愛の奇跡
「サリアあああああああああああああああああああああっ!」
俺は急いでサリアの元へ駆けつけた。
そして、力なく横たわるサリアを抱え、起こす。
「サリア……サリア……!」
俺は何度もサリアに声をかけるが、中々目を開かない。
「どうして……どうして俺なんかを……!」
こみ上げてくる、感情の流れに必死に耐えながら、俺はそう漏らす。
すると、サリアはやっと目を開き、小さく笑った。
「ヤット……私ノ名前、呼ンデクレタ」
「サリアッ!い、今回復薬を……!」
そう言いながら、アイテムボックスに仕舞われた、最上級回復薬を取り出そうとしたが、サリアが静かに俺の手に手を添えて止める。
「私、今スキルデ生キテル状態。回復薬、生キテル者ニ使ウ物。ダカラ、効カナイ」
「え……」
「サッキノ攻撃デ、私、死ンデル。スキルデ生キテイルトイウ事ハ、ソウ言ウ事」
驚きと絶望が混ざり合った状態で押し寄せ、目を見開き固まっていると、更にサリアは続けた。
「私ノ種族、『カイザーコング』ノ固有スキル……【帝王の威厳】。私ガ今話セテイルノハ、コレノオカゲ」
「【帝王の威厳】……」
「ソウ。効果、一時的ニ死ンダ状態デモ、動ケル。デモ、長クナイ」
「!?」
それじゃあ……サリアは……。
俺は一気に絶望するが、すぐに死者を蘇らせる『霊薬』の事を思い出した。
「そ、そうだ!『霊薬』なら、助けられるだろ!?待ってろ!今すぐ作って――――」
「ソレモ、駄目。『霊薬』、魔物ニ効果、無イ」
「――――」
俺はサリアの言葉を聞いて、『霊薬』の効果を思い出した。思い出してしまった。
クレバーモンキー達も、死者を蘇らせることも出来ず、最上級回復薬と同じ効果しかないのに、無駄に入手困難な素材が多いから使っていない事。
霊薬は、魔物には一切効かない。そう知識であったんだ……。
その事を思い出した瞬間、俺はぶつけようのない、表現しがたい感情に襲われ、思わずサリアに思いっきり叫んでしまった。
「なら……何で俺なんかを助けたんだよッ!何で自分が死んでまで俺の事を助けた!?俺は確かにお前の事が好きだと言ったよ!でも、異性としてどころか、同族としても見れないって言ったよな!?散々邪険に扱ったよな!?色々酷い事言ったよな!?それに、こうしてお前から逃げただろ!?その結果に巻き込まれて、お前がこんな事に……!」
自分でそう言いながら、次第に俺は涙が溢れてきた。
どれだけサリアと過ごした日々を振り返っても、優しく接した事なんて一度も無い。
俺は……俺は……。
サリアの肩にかけた手に力がこもる。
すると、サリアはそっと俺の抱えていない方の手を両手で包みこんだ。
「私、誠一ガ好キ。ソレ以外、理由……イル?」
「――――」
こんな俺を……サリアは好きと言ってくれる。どうして?
「誠一、口デハ色々言ウ。ケド、結局ゴ飯食ベテクレタリ、色々ト優シイ」
「それは……それは、食べなきゃ勿体無いから……!」
「他ニモ、私ノ事、邪魔ソウ感ジテテモ、構ッテクレル。サリ気無ク、優シクシテクレル。無視シナイ。普通ニ接シテクレル。ソレニ……一緒ニ居テ、楽シイ。ホットスル」
「……」
「私ハ、何時モ一人デ騒ガシクテ、文句バッカリデ、私ノ事貶シテモ、クレバーモンキー達トハ違ウ、一人ノ存在トシテ扱ッテクレタ、誠一ガ――――大好キ」
サリアの言葉で、どんどん自分が情けなくなってくる。
サリアがクソゴリラ?違うだろ。クソは俺自身だ。
俺は……こんな奴を今まで邪険に扱って来たんだぞ?
ダムが決壊したように、溢れてくる涙を止める事が俺には出来ない。
涙で顔中がぐちゃぐちゃの俺に、サリアは再び小さく笑うと言った。
「私、誠一ノ笑顔ガ一番好キ。今ノ誠一ハ、誠一ラシクナイ。ソレニ、私ハモウ……ダカラ最後ニ好キナ人ノ笑顔ガ見タイ。ネ?笑ッテ?」
どこまでもサリアは……。
サリアの健気で一途な想いに、俺は暗く沈んでいた感情に火がともるのを……いや、炎が巻き上がるのを感じた。
これ以上俺はクソ野郎に成り下がるのか?……有り得ねぇだろ。
俺は、両親にも言われた一つだけの長所を危うく失う所だった。
それは、『どこまでも前向きで、挫けない事』。
俺は必死に袖で涙を拭う。
そして、未だに涙が残る中、何とか笑みを浮かべた。
「そうだな……騒がしくてこそ、俺だな!」
「ウン!」
俺が笑顔になると、サリアは満足そうに頷いた。
サリアと俺との間でそんなやり取りを繰り広げていると、今まで黙っていた暗黒貴族ゼアノスが口を開いた。
『……ゴリラと人間の≪愛≫……か』
「!」
俺はその言葉で、今まで存在を忘れていたゼアノスの事を今一度認識した。
『実に下らん……人間同士の愛でさえ醜く歪んだモノだというのに……。貴様は人間どころかゴリラと愛を育むというのか』
「ゴリラで何が悪い!」
俺はサリアを所謂お姫様だっこの形で抱きかかえると、そのまま部屋の隅の方まで連れていき、そっと横たえた。
「ゼアノスだったな……?何故今まで攻撃をしてこなかった?」
俺はゼアノスと対峙すると、最初にそう口を開いた。
『なに、単純な事よ。我は貴様とゴリラの間に存在する≪愛≫に興味が湧いたから、攻撃をしなかったまで……。まあ、安っぽい喜劇を見ているようだったがな。貴様にはゴリラに対する愛情は無いようであり、ゴリラの一方的な好意と言う訳だ……。これを喜劇と言わずになんと言う?実に興ざめだな。終幕にしよう』
「そうかい」
俺はそっと賢猿棍と水霊玉の短剣を構えた。
そして――――
「でも……残念だけども終幕まではまだまだだぜ……!」
『!』
俺はスキル『刹那』で高速移動すると、ゼアノスの背後から襲いかかる形で飛びかかった。
しかし、ゼアノスは体を軽く捻ることで攻撃を避ける。
『不意打ちとは卑怯だな……』
「卑怯だ?上等じゃ、ボケぇ!」
……あれ?でもゼアノスも俺に不意打ちをしてきたような……。
き、気にしたら負けだな!
俺は再びゼアノスにスキル『刹那』を使い、接近する。
『鬱陶しいっ!』
ゼアノスはそう叫ぶと、細剣で俺めがけて思いっきり突いてくる。
咄嗟に俺は手にしていた賢猿棍で防ぐが、その際に賢猿棍が砕け散った。俺の賢猿棍が……。気に入ってたのに!てか何で刹那を使ってる俺に攻撃を的確に当てられるんだよ!?
『何故、貴様は我に歯向かう?実力の差は理解しているだろう?』
「ハハハハハッ!貴様には分かるまいよ!」
『……』
あ、あれ?おかしいな……ゼアノスの真似をしたつもりだったんだけど……。なんか視線と言うか……とにかく痛い。
地味に精神的にダメージを受けた俺だが、なにやら勝手に一人で納得した様子でゼアノスは言った。
『成程……我は勘違いをしていたようだ。貴様はあのゴリラを本当に愛しているのだな?見るに堪えん安っぽい喜劇だと思っていたが……。貴様もゴリラを愛していると。これは本物の喜劇のようだな!』
そう言うと、ゼアノスは一人で高笑いを始める。
俺は、サリアに償いたかった。
そして、サリアに今芽生えた感情を伝えたかった。
だから、俺は目の前のゼアノスをサリアのスキルの効果が続いている間に倒すことで、伝えようと思っていた。
それは――――
「そうだ!俺は……サリアを愛している!なんか文句あるか!?」
『!?』
再び刹那で急接近し、水霊玉の短剣を振るった。
すると、今度は俺の行動が予測できていなかったのか、避けることはせず、持っていた細剣で防いでくる。
『くっ……』
ゼアノスは、俺の攻撃を防ぐと、そのまま細剣を振り、俺から距離をとった。
素人目に見ても隙が無い構えをとるゼアノスに、俺は言う。
「俺は馬鹿野郎でクソ野郎だ!相手がゴリラ?俺の凝り固まった思考回路のせいでサリアを受け入れなかったんだぞ?そのせいでサリアは……。泣くのは後!悲しむのも後!全てお前を倒すことで、初めて俺を好きと言ってくれたサリアにカッコイイとこみせてやるっ!今はそれだけ!全力で前を向くぜ!」
なんか俺……自棄だなっ!色々捨ててるぜ!
でも、今だけは……今だけは騒がしい俺が好きと言ったサリアののために……ネガティブ思考を捨て去るっ!
俺の決意とも言える叫びに、横たわっていたサリアは小さく呟く。
「誠一……」
微かに聞こえたその声は、喜色が含まれている様な気がした。
そして、そんな俺の叫びを真正面から受けたゼアノスは、少しの間呆気にとられた様子だったが、やがて再び高笑いを始めた。
『ハハハハハッ!貴様のゴリラに対する愛……どうやら本物のようだな!』
「そうだって言ってるじゃん!恥ずかしいから言わせんなよ!」
俺が照れてそう言うと、ゼアノスは何故か引いていた。泣くぞコラ。
『まあいい……。とにかく、ゴリラを本気で愛しているお前に、一ついい事を教えてやろう』
「?」
いいこと?俺の魅力についてとか?……この状況下でそれは無いな。逆にそうだとしたらどんな反応すればいいんだよ。
『我を倒せば……あのゴリラは生き続けることが可能になるぞ?』
「!?」
俺はゼアノスの言葉に目を見開いて驚いた。
「ほ、本当か!?」
思わずそう叫ぶと、ゼアノスは不敵に笑う。
『フフフ……。我は下らんことで嘘は吐かん。貴様も我を倒せば強くられるように、ゴリラもまた、【進化】する。貴様とゴリラはどうやら【進化の実】を食したようだからな……。まあ、我を倒す等、不可能に等しいだろうがな』
「お前……俺達を鑑定したのか?」
『フッ……まあそう言う事だ。さて、どうする?』
まさか、ここでもまた俺を『進化の実』は救ってくれるようだ。
そして、サリアも後一度だけ、進化の実の効果が残っているらしい。
……感謝したりねぇよ。
「聞かれるまでもねぇ……俺は全力でお前を倒すだけだっ!」
俺がそう叫ぶと、ゼアノスは瞳のない目を妖しく光らせ、俺に不意打ちをした時のように周囲に溶け込むように消えた。
『なら……』
「!」
『答えを我に示せ……!』
再び俺の正面に現れ、ゼアノスは細剣を俺の心臓部分に突き刺そうと突いてくる。
だが、俺はもう無様に喰らうような真似はしない。
体に無理矢理命令を送り、右手で構えていた水霊玉の短剣で細剣を防いだ。
『ほぅ?』
「ッらあああああああっ!」
そして、そのまま防いだ水霊玉の短剣を振り、反撃に出る。
『我の攻撃を防いだか……予測できない事が多く起こり、退屈しないな』
「俺は色々嬉しくないけどなっ!」
そんな皮肉を口にしつつも、スキルを連続で発動させ、攻撃を仕掛ける。
『斬脚』、『剛爪』、『刹那』、『斬脚』、『剛爪』、『刹那』――――。
しかし、ゼアノスはその攻撃を全て簡単にかわしていく。
スキルが駄目なら……魔法でどうだ!
俺はすぐに水属性魔法の、以前サリアに向けて放ったあの魔法以外で魔力消費量が同じ位のモノを発動させた。
「『オーシャン・インパクト』ッ!」
俺は右腕をゼアノスの方に構えそう叫ぶと、極限にまで圧縮された水の小さな塊を高速で撃ちだす。
『ほう?水属性最上級魔法か……面白い!我は生前剣以外で闇魔法を極めた者なり!』
だが、ゼアノスは俺の攻撃を見ても楽しそうに笑い、そして俺の放った『オーシャン・インパクト』に向けて右腕を構えた。
『【マジック・ホール】!』
ギュルルンッ!
不気味で耳障りな回転音を出しながら、突然ゼアノスの右手のひらから漆黒の小さい空間が出現した。
その空間は、何故か常に渦巻いており、凄まじい威圧感を感じさせられる。
そして、俺の感じた威圧感はまさに本物であり、ゼアノスに迫っていた『オーシャン・インパクト』がその漆黒の渦巻く空間に簡単に吸い込まれ、やがてその空間ごと消滅した。
『水属性最上級魔法を使えるとは思わなかったが、我には元より魔法は効かんぞ!』
何なの!?チート過ぎやしませんかねぇ!?もうちょっとイージーモードにならない!?軽いバグじゃん!チートどころじゃねぇよ!?
「くそっ!」
あんまりにも理不尽な強さに、俺は思わず悪態を吐いた。
『貴様のゴリラへの愛はその程度か?』
そして、ゼアノスは次は俺の番だと言わんばかりに襲いかかってきた。
「うおっ!」
殆ど反射的にその場から飛び退いた俺だったが、軽く俺の体をゼアノスの細剣が掠める。
「クッ!」
『ほう……こうも何度も我の攻撃を避けられたのは、魔物になる前から数えても数人しか記憶にないな』
「魔物になる前って何!?アンタ人間だったの!?」
突然のカミングアウトに思わずそうツッコんでしまう。いや、だって目の前にいるのって確実に骸骨なんだもん!……あ、人間の死体も骸骨になるじゃん。
てかそんな事はどうでもいい訳で、ゼアノスの正体なんかより、俺の攻撃が一度も当たらないこの状況の方が問題だ。
サリアのスキルも長くないだろう。
そのスキルの効果が続いているうちに倒さないと……。
そもそも、俺はクレバーモンキーやアクロウルフから手に入れたスキルを使いこなせていない気がする。
神からもらった異世界の知識が書かれた冊子によると、スキルなんかは本来自分で手に入れるモノであって、俺のように他人から奪える存在はまずいない。
だからこそ、俺は自分で手に入れたスキルじゃないから、全然使いこなせていないのだろう。
……所詮は他人の力か……。
思わずそんな思いが頭をよぎるが、すぐに捨てさる。
俺のスキルで手に入れた他人の力なら、今この場で俺の力とすればいい。
それに、もしそれで自分の力にできたなら――――
「俺はさらに進化する……!」
再びその場から全力で駆けだし、ゼアノスに接近する。
ただ、普通にスキル『刹那』を発動させて近づくだけじゃ駄目だ。
今までは闇雲に使って、全部かわされてしまった。
でも、今回は少し違う使い方をしてみようと思った。
頭の中である策を練りながら、徐々にゼアノスに近づいていく。
……今更だけど、俺って本当に進化してたんだなぁ。今こうして全力疾走してても疲れないし、それにスピードがスキルの刹那ほどではないにしろ、凄まじい速さで動けている。
それに、よくよく考えたら、レベル1がレベル1500に挑んで持ちこたえてるのって異常だよな?……だよね?以外と皆普通なのかも……。
まあ、とにかく進化しているのは間違いない。だって、最初は俺全ステータス1だったし。
そんな事を感慨深く思いながら近づいていると、ゼアノスはつまらなさそうに言った。
『血迷ったか、人間よ。スキルも使わず、我の反射速度を超えられると思っているのか?』
ゼアノスは、避けるまでも無いと判断したのか、悠然とその場にたたずみ、俺にカウンターを入れようと構えている。
――――だが、それが俺の狙いだった。
あと少し……あと少し……あと少し……!
そして、俺の望んでいた瞬間が訪れた。
『残念だったな、人間。貴様の≪愛≫もその程度だったのだ』
ゼアノスは進化を繰り返してきた俺でもギリギリ認識できるレベルの速度で腕をふるい、俺の心臓を突きさすように細剣で突いてきた。
今全力疾走で一直線にゼアノスへと向かっている俺に、避ける術は無い。
だから、俺はスキル『刹那』を後ろに発動した。
『なっ!?』
突然ゼアノスの反射速度を上回るスピードでバックステップをした俺に、ゼアノスの細剣は空を切った。
そして、その無防備な状態であるゼアノスに、今度は再び何時も通り前に突き進むようにスキル『刹那』を発動させた。
「うおおおおおおおおおおおおおっ!」
この『刹那』もまた、今までとは違う使い方をしている。
それは、攻撃するために移動するだけだった『刹那』を、攻撃に転換させること――――!
刹那を使い、直接ゼアノスに水霊玉の短剣が届くようにそのまま突進した。
すると、その瞬間頭に進化の時や、スキルを習得した時に流れる声が聞こえてくる。
『奥義≪疾風≫を習得しました』
奥義!?なんだそりゃ!?
聞き慣れない単語に驚く俺だったが、すぐに思考を切り替える。
今は――――目の前のゼアノスだっ!
俺の全身全霊をかけた、今の俺が出せる最高の一撃。
その一撃は、ゼアノスの細剣横を抜け、ゼアノスの認識出来ない速度を持って、心臓へと迫る。
そして――――
「――――」
『――――』
――――水霊玉の短剣は、ゼアノスの心臓部分へと突き刺さった。
「……」
『……』
静寂があたり一面を支配する。
俺の水霊玉の短剣は、深々とゼアノスの心臓部分に突き刺さっている。
首から上は骸骨なのに、不思議と手に伝わる感触は肉を断ち切る感触と変わらない。
だが、ここで気を抜いてはいけない。確実に相手を仕留めるまでは――――。
何とも言えない不思議な時間が、俺とゼアノスの間にしばらく流れた時だった。
カララン。
そんな、乾いた音が再び部屋に響き渡る。
何の音かと思えば、ゼアノスの手から、漆黒の細剣が地に落ちた音だった。
『…………フフフフフ…………アハハハハハハハハ!』
すると、突然ゼアノスは俺に心臓を貫かれた状態で高笑いを始めた。
『我は……我は敗れたのだな!』
「!」
ゼアノスのその言葉で、俺は理解する。
そして、それと同時にゼアノスの体が光の粒子に包まれている事にも――――。
それは、魔物を倒した時のエフェクトと同じだった。
俺は――――勝った。
その事を改めて理解し、湧き上がる感情を一身に受け止めていると、ゼアノスは自嘲気味に呟く。
『我の敗因は……己の力に陶酔した結果の傲慢さ、か……』
だが、すぐにゼアノスは骸骨の頭を振り、今度は最初に遭遇した時からは考えられない程優しげな声音で告げた。
『否――――貴殿とゴリラ殿との≪愛≫に敗れたのだな』
「……」
えっと……なんて反応すればいいんでしょうか?
いきなり貴殿とかゴリラ殿とか……え、お前誰だよ。
そんな事を俺が思っていると、ゼアノスはそのまま優しい声音のまま続ける。
『我は人間だった頃、死ぬ間際まで人間を恨んだ。それこそ、醜く歪んだ愛に……』
「……」
『だが、こうして貴殿とゴリラ殿との真実の≪愛≫を最後に見る事が出来た』
未だに唖然とする俺に、ゼアノスは最後にこう締めくくった。
『我に、最高の≪愛≫を見せてくれて――――ありがとう』
そう言ったゼアノスの骸骨顔は、どこか晴れやかな雰囲気にも感じられた。
『マリー……私も今、そちらに向かおう――――』
ゼアノスはそう言うと、光の粒子となってその場から消え去っていった。
その場にはドロップアイテムだと思われるモノが何個も落ちており、そして最初に地面に落ちた漆黒の細剣とは真逆の純白の細剣が、地面に落ちた。
何を言っているのかは正直よく分からなかったが、ゼアノスはなにやら幸せそうだったのでよしとする。後でドロップアイテムの中にあるだろう【ゼアノスの人生】で確認すればいいのだから。
俺はゼアノスの粒子が消え去ったのを確認すると、すぐにサリアの元へ全力で駆け寄った。
「サリアッ!」
急いで駆け寄った俺だったが、サリアの姿を見て、俺は言葉を失う。
「さ、サリア。か、体が……」
そう、サリアの体は、今消えていったゼアノスの様に、光の粒子になりかけていた。
呆然とする俺に、寝かせる前の元気さも失ったサリアが、弱々しく告げる。
「誠一……アリガ、トウ……」
「さ、サリア……?」
「誠一、トテモ……カッコヨカッタ」
「嘘だろ?なあ……」
やっと……やっとゼアノスを倒したというのに……。
サリアの体は、回復するどころかどんどん光の粒子となっていく。
「いやだよ……嫌だよ……!」
首を横に振りながら叫ぶ俺に、サリアは弱々しい笑顔を向けてきた。
「ソンナ顔……シチャ駄目。カッコイイ顔、台無シ……ダヨ?」
「……」
また、俺は涙が溢れ出てきた。
間にあわなかった……。
その事実に、俺は絶望するしかなかった。
すると、サリアはそっと俺の頬に手を添える。
「私ハ、誠一ト出会エテ……ヨカッタ」
「……」
「誠一ト過ゴセテ、ヨカッタ」
「……」
「誠一ヲ、好キニナレテ――――ヨカッタヨ」
笑顔でそう告げるサリアに、俺は言葉を返す事が出来なかった。
こんな事……認めたくない。嫌だ……絶対に嫌だ……。
でも、運命は残酷だ。残酷過ぎる。
今も、どんどんサリアの体を光の粒子へと変えていっているのだから……。
もう、何も考えられない俺に、サリアは最後の頼みとも言えるお願いをしてきた。
「アノネ?誠一……」
「……」
「私……誠一ノオ嫁サン、ナリタカッタ、ナァ……」
「!!!!」
そう言ったサリアの目から……初めて涙が流れていた。
――――本当に、現実や運命は俺達に理不尽な事を突き付けてくる。
どう足掻いても、対処のしようが無いような事を……。
それに、この世界は神が干渉しないと言っていた。
なら、当然だけども奇跡なんてモノは存在しない。
奇跡は無いのに、残酷な現実、運命は待ちうけている。
でもね?人間は追い込まれたら、願わずにはいられないんだろうね。
――――――――奇跡を。
「……」
今の俺に出来る事。
それは、ただただ祈る事。
……奇跡を願う事だけ。
でも、願うだけじゃ駄目だと思うんだ。
奇跡が起きるかなん分かりはしない。そもそも、起きない事の方が当たり前だ。
そんな奇跡だから、俺はサリアの願いを叶えたいと思った。考えたくも無いけど、奇跡が起こらなかったら、それこそ俺は一生後悔するから……。
サリアの願いは、俺の嫁になるという事。
俺みたいな奴の嫁になれたところで得なんてありゃしないだろう。
それに、こんな状態のサリアに俺が出来る事なんて限られている。
サリアに負担をかけることなく、一番サリアの願いにそえるモノ。
それを考えた結果、俺はサリアに――――
「!」
「―――――」
―――――口づけをしたんだ。
女性と付き合った事なんかある訳もない男のキスだ。
ただ、優しくサリアの唇に俺の唇を重ねてやるだけ。
慈しんで、愛しんで……。
唇を重ねるんだ。
延々と感じられる数瞬のキスを体感し、俺はそっと唇を離す。
そして、静かに地面にサリアを横たえた。
すると、サリアは感極まった様子で、涙を溢れさせながら、笑顔を浮かべた。
「アリガトウ……!」
そして、サリアがそう口にした瞬間だった。
突然、サリアの体が凄まじい光を発しだした。
それは、魔物を倒して、光の粒子となって消えていく際のエフェクトとはまるで異なっており、全く俺の知らない現象だった。
え、ちょっ……何が起きてんの!?
てか、そんなことより――――
「目が……目がああああああああああああっ!」
何の構えもしてなかったから、直接目に光が飛び込んで来たのに防げなかったよ!?今ならム○カ大佐の気持ちが分かる……!
目を押さえ、転がりまわる俺だったが、やがて視力が徐々に回復して行くと、そーっと閉じていた目を開いた。
目を開くと、もう既にあの激しい光は収まっている。
「い、一体何が……」
思わずそう呟き、俺は再びサリアの居た場所に視線を戻した。
「…………」
俺は絶句した。
「…………」
何故か、さっきまでサリアを寝かせていた場所には、裸の少女が寝ていたからだ。
………………はい?
え、誰?てか、何で裸?つか、サリアは?え?は?
頭はパニック。混乱は極まり、今にもショートしてしまいそうだった。あ、あれ?おかしいな……俺のスキルに『混乱耐性』ってあったんだけどなぁ~……。
「――じゃなくて!?」
マジで誰!?ってサリアはどこに消えた!?
それ以前に何で裸なんだ……!しかも、大事な部分は何の力の働きか、髪で隠れてたり、影になってたりと俺からは全然見えない……!
一体何なの!?
今自分の体験している出来事に頭の処理が追い付かず、ぐるぐると今にも目を回しそうに感じていると、目の前の少女はいきなり目を開き、ゆっくりを体を起こした。
「……」
「え、えーっと……」
どこの誰だか知らんが、いきなり痴漢扱いされたらたまったもんじゃねぇぞ……!
警戒心をMAX状態で目の前の少女に目を向ける。
腰まで伸びた、煌めく炎を思わせる紅い髪に、けぶるように長いまつ毛を持つ目に収まったルビーのような深紅の瞳。スッと通った鼻に、桜色の瑞々しい唇。小さな顔に、恐ろしいまでに綺麗に整った状態で収まった顔は、地球にいた頃に見た、二次元の美少女達を軽く凌駕する美少女だった。
簡潔に言えば、超美少女。ハッキリ言って、ヤバい。俺の通っていた学校でも、トップクラスに食い込めるぞ。
体つきは……うん。色々凄まじい、とだけ言っておこう。それにしても、色々と大事な部分が髪の毛で隠れているのが惜しい……等とは決して思っていない。……うん。
へ、変態って言うんじゃねぇよ!仕方ねぇだろ!?……一人で何やってんだか。突然の出来事に混乱し過ぎだな、俺……。
しかし、見た感じ俺と同い年のようにも見えるんだけど……。
勝手に盛り上がって、勝手に沈んだ後に冷静にそう観察していると、不意に少女の瞳が俺を捉えた。
「!」
「えっと……」
俺が目の前の少女に、とにかく何かを言おうとした時だった。
「――――ち」
「え?」
微かに何か言っているように聞こえたが、小さすぎて聞き取れず、思わずそう訊き返すと――――
「――――いち。――いいち……誠一いいいいいいいい!」
「ぐふぉあっ!?」
いきなり少女は俺に抱きついてきた。……抱きついてきたあ!?な、何で!?
驚きと困惑と……とにかく色々な事で頭がごちゃごちゃになっている俺に、少女は綺麗な瞳を潤ませながら言う。
「やったよ……やったよ、誠一!私……私たくさんしゃべれるようになったよ!誠一とまた一緒にいられるよ!また……また好きって伝えられるよ!」
「ちょっ……ハア!?」
何!?やったって何を!?この子一体何なの!?
俺が混乱した頭で何とかその事だけを必死に考えていると、そんな俺の想いに気付いたのか、目の前の少女は少し悲しそうな表情になりながら訊いてくる。
「誠一……私が……分からない?」
「いや、分からないって訊かれても……」
俺がそう答えかけた時だった。
……何か……何かが引っ掛かる。
それは、とても大事なことのようで……歯車が一つズレているような。まるでそんな感覚だった。
何が引っ掛かっているのか必死に考え、思い出そうとしている時だった。
俺に抱きついてきた少女は、潤ませた瞳を上目遣いにし、少し不安げな様子で、それでいて何かを決意したかのような面持ちで俺に告げた。
「私……誠一の事が好き!大好きなの!だから……お嫁さんにしてください!」
「――――」
その一言だけで、俺の噛みあっていなかった歯車は噛み合い、引っ掛かっていた何かがスッキリした。
もう、完全に理解した。
それは――――
「サリア……なのか?」
驚愕に包まれた俺は、絞り出すようにそう言葉を口にした。
すると、目の前の少女――――サリアは潤んだ瞳のまま、満面の笑顔を浮かべた。
「うん!」
俺は、しばらくの間言葉を失うしかなかった。
神のいないこの世界で、奇跡が起こった。
それは、俺がこの世界に来てから幾度となく生命の危機を救ってくれた、唯一つであろうこの世界に存在する【進化の実】という名の奇跡の果実……その恩恵である事。
この実には、救われてばっかりだ。
厳しいこの森で、俺に与えてくれた、この奇跡。
ただ、この感謝の念だけは忘れてはいけない。何があっても絶対に……。
それを改めて再認識した所で、今度は目の前のサリアの方を改めて理解した。
その上で、こう叫んだ。叫ぶしかなかった。
「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」
サリアが美少女!?え、これも進化なの!?おかしくね!?明らかに種族違くね!?一体何が起こった!?
あ、でも良く見ると尾てい骨辺りから尻尾が……って色々俺の目に毒過ぎる……!長い年月禁欲生活送ってきた男子高校生の性欲舐めんなよ!……何でも無いです。
ってちょっと待て。今俺の状況を冷静に考えよう。
俺今サリアに抱きつかれている訳だよな?
それで、俺の体に伝わる柔らかい感触。
……もう、あれですね。口にしないでももう分かります。ケフィアですね。
……………………。
…………俺、無の境地に入らないと駄目かもしれん。さっきからなんか甘くていい匂いもするし……。
これは、色々辛い。もう、本当に。ゼアノスと戦ってた時より厳しい。マジで。
取りあえず、今の俺の心境を一言で表す事にしよう。
………………。
俺の理性がビックバン……!
やっと……やっとサリアがヒロインに……!
皆さま。長らくお待たせしました。ようやく全快しました。
療養中もちょいちょい執筆していましたが、そのせいか色々とおかしなことになっている部分が多いかもしれません。
キスしてサリアを美少女にさせたのは、単純に私がお姫様の呪いを解くのは王子様(主人公)のキス!的なノリでした。
それでサリアを美少女にした訳ですが、何気にゴリラのサリアを気に入りつつあったので、寂しくも感じている私です。
これからの投稿ですが、少しペースを落とすかもしれないので、基本的に不定期投稿となりそうです。楽しみにしていただいている読者には大変申し訳ないと思いますが、なるべく執筆を頑張って、日数を開けずに投稿出来るように努力はしようと思います。