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宝箱と大進撃

「かはっ……!」


 オレ、アルトリア・グレムは大きく吹っ飛ばされ、壁に叩き付けられていた。

 そのまま力なく壁からずれ落ちるオレを、巨大な漆黒のドラゴンが見下ろす。


『フン。人間にしてはなかなか頑張った……と、褒めるべきか?』

「はぁ……はぁ……くっ……!」


 ドラゴンの言葉に、オレは何か言い返す余裕すらなかった。

 体全体が悲鳴を上げ、今にもぶっ倒れそうだ。

 それでも……死ぬわけにはいかねぇんだ……。

 血だらけになった体を、それでも無理やり動かすオレを見て、ドラゴンは少し目を見開いた。


『ふむ……思った以上にしぶといな……。気が変わった。ただ殺すのではなく、我の糧としてくれよう』

「あ?」


 糧? 一体何を――――。

 意識が朦朧とする中、ドラゴンの言っている意味がまったく理解できなかった。


『ではさっそく……』


 よく分からないまま、漆黒のドラゴンは鋭い牙と、常に炎が覗く口をオレに近づけてきた。

 糧って……ああ、なるほど。どうやら、オレを喰うつもりらしい。

 でもよ……死ぬわけにはいかないって言ってるだろうが……!

 オレは朦朧としていた意識を気合で覚醒させる。


『む』


 すると、再び闘志が宿ったオレの瞳を見て、ドラゴンは驚く。


「この技……好きじゃねぇんだけどな……!」


 オレの得物である『大地の戦斧』を力強く握ると、オレの二つ名……『災厄』に由来するある技を発動させた。


「――――ぉぉぉぉおおおおおおおおおお!」

『!』


 オレの体に、膨大な闘気が宿っていくのを感じられる。

 それと同時に、オレの中の理性の部分が、どんどん消えていくのも朧気に感じていた。

 オレの『災厄』という二つ名は、もちろんオレの体質的な部分も大きく関係しているが、今発動させた技こそ、真の意味でオレを『災厄』たらしめている所以だった。

 オレ自身の呼び寄せた『災厄』に対抗するために編み出した技だが、一時的とはいえ理性が消失し、周囲へ多大な被害を与える……。

 その結果、呼び寄せた『災厄』以上に、オレ自身が『災厄』と化す技だった。我ながら、本末転倒の技を作ったなと思う。

 まあ、おかげで今までの災厄は乗り越えられてきたわけでもあるんだがな。

 それに、今は周りにドラゴン以外誰もいない。だからこそ、思い切り暴れられる……。


「『災厄狂乱体カラミティ・ベルセルク』……!」


 理性が完全に消えたのを最後に、オレの体から膨大な闘気が噴出された。


『これは……』


 何も目に入らない。

 何も耳に入らない。

 何も考えられない。

 


「があああああああああああああああああああっ!」

『!?』


 オレは、暴れ狂う。

 ただ、それだけだ。


◆◇◆


 俺こと柊誠一は、宝箱を瞬殺してしまったことからすぐに立ち直り、ドロップしたアイテムを回収していた。


「うーん……今回はステータスが書かれた球体もスキルカードらしきものも残ってるなぁ」


 サンドマンの時は、スキルカードなどはすぐに俺の体内へと吸い込まれていた。

 今回はステータスが表示されている球体も、スキルカードもすぐに俺の体内へと吸い込まれることはなく、その場に残っている。すぐ吸収されるものとされないものって、一体何が基準なんだろうか?

 考えても答えは出ないので、すぐ作業に戻る。


「まずはスキルカードから……」


『スキルカード≪全言語理解≫』

『マジックカード:空間魔法・極』


「いろいろ凄そうだなぁ」


 HAHAHAHAHA! もうこの手のチートには慣れちまったぜ! しかしなぜだ。なぜこんなにも虚しいんだッ……!

 お決まりになりつつあるチートスキルの内容を、俺は確認することなくそのまま俺の体内へと取り込んだ。スキルの確認はアルトリアさんと合流してからって決めたしな。

 てか意外だな。もうちょっとスキルとか手に入ると思ったんだけど……。

 そんなことを思いつつ、今度はステータスの表示された球体を手に取った。


『魔力:50000』

『攻撃力:0』

『守備力:0』

『俊敏力:50000』

『魔攻撃:50000』

『魔防御:0』

『運:0』

『魅力:50000』


「宝箱に負けたああああああああ!」


 魅力が……魅力がッ……!

 俺の魅力って宝箱にすら劣ってるんでしょうか!? つか、魅力値5万って! 高すぎだろ!?

 それより、全体的なステータス! 物凄く偏ってね!? 魔法特化だな! 魔法も物理も防御力は皆無だけども!

 しかし……さすがアスリート走りをしてくるヤツは一味違うな。速さも異常だぜ。

 非常にどうでもいいことを思いつつ、ステータスの球体を体内に取り込む。


「さて……お次は『宝箱の生涯』か」


 地面に落ちていた冊子を手に取り、表紙を見る。


『宝箱物語』


「お前もか!」


 ゼアノスに続いて二度目だよ!

 ということは、また表紙の下のほうに……。


『ノンフィクションです』


「だからそれは物語じゃねぇ!」


 この冊子を出現させてるやつ、フィクションとかノンフィクションの意味を分かってんの!? 誰か知らんけども!

 連続してツッコミどころ満載のアイテムに俺が騒いでいると、サリアが俺に訊いてくる。


「あ、森でも読んでたね。同じやつ?」

「え? あ、いや。今回は内容が違ってると思うぞ?」

「そうなの? じゃあ読んでみて! 私、聞いてみたい!」


 無邪気な笑顔でサリアがそう言うので、特に断る理由もない俺は、そのまま『宝箱物語』を朗読し始めた。


『宝箱とは、ある出来事によって、魔物化したユニークモンスターである』


 ……ん? ユニークモンスターって何だ? 直訳すると、唯一の魔物みたいな意味になるけど……まあいいか。


『初めは、ただ荷物を入れ、運ぶための箱としてとあるパーティーで活用されていた。その頃は、自我もなく、本当にただの道具として存在していた。しかし、ある有名な冒険者たちが、高難易度のダンジョンから持ち帰った道具……≪アイテムボックス≫により、その存在意義は一変した』


 へぇ……アイテムボックスって、道具として存在したんだ。どんな見た目か想像もつかないけど。

 だから、アルトリアさんも普通にアイテムボックスを使ってたのかな?


『アイテムボックスの能力は、容量を気にすることなく、無限に道具を収納できるといったものであり、収納した物の重ささえ、まったく感じさせない素晴らしい道具だった。それに比べ、宝箱は収納できる量も限られ、そのうえ重く、かさばるといった不便な点が数多く存在した。それでも、宝箱を所有していたパーティーは宝箱を使い続けた。大きな理由としては、難易度の高いダンジョンに潜り、アイテムボックスを回収するしかないということだった。しかし、そんな点も、有名な魔術師によって解決してしまう。それは、アイテムボックスを量産する術を発見したのだ。この技術により、アイテムボックスは瞬く間に人々の間で使われ、いつしか宝箱の存在意義はなくなっていた』


 なるほど……アイテムボックスって、今では簡単に手に入る代物なんだ。そのうち、サリアにも買って渡せば、いろいろと便利かもしれないな。

 確かに……アイテムボックスの便利さを考えれば、宝箱は必要なくなるよな……。


「宝箱さん……」


 サリアの方向に視線を向けると、サリアは悲しい表情を浮かべていた。

 何というか、純粋なんだな。野生で生きてきただけあって、感受性も俺たちより強いのだろう。素直に自分の気持ちを表現できるって、凄く素敵なことだよな。

 そんなことを思いつつ、朗読を続ける。


『そして、とうとう宝箱を使い続けていたパーティーも、アイテムボックスを活用するようになった。使用価値のなくなった宝箱は、不要とされ、捨てられた。自分はまだ頑張れる。まだ、働ける。そう声にだしたいと思ったと同時に、初めて宝箱に自我が生まれた。だが、すでにパーティーはその場から去り、宝箱は一人ぼっちになった。自分に気づいてもらうため、声を出す努力もした。すると、いつの間にか宝箱は声が出せるようになっていた。それでも、誰も気づかない。寂しい夜を過ごし、切ない朝日を眺め、宝箱は人に必要とされるときを待ち続けた』


 宝箱おおおおおおおおおおおお!

 お前ってヤツは……! なんて健気なんだ!

 そして、宝箱のお前に、そんな過去があったのか……! スルーしようとしてゴメンね!?


『長い年月待ち続けたが、そのときはこなかった。その事実に宝箱は悲しくなった。時代の流れに飲まれ、不要とされる存在となった自分に。世の理不尽さに、打ちひしがれ、絶望しているときだった。宝箱は、ふと思いつく。誰もが不要だと切り捨てるのなら、自分がどれだけ使えるかをアピールすればいい、と』


 宝箱が思いつくようなことじゃねぇ!


『そこで、宝箱はまず、自分が捨てられた理由を考えた。アイテムボックスは、容量を気にすることなく収納できるという点。そして、その重さがまったく感じられないという点。これらに視点をあてた宝箱は、空間魔法を極めた。結果、宝箱にどれだけモノを収納しても、重さを感じることなく、無限に収納できるようになった』


 宝箱スゲー! もう宝箱の領域を完全に超えてやがる!


『最後に宝箱はアイテムボックスと違い、かさばるという点を改善しようとした。しかし、どう頑張っても形として存在しないアイテムボックスに、宝箱は太刀打ちできるわけがない。そんなハンデを覆すため、宝箱はまず手足を生やすことにした』


 何で!? 何で手足を生やそうと思ったの!? 関連性がまったく見えてこない!


『手足の生えた宝箱は、自分で動ける上に、魔法を行使することもできるため、かさばることのない自衛手段を持った、ハイテクな宝箱へと進化したのだ』


 そういうことかっ……! 確かにスゴイ! スゴイけど……努力の方向性がおかしくね!?


『動けるようにも、しゃべれるようにもなった宝箱は、人間たちに自分を売り込みに行くことにした。だが、出会う人間すべてに、攻撃され、宝箱は受け入れてもらうどころか、完全に拒絶される存在へと進化してしまった』


 完全に自業自得と言い切れないところが辛い……!


『希望を失った宝箱は、それでも人間に必要とされることを求め、あらゆる場所を彷徨い続ける。いつか、宝箱を使っていたパーティーと過ごした日々のように、人の温もりを感じ、笑いあえる日を求めて……』


 ここで、『宝箱物語』は終了し、『宝箱の生涯』のページとなっていた。

 ………………。


「濃い過去だったな……」


 俺は遠い目をしながらそう呟く。虐められてたとはいえ、俺が地球にいたころでここまで中身の濃い人生を送っていたとは思わないぞ。


「宝箱さんも、大変だったんだね」


 サリアもしんみりとした様子で呟く。

 捨てられるモノの気持ちなんて考えたこともなかったけど、世の中にある切り捨てられたモノのいくつかは、まだ人の役に立てるようなものがあるのかもしれないな。

 要らなくなっても、工夫ひとつで大変身することだってあるわけだし。

 まあ、要らないモノばかりをため込みすぎるのもよくないんだけど。

 一人結論を出した後、アイテムが入ってあるだろう宝箱に目を向ける。


「……宝箱から宝箱って……マトリョーシカかよ」


 思わずそうツッコんでしまう。

 宝箱を開けてみると、金が入っているだろう袋と、指輪が一つ、出てきた。


「金はこのままアイテムボックスに入れるとして……指輪か」


 摘み上げた指輪には、綺麗な紫色の宝石が埋め込まれていた。

 とりあえず、効果を確認するために鑑定のスキルを発動させる。


『不幸の指輪』……伝説級装備品。宝箱の無念が込められた指輪。装備者の運に-2倍の補正。


「どこがレジェンド!?」


 全然いい効果じゃねぇじゃん!? 運にマイナスの補正って! 俺が装備したら、超不幸になっちまうよ!?

 なぜ、この装備品を伝説級にしたのか、俺にはまったく分からない。

 ただ、宝箱の悲しい過去を知ってしまったせいで、捨てるに捨てられない。

 ……装備しなければいいんだから、アイテムボックスに放り込むか。

 一生使うことのない指輪を仕舞い、一息つく。


「ふぅ……とりあえず、全部回収し終わったな」


 辺りを見渡してみるが、取り残しはなさそうだ。


「……って、休憩してる場合じゃねぇ! アルトリアさんと合流しねぇと」

「でも誠一、一度きた道を戻らないと、この先は行き止まりだよ?」


 サリアの言う通り、宝箱と遭遇した場所は、それ以上進めそうな道はなく、一旦引き返す必要性がありそうだった。


「そうだ、一応アルトリアさんのいる方角だけでも知っておくか」


 そうすれば、分かれ道の時とかその方角に進めばいいわけだし。

 俺は、アルトリアさんから渡された、『指針石』をアイテムボックスから取り出した。

 だが――。


「……なあ、サリア。指針石って赤色だったっけ?」

「え? 銀色だったと思うけど……」

「だよな……」


 取り出した指針石は、アルトリアさんから渡されたときの銀色ではなく、なぜか赤く光り、点滅していた。

 サリアも俺が取り出した指針石の様子がおかしいことに気づき、サリア自身が渡された指針石を取り出していた。


「あ、私のも……」


 サリアの渡された指針石も、俺の渡された指針石と同じように、赤色の光が点滅を繰り返していた。


「これは……どういうことだ?」


 最初は確かに銀色だったはず。それが、今は何かを警告しているかのように赤い光を点滅させ続けていた。

 サリアとともに、どれだけ考えても理由が分からない。

 そんなとき、俺はふと思いついた。


「そうだ! この指針石を鑑定してみれば、何か分かるかもしれない」


 もともと、指針石の効果は、アルトリアさんから簡単に説明されただけなのだ。だから、知らない効果があってもおかしくはない。

 早速鑑定のスキルを発動させ、理由を調べた。


『指針石』……所有者の魔力を流し込んだものを他者に渡すことによって、所有者のいる方角が分かる。所有者の身に危険が迫っていると、赤く輝き、その危険を他者に知らせる。


「「アルトリアさあああああああん!?」」


 ヤバいじゃん!? アルトリアさんがピンチってこと!? のんびりしてる暇ねぇよ!


「ちょっ……アルトリアさんどこ!? どの方向に進めばいいの!?」

「わ、分からない!」


 突然知らされたアルトリアさんのピンチに、俺もサリアも焦る。


「そ、そうだ! こういうときの指針石じゃないか!」


 すぐにアルトリアさんの場所へ行くために、指針石を使う。

 すると、指針石は浮かび上がり、近くの壁にぶつかった。

 …………。


「そうだったああああああああああ!」


 指針石ってアルトリアさんの場所まで導いてくれるんじゃなくて、方角を示してくれるだけじゃないか!

 最初に同じミスをし、たった今もその効果を確認したばかりだというのに、こんなミスをしてしまうのは、それだけ俺も焦っているということだ。


「チクショウッ! この壁が……この壁があああああああああ!」


 俺は、指針石のぶつかった壁を全力で殴った。

 ズドォォォォォォオオオオオオオオオン!!!!


「…………」

「…………」


 俺とサリアは、たった今起こった出来事に呆然としていた。

 だって、壁を全力で殴ったら、壁が消えたのだから。

 …………。


「…………はい?」


 壁殴ったら、簡単に壊れたんですけど……。いや、壊れたっていうか……消し飛んだ?


「ええぇ……俺、どんだけ化け物なんだよ……」


 あまりの威力に、驚きを通り越して呆れてしまう。

 目の前の壁を貫通し、その先にある壁までもが俺の拳圧で吹っ飛んだのだ。

 こんなに簡単に壁が壊せたんなら、最初からアルトリアさんとはぐれることなかったんじゃね? まあ、分断されたときに今みたいに殴ってたら、アルトリアさんに被害が行くんだろうけど……。

 頬を引きつらせ、軽い自己嫌悪に陥っていると、サリアが俺の背中を叩く。


「誠一スゴイ! これでアルトリアさんのところに行けるよ!」

「え?……あ」


 そうだよ! サヨナラ人類の威力に泣きたくなったけど、今はその力のおかげでアルトリアさんの場所まで行けるじゃないか! チート万歳!


「サリア! 全力で突っ走るから、ちょっと抱きかかえるぞ!」

「うん!」


 サリアと俺のステータスじゃ、圧倒的に俺の俊敏力のほうが高い。

 なので、俺がサリアを抱え、そのままスキル『刹那』を発動させて、アルトリアさんの場所まで移動することにした。

 抱きかかえる方法はいくらでもあるが、手っ取り早くお姫様抱っこの形でサリアを抱きかかえる。

 ……お姫様抱っこなんて、する機会ないと思ってたんだが……。人生何が起こるか分からないな。まあ普通に生きてても、お姫様抱っこなんてしないと思うけど。


「んじゃ、しっかり掴まれよ……。俺も、全力で走るのなんて初めてだから、どんな速度が出るか分からねぇ」

「分かった!」


 サリアの返事を聞き、俺はスキル『刹那』を発動した。

 瞬間、俺とサリアは消えた――――。


◆◇◆


「ぅ……」


 オレ――――アルトリア・グレムは、血塗れのまま、力なく地面に倒れていた。


『……恐ろしい小娘だったな……』


 そんなオレを、ドラゴンは見下ろす。

 ダメ……だった……。

 オレの全力は、目の前のドラゴンに通じなかった。

 それを証明するかのように、ドラゴンには傷一つない。


『人の世にも、我をここまで驚かせる者が存在したとは……長い年月生きているが、まだまだ何が起こるか分からんな』


 ドラゴンが何かを言っているが、耳に入ってこない。

 もう、意識を保つのがやっとの状態なのだ。

 骨は折れ、血を吐き出していることを考えると、内臓も潰れているだろう。

 全力で暴れまわり、何としてでも誠一たちを無事に帰すつもりだったが……。


「……はぁ……はぁ……かはっ……」


 ぼやける視界と、自分の荒い息遣い耳にしながら、気づけばオレは涙を流していた。

 生まれてからずっと不幸続きのオレは、自分の体質のせいで周りを巻き込まないように努力してきた。

 呼び寄せる災厄に対応するために、力も手に入れた。

 それなのに、オレの力は足りなかった……。

 思い返してみれば、誠一たちと過ごした短い時間で、オレは何度笑っただろうか。

 長い間、人を不幸にし続けたオレが、忘れていた笑顔を……。

 あの二人の試験監督を引き受けて、今では本当によかったと思っている。

 忘れていた感情を、思い出すことができたんだから。

 だからこそ、そんな二人を自分の力不足で無事帰すことができないことに、オレは悔しくて涙が出た。

 オレは他人を巻き込んで、それを救うことさえできない。

 結局オレは、『災厄』なんだ――――。


『とにかく、やっと大人しくなったな。これで、遠慮なく喰える』


 ドラゴンの巨大な咢が、ゆっくりとオレへ近づいた。

 もう、ちっとも体が動かねぇ。

 誠一……サリア……悪ぃな。


「お前らを……オレの不幸に巻き込んじまって――――」


 思わず口に出たその言葉。

 すべてを諦め、涙を流す瞳を閉じた時だった。


 ――――――――ォォン………………。

 ――――――ォォォン…………。

 ――――ォォォォン……。

 ――ォォォォォン!


『……ん? 何だ……?』


 突然、地響きにも似た音が、徐々に音を大きくし、部屋一面に響き渡った。

 気が付けば、部屋が大きく振動し始め、天井から小石が何個も落ちてくる。


『な、何なんだ!? 何が起こっている!?』


 ドラゴンも、予測不能の事態らしく動揺していた。

 そんなドラゴンの声を聴きつつ、霞む視界のなか、オレは確かに見た。


 …………ォォオオオオオオン!!

 ……ォォォォオオオオオオオン!!!!


 オレが入るために使った扉が――――。


 ズドォォォォォォオオオオオオオオオン!!


 ――――消し飛ぶ光景を。


『と、扉が吹っ飛んだだとぉぉおお!? 一体何が――――へぶっ!?』


 ドラゴンの言葉は続かなかった。

 なぜなら、消し飛んだ扉の方角から、一閃……何かが思いっきりドラゴンにぶつかったからだ。

 ドラゴンの巨体は、信じられないことに大きく吹っ飛び、壁へと激突していた。

 そして、ドラゴンにぶつかった正体は――――。


「スピード出しすぎて止まれなかった……! でも、何かにぶつかったおかげで止まることができたぞ!」

「ねぇ誠一。そのぶつかったのって、生き物だったんじゃない? 声が聞こえたよ?」

「え、マジ!? だ、誰か知らんが……スミマセン!……よし。謝ったし、大丈夫だろ。うん」


 お姫様抱っこされているサリアと、それを抱える誠一だった。


◆◇◆


 俺、柊誠一は内心焦っていた。

 いや……まさかあそこまでスピードが出るとは思わなかったから……。

 だって、気が付けば俺のまったく知らない場所にいるんだもの。Oh、ミステリー!

 いや、でも冗談抜きでマジでビビった。

  計測すると、俺ってどれくらいのスピードが出てるんだろうか。

 それに、サリアが言うには、自分でブレーキが掛けられなかったスピードを止めたのは、何かの生き物だったらしい。

 ……凄いスピードでぶつかったけど、生きてるよね?……いや、現実逃避だって分かってるけども。

 そんなことを思っていると、何かに気づいたサリアが、驚きの声を上げる。


「あ!」

「どうした?」

「あれって……アルトリアさん!?」

「!?」


 サリアの指さした方向に視線を向けると、そこには血だらけになり、横たわるアルトリアさんの姿があった。


「アルトリアさんっ!」


 俺は急いでアルトリアさんに駆け寄った。

 すると、アルトリアさんは、弱弱しい声で言う。


「ハハ……悪ぃな。誠一、サリア……。無事に……帰してやるつもりだったんだけどよ……」


 力なくそう告げるアルトリアさんに、俺もサリアも絶句する。

 この人は、どこまで他人に優しいんだ……。


「誠一! まずアルトリアさんの傷を!」

「ああ!」


 俺はアルトリアさんを抱きかかえると、アイテムボックスから最上級回復薬を取り出した。

 そして、それをアルトリアさんに飲ませようとしたときだった。


「っ! 誠一、後ろ!」

「え?」


 サリアの叫び声が聞こえ、すぐに後ろを振り向くと、目の前に灼熱の炎が迫っていた。

 突然のことに、俺の固有スキルである『心眼』が発動しているにもかかわらず、どう対処すればいいのか頭が回らなかった。

 サリアは、俺も避けると思っていたのか、すでに炎の及ばない位置で俺のことを見て、目を見開いて驚いている。


「誠一っ!?」


 サリアの悲痛な声が聞こえるが、それより俺は、反射的に目の前のアルトリアさんを護るため、自分の背中を炎に向け、アルトリアさんをかばう形で抱き寄せた。

 そして、俺の背中に業火が浴びせられた。

 凄まじい熱気が、俺とアルトリアさんを包み込む。

 尋常じゃない熱を背中に感じながら、俺はアルトリアさんの負担を少しでも和らげるために、回復薬を飲ませた。

 全部飲み終えると、アルトリアさんはさっきよりしゃべれるようになったが、それでもまだ弱い声で叫ぶ。


「バカ……野郎っ。何で……避けないんだ……!」


 避けなかったんじゃない、避けられなかったのだ。

 スキル『心眼』も発動しているのに、頭が真っ白になったからだ。

 頭が真っ白になった一番の理由は、突然の攻撃に対処できるだけの場数を俺が踏んでいないということだろう。

 これだけでも、俺が未熟だということが分かる。

 それでも、アルトリアさんは守らなきゃって反射的に体が動いたんだよな……。

 アルトリアさんの言葉に、俺はフードの下で苦笑いするしかなかった。

 でも、いつまでも攻撃を受けておくつもりはない。

 咄嗟の判断はまだできないが、その後の行動は、いくらでもとれる。

 傷は回復したとはいえ、気力は回復していないアルトリアさん。

 そんなアルトリアさんを抱きかかえたまま、俺はサリアのいる位置まで一足で移動した。


「誠一っ!」


 サリアが叫びながら駆け寄ってくる。

 サリアにアルトリアさんを渡すと、離れた位置にアルトリアさんを寝かせた。


「誠一大丈夫!? 燃えてるよ!?」

「イケてるだろ?」

「ううん、熱そう!」

「……」


 まあ、そうだろうね。

 それより、あれだけの業火の中にいたにもかかわらず、ローブだけが燃えて、服が燃えていないことを考えると、羊さんの用意したローブは、俺の知らない何かしらの効果が付与されていたのだろう。何の効果も付与されていないって言ったのに。

 どうせ、何の効果もないローブだと思わせて、俺の反応を見て楽しんでいたに違いない。

 だが、そのローブもどうやらダメになってきたようだ。

 ローブの端々が、徐々に燃え広がり灰になっていくのが見えたからだ。

 スキル『吸収』を発動させ、ローブの炎を吸い込もうとしたが、なぜか吸収することはできなかった。

 それに、水属性の魔法で自分に使って火を消そうにも、威力の調整ができない今、とてもじゃないが自分には使えない。それで自滅とかシャレにならん。

 幸い、ローブが燃えているだけなので、ローブを脱ぎ捨てて炎からやっと解放された。


「……誠一……?」


 背後で、アルトリアさんの呆然とする声が聞こえる。

 たぶん、ローブを脱ぎ捨てたことによって、露わになった俺の黒髪を見て、何か思ったのだろう。

 視線を背後に向けると、アルトリアさんは今の一言を呟いて気絶したようだった。


「サリア、アルトリアさんの介抱を頼む」

「分かった! 誠一も頑張ってね!」

「おう」


 サリアの声援を受け、俺は炎を放った相手に向き直った。

 そこには、漆黒の鱗に身を包んだ、巨大なドラゴンがいた。

 赤い目でこちらを睨み、口から灼熱を噴出させている。


『人間め……また我の邪魔をするか……!』


 どうやら俺たちにご立腹らしい。なぜだ。俺、何かした? しかも、『また』って……何? 邪魔されるの二度目なの? ドンマイ。

 ただ、アルトリアさんを痛めつけたのも、このドラゴンだと思う。

 言葉は通じるが、話し合いは無意味だろう。


『許さん……絶対に許さんぞッ! 生きて帰れると思うなよ、人間……!』


 ほらね?

 内心ため息を吐きながら、俺は【憎悪渦巻く細剣ブラック】と【慈愛溢れる細剣ホワイト】を抜き放った。


「そうかい……なら、アンタを倒して皆で帰るさ……!」


 そして、そう宣言すると同時に俺はその場から駆け出した。

 アルトリアさんが俺たちのために戦ったように、今度は俺が、アルトリアさんのために戦う番だ。

 みんなで帰るために――――。

誠一の速さの説明を変更しました。

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― 新着の感想 ―
毎回戦闘になる度に名前しか知らん魔法に頼って「えぇ〜!?」ってやるの、いい加減自分に何が出来るか、どこまでならやれるのか現状を把握する必要があるって事を学んで欲しい。そして新規に得たスキルなんかの確認…
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