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ハーレム100 作者:松宮星

魔界

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エスエフ界へ (※)

 お師匠様はセリアをつれて、移動魔法で賢者の館へと渡って行った。

 話し合いが終わると同時に、ジョゼが挨拶を残し部屋から出て行く。
『雷神なんちゃら拳』の修行に行ったんだろう。
 必死なその顔に、ちょっと不安になる。
 魔界の王戦で、ジョゼの攻撃はダメージが伸びなかった。
 しかし、まだ未完成の技だし、足場も悪かった。
 気にしなくていいのに。
 頑張り過ぎて、体を壊さないといいんだが……

「賢者の館の書庫は、歴代賢者様が収集なさった希書にあふれているとの噂だ。賢者でも勇者でも無い人間が書庫に入るなど、初めてかもしれない」
 羨ましいと、お貴族様が気障ったらしい仕草で髪を撫でる。
「一緒に行きたかったんですか?」と聞くと、否定はしないよと金髪野郎は笑った。
「しかし、デイジーのような可憐な方を当家に招く機会とて、二つとない好機。今宵は美しく才あふれる方と、楽しい一時を過ごすさ」
 嫌な顔で笑いやがる。

 まずは旅の支度を整えると、サラは自室に戻った。
 その後を追いかけ、廊下で幼馴染を捕まえる。フラフラしてるから、足が遅い。捕まえやすかった。
「サラ。相手が貴族だからって遠慮すんなよ。スケベされそうになったら、ぶっとばすんだぞ」

「なに言ってるのよ、バカ。あんたじゃあるまいし、シャルルさんはそんなことしないわ」
 む。
「あいつだってスケベだよ。アナベラに鼻の下を伸ばしてたじゃないか」
「そうだっけ?」
「王城で初めてアナベラに会った時だよ」
「……覚えてないわ。あんたがビキニアーマー見てバカ(ヅラ)になったのは、覚えてるけど」
 むぅ。
「ともかく……なにがあるかわかんないんだ。用心しろよ。いいな?」
「シャルロットさんも一緒なのに? 何もないわよ」

「そうかもしれないけど……」
 モヤモヤするんだよ。
「用心してほしいんだ。おまえ、今、魔法をまともに使えないし……一応、女だし……」

 サラが足を止め、くるりと振りかえる。
「心配?」
 綺麗な緑の瞳がオレを映す。
 サラは黙っていれば美少女なんだ。けど、内面がにじみ出るせいか、顔立ちがきつく見えることが多い。眉がちょっとつりあがってたり、目つきが悪そうに思えたり、口元がツンとしてたりして。
 だけど、今は……
 何というか……
 無防備だ。
 子供みたいに真っ直ぐな目で、オレを見ている……

「心配だよ」
 オレはそっぽを向いた。
「幼馴染だからな……」

 サラがオレを見ている。

「サラに何かあったらおじさんが悲しむし、」

 視線を感じる。

「ジョゼだって、オレだって悲しいよ」

 顔が熱くなってきた。
 サラはオレをジーッと見たままだ。
 何か言った方がいいんだが……
 けど、もう……何を言ったらいいのかわからない。

 シャルルと仲良くなるな、不愉快だって……うっかり口にしそうになる。

「幼馴染だから心配……か」
 ふぅと溜息をつき、サラは踵を返した。
「安心なさい、ジャン。アタシ、幼馴染の婚約者をとるような女じゃないから」
 え?
「シャルルさん、ジョゼにかなり本気みたいだもの。アタシとどーこーなったりしないわよ」
 いや、そういうことじゃなくって、オレはおまえが……

 サラが肩越しに振りかえり、ジロリとオレを睨む。
「どこまでついて来る気?」
 サラは、自分の部屋の扉の前に立っていた。

 ごめんと謝り、立ち去った。

 部屋に戻る気にならず、その辺をぶらついた。

 何つーか……
 自己嫌悪。

 オレ、変だ。

 シャルルのやること全部に腹が立つ。

 前から、婚約者然としてジョゼに接するのが気に入らなかった。
 けど、今は……
 セリアと仲良さそうにしてるのが、嫌だ。
 マリーちゃんをお姫様抱っこされた時も、ムッとした。
 パトロン風を吹かしてルネさんに贈り物をするのも、おもしろくない。
 サラがあいつの招待を受けたのが、ショックだった。魔力回復の為だ、それだけだ、きっとそうだ……わかってる。だけど、我慢ならない。

 まるでガキじゃん。
 お気に入りの玩具を独り占めして、誰にも貸したがらない……心のせまいガキ。

 しかも、もっと悪い。
 独占したがっているのは、玩具じゃない。
 人間だ。
 意志を持った人間達を、自分に縛りつけたいわけか?
 オレ以外の男と付き合ってもらいたくないって?

 だとしたら、オレは……
 最低な男だ。

 みんなは、オレの『伴侶』だ。

 けど、本物の伴侶じゃない。
『伴侶』ってことで、集めた『仲間』だ。

 なのに、独占欲抱くなんてさ……
 馬鹿すぎる。

《ご主人様……少しよろしいでしょうか?》
 マーイさんの声が聞こえる。
 空気中の水分に潜み、常にオレを護衛してくれている水の精霊。
 マーイさんは今日のオレを見ている。オレの心も読んでいる。
 現実を見聞きしてもらいたくない時は先にマーイさんにそう頼んで感覚を塞いでもらうが、今日はそんな事は頼んでないから。

「なに?」
 水色の髪と服、黒の仮面の女性が、静かにその姿を現した。

《あまりご自分をお責めにならないでください……お身内を案じるのは、おかしな事ではありません》
 身内?

《ご主人様は包容力のあるお優しい方ですから……仲間とした方をご家族同然に思われます。仲間を大切に思うからこそ、第三者の介入に不安になるのでは?》
 む?

《人間界では、娘に交際を申し込む男性が現れると、家族の父や兄は不愉快に思うのだと聞きました。それと同じことではありませんか?》

 つまり、オレは……
 ジョゼ同様、みんなも妹のように思ってるのか?

 大切な義妹にシャルルとかレイとかくっつくのは嫌だと思ってたけど……
 今回も、そういうこと……?

 オレはみんなに家族愛を抱いているのか?

 マーイさんがビクッと体を震わせる。
《一般論でいうと、その可能性もあるかと……》

 そっか……
 百人の伴侶(イコール)百人の義妹か……

 シャルルに反感を持つのは、別に変なことじゃなかったのか。
 普通なのか……

 ちょっと気持ちが楽になる。

「………」

 いや、待て。

 妹じゃないじゃん。

 年齢からすると、セリアやルネさんは姉だ。
『セリアねえさん』、『ルネねーさん』……うひぃぃ〜 鳥肌たっちゃう。
『イザベルおねえさま』……ああ、これは、ちょっといい響き……
 てか、アシュリン様やヤチヨさんだと、姉というよりは母?
 魔界の方々はどのポジションでも嫌〜んだよな。スライムやゾンビをどうしろと?
 天界のドゥンは……ペット?

 むぅぅぅぅ。

 大家族。


 馬鹿なことを考えてたら、中庭に出てた。
 けど、義妹は見つからなかった。
 どこで修行してるんだろ?

「エクレール」
 左腕のアメジストの腕輪に宿る精霊を呼び出す。
《は〜い、なぁに?》
 エクレールが明るく尋ねる。
 ツンツンと尖った髪も、体や腕や足に装着されたプロテクターも紫水晶だ。体部分のクリスタルは胸元が大きくえぐれ、股のあたりがキュッとつりあがっていて、デザイン的にエッチだ。
 けど、触れない。下手に触ると、感電死する。エクレールはくすぐったかりだ。驚かせると、発電する。
 エクレールに、ジョゼが見当たらないことを伝え、レイが近くに居ないか聞いてみた。同じ雷の精霊なら、同族の気配に敏感じゃないかなあと思って。
《う〜ん、居ない。異次元で練習してるのかも〜》
 そうか……

「あ、そうだ」
 オレは雷の精霊に伝えた。
「明日から、エスエフ界に行くよ。科学技術が発達したメカ世界だ」
《メカ世界!》
 エクレールが目をキラキラと輝かせる。電気が関わるからか、メカものが好きなんだ。
「それから、ルネさんも一緒に行く」
 雷の精霊の顔が、更にパーッと輝く。ルネさんと仲良しなんだ。
 宝石に宿っている間、精霊達は現実から耳目をふさいでいる。命令がない限り『実体化しない。主人の私生活も覗き見ない』。それがしもべの礼儀だそうだ。
 エスエフ界行きも、ルネさんの同行も初耳なんだ。
《ね、ね、ね、教えて。エスエフ界って具体的にどんなとこ? そこでルネは何をするの?》
 オレは『勇者の書』を読んでの知識を意識し、今日の出来事を頭にのぼらせた。オレの心を読んだエクレールが、とろけそうな笑顔になる。
《面白そうな世界! それに、蓄霊器か! さすが、ルネ、発想が独特だー》
 ウズウズしてるっぽいから聞いてみた。
「試作機見て来る?」
《いいの?》
「うん。オレは特に予定ないし、そのまんまルネさん所に行ってていいよ」
《ありがとー》
 仕事の邪魔になりそうなら帰って来いよと言って、雷の精霊を送りだした。

 いつも助けてもらってるんだし、たまには精霊達にものんびりしてもらうか。
 そう思って、呼び出した。
 炎のティーナだけは宝石が側にないから呼び出せない。けど、ティーナには特に休暇をあげなくてもいい気がする。ぬいぐまアナムの首を飾る宝石に宿ってるわけだし。アナムと一緒に居られるのが、幸福なんだし。
 風のアウラさん、土のサブレ、氷のグラキエス様、闇のソワが姿を現す。
 て、あれ?
 光のルーチェさんがいない?

《ここに居ます。勇者ジャン》
 宙に掌サイズの光の玉が、ふわふわと浮かんでいた。
……ルーチェさん?
「どーしちゃったの、その姿!」
《すみません、現在、人型をとれません》
 光の玉が答える。
《宝石に宿りながら、光系物質を吸収中です。明日ぐらいには人型変化も可能かと》
 そんなに弱ってるの? 魔界じゃ光系物質を吸えなかったからか。どーすりゃ元気になるんだ?
《光界にしばらく還してあげればいいのよ、おにーさん》
 裸体に薄緑色のベールをまとわりつかせているアウラさんが言う。
《光にあふれているあの世界に戻れば、ルーチェが元気になるのも早いわよ》
 んじゃ、還ってもらおう。
「必要になったら呼ぶ。それまでずっと光界に居て」
 ありがとうございますと言って、光の玉は消えた。

「みんなも好きに過ごしてくれ。この世界のどっかに出かけてもいいし、精霊界に還ってもいい。のんびりしてくれ」

《ニーナちゃんのところに行っていい?》と、ソワ。ニーナはマリーちゃんにつきそっている、遊べないかもしれない。そう伝えたが、それでもいいとソワはニーナのもとへと向かった。

(わたくし)も精霊界に還らせていただきますわ》
 グラキエス様がツーンと澄ました顔でおっしゃる。
《醜い世界を彷徨ってばかりで、うんざりしていましたの。故郷に還り、美しい氷の世界を堪能して来ますわ》

 グラキエス様が姿を消してから、アウラさんが言う。
《やせ我慢してるけど、グラキエスもあまり元気じゃないのよ。おにーさんが、寒い世界に行かないから、冷気とか氷とか雪とか、充分吸収できてないんで》
 あ。
《まあ、魔界で氷結世界に入り込めたんで、多少、マシになったみたいだけど。氷界に戻れば、リフレッシュしてこられるわよ》

「アウラさんも、風界に還る?」
《あたしは大丈夫。それほど弱ってない。どこの世界でも風は吹いてたから》
 ケラケラとアウラさんが笑う。
《さまざまな風の吹く世界だけど、精霊界は退屈すぎるもの。好きにしていいってんなら、この世界の風と戯れてきたいかな》
「もちろん、どうぞ」

《あんた達は、どーすんの?》
 アウラさんが、マーイさんとサブレに聞く。

《私はご主人様の護衛ですから……お側に……》と、マーイさん。
 どっかで気分転換して来ていいのに。
《いいえ。ジパング界でも魔界でも四散してしまい、護衛の役を果たせませんでした……どうぞ、お側に置いてください……水界には還りたくありません》
 黒の仮面で顔を隠すマーイさん。変化が下手なせいで千二百年も、水界から出られなかったんだ。水界にはあきてるのかも。
「精霊界に還らなくても平気なら、いいよ、好きにして」
《ありがとうございます、ご主人様》
 マーイさんが嬉しそうに言う。

《私もご主人様のお側に居たいです》
 金髪の美少女でわりとボンキュッボン。サブレが、何とも言えぬ熱っぽい目でオレを見る。
《今日か明日かと希望をつなぎ……ずっと耐えてきましたが……もう耐えられそうにありません……》
 むちむちの体は黄色のレオタードにおさめられてる。その体は、せつなそうに息づいている。
《今日こそ、ご主人様のお情けをいただきたいのです……》

 お情け……?

 て!
 えぇっ!
 それて、もしかして、エッチな意味の!

 ハアハアと興奮した息を漏らしながら、サブレがオレに近づいて来る。
《はしたない私をお許しください……もう欲しくって、欲しくってたまらないんです……気が狂いそうなんです……》
 サブレがオレの前に跪き、オレの右足に愛しそうに頬ずりをする。
《もう捨て置かないでください、ご主人様の愛が欲しいのです。私を受け入れてくださるのでしょ?》
 え?
 えっと……
 受け入れるって……?
 サブレが泣きそうな顔でオレを見る。
《私との約束、お忘れなのですね……ひどい方……》
 ご、ごめん。
《……欲しかったのは土の精霊の能力だけ……。私自身なんて、どうでも良かったのですね……ゴミも同然……約束なんかさっさと忘れて、私の事など意識すらしない……》
 ごめん!
 オレ、なんか約束してたんだね!
 忘れててごめん!

《ああああ……凄すぎ……放置プレイどころか、存在全否定だったなんて……さすがご主人様、私の萌えツボをよくご存じ……》

 へ?

 サブレがうっとりとオレを見つめる。
《どうか、お仕置きを……ご主人様の究極の愛も知らず、ご褒美を願った愚かな私に罰をお与えください》
「罰?」
《踏んでください……》

 あ。

《ご主人様がお望みでしたら、鞭でもロウソクでも逆さづりでも……》

 思い出した。
 土の精霊って、踏まれるのが好きだったんだ。
 土は、自分の身を削って他の生き物を養う。
 だから、土の精霊も『踏んで欲しい。体の中を貪って欲しい。何もかも捧げて愛するものを養いたい』とか思うわけで……
 サブレはしもべになる時、こう言ったんだった。

《多くは望みません。最初のうちは、たまに踏んでくだされば、もうそれで……それ以上のことはご主人様のご興味が深まってから、追々(おいおい)……》と。

 すっかり忘れてた……
 しもべにしてからいっぺんも踏んでなかった。

 なので……踏んであげることにした。
 さすがに外でやるのは、オレが嫌だ。
 屋敷のオレの部屋に戻った。シャルルやルネさん達は、もう居なかった。

《あああ……遠慮なさっては嫌です……体重をかけて、もっとギュ〜と……》
 足元にうずくまるサブレのお尻のあたりを、ギューギュー踏んであげた。
 最初はちょっと興奮した。
 足の裏にむにって感じに、やわらかい肉体があるんだもん。
 異常だ。
 ドキドキした。
挿絵(By みてみん)
 けど、そのうち慣れてしまった。
 ずーっとやってたら、同じ刺激だもんな。
 けっこう重くしてるのに、もっと! とサブレがねだる。
 俺じゃなく『マッハな方』がご主人様のが良かったのかも。ラモーナへの踏んづけ方、激しかったもんなあ。
《いいえ》とサブレが言う。
《恥ずかしい願望を抱いている私を、ご主人様は受け入れてくださいました……お優しくて、それでいて三十五日も私を放置できる方……ジャン様に出会えて、私、幸せですわ……私のご主人様はジャン様だけです》
 だから、ごめんよ、忘れてて!

 マーイさんが見守る中、オレはサブレを踏んづけまくった。
 そのうち疲れたんで座った。
 手持ぶさたなんでサブレをテーブルの下に移動させ、『勇者の書』とかを書きながらにした。

《あああ……足置きにされてるんですね、私……。私を踏んでいらっしゃるのに、ご主人様の関心は私にないなんて……みじめすぎて……ス・テ・キ……》
 なにされても悦ぶんだな、おまえ……

 時間があったんで遺言状も書けた。
 魔王戦で『チュド〜ン』しちゃった場合の用心だ。

 ジョゼや仲間達に伝えたい事、国王陛下へのお願い、お師匠様への謝罪など……

 魔王戦までに書き直すかもしれない。
 まだ自分の気持ちがはっきりしてない。

 ジョゼの愛に対し、オレはまだ答えを見つけていないし。

 けど、ちょっとすっきりした。
 ずっと書かなきゃと思ってたんだ。





 翌朝、仲間達はオレの部屋に集まった。
 ルーチェさんとグラキエス様を除き、精霊達は戻っている。

 ルネさんは、フル・ロボットアーマー姿だ。ドレス姿はかわいかったけど、やっぱこの格好のがルネさんらしい。
「目指すは物々交換! アンヌ様やシャルル様が宝石を持たせてくださいました! しかし、あちらは機械文明! メカものの方が好まれるのではないかと!」
 ルネさんの機械の手が、腹部のトランクを叩く。
「あちらには無いだろう発明品を詰めてみました! エスエフ界の知識・機械・技術が私のものとなり、私の発明品があちらに伝わるんです! 素晴らしい文化交流だと思いませんか?」
 うん……
 まあ……
 贈ったものが、爆発しないといいね。

 オレ用の『ルネでらっくす Ⅶ』も準備されてた。ルネさんも行くから、今回は無しかと思ってたんだが。まあ、ルネさんの好意だし、重いけど持ってくか。

 ニーナは興奮していた。闇の精霊ソワとキャイキャイおしゃべりしてる。
 お友だちとよその世界に行けるんで、ワクワクみたいだ。

 お師匠様は居たけど、セリアは居なかった。
 エスエフ界からお師匠様が帰還するまで、賢者の館に籠るのだそうだ。びっくりだ。
 あの館は、ものすごい山の中にある。人間の通る道なんかないし、断崖絶壁の急斜面だらけらしい。貴族令嬢のセリアでは、絶対に一人じゃ山から下りられないだろう。
「セリアが望んだのだ」
 お師匠様が淡々と言う。
「あの館の書を徹底的に調べたいのだそうだ。生活に必要な物資は転送魔法で運んでやった。万が一、事故で私がこの世界に還れぬこととなれば、下山はほぼ不可能。館で飢え死にするぞとも脅したのだが、構わぬそうだ。万が一の時は、私と共に勇者のおまえも帰還していないはず……と、なれば世界は魔王によって滅ぼされる運命。どうせ死ぬのだと笑っていた」
 そんなに気合いを入れて……。
 精霊界の裏世界の存在・専用転移呪文……意地でも見つけそうだな、セリアなら。
 けど、見つかんなくてもいいや……ありがたいよ、ほんと。オレはいい仲間に恵まれている。

 サラも、帰っていた。
 メシはどうだった? って聞くと、サラは舌を出し『個性的なお料理だったわ。二度と経験したくない味』と笑った。
「シャルロットさんから、炎以外の魔法を操るコツを教わってきたの。とても勉強になったわ」
 聞く前から、サラは何をしてきたかをオレに教えてくれた。
 昨日よりもずっと具合が良さそうだ。ぬいぐまアナムを抱っこしてる姿は、しゃきしゃきしている。

 シャルルはオレの部屋まで来て、椅子に座ってボーッとしてる。
 口を開けば、欠伸だ。
 朝が弱いなら、寝てろよ。別れの挨拶に来なくていいから、おまえは。

 ジョゼに支えられながらマリーちゃんが部屋に来た時には、びっくりした。
「みなさまが、旅立たれると、聞きましたので〜 ご挨拶を〜」
 ふらふらしてるし、顔も真っ白じゃん!
 寝ててくださいと言っても、『大丈夫です〜』って笑うし。頑固なんだから……
 ソファーに座ってもらい、具合が悪くなったら横になることを頼んでおく。
「ちょっと、疲れているだけ、ですから〜 ほんと〜に、ご心配なく〜」

 マリーちゃんが、ほんわかした顔でオレに微笑みかけてくる。
「勇者さまと、十才の勇者さまに、お礼を、お伝え、したかったんです〜 あの方の、いろんなお顔が、見られて、嬉しかったんです〜 ほんとうに、ありがとう、ございました〜」
「無茶苦茶だけど、いい人でしたよね、『マッハな方』。大事なマリーさんの為だと、オレらまで守ってくれた……感謝してます」
 オレはマリーちゃんへと笑みを返した。
「女神の何でも答えちゃおうコーナーで、マリーさんとあの方の時間がちょっと重なるって、神様が言ってましたよね。魔界じゃ重なりはしなかった。この先のどっかの世界で、あの方にマリーさんは会えるんですよ」
 マリーちゃんが本当に嬉しそうにニコ〜ッと笑う。
「はい〜」
「その時の為にも、今は体を治してください。ゆっくり休んでくださいね」


 お師匠様が、『勇者の書 78――ウィリアム』を物質転送で、呼び寄せる。
 エスエフ界出身の勇者の書を用いて、転移するんだ。

「それほど長い滞在にはならないはずだ。一週間を目安と考えてくれ」と、お師匠様。

「お気をつけて……賢者様、ジョゼフィーヌ様、ニーナ様、サラさん、ルネさん……と、ジャン君」
「みなさまに、神の、ご加護が、あります、ように〜」

 床に広がった魔法絹布の一番右端にあるのが、幻想世界への魔法陣。それから、精霊界、英雄世界、ジパング界、天界、魔界への魔法陣が並んでいる。
 その左隣に、お師匠様は七十八代目勇者の書を置いた。

「呪文はおまえに任せる。私は後から唱和する」
 お師匠様が静かな顔でオレに言う。
 そうくると思ったから、ちゃんと呪文は暗記しといた。

 オレは賢者になるんだ、お師匠様に頼りっぱなしじゃまずい。何でも一人でできるようにならなきゃ。

 そこまで思って、だからなのかな? とも思う。
 お師匠様がオレの世話をアレコレ焼かなくなったのは、オレの自主性が見たいから……そんな理由もあるのかも。

 それだけじゃない気もするが。


 魔王が目覚めるのは、三十八日後だ。


 オレ主導でも、問題無く魔法陣は開けた。

 そんなわけで、魔法陣を通って、オレは仲間達と共にエスエフ界へと旅立って行った……
+注意+
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