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転移魔法

「いや~、本当にまいっちゃいますよね! 確かに規則を破って人間界に行ったことは悪いとは思ってますけど、それ以上にしっかりと任務を完遂させてきた俺達ってすごくないですか? まあ、正式な任務じゃなくて俺たちの独断なんですけど。でもでも、有益な情報を手に入れてきたりもしたわけですから、今回の件は当然おとがめなしですよね? ハイ、ウソです、ゴメンナサイ。軽いジョークを言ってみただけです。猛省しているので許していただきたいッ!」


 魔族軍第三部隊隊長直属の『ヴィクティム』のリーダこと、俺――――ベル・ジゼルは全力で土下座をしていた。

 そんな俺の目の前には、俺たちを冷ややかに見下ろす女性。

 妖艶さを感じさせる長く艶やかな紫の髪。アメジストを思わせる瞳と透き通るような青白い肌。男なら思わず鼻の下を伸ばし、女なら嫉妬せずにはいられないようなプロポーションを誇っている。

 露出の激しいドレスに身を包んだ状態で足を組んでいるので、、いろいろときわどい。

 こんなにも凄まじい色香を放つ目の前の女性こそ、俺たち『ヴィクティム』を抱える魔族軍第三部隊の隊長――――レイヤ・ファルザー様だ。

 服装も大胆で凄い美人。そして色気ムンムンのレイヤ様だが、俺たちはそんなレイヤ様のある秘密・・を知っている。


「ずいぶんと舌の回る口ねぇ……少し黙ってなさい」

「ハハハハ、一体何をブヘッ!」

「「べ、ベルさあああああああん!」」


 突然レイヤ様から放たれた、レイヤ様だけが扱える『気体魔法』で作られた空気の鞭により、俺は激しく吹っ飛ばされた。

 すぐに仲間であり、家族のような存在でもある太っているテリーと、ヒョロッとしたボスコが俺に駆け寄ってきた。


「べ、ベルさん! マズいですよ!」

「レイヤ様の機嫌が悪い……!」

「ということは……ああ……またなのか……!」


 テリーとボスコの言葉に思わず俺は天を仰いだ。レイヤ様の機嫌が悪い理由に思い当たる節があるからだ。

 二人に起こしてもらいながら、小声で話す


「……これで何人目だ?」

「確か……666人目ですよ……」

「……縁起悪すぎるだろ……」

「それ以上に凄い人数だな……」

「ある意味勇者ですよね……俺達魔王軍なのに……」

「それは……」

「「「……笑えないな……」」」


 コソコソと会話を続ける俺たちをよそに、レイヤ様は憎々しげに独り言を呟いていた。


「何なの、一体……! 私の何がダメだっていうのよ!? 今度こそ、絶対に運命の相手だと思ったのに……!」


 レイヤ様の秘密……それは、凄まじい色香を放っているにもかかわらず、キスすらしたことのない穢れなき乙女ということだった。

 彼氏が今までいなかったわけではない。それこそ、666人は付き合っているのだ。さらに言えば、その全員が魔族の中でもイケメンの連中だ。

 レイヤ様は絶世の美女と名高いのだから、それ自体は何ということでもない。

 それなのに、レイヤ様が秘密を抱えざる得ないのは――――


「また、部屋に連れて行ったのか?」

「そうみたいですね……」

「なんで部屋に連れていくんだ? あの人は……。部屋に連れて行ったら逃げられる事くらいいい加減理解してほしい……」


 レイヤ様が彼氏たちと別れる理由。それらの全てはレイヤ様の部屋にあった。

 レイヤ様の部屋は、拷問道具しか置かれていない。三角木馬なんて物は常備されてるし、一体何に使うのか疑問に思うような血まみれの鉄の棒などが普通に置いてあるのだ。

 そんな部屋に連行されてみろ。耐えられるか?

 そして何より面倒くさいのが、レイヤ様は見た目や雰囲気に反して乙女チックな思考回路の持ち主であり、いい雰囲気の自室で彼氏と一夜を共にしたいのだとか。

 ……拷問道具がある部屋に、ムードが果たして存在するのかと訊かれれば沈黙せざる得ないのだが。


「マズいマズいマズいわ……! このままじゃ……生涯独身!?」

「だ、大丈夫ですよ! レイヤ様の色香があれば、どんな男性もイチコロですよ!」

「じゃあ何でフラれるのよ!」

「気休めでした!」


 ここで本当のことを言ってしまえば、俺たちは亡き者にされていただろう。


「ふぅ……少し取り乱したわね……。それで? 一応あんた達が人間界に行っていた理由を訊いてあげようかしら?」


 一旦落ち着いたレイヤ様は、再び凍てつく視線を俺たちに浴びせつつ、そう言った。

 だが、これはチャンスだ。ここでしっかりと俺たちの作戦を伝えることができれば、レイヤ様からのお仕置きも軽減されるはず……!


「実はですね……俺たちが人間界に行った理由は、設置型の『転移魔法』をばら撒いてきたからなんですよ」

「転移魔法……?」


 転移魔法とは、一度行ったことのある場所まで一気移動することができる魔法である。

 その場所までの距離が遠ければ遠いほど、魔力の消費も大きくなるのだ。

 そんな中でも、俺たちが今回作戦に使用した転移魔法は、その場ですぐに発動させるものとは違い、必要な魔力だけを流し込み、地面に設置することでその転移魔法が発動しない限り持続させることのできるタイプだった。


「そんなモノ設置してきて、一体何がしたいのかしら?」

「それはですね……人間側の戦力を少しでも多く削ろうと思ったんですよ!」

「ふぅん……なるほどね……それで? 一体どこへ転移させるようにしたのかしら?」


 詳しい説明をしていないのに、レイヤ様は一瞬で俺達の考えを見抜いてしまった。この人、本当に有能だよな。彼氏いないけど。

 とにかく、俺たちが頑張って転移魔法陣をばら撒いた理由は、その上を通過した冒険者や商人たちを強制的にあらかじめ登録しておいた場所まで転移させ、俺たちが直接手を下すことなく殺してしまうといった作戦だった。

 そして、その人間たちを葬り去るために選んだ場所は――――


「魔族軍が誇る最強戦力にして、二大龍神の一体、『黒龍神』様のおられる【黒龍神の迷宮】です!」

「それはまた……」


 レイヤ様は、俺の言葉を聞いて目を見開き驚く。

 黒龍神様は、今現在力を取り戻してる最中である魔王様を除けば、魔族軍で最強と呼ばれるほどの強者だ。

 黒龍神様と並ぶ、『白龍神』様も最強の一角であるのだが、今回は圧倒的な強さという点から黒龍神様のダンジョンを選ばせてもらった。


「知ってのとおり、黒龍神様は普段ダンジョンという縛りがあるため、人間界に直接行くことができません。唯一、その縛りから解放できる魔王様も本来の力を取り戻されていない……なら、人間を直接送り込んでしまえばいいんじゃね? という結論が出ました」

「最後が軽いわね」


 いや~……こんな素晴らしい案が浮かぶだなんて、俺って天才!


「まあいいわ。大方の理由は理解できたし。でも、いくらあんた達が魔族軍で一番無駄で邪魔な部隊だったとしても、数少ない魔族軍の戦力であることには変わりないのよ? それ、わかってるのかしら?」

「あれ? 俺達って必要とされてるんですよね?」

「…………」

「まさかの無言!?」


 酷くね? 無駄で邪魔って言われたんだぜ? そのくせ貴重な戦力でもあるらしいぜ? 出来ることなら前半の言葉を撤回してもらいたい!


「はあ……あんた達の馬鹿さ加減にはうんざりなんだけど?」

「レイヤ様。俺とテリーは馬鹿じゃありません」

「そうですよ。ベルさんだけが馬鹿なんです」

「お前ら酷くね!?」


 ボスコとテリーのまさかの裏切りに俺は驚いた。こいつ等、後でシメる……!


「とにかく、あんた達が転移魔法を設置してきたことはわかったわ。それで、一体何個設置してきたのかしら?」

「100個ですね」

「少なっ」

「えええええええええ!? そ、そんな……」

「す、少ないですか!?」

「あんなに苦労して魔力を流し込んだのに……」


 レイヤ様の無慈悲な一言により、俺たちはその場で崩れ落ちた。


「一体どこの国にまで行って来たの?」

「えっと……ウィンブルグ王国の首都、テルベールですね」

「私、その距離からなら【黒龍神の迷宮】までの転移魔法陣を軽く1000個は設置できるわよ」

「「「ナンテコッタ……!」」」


 これが……これが格差社会とでもいうのか!?


「いくらなんでもその物言いは酷すぎますよ! 一体俺たちの何がダメだって言うんですか!?」

「実力」

「チクショウ! 世知辛い……!」


 あまりにも端的に言い表されたので、これ以上俺たちは言い返すことができなかった。


「色々と言いましたけど、俺たちの作戦は伝わったってことでいいんですよね?」

「そうね。理解できたわ」


 俺たちはレイヤ様の言葉に安堵した。

 よかった……お仕置きだけは勘弁だったからな!

 そんな風に思っていると、突然レイヤ様はすごく魅力的でいい笑顔を浮かべた。


「でも、規律違反なのは間違いないんだから……オシオキね♪」

「「「のおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!?」」」


 ダメだった! せっかくお咎めなしで済むと思ったのに! 上げて落とされたよ!

 

「じゃあ、最初は軽く鞭打ち500回からいってみようかしら?」

「全然軽くないですよ!?」

「黙りなさい」

「理不尽だあああああああああああああああガフッ!?」

「「べ、ベルさああああああああああん! ギャッ!?」」


 その後、俺たちは地獄のお仕置きメニューをフルコースでいただきました。大変美味しゅうございました。

 ありとあらゆる拷問を受けきり、何とか生きているような状態の俺のことを勇者と呼んでくれ。

 そして、一つ重大なことを忘れていたことにも気づいてしまった。

 ……誠一のこと、伝え忘れた……。


◆◇◆


「んじゃ、今日が最後の試験――――討伐系だな」


 俺――――柊誠一は、街中を歩いている最中にアルトリアさんからそう告げられた。

 雑用と採取の試験も無事終了したので、今回の討伐系の試験をクリアできれば、俺とサリアは晴れて冒険者になれるのだった。


「討伐って何を倒せばいいの?」


 サリアが純粋な疑問をアルトリアさんにぶつける。


「気難しく考える必要はねぇよ。倒す相手はただのスライムだからよ。門から出ても、普通ならすぐに魔物と遭遇することはないんだが、今回はオレがいるからな。すぐに済むだろうさ」


 採取系の試験の時も似たようなことをアルトリアさんは言ってたな……どういう意味だろうか?


「んで、肝心の討伐するスライムは、特に縛りはねぇ。普通のスライムでもいいし、特殊なスライムを倒してもいい。とにかくスライム系統の魔物を10匹倒せれば試験終了だ。わかったか?」

「「はーい」」


 そんな返事をしつつ歩いていると、アルトリアさんは不意にサリアに訊く。


「気になってたんだけどよ……サリア、お前何で戦うつもりだ?見たところ武器も持ってないようだし……魔法を使うやつみたいに杖も持ってないしな」

「え?」


 いきなり質問されたサリアは、一瞬呆けた表情を浮かべる。

 あ、そうか。アルトリアさんはサリアがカイザーコングだってことを知らないんだった。しかも、登録の時も使用武器の欄に『己の拳』と書いてるとは思わないだろう。

 すると、何を訊かれているか理解したサリアは、無邪気な笑顔を浮かべ、拳を突き出した。


「これ!」

「…………」


 たっぷり時間をかけて、アルトリアさんはサリアの拳を凝視した。

 そして、俺に視線を向ける。


「なあ、誠一。オレの目には、拳しか見えないんだけどよ、何か特殊な装備品でも付いてんのか?」

「いや、その拳が武器ですよ」

「お前舐めてんの?」

「ええっ!? いや、本当ですって!」


 確かにサリアみたいな美少女が拳を突き出して、『これが私の武器です!』なんて言われても信じるわけがないことくらいわかるけども!でも……ゴリラなんだもん!


「んじゃあ、サリアは何か武術でも会得してんのか?」

「いいえ」

「……シバくぞ?」

「何で!?」

「何で? じゃねぇよ! 武術の心得もないヤツが拳突き出して『これが武器です』なんて言われて信じるわけないだろ!?」

「そこは慣れですかね」

「慣れでどうこうなる問題じゃねぇだろうがあああああああああ!」


 そりゃそうだ。でも本当なんだからどうしようもないじゃない。


「アルトリアさん、万が一サリアに何かあったとしても、全部俺が何とかしますから」


 まあ、基本的には全部一人で解決しちゃいそうだけどね。なんてったって、サリアのレベルは700超えてるわけだし。


「んなこと言ったって……! ……はあ。まあ、戦闘に得手不得手があることくらいわかってるけどよ……。今回はオレもいるし大丈夫だが、護身用にナイフくらい買っておけよな」


 どうやらアルトリアさんは、サリアは戦闘メインの冒険者になるつもりがないと誤解したらしい。

 そもそもスライム程度であれば、子供でも十分拳でも倒せるのである。レベルが高くなければの話だが。

 そうこうしていると、俺たちは門にたどり着いた。

 門では、外に出るための手続きをする必要があり、採取系でも同じように手続きをして外に出ていた。

 門番に一人にアルトリアさんが手続きをするために向かった後、見知った顔が俺たちに気づいき、やって来た。


「おお、誠一じゃねぇか!」

「ん? あ、クロード!」

「あ! クロードさん! 久しぶり!」


 近づいてきたのは、最初にこの街に入るための手続きをしてくれたクロードだった。


「元気にしてたか?」

「まあ、一応な。つか、それほど長い間会ってないわけじゃないだろ?」


 採取系の時には会わなかったが、それでも初めて会った日から、3日くらいしか経過していないはずだった。


「まあそうだけどよ。んで? 今日はどうした?」

「いや、ギルドの最終試験でよ。スライムを討伐するために手続きに来たんだ」

「……あいつ等に毒されてねぇだろうな……」

「失礼な! あんな筋肉バカと男色野郎とドSとドMとロリコンと露出狂に加えて精神異常者共と一緒にすんじゃねぇ!」

「犯罪者のオンパレードだな」


 実際に言葉にしてみると凄いね。まともなヤツが一人もいねぇ。今すぐギルドをどうにかする必要性さえ感じられるな。


「まあ、んなことはわかりきってることだからよ。今更なんとも思わねぇが……」


 うん、やっぱり早急にギルドに対する印象対策を施す必要がありますね。


「ギルドに入る前の試験、お前さんとサリア嬢ちゃんの監督を務めるのは誰だ?」

「アルトリアさんだよ~! ほら、あそこで手続きしてる、とっても綺麗な人!」


 サリアが指をさした方向にクロードは顔を向けると、驚いた表情をして再び俺たちの方に向き直る。


「アイツは……アルトリアじゃねぇか。本当にアイツが試験官なのか?」

「え? そうだけど……」


 俺がそう答えると、クロードは何かを考え込むような仕草をした。

 そして、優しげな表情を浮かべ、俺達に言う。


「アイツはちょっとワケありなんだけどよ……凄くいい奴だから、試験が終わってからも構ってやってくれねぇか?」


 なぜ、クロードがそんなことを言うのか俺には分からなかったが、一つだけ確かなことはある。


「よく意味がわからないけど……アルトリアさんがすごくいい人だってことは、短い間しか過ごしていなくてもよく分かってるよ」

「そうだね! もう私たちにとって、アルトリアさんは大切な人だよ?」


 そんな俺とサリアの答えを聞いて、クロードは満足そうに微笑んだ。


「そうか。ならいい」


 クロードが短くそう告げると、手続きをしていたアルトリアさんが戻って来た。


「待たせたな……ってクロードじゃねぇか」


 アルトリアさんはクロードに気が付くと、少し目を見開いた。


「おう。今、誠一たちと話をしてたところだ」

「あ?お前ら知り合いなのか?」

「まあ一応な」


 そうクロードは答えると、少し嬉しそうな表情を浮かべ、アルトリアさんに言う。


「何はともあれ……アルトリア、いい奴らに出会ったな」

「はあ?」


 突然そんなことを言われたアルトリアさんは、困惑する。


「いや、大したことじゃねぇから気にすんな。……お前らも、最後の試験なんだろ? 怪我せず帰って来いよな」

「ああ」

「うん!」

「よし」


 クロードは満足げにうなずくと、その場から離れ、仕事に戻って行った。


「んだ?アイツ……」


 クロードの言葉の意味が分からず、アルトリアさんは首をひねっていたが、この後は特に何かあるわけでもなく、そのまま門の外へと出て行った。


◆◇◆


「さて……そんじゃあスライムの討伐を始めるぞ。……って言ったそばから早速来やがったか」


 門の外に出て、壁からだいぶ離れた位置でそんなやり取りをしていると、アルトリアさんが言った通り、一匹の半透明な生物、スライムが姿を現した。

 鑑定のスキルを使ってみると、レベルは3。初心者向けすぎるようなレベルだった。


「んじゃ、さっさと終わらせようぜ。もちろん一人10匹づつがノルマだからな?最初はどっちからする?」

「それなら俺から」


 そういいながら俺はスライムと対峙した。

 正直、このスライムに【憎悪渦巻く細剣ブラック】とか【慈愛溢れる細剣ホワイト】はオーバーキルな気がしてヤバい。

 俺も素手で倒した方がいいのかな?あ、でも魔法が使えるって書いたし、魔法で倒した方がいいかも……。

 そんな風にあれこれ考えていると、スライムはそんな俺にお構いなし、そのまま俺に突進してきた。


「おい誠一! 来るぞ!」

「うぇええええ!? ちょっ! 待って!」

「スライムに待ったかけるヤツがいるかっ!」

「いますよ! 少なくともここに!」


 どれだけ俺が必死に待ったをかけても、スライムはスピードを緩めてくれない。当たり前だけども。

 もう魔法を使うしかねぇ!もちろんここで最大魔法をぶっ放すような馬鹿な真似をするわけもなく、魔力の消費量の少ない弱そうな魔法を放つつもりだ。

 スキル『心眼』の効果でスライムがゆっくりと近づいてくるのを確認しながら、魔法を放とうとした時だった。


「え?」


 スライムの動きを遅く感じられる中、俺は確かに見た。

 それは、スライムの真下の地面の部分が突然輝き、心眼の効果を発揮しているにもかかわらず、何が起こったのか理解できないまま――――スライムは姿を消したことだった。


「あ?」

「あれ?」


 サリアもアルトリアさんも、いきなり消えたスライムに、首を傾げる。


「す、スライムが……消えた?」


 一体どういうことだ? 確かに俺に向かってスライムは突進してきていたはずだ。なのに、一体どこに……。

 全員目の前で起こった不思議な出来事に困惑する。

 そんな中で、アルトリアさんはすぐに気持ちを切り替え、俺達に言った。


「まあ、消えちまったもんはしょうがねぇ。他のヤツ探すぞ」


 確かにいつまでも消えたスライムを探していても仕方がないので、アルトリアさんの指示に従い、他のスライムを探すことになった。

 だが、このスライムが消える出来事が起こった後、スライムを探しては戦おうとした俺達だったが、それら全てのスライムは何故か一瞬で消えてしまった。

 最初のスライムを合わせて99匹ほどが、謎の消失の被害となっている。


「一体どうなってやがる?」


 アルトリアさんも、この事態に眉を顰める。

 俺は、スライムが消えるたびに見えた、地面が突然光る現象がどうも頭から離れなかった。

 何かアルトリアさんなら知っているかもしれない。一応伝えておくか。


「アルトリアさん」

「ん? どうした?」

「最初のスライムが消えた時からなんですけど、今までのスライムの全部が消える直前に、何故か地面が輝いていたんです」

「地面が……輝くだと?」


 俺の言葉を聞いて、アルトリアさんは考え込んでしまった。


「地面が……消える……。……まさか……」


 すると、いきなりアルトリアさんは俺たちの方に向き直り告げた。


「誠一、サリア。試験は中止だ」

「え?」

「どうして?」

「何故かはわからねぇが、転移魔法がばら撒かれてやがる」

「転移魔法?」


 アルトリアさんの言葉に、俺は首を傾げた。なんじゃそりゃ。


「転移魔法ってのは、あらかじめ登録しておいた場所まで一瞬で転移させることのできる魔法だよ。しかも、誠一が見たっていう地面が輝く現象から考えると、設置型だろうな」

「えっと……よくわからないんですけど、なんでその転移魔法とやらがばら撒かれてるんですか?」

「んなことオレが知るか! とにかく、一旦ギルドに戻るぞ。どこに飛ばされるかもわからないからな。調べる必要があるだろう。危険な場所じゃなけりゃいいんだが……」


 そう告げたアルトリアさんがその場から一歩踏み出した時だった。

 アルトリアさんの足元に、あのスライムを消した輝きが現れた。


「な――――」

「アルトリアさん!?」


 アルトリアさんは突然の事態に驚き、硬直してしまっている。

 そんな中で、俺は気が付いた時には、アルトリアさんに向かって手を伸ばしていた。

 アルトリアさんに向かって手を伸ばしたのは俺だけでなく、サリアも同じだった。

 俺とサリアの同時に伸ばした手が――――アルトリアさんに、届いた。

 そして、その場から俺とサリア、そしてアルトリアさんの姿が消えたのだった。


◆◇◆


「……ん?」


 まばゆい光に包まれた後、俺が目を開けると、そこは全く知らない妙な空間だった。

 薄暗く、洞窟のようにも思えるが、壁はレンガで作られており、雰囲気としては迷路のように思える。


「どこだ?ここ……」

「んなこと知るか」

「!」


 突然後ろから知った声がかけられ振り返る。


「誠一!」


 振り返ると、そこにはアルトリアさんとサリアの姿があった。


「サリア! アルトリアさん! 無事だったんですね?」

「ああ、まあな」


 アルトリアさんは俺の言葉に返事をしつつ、周りを見渡す。


「本当にどこだ? ここは……」

「アルトリアさんも知らない場所ですか?」

「ああ。全く知らねぇな」


 俺も、今いる場所が、今まで手に入れた知識の中でないか調べてみたが、結局見つからなかった。

 本当にここはどこだ?

 そんなことを考えていると、アルトリアさんが眉間にしわを寄せながら俺に言った。


「おい、誠一。なんでオレを追ってきた?」

「え?」

「サリアもそうだ。不測の事態に何で自分から飛び込んで来やがった? あの時、オレに触れてさえいなければ二人とも無事に帰れたかもしれないんだぞ?」


 どこか怒っているようにも思えるアルトリアさんの言葉に、俺もサリアも顔を見合わせた。


「誠一には前にも言ったが、危険を察知する力が冒険者には必要だって……。それなのに、こうして追ってきたのはどういうことだ? ふざけたこと抜かすと、たたじゃ済まさねぇぞ……」


 怒気を孕ませながらそういうアルトリアさんに、俺は素直に言う。


「えっと……気が付いたら、体が動いてたんですよ」

「…………は?」


 俺の言葉に、アルトリアさんは間の抜けた声を出す。

 すると、サリアも俺の言葉に続くように告げる。


「私もだよ。なんか、アルトリアさんを助けなきゃ! って思ったら、体が勝手に動いてたんだ!」


 サリアの言う通り、俺の体も勝手に動いていた。

 後先考えないで行動したことに間違いはないけれど、それ以上にアルトリアさんを助けないとという気持ちが強かったのだ。


「軽はずみな行動をしたとは思いますが、それ以上に俺もサリアもアルトリアさんを助けたかったんですよ」

「……」


 俺たちの言葉を受けたアルトリアさんは、しばらくの間俯き、黙ってしまった。


「……お前らみたいなヤツ、初めてだよ……」

「え?」


 よく聞こえなかったが、アルトリアさんが何かを呟いた後、いつも通りに戻ったアルトリアさんが俺たちに顔を向けた。


「まあ、ついて来ちまったもんはしょうがねぇ。んで、この中の全員が知らない場所に転移されちまったわけだが……ほらよ」

「え?」


 突然、俺とサリアはアルトリアさんに何かを投げ渡された。

 何なのかを確認してみると、銀色の石だった。


「そいつは『指針石』っていう名のアイテムだ。パーティーを組んでる冒険者には必需品のアイテムみたいなもんで、パーティーメンバーがはぐれた時のための道具だ」

「はぐれた時?」

「そうだ。その石に本来の持ち主……つまり、オレの魔力が込めてある。それを持っていれば、はぐれた時も、その石がオレの場所まで導いてくれるのさ。ま、導くって言っても、オレのいる方角を教えてくれるだけなんだが……」


 おお、スゲー。これがあれば、アルトリアさんとはぐれてもアルトリアさんのいる方角がわかるわけだ。


「とにかく、それをしっかり持っておけ。つか、それ以上にはぐれるなよ?」

「「はーい」」

「本当に大丈夫かな……」


 そんなやり取りを終え、アルトリアさんは早速出発することを告げた。


「んじゃ、まずはあっちの方角に行ってみるか」

「はい」

「うん!」


 そして、その場から一歩目を踏み出した瞬間だった。

 カチリ。

 物凄く、嫌な音が辺りに響き渡った。

 その音が出てきた場所は――――アルトリアさんの足元だった。

 アルトリアさんは、さび付いたブリキの人形のように俺たちの方に振り向く。


「……やべぇ。なんか踏んじまった……!」

「「アルトリアさああああああああん!」」


 俺とサリアがそう叫んだ瞬間、アルトリアさんと俺たちの間に、周りの壁と同じレンガの壁が出現した。

 つまり、俺達はアルトリアさんと分断されてしまったのだ。

 …………。


「いきなりはぐれちまったよ……!」


 どうすんの!? お互いはぐれないようにしようって言ったそばらかこのザマよ!


「そ、そうだ! こんな時のためにアルトリアさんがさっきあのアイテムを渡してくれたんじゃないか!」

「そうだね!」


 俺もサリアも早速さっき渡された『指針石』を取り出した。

 すると、指針石は突然浮かび上がり、ゆっくりとある方角へと進んでいく。

 そして、さっき俺達とアルトリアさんを分断した壁にぶつかった。

 …………。

 

「いや、そうだけども!」


 確かに目の前の壁が俺たちを分断したんだから、アルトリアさんはその向こう側にいることくらいわかるでしょうが!

 今俺が知りたいのは、どうやったらアルトリアさんのいる場所までたどり着けるかなんですけど!?


「チクショウ……!さっきはすごいと思ったけど、迷路みたいな場所じゃ全く使えねぇじゃねぇか……!」


 アルトリアさんがいる方角を示されても、行き方がわからなかったら意味ないだろ!?アルトリアさんにはそう教えられていたけれども!

 思わぬ欠点に頭を抱えていると、サリアが声をかけてくる。


「誠一、ここで止まってても仕方ないよ。あっちに道があるから、何とかしてアルトリアさんと合流しよう! 幸い、こっちはアルトリアさんの居場所がわかるわけだしね」


 サリアの言うことがまったくもって正しい。こんな場所でいつまでも嘆いていたからと言って、アルトリアさんと合流できるわけもないんだ。


「よっしゃあ! こんな洞窟みたいな場所はゼアノス以来だけどよ……とっととアルトリアさんと合流するために移動しますか!」

「うん!」


 今この場所にはアルトリアさんはいないので、思う存分力も使える。

 急いで合流するべく、俺もサリアもまずは目の前の道を全力疾走で駆け出すのだった。

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「誠一には前にも言ったが、危険を察知する力が冒険者には必要だって……。(略 スライムが突然消える現象を99回も目の当たりにしてやっと何かおかしくね?って感じ初めるB級冒険者が何か言ってる……。 大し…
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