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ハーレム100 作者:松宮星

魔界

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吸血鬼のマント   【ノーラ】(※)

 上半身だけなら、ラミアのエドナは小柄だ。けど、とぐろを巻く蛇そっくりな下半身をあわせると、オレの五倍は軽くある。
 魔法で小さくなることもできないそうだ。馬車に乗せて、いっしょに旅するのは無理だ。
「近隣に眷族を放ち、勇者一行を探せ。炎が得手の魔術師、雷の精霊をしもべとする格闘家、古代技法を使う学者の三人だ。何処にどんな形に居るのか、誰かの餌食となったか、わかる限り調べ、報告しろ。報告方法は任せる・・・が、」
 尼僧さんはククク・・・と笑った。
「猶予は一日だ。それを過ぎたら・・・俺の内なる霊魂がマッハできさまに仕置きを言い渡す」
《わかった。ちゃがす。らから、もういじめないれね》
 エドナはビクビクとおびえながら約束し、部下の虫たちを連れて逃げるように去って行った。

 ベティさんのカボチャ馬車まで戻り、オレらは吸血鬼ノーラの領地へと向かった。そこにサラ達がいるかもしれないからだ。

「首。吸血鬼の領地に着く前に起こせ」
 馬車に乗ってすぐに、尼僧さんは寝ようとした。が、寝る前に質問させてほしいと頼んだ。今、尼僧さんに降りてる存在(もの)には聞きたいことがあるんだ。

「きさまに、答える義務はない」
 尼僧さんは、ちょ〜フキゲンだった。
「マリーにはマッハで睡眠が必要だ。邪魔をするな、下僕」

「でも、マリーさん、あなたのこと知りたがってます、『勇者の書』にそう書いてあります。自分の口じゃ聞けなくて残念だって」
 尼僧さんがおっかない目つきで俺を見る。眠いせいか、ものすごく悪人(ヅラ)だ。
「十八才のオレも知りたがってました、マリーさんのために」

「何を問うというのだ、マリーの下僕」
 フンと尼僧さんが鼻を鳴らす。
「俺は庇護を受ける身だ。神の望まぬことは口にできん」
「話せることだけでいいから、教えてください。あなたはだれなんですか?」

 尼僧さんが両腕を組み、アゴをつきだして、ふんぞりかえる。
「天にあまねく星が輝くがごとく、光の教えに満ちた世界は八百万那由多の彼方まで存在し、尊き神に信仰を捧げる清き者は無量大数のごとく存在する。創造神が創造物を愛するの自己愛の延長であり、対象物からの愛に奇跡をもって応えるのは自己満足にすぎないのだが、完全不可欠を美徳とする神々においては奇跡こそが第一義となり、無量大数の奇跡をふりまかねばならないという義務感が発生し、多くの神々が寸暇を惜しみ大車輪で働き東奔西走したとてこなしきれぬほどのノルマを自らに課す事態に陥っておられる」
 う。
 急にペラペラ話し始めたけど……
 なに言ってるんだか、わかんない……
「俺は、殺人的なスケジュールをこなしておられる神々の仕事をいくばくか代行している。神に代わり、清き者を邪悪より守護する奇跡を起こしているのだ」
 う〜ん。
「創造神の仕事を代わりにやってるってことは……下っぱの神さまってこと?」
「ノーコメント」
「なんで、アルバイトしてるんです?」
「俺の内なる霊魂がそうせよと命じたからだ」
 むぅ。
 あ、そうだ、これ聞かなきゃ。
「神様が、マリーさんを助けろって命じたんですか? マリーさんが子供のころからずっと守ってるんでしょ?」
 尼僧さんが、ジロリとオレをにらむ。
「俺の担当は内なる十二の宇宙。清き者の身に宿り、邪悪と戦い続けるのが使命だ」
 う〜ん?
「十二宇宙の人間全部を守ってるんですか? あっちこっちから、同時に奇跡を求められたらどうするんです?」
「俺が救えるのは常に一宇宙だ。俺が赴かぬ世界では、別の存在が奇跡を起こす」
 へ?
「奇跡代行アルバイターっていっぱいいるの?」
「知らん。だが、神の奇跡はふさわしき場所にふさわしき形で起こる。俺は、内なる霊魂に従い、十二の世界のいずれかに降臨し、邪悪を葬り続けるだけだ」
 尼僧さんが腕をとき、自分の左手を見つめる。開いては閉じ、閉じては開きをしながら。
「マリーは疲れている。俺は眠るぞ」
「え、あ、じゃあ、あと一つだけ……」
 そう引きとめてから、何を聞こうか考えた。

「アルバイトってことは……女神様からバイト代をもらってるんですか?」
 思いついたことを、そのまんま質問した。

「きさまの世界の女神からは何も貰っていない。俺の雇用主は、きさまが知らぬ存在だ。完全歩合制だが、報償は貰っている・・・もっとも」
 尼僧さんがククク・・・と笑う。
「邪悪を粛清することこそが、俺の存在理由・・・邪悪によって滅びる世界など、二度と金輪際もう決して絶対にあってはならぬのだ。俺は全ての邪悪を滅ぼすまで、戦い続ける」

「寝る」と、宣言し、尼僧さんはペンダントをにぎった。
 あっという間に、がくっと頭をたらす。寝つきがすごくいい。
 俺が今までしゃべっていた相手は、還ったんだ。尼僧さんの顔は、ほわほわとかわいくなっている。

《邪悪が世界を滅ぼす……神が好きそうな言葉だねえ》
 ヒヒヒと首だけのベティさんが笑う。
《神が滅ぼす世界だって、それこそ星の数ほどあるってのに。清すぎる水にゃ、魚も棲めない。正邪も神魔もごった煮だからこそ、いろんな生き物が生きられるってのに》

「面白い考えだ。しかし、光の加護を受ける身としてはおまえに同意できぬ」
 お師匠様は、尼僧さんの横に置かれているベティさん首を見つめている。
「我々の世界は魔王に滅ぼされつつある。阻止せねばならん」

《世界が滅びるって、あんたら基準でだろう?》
 ゲヒヒと下品にベティさんが笑う。
《あんたらの常識がくつがえろうが、魔王以外のものが死に絶えようが、世界を構築していたものが消えようが、そこに何かが存在する限り世界は滅んではいないんだよ。変化を受け入れられないあんたらが、頭が固いだけさ》

「だから、魔族の方が正しいと?」
《そんな事ぁ、言わないよ。あたしらの正義とあんたらの正義は別物だもの。けど、闇雲に神を信奉するのは馬鹿馬鹿しくないかい? 気まぐれで利己主義で残酷なのは、神もご同様。生き物の運命を弄ぶのは、神の方がエゲツなかったりするよね……不死のおねえさん?》
 お師匠様が、ちょっとマユをしかめる。
《あんたからはお仲間の匂いがプンプンするよ。あたしと同じ不死者だろ? 改造されたんだが呪われたんだか知らないけど、神のせいであんたは死ねなくなった。そうだろ?》

「使命ゆえだ。私は賢者だ。勇者を導く為に存在している」
《そっちの坊やがガキの頃から面倒をみてるんだろ? そ〜んな若くて綺麗な外見なのに、ガキのお守りだけ? 不死者の肉体を使って、自分の人生を楽しみゃいいのに》
「勇者を正しい道に導けねば、我々の世界は滅びるのだ。勇者への指導に勝る重要なことはない」
《自分の愉しみは一切無しで、勇者に奉仕かい? 世界の為に? そういうのを何っていうか知ってる?》
 ベティさんが、ヒヒヒと笑った。
《神の奴隷って言うのさ》

「……おまえに指摘されずとも、心得ている」
 お師匠様の口元が、かすかに笑った……ような気がした。

 それっきり二人ともだまってしまった。

 さっき尼僧さんから聞いたことや、二人が話していたことを、オレは『勇者の書』に書いた。
 オレは今、記憶ソーシツだ。もとに戻った時、見聞きしたことを覚えてるかわからない。
 だから、経験したことはできるだけ書き残している。
 十八才のオレが後で困らないように。

 尼僧さんの話も、お師匠様とベティさんの会話も難しすぎてよくわかんなかったけど、わかったことだけでも書いといた。

 お師匠様は五代前の勇者だ。
 魔王と戦い、その後、九十七代目からオレまで五人の勇者を育ててきたんだ。
 不老不死の賢者として、百年ぐらい生きてる。
 でも、その間にしたことって、勇者を見つけ出し、館につれてって、魔王戦までの間に教育して、魔王が現れたらいっしょに旅をして、魔王戦を見届けて……それを繰り返してきただけなんだ。
 勇者を導くことしかしてないはず。
 自分の自由なんて、まったく無しだったんだ。

《そういうのを何っていうか知ってる? 神の奴隷って言うのさ》

 ベティさんの声が、頭の中に何度もひびく。

 もしかすると、お師匠様は……
 今、不幸……?
 賢者をやめて、ふつうに生きたいのかな?





《誘ってるねえ》
 中立地域を抜け、カボチャ馬車は吸血鬼ノーラの領地のそばまで来ていた。
 変な木々の森が見える。樹木は紫色だし、どれもこれもねじれ折れ曲がっていて、まっすぐ生えていない。なのに、ポッカリ道が開いている。そこだけ木々がよけたみたいに。
《ノーラも、エドナなみに眷族を抱えてるからねえ。あたしらの動き、筒抜けだったんだろうさ》
 森の奥まで続く道を見て尼僧さんは、進めと言った。
「俺の内なる霊魂が誘いにのれと言っている」
《へぇぇ。一度対戦してるから、わかってんだろ? あいつ、強化魔法を消せるんだよ? 余裕かましてるけど、正面対決していいのかい?》
「消されるのなら使わねばいいだけのこと。自ずと自明だ」

 馬車は歪んだ森を抜け、気味の悪い沼地を通り、開けた野原へと出た。
 遥か遠くまで風になびく草が続き、その先に塔のような城があった。

《ここまでのようだね》
 チッとベティさんが舌打ちをもらす。
《馬がビビってやがる。前に進まない》
「お出ましか」
 尼僧さんがククク・・・と笑い、馬車を降りた。オレとオレの頭の上にのっかったベティさん、お師匠様も後に続く。

 その野原には、いろんなモノがいた。狼や犬や猫。宙には鳥やらコウモリやら昆虫やら。多くの生き物が、オレ達をジッと見ている。
 そんな中に、その人はいた。
 エリの高い黒マントを、体に巻きつけて立っている。風になびく黒髪は長く、背は高い。
 青白い肌、赤い口の、ハッとするぐらいキレイな人だった。
 けど、そこにいるだけで、すごい存在感があるというか……
 この人が、吸血鬼ノーラなのか……

《良い姿だな、ベティ》
 赤い目を細め、赤い口をゆがませ、その人がくつくつと笑う。
《醜くただれた体を捨て、少しは見られる姿になったな》

《やかましい、ガリのツルペタ》
 オレの頭上で、首だけになったベティさんが毒づく。
《まっとーな変化もできない奴に勝ち誇られても、悔しかないさ。男になろうが女になろうが、痩せっぽちにしか化けられないデキソコナイが!》
《中性的な美……と言っても、貴様の足りぬ脳ではこの私の美しさを理解できまい。男になろうが女になろうが下品な肉の塊にしかなれぬ、貴様にはな》
《ペッタンコの胸で、獲物を誘惑できるのかよ!》
《貴様と美について語ろうとは思わぬよ。その額の化粧……実に悪趣味で個性的だな。私には真似できぬ》
 オレの頭の上でベティさんが、ムキーと怒る。尼僧さんに無理やりつけられたクツのアトだもんなあ。

《早くやっちまってよ、ノーラも!》
 ベティさんが、尼僧さんにどなる。

《そこの僧侶、再戦を望む。ベティに邪魔をされ、うやむやとされた勝負……決着をつけたい》
 吸血鬼は笑いながら、再戦を申し込む。尼僧さんと戦いたくて、野原までオレらを誘いこんだんだろう。

 尼僧さんは、超フキゲンそうな顔で腕組みをしている。
「二つ言いたいことがある。一つ・・・マリーの下僕どもの消息だ。知っているのなら、話せ」
《貴様の仲間か? ここには居らん》
「何処だ?」
《知りたくば、この私を倒せ。勝者にならば、全てを語ろう》
 くつくつ笑う吸血鬼に対し、尼僧さんはフンとあらい息をはいた。

「二つ目・・・偽りの不死を生きる、邪悪なる吸血鬼よ! きさまからはおびただしい血と死したるものの慟哭を感じる。内なる俺の霊魂は、マッハできさまは有罪だと言い渡している!・・・だが、しかし、 」
 尼僧さんが、更に顔をしかめる。
「マリーが浄化を望んでおらん。夢で頼まれた。正義よりも、勇者の未来。仲間探しの道を塞いでくれるなと懇願されては・・・応えずばなるまい」

 そばまでやって来て、尼僧さんがドン! とオレの背中を押す。

「前座だ。俺を倒したくば、先にこれの相手をしろ」

 へ?

《いいのか? 殺すぞ?》
 吸血鬼がニィっと笑う。
「できるのならな」
 ちょっ!
「ただし、眷族にはやらせるな。きさまが戦い、自ら殺してみせろ」

 オレは後ろをチラッと見た。
 お師匠様は、いつも通りの無表情。戦えと、その顔は言ってるようだ。

 オレの頭に巻きついていたベティさんの髪の毛が、しゅるしゅると解けてゆく。
「首。勇者から離れるな。きさまは勇者を守れ」

 ベティさんの髪の毛の動きが、止まる。しもべにされてるから、尼僧さんに逆らえないんだ。
 でも、文句は言う。
《寝ぼけたこと言ってんじゃねーよ! このクサレ僧侶!》
 オレの頭の上でベティさんがわめく。
《あたし、今、弱体化してんだよ! 魔界貴族のノーラとやり合えるわけないじゃないか!》
「戦えとは言わん。吸血鬼の相手は勇者だ。おまえは勇者を助ければいい」
《助けようもないよ! このガキ、一撃でくだばるよ!》
 む。
「くらわさねばいい・・・吸血鬼の額に、きさまと同じ装いをさせたのだろう? 協力しろ」

 ベティさんが、急に静かになる。

 どうしたんだろう?

《話はついたか、ベティ? 貴様の醜き頭も、その小僧と一緒に切り刻んでやるぞ》
 吸血鬼がゆらりと動く。すべるように、こちらに近づいてくる。
 オレはあわてて、腰の剣を抜いた。

《ケッ! そのまんまやる気かい? 首だけになったあたしと、この坊や相手に? さすが吸血鬼、お下品なこった》
 吸血鬼の動きが、ぴたりと止まる。
《貴様こそ、二対一ではないか》
《二対一? 首だけのあたしと、この半人前を二と数えるのかい》
 グヒヒとベティさんが笑う。
《いい事教えたげるよ、ノーラ。この勇者さまはね……なんと記憶喪失なんだ》
 あれ、それバラすの? バラすのはおそってくださいって言ってるも同じで、バカなことじゃなかった?
《本当は強いんだけど、今は無能なんだってさ。子供同然なんだ。笑えるだろ?》
「無能じゃないってば」
 オレがそう正しても、ベティさんはバカにしたように『はい、はい』と言うだけだった。
《こんなあたしら相手に全力かい? 野郎の姿でなきゃ、怖くて戦えないわけ? どんだけ脆弱なんだよ、あんた》

 野郎……?
 オレは、ちょっと離れた所にいる吸血鬼を見つめた。
 黒髪はすごく長いし、肌は白いし、唇は赤いし、色っぽいんだけど……
 男……なの?
 言われてみれば、背がやたら高い。エリの高い黒マントの前をあわせて、体に巻きつけてるから体形もわかんない。
 でも、男っぽくない。けど、女だとも言い切れない……

《貴様など、鼠や虫の姿だとて倒せる》
《おや、負けた時の言い訳の準備かい? 鼠や虫に変化したせいで、あたしに負けた。本当なら勝てたはずだって》
《貴様!》
《女で戦え、ノーラ。女の姿のあんたなら、あたしとこの半人前二人といいバランスだ》

 吸血鬼の黒髪が逆まき、ゆれる。
《もはや許さぬ……肉片にまで刻んでやるぞ、腐肉》
 声が、ほんの少しだけ高くなった。
 背もちょっぴりちぢんだような気もする。
 でも、顔はそのまま。全然、変わってない。
 女に変化した……のかなあ?

 吸血鬼がすべるように近づいて来る。

《逃げるなよ、勇者の坊や。腰すえて迎え撃つんだ》
「逃げないよ」
 勇者が敵に背中をみせるわけないだろ!

 せまり来る、黒い影。
 バッ! と髪が広がり、マントがめくれあがる。

 細く白い右手を振りあげ、吸血鬼がおそいくる。

 オレは目を見開いた。

 全てが止まって見えた。

 オレの剣を軽くかわし、進み来る吸血鬼。
 ふりかざされた手、長くとがった爪、赤い目を輝かせた冷たい顔。赤い口元には笑みが浮かび、白い牙がのぞいていた。

 マントの前のあわせが、解けている。

 白くて細い首があらわとなり……
 さ骨が見え……
 さらにその先の……
 白い肌まで見えて……

 ドキン! とした。

 服を着てない!

 オレの目が、胸にひきよせられる。
 大きくない。というか、その逆。
 けど、平らじゃない。ほんのわずかに女性らしいふくらみが……
 白くてキレイでとてもとても小さい山が、腕の振りあげ、振り下ろしと共に動く……

 視界には、そこから下も映る……
 何も着けてない生肌(なまはだ)が……
 それから先もずっと続いて……


 オレのハートは、キュンキュンと鳴った……

 心の中でリンゴ〜ンとカネが鳴る。
 欠けていたものが、ほんの少しうまっていくような感覚がした。

《あと四十二〜 おっけぇ?》
 と、内側からだれかの声がした。


 すごい衝撃が、頭上から伝わってきた。
 吸血鬼の鋭い爪が、ベティさんをおそったんだ。
 だが、ふっとんだのは、吸血鬼の方だった。

 吸血鬼が背から地面に倒れる。

 うわ!
 足開いてるから、モロ!
 髪の毛とマントで一部かくれてるけど、ほぼ!

《痛ぇよ、この聖痕! 反撃すると、あたしまで痛いじゃないか!》
 頭の上のベティさんが毒づく。
 そうだ……尼僧さんが言ってたっけ。足形は、尼僧さんの所有物である証。魔から攻撃された場合、足形が反撃してベティさんを守るって。
 ベティさん、吸血鬼をわざと怒らせて自分を狙わせたのか。

「よくやった、首! 俺の内なる霊魂も、きさまの悪知恵を誉めている。よくぞ、吸血鬼を女性化した。勇者に萌えられた以上、吸血鬼は人間にまったくの無力となった!」
 高笑いをしながら尼僧さんが、吸血鬼へと近寄ってゆく。
《んなこたあ、どうでもいいよ。ノーラも同じ目に合わせとくれ!》
「ククク・・・任せろ。俺様の慈悲をくらわせてやる」
 仰向けに倒れている吸血鬼。その額めがけ、尼僧さんがドカッ! と足を下ろし……辺りに吸血鬼の悲鳴が響きわたった。





《貴様の仲間三人は、我が領土に居た。が、サリーに売った》
 吸血鬼は地面に座り込んでいる。まだまともに立てないようだ。クツ形のくっついたおでこをさすっている。
 手下の動物たちは、遠くで小さくなっていた。尼僧さんがこわくて近よれないんだろうなあ。

《あの三人ならば、サリーの好みだからな》
《味見しなかったのかい?》
 オレの頭の上のベティさんがヒヒヒと笑う。

《あんなぶよぶよだるだるの女どもの血をか? 冗談ではない。たとえ飢え死にしようとも、口にするか》
 吸血鬼が、キバをむいて怒る。
《私は男の血しか吸わん》
 え?
 思わず、首のあたりをおさえて後ずさってしまった。
 吸血鬼が赤い目で、オレをにらむ。
《安心しろ。貴様のようなふにゃふにゃな男など、微塵も好みではない》
 ふにゃふにゃ……
《引き締まった体の、太い首の男が超好み(ストライク)だ。筋肉の塊のような男を押さえこみ、太い血管を食いちぎるのもいい。食欲と共に、征服欲が満たされる》
 吸血鬼がうっとりと空を見つめる。
 ゾッとした。
 今は髪の毛とマントで体をかくしてるけど、裸マントだし……あぶない人なんじゃ……

 男にも女にも見える吸血鬼が、横目で尼僧さんを見る。
《覚えておれ、僧侶……この忌々しい呪縛が解けたら、貴様を殺し、その血を一滴残らず吸いつくしてやる》
「フン。女の肉体の血を吸うのか?」
《その肉体ではない、貴様だ。その女の肉体を動かしている貴様……人間族の男であろう? 私にはわかる……どこの世界に居ようとも、必ずや見つけ出し、この屈辱を》

 吸血鬼は最後までしゃべれなかった。
 尼僧さんが無言のまま、吸血鬼をけり飛ばし、おでこをふんづけ始めたからだ。

 ベティさんがゲヒヒヒと楽しそうに、オレの頭上で笑う。尼僧さんにふまれると剣でさされるくらい痛いって言ってたのに、吸血鬼の不幸を喜んでる。
 ご近所さんなのに、仲悪いなあ。


 魔王が目覚めるのは四十三日後だと、お師匠様が教えてくれた。


「死神サリーのもとまで案内しろ・・・いや、その前に服を着ろ、露出狂。見苦しい」

 尼僧さんにそう言われ、吸血鬼は裸マントな自分の姿を見る。
《魔界で服を着る習慣はない。人の形を捨てた後、邪魔になるだけだ》
 変化後に脱いだ服を運ぶのはメンドーだ、と吸血鬼が言う。虫や小鳥どころか霧になることもあるそうで……
「着ろ。不快だ」

《私の裸体の美しさが理解できないとは……貴様もベティ並の悪趣味だな。凛々しい高貴な美貌、血のごとく赤い妖艶な瞳、さらりとした闇色の髪、そして男とも女ともつかぬ超越者の肉体。私の愛を得ようと、今までどれほどの》
 吸血鬼は、やっぱり最後までしゃべれなかった。
 尼僧さんが無言のまま、吸血鬼をけり飛ばし、又、ゲシゲシとおでこをふんづけだしたからだ。


* * * * *


『勇者の書 101――ジャン』 覚え書き

●女性プロフィール(№058)

名前     ノーラ
所属世界   魔界
       絶対、どこかの世界の王さま。
種族     不死族
職業     吸血鬼王・魔界貴族
特徴     裸マントで、ナルシスト。
       裸なのは、変化しやすいかららしい。
       マントは体の一部を変化させたもの。
       霧、狼、犬、猫、鼠、
       コウモリ、鳥、虫、に変化できる。
       たくましい男の血を吸うのが好きだが、
       人間はおそえなくなった。
       おでこに尼僧さんの聖痕(足形)を
       つけられている。
戦闘方法   爪と牙。
年齢     わからない。
容姿     黒の長髪、赤い目、赤い唇。
       背が高くて、胸は小さい。
       男にも女にも見える。
口癖    『美しいこの私』『悪趣味だな』
好きなもの  たくましい男の血を吸うこと。
嫌いなもの  女の血を吸うこと。
勇者に一言 『殺すぞ?』
挿絵(By みてみん)
+注意+
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