乱入者は生徒会長
和気あいあいとした雰囲気で、これからのことを話し合おうとした瞬間、教室の扉が勢いよく開かれた。
「誠一君の匂いがするッ!」
「だからどんな嗅覚してるんですか!?」
Fクラスにやって来たのは、勇者の一人であり、俺の幼なじみでもある神無月先輩だった。
神無月先輩は、ずんずんと俺の下までやって来ると、こっちが思わず引いてしまうような勢いで体中を確かめ始めた。
「大丈夫かい!? 怪我は!? どこか痛いところはないかい!?」
「だ、大丈夫ですから! 落ち着いてください!」
突然現れた神無月先輩に、アグノスたちは呆然としている。そりゃそうだ。
俺が必死に宥めると、神無月先輩は泣きそうな表情で俺を見つめた。
「本当に……本当に心配したんだからな……私たちは、勇者と呼ばれながらも何もできなかった……それなのに、君は……」
「大丈夫ですから、安心してください」
「……いや、分かってる。あの男の力か何かで、急に君が消えたときは、本当に焦って取り乱したんだ。翔太たちにも迷惑をかけたが……とにかく、こうしてここに君がいるということだけで、私はもういいんだ」
「神無月先輩……」
神無月先輩は、本当に俺のことを心配してくれていたんだな。
昔からそうだったけど、この人には頭が上がらないなぁ。
そんなふうに思っていると、神無月先輩は真剣な表情で言った。
「だが、本当に怪我をしていないのか、この場では確認が不十分だ。隅々まで調べ尽くすから、ぜひ私の部屋で服を脱いでくれ。もちろん全裸だ」
「何言ってんだこの人」
頭は上がらないが、この変態性だけはどうにかしてくれ。いや、本当に!
「あらあら、華蓮ちゃんじゃない。久しぶりねぇ。ますます綺麗になっちゃって……」
「そうだな」
俺たちのやり取りを見て、母さんたちがしみじみとした様子でそう言った。
すると、神無月先輩は母さんたちに気付き、頭を下げる。
「あ……お義父様、お義母様。ご無沙汰しております。……ん!?」
頭を下げた直後に、神無月先輩は父さんたちがこの場にいるというあり得ない状況に気付き、目を見開いた。
てか、俺の気のせいじゃなければ、さっきの『お父様』と『お母様』にいろいろな意味が含まれてたように感じたんだけど?
「な……な……!? 生き返ったのですか!? 二人とも!」
当然ともいえる質問に、二人はにこやかに答えた。
「ええ。誠一のおかげでね」
「誠一君の?」
驚いたまま俺の方に顔を向ける神無月先輩だったが、すぐに冷静さを取り戻した。
「いや……どうやって生き返ったかは大変興味深いですが、そんなことよりもお二人とこうして再び出会えたことが一番です。誠一君をください」
冷静じゃなかった。
意味の分からないことを急にぶっこんで来たので、俺も咄嗟に反応できなかったが、今まで黙って見ていたアルがついに口を出した。
「テメェ! 何ふざけたこと言ってやがる!」
「ふざけたこと? 私は大真面目だが?」
「なお悪いわッ!」
二人が言い合いをしているのを眺めながら、どう収集をつけようかと考えていると、おずおずといった様子でレイチェルが訊いてきた。
「あの~……あの人、異世界からやって来た勇者ですよね~? 何で誠一先生と知り合いなんですか~?」
「え? あ、ああ。そう言えば言ってなかったな……俺もその勇者と同じ世界の人間なんだよ」
『ええ!?』
俺の言葉に、全員驚きの声を上げる。
「ってことは、兄貴も勇者なんですか!?」
「うーん……そこを説明すると長くなるんだよなぁ……まあ一つ言えるのは、俺は勇者なんて大層な存在じゃないってことくらいだな」
「フン。その御大層な勇者様は、あの男相手に何もできなかったようだけど?」
ヘレンはどこか挑発的な視線を、神無月先輩に向けた。
神無月先輩はそんなヘレンの視線に居心地悪そうにする。
「それは……いや、言い訳はよそう。私たちは勇者と呼ばれていても、結局何もできなかったのだからな……」
なんだか空気が……。
重苦しい空気に俺も居心地悪くいると、ふとあることを思いだした。
「そう言えば……神無月先輩たち勇者は、このあとどうするんですか?」
「ん? どういう意味だい?」
「いえ、神無月先輩たちって扱いはともかくとして、カイゼル帝国の切り札的な存在なんですよね? それがあの男の存在によって脅かされたってなれば、カイゼル帝国から何かしらの干渉があると思うんですけど……」
「そうか……すっかり誠一君のことで頭がいっぱいだったが、そういう心配もあるのか……」
「いや、俺のこと以前に先にそっちを心配してほしかったんですけど?」
確かにありがたいし嬉しいけどさ。それより自分を大切にしてくれ。
「今のところカイゼル帝国からは何の連絡も来ていないが……」
「あまり楽観視しない方がいいだろう。最低でも強制的に国に連れ戻されることくらいは想定しておくんだな」
ブルードが興味なさそうにそう忠告するが、そのカイゼル帝国の第二王子なわけだし、本当にその通りになるかもしれない。
「神無月先輩。彼はカイゼル帝国の第二王子なんです。だから……」
「ああ。あの校内対抗戦の実況を聞いていたから、知っているよ。肝に銘じるとしよう」
「フン……所詮俺は庶民の血が混じった存在だ。肩書ほど大層な存在じゃない」
相変わらずクールなブルードの様子に、俺は思わず苦笑いを浮かべた。
「さて、もっと誠一君と楽しいひとときを過ごしたかったが、そういうわけにもいかない。なんせ、自分のクラスから何も言わずに飛び出してきたからね」
「アンタは何をやってるんだっ!」
神無月先輩のことだから、勇者たち全体に言わずとも、翔太たちには何か一言くらい残してきたと思ってたのに……何か異世界に来てから、神無月先輩のポンコツぶりが発揮されてる気がする。
かと思えば、大事な部分ではしっかりしてるから質が悪い。
「まあそう怒るな。それだけ君が心配だったのさ……それじゃあ皆さん、お邪魔いたしました。お義父様とお義母様も、久しぶりにお顔を見る事が出来て嬉しかったです」
「いいのよぉ、私たちも華蓮ちゃんの顔が見れて嬉しかったんだから」
「そうだな。いつでも嫁に来てくれていいからな?」
「え、本当ですか!? じゃあこのまま連れて帰りますね! 大丈夫です! 監禁して、誰の目にも触れさせないようにしますから!」
「どうしてそうなる!?」
なんだか話が凄まじくヤバい方向に進みそうだったので、俺は神無月先輩の背中を押して教室から退出させた。
「はいはい、翔太たちが心配してますから!」
「むぅ……まあ言質はとったんだ。挙式は今度にしよう」
「あれ!? さっきの冗談じゃないの!?」
おかしいな……俺の知る神無月先輩からどんどん離れていってるぞぉ?
「仕方ない、本当に帰るとしよう。……誠一君。君が無事で、本当によかったよ」
「神無月先輩……」
「やっぱり監禁されないか?」
「なんでやねん!?」
思わず関西弁でツッコむと、神無月先輩は笑いながら今度こそ自分のクラスに戻って行った。
それを確認して俺も再び教室に戻ると、妙な雰囲気が漂っていた。
「……誠一先生」
「ん?」
ブルードが真面目な顔で俺を呼ぶ。
「勇者は全員あんな嵐のような存在なのか?」
「違うからね!?」
俺はみんなの誤解を解くのに苦労するのだった。