなんて考えなければ、こんなことにはならなかったんだ。

 そのせいで、黒龍神様やレイヤ様に迷惑が……。

 思わず自分のしたことに後悔していると、レイヤ様は一つ息を吐いた。


「アンタたちが何を思ってるのかはなんとなく想像つくけど……。でも、私も黒龍神様が倒されるだなんて思ってもいなかったのよ? だから、アンタたちが気にする必要はないわ。それに、まだまだ考えが甘いとはいえ、発想はよかったわよ。幸い、黒龍神様は迷宮内で倒されたおかげで、復活してるはず……。とはいえ、力は万全じゃないでしょうから、私が完全復活させるために行くのよ」


 俺たちは、レイヤ様の言葉と行動力に感動した。

 この人っていろいろぶっ飛んでるけど……凄いよな。……彼氏いないけど。

 それに、確かにレイヤ様なら、黒龍神様の力を取り戻すことができるだろう。

 目を輝かせてレイヤ様を見ていると、レイヤ様は少し自嘲気味に呟く。


「まあ……魔王様の力だけは、取り戻すことはできないんだけどね」

「それは……」

「とにかく! アンタたちは、私がいない間、この城をしっかりと護っておきなさいよ」

「「「了解っ!」」」


 俺たちの返事を聞いて、レイヤ様は満足そうに頷くと、転移魔法陣を展開させ、その場から消えた。

 レイヤ様が行ったのを確認すると、俺はテリーとボスコに声をかける。


「なあ……」

「どうかしましたか?」

「なんか、深刻そうな表情をしてますが……」


 二人とも、俺のことを心配してくれているらしい。

 俺は何ていい部下を持ったんだ!

 そんなことを思いながら、たった今、俺の悩んでいることを打ち明けた。


「留守任されたけど……何すればいいんだ?」

「「ベルさん……」」


 二人の冷たい視線が辛かった。


◆◇◆


「腕を下げるな! 戦闘において、一瞬の隙が命取りになるんだぞ!」


 俺……高宮翔太は、王城内にある、訓練場で木刀を持ち、戦闘訓練を受けていた。

 もちろん、訓練を受けているのは俺だけではない。

 勇者召喚された、全生徒がこの訓練を受けていた。


「あと100回!」


 そんな俺たちを指導しているのが、この国の騎士団長である、ザキア・ギルフォードさんだ。

 ザキアさんは、国王との初顔合わせの後、槍を突き付けてきた兵士たちの後ろで腕を組んでいた人物である。

 鈍い銀色の鎧は、歴戦の傷が多く刻まれており、身に纏う雰囲気が、明らかに一般兵とは違っていた。

 ザキアさんは、俺たち全員に木刀を持たせ、素振りを1000回することから要求してきた。

 それは、俺たちが勇者召喚されたとき、必然的に手に入れた【聖剣】を使いこなすためである。

 ザキアさんとは違う、この世界の常識を教えてくれる人の指示に従い実際に出現させてみると、俺たち全員無事に聖剣を出現させることができた。

 その人曰く、聖剣は魔王や魔物に対して、一番有効な攻撃手段である、『聖属性』を纏っているらしい。

 この『聖属性』は、魔族からすれば、驚くほど効果を発揮するため、俺たち全員ザキアさんの指導のもと、巧く扱える訓練を受けることになったのだ。


「あと5回! ……4! 3! 2! 1! ……そこまで!」


 ザキアさんの指示通り、俺たちは振っていた木刀を下ろす。

 もうこの世界に来てから半年が経過しようとしているが、多くの人間はこの訓練についてこれていない。

 俺や神無月先輩は、もともと剣道部だということもあり、さほど苦労はしておらず、賢治も持ち前の根性で乗り切っていた。

 みんな息を整え、痛む体を休めていると、ザキアさんが言う。


「今日の訓練はここまでだ。各自、しっかり休養するように」


 事務的に必要最低限度のことだけ告げると、ザキアさんはその場を後にしようとする。

 いつもはここで解散なのだが、今回ばかりは違った。


「ちょっと待ってくださいよ!」

「……」


 立ち去るザキアさんを呼び止めたのは、誠一のクラスリーダー的存在の青山だった。


「一体いつになったら素振りじゃなくて、実戦するんですか! 俺たちは勇者なんでしょ? ステータスは上がってるけど、レベルは一向に上がらないじゃないですか!」

「……今は武器に慣れることが大事だ」

「前も同じことを言ってましたよね? 俺、弱い魔物から倒していって、レベルアップする方が絶対に強くなれると思うんですけど?」


 青山がそこまで言い切ると、今まで黙って見ていた他の連中も、口々に言う。


「そ、そうだよな!」

「いつまでも木刀振ってたって、強くなるわけねぇじゃん」

「素のスペックが高いこの体なら、レベルアップして強くなる方がいいに決まってます!」

「ザキアさん、いい加減俺たちを魔物と戦わせてくださいよぉ」


 徐々に膨らむ不満の声。

 ふと神無月先輩の方に視線を向けると、先輩は苦い顔をしてその生徒たちを見ていた。

 確かに、レベルアップをした方が今より確実に強くなれるだろう。

 だが、なぜか俺は、それではいけない気がしていた。

 すると、生徒たちの不満を黙って聞いていたザキアさんは、一言。


「……方針は変えん。明日も素振りをしたのち、簡単な戦闘訓練を行う。以上だ」


 それだけ言うと、ザキアさんは今度こそ帰って行った。

 ザキアさんの後ろ姿が見えなくなると、生徒たちは次々不満をぶちまける。


「何だよ、アイツ!」

「マジわけ分かんねぇ」

「こんな無意味なこと続けて、何の意味があるわけ?」

「頭、おかしいんじゃねぇの?」


 みんな言いたい放題である。

 確かに効率は悪いが、何か考えがあるのだろう。

 俺は剣道をやってても、戦闘に関しては完全に素人だ。やはり、プロに任せるのが一番だろう。

 そう結論付けた俺は、目の前で醜く悪口を言い続ける生徒たちを眺め続けた。


◆◇◆


「はぁ……」


 綺麗な月明かりが照らす王城内のバルコニーで、俺……ザキア・ギルフォードはため息を吐いた。


「……上手く、いかないものだな……」

「何がですか?」


 不意に背後から声がかけられる。

 だが、別に俺は驚きはしなかった。気配で近くにいることが分かっていたからである。


「オルフェか……」

「となり、いいですか?」

「……好きにしろ」


 俺の返答に柔らかな笑みを浮かべる、茶色いくせ毛が特徴の優男――騎士団長補佐の、オルフェ・アルモンドだった。

 俺がもっとも信頼している部下であり、実力は騎士団の中でも群を抜いている。

 オルフェは、俺と同じように黙って月を見上げた。

 すると、おもむろに口を開く。


「ザキアさん。今日の訓練も厳しかったですね」

「……」

「どうしてですか?」


 柔らかな笑みを浮かべたまま、オルフェは俺の悩みの核心を突いてくる。

 別に、隠すほどのことでもないと判断した俺は、オルフェに話した。


「……死んで欲しくないからな」

「え?」


 俺の答えが意外だったのか、オルフェは驚いた表情を浮かべていた。


「彼らは……俺たちの戦争に関係ない存在だ。それなのに、魔王の討伐を彼らを頼りにすると言うのが、どうも納得できなくてな……」

「それは……」

「それにだ。……お前にだから言うが、俺は魔族と戦うこともしたくない。共存を望む」

「っ!」


 オルフェの目が、これでもかというほどに見開かれた。


「……ザキアさん。その発言は、国王様の理想と真逆です。もし、誰かに聞かれたら……」

「問題ない。ここには……お前しかいないからな」


 俺がそう断言すると、オルフェは少し安心した様子を見せた。


「かの≪王剣≫がそういうのであれば、大丈夫なんでしょう」

「……その名は好きではない。それに、俺は現国王の命令に従ってはいるが、俺の心は常に、先代国王の下にある」

「……アルフ様ですか」


 アルフ・ディア・カイゼル。俺の命を救ってくれた恩人であり、素晴らしい王だった人だ。

 民に優しく、種族を問わず困っていればすぐに助けに行くような……そんなお方だ。

 だが、アルフ様は、歳の影響か、床に臥せる日が多くなり、そして息子である現国王に王の座を渡した。

 それからの日々は、決して平和とは言えなかった。

 思わず顔を険しくしていると、オルフェが言う。


「……確かに、今の国王様は……。それで、話がそれましたが、彼らを死なせたくないのは分かりました。ですが、なぜ実戦経験を積ませないのですか?」

「……彼らは、我々が思っている以上に平和な世界から来たようだ。剣の握り方も知らなければ、人の命を簡単に刈り取る方法さえ知らない。だから、まずは武器に慣れることから始めたんだ」

「それは……」

「確かに、ここまで徹底して基礎をやらされるのは嫌になるだろう。だが、彼らは武器に触れたことさえなかったのだ。付け焼刃なのは分かっている。だが、それでも……しないよりはマシだろう」

「……」

「俺の我儘なのは分かっている。だが、彼らを一人も死なせたくない。平和な世界から来たのなら、その素晴らしい世界で生きていてほしかったんだ。……ただ、それだけだ」


 言うだけ言った俺は、そのままバルコニーを後にする。


「ザキアさん……アナタ、不器用すぎですよ……」


 オルフェの呟きは俺には聞こえず、そのまま夜空にとけて消えた。

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