人間
俺は、すぐに黒龍神の一生が書かれているであろう冊子を手に取った。
ふん、俺はもう学習したぞ。どうせ、『黒龍神物語』って書いてあり、下には『ノンフィクションです』って書いてあるんだろう?
残念だったな! 俺はそこまでバカではないのだ! もう騙されないぞ!
『黒龍神の伝記』
「伝記!?」
俺は予想外の題名に、驚きの声を上げる。
いや……伝記!? 物語じゃなくて!?
まあ、確かに今までの題名がおかしかったんだけども! ここまでくれば、普通物語で統一するんじゃねぇの!?
伝記って、確かに個人の一生涯を綴ったモノなんだから、間違ってないんだけど……。
どこか釈然としないまま、広げて読み始める。
『黒龍神とは、その昔、とある村で人間に信仰されていた神である』
し、信仰されてたのか……? あ、神なんだから、当たり前か……。
『黒龍神は、村人たちに危機が訪れれば、身を挺して守り続けてきた。そんな黒龍神を、村人たちは心から崇め奉っていた』
全然想像もつかねぇ……。あんだけ人間を憎んでいるようなヤツが、人間を助けていたとか……。
『だが、時が経つにつれ、村人たちの信仰心は薄れていった。しかし、村人たちが黒龍神への感謝を忘れようとも、黒龍神は様々な災害や、魔物から守り続けてきた』
……。
『そんな黒龍神を待ち受けていたのは、残酷な現実だった。村人たちは、あろうことか、黒龍神を討伐し、その素材で武器を作り、他の村々を攻め滅ぼそうと企み始めたのだ。当然、黒龍神は村人たちに激怒した。信仰心や感謝の気持ちが欲しかったわけではないが、この仕打ちはあんまりだと』
そりゃあ……そうだろうな。守り続けてきた人間に裏切られ、襲われるんだし。
『黒龍神は神の名を持つだけあり、凄まじい戦闘力を誇っていた。だが、そんな黒龍神を討伐するために、村人たちは≪龍殺し≫の異名を持つ者たちを集め、討伐にあたった。ドラゴンスレイヤーとも呼ばれる彼らは、いとも容易く黒龍神の動きを封じ込め、大ダメージを与えた』
ドラゴンスレイヤーか……あの黒龍神が簡単にやられるなんて、想像もつかないな。
『そんな龍殺したちから命からがら逃げだした黒龍神だったが、やがて逃げる力もなくなり、今すぐにでも果ててしまいそうだった。意識が朦朧とする中、死にかけの黒龍神の下に、偶然通りかかった一人の男が手を差し伸べた。その男こそ、後に魔王と呼ばれることになる魔族だった』
「どうぇいっ!?」
いきなりの事実に思わず変な声を上げてしまった。
つか、魔王!? ここで魔王が登場ですか!?
『魔王は、傷ついた黒龍神の傷を癒し、ともに旅に出ることを提案した。初めは、魔族でも同じ人型であるため、黒龍神は魔王を警戒していた。だが、半ば強制のような形で一緒に旅に出ることになり、長いあいだ旅を続けていく中で、気づけば魔王を心から慕うようになっていた』
なるほど……黒龍神は、魔王に救われたのか。
『そんな魔王は、人々に虐げられる魔族を救い出してはともに旅をし、同じように困っている者がいれば、たとえそれが人間であろうとも平等に手を差し伸べた。もともと困っている者たちを放っておけない性格であり、そんな魔王だからこそ、黒龍神は魔王を慕っていた』
……あ、あれ? 俺のイメージする魔王像と違うんだが……。
『長い間、こうして旅を続けてきた魔王の下には、気づけば多くの魔族が集まり、そして一つの国を建国するにまで至った。最初の魔王の友であった黒龍神は、魔王の建国した国で静かに平和に暮らしていた。国にはいつも、笑顔があふれていたのだ』
……。
『だが、そんな魔族の国を気に入らないと思う種族が現れた。それが、人間である。人間は、自分たちが従え、酷使していた魔族が人間と同様に国を建て、平和に暮らし始めたことに不満を抱いていた。それは、奴隷となる存在がいなくなったが故の己の欲望と優越感を見出すための我儘だった』
……。
『魔王の国を滅ぼそうにも、黒龍神や屈強な魔族たちが多く存在し、その頂点の魔王自身も圧倒的な戦闘力を誇っていたため、手出しができずにいた。そんな中、ある国が勇者召喚と呼ばれる儀式を編み出すことに成功した』
ここで勇者の登場か……。俺がまったく知らないだけで、勇者召喚にこんな背景があったのか……。
『勇者召喚は、主に二つに分類され、一つは異世界から勇者を召喚する方法と、勇者の適性がある者に勇者の力を与え、勇者にする方法があった。この時は、勇者の力を付与して生まれた勇者だった。勇者は、すぐに魔王の国へと進撃を開始し、多くの魔族を虐殺した。勇者の進撃を食い止めようと黒龍神や、魔王自身までもが立ち上がったが、黒龍神は勇者の力の前には無力であり、そして魔王を今一歩という場面で救い出すことができなかった。目の前で倒された魔王を見て、黒龍神はこの世の全てを否定するかのごとく、暴れまわった。総てを壊し尽くすかのように……。結果として、黒龍神はあと一歩というところで勇者を倒すことができず、自身は迷宮へと封印されてしまった。もう二度と、大切なものを失いたくない。その一心で、黒龍神は迷宮で多くのモノを糧とし、力を蓄え続けた。魔王の下で、あの平和な日々を過ごせることを願って……』
うわああああああああああああ!
ごめんなさいっ! 黒龍神の事情を一切考えてませんでした!
確かに、アルトリアさんを傷つけたことは許せない。
でも、この話を読んだ後だと、どれだけ俺が短気だったことか……!
宝箱の時もそうだけど、話し合えば、分かり合えたかもしれないのに……!
つーか、この話が本当なら、人間側クズじゃねぇか。救いようがねぇな。
俺もそうだけど、人間って基本的に欲望まみれの生物だよな。……その中でも、特に自分の欲望に忠実な人間の集まるギルドに所属してるわけですけどね。
宗教を否定するわけじゃないけど、煩悩を捨て去りたいって思うことでさえすでに一つの欲望だと思うし。まあ、その場合は高尚な欲望で素晴らしいことなんだろうけど。
それ以上に、こうして黒龍神の過去の話のおかげで、勇者と魔王の因縁はわかった。
俺は人間だから、勇者側に基本的に感情を移入して考えるけど、立場が変わるだけでここまで事情があるなんて、思いもしないよな。
よく子供のころに親から相手の立場になって考えろって言われたけど、先入観や凝り固まった常識ってこうも簡単にそんな単純なことをできなくさせてしまうんだな。
相手にも、何かしらの事情はある。
犯罪ならそれでも許されないことだろう。でも、もしお互いに歩み寄れる余地があるんなら……。改めて、コミュニケーションって大事だなと思ったよ。
しみじみとそう感じ、改めて意思疎通ができることの大切さを知った俺は、その後の黒龍神の生涯と書かれた部分を読み、冊子を体に吸収させた。
黒龍神の経験で一番多かったのは、やはりというか、人間との戦闘経験だった。おかげで、いろいろと戦い方のようなものが分かった気がする。
ここまで確認した俺は、残りの宝箱に目を向けた。
「さて……金と、何が入ってるんだ?」
純粋な好奇心に従い、宝箱を開ける。
すると、金の入った袋と、一着のフード付きロングコートらしきものが入っていた。
とりあえず、金は中身を確認してみると、白金貨や金貨が物凄い数入っていた。……何というか、金が凄いインフレを起こしてるぞ……。
あまりの金額に軽く眩暈を起こしながら、アイテムボックスに金を収納する。
そして、最後のロングコートを取り出し、広げてみた。
フード付きロングコートには、白色のファーが付いていた。全体の色は真黒だが、背中の部分に金色の刺繍が施されており、妙にゴージャス感が醸し出されている。
……スゲー中二病な雰囲気が……。
ただ、せっかく羊から貰ったローブを燃やしてしまい、黒髪を隠す方法が欲しかった俺としては、このロングコートは願ったりかなったりである。ちょっと中二病な雰囲気があるけど、純粋にカッコいいしね。
そんなことを思いながらも、俺はロングコートに鑑定のスキルを発動させた。
『黒覇者のロングコート』……夢幻級装備品。力の象徴である黒龍の神であったことを示すロングコート。耐熱、耐寒性があり、コート内は常に装備者に対して快適な温度となる。衝撃や防刃性にも優れ、並大抵の武器では傷一つ付けることさえできない。全魔法の威力を高める。汚れに強い。装備者の獲得経験値が通常より激減する。
「なんかいろいろスゲー」
よく分からんけど、とにかく凄いことは分かった。
つか、最後の一文。これ装備すると、今以上に俺のレベルが上がりにくくなるってことか?
まあ、それくらいなんてことないレベルの性能を誇ってるわけだから、全然気にならないんだけど……。
とにかく、今の俺にとって、このロングコートはいろいろと助かる要素が多かった。レベルが上がりにくくなるにしても、魔法の威力が高くなったり、防御力もあるわけだから、着ない手はないだろう。
レベルが上がってどんどん強くなる前に、今の俺の力を制御できるようになるっていう意味でもありがたいものだな。
早速ロングコートを着てみたが、ビックリするほど俺の体に合っていた。
なんか、最近俺にとって都合のいいモノばかり手に入ってるけど、これも俺の運のおかげか?
そんなことを思いつつ、すべてを回収し終えた俺は、アルトリアさんを介抱しているサリアの元へ向かった。
「あ、誠一! もう終わったの?」
「まあ一応な」
「そっかぁ……そういえば、羊さん来なかったね」
「え?」
俺は、サリアに言われて思い出した。
そうだよ。一応迷宮はクリアしたから、羊が来てもおかしくはないんだよな。
でも、羊が現れるときって、真の意味で迷宮がクリアされたときって言ってたし、このダンジョンの場合は、黒龍神を魔王の下で平和に暮らさせることが条件になるのかな?
……どんだけ難易度高いんだよ。
今いるダンジョンを真の意味で踏破するための難易度に、頬が引きつっている時だった。
ポンッ!
突然、何もない空間が小さな爆発を起こした。
「何だ!」
「さあ?」
俺が身構える中、サリアはのんびりとしていた。なんだか、一人で警戒してる俺が馬鹿みたいじゃないですか。
小さな爆発が起こった空間を見つめていると、一枚の紙らしきものがその空間から落ちてきた。
「な、何だ?」
警戒をしたまま、落ちた紙を拾う。
その紙には、何やら文字が書いてあった。
「誠一、その紙は?」
「さ、さあ? なんか書いてあるけど……」
しかし、なぜだろう。少し前にも似たようなことがあった気が……。
俺は、紙に書いてある文字を、口に出して読んでみた。
『どうも、羊さんです』
「やっぱりか!」
なんとなくそんな気はしてたよ! フルフェイスヘルメットのときもそうだったもんな!?
思わず紙に書かれた文字にツッコんでいると、サリアが笑顔で訊いてくる。
「え!? それって羊さんからの手紙!?」
「え? あ、ああ。まあ、そんなところだろ」
「読んで、読んで!」
目をキラキラと輝かせながら、サリアがそう言ってくるので、俺は再び口に出して読むことにした。
『とりあえず、ダンジョン踏破、おめでとうございます。順調に人間をやめていらっしゃるようで何よりです』
うるせぇよ!
『さて、もう察していることと思いますが、今回は真の意味で踏破されたわけではないので、私と出会うことはできません。……もう、そんな悲しい顔をしないでくださいよ。私に会いたくて仕方がないのは分かってますから』
どうしよう。今すぐにでも羊を殴りたくなってきた。
『まったく……物騒な考えは変わりませんね。でも安心してください。そんなツンツンしていらっしゃる誠一様のお心はちゃんと分かってますから。……照れ隠しですよね?』
うっぜぇえええええええ!
つか、前も思ったけど、なんで俺の心の声と会話が成立してるんだ!?
『羊ですから』
わけ分かんねぇよ!
『まあとにかく、私が言いたかったことは、ダンジョンを踏破したことに対する祝福ですので。これからも、頑張ってダンジョンを踏破していってください。最終的には、人間どころか生物すらやめた誠一様と再会できることを楽しみにしております。では、サリアお嬢様もお元気でByみんなのアイドル羊より』
……。
「最初から最後まで、羊のペースだった……」
「羊さん、元気そうだね!」
うん、元気なことはいいと思うよ? でも、羊は一度、死にかけた方がいいと思うんだ。
そんなことを思っていると、紙の下の方に続きがあった。
『追伸。私、しばらくの間バカンスに行くので、真の踏破はご遠慮ください』
「仕事しろおおおおおおおおおお!」
何故か、羊が南国の島で、アロハシャツを着たままサーフィンをしている姿が頭に浮かんだ。ついでにグラサンとサムズアップのセットで。
「羊さん、バカンス楽しめるといいね」
「いやいやいや!」
サリアさん。羊は仕事もせずに遊びに行くと言ってるんですよ? いいわけないでしょ!
散々ツッコんだ俺は、荒れた息を整える。
「はぁ……まあいいや。とにかく、今回は羊は来ないってことか」
「残念だね」
一生来なくていい。あ、でもそれだと殴れないな……。
「よし、回収するものも回収したし……あとは帰るだけだな」
「うん! 早く帰ろ!」
サリアの返事を聞きながら、転移魔法を発動させることにした。
「サリア。転移魔法を発動させるから、俺に掴まってくれ」
「はーい!」
元気よくサリアが返事をすると、早速装備した俺のローブを掴んだ。
「よし。んじゃ、アルトリアさんだけど……」
転移魔法を初めて使う俺は、どういった効果なのか分からないので、この迷宮に来たときと同じように、魔法を発動させる俺の体に二人を触れさせようと思っていた。
俺の意思とは関係なかったとはいえ、それでここまで来れたんだ。帰りも同じで大丈夫だろう。
そのため、アルトリアさんに触れなければいけないわけだが、俺が転移する場所は目立つことを避けるといった意味合いからも、王都から少し離れた位置に転移するつもりでいた。
いきなり街中に俺たちが現れたら、さぞかしビックリするだろうからな。
なので、歩くことも考えた結果、必然的に俺はアルトリアさんを抱きかかえることになった。もちろん、お姫様抱っこだ。
「……まさか、連続でお姫様抱っこを実行する日が来ると思わなかったよ」
後ろはサリアが掴まっているので背負うこともできないし、普通に抱っこするとなると、いろいろマズいからな。主に俺の精神衛生の問題で。……察しろバカ!
「それじゃあ、帰りますか!」
「うん!」
特に何かするわけもなく、そのまま俺は、空間魔法の一つ、『転移』を発動させ、王都付近まで戻るのだった。
◆◇◆
「ん……お、おお……」
転移魔法を発動させた俺は、思わず瞑っていた目を開き、感動の声を漏らす。
「着いたの?」
後ろではサリアの声が聞こえ、俺の手の中にはしっかりアルトリアさんもいる。
そして、俺たちが転移した場所は、アルトリアさんが転移魔法陣とやらに巻き込まれた場所であり、目の前には王都テルベールの城壁が見えた。
「無事……帰れたな」
思わずそう呟く。
転移魔法は上手く使えたけど、正直ちょっと怖くて目を瞑ってしまったのだ。だから、どんなふうにここまで転移したのかは分からない。今さらだけど残念なことをしたかも。
「さて……本当なら当初の目的であるスライムを討伐しなきゃいけないんだろうけど、アルトリアさんも気絶してるし、素直に帰ろう」
「そうだね。それにしても……なんだか、久しぶりな気がする」
「え? 何が?」
「う~ん……ずっと迷宮にいたせいかな? ギルドに戻ることが、久しぶりに感じるな~って」
「ああ、言われてみれば……」
確かに、一日も経っていないんだろうけど、ずいぶんと久しぶりな気はする。
それだけ、あの迷宮の中での出来事が濃かったってことなのかな?
「まあいいや。とにかく行こう」
「うん」
こうして、俺たちはテルベールに向かって歩き出した。
道中、再び転移させられることがないか、慎重になりつつ移動したが、そんな警戒は杞憂に終わりそうだった。
そして、サリアと少し雑談しながら歩いていたときだった。
「……ん。……ん?」
「あ、アルトリアさん!」
「よかったぁ。気が付いたんだね!」
今まで俺の腕の中で気を失っていた、アルトリアさんが目を覚ました。
アルトリアさんは、状況がよく分かっていないらしく、ボンヤリとした表情を浮かべている。
「ここは……?」
「王都テルベールですよ。無事、戻ってこれました」
そう、フードの下でにこやかに告げると、アルトリアさんは小さく「そうか」と呟き、しばらくの沈黙の後、凄い勢いで俺を見上げた。
「って……は!? 帰ってこれただと!?」
「ええ。ほら、前見てくださいよ」
アルトリアさんに、遠くに見えるテルベールの城壁を見せると、驚いた表情を浮かべた。
「ま、マジで帰ってきたのかよ……」
驚きの表情のままそう呟くと、アルトリアさんはある違和感に気づいた。
「ん?……おい、なんでオレがこんなに近くでお前を見上げてんだ?」
「え? そりゃあ……俺がアルトリアさんを抱えてるからですよ」
「……」
初めは意味が分からないと言った様子で首を傾げていたが、徐々に言葉の意味を理解していき――――。
「お、おろせ!」
「うわっ! ちょっ! 暴れないでくださいよ!」
「いいからおろせ! 第一重たいだろ!?」
「えぇっ? 全然軽いし、気にすることないですよ?」
「~~~~っ! お前がじゃなくて、オレが気にするんだよ!」
顔を真っ赤にしたアルトリアさんは、俺の腕の中で大暴れした。
いや、実際軽いし……。確かに異性に抱きかかえられるのって恥ずかしいかもしれないけど、アルトリアさんは、気を失ってた上に黒龍神との戦闘で体力を消耗しているはずだった。
だからお姫様抱っこをしていたわけだけど……。
「と、とととにかくおろせっ! じゃねぇとぶん殴るぞ!」
「殴りながら言わんでください!」
あまりにもアルトリアさんが大暴れするので、思わず俺はアルトリアさんを地面におろしてしまった。
別に殴られたりしたけど痛くはなかった。うん、さすが化け物じみたステータス!
「はぁ……はぁ……!」
肩で息をするアルトリアさん。
何度か深呼吸を繰り返し、アルトリアさんは自分で歩き出そうとしたが……。
「あ……」
「おっと」
やはりまだ体全体に力が入らないのか、すぐに倒れそうになったので、アルトリアさんの肩を支えた。
そんな様子を見て、サリアがアルトリアさんに言う。
「ダメだよ? アルトリアさん。アルトリアさんは傷が治ってても、体力は回復してないんだから。誠一に運んでもらって!」
「はあ!? そ、そんな恥ずかしいことできるか!」
「でもさっきまでそうやって運んでもらってたんだよ?」
「うがああああああ! そ、それはオレが気を失ってたからで……!」
「と・に・か・く! アルトリアさんは誠一に運んでもらって!」
「だから――――」
「却下!」
頑なに俺に運んでもらうことを拒否するアルトリアさんだったが、サリアの珍しく真剣な物言いに気圧され、最終的には深く大きなため息を吐いた。
「う、うぅ……はぁぁぁ……。分かったよ……分かりましたよ! 大人しく運ばれればいいんだろ!?」
「うん!」
アルトリアさんの回答に満足したサリアは、笑顔で頷いた。
「じゃあ誠一。さっきみたいに運んで!」
「おお、それはいいけど……」
ふと視線をアルトリアさんに向けると、頬を赤く染めながら、上目づかいで睨んできていた。
「し、仕方なくだからなっ! 誠一もそこを間違えんなよ!?」
「え? は、はあ……」
よく分からんが、運ばせてもらえるなら、気が変わらないうちに抱きかかえてしまおう。
そう思った俺は、最初と同じように軽々とアルトリアさんをお姫様抱っこした。
「うぅ……」
そんなアルトリアさんは、俺の腕の中で顔を真っ赤にしている。この人、見た目凄い美人だけど、こういうところが可愛いよな。口に出したら殴られそうなので言わんけども。
地味に情けないことを思いつつ、再びテルベールに向けて足を動かし始めた俺たちは、しばらくの間沈黙が続いた。
別に、気まずいわけでもないんだけど、アルトリアさんがずっと俺の腕の中で顔を俯かせているので、声をかけていいのか迷っていたら、結局無言が続いてしまったのだ。……これを気まずいというのかもしれないけど。
唯一元気なサリアは、俺とアアルトリアさんの様子を見てはニコニコしていたり、時折見かける蝶などを追いかけては、はしゃいでいた。
そんなわけで、必然的に無言が続く中、その沈黙を破るようにアルトリアさんが唐突に口を開いた。
「……悪かったな」
「え?」
いきなり謝られた俺は、間抜けな声しか出すことができなかった。
つか、なんで俺謝られたんだ?
そんなことを思っていると、アルトリアさんが小さく言う。
「……その……オレの不幸に巻き込んじまって……」
「え? あ、ああ。そんなことは――――」
「そんなことじゃすまねぇんだよッ!」
いきなり声を荒げたアルトリアさんに、俺は思わず体を強張らせた。
サリアは一人で勝手にあちこちを走り回っており、アルトリアさんの声が届いていない。
「オレは……! 下手すりゃお前たちが死んでしまうような状況に巻き込んだんだぞ!? それなのに……そんなことですむわけねぇだろ!?」
「……」
これは……うん。軽い気持ちで答えた俺が悪いな。
アルトリアさんの気持ちがよく分からないけど、アルトリアさんにとって、今言っていることの内容は譲れない部分なんだろう。
黙ってアルトリアさんの言葉に耳を傾けていたが、突然アルトリアさんは小さく何かを呟き、何もない空中に出現した半透明な板を俺に見せてきた。
「……これがオレのステータスだ。見てみろ」
「え、でも……」
「いいから。……まあ、薄々気づいてるかもしれねぇけどよ」
押し付けられたアルトリアさんのステータスを、アルトリアさんを抱きかかえたまま何とかして確認することに成功した。
するとそこには、とんでもないステータスが書かれていた。
≪アルトリア・グレム≫
種族:人間
性別:女
職業:戦士
年齢:19
レベル:123
魔力:100
攻撃力:5000
防御力:3824
俊敏力:4200
魔攻撃:345
魔防御:2221
運:-2000000【災厄を背負う者】
魅力:測定不能
「!?」
あまりのステータスの内容に、俺は絶句する。
魅力が測定不能なのは、普通に理解できる。アルトリアさん、スゲー美人だし。
レベルが123もあって、俺のステータスからかけ離れているという点についても、ショックではあるが、まだ許容範囲内だ。
でも……この運の数値は何だ?
マイナスの数値なうえに、俺の運を軽々と超えてやがる。しかも、その隣にはよく分からない称号のようなものまで表示されてるし……。
頭の中でいろいろ考えていると、アルトリアさんが寂しそうに説明する。
「運の数値……とんでもないだろ? それ、その横に書いてある【災厄を背負う者】ってやつの効果なんだよ」
「災厄を背負う者?」
「そうだ。生まれた時から、その呪いはオレにかかっていた。効果は単純。運の数値にマイナスが付く……ただそれだけだ」
それはつまり、アルトリアさんの運がマイナスになってしまうということか……。
もし、この呪いがなかったら、アルトリアさんは俺以上の運を持っていることになる。
どうして……。
そう思っていると、アルトリアさんはそんな俺の心情を察してか、教えてくれた。
「ま、オレも何でこんな呪いがかかってんのかは分からねぇんだよな。この呪いのおかげで何度死にかけたことか……。それに、オレが死にかけるならまだいい。耐えられないのは、オレの周りにいるヤツらにまでオレの呪いの被害が出てしまうことだ」
「……」
「テルベールは、そんなオレの事情を知ってる、とあるヤツのおかげで町全体に特殊な結界が張ってある。おかげで付近にいる人間に迷惑をかけることはあっても、町全体を不幸にすることはなかった。だから、オレは基本、テルベールから離れることはない。他の街に行けば、それだけで周りを不幸にしちまうからな……」
アルトリアさんにとって、呪いというものは、自分に対する不幸なんかじゃなくて、周りが不幸になることなんだ……。
そう気づいたとき、俺はあまりの理不尽さに怒りが込み上げてきた。
何で、こんなに優しい人が、辛い思いをしないといけないのか……。
「だからよ。みんなオレを避けるんだ。確かに悲しいけどよ、それ以上にオレのせいで周りを不幸にしちまうことの方が……もっと悲しいんだよ」
「……」
「オレの呪いを解く方法はねぇ。結界を張ったヤツも、オレのためにいろいろ探してくれたんだけどな。結局見つからなかった。だから、これから先も、オレは周りを不幸にし続けるだろう。オレは、この世界にとって、不要な人間なのさ。そして、そんなオレの不幸に、お前たちを巻き込んじまって……本当に……悪い……」
アルトリアさんはそこまで言うと、顔を俯かせた。
本当に俺はバカだった。ここまで深刻に悩んでいたってのに、まったく気づくことすらできず、挙句の果てにはアルトリアさんを傷つけてしまった。そんなことって軽い気持ちで答えた俺を、殴り飛ばしてやりたい。
不謹慎かもしれないが、結果的にアルトリアさんのことを知れて、嬉しかった。
依頼を受けているときは、どこか近寄りがたい雰囲気を出していたし、その理由を知ることさえできなかった。
でも、こうしてアルトリアさんの抱えていたことを知ることができた。
そして、そんな事情を打ち明けてくれたアルトリアさんに、俺は一つ伝えたい。
それが、どこまでアルトリアさんの心を助けることになるのかは分からない。もしかしたら、助けるどころか、また傷つけてしまうかもしれない。
それでも、どうしても伝えておきたいのだ。
「アルトリアさん。俺は、アナタと出会えたことが決して不幸だなんて思いません」
「……え?」
「もちろん、俺だけじゃなく、サリアも同じ気持ちなはずです」
「……」
「確かに、今回のように一つ間違えば死んでしまうような出来事に巻き込まれました。でも……生きてます。俺もサリアも……無事です」
「!」
「無事ですけど、大変でもありました。でも、それ以上に、アルトリアさんが俺たちの試験監督になって過ごした時間は、そんな大変なことを帳消しにして有り余るくらい、素敵な時間でした。楽しい時間でした」
「……」
「アルトリアさん。アナタは俺たちが不幸になってしまうと言いましたよね?」
「……」
俺がそう問いかけると、アルトリアさんは顔を俯かせたまま、小さく頷く。
「不幸か幸福かなんて、結局その人次第なんですよ。その人が不幸だと思えば、それは不幸になるし、逆に周りからどれだけ哀れに見えても、本人が幸せを感じているのなら、それは幸福なんです。そして、俺とサリアにとって、アルトリアさんと過ごしたことは――――決して不幸なんかじゃなかった。これは、アルトリアさん自身が何と言おうとも、絶対に譲りません」
「……っ」
「アルトリアさん。アナタは決して要らない人間なんかじゃない。だから……もう、自分を貶めるようなことは、言わないでください」
「……」
そこまで言い終えた後、アルトリアさんはずっと俯いたまま、俺の方に顔を向けなかった。
怒らせてしまっただろうか? 傷つけてしまっただろうか?
でも、今言ったことは、俺の本心だ。だから、絶対に伝えたかった。
俺とアルトリアさんの間を、再び沈黙が支配していると、今まではしゃいでいたサリアが駆け寄ってきた。
そして、俺が抱えているアルトリアさんに近づく。
「アルトリアさん! ぎゅーっ!」
「!」
サリアは、アルトリアさんに近づいたと思ったら、俺の腕からアルトリアさんを抱きかかえ、そのままギュッと抱きしめた。
「アルトリアさんが、不幸に思うなら、私がその分幸せにしてあげる! だって、こんなに優しい人が、不幸だなんて間違ってるもん!」
「……はは」
俺はサリアの言葉に、思わず笑みがこぼれた。
さっきまではしゃいでいたのに、なんでサリアはアルトリアさんの抱えているモノをこうも簡単に見抜いてしまえるんだろうか?
やっぱり、人間とは違って、野生動物ならではの鋭い洞察力があるんだろうか?
なんにせよ、サリアはどこまでも人を癒すことが得意だよな。自覚なしでやってるところが凄い。
抱きしめられたアルトリアさんは、その間もずっと無言で、顔を俯かせていた。
そのあとは、特に会話をすることはなかった。
でも、その沈黙は、最初の沈黙とは違い、どこかゆったりとした沈黙だった。
黙々と歩き続けていると、とうとう王都テルベールの門にまでたどり着いた。
「……ん?」
たどり着いたのはいいが、何やら門の周辺が騒がしい。
「何かあったのかな?」
サリアも騒がしいことに気づき、そう訊いてくる。
俺も分からないので、一緒に首を捻っていると、見知った顔が俺たちの方に気が付き、そして驚きの表情を浮かべ、駆け寄ってきた。
「おい、誠一! それに、サリア嬢ちゃんとアルトリアも!」
「あ、クロード」
駆け寄ってきたのは、テルベールの兵士でもあるクロードだった。
クロードは、何やら必死の表情で駆け寄ってきたかと思うと、一気に詰めよってくる。
「お前ら、今までどこ行ってやがった!? 心配したんだぞ!?」
「へ?」
あまりの剣幕と質問の内容に、思わず間抜けな声を出してしまう。
「スライムを倒しに行ってから、3日も帰ってこないしよ……本当に何してやがった!」
「ち、ちょっと待ってくれ!」
俺は一度クロードを静止して、頭を働かせる。
今、クロードはなんて言った? 3日も帰ってこなかったって言わなかったか?
「な、なあ、クロード。俺たち、スライムを倒しに行ってから、1日しか経ってないよな?」
信じられないと思いつつ、思わずそう訊いてしまう。
だが、そんな質問に、クロードは眉を寄せて答えた。
「何言ってやがる。3日経ってるって言っただろうが」
「「「……」」」
クロードの言葉に、俺もサリアもアルトリアさんも言葉が出なかった。
つまり、あの迷宮で過ごしている間に、外では3日も経っていやがったのか……。
呆然とする俺たちの様子を見て、クロードも何かを察したのか、最初の勢いが消え、今度は安心した表情を浮かべた。
「よく分からねぇが……とにかく、お前らが無事でよかったよ。今から、お前らの捜索に行こうかと思ってたところだ」
「え?」
そ、捜索だと?
「クロード。もしかしてだが、俺たち3人がいなくなっただけで、あの門の周辺にいる人間集めて捜そうとしてくれてたのか?」
ありえないと思いつつもそう訊くと、クロードはなんてことない様子で言ってのけた。
「当たり前だろ? 知り合いがいなくなったら、誰だって心配するし、捜すだろ」
「「「……」」」
再び俺たち3人は呆然とさせられた。
普通、知り合いでもいきなりいなくなったからといって捜したりはしない。
それだというのに、クロードたちは俺たちを捜すために集まってくれていた。
言葉を失っている俺たちの前で、クロードは集まっていた人間に大きな声で告げた。
「おーい! 3人とも帰ってきたぞぉ! お前ら、集まってくれてありがとうな!」
クロードの言葉を聞いた人たちは、みんな安心した様子で、俺たちに向かって次々と言葉をかけていった。
「おお! それは良かった!」
「心配したんだよ?」
「今度からはいきなりいなくなったりするんじゃねぇぞ」
みんな、笑顔で俺たちにそういうと、そのまま門の中へと帰って行った。
「さて、お前らが無事に帰ってきたことだし、俺も仕事しますかねぇ」
クロードも、背を伸ばしながらそう言う。
そして、何か思い出した様子を見せると、俺たちに言った。
「あ、そうそう。お前らのこと、ギルドの連中も心配してたぞ? 早く帰って顔見せてやれよな」
それだけ言うと、クロードも門の方へと歩いて行った。
今さらだけど、誰も俺がアルトリアさんをお姫様抱っこにしていることにツッコミを入れてこなかったな。
唖然としながらも、俺たち3人は手続きを済ませ、門の中へと入った。
顔を見せようとギルドに向かう道中、街の人々がアルトリアさんを見ては、安心した表情を浮かべ、何人かは俺がアルトリアさんを抱きかかえていることに疑問を抱いているかのような表情を浮かべていた。
そんな周りの人たちの表情を見ながら歩いていると、いつの間にかギルドに到着していた。
妙なことに、いつものようにギルド内から叫び声などは聞こえないが、どこか慌ただしい雰囲気が感じられた。
首を傾げながらもギルドに足を踏み入れると、いつもの様子との違いに俺たちは再び唖然となる。
「おい、情報はあったか!」
「いや、相変わらずだ」
「新情報だ! 何でも3日前、アルトリアたちが戦ってたスライムが突然消える現象を目の当たりにしたヤツがいるらしい」
「私も、多くの幼女と触れ合い、情報を集めたが……おススメのお菓子屋しか分からなかったよ」
「「「普通に情報集めろ!」」」
「……すいません」
いや、何人かはいつも通りだが、それでもみんなの表情は真剣で、あちこちで書類のようなものを見たりしていた。
普段との差に、驚きを隠せないでいると、今まで真剣な表情で紙と睨めっこしていたガッスルが俺たちに気づいた。
「ん? お、おおお! アルトリア君! 誠一君! サリア君!」
ガッスルの声を聞き、一斉に俺たちの方へと視線を向けた。
「心配したんだぞ! どこに行ってた!」
俺たちの元へ駆けよったガッスルは、真剣な表情でそう訊いてくる。
「いや……俺たちもよく分からないんだ。なんか……転移魔法がばら撒かれてたらしく、それを踏んだアルトリアさんと一緒に、俺たちは変な迷宮のような場所にいたんだ。それで、まあ帰るためにいろいろと頑張って……こうして帰ってきたってわけだ」
かなり大雑把に説明したが、ガッスルはそれほど内容を気にした様子を見せず、心底安心した様子を見せた。
「そうか……よかった。どうやらアルトリア君は無茶をしたようだが……」
「……」
俺に抱きかかえられたアルトリアさんを見て、ガッスルはそう呟く。
そして、今度は俺が、疑問に思ったことを訊いた。
「それで、さっきから気になってたんだが……みんな何してんだ?」
「ん? ああ、彼らはみんな、君たちを捜すためにいろいろと情報を集めてくれていたんだよ」
「え? ど、どうして?」
思わずといった様子でそう訊くと、ガッスルは逆に首を傾げた。
「どうしてって……それは、仲間が消えれば、みんな捜すからに決まってるだろう?」
何当たり前のことを訊いてるんだと言わんばかりに、ガッスルは呆れた様子でそう言った。
さっきから呆然としっぱなしの俺たちの元に、他の場所で情報を集めていたらしいエリスさんがやって来た。
「ガッスルさん。こっちは……って、アルトリアさん!?」
俺たちに気が付くと、凄いスピードで駆け寄ってきて、ガッスルを思いっきり跳ね除けた。
「大丈夫ですの!? 誠一さんに運んでもらっているようですけれど……」
「あ、ああ。無事だ」
今まで無言だったアルトリアさんがそう返すと、エリスさんは安心した様子を見せた。
「よ、よかったですわ。本当に無事で……」
目尻に涙をためながらそう言うエリスさん。
本当に、俺たちはみんなに心配されていたようだ。
俺たちの安否を確認したガッスルは、ギルド内にいる全員に言い放った。
「みんな! アルトリア君たちが帰ってきたぞ! ははははは! 私の筋肉も歓喜しているッ……!」
ガッスルの一言がきっかけに、全員大きな歓声を上げた。
「よかったなぁ! これで心置きなく盗撮できるぜ!」
「うむ、無事で何より! 今日はその祝福に、張り切って王城の前で裸になってくるとするかな!」
「私は幼女たちとこの喜びを分かち合うとしましょう!」
「おい、お前ら! アルトリアたちが帰ってきた祝いに、このギルド壊そうぜ!」
「「「おいバカやめろッ!」」」
一瞬にして、己の欲望をぶちまけ始め、さっきまでとはまた違うカオスな空間がギルド内を支配した。
エリスさんはなんかむさ苦しいオッサンを鞭で叩き上げてるし、ガッスルは机の上でマッスルポーズを次々と決めている。
そんな混沌としたギルドを唖然と見るしかない俺たちだが、一つ、分かったことがある。
黒龍神の過去を見ても思ったが、人間はやっぱり欲望に塗れた生き物なんだろう。逆に、欲望がないと、人間じゃないとも言えるかもしれない。
特に、今俺たちがいるギルドは、その欲望に忠実なヤツらが多い。
人間は、汚くて、醜い生き物かもしれない。
でも、それ以上に……優しくて、温かい生き物なんだろう。
この人の温もりを、地球にいたころの俺は拒絶してきた。
賢治や翔太たちが俺のことを気にかけてくれていたのに、それを拒絶したんだ。
それは、とても寂しいことだったんだな。
人間は一人で生きられないわけじゃないけど、それはどんなに寂しいことか。
人の温もりを拒絶して、辛い思いをした俺は、アルトリアさんには同じ思いをしてほしくない。
俺の腕の中で、未だに呆然としているアルトリアさんに俺は言った。
「アルトリアさん。アナタが不幸にしてしまうという人たちは……みんな幸せそうですよ」
「……」
「アナタは、アナタが思っている以上に大切な人間なんだ。こんなにも、温かい人たちに囲まれてる。ちょっと、欲望に正直すぎな気もしますけど……」
「…………」
「もっと周りを信じてください。頼ってください。自分一人で抱え込まないでください。周りを見てください。……アナタの帰りを、喜んでくれる人がいるんです」
「………………」
「アナタは不幸なんかじゃない。言葉にするのは恥ずかしいですけど……アナタは愛されているんですよ」
「っ」
「もう一度言います。アナタは不幸なんかじゃない。そして――――≪災厄≫なんかじゃない」
「!」
「優しくて、世話焼きで、姉御肌で、ちょっとしたトラブル体質なだけです。俺も、サリアも……おそらく、このギルドにいる全員が、アナタの体質なんて気にしていませんよ。みんな、全部ひっくるめて、アナタというそのものが大好きなんです」
「……」
「アナタが不幸にしたと思ってる人たちは、アナタのおかげで、巻き込まれた不幸以上に――――幸せなんですよ」
「――――」
何とか、言葉にして伝えようとしたが、本当に難しい。
相手に気持ちを伝えることが、こんなにも難しいだなんてな……。
うまく言葉にすることができず、アルトリアさんに気持ちが伝わったかどうか考えていると、突然アルトリアさんは俺の腕から抜け出し、ギルドの外へと走り出ていった。
…………。
え?
「ちょっ! 何で!? に、逃げたのか!?」
あまりにも突然だったので、俺の反応はビックリするほど遅れた。
つか、なんで!? 俺、気に障るようなこと言ったかな!?
その場で思わずオロオロしていると、サリアが俺に向かって言う。
「誠一! アルトリアさんを追いかけて!」
「ええっ? で、でも……」
「大丈夫! 誠一の気持ちは伝わってるから。ねっ?」
どして女性って強いんだろう。本当に、男の俺が情けなるよ。
でも、サリアのおかげで、ごちゃごちゃ考えていた頭がすっきりした。
何も考える必要なんてない。アルトリアさんを追いかける。ただ、それだけじゃねぇか。
「分かった! ちょっと行ってくる!」
「うん! いってらっしゃい!」
サリアに見送られ、俺はアルトリアさんを捜すべく、ギルドの外へと駆け出したのだった。