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ハーレム100 作者:松宮星

エスエフ界

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エスエフ界から

「やあ、ジャン君……すごい荷物だね。異世界からの無事な帰還、おめでとう。少々遅かったので心配したよ」

 最初の出迎えは、やっぱりシャルルだった。
 留守番役を自ら買って出たシャルルは、今日もオレの部屋で書き物をしていたらしい。テーブルには書類やら分厚い本やらが積み上がっており、ソファーにはニーナのクマのぬいぐるみ一家が座っていた。

「大収穫だったようだね」
 オレらが魔法陣を通して実体化してすぐ、お貴族様は呼び鈴を鳴らして従僕を呼んだ。
 オレらが、山のように荷物を抱えていたからだ。
 エスエフ界で開発した武器やらこっちでの発明に使えそうな資材やらエネルギーパックなどを、いっぱい持って帰って来たんだ。ジョゼもサラも、お師匠様までもけっこうな荷物を持っている。
 もちろん、一番持っているのは、ロボットアーマーの人だ。ルネさんは持てるだけ持ってやる! って感じにトランクにも両手にも頭にも荷物を抱え、更にあちらの世界のコンテナを背負っているのだ。ルネさんがコケたら間違いなく大惨事……

「まずは、ルネの屋敷に行き、荷物を置く」
 お師匠様はそう宣言し、移動魔法を使った。
 オランジュ邸のオレの部屋からルネさん家の玄関前へと、瞬きの間に渡る。以前、馬車を止めたところだ。

 オレは八体の精霊を呼びだし、荷物運びを頼んだ。

 中に入った時、あれ? と思った。
 前に来た時は、ともかく汚かった。でかい家にルネさんは一人暮らし。日々、発明に没頭してたから、部屋の中は散らかり放題、廊下は埃まみれ、クモの巣が張ってる所すらあった。
 それが、やけに綺麗。ゴミが見当たらない。
「おかえりなさい、ルネ様」
「おお、おかえり、ルネ! エスエフ界はどうだったかね?」
 技師っぽい人達が、ルネさんを迎えに集まって来る。シャルルの野郎がスポンサーになって金と助手を提供したんだったけ、すっかり忘れてた。
 家の中が清潔になるわけだ。

 お師匠様の『異次元倉庫』の中の物まで全部倉庫に運び、それからオランジュ邸に戻った。
 ルネさんは、助手達と会議。魔王戦の武器を検討し直すんだ。密閉空間じゃ使用できない武器の開発は凍結し、新たな武器開発を始めるのだそうだ。

「魔王戦は三十日後! 時間がありませんから! ババーン! と、アイデアを出して、専門家の意見を拝聴した上でチョチョッとまとめて、ササッと造りますね!」

 雷のエクレールと水のマーイさんを、ルネさんのアシスタントに置いてった。
 ルネのお手伝い♪ と、エクレールはご機嫌だった。が、マーイさんは難色を示した。
《エクレールは適任ですが……私には機械の知識がありません……》
 本来の仕事、オレの護衛につきたいとマーイさんは希望した。
 けど、エスエフ界じゃ呼び出しっぱなしだったから、マーイさんは他の精霊よりあっちの世界に詳しい。人間より力持ちだから、力仕事も手伝える。三十日後が魔王戦なんだ。今日はルネさんを手伝って欲しい。そう願うと《ご主人様のご希望にそいます……》と引き受けてくれた。

 オランジュ邸のオレの部屋に、お師匠様の移動魔法で帰ると……
「おかえり、なさい〜 勇者さま、賢者さま、みなさま〜」
 ほんわかしたスローモーな聖女様が出迎えてくれ、
「よ、元気?」
 弾むような元気な挨拶がかけられ、
「おかえりなさーい」
 陽気な声と共に、ぷるんぷるんのぷりんぷりんがオレの視界に入ってきた。
 おおおおお!
 久しぶり!
 ビキニアーマー!
 本当に大事なとこしか隠してない、素晴らしいデザイン! むっちんぷりんの健康的なビキニ姿が、すぐ近くに!
 帰還時にアナベラが居るなんて、初めて! もうこれだけで幸せな気分!
……あ。リーズも初めてか。

「どうぞ、ニーナ様」
 シャルルが、ピンクのクマをニーナに手渡す。ソファーに並んでいたクマ一家のママ役。英雄世界のマドカさんから貰った、ニーナのお気に入りのぬいぐるみだ。
《ありがとー》
 ニコッと笑って、ニーナがクマのぬいぐるみを受け取る。左手にポチ2号の培養カプセルを持ったまま、大事なクマをぎゅっと抱きしめる。
「おいいつけ通り、ご一家が寂しくならないよう配慮しました。昼は私と、夜はアンヌ様とご一緒でした。お寂しい思いはさせなかったと思います」
 ニーナの笑みが満面のものとなる。
《ありがとー おにーちゃん》
 ニーナの留守中、クマのぬいぐるみを預かってたのか、シャルル。
 ニーナは五十年以上、ひとりぼっちだった。クマ達が、誰もいない部屋で誰にも顧みられず置いとかれるのが嫌だったんだろうな……
「淑女の願いを叶えるのが紳士の務めですから、お気になさらず」
 シャルルがフッと笑う。爽やかな好青年を印象づけるような……ムカつく笑みだ。
 根はいいヤツなのかもしれないが、言動がいちいち気色悪い。気に障る。視界に入れたくない。

「セリアを迎えに行く。ジャン、精霊を連れてついて来い。エスエフ界での事は、サラとジョゼから聞いていてくれ」
 今、セリアは賢者の館だ。書庫にこもって、精霊界の裏世界へ行く方法を研究している。
 このまえ、天界の裏世界の魔界に行った。むちゃくちゃ強い魔界貴族がいて、超強い魔界の王が居た。魔王に大ダメージを出せる伴侶をゲットできたんだ。
 精霊界の裏世界も、もしかしたら魔界同様、当たりかもしれない。精霊並に強い女性でいっぱいかも……そう期待して研究を始めたわけだ。
 裏世界への行き方は調べてもわかんないかもしれないし、繋がった世界にはショボーンな戦闘力の人間しか居ないかもしれない。当たりゃデカいが、大外れの可能性もある。セリアがやっている研究は、博打みたいなものだ。うまくいきゃラッキー程度に、軽く思っておくべき。
 セリアの研究がかんばしくないようなら、強い女性との出会い確率が50%以上の国で仲間探しをすればいいだけだし。
 50%以上の国は、まだ七つあるんだ。残りは四世界……どうにかなる! 前向きにそう信じている!

「一週間の滞在予定が九日となったのだ。セリアはきっと心配しているよ」
 早く行ってやってくれと、シャルルがオレを促す。
 まあ……オレが死んだらこの世は魔王のものになっちまうもんな。


 お師匠様の移動魔法で跳んだ先は、知らない部屋だった。
 魔法の灯りに照らされた部屋は、天井がやたらと高く、倉庫みたいに広かった。
 広さのわりに、調度品が少ない。部屋の隅にソファーと長机が間をおいて設置されているぐらいだ。

「賢者の館の地下だ。魔王戦当日、あの辺りに魔法陣が現れる」
 部屋の中央の床を、お師匠様が指さす。
「魔王城直通の魔法陣だ」

 ここが、賢者の館の地下室……
 この部屋は……
 魔王戦前に勇者と仲間達が集う場所……
 魔王が目覚める少し前に、この部屋の床に魔法陣が出現する。数時間前の時もあれば、数分前の時もある。代ごとに異なる。
 魔王城へ渡れるその時まで、歴代勇者はここで仲間達と時を潰した。作戦を確認したり、最後の鍛錬をしたり、飲食したり、仮眠をとったり……

 ここの長机で、勇者の書の最終ページを書いた勇者も多い。
 魔王城へ赴く覚悟を記して書を閉じ、勇者の書をここに残し魔王城へと向かったんだ。

《へー》炎のティーナや風の精霊アウラさんが、珍しそうに部屋を飛び回る。

《この部屋、扉がありませんわね》
 氷の精霊グラキエス様に、お師匠様が頷く。
「賢者にしか開けられぬ魔法の扉がある」
 ほう。
「第三者が入りこめぬよう、賢者の館にはさまざまな魔法がかけられているのだ。たとえば……賢者の館まで移動魔法で跳ぼうとすると、必ずこの地下室に出てしまう。館付近に跳ぼうとしても、同じだ。出現先は必ずここになる」
 そうなのか。
 あれ?
 なら、オレ、八つの時に地下室に入ってるのか。
 お師匠様の移動魔法で賢者の館に来たんだもんな。
……でも、覚えがないなあ、この部屋。

「跳んで来る事は可能だが、この地下室は移動魔法の使用を封じている。招かれざる者は地下室に閉じ込められ出られなくなる。火を放とうが、爆薬を用いようが、地下室は揺るがぬ。侵入者は決して外へは出られぬのだ」
 うわぁ。
「てことは……お師匠様に案内されなきゃ、誰も賢者の館に入れないってことですね?」
 お師匠様が静かにかぶりを振る。
「館には玄関があり、窓もある。外からは開かぬが、中の者が開き招き入れる事はできるぞ」
 つっても、賢者の館はものすごい山の中にある。人間の通れる道なんかなくて断崖絶壁の急斜面だらけらしい。登山家でもなきゃ、玄関まで来られないよ。
《飛行魔法で来ればいいんじゃないの?》
 闇のソワがもっともな指摘をする。そうか、その手があったか。

 お師匠様が、物質転送魔法で勇者の書を呼び寄せる。『勇者の書 61――アリエル』。冒険世界から転生してきた女勇者の書だ。
 つづいて紙とペンを呼び寄せ、スラスラと二枚の紙に図形を書く。
 魔法陣だ。
「こちらがエスエフ界の魔法陣、これが『勇者の書 61――アリエル』に刻まれた冒険世界の魔法陣だ」
 二枚を手渡される。
「我々は上階へ行く。おまえはここに残り、二つの魔法陣の呪模様を比較し、冒険世界への転移及び帰還の呪文を推測してみろ」

 へ?
 お勉強?

「今、やるんですか?」
「今だ」
「でも、セリアさんを迎えに行くんじゃ……?」

 オレがそう言うと、周囲から大きなため息が広がった。精霊達はみんな呆れ顔だ。
《デリカシーなさすぎですわ。だから、女の子にモテないのでしてよ》と、氷のグラキエス様。
《あの学者さん、とても真面目です。勇者ジャンの為に、九日間、寝食を忘れて研究に没頭していたのでは?》と、光のルーチェさん。エスエフ界じゃほとんど出番なかったんで、あっち向けのサイバーパンク風の格好のままだ。
《身だしなみを整えるゆとりなんかなかったと思わない?》と、炎のティーナ。
 そうかもな。
 アウラさんが特大のため息をつく。
《はっきり言わなきゃわかんないか……つまり、着替えも洗顔も洗髪もほとんどしてないってこと。九日間、お風呂にも入ってないでしょうし……そういう姿を男性に見られたいと思う?》
 あ。
 そうか!
 そういうことか!
《汚れた姿を殿方に見られてしまうだなんて……ああ、たまらない恥辱プレイですね。うっとりします……》
 いや、君は特殊な趣味だから、サブレ。
「……よ〜くわかった。オレはここで課題をやっている」
 わかればよろしい! って感じに、精霊達がうんうんと頷く。

 そんなんなら、オレを連れてこないでお師匠様と精霊達だけで賢者の館に跳べば良かったのに……
 とほほな気分のオレに、グラキエス様が冷たい声をかけてくる。
《本当にどうしようもないニブ男ですわね。あなたの為に頑張った女性に、ここでねぎらいの声をかけてさしあげなさい。あなたの言葉が何よりのご褒美なのでしてよ》
 勇者を助ける学者だからか。
 いきなり後頭部を殴られた。ティーナか! 殴る前に理由を言え! アナムと一緒に抱えられてるからって、変なとこだけサラに似てきやがって!
 ティーナばかりか、アウラさんもルーチェさんも無言でオレをポカリと殴る。なんで殴るんだよ!

 お師匠様が壁に触れると扉ができ、精霊達とお師匠様が入ると扉は消えてしまった。

 一人残されたオレは、長机でお勉強をした。
『勇者の書 61――アリエル』に記された冒険世界の特徴も参考に、呪文を考える。七つの異世界に転移してきたんで、呪文のパターンはだいぶ読めるようになってきた。
 みんなが帰って来る前に、課題は終わった。

 暇なんで、地下室をぶらぶらした。
 で、気づいた。ここにはトイレがない。
 魔法陣の出現待ちをしている間にもよおしたら、賢者に上階のトイレに連れてってもらうしかない。
 まあ、それはいいとして、問題は……賢者の館に忍びこもうとした奴だ。
 賢者が不在だったりしたら、侵入者は地下室に何日も閉じ込められるわけで……。勇者の命を狙う暗殺者が、糞尿まみれとか笑えるけど……
 立場上、オレは笑えない。地下室の掃除は、おそらく賢者の仕事だ……。
 賢者になるのも大変そうだ。ルネさんの『どこでもトイレ』を置いとこうかなあ……

 くだらない事を考えながらオレは、床ばかりを見ていた。
 三十日後、床に現れる魔法陣を通って、オレは魔王城へ行く。
 あと三十日しかない……
 日数を意識すると胸が苦しくなる。その日にオレはもしかすると……

 死……

 オレはできるだけ馬鹿馬鹿しいことを考えるようにした。


 壁に扉ができ、お師匠様とセリアが入って来た。セリアは小さな鞄だけを持っていた。
「おかえりなさい、勇者様。賢者様や精霊達から伺いました、仲間を十人増やされたそうですね、おめでとうございます」
「あれ?」
 セリアの赤みがかったライトブラウンの髪が、肩に流れている。ひっつめじゃないし、角帽も被ってない。珍しい。
 髪も顔も、お風呂から出たばっかな感じに清潔。胸元の白いスカーフにも、濃紺のアカデミックドレスにも汚れがない。
 精霊達がお風呂をわかして綺麗にしてあげたのかな? 館の井戸水でも利用して。
 髪をひっつめてないと……なんというか……
「……かわいいね」
「は?」
 セリアが目を丸める。いつもは涼しげな眉も、弧を描いている。ますますかわいい。
「髪をおろすと、すごく若く見える」
「若い?」
 セリアが眉をひそめる。
「あ〜 いやいやいや、普段がババくさいってわけじゃなくて……」
「ババくさい……?」
 やばい。メガネの向こうのセリアの目がすわってきた。
 セリア……二十……いくつだったっけ?
 オレよりかなり上なんだよな。
 これ以上不用意なこと言ったら、絶対怒鳴られる。えっと……
「……いつものキリッとした姿も素敵だけど、髪をおろすと女の子らしくってかわいいよ! 守ってあげたくなるね!」

「……何をくだらぬことを」
 メガネのフレームを押し上げるセリア。声は不機嫌そうだ。でも、頬はちょっぴり赤いし、口元もゆるんでいる。
 怒鳴られずに済んだっぽい。

「精霊達は?」
 話題を変えようと、キョロキョロと辺りを見た。地下室に入って来たのは、お師匠様とセリアだけだ。

「上階を片づけてもらっている。終了後、移動魔法でオランジュ邸まで荷物を運んでもらう」と、お師匠様。
 地下室は駄目だけど、上なら移動魔法が使えるのか。
 そいや、オレも上の階からオランジュ邸に跳んだんだ。
 ジョゼを、最初の仲間にしたんだよな。
 あれは魔王が現れた日だったから……もう七十日前か。早いもんだ。
 で、今や伴侶の数は七十一人。
 あと二十九人を仲間にし、三十日後に魔王戦。

 あともうちょっとなんだ。

 ブルッと体が震えた。

「……精霊界の裏世界への行き方はわかった?」
「申し訳ありません、まだです」
 セリアが肩を落とし、それからぐっと拳を握りしめた。
「ですが、裏世界へ渡る為のパターンはだいぶ掴めてきました。研究経過の詳細はオランジュ邸でお伝えします」
 次には間に合わないけど、次か次には行けるかもしれないってことか。
「セリアさんこそ、おつかれさま。いろいろたいへんだったろ? ありがとう」
「学者としてなすべき仕事をなしただけです」
 ツーンと澄ました顔でセリアが言う。頬をちょっと染めてるのが、可愛い。

「ジャン」
 お師匠様が、オレのすぐそばに立っていた。オレが書いた紙を手に持って。冒険世界への転移&帰還呪文を予想して書いたやつだ。
「正解だ」
 お師匠様の声は淡々として、抑揚がない。
 超綺麗な顔も無表情だ。
 けど、オレにはわかる。
 お師匠様は機嫌がいい。オレを見るすみれ色の瞳が微笑んでいる……ように、オレには見える。

「一人前の勇者になってきたな……」
「まだまだです」
 誉められると、こそばゆい。
 けど、やれやれって感じにため息をつかれるより、ずっといいや。やる気がでる。

 地下室を片づけ、上へ行く事になった。
 手ぶらなんで手荷物を持ってあげたら、セリアは『女性を敬い、大切にする。それでこそ勇者です』と喜んだ。
 けど、地下室のトイレ問題を話したら、キッ! と睨まれた。『そんな下劣な話題を女性の耳に入れてはいけません! 勇者には品性も大切です!』と叱られた。
 オレはセリア的に見て、勇者として合格なのか? 不合格なのか?
 むぅ。

 ちょっとだけわがままを言わせてもらった。
 魔王が現れた時は大急ぎで旅の支度を整えた。忘れ物があるんだ。無くても困らないもんなんだけど、せっかく来たんだから取ってきたい。

 勇者見習いとしてオレは、お師匠様と十年間、二人っきりで賢者の館で過ごした。
 早く本物の勇者になって賢者の館から出たい、ジョゼやサラに会いたい、父さんやベルナ母さんの家に帰りたい……
 昔はそんな事ばかりを考えていた。
 家に帰りたいと一晩中泣きわめいたこともあったよな……来てすぐの頃。今となっては思い出すのも恥ずかしい黒歴史だ。あん時は、お師匠様がずっとオレを抱きしめてくれたっけ。

 魔法木偶人形と剣の修行をしたホール、オレには縁の無かった魔法修行用の部屋、過去の勇者達の武具・防具部屋を過ぎ、二階へとあがる。
 勇者・賢者共用の図書室やお師匠様専用の書庫があるのは、二階だ。セリアは二階に籠ってたんだろう。食糧庫や厨房があるのは一階だけど、きっと行ってない。非常食を食べてたんだろうなあ。
 お師匠様の私室の前を過ぎ、オレの部屋の扉を開ける。
 お師匠様もセリアも入ってこない。気をきかせてくれたみたいだ。

 部屋が綺麗だ。
 ベッドや床の上に服をぶちまけて出てったはずなのに、消えている。
 お師匠様が片付けてくれたんだろうな。移動魔法で館に戻った時に、きっと。

 けど、机には手をつけなかったようだ。積み上げといた本が雪崩をおこしている。勉強用も暇つぶし用も、ごっちゃごちゃ。折れてるのもある。
 こんなに汚いんじゃ、『勇者の私室にふさわしくない!』とセリアに怒られるな。
 笑いながらオレは机の引き出しを開けた。
 そこに……
 オレだけの宝物をしまっといたんだ。


 大事なモノはポケットにしまい、廊下に出た。お師匠様の移動魔法でオランジュ邸に戻った。


 居ない間に、戦闘(バトル)があったようだ。
 シャルルの髪が少し乱れている。すり傷もできている。
 紫の小鳥を肩にとまらせたジョゼがおろおろとシャルルに謝り、マリーちゃんが『暁ヲ統ベル(エターナル・)女王(マリー・)ノ聖慈掌(セインツ)零式(ヌル)〜』と、のどかに唱えていた。零式って効果あるのか? ちちんぷいぷい程度か?
 またジョゼにちょっかい出してレイの怒りを買ったんだな、シャルル。懲りない奴。
 リーズが腹を抱えて笑っている。やけにご機嫌だ。

「おかえりなさい、セリアさん」
 サラにつづき、アナベラも「おかえりー」と明るく手を振った。

 セリアはサラとジョゼに挨拶をし、アナベラとリーズにねぎらいの言葉をかけた後、マリーちゃんの前で立ち止った。
「お元気になられたようですね……良かった」
 んで、深々と頭を下げた。
「魔界では配慮が足りず……申し訳ありませんでした」
「いえいえ〜 ただ、疲れて、いただけ、です〜 ご心配を、おかけして、すみません、でした〜」
 聖女様は、ほわほわ笑っている。

「セリアさん、お願いが、あるのですが〜」
「はい、何でしょう?」
 何でも聞きます!って勢いで、セリアが顔をあげる。
「仲間候補の、女性が、いらっしゃいます〜 カトリーヌさんが、がんばって、見つけて来たのだ、そうです〜 会って、いただけますか〜?」

 へ?

「実はね、セリア」
 お貴族様が気障ったらしい仕草で髪を撫でる。
「仲間候補のニノンさんが、カトリーヌさんと一緒に隣室に控えているんだよ。とても優秀なシャーマン戦士なんだ。魔王戦の戦力となるだろう」

「100万ちょっとを出せるかは、わかんないー でも、かなり強いー リーズよりは、ぜったい強いよー」
「北の荒れ地の村出身なんだ。けど、北出身ってだけで、差別しねーよな? 会うよな?」
「カトリーヌさん、留守番役を放り出したから、セリアさんが怒ってるんじゃないかって心配してるんですって」と、サラ。
「あの……反省したそうです……許してあげてください……」と、ジョゼ。
 オレがいない間に、サラやジョゼまで味方に引き込んだのか。
 全員に頼まれちゃ、セリアも許さん! とは言えないよな。

「カトリーヌさんに関しては特に思う所はありません……優秀な方が仲間に増えるのでしたら嬉しいですが……」
 セリアはメガネをかけ直した。
「勇者様が萌えない事には仲間にはできません」

 ごもっとも。


 オレとお師匠様とセリアがまず隣室に入り、遅れてサラ達も入室する。

 セリアに対し手を合わせて謝るカトリーヌ。
 その隣に、その女性は居た。
 肩までの黒髪。北は陽光が少ないんだろうか、あまり日焼けしていない。
 綺麗な女性だ。
 ちょっと……誰かに似ているような?
 誰だろ?
 少し物憂げな黒い瞳、微かに笑みをつくる口元も何となく寂しげ。北出身ってだけでイジめられてきたのかなあ、薄幸の美女って感じ。
 スタイルもいいなあ。肩あてと胸あてだけの皮鎧、男物のシャツにズボンだけど隠しようがない。

「ニノンです……」
 シャーマン戦士の女性がオレに頭を下げる。
「あなたが勇者様? ヴェラねえさんを取り戻す為なら……私、何でもします。どうか……お願いします」
 双子のお姉さんを探しに北の村から出て来たって話だ。お姉さんはシャーマン兼呪術医だから、二人揃って仲間にできりゃお得だとも聞いた。

「勇者ジャンです」
 見ただけじゃ萌えなかった。けど、話してるうちに萌えるかもしれない。
 握手しようと、オレはニノンさんに近づいた。

「たった一人の……大切な姉なんです……だから……」
 ニノンさんがせつなそうにオレを見る。涙で少しうるんだ瞳で。

「姉さんを取り戻す為なら、私は……」
 ニノンさんも右手をあげる。
 右手首に変わった腕輪をしている。ツタ模様の金属の腕輪がキラリと光る。

「ごめんなさい……」


「ジャン!」


 オレの前に影が飛び出す。

 金属的な音が響いた。

 小さな白い塊が落ちて、床を転がる。
 それが、幾層にもファントムが重なったファントムクリスタル(山入り水晶)なのだと……
 その時は気づかなかった。
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