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雑用

「それで、俺達は何をすればいいんですか?」


 俺とサリアは、それぞれ俺達の試験監督を務めてくれるアルトリアさんに自己紹介をし、街に繰り出していた。

 街は相変わらず活気にあふれており、ギルドとは違い、清々しい賑わいがあった。


「ああ、アンタ等がこなす依頼だがな……最初は雑用系の依頼を受けてもらう」

「雑用系……ですか?例えば、どんなのが……」

「そうだな……今回ガッスルの奴から渡されてるのは三つあるんだけどよ……」

「三つも!?」


 普通、試験なんだし一個なんじゃねぇの?

 俺の考えている事が見透かされたのか、アルトリアさんは苦笑いして答えた。


「まあ、ガッスルの奴が人気のない雑用系を一気に片付けられるチャンスだとでも思ったんだろうな」


 ガッスルの野郎め……!

 ガッスルってギルドマスターとしての能力は低そうなのに、どうしてそう言う所はちゃっかりしているんだろうか?今回だけなのか?


「それで、今回の依頼内容だったな……。取りあえず、『孤児院のお手伝い』と『廃墟の解体』、そして『犬の散歩』だな」

「……本当に雑用なんですね」


 犬の散歩って……自分でやればいいのに。嫌なら飼うなよ……。

 確かにどれも雑用と言っていい依頼だが、『廃墟の解体』ってのは何だろうか?雑用でやっていいモノなのか?


「アルトリアさん」

「あん?どうした?」

「『廃墟の解体』って……何するんですか?建て物を解体するのとかって、専門の人がやった方が安全に解体出来ると思うんですけど……」

「ああ、それなら大丈夫だろ。解体っつっても、ただぶっ壊すだけだしな」

「凄く雑なんですね」


 適当だな。流石異世界。普通、色々な段階を踏んで壊すもんだと思ってたよ。

 てか、ギルドに異常にモノを壊した言って叫んでる奴がいた様な……。そいつに任せれば、万事解決なんじゃねぇの?


「まあ、どんな依頼をするかはわかりました。それで、今どこに向かってるんですか?」

「ん?孤児院だよ」


 どうやら最初は孤児院のお手伝いからするらしい。

 これで、どんな依頼で、最初に何をすればいいのか分かった訳なのだが――――


「あの……何で俺達からそんなに離れてるんですか?」

「……」


 アルトリアさんは、何故か俺とサリアから一定の距離を保ったまま、近づいて来ようとしない。

 別に、近づいて欲しいとかそんな風に思っている訳ではないんだけど、なんと言うか……避けられてる気がする。

 それに、街に出て分かったのだが、街の人々はアルトリアさんを見ると、何故か距離を置いている。

 ……どう言う事?

 結局俺の問いには一切答えてくれず、何時の間にか俺達は孤児院のある場所に到着していた。


「ここが孤児院だ」

「へぇ、ここが……って教会?」


 そうアルトリアさんに示された場所は、このテルベールに到着して、街中を歩いていた時に見かけた教会だった。

 しかし……教会だと思ってたら、孤児院だったのか?

 そんな俺の疑問を解消する様に、アルトリアさんは丁寧に説明してくれる。


「確かにここは教会だけどよ、孤児院もやってんだよ」

「成程……ちなみに、この教会の宗教ってどう言うモノなんですか?」


 異世界に来て、一般常識の少ない俺は、なるべくこういった場面で情報を得ることにした。


「あん?知らねぇのか?ここは『ベルフィーユ教』の教会だよ」

「ベルフィーユ教……」


 どうでも良いけど、『ベ』を『ミ』に変換させるとミルフィーユになるね。美味そう。


「そのベルフィーユ教ってどんな教えなんですか?」

「それも知らねぇのかよ……。ま、単純に言えば、人だけじゃなく魔物も同じ生き物で、それぞれの命に優劣なんて無いってヤツだな。後、『愛ある者に奇跡あり。愛こそ平和の礎となる』……そんな教えを説いてたっけか?他人に迷惑をかけない愛こそが平和への第一歩なんだと」

「へぇ……ちなみに、それって神様を信仰してるんですか?」

「いや、実在した人物だよ」


 スゲェな。生きてた人を信仰するって……。こうして教会まで建ってるんだもんな。

 確かに神様はこの世界に干渉しないって言ってたし、そう言った意味では確実な信仰対象がいていいよな。

 それに、愛ある者に奇跡あり、か……。ゼアノスの例もあるし、絶対って訳じゃないんだろうけど、それでもこの教え通りなら色んな人が救われるかもな。つか、同じ人間とは思えない位崇高な考え方だよ。

 まあ、地球にラブ&ピースなんて言葉があった位だし、そう言った意味では異世界も地球も同じなのかもしれないな。

 そんな事を思っていると、サリアが目を輝かせながら言ってくる。


「愛かぁ……私は誠一を愛してるよ!」

「お、おう!?……お、俺もな」

「えへへへ!」


 不意打ち過ぎる……!

 でも、サリアはゴリラの時も、今の美少女の時も含めて純粋な好意を恥ずかしがる事も無く、素直に表現できるよな。そう言う所は、俺達人間にはあんまり出来ない事だ。野生で生きてきたサリアだからこその美徳だろう。


「あー、こんな場所で惚気んじゃねぇよ。見てるこっちが恥ずかしい」


 アルトリアさんにそう言われ、初めて人前で恥ずかしい事をしていたという自覚が湧いてきた。

 ただ、幸いなのが周りにはアルトリアさんしかいなかったという事位だろう。

 恥ずかしそうに頬を染めているアルトリアさんは、不意に遠い目をする。


「ま、オレは愛なんてモノとは一生無縁だろうけどな」

「え?」

「……何でもねぇよ。それより、とっとと行くぞ」


 アルトリアさんは俺達を置いて教会へと入って行った。


「うーん……なんか怒らせる事したかなぁ……」

「よく分からないけど……大丈夫だと思うよ」


 笑顔でそう言ってくれるサリアに俺は心を癒されるのだった。


◆◇◆


「ごめんなさいねぇ。今、募集してる人は一人だけなのよ」


 教会に入り、事情を説明すると、年配のシスターさんが俺達にそう告げた。

 しかし……これじゃあ一緒に依頼を受けられないってことだよな。


「何時もならここで働いてる若いシスターがいるんだけど……今、その子は違う用事で出かけててね。明日には帰って来るそうなのだけど、少し人手が足りなかったの。それで、一人だけ募集してたのだけれど……それに、今回の依頼も一人分のお金しか用意していないのよ」


 そんなところにやって来たのが、俺とサリアってわけか。

 こればかりは、新人にすらなっていない俺達に対処は無理なので、アルトリアさんに訊く。


「えっと……こう言う場合はどうするんですか?」

「あ?どうするって……受けろよ」

「それは分かってるんですけど……一人って事は、もう一人は別の依頼をしないと手持無沙汰になっちゃうわけじゃないですか。だから、その間に他の依頼を終わらせようとしても、試験監督のアルトリアさんは一人な訳ですし……」

「あー、そう言う事か。別にここの依頼を受ける奴に、試験監督なんざいらねぇよ」

「え?」

「ここでの依頼は特に危険な事も無いし、依頼中の態度なんかも依頼主に訊けば一発で分かる。だから、ここでの試験監督なんざお飾りなんだよ」

「そ、そうですか……」


 清々しい程バッサリと言い切るな、この人。

 でも逆に、これだけドライだと気持ちも楽になるよな。


「んで?どっちがここの依頼を受けるんだ?」


 ボーっとしながらそんな事を考えていると、アルトリアさんはそう訊いてきた。

 そして、話し合おうとサリアの方向に顔を向けると、サリアが楽しそうな表情を浮かべていた。


「誠一!私がやりたい!」

「え?でも……大丈夫か?」


 今の姿は人間とは言え、サリアは魔物である。人間の子供の世話なんて出来るんだろうか?

 内心不安に思う俺に、アルトリアさんが笑いを押し殺しながら言う。


「ククク……テメエ、自分の姿見てから言いやがれ。誰が見ても、この場面で一番適役なのはサリアじゃねぇか」

「……ですよねー」


 こんなローブ姿の男が子供の世話とか……色々無理があるよな。犯罪者臭しかしねぇ。

 それに比べてサリアなら、見た目も超美少女な訳だし、俺なんかより適役なのは明らかだった。


「分かった。それじゃあ、サリア。頑張れよ?」

「うん!」


 サリアが元気良く頷いたのを見て、年配のシスターさんは言う。


「そちらの可愛いお嬢さんに決まったのね?」

「私はサリアって言います。短い間ですが、よろしくお願いします!」

「あら、ご丁寧にどうも。私は孤児院の院長、クレア・ハスターよ。クレアでいいわ」


 このシスター院長だったのかよ。ガッスルとは違う意味でそうは見えない。なんと言うか……庶民的な感じがして、偉い人って感じがしないからだろう。


「よし、そんじゃあサリアは今日一日そこで頑張れ。誠一の試験を終わらせたら迎えに来るからよ」

「うん!」


 サリアの返事を受け、俺とアルトリアさんは孤児院を後にした。


◆◇◆


「えっと……次はどこに行くんですか?」

「そうだな……先に『廃墟の解体』を済ませちまった方が良いだろ。面倒事を後に残しておくと、色々とだるいしな」


 確かに、犬の散歩だったら何時でもできる。自分のペットなんだから、散歩位自分で行って欲しいけど……まあ行けない理由があるんだろうけどさ。

 依頼の事を考えつつ、街中を俺とアルトリアさんは移動する。

 その間もずっと、アルトリアさんは俺との距離を一定に保ったまま、近づいて来ようとしない。

 俺とアルトリアさんが歩いている街の地区は、建設中の建物が多く、大工さんのような人たちがちらほらと見かけられ、それぞれの家等を建てていっていた。

 お互いに無言のまま街を歩いていると、前から子供がこっちに向かって走って来ているのが分かった。

 その子供は、友達と鬼ごっこでもしているのか、全力疾走で走り、俺達の存在に気付いていない。

 すると、子供はアルトリアさんの前で勢いよくこけてしまった。


「うぅ……痛いよぉ……」


 こけた状態のまま、子供は泣き始める。

 こけた子供の膝が擦り剥け、俺から見ても非常に痛そうだった。

 こけてしまった子供を起こそうと、俺が近づこうとすると、アルトリアさんが子供を抱きかかえて起こした。


「おら、泣くんじゃねぇよ。男だろ?」

「うぅ……」

「あー……痛そうだな……ちょっと待ってな。今楽にしてやるからよ」


 アルトリアさんはそう言うと、恐らくアイテムボックスからだろうが、そこから緑色の液体が入った小瓶を一つ取りだした。

 異世界の人がアイテムボックス使えたのを見て、俺がアイテムボックスを使っても不自然じゃないんだな、なんて事をこの時は思った。

 ま、不審に思われる要素が無くなったのは嬉しいよな。

 アルトリアさんは取り出した小瓶に入った液体を、ハンカチに染み込ませ、丁寧に子供の膝に当てていった。


「イタっ!」

「我慢しろ。治してやっから」


 そして、少しの間ハンカチを子供の膝に当て続けていると、さっきまでの傷は綺麗に消えていた。


「ほら、もう大丈夫だ」

「わあ!お姉ちゃん、ありがとう!」


 恐らくさっきの小瓶に入っていたのは、回復薬か何かだったのだろう。回復薬って、飲まずに傷口に塗るだけでも治るのか……。

 それにしても、子供の怪我が治って良かった。俺もアイテムボックスから最上級回復薬を取り出して治すつもりだったしな。

 でも、アルトリアさんって見た目や口調と違って凄く面倒見がよさそうだよな。俺の質問にも律儀に答えてくれるし。

 アルトリアさんと子供の様子を眺めながらそんな感想を抱いていた時だった。


「あ、危ねぇ!」


 そんな悲鳴じみた声が、俺達の耳に響いた。

 何事かと思い、すぐに辺りを見渡すと、丁度アルトリアさんと子供のいる位置に、巨大な木材らしきものが倒れてくるのが分かった。

 ……って冷静に分析してる場合じゃねぇ!


「アルトリアさん!」


 俺はすぐに力を解放し、そのまま木材をどうにかしようと一歩踏み出そうとした時だった。


「はぁ……ダメだな、オレ……」


 そう小さく呟くアルトリアさん。

 子供は事態が把握できておらず、呆然としている。

 そして、アルトリアさんは俺の行動より早くその事態に対処した。


「フッ!」


 アルトリアさんは、倒れてくる木材を片手で軽々と受け止めると、そのまま木材に傷が付かないように丁寧に地面に下ろす。

 その動きは咄嗟の行動にしてはとても丁寧で、それこそ、初めからこうなる予感がしていたかのようにさえ感じられた。


「……もう大丈夫だ。とっとと行きな」

「あ……」


 アルトリアさんの言葉で正気に戻った男の子は、慌てた様子でその場から去ってしまった。


「す、すまねえ……大丈夫か?」

「ん。気にすんな」


 木材を落としたであろう大工の男性が、すまなさそうにアルトリアさんに謝る。

 アルトリアさんは、その謝罪を軽く受け入れた後、俺の方に振りかえった。


「ほら、とっとと行こうぜ?サリアを待たせる訳にも行かねぇだろ」

「え?あ、はい」


 どこか寂しげな様子のアルトリアさんに戸惑いつつも、俺は依頼先である廃墟へと向かった。

 終始無言で街を歩き、廃墟へと辿り着く。

 廃墟を前にして、俺はアルトリアさんに訊ねた。


「ここ……ですか?」

「……そうだな」


 俺達の前にある建物は、雨風に晒されて風化した、今にも崩れ落ちそうな一軒家だった。

 もし、綺麗な状態だったとすれば、住み心地もよさそうな、かなり大きめの家である。


「何でこんな状態に?」

「前の家主が死んで、その後手入れを面倒くさがった親族の連中がほったらかしにした結果らしい」


 勿体無い精神溢れる日本人からすれば、信じられないな。家の大きさから考えても、どこかの貴族だったのかな?手入れすれば絶対にいい家だった筈なのに……。

 しかし、ほったらかしにするって言っても限度があるだろう。家主は一体何年前に死んだんだ?


「それで、この家を完全に壊せばいいんですか?」

「そうだな。ま、今から指示を――――」

「じゃあ壊してきます」

「……は?」


 俺の言葉を受け、アルトリアさんは気の抜けた声を発していた。

 しかし、そんな様子に俺は気付かず、そのまま廃墟へと近づく。

 近づいてみて思ったが、やっぱりかなり大きな家だ。見た目は今にも崩れそうなのだが、ちょっと手で触れたレベルじゃ壊れることはなさそうだ。

 俺が力を解放すれば、簡単に壊せそうだな。

 勝手にそんな結論を導き出した俺は、偽装していた力を解放する。相手から見えるステータスは変わっていないし、雰囲気も変化していない筈なので、アルトリアさんも俺の化物のような力には気付いていないだろう。


「一体何を――――」

「えい」


 アルトリアさんの言葉を遮り、俺は非常に軽い掛け声とともに廃墟を支える柱の一本を軽く殴った。

 その刹那、俺が殴った柱は粉々に消し飛び、拳圧による衝撃波で粉々になった柱付近の壁も一気に吹っ飛んだ。

 ……うん、流石は怪物を職業にしているだけの事はある。まさか拳圧で壁が吹っ飛ぶとは思わなかったぞ。しかも、軽く殴って柱が消し飛んだし……。


「なっ!?」


 後ろでアルトリアさんが驚愕しているのが何となく想像できる。

 まあ……いきなり柱ぶん殴って、消し飛ばしてるんだもんな。目を疑うよね。

 そんな事を思っていると、アルトリアさんが正気に返ったのか、突然怒鳴る。


「おい、馬鹿野郎!」

「へ?」


 この時俺は、何故アルトリアさんが怒鳴ったのかを理解できていなかった。

 何せ、依頼をしっかり遂行している筈なのに、怒鳴られたからだ。

 しかし、この後に起こった出来事でその全てを悟る。

 俺が柱を吹き飛ばし、壁も粉砕したことで、今まで何とか持ちこたえていた家全体が崩れ始めたのだ。

 突然の事態に俺は呆然となり、体が動かない。

 ふと見上げてみれば、廃墟の屋根や天井の柱が俺に向かって降って来るのがスローモーションで確認できた。

 ……すっかり忘れてた。壊れやすいんだから、その分注意して壊さなければいけないという事に。

 避ける事も忘れ、俺はそんな事を考えてしまった。

 結果として、廃墟の瓦礫が一気に俺に襲いかかって来たのだ。


◆◇◆


「おい、馬鹿野郎!」

「へ?」


 オレ――――アルトリア・グレムは、目の前で瓦礫を前に呆然とする、今日知り合ったばかりのヤツに対して叫んでいた。

 しかし、オレの叫びも虚しく、そいつの上から無慈悲に大量の瓦礫が降り注ぐ。

 凄まじい音と、激しい砂埃が舞い、一気に視界が悪くなった。


「クソッ!」


 そう悪態を吐くと、瓦礫の山に駆け寄った。

 オレは自分の不甲斐無さに唇を噛みしめる。

 また、オレのせいで人が不幸になる……。もう二度と、誰も傷つけないと誓ったのに……。


「無事でいてくれ……!」


 今日知り合ったばかりでも、オレと関わったからには何が何でも無事に事を済ませるつもりだった。

 なのに……なのに……!

 心の中で激しい自責の念に駆られながらも、オレは視界の悪い中、近くの瓦礫をひたすらどけていった。

 しかし、必死で瓦礫をどかすオレの耳に、とんでもなく軽い調子の声が聞こえてきた。


「ぺっぺっ!うへぇ……口の中に砂が入ったじゃねぇか……」

「え?」


 その声は、紛れも無く目の前で瓦礫に埋もれた筈の知り合ったばかりの男――――誠一の声だった。

 誠一って……たった今、瓦礫の山に埋もれた筈だよな?

 そんな疑問が脳内を渦巻いていると、今まで視界を悪くしていた砂埃が晴れてきた。


「メッチャ焦った……まさか、俺に向かって瓦礫が降ってくるなんてなぁ」


 そして、砂埃が晴れた先には、ローブに付いた砂埃を手で払う、無傷の誠一の姿があった。


「え?いや……は?」


 思わず瓦礫をどかし続けていた手が止まる。

 オレは、目の前の光景が信じる事が出来なかった。

 オレに近づいた奴等は、全員オレの意思とは関係無く不幸になっていた。

 孤児院に着いた時は珍しく何のトラブルも無かったが、この廃墟に着いた時は、やっぱりオレは他人を不幸にするんだな、と思ってしまった。

 ボロボロの建て物は、壊すのが簡単な分危険も大きい。だからこそ、慎重に壊していく必要がある。

 それでも、どれだけ慎重に頑張ったとしても、完全に危険を回避する事は出来ない。

 これが、この廃墟に着いた時、また他人を不幸にすると思った理由だ。

 それに、オレに近づいて不幸になったヤツは必ずどこかを怪我をする。

 当たり前だが、体のどこかを怪我する事もあれば、心に傷を負わせてしまった事もあった。

 それなのに、目の前の誠一は傷一つ無く、それどころかローブに付いた砂埃を払う余裕さえあるようだ。

 だからこそ、目の前の光景が理解出来なかった。

 絶対に大怪我をしていてもおかしくない状況だというのに、傷一つ付いてねぇんだから。

 呆然と立ち尽くすオレは、無傷な誠一を見て、ある事に気付いた。

 それは、誠一の周辺だけ、誠一を避けた・・・・・・かのように瓦礫が一つも転がっていない事。

 こんな奇跡があるんだろうか?今まで不幸しか無かったオレが、初めて不幸中の幸いと言うモノを経験した瞬間だった。


「……って変に感動してる場合じゃねぇ!」


 今回は今までで有り得なかった奇跡が起こり、こうして誠一が無事だった訳だが、今後も勝手に行動して怪我をされても困る。

 そこで、オレはすぐに誠一に近づき、怒鳴りあげた。


「馬鹿野郎!指示も待たずに勝手に行動してんじゃねぇ!」

「え?」


 フードのせいで表情は分からないが、恐らく誠一は何故怒られているのか理解できていないのだろう。そんな雰囲気が伝わって来る。


「いいか!?お前が今こうして試験を受けて、なろうとしている職業は『冒険者』だ!常に危険と隣り合わせの仕事なんだよ!正直テメエが何をしたか知らねぇが、それを分かってんのか!?」

「それは……」

「それをオレの指示も待たずに勝手に行動しやがって……何かあってからじゃ遅いんだぞ!?」

「……」

「……いいか?『冒険者』になりたいんだったら、これだけは覚えておけ。『冒険者』に一番必要な能力は、最強の力でも膨大な魔力でもずば抜けた技術でもぶっ飛んだ頭脳でもねぇ。『危険を察知する能力』なんだよ」

「……」

「どんだけ凄いヤツでも、その能力が欠けてりゃあ簡単に死んじまう事もある。今回の廃墟を見て、簡単に壊せそうだと思ったろ?」

「はい……」

「その結果が、たった今テメエが体験した出来事だよ。臆病って言われても、慎重に安全な道を探す奴が一番凄いヤツなんだよ。……死んじまったら意味ねぇだろ?」

「……」

「まあ、きつく言ったけどよ。今回はオレが原因でもあるからな……」

「え?」

「……とにかく、次からは慎重に行動しろ。テメエにはサリアだっているんだ。テメエが思っている以上に、テメエの存在は大きい。自分の身も守れねェ奴が、大切な奴を護れると思うな。……すぐに慎重な行動が出来るとは思っちゃいねぇから、しばらくはオレも助けてやる」

「……はい、ありがとうございます。えっと……本当にすみませんでした」


 オレの言葉がしっかり届いたらしく、誠一はオレに対して頭を下げた。

 オレの意思と関係無いとは言え、こうして他人を巻き込む自分の体質が憎くてたまらねぇ。

 言いたい事を一気に言い終えたオレは、一息吐くと最後に小さく付け加えた。


「……まあ、その……なんだ。無事でよかった」


 本当に心から出たその言葉が、自分で言っておきながら妙に恥ずかしく、オレは思わず誠一から視線を逸らすのだった。


◆◇◆


 俺、柊誠一は、たった今アルトリアさんに言われた事をしっかりと胸に刻みつけた。

 確かに、俺の行動は不味かった。後先考えず、自分の力を使って簡単に終わらせようとした結果がアレだ。

 俺としては、自分の力を過信しているつもりは無かったのだが、無意識のうちに変な錯覚を覚えていたのだろう。

 スキルの時もそうだが、いくらステータスが凄くても、そのステータスに振り回されてたら意味が無いんだよな……。

 雑用系の依頼だって勝手にショボイモノだと思い込んでいたけど、その雑用に自分の未熟さを思い知らされた。

 でも、今回知ることができたんだから、俺は同じ過ちを繰り返さないためにも今後気を付ける事が出来る。

 それが分かった事でも今回の出来事は収穫があったと言えるけど、それ以上にアルトリアさんが本気で俺の事を考えて怒鳴ってくれた事が嬉しかった。

 今日知り合ったばかりで、俺やサリアには分からない何か事情を抱えているにもかかわらず、ここまで真剣に考えてくれるなんてな……。

 本気で叱られたのなんて両親が死んで以来だったため、なんと言うか……くすぐったかった。

 本当にこの人はお人好しなんだろう。

 だからこそ、何であんなに寂しそうな表情をするのか……どうして俺達から距離を置くのかが分からず、力になれない自分がもどかしかった。

 ……出来れば力を貸してあげたいんだけどな。

 そんな事を思いつつも、一応依頼となっていた廃墟を壊すことはできた。これで本当に依頼が完了なら、次は犬の散歩なんだけど……。


「えっと……依頼って完了したって事でいいんですかね?」

「まあ、解体っつっても、ぶっ壊すだけだしな。完了でいいと思うぞ」

「そうですか……アレ?そう言えば、この仕事を依頼した人って誰なんですか?それに、勝手に一人で壊しちゃった訳ですけど……他にもこの依頼を受けてた人っていないんですか?」

「ああ、それは国からの要請だ。それに、この仕事は誰も受託してなかったからな。それだけ面倒な仕事なんだよ」

「え?でも国からの依頼なんですよね?そんな適当でいいんですか?」

「いいんだよ。別に緊急の依頼でもねぇし、王族直々の依頼でもねぇからな。それにハッキリ言っちまえば、この廃墟を放置した所で困るヤツなんざいねぇんだよ。持ち主も放棄してる訳だしな」


 もう本当に適当だな。そんなので大丈夫なのか?

 内心そんな不安を抱いていると、アルトリアさんは付け加える。


「ま、一番の理由はギルド自体が国家からの干渉を受けない組織だからだな」

「国家からの干渉を受けない……ですか?」

「そうだ。こうして国に置いてもらっている以上、その国で大事な依頼は受けるが、それ以外は国に所属してる訳でもねぇからな。ギルドに身を置くんなら、覚えときな。ギルドは独立した『国』なんだ」

「国……」

「ああ。だから、国家間の争いごとなんざ、頼まれてもオレ達は一切関与しない。そう言った依頼は冒険者じゃなく、傭兵にするのが普通だしな」


 傭兵かぁ……。不謹慎かもしれないけど、響きとかはカッコイイよな。後強そう。


「お、そうだった……孤児院の手伝いは依頼主がシスターだから、しっかり報酬をその場でもらえるけど、今お前が達成した依頼の報酬は、今日最後にギルドに戻った時に渡す」

「あ、わかりました」

「そんじゃ、最後の依頼――――犬の散歩に行こうぜ」

「言葉にすると凄くショボイですね」


 ま、それでもどんな体験ができるかは分からないし、一概にショボイって決めつけられるわけでもない事がさっきの依頼で分かったんだけどな。

 そんなやり取りをして、俺達は最後の依頼がある場所へ移動した。

 その際、アルトリアさんとの会話は、廃墟に移動する時とは違いかなり多かった。

 このテルベールの街を簡単に案内してもらったりも出来て、本当に試験監督がアルトリアさんでよかったと思う。

 まだ、今回の依頼をすべて達成させても、採取系と討伐系が残ってる訳だが……。

 そんなこんなで移動をすると、やがて一つの豪邸前で俺達は歩みをとめた。


「ここだ」

「へぇ……ってここぉ!?」


 思わずそう叫んでしまう。

 いきなり凄い家の前で立ち止まったと思ったら、ここが最後の依頼の場所ですか!?

 驚く俺をよそに、アルトリアさんは軽く説明してくれる。


「ここら辺は、貴族たちが多く住んでる『上層区』って呼ばれる場所だな。そんで、最後の依頼をオレ達ギルドにしたのが、ここの家に住んでるアドリアーナ夫人だ。旦那さんが伯爵だから、粗相するなよ」

「ガ、ガンバリマス」


 思わずカタコト口調になってしまうと、アルトリアさんはそんな俺を見て、苦笑いをした。


「ま、そこまで緊張しなくて良いと思うぜ。凄く優しい人だからよ」

「は、はあ……」


 何とかそんな返事をし、アルトリアさんを先頭に目の前の豪邸へと足を踏み入れた。

 異常に長い煉瓦の塀と、黒色の豪華な門。門をくぐり抜けると、華やかな花が咲き乱れる庭が目に飛び込んで来た。

 魔道具か何かを使用しているのか、噴水まで庭の中にある。

 そんな光景に言葉を失いつつも、観察するのをやめない。

 キョロキョロと辺りを見渡して、何だか失礼かもしれないとも思ったが、それだけ凄いんだから仕方が無い。

 門から続く長い道のりを歩くと、重厚な木の扉でできた玄関に辿り着く。

 そして、アルトリアさんは何のためらいも無く扉の横に備え付けられたボタンを押した。

 ピンポーン。

 ……はい?

 あれ?チャイム?ブザー?いや、そんな事より……何で異世界のこの場所にあるの?

 思わずアルトリアさんが押したボタンを凝視してしまう。

 えぇ……凄く世界観を壊してるんですけど。これも魔道具なんですか?便利ってレベルじゃなくて、ご都合主義のレベルだな。

 まあ、人を呼び出す手段が簡単な分、俺はすぐに使いこなせそうだし……よしとしよう!深く考えたら負けだね!

 一人で勝手に納得していると、チャイムを押してからしばらくし、重厚な木の扉が開かれた。


「どちら様ですか~?」


 中から出てきたのは、綺麗な金髪の中年女性だった。しわが少しあるモノの、かなり美人である。

 華美では無いのだが、上品な水色のドレスを身に纏っていた。


「ギルドの依頼を受けてきました」


 すると、アルトリアさんが何の緊張も無くそう言ってのける。俺なんて緊張して言葉が出なかったのに……。

 アルトリアさんの言葉を受けて、金髪の中年女性は笑顔になった。


「まぁ!待ってたのよぉ!来てくれたって事は……今すぐお願いしてもいいのかしら?」

「ええ、大丈夫ですよ」

「よかったわぁ!散歩をさせる係の執事が怪我をしちゃってね?本当は私が行きたいのだけれど、色々と忙しくてねぇ。だから、本当に助かるわ!」


 成程、流石貴族。散歩をさせるのも召使いの仕事ですか。格が違うね!


「それで、散歩させる犬と言うのは?」

「そうだったわね。今案内するわ」


 そう言うと、金髪の女性は玄関から出てきた。


「あら?そちらのフードを被った方は?」

「ああ、スミマセン。今回依頼を受けるのはオレ……じゃなかった、私ではなくてですね、こっちの男なんですよ。……オイテメェ!フードとらねぇか!失礼だろ!?」

「ええ!?」


 いや、確かに失礼だって事は分かってるんだけど……!でも、ここで脱いで騒ぎになっても困るし……。

 そんな考えが頭の中を支配していると、中年女性は笑顔のまま言う。


「いいわよ、別に。フードを被っているのにも何かしらの理由があるんでしょう?強要しちゃ駄目よ」

「は、はあ……」

「ふふ。私はアドリアーナよ。アナタの名前は?」

「あ、俺……じゃねぇ、私は誠一と申します」

「誠一……いい名前ね。響きからして、東の国の人かしら?」

「え?」


 東の国……って何だ?

 ふと疑問に思った単語に首を傾げるが、あんまり深く考えない事にした。


「まあいいわ。それより、誠一さんが散歩をしてくれるのよね?」

「あ、はい!」

「それじゃあ、ウチのミルクちゃんをお願いしますね」


 犬の名前、ミルクっていうのか……。可愛らしい名前だし、真っ白の小型犬ってとこか?でも、何で家の中で飼ってないんだろうか?それともペット専用の小屋があるとか?

 まあそんな事はどうでも良いけど……アドリアーナさんマジでいい人だな。フードとらなくて良いって言われて本当に助かったし。

 アドリアーナさんの人柄に感謝をしつつ、案内に従っていると、やがて一つの檻の前に辿り着いた。


「さ、到着したわよ」

「え?」


 到着?どこにそのミルクちゃんがいるの?

 辺りを見渡してみるが、俺の視界にはそのミルクちゃんと思われる犬がいない。

 代わりに、大きな檻が凄い存在感を放ってその場にあった。

 混乱する俺をよそに、アドリアーナさんは檻に近付く。


「さ、おいでミルクちゃん」

「――――ゥゥゥゥゥウウウウウ!!」

「…………」


 …………おかしいな……物凄く怖い唸り声が聞こえた気がするんだけど……。

 き、気のせいだよね!俺の空耳に違いない!

 何故だか止まらない冷や汗をかきながら、アドリアーナさんを見ていると、アドリアーナさんは檻の扉を開けはなった。


「さあ出て来なさい、ミルクちゃん!」

「……ゥゥゥゥウウウウ……ガアアアアアアアアアアアアッ!」


 凄まじい咆哮を放ちながら、檻から出てきたのは――――


「……OH……」


 ――――真っ白な体毛を持った、全長5m程の巨大な犬だった。


「ええっと……これを散歩させるんですか?」

「ええ、勿論よ」

「これを散歩させるんですか?」

「勿論」

「これを――――」

「いい加減現実を見やがれ!」


 俺はアルトリアさんに頭を叩かれた。

 いや、だっておかしいでしょ!?目の前にいる犬って……ミルクちゃんって見た目じゃねぇよ!犬なのかどうかさえ疑わしいぞ!?

 どちらかというと、【果て無き悲愛の森】で倒したアクロウルフに近いんですけど!?


「皆最初はこの子を見ると怖がるのよね。でもそこまで怖がる必要は無いわよ?この子は大人しいから、安心してちょうだい。凄く安全なのよ?」

「……ちなみに散歩係の人が怪我した理由は?」

「ミルクちゃんに噛まれたからなのよね」

「安心できねぇぇぇぇぇえええええええええ!」


 どこが大人しいの!?どこが安全なの!?もろ怪我させてんじゃん!


「おかしいわね……防犯はバッチリなんだけど……」

「確かに安全そうだ!」


 俺の求める安全と少しチガウ!

 こんなのが庭にいたら、当たり前に泥棒もすっ飛んで逃げるわ!怖ぇもん!


「まあ細かい事は抜きにしましょ。散歩、頑張って頂戴!」

「ムリムリムリムリムリ!」


 絶対無理だって!さっきからスゲェ睨んでくるよ!?ミルクちゃん!

 戦うのと散歩じゃ訳が違うよね!?一緒に並んで歩くわけでしょ!?

 ステータス的には安全なのは確かなんだけど……あくまで肉体的な話であって、精神的な話じゃねぇんだよ!

 必死に頭を振る俺に、アルトリアさんは告げる。


「流石に街中を歩くのはマズイから、この庭をある程度散歩して来い」

「依頼を受ける事決定ですか!?」


 最早俺に拒否権は無いようだ。……ホモォな方々といい、俺をなんだと思ってるんだ。俺も人間だぞ!?……説得力無いけど。

 しかし、どう頑張ってもこの依頼から逃れられそうにないと悟った俺は、重々しいため息を吐くと、げんなりしながら告げた。


「……分かりました。分かりましたよ!受けますよ!」

「そうこなくっちゃな」


 アルトリアさんは嬉しそうにそう笑った。

 孤児院で見せた、笑いをかみ殺す様な事をせず、純粋な笑顔を見て、俺は思わず見惚れてしまった。

 そんな様子に気付いたのか、アルトリアさんは咳を一つすると、頬を赤く染める。


「と、とにかく!これが雑用系最後の依頼だ。……しっかりやれよ?」

「はい!」


 まあ、あの笑顔を見れただけでも受けて良かったって思えるよな。

 そんな事を思いつつ、俺のミルクちゃんとの散歩が始まった。

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>>どうでも良いけど、『ベ』を『ミ』に変換させるとミルフィーユになるね。美味そう。 ここ見たとき、どうでも良いけどマカロン食べたくなった。
依頼内容、場所、達成条件、そういったものを何も見ずに聞かずに進めてる姿勢は審査対象にならないんですかね? 見ただけで覚えて忘れない素敵スキルが泣いてますよ。 ダラダラ新人を連れ回してお守りさせるだけな…
[気になる点] なんで自分のステータスが100万超えてるのに 怖がるのだろうか? 鑑定もあるのだからミルクや周りの人々の 実力鑑定してみればいいのでは? ギャグ要素として捉えるにも極端に馬鹿にしすぎて…
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