羊さん
「羊……」
「さん?」
俺もサリアも、いきなり現れて自己紹介をした羊に対して困惑していた。ちなみにサリアは既に元の状態になっている。
てか、マジでどこから現れたんだ?
「ええ、羊さんです。今回は、このダンジョン初の踏破と言う事で、こうして参上したわけですね」
ヤベェ、意味が分からねぇ。
「えっと……それじゃあ羊さんは何をしに?」
目の前の羊が意味分からなさすぎるので、俺からそう質問をする事にした。
すると、羊さんは両手を広げて説明を始めた。何で両手を広げたんだ。その行動に何の意味が?
「そうですねぇ……説明する前に、まず私と言う存在を知ってもらいましょうか」
「羊さんを?」
「はい。私は、この世界に数多く存在する迷宮と呼ばれる場所を、管理している者です」
「それは最初にも言ってたけど……って事は、羊さんがダンジョンを作ってるのか?」
「違います」
「違うのかよっ!」
思わずそうツッコんでしまった俺を許してほしい。
「ダンジョンとは、その土地に存在する残留思念や魔力、凄まじい力を持った、強者がその土地を長い年月をかけて支配し続ける等と言った多くの条件から出現します。私は、世界から与えられた命により、そのダンジョンを常に管理しているのです」
突拍子もねぇ!全然話しに付いて行けないんですけど!?
「まあ、いきなりこんな話をされても困るでしょう」
「……ええ、凄く困ります。サリアも分からないよな?」
「え?私、分かるよ?」
「何で!?」
何でサリアは、この意味不明な説明を聞いて理解できるの!?俺だけ!?俺がおかしいの!?
驚く俺をよそに、羊さんは話しを続ける。
「簡単に説明しますと、ダンジョンから魔物が外へと出ないように抑制しているのも私なのです。今、こうしてお二人と会話をしている間にも、他の私がダンジョンの管理に勤しんでいるでしょう」
「羊さんっていっぱいいるの!?」
「ええ、勿論。他にも、ダンジョンの管理以外に、世界を覗く事もしばしばありますね」
「な、何でそんな事を?」
「暇ですからね」
「仕事しろよ!」
「やだなぁ、してますよ。ほら、今もこうして来ているでしょう?」
この羊は一体何なんだ!?……まあ確かにこうして俺達の前に現れたんだから、一応仕事はしているんだろうけど……。
「……あれ?でも、何で俺達の前に現れるのが遅かったんだ?その、ダンジョン踏破を達成したからこうして現れたんだよね?なら、もっと早くこうして現れる事も出来たんじゃね?」
「貴方の進化を見て、笑い転げてました」
「コンチクショウッ!」
「照れますね」
そう言いながら後頭部をかく羊。ぶん殴りてぇ……!
「暴力は反対ですよ?私、ダンジョンを管理するための特殊な力はありますけど、普通の戦闘力はゴミカス以下ですから」
「心を読むな!」
この羊、ペースを乱すのが巧いな!?……まあ俺が単純なだけなんだけど。
「でも本当に私達は暇を持て余しているんですよ。何せ、ダンジョンを踏破してくれる人がいないんですから。ダンジョンから出そうになる魔物を抑止する以外仕事が無かったワケですしね」
「え?ダンジョンを踏破してくれる人がいない?それ、どう言う意味だ?」
普通、ダンジョンとかって毎日冒険者みたいなのが攻略しようと頑張ってるんじゃねぇの?
「確かに、冒険者の方々はダンジョンを攻略していますね」
「サラッと心読んでんじゃねぇ!」
「あ、ちなみに私の趣味は、人の生活を覗き見る事です。その人の赤裸々な様子を観察して、笑うのが日課ですから」
「どうでもいい上に下種いっ!」
「いえいえ、私は紳士ですよ」
この羊、色々駄目だろ!?こんな紳士がいてたまるもんか!
「羊さん、面白いね!」
「いえいえ、それほどでもありますね」
「謙遜しやがれ!」
サリアはニコニコ笑ってるから、サリアを笑顔にするという意味ではこのノリも許すしかない。それより、サリアの笑顔は良いな。心が温かくなる。サリアの笑顔に癒されるわぁ。
「さて、貴方のせいで脱線した話を戻しますが……」
「お前が脱線させたんだよな!?俺のせいじゃねぇよな!?」
いきなり自分の趣味を語りだした羊が悪いだろ!?お、俺は悪くないやい!
「先程も冒険者の方々が、ダンジョンを攻略していると言いましたよね?」
「お、おう」
「それは間違いではありません。中には、ダンジョンを踏破する人間も数多くいるでしょう」
「え?それじゃあ……」
「話しは最後まで聞きましょう。そんなことも分からないのですかな?これだから怪物は……」
「アンタは羊の皮を被った鬼かっ!?さりげなく人が気にしてる事呟いてんじゃねぇよ!」
「おっと、失敬。つい本音が……」
「俺コイツ嫌だああああああああああ!」
コイツ、俺が職業の欄に怪物って書かれてたのを気にしてたのを突いてきやがった!終いには泣くぞ!?
「男の涙に興味はありませんね」
「鬼畜っ!外道っ!人でなしっ!もうお前なんか嫌いだああああああああっ!」
「ははは!私はもとより羊。あながち間違いでは無いですね」
人の揚げ足取りやがって……!それに、気にしてなかったけど、さっきから人の心読み過ぎじゃね!?しかも、俺の職業の欄に怪物って書いてある事も何故か知ってるっぽいし……。
「またもや貴方のせいで話しがそれましたが……」
「……」
もう二度とツッコんでやらない。
「……チッ」
「さり気無く舌打ちしてんじゃねぇよ!って、ハッ!?」
思わずツッコんでしまった!?たった今、ツッコまないって決意したのに!
ああ……目の前の羊のドヤ顔がムカつくぅぅぅぅうううう!
「冗談は置いといて……。ダンジョンを踏破する人間が多くいると言いましたが、それはあくまで『そのダンジョンの最終エリアまで到達し、ダンジョンボスを倒した』、という条件での踏破です」
「それが普通じゃないのか?」
「いえ?これが一般的なダンジョン踏破ですね」
……一体何が言いたいんだ、この羊は……。
「私が人々の前に現れる時……それは、真の意味でダンジョンが踏破された時です」
「真の……意味?」
首を傾げるサリアと俺に、羊は一旦間を置くと説明を始めた。
「先程、ダンジョンの出現条件の様なものを軽く説明しましたが、その際残留思念が関わってくるとも言いましたよね?」
「ああ」
「残留思念とは、主にその場所で亡くなった人等の様々な強い想いの事を言います。そして、それによって出現したダンジョンには、一般的なダンジョン踏破と、今こうして貴方達が達成された踏破に分かれます。貴方達が達成した踏破こそ、真の意味でダンジョンを攻略した事を意味します」
「ん?んん?」
よく意味が分からない。いや、分からないというよりは、なんと言うか……わだかまりの様なものを感じていると言った方が正しいか。
「まあ、あんまり深く考える必要は無いでしょう。真の意味でダンジョンを踏破する事等、狙って出来るモノではありませんから。ただ、もし真の意味でダンジョン踏破を狙うのであれば、一つだけアドバイスをしましょう」
「アドバイス?」
「ええ。人の残留思念によって出現したダンジョンでは、最終エリアのボスが魔物化した残留思念の持ち主の場合が多いのです」
「成程……このダンジョンのゼアノスみたいな感じだな?」
「その認識で間違いありません。ですから、もしダンジョンをこれから先真の意味で踏破したいのであれば、ダンジョンボスの無念を晴らしてあげる事が一番でしょう。もう一度言いますが、狙って出来るモノではありませんからね?それをお忘れないように」
ふーん……神の異世界に対する知識はそんな事書かれてなかったなぁ。……まあそれ以上に知識にかかれてあったこと自体がアバウトで必要最低限の事だけだった訳ですけど。
「さて、これで話しは私が何をしに現れたのかという所にまで戻ります」
そうだった。最初の質問忘れてたよ。この羊が何をしに現れたのか訊いたんだった。
「私が今回現れたのは、貴方達がこのダンジョン、【果て無き悲愛の森】を真の意味で攻略していただいたので、お二人に踏破報酬を渡す為です」
「踏破報酬?」
「はい。普通に踏破するだけでは私は現れませんし、ダンジョンボスのドロップアイテムや、宝箱の中身を回収して終わりです。ですが、真の意味で踏破していただいた方には、もれなく踏破報酬が渡されるのです」
「へぇ……その踏破報酬って同じダンジョンで何度も貰えるのか?」
「無理ですね。何故なら、真の意味で踏破されたダンジョンは消滅するからです」
「消滅!?」
いきなり告げられた事に、思わず声を裏返らせてそう言ってしまった。
「消滅です。先程も申しあげましたけど、ダンジョンボスの無念を晴らしてあげる事が、真の意味でダンジョンを踏破する事に繋がると言いました。勿論、どのダンジョンのボスに、それが通用するのかはお教えできませんが。ですから、ダンジョンボスが真の意味で倒された時、そのダンジョンボスはこの地に留まる理由を失います。故に、ダンジョンが消滅するのです」
「な、成程……」
「よって、ダンジョンの踏破報酬がもらえるのは、そのダンジョンに付き一度のみ。お二人はそれを手に出来る訳なんですから、誇ってもいいですよ?私が許しましょう」
「何でお前の許可がいるの!?」
「当たり前でしょう?私、羊ですから」
「クソッ!話しがかみ合わない……!」
勝手に悔しがる俺を無視したまま、羊は思案していた。
「うーん……本来なら決められたモノを渡すのが決まりなのですが……。何せ、このダンジョンは踏破される事が無いと思っていましたからねぇ。報酬をしっかり決めていないのですよ」
「そうなのか?」
「ええ。まあ、幾つかは決まっているのですが、最後に何をお渡ししようか……」
「じゃあ訊くけど、決まってるモノって何?」
「それは、【進化の実栽培セット】と【10日分の旅セット】ですね」
「は!?」
羊の言葉に、俺は思わず驚きの声を出す。
え、進化の実って栽培できるの!?
「ええ、勿論」
「心読むんじゃねぇ!」
「ちゃんと栽培方法の書かれた冊子や、進化の実の種などをたくさんお付けしてますよ。10日分の食料についてですけど、これはこのままダンジョンが消滅するので移動の事を考えて用意しておきました」
「そ、そうか……」
俺はそう答えた後、一つ気になる事が浮上した。
「あれ?そう言えば、ダンジョンが消滅するって言ってるけど、そうなるとここの森やクレバーモンキー達はどうなるんだ?羊さんが抑制しなくなったら、人里とか襲うんじゃねぇの?」
「その点については特に問題無いでしょう。ダンジョンが消滅するというのは、その土地が消滅するのではなく、ダンジョンとしての機能が消滅する事を言うのです。ですから、この広い森はそのままの状態で残りますし、元々このダンジョンの周辺には街や村などは存在しないので」
「え、ちょっ……それじゃあ俺達この後どうすればいいの!?」
近くに町が無いのか!?マジで!?
俺はゼアノスから得た知識で簡単に確認してみる。
……うん、何も無かった。普通に歩いて移動しても、最低1週間はかかるよ……。
それに、ゼアノスの知識は1500年前のモノなので、土地なんかはどこまで信用していいのか分かったモノでは無い。
「言ったでしょう?移動する事を考えての食料と。勿論水もありますよ。テントもありますし、これで多少は旅が快適になるでしょう」
「……どうも」
「いえいえ。私から踏破報酬を渡された後、そのまま森の外に強制転移させられるお二人の役に立ったらと思って用意しましたので」
「絶対嘘だ!」
そう思ってしまうのも無理は無いだろう。だって、コイツ色々酷いよ!?
「まあ、渡すのは今言った二つのセットと、あと一つ……合計3つ渡すのが決まりなんですよね。それで、何にしましょうかねぇ……」
そう言うと、羊は俺とサリアの恰好なんかを軽く観察する。
「そうですね。取りあえず、サリアお嬢様には下着などの衣服をお贈りしましょう」
そう言うと、羊は手を叩く。
すると、何も無い空間から、いきなりたくさんの下着や服が出現した。
「一応サリアお嬢様の服なので、服の大きさが自由自在に変わる能力だけ付与させていただきました。この能力の付与された服こそが一番必要であろうと私が判断しましたので」
「羊さん、グッジョブ!」
ごめんね、羊さん。貴方の事分かって無かったよ。
そう、サリアの服が無くて困ってたんだよ……!
これで、街に到着しても、兵隊さんのお世話にならずに済むね!
それに、服の大きさの事まで考えてくれるなんて……デキる羊だな!
「それではサリアお嬢様はお着替えください。仕切りもこちらで準備しましょう」
再び羊さんが手を叩くと、俺とサリアの間にカーテンらしきものが出現した。
「では、着替え終わりましたらお教えください」
「ありがとう、羊さん!」
カーテン越しに、サリアの嬉しそうな声が聞こえる。
「今サリアお嬢様には一着の服と下着類をお渡ししたので、残りの服は貴方が管理しておいてください」
そう言いながら羊さんにサリアの服を手渡された。
……確かに俺がアイテムボックスを持っているんだけどね?でも、俺が女性モノの服を持ってたら変態扱い必至だぜ?
まあ、バレなきゃ犯罪じゃないわけですから?その精神で乗り切ろう的な?
「バレ無くても犯罪ですよ、誠一様」
「……冗談ですよ」
よい子は真似しないでね!主に俺の生き方を!
「それよりも……貴方への報酬をどうしましょうかねぇ」
「そんなに難しいのか?」
「ええ、物凄く。このダンジョンに来たばかりの時の貴方でしたら、とても踏破出来るとは思いませんけど、一応媚薬やらモテ薬やらを差し上げるつもりでした」
「とことん下種だな!?でも貰えるなら欲しいね!」
「今の貴方に必要ありません。差し上げるだけ無駄でしょう」
「……」
何でこんなにキッパリと言われたんだろうか。モテ薬を必要としない程顔が良くなったのか、逆にそれで解決できる次元を超える程酷くなったのか……。
でもイイじゃん。欲しいじゃん、モテ薬。一度はモテ期というモノを体験してみたいんだよ!
体は痩せた。身長も心なしか高くなった。でも、顔は未だに確認できていないんだよなぁ……。スゲー気になる。
「装備に関しても、武器はチート性能の塊ですからねぇ……」
それについては返す言葉も御座いません。チートという言葉を知っていた事にも驚きだけどね。
「防具関係が良いでしょうか?」
「防具?」
「ええ、防具です。魔法使いの証でもある漆黒のローブや、騎士を想起させるフルフェイスの全身アーマー等ですね」
「確かに、武器やアクセサリー系統の装備品は良いけど、防具は無いな……」
「でしょう?ですから、私たった今貴方にピッタリの防具を思いついたんですよ」
「お?それって何だ?」
「目出し帽」
「ガッカリだよ!」
目出し帽って……映画や漫画でよく銀行強盗が被ってるマスクだろ!?
「駄目ですかね?」
「普通に駄目だろ!?そんなモノ被って街に入ろうとしてみろ!兵隊さんが飛んでくるぞ!?」
「それは見てて面白そうですね」
「もう死んでくれ!」
前言撤回!コイツ、駄目駄目だ!
「ならフルフェイスヘルメットなんてどうでしょう?」
「俺は首なしライダーか!それともあれか?仮面ティーチャーか!?」
……仮面ティーチャーは少し違うか。
「どちらも違いますよ。単純にフルフェイスヘルメットを被っていただいたら面白いなぁと思いましたので。おっと、今のは秘密でした」
「本音が隠せてねぇ!てか、首なしライダーとか知ってんの!?」
「ええ、勿論」
あらヤダ、この羊怖い。
「それより、どうして頭部を保護する様なモノばかりをすすめてくるんだよ!しかも、全部相手に顔がちゃんと見られないようにする様なモノばかりだしな!全然俺には関係ないよな!?」
「いえ、これは真面目に誠一様の今後の事を考えた上で申し上げております」
「今後の事?」
「はい。誠一様の現在の容姿は、今回手に入れられた『偽装』のスキルのせいで、魅力値は10となっております。魅力値に限りませんが、ステータスで10という事は、ハッキリ申し上げますとクソですね」
あ、あのとんでもないステータスの横にかかれたかっこの中身は、偽装の効果が表れている時の相手に見えるステータスってわけか。そんでもって酷い言われよう。
「……つか、何で俺が偽装を持ってる事や、ステータスの魅力が10な事を知ってるんだよ」
「羊ですから」
もう絶対にツッコまない。
「とにかくですね、偽装が発動している時は、私や誠一様が心から信頼できると思った方以外は、偽装された数値通りの見た目で皆さまに見えるのです。つまり、魅力が10という事は、相当酷い容姿と言う事になりますね」
それじゃあ最初のステータスオール1を誇った俺は最悪って事じゃんか!泣けてくるね!
「そんな誠一様のトラブルを回避するために、私は顔全体を見えないようにするための装備品を勧めさせていただきました」
「いや、そんな面倒なことせんでも偽装のスキルを解けばいいだけの話しだし……」
あ、もしかしたら偽装を解除した方が魅力は酷くなるという事も有り得るかも……。未だに顔は確認できてないし。
「甘いですね」
「へ?」
そんな事を考えてた俺に、いきなり浴びせられたキツイ物言い対して俺は間抜けな声を出してしまった。
「偽装を解くという事は、貴方の実力が世間に知られるという事ですよ?これがどう言う事かわかりますか?」
「いや、全然……」
「簡単に言いますと、国同士のくだらない争いに巻き込まれたり、怪物的扱いをありとあらゆる人間から受け、最終的に殆どの他人と関わることなく死んでしまうという事態すら有り得るのです」
「それは嫌だな……」
サリアは違うけど、この世界に来ているであろう翔太達はどうだろう?
変わり果てた俺の姿を見て、どんな思いを抱くのだろうか?
ステータス的には怪物クラスの俺だ。怖がられるかもしれない。
それは……考えたくないな。
「まあ、ぶっちゃけ私が面白いからという理由が一番大きいんですけど」
「もうお前なんか信じない!」
何なの!?人が少しシリアス気味な雰囲気を出してたのに!
「でも実際にトラブルは多くなると思いますよ?」
「いや、普通に目出し帽とか嫌だから。フルフェイスヘルメットも嫌だから。被ってたら変態だから」
「何を言ってるんですか。元からでしょう?」
「黙ってろ!」
この羊、掴みどころが無さ過ぎる……!
「仕方ないですね。なら、フルフェイスヘルメットでいいですか?」
「ねえ、何が仕方ないの!?詳しく教えてくれないかなぁ!?」
「勿論、ただのフルフェイスヘルメットじゃないですよ?奮発して多少の能力を付与させていただきますよ」
「例えば?」
「ドラゴンに踏まれたり、噛まれたりしても傷一つ付かない耐久力を誇ります」
「それはヘルメットじゃない!」
「どんなに灼熱の地や極寒の地でも、ヘルメットの中は快適空間」
「顔だけな!?そんな地獄みたいな場所に行くんなら、体もどうにかしなくちゃいけないんだよ!?」
「最後は食事の時のために口元だけ開きます」
「最後ショボっ!?その機能いるのか!?」
「決定ですね。フルフェイスヘルメットにします」
「話しを聞けぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええ!」
何故決定した!?誰もそれが良いとは言ってないよね!?
しかし、羊はそんな俺もお構いなしに、何も無い空間から真っ黒なフルフェイスヘルメットを取り出した。
「はい、どうぞ」
「だからいらないんですけど!?」
「遠慮しなくて良いですよ。私もいらないんで」
「じゃあもっといらねぇよ!」
必死に拒絶する俺だったが、羊はいきなりヘルメットを宙に放り投げ、手を叩いた。
突然の行動に俺が唖然としていると、俺の顔に何かが被せられた。
「ちょっ!何時の間に!?」
手で確認すると、たった今被せられたモノは、フルフェイスヘルメットだった。
「これも羊の嗜みです」
「羊って何なの!?」
必死に脱ごうとする俺だが、何故だか脱げない。
「え、脱げないんですけど」
「はい。そうしましたから」
「外せぇぇぇぇぇぇぇええええええ!」
「はははは、機会があれば」
それ絶対しない奴の台詞じゃん!?『明日から本気出す』と同じ位信用性ないよね!?
「安心してください。私がいるうちは外せませんが、私と別れた後は、信用出来る人とそのヘルメットが判断した時のみ外せるようになります。逆に言いますと、近くに他人ばかりでは絶対に脱げないので」
「無駄な高スペックだな!?」
信用出来る奴か勝手にヘルメットが判断するんですか!?驚きだな!
「あ、でもそれならサリアは大丈夫なんだろう?」
「ええ、そうですね」
「それならお前と別れた後、すぐ脱げばイイだけの話じゃないか!」
俺、頭いいな!
「あ、そのヘルメット、他人や信用できない人が近くにいると強制的に頭に被せられます。回避は不可能ですね」
「畜生め!高スペックなんかじゃねぇ、最早呪いだ!コンチクショォォォォオオオオ!」
「人間、誰しも諦めが肝心ですよ、怪物さん」
「サラッと矛盾点突いてくるんじゃねぇよ!」
「ある程度の時が経てばそのうち外れるでしょう。それこそ、無理矢理でもいけるんじゃないですか?」
もうコイツヤダ。無理矢理ってどうすればいいんだよ。ドラゴンでも無理なんでしょ?自信ねぇよ……。
羊とこんなやり取りをしつつ、一人でライフポイントをごっそり削り取られていると、サリアが着替え終わったのか、カーテンから顔を出していた。
「おや、サリアお嬢様。もう着替えは終わりましたか?」
「うん、終わったよ!」
「そうですか。では……」
羊は再び手を叩くと、さっきまでサリアと俺の間にあった、カーテンは一瞬にして消え去った。
カーテンが取り払われると、そこに現れたのは純白のワンピースに身を包んだサリアだった。
「誠一……どうかな?似合う?」
「え?あ、ああ……」
俺はサリアの言葉に咄嗟に答える事が出来なかった。
それくらい、今のサリアはその服装とあっていた。
深紅の髪が、白いワンピースのおかげでよく映える。
「えへへへ。嬉しいなっ!」
「……」
ヤバい、サリアが可愛い。……惚気てごめんなさい。
「本当ですね。気持ち悪い……」
「ねぇ、もうちょっと言葉を選ぼうか!?」
この羊容赦無さ過ぎる……。心を読まれてる事に関して言えば、最早ツッコむことを諦めている。疲れた。
「さて、渡す物も渡しましたし、そろそろ転移してもらいましょうか」
「うん、俺は強制的だけどね」
「それじゃあ転移させますね」
「お前は最後まで話しを聞かないなぁ!?」
俺がそう言っても、羊はまるで聞く耳を持たず、俺の言葉を無視して転移の準備を始めた。
「まあ、文句はもう一度会う事があれば、その時にでも聞きましょう」
「お前完全に踏破するのが難しいって言ったよね!?それに俺は二度とお前に会いたくねぇ!」
「大丈夫ですよ。貴方の気持ちは分かってますから。私が好きなんですよね?」
「やっぱり一発殴らせろ!」
「おっと、転移が始まりました」
「は!?ちょ――――」
羊の言葉を最後に、俺は殴る事も出来ずそのまま転移されるのを受け入れるしか出来なかった。
それは、体が既に光の粒子になって、消えかかっていたからだった。
もう完全に体が消えそうになった俺は、最後にこう叫ぶのだった。
「テメェ……今度会うまで覚えてろよおおおおおおおおおお!」
「羊さん、じゃあね~!」
「はい、さようなら」
こうして、俺とサリアは驚くほど簡単に、【果て無き悲愛の森】から転移させられるのだった。
最後の台詞が三下っぽかったって?……俺が一番分かってるよ!
◆◇◆
「行きましたか……」
私こと羊さんは、いましがた転移した二人を見送り、そう呟いた。
「しかし……『テメェ……今度会うまで覚えてろよおおおおおおおおおお!』、ですか」
最後に誠一様が叫ばれた言葉をもう一度口に出し、思わず頬を綻ばせる。
「今度会うまで……誠一様はもう一度私と会うつもりなのですね」
あれだけ難しいと言ったのですが……。
でもこの言葉は、長い年月人と会話をする事が無かった私にとって、とても嬉しいモノでした。
「ふふ。しかし、『テメェ』とは……私は山羊ではなく、羊なんですが」
そう言う事じゃないだろうって?イイじゃないですか。私はもとより関係無いことを適当に考えるのが好きなんですよ。
「さて、ここのダンジョンはじきに消滅しますし……新たなダンジョンが出来るまで待ちますか」
そして、その後は――――
「お待ちしてますね?誠一様」
最後にたった今、見送った愉快なお人の名前を呟き、私はその場を後にするのでした。