渦中のテルベールともう一つの陰謀
「ったく……こんな辺境の地で会合とはなぁ」
「ぎゃはははは! そう言ってやるなよ! これが成功すりゃあ、魔神様の復活に一歩近づくんだろぉ?」
「……その通り。むしろ、大国でないからこそ難易度も下がる」
王都テルベールの付近の森に、三人の人影があった。
「つか、なんでお前らまでいるんだ? 今回の件を任せられたのは俺だけだろ?」
「……今回の件は、お前も分かるだろうが、それだけ重要なのだ。失敗は出来ん」
「そうだぜぇ? 最悪俺たちが死のうが……目標をキッチリ始末しねぇとなぁ」
「まあ……成功率が上がるんなら文句はねぇよ。とはいえ、使徒である俺たちが三人もいるんだ。それに、クライスの野郎から魔物も預かってる。失敗なんざねぇと思うがよ」
一人が自信満々にそう言うも、もう一人が冷静に口にした。
「……残念だが、それも怪しい」
「あ?」
「……デミオロスがやられた」
『っ!?』
その言葉に、二人が驚く。
「おいおい、何かの冗談だろぉ?」
「そうだ。そりゃあアイツは戦闘部隊のヤツじゃねぇが、使徒の一人であることに変わりはねぇ。それが倒されただって?」
「……俺も初めは驚いた。だが、本当らしい。それも、バーバドル魔法学園でやられたそうだ」
「はぁ!? ガキどもにやられたってのか!?」
「……詳しいことは分からん。だが、アングレアも同様だ」
「アングレア? ……ああ、あの哀れな女か。アイツがどうなろうが知ったこっちゃねぇが、デミオロスの方は無視できねぇな……」
「……何はともあれ、我々の予想外のことが起こるかもしれない。今回の件も、気を引き締めろ」
「ぎゃはははは! 任せとけっ!」
「……お前が一番心配なのだがな……」
三人は会話を終えると、闇に溶けるようにその場から消えていった。
◆◇◆
「久しぶりね、アナタ」
「エレミナ……」
王都テルベールのランゼたちが暮らす城の中にある、ランゼの私室にランゼと一人の女性が向かい合っていた。
緩いウェーブのかかった神々しく輝く金色の髪を腰まで伸ばし、豪華なマントとドレスアーマーに身を包んでいるのは、ウィンブルグ王国の国王であるランゼの妻であり、S級冒険者……『雷女帝』の異名を持つ、エレミナ・キサ・ウィンブルグだった。
「まさか魔族と会合をするなんてね」
「ああ。これがどう転ぶかは分からねぇが……いちいちどこぞの大国に怯えるのも面倒だしよ。魔族だって悪いヤツらじゃねぇんだ」
飄々とした様子でそう語るランゼに、エレミナは笑みを浮かべた。
「アナタは相変わらずね……でも、私はそんなところが好きなのよ」
「……やめろよ、照れるじゃねぇか」
珍しいことにランゼは側室をとっておらず、エレミナとの夫婦仲はとてもよかった。
「エレミナは今回の会合で警備の為に帰って来てくれたんだろ?」
「そうよ。それに、私も一応王妃だしね。アナタのおかげで私の我儘でもある冒険を続けられているんだもの。こういう時は私がアナタの力になるの」
「助かるぜ」
久しぶりの再会でお互いに話したいことも多かったが、今もう近くに魔族の王である魔王の娘が来ているのだ。
それぞれが自身の役割を自覚しているため、静かに見つめあうだけに留める。
「……さて、そろそろ準備をしねぇとな」
「……そうね。私も他のS級冒険者たちと一緒にいるわ」
エレミナはそう言うと、マントを翻してその場から去ろうとした。
だが――――。
「きゃっ!」
「……」
エレミナのマントが近くの観葉植物に引っかかり、その反動で付近に置いてあった壺が地面に落ち、エレミナはその場に転げ、そのエレミナの上に観葉植物が倒れてきた。
「いったあああああい!」
「…………はぁ。そのドジ具合は変わってねぇんだな……頼むから、魔族の方々の前で粗相するなよ……」
頭にたんこぶを作ったエレミナを抱き起しながら、ランゼはそうぼやくのだった。
◆◇◆
「……ここが、ウィンブルグ王国の王都?」
「そうです」
魔族の集団が、王都テルベールへの入り口である門の近くにいた。
彼らこそ、今回ウィンブルグ王国で会合を行う魔族軍の一行だった。
魔王の娘であるルーティア・ビュートを筆頭に、第三部隊隊長のレイヤ・ファルザーなど、魔族軍の隊長全員がこの場に来ていた。
「ルーティア様。我々全員を連れてきてよかったのでしょうか? グランベージュの守りの方は……」
「……大丈夫。白龍神が守ってくれるって」
「ああ、白龍神様がいらっしゃるのなら……大丈夫ですね」
レイヤが自身の不安を告げたが、ルーティアの言葉で安心した。
しかし、その後にルーティアは表情を曇らせ、少し俯いた。
「……ただ、クライスを置いてきた。どうしてついて来なかったんだろう? 大丈夫かな?」
「……ルーティア様。アイツの心配など無用でしょう。それよりも今回の会合を必ず成功させて、アイツを驚かせてやりましょう」
「……うん、そうだね」
ルーティアはレイヤの言葉に小さく頷くと、前を向いた。
その様子を見て、第二部隊隊長のゾルア・ワルトーレが不満そうな声を上げた。
「なぁ、アイツ殺しちゃいけねぇのかよ? アイツ、俺たちが出発するってときもずっと人間がどうとか魔族との関係がどうとかほざいてやがったぞ? あんなヤツ殺しちまった方がよくねぇか?」
物騒なことを口にするゾルアに対し、第一部隊隊長のゼロス・アルバーナは静かに宥める。
「落ち着け。俺もアイツ自身の態度は気に入らないが、そこまですることでもない」
「あん? 何寝ぼけたこと言ってやがんだ? ……お前も気付いてんだろ? アイツ、絶対なんか企んでるぜ?」
「……未だ何の証拠もないんだ、どうすることもできん。……それに大丈夫とは言い切れないが、第一部隊の全員にクライスを監視するように頼んでる」
「ハッ! あんな小者の監視とはずいぶん温い仕事じゃねぇか。魔族軍最強の部隊が聞いて呆れるぜ」
「なんだと?」
ゾルアとゼロスの間に不穏な空気が漂い始めると、懲罰部隊隊長のジェイド・レーヴェンが呆れながら声をかける。
「ちょっとぉ……元気なのはいいけど、場所を考えなさいよねぇ?」
「あ? 俺は事実を告げたまでだぜ?」
「コイツが突っかかって来るからだ」
同時に声を発したゾルアたちに、ジェイドはため息を吐く。
「はぁ……何でこんな時は息ピッタリなのよ……もぅ、そんなところが可愛いんだからっ」
「「……」」
ジェイドの何気ない一言に二人は沈黙した。
「……ゾルア、ゼロス。ありがとう。でも、クライスも魔族の大切な仲間だから。大丈夫」
「……了解」
「……御意」
ルーティアは微笑みながら二人にそう告げ、二人は顔を見合わせて頷いた。
そんな流れを黙って見ていた第四部隊隊長のリアレッタ・バルヘイムは、同じように成り行きを見守っていた第五部隊隊長のウルス・バミューに話しかけた。
「はぁ……ここでも喧嘩するんじゃないかってヒヤヒヤしたわ。ねぇ? ウルス」
「……」
「……ウルス? って気絶してる!?」
ゾルアとゼロスの不穏な空気に、ウルスは気絶していた。
そんな会話をしながら、ルーティアの一行はとうとう門に辿り着いた。
「……ここが……王都テルベール……」
小さくルーティアは呟くと、門の中に入ろうとする。
すると、門番をしていた兵士に止められた。
「おっと、すまねぇ。お前さんら、検問を受けてもらいたいんだがいいか?」
どこか気だるげな様子でそう訊いてきたのは、ウィンブルグ王国の兵士であるクロード・シュライザーだった。
クロードがいつも通りの気の抜けた対応をルーティアにしたため、ゾルアが食って掛かろうとするが、ルーティアに先に手で止められた。
「……大丈夫。でもどうして?」
ルーティアの言う『どうして?』とは、魔族軍の一団がやって来るという話が門番に届いていないのか? という意味も込めての言葉だった。
「ん? いやぁ、何でもこの国に魔族のお偉いさんたちが来るらしくってよ。何かあってからじゃ困るから、こうしてしっかり検問をするわけだ。てか、よく見るとお前さんら全員魔族かい?」
「……そう。それで、私たちがその魔族軍の一団」
「へぇ、なるほどな………………ええええええええええええ!?」
クロードは単純に気付いていないだけだった。
「あ、その……すんませんでしたぁッ! おい誰か! 魔族軍の方々がいらっしゃったって急いで陛下にお伝えしろ!」
「おうっ!」
勢いよく頭を下げた後、クロードはすぐに仲間の兵士に指示を飛ばした。
そして、気まずそうにしながら改めて謝罪した。
「あのぉ……いや、本当に申し訳ないです……」
「……大丈夫。貴方のおかげで、この国が私たちのことをしっかり考えてくれてるって分かったから。だからこちらこそ、ありがとう」
「へ?」
予想外の感謝に、クロードは間抜けな声を出す。
そんなことをしていると、迎えの馬車がすぐにルーティアたちの下にやって来た。
ルーティアたちは馬車に乗り込むのをしばらく呆然としながら見ていたクロードだが、やがて正気に返るといつも通りの言葉を笑顔で告げた。
「あ、忘れてたわ――――ようこそ、テルベールへ!」
「……うん、ありがとう」
こうして、様々な思惑や組織が、ウィンブルグ王国のテルベールへと集っていくのだった。
◆◇◆
カイゼル帝国の王の部屋。
現帝王のシェルド・ウォル・カイゼルは玉座で足を組んだまま、帝国随一の魔法使いであるヘリオ・ローバンととある計画について話し合っていた。
「――――陛下。S級冒険者に続き、ついにウィンブルグ王国に魔王の一団が入国したようです」
「そうか」
ヘリオの報告を受け、シェルドはニヤリと笑う。
「準備の方はどうだ?」
「ハッ。地道に集めてきたダンジョンの武具を与えた部隊を、各方面に配置しております。後は陛下のお声一つですべてが終わるでしょう」
「ククク……ザキアはどうした?」
「あやつは今、デオール王国の方に配置しております。デオール王国のあとは、そのまま付近の部隊に合流して、その後の動きも同じようにと伝えてあります」
ヘリオの言葉に、シェルドは笑みを深めた。
「そうだ、それでいい。≪王剣≫は我の為に力を振るえばよいのだっ! ヘリオ、ザキアが不在の今、誰が我の警護を担当しておるのだ?」
「――――私でございます」
その言葉と共に影から突然出現したのは、全身黒装束で目元以外顔が分からない不気味な男だった。
目の部分だけ露出した黒色の頭巾をかぶっており、唯一見える目は三白眼で濃い隈があった。
「ほぅ? 貴様か、ルティス」
「ハッ……ザキアがいない間の警護は、我々暗殺部隊が引き受けております。他国からの暗殺などは心配無用です」
「ハハハハハ! 貴様が警護なら心強いな。……そう言えば、以前ウィンブルグ王国に送り込んだ≪黄昏の暗殺者≫はどうした?」
その言葉に、ロティスと呼ばれた黒装束の男は眉根を寄せた。
「……あの獣人は、任務に失敗したようです。所詮、獣人は任務一つも満足にこなせない獣以下ということだったのでしょう」
「そうか……それは残念だな。貴様が技術を叩き込んだと聞いたが……」
「はい……ですが、我が暗殺部隊は他にも優れた者が多く在籍しております。私の時間が無駄になったというのは大変腹立たしいのですが、あの獣人には大した情報も……自由も与えていなかったので、我が国に損害はないでしょう」
「フン……まあよい。とにかく、ザキアがいない間の警護、頼んだぞ」
「御意」
ルティスはそう口にすると、再び影に溶け込むように消えていった。
「さて、準備は整った。我が国の旗で――――蹂躙しろ」
「――――すべては陛下のお心のままに」
――――ウィンブルグ王国を中心に大きく事態が動き始めている裏で、カイゼル帝国もまた動き始めていた。