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ハーレム100 作者:松宮星

魔界

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光と闇が備わり…… 【魔界の王】(※)

 そこは果てなく広い場所だった。
 まぶしい。
 キラキラと輝く白い霧が、周囲に満ちていた。視界がはっきりせず、足元が見えない。

 ゾクッとした……
 何かが居た。

 何かとつてもなく大きなものが居る……
 それだけは、わかる。
 と、いうか感じた。

 だが、見えない。
 白く輝く世界に居るのは、オレらだけ。
 在るのは、入って来た白い扉のみ。
 広大な世界には光と霧しかない。

《名を問う》
 衝撃を感じた。
 名前を尋ねられただけだ。
 だが、オレの体は震え始めた。

 恐慌(テラー)だ。
 身がすくみ、思うように動けない。

 しかし、恐怖を振りはらい、一歩前に進み出た。
 オレは勇者だ。
 相手が誰だろうが、逃げない。仲間は守る。それが勇者ってもんだ。

「勇者ジャン。魔王戦で共に戦ってくれる仲間を求めに来ました」

 凄まじい気を感じる。
 肌がビリビリと痛んだ。
 けど、下がらない。
 負けるものかと、前を見据えた。

《望みをかなえたくば、力を示せ。力こそ正義》

 太陽が降りて来たのかと思うほどの光が出現した。
 オレは目をつむった。
 とても開けてなんかいられない。
 大音量の音楽も感じた。讃美歌……? 清らかな音楽が、頭の中を貫く。

「……  様と子と聖霊の御力によりて、奇跡を与え給え。絶対防御の法!」
 セリアの声が響くと同時に、楽になった。
 オレは目を開けた。
 目が焼けそうなほどには、もう眩しくない。
 古代技法の防御結界は、あらゆる攻撃を防いでくれる。敵の威圧感を消してくれたんだ。

「『絶対防御の法』は時間と共に消えます。勇者様、結界の張り直しを」
 そう叫び、セリアが次の古代技法の仕込みに入る。

 オレは頷き、七体の精霊に助力を願った。
 炎のティーナ、水のマーイさん、風のアウラさん、土のサブレ、氷のグラキエス様、雷のエクレール、闇のソワが姿を現す。
「指揮はアウラさんとグラキエス様に任せる。結界を張り、全員でオレらの護衛を。ただし、四散しちゃダメだ。危なくなる前に下がってくれ」

《ヤバイってんなら、もう充分ヤバイわよ、おにーさん》風の精霊アウラさんが軽口をたたく。
《空気を歪めて光や音の伝導を変えてみるけど……あんま期待しないでね》
《みなさま、この空間に己の司るものを広げるのです。可能な限り、相手の光を弱体化させるのです。ただし、アウラの邪魔はしないこと。よろしくって?》
 グラキエス様の指示に、他の精霊達が頷き、人の形を捨てる。
「絶対、無茶するなよ! 四散は許さない!」
 オレはしもべ達に命じた。

 サキュバスのラモーナが、悲鳴をあげる。
《そんな結界、紙も同然よ! あたくし達は皆、塵と化すわ!》
『マッハな方』が、半泣きのサキュバスをジロリと睨む。
「・・・わめく暇があるのなら、良い案を進言してみせろ、色気虫」
 ラモーナがキッ!と、マリーちゃんを睨む。
《偉大なる王が本気になられる前に、ギブアップなさい! それが上案よ!》

 聖女様はサキュバスを蹴り飛ばし、額をゲシゲシと踏んづけた。

 銀狼がくつくつと笑う。
《早く萌えろ、勇者。もう間もなく結界は消える》

 グラグラと体が揺れる。
 すさまじい振動がする。まともに立っていられない。
 結界が揺らいでいるんだ。
 長くは耐えられない。それは、わかっている。わかってるんだが……

「萌えるって……何に萌えりゃいいんだよ?」
《え〜! 見えてないのー?》
 チビッ子堕天使が、ダメね〜 と言いたそうにオレを見た。

 魔界の王は、そこに居るのか?
 オレは目を細めた。
 前方には、まぶしい光と霧が広がるばかり。何も居ない。

「マーイさん、目を貸して」
 精霊に同化してもらえば、感覚を共有できる。
 水の精霊を内に呼び寄せてから、オレはあらためて前方を見つめた。

 何か見えた……
 白く輝く大きなものが。

 デカい。

 けっこう距離が開いているのに、天を見上げるように顔をあげなきゃ、頭が見えない。
 英雄世界のビル並だ。
 幻想世界のゾゾよりデカい。

 発光しているそれは、精霊の目を通してもはっきりとは知覚できなかった。
 涙でにじんだ目で、見ている感じだ。

 堕天使……だと思う。

 山のように巨大なソレは、頭上に光の輪を浮かべていた。
 白い翼がいっぱい生えている。
 一番上の左右の翼で顔を覆い、次の二枚で胸、その次は腰、次は足を隠している。で、背中には白鳥のような大きな翼がある。両手にも翼がある。
 六対十二枚も、光り輝く翼がある。

……神々しい。
 同じ堕天でも、死神サリーとは格が違う。

 静かにたたずんでいるその巨大なものから、時々、羽根が舞う。羽ばたいてもいないのに、デカい天使から羽根が広がり、鋭い刃とも雷ともとれる攻撃となってオレらに降り注いでいるんだ。

『仲間や敵の、攻撃値と残りHPを見る』勇者(アイ)が、精確な数値をオレに伝える。
 羽根攻撃は一枚で5万〜10万ダメージ。それが百本ぐらい一気に飛んでくるんだ。結界無しじゃ、間違いなく即死だ。
 そして、巨大な魔界の王の残りHPは……13億。

 ちょっ!
 うちの魔王の13倍?

《見えたんだろ? どうして萌えないんだい?》
 頭上からのベティさんの問い。顔が見えないから萌えられないと答えると、笑われてしまった。
《顔! 即物的だねえ。この圧倒的に美しい存在に、痺れないわけ?》

《あたしはドキドキしてるよー》と、デカイ鎌を持った、チビッ子死神。
《のぞめば、あたしを無にしてくれる方だもん……》
 眼帯のない左目が熱っぽく、巨大な堕天使を見つめている。
《やっぱステキ……お人形にできたら、サイコーなのに……》

《我らではかなわぬ存在だ……悔しいことにな》
 オレのすぐ横に、黒髪、黒マントの女性が立っていた。額の靴痕がナニだけど、性別を感じさせない無機質な美貌で……それでいて目もとや唇が妙にコケティッシュ。
 裸マントの人だっ! ついに、その姿に会えた! 予想以上に美人! マントを体に巻きつけてるから、中身は見えないけど!

「……  様と子と聖霊の御力によりて、奇跡を与え給え。先制攻撃の法!」
 セリアが叫んだ途端、羽根攻撃は止まった。

「先制攻撃の法発動中です。我々全員が攻撃しない限り、相手は攻撃できなくなりました」
 セリアがオレらを見渡す。
「私には神秘を見通す目がないので、魔界の王が見えません。しかし、皆さんの目には映っていらっしゃいますね?」
 魔界の四人とジョゼとサラとマリーちゃんに対し、セリアは頭を下げた。
「どうか勇者様をお助けください。勇者様が萌える為にご協力ください」

《顔の前の翼を払や、萌えられるんじゃないの? 全員で攻撃すれば、一枚は落とせるよ》と、ベティさん。
《そして、魔界の王を怒らせるのだな》と、ノーラが楽しそうに笑う。
《そうよ! 再生不可能なほど切り刻まれるわ! あたくしは消滅したくなくてよ!》と、ラモーナ。

「大丈夫だ。オレが萌えりゃ相手は無力化するから」と、オレ。
《んじゃ、萌えらんなかったら、おわりだねー》と、サリー。

 オレはかぶりを振った。
「萌えられなきゃ、ギブアップする」
 全員の視線がオレへと向く。
「負けても罰せられるのは大将だけ。この戦いの後、ひどい目に合うとしてもオレだけだ。だから、安心して、みんな一回づつ攻撃してくれ。みんななら、オレを萌えに導ける。頼む」

 何か言いたげに身を乗り出したジョゼを、セリアが制する。
 サラは睨むように、おっかない顔でオレを見ている。
 お師匠様はいつもと同じ無表情だ。

 ベティさんがヒヒヒと笑った。
《いいねー 本物の馬鹿だね、勇者のおにーちゃん! イカスよ!》

 水色の髪と白い翼が、ぶわっと宙に広がった。いかめしい大鎌を持った天使がいる。オレより背が高い。六枚の翼を持つ天使。二枚で顔を覆い、二枚で下半身を隠している。体は隠してないんで、スケスケのミニドレスと下着が丸見えだ。ほどよく膨らんだ胸が魅力的だ。
《そこまで期待されては報いねばなりませんね……本気でいきましょう》
 声も口調もがらりと変わってる。けど、死神サリーみたいだ。

《とがめなしに魔界の王を攻撃できるとはな……面白い》
 吸血鬼ノーラが走り出し、バッ! とマントを広げる。
 おおおおお!
 ついに?
 この角度だと、後ろ姿と黒髪しか見えないけど!
《一番手は、美しいこの私だ!》
 背のマントが蝙蝠の翼となる。
 おおおおお!
 今、一瞬見えたぞ!
 飛翔した吸血鬼王が右の爪で攻撃した。
 巨大な白い羽根が幾枚も散り、鮮血が舞った。
 勇者(アイ)が吸血鬼の攻撃数値を捉える。119万9117ダメージ。
 強化魔法や弱体魔法の恩恵無しで、この数字……さすがだ。
 攻撃後、ノーラは変身。蝙蝠そのものになって、オレらの元へと戻って来る……人間型のまんまでいいのに。

《尊き方……お許しを。私は人の子の思いを捨て置けません》
 背の二枚の翼で飛翔し、サリーは遥か高いところにある堕天使の顔前の翼めがけ、三日月のような鎌を振り下ろした。
 172万4598ダメージ。
 ノーラより強い。攻撃の一瞬だけ、顔と足を覆っていた翼が開いた。が、それはすぐに隠すべきところを隠した。
 舞い降りて来た堕天使は、十二の翼を持つモノを見上げた。
 顔の左の翼は傷つき血を流している。その痛々しい姿を、サリーは静かに見つめていた。

《チクショー、何で、こんな時にあたしゃ体が無いんだ》
 オレの頭上のベティさんが、舌うちをする。
《あたし、後でいいよ。ラモーナ、やっとくれ》

《あたくし? よしてよ! あたくし、王の秘書よ! 王に攻撃だなんて……》
 ラモーナは黙った。背後で『マッハな方』が、ポキポキと指を鳴らしたからだ。

《平気だよ、あんた、今、勇者のしもべだもん》
 ベティさんがイヒヒと笑う。
《『強制されて仕方なく』あの美しい方にブチュ〜するんだ。心ゆくまで吸えるんだよ。罰くらうのは大将だけだし……こんな好機、二度と無いんじゃない?》

《………》
 ごくっと喉を鳴らし、ラモーナは蝙蝠の翼を広げた。
《ああん、王よ、どうぞお許しを〜 あたくしは、心ならずも御身を攻撃いたしますが、決して……》
 媚びながら言い訳を口にし、ラモーナは魔界の王の眼前まで飛んで行き王の翼に熱烈に抱きついた。
 吸精。
 82万1025ダメージ。
 戻って来たラモーナは、熱い息を吐きながら、目を半ば閉じ、とろんとしていた。幸せいっぱいって顔だ。

「じゃ、次やるわ」
 サラが前に進み出る。
 杖頭のダイヤモンドに額をあて、しばらくブツブツ呪文を唱え……
 それから、サラは杖を持ちあげ、杖底でタン! と足元を突いた。
 途端、魔界の王の顔の前の宙が発火する。
 凄まじい勢いの炎が雨のように降り注ぎ、蛇のように巨大な翼を包み込んで行く。
 メラメラと赤く燃える炎が羽を焦がし、翼を燃やしてゆく。
 けれども、燃えても燃えても翼は燃え尽くさない。焦がされながら、再生しているようだ。
 勇者眼の計測数値が、どんどんはね上がってゆく。
 巨大な堕天使を襲っている炎は、ただの炎じゃなさそうだ。精霊界の炎界の炎を呼び寄せているんだろう。
 やがて荒れ狂う炎も火勢が衰えゆき、サラの力の限界と共に消え果てた。消耗しきったサラが杖に体重をあずけ、その場に座り込む。

 魔界の王の顔の前の翼は、多少黒っぽくなっていた。が、外見上はその程度。

 ダメージ値は……268万1294。

 嘘ぉ〜ん!

 全員がサラに注目する。
 むろん、サラのは渾身の一撃。体力も魔力も使い果たしちゃったから、二撃目はない。対して、魔族達のは単なる通常攻撃だ。対戦した場合、サラの最初の攻撃を忍べば、魔族が圧勝する。
 しかし……一撃だけを見れば、サラは吸血鬼王の倍以上、サキュバスの三倍もダメージを出してるんだ。
 六十日前には、ファイアすら使えなかったのに!

「すごい……すごいです、サラさん……」
 ジョゼがサラの体を支える。
 ストロベリーブロンドの魔術師は、幼馴染に対しニッと笑ってみせた。
「……次はジョゼの番。バ〜ンといっちゃって」
「はい」
 そう言ってから、ジョゼは困ったように上を見上げた。
 首が痛くなるほど見上げなきゃ、巨大な魔界の王の顔は見えない。狙うのは顔の前の左の翼だが、格闘家のジョゼは接近しなきゃ攻撃できないんだ。

「アウラさんに頼むよ。空中浮遊で、あいつの顔の前まで運んでもらえば」
「待て。勇者と白ドレス」
『マッハな方』がズンとオレとジョゼの間に入る。
「仲間の運搬とて、敵対行為カウントだ。風の精霊を虚しく使うな、攻撃させろ、マヌケ」
 む。
「けど、運んでもらわなきゃ、ジョゼは攻撃できない」
「むろん、当然、言うまでもなく、白ドレスを遊ばせてはおかん。運搬役は誰が適任かと問われれば一人しかおるまい・・・俺だ」
 へ?
 マリーちゃんが親指でクイッと自分を指差す。
「俺もマリーも邪悪掃討に特化した僧侶だ。堕天に対しては、綺麗さっぱり、まったく、完璧に役立たず。勇者並に弱い」
 ぐ。
「煙草に火をつける程度には、魔術師の初級魔法も使える。運び役は任せろ」

「……お願いします」
 マリーちゃんにペコリと頭を下げたジョゼ。その体が、ふわりと浮きあがる。
 ジョゼが両足を開き、腰を落とす。
 その体から紫の気がふくれてゆくのが見えた。同化している雷の精霊レイの気だ。
 魔界の王の顔の前で、ジョゼから紫の気が膨大にふくれあがった。
 56万7938ダメージ。

「ごめんなさい……」
 戻ったジョゼは、悔しそうに唇を噛みしめた。大ダメージを出せなかったと察しているようだ。
「いや、助かったよ、ありがと」
 ジョゼの頭をポンと撫でた。
 未完成の技を、足場の定まらない空中から放ったんだ。充分すぎるくらい働いてくれたよ。

 続いて、グラキエス様、エクレール、ソワ、サブレ、アウラさんの順に攻撃する。60万前後のダメだ。精霊達は復活したばかりだから、本調子じゃないんだ。

 魔界の王の顔の前の翼は、折れ曲がりかけている。だが、まだ顔は見えない。

《申し訳ありません、離れます》
 マーイさんが離れ、エクレールが代わりにオレの内へと入ってくる。
 エクレールの目を借りて見た。
 水の精霊マーイさんの津波のごとき水が、魔界の王の顔の前の翼を襲い……
 大量の羽根が舞い散り……
 ついに……
 翼は折れた。
 累計1000万ダメージ超でようやく、翼が一本折れた。

 落下した翼が轟音を立て、魔界の王の足元に落ちる。

 おぼろげに顔が見える。
 整った顔立ちのようだ。
 だが、はっきりと見えない。知覚できるのは、蒼天に輝く太陽のような光のみ。まぶしすぎる……

 目を細めても、すがめても変わりない。
 光しか見えない。

 攻撃してないのは、オレとベティさんとお師匠様だけになった。

 見えなきゃ萌えられない。
 どうすりゃいいんだ?

 焦るオレの中に……
 何かがフッと入りこんできた。

 見える。
 魔界の王の左顔が、よく見える。
 冴えた月のように美しく、表情がない顔。氷のような凍てついた瞳で、オレらを見下ろしている。石ころでも見るかのように。
 絶対者の顔だ。

《遅くなってすみません、勇者ジャン》
 体の内側から懐かしい気を感じた。
 光の精霊ルーチェさんだ。
《あの敵は光の塊なので……どうにか復活できました》
 魔界の王から光系物質を吸収したのか。

 ルーチェさんの目を通せば、堕天使がはっきりと見える。

 しかし、伴侶的な萌えはこなかった。
 美しい神像を鑑賞してる気分だ。
 キュンキュンこない。

《ま〜だ駄目なの? やっかいだねえ》
 頭上のベティさんがヒヒヒと笑う。
《しょうがない……助けてやるよ》
 オレの頭に絡めてた髪の毛をほどき、ベティさんの首が魔界の王を目指し飛んでゆく。

 何をする気なんだ?

 ベティさんの小さな頭は、やがて見えなくなり……

 代わりに、魔界の王の折れた翼が宙へと舞い上がった。
 片翼だけがそれ自体が生き物のようにどんどん上昇してゆき……

 魔界の王の眼前で、羽をバッ!と散らしたんだ。
 羽や羽先が魔界の王を襲う。露出した左頬や首、更には体と体の間に大量に入りこんでゆき……

 魔界の王の氷の表情が、崩れ始めた。

……気ままに動く羽根が、肌をチクチク・サワサワ・コチョコチョ・刺激してるみたいで……

 魔界の王の顔が赤くなってゆく。
 完璧な神像に、血が通い始めた感じだ。
 隙が生まれ、親しみやすくなったというか……
 つらそうにしかめた眉、細めた瞳、あえぐような口が、なんというか色っぽくって……キュンとした。

 王が、苦しそうに体をくねらせる。
 信仰の為に肉体的苦痛を堪える、殉教者のように。

 しかし、限界はやってくる。
 耐えきれなくなったのだろう、衝動のままに王は体を揺さぶった。
 大爆笑だ。
 その爆発的な笑いの衝動と共に、十一枚の翼がバッと開く。
 誰しも笑い転げる時は、大口を開けて、無防備になる……そんな感じで。

 翼の下は、一糸まとわぬ姿で……

 予想以上にボンキュッボンだった……


 オレのハートは、キュンキュンと鳴った……

 心の中でリンゴ〜ンと鐘が鳴る。
 欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。

《あと三十九〜 おっけぇ?》
 と、内側から神様の声がした。


《ま〜ったく、世話が焼ける》
 オレの頭の上に戻って来たベティさんが、フヒヒと笑う。
「なにをしたんですか?」
《切り落とされた翼を死霊にして操ったのさ。くすぐって笑わせりゃ、おっぱいポロリだもん。好きだろ、おにーちゃん?》
 いや、まあ……
《お礼は脳みそでいいや。クタバッてからでいいから、おくれよ。永遠にかわいがってあげるからさ》
 え?
 それは、ちょっと……
 約束できないというか、したくないというか……

「結局……巨乳なわけ?」
 座り込んでいるサラが、ゼーゼーと荒い息を吐きながら毒づく。
「……最初から、胸の前の翼を狙えばよかったわね」
 それは違う!
「胸だけに萌えたんじゃない! 強大な魔界の王が、笑いという感情に流され、氷のようだった美しい顔を親しみやすい表情に変えて体を揺らすという、トータルの魅力でオレはキュンキュン……」
「とりつくろう必要はありません。勇者様のボンキュッボン好きは、全員、よく存じていますから」
 ツーンてな顔のセリアが、オレからプイと顔をそむけたサラに治癒の技法をかけ始める。
 二人とも、何でそんなに不機嫌なんだよ……





 魔王戦が三十九日後である事、その時、魔界にいて欲しい事を全員にお願いする。この場にいないラミアのエドナ達への連絡は、ベティさんに頼んだ。
 魔界の王が承知したから、貴族達も王に倣ってくれそう。
 秘書に復帰したラモーナがビクビク怯えながら、王のスケジュール管理を始めた。
 しかし、魔界の王の方は小さなサキュバスなど全く意にかけていなかった。攻撃されたのも、虫に刺された程度にも思ってないんじゃないか?

《予は動けぬ。動けば、この世界は沈む。魔王戦には分身を送る》
 女神ドゥルガー様同様、分身での参戦か。残念だが、相手にも事情はある。仕方ない。

 魔界の王の折れた翼は、放っておいても再生するらしい。
 けど、死神サリーが治癒を申し出ていた。
《堕天前、『癒す者』としておエライ天使様に仕えてたんだってさ》と、ベティさん。
 魔界の王に比べれば格は落ちる。しかし、サリーは翼が六枚もあるし、いろいろ能力が高い。もしかしたら、かなり高位の天使だったのかも。

『マッハな方』が魔界の王には足形をつけないと知って、吸血鬼ノーラはブーブー文句を言った。
「馬鹿者。聖痕は、反抗防止&守護の為に与えたのだ。王はきさまと違い、約束を(たが)えぬし、強大だ。俺の守護など、綺麗さっぱり、まったく、完璧に不要だ」

 そう言ってから、『マッハな方』はオレをジロリと見た。
「俺は還るぞ、マリーの下僕よ」
「はい、ありがとうございました」
 オレは深々と頭を下げた。
「魔界での旅を無事に終えられたのは、あなたのおかげです。感謝してます」
 マリーちゃんが、フンと鼻を鳴らす。
「媚びるな、気色悪い。俺の内なる霊魂はマリーの守護のみを欲している。きさまらなど、メインディッシュに添えられたパセリ並の存在。おまけだ」
「でも、助けてもらいました。本当にありがとうございました」
 マリーちゃんがすごい凶悪な顔となる。疲れきってるからか、人相が悪い。


 お師匠様が『勇者の書 24――フランソワ』を霧の中に置く。

「帰還の呪文は、ほぼ定型文。異なる箇所はこの前教えた通りだ」
 すみれ色の瞳を細め、お師匠様が優しく諭す時のような声で言う。
「おまえが先に唱えろ。私が後から唱和する」

 え?

「わ、わかりました」
 呪文は魔法の馬車の中で教わった。
 暗記もした。
 できるはずだ。

 オレは、いずれ賢者になるんだ。
 転移魔法ぐらい一人で使えなきゃ。

 深呼吸をし、気持ちを落ちつける。

「おまえの気を感じさせてくれ」
 求められるままに、オレはお師匠様と額を合わせ、目を閉じた。

 魔王が目覚めるのは、三十九日後だ。

 ヒューヒューと、ベティさんが口笛を吹く。
《まったねー ユーシャくん、かわいいお人形ちゃんたち〜》チビッ子堕天使に戻ったサリーの明るい声もする。
《雑魚魔王など私の美しい爪で切り裂いてやる。期待していろ》と、偉そうな吸血鬼の声もした。

 けど、オレには余裕がなかった。
 失敗しないように……それだけを思って必死に呪文を唱えていた。

 だもんだから気づいた時には、転移の光に包まれていた。

 そして、オレは……
 魔界より離れ、お師匠様達と共に、もとの世界へと還っていった……


* * * * *


『勇者の書 101――ジャン』 覚え書き

●女性プロフィール(№061)

名前     不明
所属世界   魔界
種族     堕天使
職業     魔界の王
特徴     十二枚の翼を持つ巨大な堕天使。
       HPは13億。
       天使だから両性具有で、
       魔族だから肉体も持っている。
戦闘方法   羽根攻撃。他にもいろいろ。
年齢     不明。
容姿     神々しく、厳かな顔。
       普段は翼で全身を隠している
       けれど、ボンキュッボン。
口癖     不明。
好きなもの  魔族?
嫌いなもの  神族?
勇者に一言 『望みをかなえたくば、力を示せ。
       力こそ正義』
挿絵(By みてみん)
+注意+
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