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魔族と人間の共存への一歩

 ――――ウィンブルグ王国の王都テルベールにある【アークシェル城】。

 普段は穏やかな雰囲気が漂い、国民たちから愛されている観光名所の一つでもあるこの場所で、歴史的な会合が行われようとしていた。

 そのためか、城全体に緊張が走っているようにも思える。

 いつもなら談笑をしているメイドや執事たちも、今は会合を支えるために忙しなく動いていた。


「……」

「……」


 そして、会合のために用意された部屋でウィンブルグ王国の国王であるランゼと、魔族たちを束ねる魔王の娘ルーティアが向かい合う形で座り、それぞれの背後には主君を護るために家臣たちが控えている。

 また、そんな彼らとは別に、この会合そのものを……この場にいる全員を護るためにS級冒険者たちが真面目に――――。


「お嬢さん、この後空いてますか? いや、もしよろしければこのまま――――」

「許しませんけど!? 何サラッと帰ろうとしてるんですか! つか、メイドさんをナンパしてんじゃねぇ!」

「ぐふ……ぐふふふふ。あそこの執事の御仁……“受け”の顔をしていますね。妄想が捗ります……!」

「そこぉ! 執事さんを使って妄想しない!」

「お? アイツ、殴りがいがありそうだな……ちょっと殴ってくるわ」

「何魔族の方々に殴りかかろうとしてるんですか!? バカなんですかねぇ!?」

「Zzz……」

「ネムさんは……って寝てる!?」

「……ユースト、お前大変だな……」

「そう思うならオーヴァルさんも手伝ってくださいよ!」


 ――――真面目に、警護をしていた。

 変態たちの手綱を握っているのはS級冒険者のユースト・ホラーズであり、彼の心はすでに疲れ切っていた。


「まったく……そう言えば、アフロスさんは城の中を巡回中でしたよね? 一人で大丈夫でしょうか?」

「大丈夫だろう。少なくとも、ここにいる誰かを連れて行く方が問題になるさ」

「警護の意味とは!?」

「それに、エレミナ様も別ルートを巡回中なはずだ。まあ何とかなるだろ」

「……あの人一人にするとか……お城の中、メチャクチャになっても知りませんからね……」


 はたから見るとふざけた集団にしか見えないのだが、彼らは世界中にいる冒険者の頂点……S級冒険者なのだ。

 実力に関しては、心配ない……はずだ。たぶん。おそらく。やはりダメかもしれない。

 城全体が緊張しているというのに、S級冒険者たちだけ普段通りなところを見ると、肝が据わっているのは間違いなかった。


「……あー、何て言うか……周囲のS級冒険者どもは気にしないでくれ」

「……うん、大丈夫。賑やかでいい」


 そんなS級冒険者の様子に思わず頭を抱えそうになりながらランゼがそう言うと、ルーティアはほんの少し微笑んだ。


「――――さて、まどろっこしいのは嫌いだ。だから単刀直入に訊くぜ? ……お前さんらは、どうしたいんだ?」

「……どうしたいか?」


 口調こそいつも通りのランゼではあったが、そこにいるのは確かに王の威厳を纏った国王だった。

 そのランゼから問いかけを受けたルーティア自身も特別意識はしていないものの、身に纏う雰囲気は高貴なモノであった。

 ルーティアは静かに瞳を閉じると、やがて小さいながらもハッキリとした口調で言い切った。


「……私たちは、人間と共生したい」

「……」


 真っ直ぐに、ランゼの瞳を見つめる。


「……んで、それを俺たちに信じろってのか?」

「あ? テメェ……今すぐぶっ殺してやろうか?」

「……ゾルア、落ち着いて」


 ランゼの言葉にカッとなったゾルアだが、すぐにルーティアに止められる。

 だが、ランゼの言葉に怒りを抱いたのはゾルアだけではなかった。

 魔族軍の全員が、静かながらも怒りを抱いていたのだ。

 さらに言えば、怒りこそ抱いていないものの、S級冒険者唯一の魔族であるオーヴァルも、ランゼの言葉が理解できなかった。

 今回の会談は、和平や結ぶためだと思っていたからだ。

 周囲から漂う怒気など気にした様子もなく、ランゼは当たり前のように続けた。


「そうカッカするもんじゃねぇよ。少し考えたら分かることじゃねぇか。お前さんらの本心がどうであれ、周囲はお前らを悪だと決めつけた。事実、ほとんどの国がお前さんらに差別的だ。そんなお前さんらと交流を持つのは……少しばかり、リスキーだと思わねぇか?」

「……」


 ランゼはルーティアを射貫くような視線で見つめる。

 両陣営の間に沈黙が訪れた。

 だが、その沈黙はすぐに崩されることになった。


「……それは、私たちも同じ」

「ん?」


 ルーティアはランゼに負けない強い視線で、見つめ返した。


「……私たちだって、人間と関わるのは怖い。もっと言えば、今でも私は人間が憎い。だって、私のお父さんだって……封印されたから」

「……」

「……でも、それじゃいけない。怖いからって閉じこもったって……いずれ終わりが来る。そして、その先に未来はない」

「……そうだな」

「……けれど、私はそれじゃいけないの。今の私は、魔族を率いる長。私には、魔族の未来を後世に繋ぐ義務がある。例え危険だとしても……私が動かなきゃ……ダメなの」


 ルーティアがそう言い終わると、再び両者の間に沈黙が訪れた。

 そして――――。


「……フッ。意地悪なこと言って悪かったな」

「……え?」


 ランゼはさっきまでの雰囲気がウソのように、いつも通りのどこか飄々とした優しい雰囲気へと戻った。

 その様子を見て魔族側が呆気にとられていると、ランゼの背後に控えていた【氷麗の魔人】の異名を持つ、フロリオ・バルゼが呆れた様子で苦言した。


「陛下……心臓に悪いので、そう言うことは控えてください……」

「ハハハ! そう言うな! 事実、確認はしとかなきゃいけねぇだろ?」

「そうかもしれませんが……」


 ウィンブルグ王国側だけ分かっているといった雰囲気に、思わずルーティアは訊ねた。


「……どういうこと?」

「ん? ああ、きちんと言葉にしてなかったな。俺――――ウィンブルグ王国は魔族と正式に交流するってことだよ」

「っ!」


 ランゼの言葉に、ルーティアは目を見開いた。


「……本当に……いいの……?」

「いいも何も、最初からそのつもりで来たんだろ?」

「……そう、だけど……」

「細けぇことは気にすんな! ウチには優秀な家臣がいるからな。ちょっとやそっとの武力干渉じゃビクともしねぇよ」

『無論だな。我が漆黒の炎が散り一つ残さず焼き尽くしてくれよう』


 フロリオと同じように、ランゼの背後に控えていた漆黒の全身鎧姿である【黒の聖騎士】が胸を張って答えた。

 その隣で、フロリオの妹であり、ウィンブルグ王国の【黒の聖騎士】に並ぶ最強の騎士……ルイエス・バルゼもサラッと告げた。


「『超越者』の一人となった今、そうそう遅れをとることはないでしょう」

「……ん? おい、今『超越者』って言ったか!? 俺その話聞いてねぇぞ!?」

「はい。今お伝えしたので」

「俺国王だよな!? 報連相しっかりしろよ!?」


 ルイエスのまさかの発言に、ランゼは思わずと言った様子でツッコんだ。


「ったく……とまあ、問題児が多いのも確かだが、そう易々とやられたりはしねぇさ。むしろ、そっちこそ気をつけろよ?」

「……うん、大丈夫。私の部下も……強いから」


 ルーティアのその言葉だけで、レイヤたちは言葉にできないほど感動していた。


「よし、んじゃあ友好の握手といこうぜ? 具体的な交流内容だとかの書類は後でいいだろ」

「……うん」


 お互いにその場から立ち上がり、歩み寄る。


「これからよろしく頼むぜ」

「……こちらこそ」


 そして手を差し出して――――。


「おっと~! ソイツは認められねぇぜ?」

『ッ!』


 突然、ランゼとルーティアの間に『影』が出現した。

 その瞬間、ルイエスはランゼを引っ張り、ゼロスはルーティアを背後に庇うことで『影』から引き離した。


「ゴホッ!? お、おい……ルイエス……もう少し優しく離すことは出来ねぇのか……」

「すみません、緊急事態だったものですから」

「向こうさんを見てみろよ。スマートに背後に庇ってるんだぜ?」

「すみません、面倒なので」

「それが本心だろ!?」


 正体不明の『影』が出現したというのに、どこか緊張感のないやり取りをするランゼたち。

 だが、周囲のS級冒険者も、そして背後に控えるそれぞれの家臣もその『影』に最大の警戒をしていた。

 すると、『影』の中から一人の男が現れる。

 現れたのは、くすんだ赤色の髪を逆立たせ、爬虫類のようなギョロっとした目が特徴的な不気味な男だった。

 その男は軽薄な笑みを浮かべながら周囲を見渡す。


「ぎゃははははっ! 悪ぃなぁ!? いいところを邪魔しちゃってよぉ!」

「……貴様、誰だ?」


 ルーティアを背後に庇った状態で、ゼロスが最大の威圧を放ちながら問いかける。

 だが、男はその威圧にまるで怯んだ様子も見せず、むしろ愉快そうに笑った。


「いいねぇいいねぇ! アンタ、強いだろ!?」

「質問に答えろ! 貴様は誰だ!」


 ゼロスの言葉に軽く肩を竦めると、男はそのまま口を開いた。


「そう怒んなって。俺はレスター。『魔神教団』の使徒さ……!」

「魔神教団だと……?」


 レスターと名乗った男の口から出た組織名に、ゼロスは眉をしかめる。

 すると、ゼロスに並ぶようにゾルアが前に出て口を開いた。


「ハッ。その御大層な組織の使徒様が何の用だ?」

「言ったろぉ? 認められねぇって。人の話はちゃんと聞いとこうな? ぎゃはははは!」

「認められねぇ……?」


 首を捻る魔族軍のメンバーや、ウィンブルグ王国の家臣たちの様子を見て、レスターは呆れたように言う。


「おいおい、ここまで言って分からねぇのか? つまり、アンタらが仲良くするのを認めねぇって言ってんだよ」

『ほお? 何の権利があってそのようなことを口にしているのか……』

「あん? 何だい何だい、しゃべる鎧がいるのかい!? ぎゃはははは! コイツはスゲェ!」


 何が面白いのか、『黒の聖騎士』の姿を見てレスターは爆笑する。

 ひとしきりに笑った後、レスターはギョロりと視線を向けた。


「何の権利があるのかって? んなの魔神様のためなんだから、権利もなにもねぇんだよ!」

「魔神のためだと?」


 さらに警戒しながらゼロスが訊ねると、どこか陶酔した様子でレスターは語る。


「ああ……そうだ、魔神様のためだ。この世のありとあらゆる【負】の感情を集めて、魔神様を復活させるのさ! そのためには、アンタらが仲良くしてもらっちゃあ困るのよ。もっと悲惨に、残酷に殺しあってもらいたいんだからよぉ!」

「……お前の言う魔神だとかその復活だとか、何のことだかサッパリ分からんが……ロクでもねぇことを考えてるってのは分かるぜ?」


 ランゼが睨みつけるようにしてそう言うが、レスターの調子は変わらない。


「分かる必要なんてねぇんだよ。どちらにせよ、アンタらはここで死ぬんだしな! ぎゃはははは!」

「ずいぶんと舐められたものだね……この場には僕たちウィンブルグ王国と魔族軍の最強戦力が揃っているうえに、S級冒険者までいるんだ。そんな場所に一人で来るなんて――――」

「おいおい、俺が何も考えてねぇと思ってんのか?」

「何?」


 フロリオの言葉を遮るようにして、レスターは不気味な笑みを浮かべた。

 その瞬間、部屋の扉が勢いよく開かれた。


「も、申し上げます! 現在、このテルベール周辺に……大量の魔物が押し寄せております!」

「何ッ!? 数は!?」

「それが……前回の大侵攻の軽く数倍だと……」

「――――」


 部屋に飛び込んできたのは、このウィンブルグ王国の兵士の一人で、その兵士から伝えられた報告はとんでもないモノだった。

 絶句するランゼたちを前に、レスターは愉悦に浸っていた。


「ぎゃはははははは! いい感じに絶望してんじゃねぇか! ……さあどうする? このまま俺の相手をするか、魔物に蹂躙されるか……!」

「くっ……!」


 前回の魔物の大侵攻の際、被害がほとんどなく済んだのは誠一のおかげだということをランゼは知っていた。

 だからこそ、その誠一がこの場にいない今、どれほどの被害が出るかは想像もつかなかった。


「『黒の聖騎士』! お前は【奈落の黒兵団アビス・シュバルツ】を率いて魔物の掃討にあたれ! ルイエス! お前のとこの【剣聖の戦乙女ワルキューレ】も同じく魔物の討伐に向かわせろ! 現場の指揮権は二人に任せる!」

『承った』

「はい」

「フロリオ! お前は魔法師団の一部で魔導カメラを飛ばせ! もう偵察部隊が出てるだろうから、そこから位置は聞きだせよ? んで、残りは国民の避難誘導だ! とにかく中心地にあるここ……【アークシェル城】周辺に来るようにしろ!」

「よろしいのですか? それでは陛下の警護がいなくなります」

「俺より国民だ! 俺は何とかする!」

「……御意」


 ランゼが凄まじい速度で指示を出していき、それに従って城中の兵士たちが動き出した。


「……ランゼルフ王。私たちも手伝う」

「いいのか?」

「……ええ。だって、やっと歩み寄れたから。こんなところで、終わりにしたりなんてしない」

「……そうか。なら、頼むぜ」

「……うん。ゼロス、ゾルア、レイヤ、ウルス、リアレッタ」

『はっ!』

「……この国の兵士たちと一緒に、魔物を討伐してきて。もしかしたら、何体かは言葉が通じるかもしれないから……」

『お任せください!』

「……ジェイドは私の護衛をお願い」

「かしこまりました。お任せください。ゾルアちゃんとゼロスちゃん。喧嘩しちゃだめよ?」

「…………善処する」

「ハッ……テメェこそ、ルーティア様を護りきれよ」

「頑張るわ」


 魔族軍からも、ジェイドを除く全員が魔物の討伐に向かった。

 その様子をニヤニヤと眺めていたレスターは、煽るように口を開く。


「おいおい、そんな人数で足りんのか? 前回と違って、S級の魔物だけをかき集めたんだぜぇ? それに、俺と同じ使徒が控えてるんだ」

「! 前の大侵攻はお前らが原因か……!」

「せ~か~い! ま、全部殺されて計画が狂っちまったがよぉ」


 少し拗ねた様子でそう言うレスターをよそに、S級冒険者たちも動き始めた。


「陛下。私たちも魔物の討伐に向かいます。なんせ、魔物を相手にするのは慣れてますからね」

「俺としちゃあそこの不気味な野郎を殴る方がいいんだけどよ。まあ今回はヤバそうだから、俺も討伐に回ってやるよ」

「そうだね。でも皆が討伐に向かうなら、僕はここで陛下の警護とアイツの相手をするよ」


 ユーストはさりげなく鋭い視線を未だに軽薄そうに笑うレスターに向けた。

 そんなユーストを見て、オーヴァルは頷く。


「ユーストが残るなら大丈夫だな。後は任せたぜ?」

「はい! オーヴァルさんも頑張ってください! ……彼らの相手を」


 ユーストが遠い目でS級冒険者を見ていることに気付いたオーヴァルは、同じようにS級冒険者たちに視線を向けた。


「…………やっぱり行きたくねぇ…………」

「だ、大丈夫ですよ! 頑張ってください!」

「……ああ、分かったよ! せっかくの魔族と人間が仲良くなれそうなんだ、俺もやってやるよ! おら、ネム! お前はこっちで戦うんだよ!」

「……ん? いーやー、はーなーしー……Zzz」

「引きずられながら寝るんじゃねぇ!」

「あ、途中でエレミナ様とアフロスさんも拾っていってくださいよ!」


 背中越しにユーストがそう声をかけると、オーヴァルは手をひらひらさせて出て行った。

 こうして部屋に残ったのは、ランゼとルーティア、そしてそれぞれの護衛を任されたジェイドとユーストだけだった。


「おいおい、ずいぶん減ったじゃねぇか。いいのか? そんなもんでよぉ」

「あら? 私はこれで十分だと思うんだけどぉ? それどころか、私一人でも全然問題ないわ」

「そうですね。僕も十分だと思います。むしろ、二対一で勝てると思っていますか?」

「……言うじゃねぇか」


 二人の反応に、レスターが初めて獰猛な笑みを浮かべた。

 そして、レスターの体から禍々しいオーラが溢れ出す。


「まあいい。んじゃあ早速やろうじゃねぇか……殺し合いをよぉ!」


 そう言った瞬間、レスターの体が二つになった。


「なっ!?」


 その光景に、ランゼたちは息を呑んだ。


「「ぎゃはははははは! いい表情じゃねぇか! そら、まだ増えるぜぇ?」」


 そこから四人、八人……と言った様子で、レスターの体は部屋を埋め尽くす勢いで増えていった。


『さあ、これで二対一だなんて言えねぇなぁ!?』


 最終的にレスターは30人にもなった。

 すると――――。


「いいわよぉ? それじゃあ私一人で相手してあげるわぁ」

『あ?』


 ジェイドが一人で相手にすると言った。


「……一人で大丈夫ですか?」


 ユーストがそう言うと、ジェイドは熱っぽい視線を向ける。


「あらヤダ、私の事心配してくれるの? 嬉しい! でも大丈夫よ。これくらいなら私一人で何とかなるわ」

「そ、そうですか……」


 ユーストはレスターではなく、ジェイドから身の危険を感じていた。

 まさか、ここまで無反応だとは思わなかったレスターは、怒りを滲ませる。


『……おいおい、状況が分かってねぇのか? 三十対二どころか、アンタは三十対一でいいって言ってんだぜ?』

「もちろん分かってるわよ? ……そっちこそ覚悟はいいんでしょうね?」

『あ?』


 突然、ジェイドの雰囲気が変わった。

 ジェイドの体から、妖しい魔力が流れ始めたのだ。

 それは、ジェイドが全力を出す時の合図でもあった。

 ジェイドはいつも通りの柔らかい口調でルーティアに訊ねる。


「ルーティア様。力を解放いたします」

「……うん。頑張って」

「――――御意」


 その瞬間、部屋全体を妖しい魔力が包み込んだのだった。


◆◇◆


「――――【魔神教団】、ね……」

「ご存じなのですか?」


 オーヴァルは相変わらず寝たままのネムを引きずって、ユーストに言われた通り道中でエレミナとアフロスの二人と合流していた。

 今はS級冒険者たちと魔族軍のメンバーもおり、一度情報を共有するために城の前で話し合っていた。

 その中で事の顛末を聞いたエレミナは一瞬眉をしかめると、すぐに元の表情に戻り、話し始める。


「ええ。私、この国の王妃なのは知ってると思うけど、冒険が好きなの。私と主人……ランゼの出会いも冒険者としてだったしね。そんな私が王妃としてでなく冒険者として活動できているのも、全部ランゼのおかげなの。だから、私は私でランゼの力になりたくて、冒険の傍らで他国の色々なことを調べたわ。その中で、どの国に言っても必ず聞く言葉があったのよ。それが――――」

「【魔神教団】だと?」

「ええ。詳しい構成員は不明で、目的が魔神復活ってこと以外は何も知られていなかった……」

「いなかったってことは……」

「そう、最近やたらと活発的に動き始めているようで、徐々にその組織の実態が見えてきたのよ。目的は魔神復活であることに変わりはないんだけど、そのための手段が……【負】の感情を集めることだそうよ」

「……確かにヤツもそう言ってたな……」


 ゼロスはレスターの言葉を思い出した。


「哀しみ、怒り、憎しみ……そう言った【負】の感情を集めることで、魔神が復活するそうよ」

「そもそも、その魔神ってのは何なんだよ? 俺たち魔族ですら初耳なんだ。なんか俺たちと関係があるのか?」


 ゾルアがそう訊くと、エレミナは首を横に振る。


「いいえ、魔族とは関係ないわ。確かに魔族を率いる王を魔王とは呼ぶけれど、魔神はそれとはまったく別よ」

「じゃあ一体何なんだよ?」

「神よ」

「は?」


 端的に告げられた言葉に、ゾルアだけでなく全員が呆けた表情を浮かべた。


「神? それは俺たち魔族軍にもいる黒龍神様みたいなもんか?」

「いいえ、違うわ。黒龍神の話も文献で読んだことがあるけど、あれは人間や他の種族より格が上というだけで、本当の意味での神じゃないわ」

「本当の……意味だと……?」


 ますますワケが分からなく中、エレミナは気にせず続ける。


「黒龍神様が登場する文献よりさらに前……この星が神々に見放される以前の話。ここまで言えば、みんな分かるんじゃないかしら?」

「ち、ちょっと待て! つまり、魔神というのは……」

「そう、かつて太古の神々の争いに敗れた、一柱の神――――それが【魔神教団】の崇める神よ」

『……』


 あまりの規模の大きさに、さすがのS級冒険者も含め、全員黙るしかなかった。


「それより気を引き締めなさい。本物の神を崇める集団よ? 使徒の力も侮れないと思うわ。そう言う意味では、あなた方は自分の主君の護衛に行かなくていいの?」


 エレミナが魔族軍の面々にそう訊くと、レイヤが口を開いた。


「ゾルアやゼロスは確かに力があるため護衛としては十分でしょうが、私やウルス、リアレッタはルーティア様を完全にお護りできるほどの力がありません。それに比べ、残ったジェイドはゾルアたちと並ぶ我々の中でも最強格ですから……心配ありません」

「そうだな。アイツがやられるようじゃ、俺たちがいても結果は同じだろ。それに、こっちの方がヤバそうだしな」

「……同意だ」

「そう。それなら大丈夫そうね」


 そんな話をしていると、不意に城壁の外ですさまじい音が鳴った。

 その方向の視線を向けると、50メートルは超える城壁の上から、漆黒の炎が上がっているのが見えた。


「このテルベールが城壁都市だったのがよかったわ。最終防衛ラインが分かるもの。……さて、『黒の聖騎士』が頑張ってるみたいだし、私はそっちに行くわ。みんなは手分けして四方に散らばってちょうだい。――――みんな、無事に帰って来るのよ?」

『はい!』


 エレミナは全員の返事に満足すると、とある魔法を唱えた。


「『真・雷神装』」


 すると、全身に鋭い印象の雷で作られた鎧を纏った。

 これこそがランゼの妻にしてロベルトたちの母親であり、S級冒険者『雷女帝』の姿だった。


「それじゃ、私は先に行くわね」


 エレミナは一言告げ、文字通り雷光の速度で周囲の屋根の上を飛び移っていった。

 それを見送っていると、ふと思い出した様子でレイヤが訊ねる。


「そう言えば……私たちの方はジェイドが護衛をしてるから大丈夫でしょうけど、そちらはいいのかしら?」

『え?』


 レイヤの言葉に、その場のS級冒険者全員が首を傾げる。


「ほら……こう言ってはアレかもしれないけど、護衛に残った彼が強そうに見えなくて……」

「ああ、確かに……強そうに見えないってのもそうだが、一人でよかったのか?」


 若干言いにくそうに語るレイヤの言葉とゾルアの言葉を聞いて、S級冒険者たちは何を心配されているのかやっと分かった。

 そして――――。


『ハハハハハハハ!』


 一斉に笑い始めた。


「え? え?」


 何故笑われたのか理由の分からないレイヤや他の魔族軍の面々に、オーヴァルは笑いをかみ殺しながら教える。


「アイツの心配なんざ無用だぜ? なんせ――――」


 オーヴァルの言葉を聞いて、魔族の面々は驚愕するのだった。


◆◇◆


「バ……バカな……!」


 レスターは、地面に這いつくばっていた。


「あら。もうお終いかしら? 残念ねぇ」


 そんなレスターの前には、無傷で立っているジェイドの姿が。

 呆然としながら、レスターは叫ぶように声を出した。


「あ、あり得ねぇ……あれから何体の分身を生み出したと思ってる!? 千だぞ!? しかも、ただの分身じゃねぇ。魔神様の力を頂戴した俺の分身だ! それを……!」


 先ほどまで繰り広げられてた一方的な暴力を目の当たりにして、ルーティアは知っていたため特に何も感じていなかったが、何も知らないランゼは乾いた笑いを浮かべていた。


「ウチのルイエスや『黒の聖騎士』もぶっ飛んだ強さだが、お前さんのとこの家臣も大概だな……何だよ、『魔力』そのもので戦うヤツなんて始めて見たぞ……」

「……ゼロスとゾルアも同じくらい強いよ」

「はは……そりゃあどこぞの大国さんが攻めあぐねるわけだ……」


 ジェイドは魔力を物質化し、操る事が出来る。

 それだけ聞けば、さほどすごくないように聞こえるが、実際はとんでもないモノだった。

 まず、自身の魔力は当然として、世界中に漂う魔力すらも物質化して操るのだ。

 しかも世界中に漂う魔力を使う場合、世界に流れる魔力であるため自分の魔力は消費することすらない。

 その結果、ジェイドは全方位に死角なく攻撃することが可能だった。

 もちろん有効範囲などの制約はあるものの、レスターの分身を一掃するのには関係なかった。


「凄いですね……僕も魔力を物質化する人は初めて見ましたよ。便利そうですね」


 ランゼとは違い、やはりS級冒険者として様々な危機や難敵と戦ってきたこともあって、ユーストはそんな軽い感想を抱く程度で済んでいた。


「まあいい……さて、ソイツをどうしたもんかねぇ……?」

「……色々聞きたいことがあるから、生かしておかないと」


 ランゼとルーティアがレスターの処遇について話し合っていると、そのレスターが不意に笑い始めた。


「ク……ククク……ぎゃはははははは!」

「! ……一体何がおかしいの?」


 ルーティアがそう尋ねると、レスターはギョロ目を向け、ニヤリと笑う。


「最後に笑うのは……俺たち・・・だからだよ!」

「なっ!?」


 突然、ルーティアの背後に『影』が出現した。

 そして、その中から一人の男が姿を見せる。


「――――クライスの筋書としちゃあ魔族側に人間への恨みを持たせたかったんだろうがよ。まあ殺せば一緒か」


 そう言いながら出てきたのはボサボサの髪とヨレヨレの服、そして無精髭と言ったいかにもだらしない男だった。

 だが気配もなく突然背後より現れたことから、尋常ではない使い手だと推測できる。

 そんな男が何の躊躇いもなくルーティアにめがけてナイフを振り下ろした。


「ルーティア様ッ!」


 ジェイドがすぐに魔力を物質化させようとするも、間に合わない。

 ランゼも謎の男の出現に硬直しており、誰もがルーティアの死を確信した。

 ――――一人を除いて。


「そう言うの困るんだよね」


 ユーストは腰に提げていた片手剣を神速ともいえる速度で抜刀し、そのまま男のナイフを弾き飛ばしたのだ。


「はッ!?」

「残念だけど、やらせないよ?」


 さらに、そのまま流れるような動きで男との距離を詰めるとその場にねじ伏せ、首元に剣を添えた。


「はい、大人しくしようね?」


 ――――S級冒険者ユースト・ホラーズ。

 普段の彼は周囲の変態たちの手綱を握り、何とかコントロールしようとする苦労性なギルド本部の良心。

 そんな彼には、とある異名がついている。

 【無双】。

 彼こそが、最強と呼ばれるS級冒険者だった。

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